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56 ローゼンゴットの許容はどこだ


 家を出てミディタル大公家で仕官した私は、貴族には不似合いな小さな家を購入している。どうせ普段はミディタル大公家にある独身寮で生活しているが、寮というのは何かと盗難騒ぎがつきまとうのだ。物の貸し借りも無断で行われたりする為、貴重品を盗まれることなき自宅が必要だった。

 勿論、実家に部屋はあるが、用事がない限り戻りたくなかったし、独身寮はプライバシーがなさすぎる。手頃なアパートメントの部屋を借りようかと思案したこともあったが、それならもう小さな家を購入しておこうと思ったのだ。

 結果、休暇を過ごすにはいいが、悪友達が気兼ねなく集まるスペースと化した。

 いずれ結婚したらこんな小さな家ではまずいだろうが、その時には売り払って違う家を購入すればいいだけだと割り切っている。

 そんな自分だから、ウェスギニー子爵が子爵邸とは別に小さな家を持っていて、そちらでの生活をメインにしている気持ちも分からないわけではなかった。

 他人に煩わされたくないからこそ、自分の時間を大事にできる隠れ家が欲しいという気持ちは。

 そう、そこまでは分かる。だが、そこまでだ。

 ウェスギニー家のことはウェスギニー家のことである。隠れ家は心の休息の為にあるのであって、家の義務から逃亡する為にあるのではない。

 そしてどこに出しても恥ずかしい娘を隠しておく為にあるわけでもない。

 ウェスギニー子爵は父親としての責任をもって子爵邸で娘を躾けるべきだ。

 だというのに、なんということだろう。


「は? レミジェス殿がですか? どこまで図々しいんですか。いくら子爵邸に人が押しかけてるからって、自分の姪を大公家で預かることを検討してくれないかだなんてよくぞ言えたものですね」


 大公妃の話を聞いた私が失笑したのは、ウェスギニー子爵の実弟の言い分が理由だった。

 今日はヴェラストール博物館であの悪ガキの変装がばれたという土産話と共に王子達が戻ってきたかと思えば、夕食はそんな少年少女が作ったパンを相伴に預かりながらふざけた特集番組を見たわけである。

 勿論、あの不埒な男共を監督しきれなかった私達に全ての非がある。だが、分かっていて挑発した小娘は全く反省の色がなかった。

 そして夕食後、私の所へやってきたウェスギニー子爵家令嬢アレナフィル。

 ちょっと垂れ目がちな針葉樹林の深い緑色(フォレストグリーン)の瞳、その表情は常に小動物を思わせるとあって少年達が骨抜きにされたのも仕方なかろう。小さな花模様が散らばったピンク色のワンピースドレスと白いエプロン姿が似合っていたりする。

 そんな顔だけは可愛らしい少女は、もじもじと照れながら私にヴェラストール博物館のネームが大きく印刷された箱入り酒瓶を差し出した。

 

『えへ。これ、ヴェラストール博物館でしか買えないお酒なのです。賄賂(わいろ)です。コレあげます』


 ざけんな、クソガキ。

 万が一、いや億が一、愛の告白ならその照れ方も可愛いと思えたかもしれない。

 思春期に入ろうかという年頃の少女がもじもじしながら頬を赤く染めて出してきたのが、賄賂と称する箱入りの酒。そんな物を誰が受け取るというのか。そして仕草と行動が全くもってミスマッチだ。

 なによりこのネトシル家のローゼンゴットに賄賂がきくと思われたという事実。どんな侮辱だ。


『寝言は寝てから言いなさい。未成年がお酒を持っていてはいけません。これは没収して帰宅時、ウェスギニー子爵家の方に渡します』


 何が賄賂だ。

 たしかに酒を買ってきたという話はしていたが、学校長に渡すとか言ってなかったか? そんなものを渡された学校長の方が困ると考えないのか。

 これはウェスギニー前子爵にそれも伝えておかなくては。恥をかくのはウェスギニー家だ。


『家族用はちゃんと買ってきてます。それはリオンお兄さんのお兄さんの分なのです。私はちゃんと感謝を忘れない良い子なのです』


 感謝を忘れないことがどうして賄賂に繋がるのか。しかも自分で良い子とか言ってる。

 どうしようもない小娘から話を聞き出せば、キセラ学校長と祖父の分、そしてガルディアスとグラスフォリオンの分も買ってきたそうだ。ヴェラストール博物館でしか売られていないこの酒は、瓶の形がヴェラストールの誓いに使われたという宝剣の形を模している。

 その形を面白がってインテリア用に買っていく人もいるらしい。

 本人なりに心配をかけたお詫びの気持ちだとか。

 それなら賄賂と言わず、普通にお礼の気持ちとして、

「お詫びと感謝の気持ちです。お小遣いで買ったので、お口に合わなかったら申し訳ありません」

と、まずは家人を通して渡してくるべきだろう。

 私は弟の将来の妻に対して令嬢教育までしなくてはならないのか。


『私への感謝の気持ちがあるなら、まずは場と状況に応じた言葉選びと礼儀正しさを身につけなさい。何が賄賂ですか、このミニサイズ悪女が』


 この少女がすべきはご機嫌取りのお土産を渡すことではなく、心配をかけてごめんなさいと皆に謝ることだ。それなのにお土産を渡して機嫌を取れば許してくれるだろうという、どこまでもずれた感覚。

 所詮、あの爆破すら自分でやっておいて人にその罪をなすりつける根性の持ち主だから、こんな愚かな結論に至るのである。


(まさか子供にこんな安っぽい賄賂を渡される日がこようとは)


 ふざけた自己申告を通そうという図々しさに呆れ果てた私は、少年達四人がいる部屋に行ってそれ以上の酒を購入していなかったかを確認した上で五本とも没収し、帰宅時に返すと伝えた。

 クラブメンバーの四人は、やっぱり怒られたかという反応だった。

 箱入り酒瓶を移動車に載せた後、私はミディタル大公妃の所に赴いた。

 ウェスギニー子爵家令嬢の感性を矯正することこそ早急に必要な事態であり、戻ったら保護者にそれをみっちり伝えるべきだと直談判する為である。

 するとミディタル大公妃から、そんなウェスギニー子爵邸の管理者たるレミジェスによる、その姪よりも更に図々しい言い分を聞かされたのだった。

 アレナフィルをミディタル大公家で預かることを検討してくれないかという常識知らずな言い分を。


(王子がいればこそ、わざわざ大公妃が同行したのだ。なんでそこまで子爵家の娘に大公妃が乗り出さねばならん。全くどこまで図々しいんだ、ウェスギニー家は)


 勿論、アレナフィルが第一王子妃もしくは第二王子妃の有力候補というのであれば話は別だ。殺されかけたこともあり、早急な保護が必要となるだろう。

 けれども王子エインレイドと同じクラブに所属するアレナフィルはただの暴走子ウサギ娘で、少年四人の忍耐力を鍛える役にしか立っていない。

 そしてクラブメンバーの少年達は、アレナフィルが怒られるのを見て「やっぱりやっちゃいけないんだな」と、反面教師にしていた。普通なら女の子として恥ずかしくて家から出てこられなくなる流れだ。


(王子の前で土産物の酒を賄賂として買い、それが失敗するのを見られて・・・って、普通ならどれだけ恥ずかしい噂が流れると思ってるんだ。あの子達なら噂を広めることはしないだろうが)


 しかもウェスギニー家は既にアレナフィルのドレスの見立てでミディタル大公妃にあつかましい依頼を出しているときたものだ。これ以上、何を望む気だ。

 それなのにミディタル大公妃、ちょっと子育て気分が出ているのか、アレナフィルにとても甘い。ウェスギニー子爵フェリルドはドレスだろうが何だろうがアレナフィルの好きにすればいいといった感覚だそうで、全てを大公妃に任せようと考える子爵弟レミジェスばかりに連絡を取ってはアレナフィルにがっつり食い込んでいる。

 今回の依頼も面白がっていた。


「レミジェス様は図々しいわけじゃないわよ。私でなければドレスの見立てだって丁重に断ってきたでしょうね。言わば、同士みたいなものよ。本当に罪な方だわ。とはいえ、アレナフィルを預かるかどうかにしても悩ましいところね」

「・・・どうか正気にお戻りください、妃殿下」


 レミジェスは爵位こそ継いでいないものの子爵代理として社交界にもよく出席している貴族だ。火遊びの対象として、時に貴族夫人からも流し目を送られていたりする。

 まさかと思うが、大公妃までそちらに転んでしまったのか。おかしいのはアレナフィルだけではなかったのか。

 どれだけの人数の矯正が必要とされているのか、私は本気で眩暈を起こしそうになった。




― ◇ – ★ – ◇ ―




 どうやら今回のことではかなりの騒動になっているらしく、ウェスギニー子爵家もてんやわんやらしい。

 今までは双子が王族に気に入られたというので、ウェスギニー家が経営する様々な会社に圧力をかけていた貴族達。それがいきなり手のひらを返して謝罪に訪れ、今回のことは無関係だと騒ぎ立て、なかなか帰ってくれないことにウェスギニー子爵邸でも困っているそうだ。

 今すぐ元通りの取引を再開したいと言われても、ウェスギニー家が所有する会社も違う所と取引を始めており、そんな右から左へとはいかない。


(気分次第で取引したり一方的に解除したりするようなところ信用できんだろ、誰だって)


 更には炎上した別荘の所有者、傷つけられ汚されてしまった高級移動車の所有者も家名が出ることを恐れ、自分は勝手に使われただけで無関係だということをまずはウェスギニー子爵に認めさせようと、騒々しい主張を繰り広げに押しかけている。

 言うまでもなくウェスギニー子爵家はまだ現地の状況さえ確認しておらず、被害者であるアレナフィルと直接会って話してもおらず、捜査は治安警備隊がしているのだからこちらに言われても困るといった状況だ。

 要はそいつら、ウェスギニー家から捜査の中止を要望させたいらしい。


(なんで娘を殺されそうになった家が、加害者側を案じてその言い分を認めなきゃならないんだよ。娘を殺そうとした奴を無罪放免してやる口利きしてやらなきゃいけないんだよ。どこまでアホなんだよ。そりゃ殺されそうになったってのはあの暴走ウサギの捏造だが、それでもあの小娘を変態親父にくれてやるつもりだったそれに一口噛んでるのはたしかだろ)


 更には王城で勤務している人々までもが是非子爵にお会いして話したいことがと、ずっと居座っているそうだ。

国王夫妻は沈黙を保っているが、王城では今まであまり存在感を露わにしていなかったガルディアスがいきなり強権を発動し、エインレイドの侍従ばかりか近衛や女官に対しても徹底追及しているらしく、何人かは牢でかなり激しい尋問を受けているらしい。

 サラビエ基地所属の兵士達が、エインレイドに仕えていた何人かの侍従や女官、近衛の自宅を占拠し、家族も自由な外出が許されない状態となっているそうだ。

 その追求が自分に及ぶ前に、ウェスギニー子爵に会いたいのだろう。

 現在は留守だと告げても、帰るまで待たせてもらう、子爵に会えないならアレナフィルでもいいと、溺れる者は藁をもつかむ状態で居座っているのだとか。


(これを理由に、ガルディアス様が一気にエインレイド様の力を削ごうとしているという噂も出回っている。子ウサギ娘がやらかしたことを利用しまくってるな、あの人)


 こんな状況でアレナフィルが戻ってくるのはまずい、どこに保護すべきかと悩んだ挙句、レミジェスは大公邸で姪を預かっていただくことは可能かと、大公妃に問い合わせてきたのだ。

 そういうことは大公とも話し合わねば決定できないとはいえ、大公妃も満更ではない様子だ。


(ウェスギニー家のレミジェスといえば年上の貴婦人との噂も多い男だ。そりゃ成人仕立ての世間知らずな娘を毒牙にかけるよりマシだが)


 まさかあのレミジェスに篭絡されたのではないかとミディタル大公妃を案じた私だったが、それは誤解だとコロコロ笑われてしまう。

 最初はそこから始まって本気になるというのに大丈夫なのかと、私は不安だ。


「ローゼンはそういう意見なの? だけどレミジェス様が私を選んだ判断は立派ね。だってうちで預かれば誰もあの子に接触できないもの」

「それは子爵家の問題です。騒動になるのを分かっていてやったのがその子爵家令嬢です。大公家は無関係です」


 今、ウェスギニー前子爵セブリカミオは王城を訪れて国王やミディタル大公との時間を持ったり、前子爵夫人マリアンローゼは領地にある工場へ出向いて皆に落ち着くよう促したり、子爵弟レミジェスもあちこちに指示を出したり顔を出したり、全ては現子爵フェリルドが戻ってこないと話にならないらしい。

 要はどこまで徹底追及するのか、フェリルド次第ということだ。

 そんな中にアレナフィルが戻ってくるのは困る、かといっていつも暮らしている別宅でも門の前でずっと待ち構えている者達が出入りの際に取り囲むだろうと、ウェスギニー子爵家も困り果てているそうだ。

 そんなことは後のことを考えずにやらかした本人に現実を見せろと言いたい。


「どうせうちは女の子もいないし、預かること自体はいいと思うのよ。ただ、うちで変な狼藉者が出るかもしれないことがネックなのよね。ほら、お預かり様はあの三人だけじゃないでしょう?

 アレナフィルは、いつも子爵邸じゃない方の自宅で暮らしているから子爵邸でも自宅でも平気と言ってるけど、問題は大人が不在ってことなのよね。前子爵夫妻やレミジェス様が不在にしている時にお客様がいらしたらアレナフィルが対応しなくちゃいけないでしょう? それを案じてしまっているのよね、レミジェス様も」

「その為に家令や使用人がいます。未婚の令嬢しかいないのであれば来客を断る、それだけです」


 何を考えているのだ。独身だからそんな愚かなことを考えつくのだ。

 ウェスギニー子爵の弟はあまりにも非常識すぎる。そして大公妃も冷静になっていただきたい。

 立場としては拝命あるのみだが、雑談の範疇でその話題を振られた為、私は貴族の一員として当然至極な解決法を口にした。給料もらって働いてる使用人が、その給料に見合うだけの仕事をすべきだと。


「でもねぇ、相手によっては門前払いもできないわよね? 私もね、子爵邸でも普段の家でも、アレナフィルがいるならどちらでもお好きな時においでくださいとは言われているのよ。やっぱり私が泊まり込んだ方がいいのかしら。ガルディは普段暮らしている家の方が小さいながらも居心地がよくて一度泊まってみたいって言ってたけど。どんなにしっかりしていても、子供相手に礼儀を守る人ばかりじゃないものね」

「妃殿下は大公家の女主人であり、子爵家なんぞの子守り女ではありません。まさか妃殿下を狙ってるわけじゃありませんよね、あの兄弟」


 普段、アレナフィルが父親と住んでいる家とやらは家令どころか侍女もメイドもいない小さな家だとか。父親がいない時はアレナフィルが一人で暮らしているらしい。通いの家政婦が近所に住んでいて、掃除や買い出しや手入れはアレナフィルが学校に行っている時に子爵家のメイドがやってくるのを監督しているそうだ。

 それなら住み込みの使用人を常駐させればいいだろうに、父親と双子といった家族水入らずの生活がしたいからと、アレナフィルが希望したらしい。だが、双子の一人は男子寮に入った。

 つまり日頃はフェリルドとアレナフィルしかいないのである。

 そんな所に貴婦人を招いていいと本気で思っているのか。

 私や悪友達のように食べ物を持ち寄って一緒に食べるとか、軽食を買いこんでから一緒に食べるとか、そういうぞんざいな扱いをされていいお方ではない。

 妻を亡くして独身になった男の隠れ家に、どうして大公妃が行かねばならないのか。ふざけるな。

 たまに高貴な女性に食指を動かす奴が出る。あの手合いかと、私が呆れかえったのは仕方ないことだった。

 それなのに大公妃はからからと楽し気に笑う。


「違うわよ。普段の家の方は男性お断りだそうだけど、子爵邸なら夫妻でどうぞと言われているもの。普段フェリルド様とアレナフィル達が親子で暮らしている家は、ガルディもあなたの弟も玄関先までで屋内立ち入り禁止だそうよ」

「それもそれでおかしいとしか言いようがありません。グラスフォリオンはともかく、ガルディアス様をどなたと心得ているのですか」

「いいじゃない。普段はアレナフィルしか暮らしていないんだから成人男性お断りというのは正しいわ。ただね、どうやらアストリッド様の物は子爵邸にあるらしいのよ。子供達に見つからないように隣の敷地だとは言っていたけれど、そちらはフェリルド様の管轄らしいの。なるべくレミジェス様がいる時にお願いしたいとは言われているけれど、子供達にはまだ早いからとあまり教えていないそうなの」


 そこで知らない名前が出てきた。誰だ、それは。

 兄の管轄でどうして弟がいる時にお願いしたいことになるのだ。


「妃殿下。えっと、何が目的ですか? 何か理由でも?」

「フェリルド様の亡くなったお母様、つまりアストリッド様は私の従姉なのよ。懐かしい方なの。後妻のマリアンローゼ様を実の祖母だと信じているからアレナフィル達に知られないように遺品や絵画やフォトは隣の敷地に移していたみたいね」

「ああ、そういうご縁でしたか」


 正直、貴族なんてあっちこっちで縁を結びすぎてどこがどこやらだ。

 亡くなった従姉の孫娘だから可愛がっていたのかと納得はしたが、その程度の繋がりなんて大した意味などないようにも思う。

 もっと近い血筋に沢山の令嬢がいるではないか。

 血縁のある令嬢ならば、よりによってアレを選ぶ必要はない。


「ローゼンはアレナフィルを気にしているくせに変なところで否定的ね」

「行動は面白く、外見も可愛らしい子だとは思います。ですが外に出しちゃいけない子でしょう。エインレイド様の胸倉掴んで揺り起こしたのを見た時には、親に同情しました」

「その親はどこに行ったのかしら。そろそろ一度は顔を見せても罰は当たらないと思うのだけど」


 子爵の弟も、兄はもう好きにさせておくしかないと思っているそうだ。

 ヴェラストールで誘拐犯にお仕置きする為に娘がわざと被害を大きくするのを父親がこっそりバックアップしていたと大公妃から聞いても驚かず、

「道理で戻ってこないと思いました」

で終わったらしい。

 弟という立場ゆえに兄の行動をレミジェスは受け入れ、全面支持するそうだ。今回のことも兄が動いているのであれば自分が鎮静化させる必要はないと考え、まずはのらりくらりと状況を維持している。

 いや、止めろよ。受け入れる前に自分の意見を言えよ。常識というものを兄と姪に教えろよ。


(ミディタル大公と同じ手合いかと、大公妃が納得した事実が凄い。なんで豪放磊落で知られるミディタル大公と、保身と根回しと策略で出世街道を縫うように歩いてるウェスギニー子爵が同じ扱いなんだか。そりゃ実は有能なんだろうが)


 レミジェスは、アレナフィルの貴族令嬢としての名誉に関しても諦めているそうだ。現在のファレンディア人婚約者は仲の良いお友達としてキープしておき、本当の結婚相手はアレナフィルに動じない男をいずれ見つけてくれればいいと、悟りの境地らしい。


『うちの姪にはもう多少のことでは動じない相手と幸せになってほしいと思うようになりました。誘拐されて無事に助かった程度のことでぎゃーぎゃー名誉だの醜聞だのと騒ぐような肝の小さい相手では幸せになれないと思うからもういいのです』


 あまりにも投げやりすぎたが、ミディタル大公妃もアレナフィルをここ数日間近で見ていたせいで不覚にも納得したそうだ。

 それでも保護者がそこで諦めたら終わりではないかと思った大公妃だが、貴族とあまり接触しない筈の一般部に入れておいてもアレナフィルがやらかし続けているものだから、

「入学して数ヶ月でコレ。ならば今回が最後ではなかろう」

と、ウェスギニー子爵家でも覚悟を決めていると聞いて、ちょっと同情し始めている。

 かつては伯爵家令嬢だったことを思い出してウェスギニー子爵家側の気持ちを聞いてしまえば、ミディタル大公妃も分かるものがあるらしい。

 縁戚関係も幅広い有力貴族達。そんな大多数と渡り合って王子妃の席を狙っていくなど、子爵家では手に余る。だからウェスギニー家はアレナフィルがエインレイドと親しくなったと聞いても、ガルディアスが子爵邸を訪れても、更には高位の貴族からアレナフィルに養子縁組の話をもらっても全て断っていたそうだ。


「もう少しウェスギニー子爵が父親として常識的であればよかった問題にも思えます」

「そうね。きっとそれはご家族が一番強く思っていらっしゃると思うわ」


 ちょっと親しくなった程度で王子妃の地位を狙う程、ウェスギニー子爵家はアレナフィルに期待していなかったのである。ゆえにある程度我慢すれば皆も落ち着くだろうと構えていた。

 サルートス上等学校に進学した途端、これからは王子の恋人となるべく関係性を進めようと考える大多数の貴族令嬢とは根底から違ったのだ。

 ウェスギニー子爵家では平民が通う幼年学校から王侯貴族が通う上等学校へ進学するというので、お友達が作れるかどうかをまず心配していたらしい。

 進学する双子を勇気づけてあげようと、

「上等学校に入ったなんて、二人共もう立派なお兄ちゃんお姉ちゃんだ。これからはお友達を沢山作ろうね」

のつもりだった。特にアレナフィルに対しては、

「あのね、お祖父(じい)ちゃまお祖母(ばあ)ちゃま、お友達と仲良くなりたいけど、どんなお菓子が好きかなぁ? おうちに連れてきてもいい?」

みたいな可愛い相談をしてくると信じ、子供に喜ばれる可愛いお菓子をこっそり子爵家の料理人達も勉強し直していたらしい。

 それなのにアレナフィルは貴族を通り越して何故か王子と友達になり、クラブを設立してしまった。

 アレナフィルが大人しそうな女の子を子爵邸に連れてきて、

「お邪魔します。いつも学校でアレナフィルちゃんと仲良くさせてもらっています」

「あのね、フィル、とっても仲良くなったの」

と、初めての親友を紹介してもらうというワンシーンは、祖父母の叶わぬ夢と化したそうだ。

 前ウェスギニー子爵夫人は孫達の為に、子供達を見守る母親のお付き合い本を読み直していたというのに。


(考えてみれば上等学校時代の親友はその後も付き合いが続きやすい。お互いに社交界デビューを合わせたり、何かあった時には助け合ったり、友人だからこそお互いの身内の独身者にも探りを入れやすい。・・・まさか同性の友人よりも異性の友人を先に作るとは思わんよなぁ)


 現ウェスギニー子爵の娘である以上、友人を招くのであれば子爵邸を使うのが当たり前だ。ウェスギニー子爵邸では子供達が楽しく遊べるようにと、庭園の木々も背を低くし、可愛い花を中心に植えさせていたらしい。

 上等学校でできた初めてのお友達をおうちに連れてきたアレナフィルに目を細め、お茶とお菓子を振るまって、

「これからもどうかアレナフィルと仲良くしてくださいね」

と、仲の良い子供達の様子に安堵するつもりだった。

それなのに一般部に進学したアレナフィルが第二王子の学友になったと知った前子爵夫人は寝込んだ。せめて仲良くなるのは孫息子の方であってほしかったと。

 更にはアレナフィルとの婚約を視野に入れた成人男性達からの打診に、子爵家は心の許容量を一気に突破したそうだ。

 双子の誕生日会で孫娘の酒乱ぶりに恥こそかいたものの、これでもう子爵家にとってあまりにも荷が重い縁談は壊れるだろうと、一時の恥と引き換えにこれからの長きにわたる荷を下ろせたと、ほっとしていたらしい。

 要は、匙を投げていた。

 その気持ちも分かると言えば分かるのだが・・・。


「そんなものでしょうか。うちなら、うちの娘が王子と親しくなったと聞けば、喜んで一族がバックアップします」

「そりゃネトシル家ならね。だけど私だってディオゲルロス殿下から舞踏会のパートナーに誘われた時には色々と圧力をかけられたものよ。自分から遠慮する常識もないのかってね。母がガイアロス侯爵家の出だったからどうにかなったし、殿下があそこまでハードなダンスを要求したから静かになったけど、そうでなければあの圧力には耐えられなかったかもしれないわね。私ではなくドルトリ家が」

「ハードなダンスですか」

「ええ。少なくとも片手で自分の体重ぐらいは持ち上げて、殿下の肩ぐらいは軽々と飛び越えなくては踊れないものだったわ。踊り終わった後、次のパートナーを譲って差し上げようとしたら皆が逃げ出したものよ」

「それは舞踏会のダンスではありません」


 つまり一組のカップルだけが皆を無視してハードに踊ったってことか。ミディタル大公らしいと言えばそれまでだが、そこまでハードなダンスができる令嬢はとても限られただろう。


「圧倒的な差を見せつけなくては静かにならなかったってこと。あまりにもウェスギニー家が何もしないものだから呆れてしまっていたけれど、思い返せば身動きが取れない状態で持ちこたえていた胆力を評価すべきなんでしょうね」

「今の時点でそこまで圧力がかかっているものでしょうか。まだ種の印も出ていないというのに」


 アレナフィルはクラブにおける紅一点というより、まさに唯一の問題児だ。いずれ恋人関係になるというのなら、クラブメンバーの誰とそうなってもおかしくないぐらいに仲がいい。

 伯爵家の息子達だって、普通あんな胸倉掴んで起こされたりしたらまず怒る。自分を何だと思っているのだと、その無礼を咎める。平民の少年とて、そこまでの粗雑な扱いに苦情を伝えるだろう。

 だけど四人共、アレナフィルなら仕方がないと諦めていた。何をやらかしても、またかという諦観が漂っている。貴族令嬢らしからぬ少女が次は何をやるんだろうと、楽しんでさえいた。


(恋とかそっちのけで、なんか普通にふれあい動物園レベルだしな。お子様っつーのか)


 あのアニマルパジャマも見た目のイメージはともかく、乳幼児に使うような柔らかい生地で作られている為、汗をよく吸い取り、寝冷えも防ぐのだとか。

 間抜けすぎると言いながら少年達も仮装気分ではまっていた。


「あなたはまだ娘がいないから分からないのよ。小さな芽の内に叩き潰しておく意味がね。次の王子妃を出すか出さないかで違ってくる家門の重みも背負っていないもの。

 たとえばもしアレナフィルが次の王妃になるとしたらどうなるかしら? その際はガイアロス侯爵家の養女となるわね。そして双子の兄はウェスギニー子爵ではなくウェスギニー伯爵となるでしょう。そこでフェリルド様が軍を退いて領地に力を入れたならどうなるかしら? それこそウェスギニー領軍が成立するわね。伯爵どころか侯爵まで行くかもしれないわ」

「領軍など、認められるのはかなりの・・・」

「あのフェリルド様ならできるわよ。彼が育てた工作部隊メンバーがどれ程に散らばってると思ってるの? しかもガルディアスでさえ気づかぬ間に国王陛下の承認を得て娘にあんな許可を取っていた男よ。娘可愛さの愚かな判断だと言いたくても、どんな上等学校生が誘拐された仕返しであそこまでやれるかしら。ただの元気で愚かな子ウサギに見せかけて、これ以上はないエインレイド様の懐刀ね。あの子が王妃になった時、何が起こるかしら。勢力図が一変するわ」


 ウェスギニー子爵家は縁組による強固な繋がりをあまり持たない家門だ。前子爵セブリカミオは実直さこそあるが面白みのない人間とされていたし、現子爵フェリルドは悪評だけが鳴り響いている。

 それでいて子爵自身はあちこちで人脈を築いていた。


「そこまで勤勉でしょうか。アレルちゃんはそういう権力に興味はなさそうです。何よりエインレイド様よりもガルディアス様が可愛がられておいでです。今はどなたが王になるのかを含めてとてもデリケートな問題ですし」

「ああ。ガルディは妃でも妹でも、餌付けして懐かせて遊べたらいいんですって。年齢的に愛玩するのは無理があるから、あの子が成人したら結婚することにすればいいかと思ったらしいの」

「そんな理由で結婚決めてどうするんですか。何にせよ、あの子は恋愛感情を持たれるタイプとは違うと思うのですが」


 既に護衛チームもあのクラブメンバーの関係情報を修正している。それこそ王子と貴族令息令嬢達の、「どうしよう。これが恋なのかな。僕は君が好きだ」「私も好きです」みたいなハートフルラブストーリーなど存在しなかったと。

 あのクラブメンバーにあるのは、暴走子ウサギ娘がやらかすトンデモ行動と振り回される少年達といったドタバタ騒動だ。


「そうね。だけどあの子が動かなくても周囲が動くわ。今までなあなあになっていた王城の情報漏洩にしても、今回の事件で一気に引き締められるでしょうね。あの子は自覚のない台風の目よ。王妃様やエインレイド様がどれ程にこの数ヶ月で変わられたことか。ウェスギニー家はあなたの弟を婿に迎えて仲良く静かに暮らしたいらしいけど」

「愚弟を贔屓するわけではありませんが、アレルちゃんに妃は無理でしょう。それは、・・・まだアレルちゃんも子供ですし、今後の努力次第かとは思いますが」


 冷遇されているならともかく、あそこまでやりたい放題の小娘、どう見ても自宅で甘やかされまくりだ。そんな猫かわいがりしている娘をなかなか会えない外国に嫁がせるとはとても思えない。

 だからこそ私もコレが未来の義妹になるのかと面倒を見ていたのである。客観的に考えたなら、うちの弟と結婚するのがアレナフィルにとっては一番望ましい流れである。


「結局はガルディもあなたの弟もまだまだ自分を伸ばしたいのよ。陛下はせめて種の印が出るまでは誰も恋愛関係を望まないようにと定められたけど、ガルディもあなたの弟もフェリルド様に興味津々よ。あなたの弟はフェリルド様の部隊に本気で移りたがってるし、ガルディですら研修させてもらいたいとまで言い出してるわ。アレナフィルさえ手に入れてしまえばフェリルド様を落としやすいってね」

「その令嬢は、今は外国人の婚約者がいる筈なのですが。・・・ガルディアス様にお尋ねしたところ、なんでもその外国人から海戦用兵器をガルディアス様が手に入れる為の目くらまし婚約だとか?」

「あら、聞いちゃったの? だけどそれは聞かなかったことにしてちょうだい。ガルディもあなたの弟から聞いてない筈がないって思ったんでしょうね」


 つまりミディタル大公妃は自分の一人息子の為に偽装婚約してくれた子爵家令嬢だからこそ、ここまで肩入れしているのか。

 ミディタル大公が近衛の分がどうこうと言っていたのも、それに関係するのだろう。

 ウェスギニー子爵が娘の為にあんな許可をもぎ取ってきたのも、ただの王子妃候補というだけではないものがアレナフィルにあったからなのか。

 そう考えれば納得できそうだが、それ以上に「それでもアレはないだろう」と言いたくなる。


「どこからが大佐の描いた演出だったのかが分からぬ以上・・・。正直、大佐が動いておられるのであれば娘の事件ですら囮だったのでしょうか」

「さすがに今回はアレナフィルの挑発だもの。彼らが来たのも突発的なものだったし、それはないでしょう。だけどフェリルド様が見ているゴールが気になるわね。そうやって伸び伸びと育てているからああいう子に育ったのかしら」

「普通の子供は家出するか、非行に走るか、心を病んで閉じこもります。何も知らない我が子を使ってエインレイド様の守りを固めたというではないですか。正直、今回の失態で大公家に大佐が噛んできたらと思うだけで悩ましいところです」

「ガルディの見立てだとそれはないそうよ」

「現在ガルディアス様はアレルちゃんに幻惑されている状況です。参考意見にはなりません」

「あらあら。だけど私もフェリルド様を過大評価してたんじゃないかと反省しているのよ。結果的に成果になっていただけで、本人は何も考えていなかったんじゃないかしらって」

「・・・そう思わせてしまうからこそ誠実な顔をした悪夢なのでは? 結果的にと仰いますが、現実的に彼を取り巻く全ては狡猾さに満ちたものです。どれ程の数の人間が彼に敗れて姿を消したことか。しかも地面が揺れる爆発映像、誘拐現場映像、移動車映像、全て娘とは何の連絡も取らずに一般人が撮ったということにして即座に拡散してみせた大佐が何も考えてないことはありません」


 ウェスギニー大佐は工作部隊を率いていると言われているが、通常業務に就いていることが多い。ゆえに貴族の身分を利用して部下の功績を横取りしているだけだろうと(もっぱ)らの噂だ。

 だからこそ妬まれる。それなら自分もそうやって楽しながら出世したいと望む者が数多く出る。それなのに誰も同じことなどできはしない。何故なら工作部隊はとても扱いづらいからだ。


(アンジェ姉上の村を見ていても噂の方が間違ってるんだよな。問題はその噂をする方が多すぎて、それが真実としてまかり通っているところだ)


 そんな男の娘があんな子ウサギだったとなれば誰しもそちらを攻撃して留飲を下げたくなるだろう。その気持ちは分からないでもないが、実行するに至った気持ちなぞ分かる筈もない。思うだけなら自由だが、それはやってはならないことだ。

 アレナフィルの嗜好と思考は腐っているが行動はとても素直で、あの子なりに現実世界に体当たりしながら生きていた。

 何より親への妬みで子供を巻きこむべきではない。あんな子供に八つ当たりしようとする己の思考こそ恥じるべきだ。

 (かれ)()が一体どこから子供達のヴェラストール行きを聞きだしたのか。

 あいつらは厄介な坊ちゃん客だから誰も今回のことを教えていなかった。それなのに彼等はやってきた。

 外国人と婚約したアレナフィルが、それでもミディタル大公家へ叔父と兄を連れてやってきていた日のことも彼らには慎重に隠されていた。

 だからそれは知られていない。あの様子を見ても、彼等は知らなかった筈だ。


(スケジュールをかき回し、あいつらと親しい奴らも全て不在にさせていたからな。やはり人間関係に見落としがあったか。それとも・・・)


 どうしてヴェラストールに王子とアレナフィル達を大公妃が引率して出かけたと彼等は知ったのか。

 元々、子爵家長女アレナフィルは王子エインレイドの学友として名前がある程度は知られたものの、大した存在ではないと考えられていた。

 その名前が知られ始めたのは、婚約を申し込むのではないかと囁かれる程に目立つ場所へ出かけていた三人の内、一人が独身貴族令嬢の注目を集めるガルディアスだったからだ。しかし三人はアレナフィルが外国人と婚約したことから疎遠になったと、誰もが信じていた。

 けれども婚約した子爵令嬢と共に三人はミディタル大公家で集合し、大公夫妻も交えて交流していたわけである。私は不在にしていたが、トレーニングルームを立ち入り禁止にし、庭なども使って双子を遊ばせていたという報告を受けている。


(つまりはミディタル大公家とは別ルートで、王子もしくはクラブメンバーの動向が漏れていたのだ。恐らくは王城もしくはどちらかの伯爵家から。だからここまで認識に齟齬が生じている)


 ウェスギニー子爵家の使用人からの漏洩ならもう少し双子についての正しい情報が伝わるだろうし、ハネル家は両親が共働きの平民なので漏れる程の情報を得ていない。

 たしかに目当ての令嬢が婚約した以上、フラれた形になる三人は恥をかかされたとばかりに疎遠になるのが普通だろう。だから坊ちゃん客達の解釈は普通なら間違っていない。

 しかし婚約したと知った上で、三人は変わらずウェスギニー家の双子を可愛がっていた。それはもう婚約そのものが偽装か、もしくは求愛を目くらましとした保護だとミディタル大公家に所属している者も考える。


(ガルディアス様、その辺りはノーコメント通してるからな。大公夫妻には情報も渡してるだろうが、全てがこちらまで流れてくるわけじゃない)


 当初、実母であるミディタル大公妃は、どれだけ可愛がってもアレナフィルなら結婚を迫られないからではないかと、そんなことを言っていた。しかしこのヴェラストール旅行でミディタル大公妃こそがアレナフィルを気に入っている。


(あのミニサイズ、女の権力者に弱すぎだろ。なんで王子をすっとばかして王妃と大公妃狙ってくんだよ)


 既に王子をはじめとする少年達はアレナフィルが騒いでいても「はいはい」とあやしつつ、頭を撫でてお菓子をあげて静かにさせているときたものだ。


(問題はあの平民の中尉なんだよなぁ。オーバリとか言ったか)


 気になるのはアレナフィルを取り囲んでいた三人目のオーバリ中尉だ。なんと貴族の上官も口説いていたようで、いわゆる二股ということである。噂の一つには、その上官から迫られるのに閉口して、好みでも何でもないアレナフィルという少女にちょっかいを出した挙句、はまったとも言われている。

 そんな噂が立ったのも、それまで彼がむっちり系な肉感的美女好みだったからだ。アレナフィルは子供なので体全体がストンという丸太状態なプロポーションである。

 しかしターラの日にそのオーバリ中尉、上官に自分からプロポーズしたそうだ。それはアレナフィルが外国人と婚約したことにショックを受けたからだとか。

 丸太タイプに変節しようとしても、結局は自分の好みを変更できなかったのかもしれない。それなのに全くその後の話が進まないそうだ。

 結局、一度でもつるぺた少女愛好家宣言してしまうと、その良さにはまって嗜好を元に戻せないのかもしれないと、同情する声もあった。知らなかったらボイン系好みで生きていけたのに、よりによってそのオーバリ中尉は触れることのできない聖域を知ってしまったがゆえに、汚濁した大人の世界には戻れないのだと。


(人とは感情に流される生き物なのだな。その上官を見たことがない以上、アレナフィルにも少しは・・・と、思ってしまうのだから)


 肝心の本人を置き去りに、某所ではむっちり系とつるぺた系の派閥に分かれた論争が起きているが、むっちり系が優勢らしい。

 第三者からの清き一票をと言われたので私もむっちり系に入れておいたが、こうしてアレナフィルを間近で見てしまったら、哀れなつるぺた系に同情票を入れてやればよかったかと後悔中だ。中身はどうしようもないが、口をきかなければアレナフィルの見た目は可愛い。


「私も見方を変えてみたのよ。今までもフェリルド様から仕掛けたことはなかった筈よ。今回もだから姿を見せないんじゃないかしら。売られた喧嘩を買うとしたらアレルでしょうね。その人の価値と未来を、あんな愚か者達が決めつけるのでは不幸が続くだけだって言うアレナフィルの主張も間違ってないのだけど」

「その通りですが、あの子が決めるのも間違っています」

「ローゼンは手厳しいわね。本当は面白がっているくせに。・・・あら、違ったの? だけどあなた、とても楽しそうよ」


 私の顔に何を見たのか。大公妃はそんなことを言った。

 勿論、特別な目で見ていた自覚はある。ウェスギニー子爵家令嬢アレナフィルにのめりこんでしまった弟のことがあるからだ。

 現在の婚約は目くらましにすぎず、成人後には解消されるという噂はあった。ガルディアスの様子を見ているとその可能性は更に高いと確信している。そしてガルディアスはあんな躾のなってない愛玩動物ではなく、どこに出しても恥ずかしくない妃を迎えるべきだと主張したい。

 ゆえに未来の義妹と思えば、誰しも少しぐらいは味方してしまうものだろう。


「あいつらの世話にはいい加減うんざりきてましたし、この際、これからのお預かり様にはあの子をぶつけてもいいんじゃないかとさえ考えてしまったのは否定できません」

「あの人も同じ意見だったわ。こっそり養女にしておいて、子爵令嬢と侮った奴らを一掃させてしまえってね。ただね、肝心の父親に手放す気がないのよ。レミジェス様は好きなスタンスで可愛がってほしいということだったけど。大公妃に取り入る貴族令嬢としてではなく、外交慣れしている私に外国人と婚約した貴族の娘が教えを乞うという流れを作るそうよ」


 つまり大公妃の傘下であると示すにしても、普通の取り巻きパターンではなく、あくまで国益を考えて指導を仰ぐという路線でいくらしい。

 それはミディタル大公妃の政治的な価値を上げる意味合いを持つ。


「つまり妃殿下の為に姪を差し出すと言ってのけたわけですか。あの男、まさかと思いますがやっぱり妃殿下狙いじゃありませんよね?」

「いやあね。私の子でもおかしくない年じゃないの」


 ころころと笑う大公妃だが、アレナフィルは誰かが引き立てて保護してやらねばならぬ令嬢ではなく、自力で存在感を出してきた少女だ。次の子爵の双子の妹として、アレンルード次第でも価値を増減させるだろう。

 数年後には、あの未来の優秀な人材をどこが手に入れるのかと噂になったであろう姪を、誰も目をつけていない今の時点でいち早く大公妃に差し出したレミジェス。


「さすがにレミジェス殿が子というのは無理があります。あの子だって母親を重ねているではありませんか。やはり母親が恋しいのかもしれないですね」

「年齢的にはおばあさんなのにね。だけどうちにもあんな娘がいれば、・・・ガルディが発狂してたかしら。実の妹だったならビシバシ躾けたかもしれないわ。よその子だから可愛がることができるのよ。あなたもきっと同じね」


 そうかもしれない。

 もしもアレナフィルがネトシル家で私の妹として生まれていたなら、それこそ私は毎日マナーを教えこみ、やってはいけないことをお説教し続けていたことだろう。


「ガルディアス様にとってもまさに珍獣なのでしょう」

「あなたにとっても? エインレイド様がいるのに、あの子をあなたが抱えあげるとは思わなかったわ」


 人の腕は二本しかない。ゆえに片側の腕で護衛対象者を抱えて避難及び戦闘に入ることを踏まえ、私は常に両腕を空けていた。


「二人ぐらい抱えられますから」

「そういうことにしておいてあげるわね。全くアレルは成人するまでに何人手玉に取る気かしら。それでも結婚するならレミジェス様が理想らしいのよ。恋人ならフェリルド様なんですって。ガルディなんて一度も私と結婚するって言ってくれたことなかったのに」

「アレルちゃんが未だにお子様なだけだと思います」


 恋人の理想に父を、結婚相手の理想に叔父を挙げたとして、子供ならばそんなものだろう。そして婚約した以上はどちらも婚約者の名前を挙げるべきである。


「そうね。そんなお子様が外国人と婚約したというのに、うちの息子もあなたの弟も未だにアレナフィルを諦めてないのよ」

「どう見ても偽装婚約だからでしょう」

「それよね。問題の外国人が何を考えているかは分からないけど」

「調査室は使えないのですか?」

「その調査室がファレンディアの情報収集ならアレナフィルを勧誘すべきだと判断したそうよ。是非婚約者からあの国の情報を仕入れてほしいんですって。まさかアレナフィルにアレナフィルの婚約者情報を集めてこいなんて言える? 改竄し放題ね」

「駄目じゃないですか」


 そんな遠い異国の人間と婚約してしまった少女に対し、未だにお気に入りでれでれ対応している一人がうちの弟だ。そこまで親しくなかった奴らから、

「久しぶりだな。そういえばお宅の弟、なんか可愛い女の子連れてウフフ、アハハしてたぞ」

なんぞと、にやにやされながら言われる身にもなってほしい。

 息子の教育や躾についてまともに考えられない愚兄にも頭が痛いが、自分で自分を愛の天使などと詐称する小娘にのめりこんでいる愚弟にも胃が痛い。

 本気で家を捨てたい気分が消化不良中だ。

 

(親にしても何かと私を呼び戻すのが迷惑すぎる。次男に泣きつく前に、長男こそをしっかりさせろと言うのに)


 うちの実家では、ウェスギニー子爵家令嬢に誘惑されて陥落した三男とやらが悩みの種だ。

 前回、呼び戻されたのは、弟がアレナフィルの成人を待って結婚を見据えた交際を申し込むと家族の前で告げ、それを皆に止められたらば近衛を辞めてウェスギニー子爵率いる工作部隊に入ると言い出した時だった。

 どうやら弟は家族の反対に閉口し、

「それって近衛にいたらいい所の貴族令嬢との縁があると思われてるからだよな。それなら完全に無縁な場所に行けばいいんじゃねーの? そんなら大佐んとこ行くか。父親の部下っていい線だし」

という結論に至ったらしい。

 そんなバカバカしい「相談という名前の対応要請」で呼び戻された実家で、あのグラスフォリオンを説得してくれと要求された時には本気で家を捨てたくなった。

男親、女親の姓を名乗らねばならないサルートスにおいて家を捨てることなどできはしないが。

 仕方がないから、少なくとも自分達の世代はウェスギニー家をかなり好条件な縁組先だと考えていることを教え、私は弟の援護をしてやった。

 あの愚弟は涙を流して私に感謝すべきだ。しかしそんな裏事情を誰も教えない為、未だに愚弟からはお礼の言葉すら届かない。

うちの親は何かある度に私を呼び出して解決させるくせに、自分で処理したような顔をするのだ。長男を頼れ、長男を。

 成果の搾取も(はなは)だしすぎる。


(未成年者を夜に連れ出しているというのなら問題だが、健全ならどうでもいいだろう。国を隔てた遠距離婚約なら門限無視もない。当事者達が大人になったらお付き合いしましょうねという関係を築いているなら、口出しすることじゃなかろうに)


 近衛に押しこんだ三男はもっといい身分の貴族令嬢と縁組させたかったらしく、特に母はかなり渋っていたが、分家にするなら長男の妻より劣る身分にしておかねばならないこと、婿入りならばその婿入り先での待遇も考えないとすぐ離婚になること、家格が上であっても何かと援助を頼まれるのであればネトシル侯爵家が削られることといった現実を見させたところ、うちの家族も理性を取り戻したらしい。


(婿入りにおいて浮気は離婚問題に繋がる。その点、アレナフィルは中身の面白さが先に来る。美人で中身が最悪なら三日で飽きるが、中身が面白くて外見も愛らしいなら飽きることなく浮気はしないだろう)


 嫁入りや婿入りならば、ウェスギニー子爵家はかなり条件がいい。

双子の兄に嫁ぐのならば姑はいないし、前子爵夫妻も結果として平民だった長男の妻を子爵夫人と認めてやったぐらいに情がある。

 そして双子の妹に婿入りするというのも悪くない条件だ。双子ならかなり結びつきが強いと考えられる上、婿入りしても兄貴風を吹かせることができるので、あまり肩身が狭くならないだろうと考えられる。ただの妹婿なら冷や飯食いになりかねないが、双子の妹婿となれば双子の兄も年上の義弟を相談相手として尊重し、悪い待遇にはしないだろう。

 勿論、乗っ取りを考えるような妹婿なら排除されるだろうが、グラスフォリオンは末っ子のせいか、当主という地位を狙う気がない。そしてアレンルードとも仲良くやっているようだ。

 結局は家の仲がギスギスしていたら、どんな縁組もいつかは破綻する。

 反対に妻として迎えるのであれば、ウェスギニー子爵令嬢はあまり条件がよくない相手だ。社交界などで便宜を図ってくれる年長者がいない。そして本人の非ではないが、出自的にどうしても侮られやすい。


(今からレミジェス殿や双子の兄アレンルードと交流を深めているグラスフォリオンはかなりいい手を打っている。外国に娘を売り飛ばして利益にするつもりかと言っていた奴らもいるが、そもそもウェスギニー家は金に困ってない筈だ。うちの分家ならあの兄が威張っている家門で毎日がムカムカの連続だが、あの家ならばそれもない。ただウェスギニー家、家風としてギャンブルや女に散財するタイプはお断りだろうな。実際、ウェスギニー子爵令嬢に目を付けていた奴らは金に不自由している奴らだった)


 私の話に一度は納得したものの、父には侯爵家としての矜持があった。

 王子の学友という立場を利用し、うちの三男をよくも娘に誘惑させてかすめ取ろうとしたなと、そんな気分をウェスギニー子爵に抱いていたらしい。


(たしかどこぞの侯爵家か伯爵家の令嬢が五人程、グラスフォリオンの見合い相手で絞られていた筈だ)


 問題は工作部隊への勧誘どころか、肝心のウェスギニー子爵は何も知らなかったことだ。

 何かの際に会ったウェスギニー子爵に対し、長男を同行させていたうちの父は、グラスフォリオンがアレナフィルにのめりこんでいることについて、きちんと娘を管理できているのかと皮肉を言おうとした所、全然会話が嚙み合わなかった。

 なんとウェスギニー子爵、グラスフォリオンが恋しているのは孫もいる初老の家政婦だと思っていて、更にグラスフォリオンと仲良しなのは自分の弟と息子だと認識していたのである。

 当て馬もしくは理由づけとしてアレナフィルが使われているだけだろうと思っていたウェスギニー子爵。


(そりゃそうか。父親にしてみれば、上等学校に入学する年になっても将来はパパみたいな人と結婚するのと言われてりゃ、よその男なんぞまだまだ娘の目にも入ってないって思うよな。王子と一緒にいても全く憧れている様子がなけりゃ、仲良し子供グループなんだなとしか思わねえよな)


 当初はスポーツ観戦にのめりこんで帰宅時刻が遅れることへの苦情だと思ったらしく、

「ああ。ナイター時間はうちの息子ももう少し早く始まって早く終わればいいのにと、よく目をこすりながらぼやいてます。グラスフォリオン殿も眠かったのですね」

と、子爵はにこやかに返事してきたそうだ。

 ナイター観戦後はウェスギニー子爵邸に泊まっていたグラスフォリオンだが、

「うちの息子はすぐ寝てしまいますが、グラスフォリオン殿はうちの弟と酒を酌み交わしていると聞いておりましたが・・・。そんなに夜が弱かったなら息子と同じくホットミルクでも飲ませて早めに寝かしつけるよう伝えておきます」

と、言われてしまった。

 どこのお子様対応だよ。なんで成人した男が寝かしつけられなきゃいけないんだよ。

 しかもその際、

「何がホットミルクだ。まさか令嬢に運ばせるつもりではありませんな?」

「え? 娘は違う家で暮らしておりますので、うちへの来客と顔を合わせることはまずありませんよ?」

と、子爵邸に泊まったところで顔も見ないと明言されてしまった。

 しかも寝る前のホットミルクなど子供達は自分で勝手に飲みにいくというので、世話の焼ける男だなと思ったらしい。

 おかげでネトシル侯爵家では成人してからも乳母のように面倒を見てくれる女性が必要なのですねと、ウェスギニー子爵に同情される始末。


(グラスフォリオンが家族に正しい情報を全く伝えていなかったのが悪いとはいえ、うちの父も思い込みが激しすぎた。アレナフィルを一度でも見てしまえば、恋人や配偶者選びに根性入れて「尽くしますアピール」なんぞするタイプじゃないと分かっただろうに)


 さすがに娘を気に入ったのはグラスフォリオンの方だろうという思いがあればこそ、ウェスギニー子爵も皮肉の一つぐらいは言いたくなったのだろう。

 うちの娘には別にどことの縁談も望んでいないので子爵邸のような来客が多い屋敷には暮らさせていないのだと、彼ははっきり言いきった。

 ウェスギニー家令嬢は、ウェスギニー子爵邸で泊まっても顔を見ることができない、まさに隠されたお嬢様だったのだ。しかし同じ顔の令息なら休日だけは子爵邸にいるらしい。

 グラスフォリオンが連れ出す時は住んでいる家へ出向き、予定を家政婦に告げて了承を得ているとか。


(ちょくちょく娘を連れ出して遊びに行っているのは、送迎時にせめてその家政婦と言葉を交わしたいからだろうと、まさか子爵からリオンにそんな情けを掛けられていたとは・・・。それを言われた時の父の顔、できれば現場で見ておきたかった)


 家政婦といっても縁戚の女性で孫もおり、娘を母親の気分で世話してくれるのだとウェスギニー子爵は語った。だから普通の使用人と違い、我が子のように育ててくれているから目も行き届いているのだと。

 あまりにも年上すぎると自分も驚いたが、そんな女性に片思いしている様子なので、アレナフィルを可愛がることで初老の家政婦と家族のような時間を持ちたいのだろうと、ウェスギニー子爵はグラスフォリオンについて語ったそうだ。

 どうせ告げることのない想いならば昇華できるまで黙って見守ってあげるのが年長者の立場でしょうと、ウェスギニー子爵は温和な顔で諭してきたらしい。

 要はウェスギニー子爵にとってグラスフォリオンもまだまだ子供にすぎなかったのだ。

 聞き耳を立てていた周囲にも失笑が漏れたとか。


(皆の前でウェスギニー子爵の愛娘を、男を誘惑するような小娘だと侮辱しようとするからだ。あいつと見合い予定が全く進まないでいらついている家も近くにいたらしいが、おかげで一気に老女好みという話が出回った)


 おかげで見合いが進まずプライド的にむかついていた家も、老女嗜好(ババコン)なら仕方ないなと留飲を下げたとか。熟女好みを通り越した老女好みならば、若く美しい我が家の娘では駄目なのも当然だと、にこやかな気分で納得できたらしい。


(誠実そうな顔で全てをうまく取り計らいながら、悪夢の具現者と言われるのはそこか、そこなんだな)


 なんといういい加減なことを言う男だと、帰宅してからも憤懣(ふんまん)やるかたない父はその家政婦について調べさせた。

 孫もいる小太りな家政婦はウェスギニー前子爵の義理の姪、つまり現子爵フェリルドにとって義理の従姉だと判明した。自宅も目と鼻の先にあって、その夫も帰宅が早い日にはアレナフィルと共に夕食を取っているらしい。使用人どころか、まさに家族のような存在だ。

 使用人と違い、買収もできない。


(そこまで信用しているのは不用心すぎないかと思うところだが、かえって安全対策としては強固なのか)


 そんな(くだん)の家政婦がアレナフィルと手を繋いで出かけている際のフォトを見て、

「なんだか子供の頃のグラスフォリオンの手を引くアンジェラディータみたいな人だな。雰囲気が」

と、誰かがぼそっと呟いたらしい。

 その家政婦の髪や瞳の色、そして雰囲気もまたアンジェラディータを連想させるものがあった。

 そこで思いこんだら一直線なグラスフォリオンの初恋を誰もが思い返し、

「まさか、ウェスギニーの娘と結婚すればこの家政婦とも親子のように暮らせると思ったわけじゃないわよね? ああ、まさか。だけどこの家政婦を口説き始めるよりいいのかしら」

と、そんな言葉すら出てきたとか。

 尚、血族婚は国によって許容範囲が異なるが、我が国において従兄妹は兄妹に準じるとして、貴族の間では認められていない。平民ならば認められている。それは貴族同士の縁組が多い為、従兄妹でもかなり血が濃いケースが考えられるからだ。

 アンジェラディータが事件を起こしてから徹底的に遠ざけられたのも、傷心なところで燃え上がる恋がないようにとの判断も影響しており、駆け落ちや事実婚に至られては困るという懸念からだった。

 そんな事情もあり、その場には深い沈黙が立ちこめた。

 その後、親よりも年上で孫もいる既婚者への略奪愛を本気で仕掛けられるよりは余程マシだと、アレナフィルとのことを後押ししてもいいのではないかという意見が出始めたが、それは現実逃避とも言うべき対応で、色々と複雑な気分らしい。

 だが、私はこのヴェラストールでアレナフィルを間近に見てしまった。そして弟がはまったのは家政婦ではなくアレナフィル本人だと感じている。何故ならここまで個性的すぎると、違う思惑なんぞどこかへ跡形もなく吹き飛ばされるからだ。

 家政婦へ近づく踏み台として使うには、あまりにもアレナフィルは個性が突出しすぎていた。


(たしかに家政婦の笑顔の雰囲気は昔のアンジェ姉上に似ていたがそれだけだ。そんな程度でちょっかいを出すにはあまりにもアレナフィルは非常識すぎる。少なくとも半ヌードのフォトモデルなんぞ引き受けるなら、やはり本人に思い入れがなければやらんだろう)


 兄弟だからこそ、グラスフォリオンはアレナフィルを本気で望んでいるのだろうと確信した。

 そして兄弟だからこそ、弟の女の好みに対して絶望した。なんであいつは極端なんだと。

 弟とアレナフィルが本当に結婚してしまったら、私の後始末作業がどれ程に増えることか。そういった私の苦労を知る気もない大公妃は、アレナフィルを構い倒してご機嫌だ。次は何をやらかすのかと、とてもはまっている。


「ところでローゼン。アレルを預かるかどうかは保留として、問題はこの後よ。私も立場上、アレナフィルについていってやれない場所は多いのよね。今まではガルディとあなたの弟がエスコートしていたけれど、ちょっと身動き取れなくなりそうじゃない? その時は任せてもいいでしょう?」

「嫌ですって言ってもいいんですか?」

「録画装置は経費として最高機種を揃えていいわよ。それにあの子の護衛だなんて実力アップしそうだと思わない? 何よりガルディとあなたの弟だけじゃ取りこぼしが出そうなのよね。今回のように」


 拒否権はなかった。分かっていたが、まさかネトシル侯爵家に生まれて子爵家の娘の世話係をさせられるとは。

 それだけ今から囲い込みたいということか。

 今はまだ子供だ。だが、いずれ成人したアレナフィルを手に入れられるのは一人だけ。


「私個人は弟の恋路を叶えてやりたい気持ちがあるのですが、妃殿下はどうお考えなのでしょう」


 問題はそこだった。大公妃の息子であるガルディアスも、私の弟であるグラスフォリオンもアレナフィルを気に入っている。

 なんという困ったミニサイズ悪女だと思いつつも、見捨てられないのはそこがあった。弟の妻になるかもしれない少女だ。


「その件は別よ。ガルディもあなたの弟もたしかにアレナフィルを可愛がっているけど、それは楽しくて面白いからでしょうね。あなたの弟だって以前はつまらなそうな顔をしていたのが、今はとても生き生きとしてきてるじゃない」

「弟の顔など一年に一回見れば十分です。私は妃殿下の笑顔が増えたことの方がまだ喜ばしく感じます」

「あらそう? 言われてみればそうかもね。同じ色合いなのに顔も性格も全く違うから最初はがっかりしたけど、あの子自身を見てみればすんなりと受け入れられるものだったわ。ガルディが言ってた通り、貴族令嬢としては欠陥品だからこそ爽快感があるのかしら」


 ふと、ウェスギニー子爵の言葉を思い出す。


――― 俺が来ていたことは言うな。うちの娘にはやりたいようにやらせる。


 信じていることと放置していることとは違うのだが、もしかしたらミディタル大公妃は心の在り方がウェスギニー家と共鳴しやすいのかもしれない。

 普通はいくら家政婦がいたとしても、令嬢を子爵邸ではなくあんな小さな家で生活させることはしないだろう。どんな冷遇かと思いきや、アレナフィルは自分の好きに過ごせる今の家がとても気に入っているらしい。

 どこまで娘の自由にさせているのか、ウェスギニー家。

 調和を重んじて動いていたミディタル大公妃が、今やアレナフィルに関しては全く制限をかけずにいる。何を言おうと何をやらかそうと全く咎めないのだ。

 アレナフィルの状況を知ったガルディアスが王城内の慣例どころか、貴族のバランスを壊しかねない動きを見せていても大公妃は沈黙している。


「具体的に私は何をすればいいのでしょう?」

「エスコートが必要な時にお願いね。最優先して構わないわ」

「・・・今すぐ他の身代わり候補を考え、断念しました」


 冗談じゃないと思ったが、ならばと考えれば都合よい人間が全く存在しなかった。


「そうね。高位貴族の招待にも同行できる身分があって、絶対にアレナフィルに手を出さず、必要とあれば即座に手を打てる人間は限られるわね」

「使い捨てられる男って悲しいものですね」

「有能な男で結構じゃない。閑職と呼ばれる王族の学校用護衛も今回はかなり刺激的だそうよ。たとえば王妃様のお茶会に参加しながらマナーを披露したり、自分の在学時代をかなり詳しく聞かれたりとかね」

「王妃様が?」

「ええ。エインレイド様の学習ペースは侍従が決めていたけど、今はアレルが王妃様と相談しながらクラブ活動でこなしているじゃない? あなたの弟の話を聞いて、王妃様もエインレイド様に楽しい経験をさせてあげたいそうなの。今回はクラブ合宿の形で、初めてのお友達同士のお泊まり会だったのよね」

「王族がぷしゅっと弾けるのは習得専門学校からって決まってたんですけどね。なんで初回から景気よく巨大ゴースト発生させて、別荘一軒吹き飛ばしてるんですかね」

「そこが楽しいんでしょう? 自覚しなさいな。アレルといて変わったのはエインレイド様だけじゃないわよ。特別手当ぐらい出るんじゃないかしら?」


 たしかに無傷と知り、改めてあの被害を見てしまえば爽快感もあった。

 だけど言っていいだろうか。特別手当以上のものが削られる気がしてならないと。主に私の名誉とか評判とかが。




― ◇ – ★ – ◇ ―




 そんなことを大公妃と私が話していたすぐ後のことだ。


「では後ほど、決定内容をまとめて報告に参ります」

「ええ、お願いね」


 私はミディタル大公妃にその場を離れる許可をもらい、他の護衛メンバーと明日の護衛、更には明後日の首都に戻る際のルート及び警備システムについて打ち合わせをしに行った。


『お母さん、お母さん。お願いがあるのです。ガルディアス様に連絡取って、私の味方してください』

『あらま。私が味方するのはもう決定してるの?』

『私に味方がいないのです。お母さんが味方してくれないと負けちゃいます』

『じゃあ女の子特権で少しは甘くするようにってガルディアスに言ってあげるわ。ただ完全に味方しちゃうとガルディアスは私に何も教えなくなるからさりげなくだけど』

『はいっ』


 その隙にクラブメンバーと明日の予定を決めたアレナフィルは、ガルディアスに連絡を取りたいからと大公妃のところへやってきたのである。


(普通はお伺いを出したところで相手にもしてもらえないってのに、たかが子爵家の娘がどこまで無礼を重ねる気だ、あの悪辣ウサギ。そこは毅然と、・・・気晴らしになるから止めてないんだな)


 タイミングとして、私とアレナフィルは見事にすれ違った。私がいる前でその話をしてくれたなら、遠慮なくそんな話など潰してやったというのに。

 だからそれは、就寝前の挨拶をする為にミディタル大公妃のところを再度訪れた際に聞かされることになった。


「さっきまで保留だったではありませんか。なんで結局、大公邸であのウサギ娘を飼うことになっているのですか。せめて首輪と引き綱(リード)と檻を用意してからにしてください」

「やあね。そんなのを用意したら可愛すぎるじゃないの」

「大公妃殿下。よくよく目を見開いてご覧ください。あれはただの無作法令嬢です」


 ころころと笑うミディタル大公妃は、やはりアレナフィルを大公邸で預かると言い出したのである。

 先程の時点ではウェスギニー家のレミジェスからの打診ということでまだ検討中の筈だった。そういうことはガルディアスの妃候補問題も絡む為、デリケートな対応を求められる。


「だって今、ウェスギニー子爵邸に大人がいないことを幸い、アレルがその押しかけてきた人を脅して口止め料を出させることを心配しなくちゃいけなくなったんだもの。

 私は面白そうだから是非見に行きたいんだけど、さすがにガルディアスがもう少し待つようにって言い出してね。せめてフェリルド様が帰宅してからにするようにというのがガルディの意見よ。だけどアレル、家族には知られたくないってそこは譲らないの」

「さすがに口止め料など、あんな子供にそんなものをホイホイ出す大人はいないでしょう。それこそ密室で脅しつけることはあったとしても・・・」


 現在、保護者不在がちなウェスギニー子爵家。アレナフィルはそこまで読んだ上で、自宅にやってくる口止め目的の人達を迎え撃つつもりらしい。

 だからアレナフィルは子爵邸に帰りたい。まさに貴族リストを作成して一気に大金をゲットする気満々らしい。

 自分から出かけなくてもあちらから口止め料交渉しにきてくれるだなんて手間が省けちゃうと、アレナフィルはそんな認識でやる気満々だったそうだ。


「私もそう思いたいけど、さっきもガルディと通話してどちらも引かなかったの。ガルディはこの際、エインレイド様の周囲も綺麗に掃除してしまうつもりなのよ。そっちに全く興味のないアレルはね、それはそれ、これはこれで、自分が被害者なんだから口止め料とその取り立ての邪魔はするなって主張するわけ。私はアレルの気持ちも分かるし、味方してあげたいんだけど、ガルディも怒らせると極端な子じゃない? もううちにアレルを引き取って、ガルディとアレルは私達が見てるところで折り合いつけた方がいいと思うのよね」

「それ以前の問題として、あのミニサイズ悪女は貴族令嬢として人格から矯正、躾け直すべきです」


 人間、夜になると思考能力がハイになるものだ。

 明日の太陽を浴びたらあの暴走子ウサギ娘も少しは落ち着いているだろうと、私は信じてはいないが信じることにした。

 そして大公妃にももうお休みになるようにと伝えてみる。

 どうしようもなければ私の小さな家に鉄格子を取り付け、そして護衛メンバーの女ばかりをつけてアレナフィルを生活させればいいのだ。今回、護衛メンバーから女性を外したまではいいが、あのお預かりカスによってアレナフィルが誘拐されたと知り、彼女達も心を痛めているらしい。何があろうと外には出さずに守り通すだろう。


(夜はベッドの中で大公妃とお喋りしてるらしいしな。あの小娘、本当に取り入る先を間違えねえところが厄介すぎる)


 きっと明日も問い合わせばかりだ。早めに休もう。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 連休最後の起曜日(きようび)は祭日だ。この日、本来は余裕をもって帰路に就く予定だった。その際は特急列車を考えていたらしい。

 けれどもこうなってしまうと、列車では乗り込んできた誰かが接触してきかねない。もう移動車で帰宅した方がいいだろうという話になっていた。

 そして今日ではなく、平日にあたる明日に戻った方が静かだろうとも。


(なんで割り引きセットのお金が勿体ないから動物園に行くという思考になるんだろう)


 全ての問題の元凶は、全国的に大ニュースとして流れた爆殺未遂被害者のアレナフィルである。

 休み明け、つまり明日の冷曜日(れいようび)は国立サルートス上等学校では事態を重く見て全校集会及び特別授業を行い、命の大切さや短絡的な犯行がもたらす結果などについて特別授業を組むそうだ。

 本人は大した怪我もなく元気だと主張したが、学校側が登校を認めなかった。


『今はまだ気が動転していて体が興奮状態にあるのでしょう。ショックは後から出てきます。一週間や二週間、お休みして構わないのですよ。それでも学校に来るというのなら、仕方がないから三日間に縮めましょう』


 何でも五人共、自主勉強はきちんとしているので多少休んだところで問題ないそうだ。

 どこまでも休みたくないとごねたアレナフィルだったが、それは学校の友達に会いたいからではなく、授業の遅れが気になるからでもなく、その理由はなんと「双子の兄にばれたくない」というものだった。

 この事件を兄に隠せると思う方が無茶だと、誰もが愚かな小娘の頭脳を心配した。


『私だってどこかのお嬢さんが殺されそうになったって聞いたら、「へー」で終わるもんっ。だから普通にしてたらルードにばれることないもんっ』


 本人によると通学さえしておけば、

「え? 似たような名前の人だったんだね」

ですませられるそうだ。すまねえよ。

 クラブメンバーの少年達は愚かすぎる子爵家令嬢に言い聞かせた。


『寮でもアレン、常にみんなの中心にいるし、耳に入らない理由がないよ。それに学校からも家からもアレンに連絡入ってると思うよ』

『いいか、アレル。たとえビーバーは周囲で誰が何を話していても気にしないが、少なくともお前の兄は人間として情報収集の大切さを知っている。お前の感覚で人を判断するな』

『既に貴族の間では誰がアレルを殺そうとするメリットがあるかの噂で持ちきりだそうだ。双子の兄なんて真っ先に皆から囲まれて事情を聞き出されるに決まってるだろ』

『あのさ、アレル。僕、アレルのそういうマイペースな所って凄いと思ってるけど、普通の人はそうもいかないと思うんだ。それこそアレン、こっちに直行して来てもおかしくない状態だよ?』


 その兄はこの連休中、クラブ活動の特別強化訓練に参加しているのだとか。だからニュースを見る余裕もなくバタンキューだろうと、アレナフィルは主張している。

 一般常識的に、家族にそんなことがあったらクラブ活動どころか、すぐさま帰宅を命じられることも理解していない愚かな小娘。しかしウェスギニー子爵邸に通話通信入れてもいる様子がないということは、何も聞いていないから戻ってきていないのだろうと、アレナフィルは推測してみせた。


(言われてみれば双子の兄がまだ留守ってのはおかしいな。いくらなんでも誰かが耳に入れるだろうに。普通は慌てて帰宅し、こちらに駆けつける)


 気にはなったが、私の仕事は王子達の護衛である。

 あくまで動物園チケットを無駄にしたくないとこだわる愚かな少女は男装し、皆で日中の動物園を満喫するのだと言い張った。唯一の女子メンバーを甘やかしているというよりも、唯一の問題児をあやしている少年達の健気さに涙が出そうだ。

 そして少女はケーブルウェイの窓から自分が壊した別荘を見下ろし、その周辺にある幾つかの別荘と小道で繋がっていることからかなり親しい身内、もしくは趣味仲間で集まっているのではないかと言い出したのである。

 思考は腐っているが頭脳は評価されているだけはある。

アレナフィル達は登記所に寄って付近の不動産の所有者を調べ、その所有者のある程度の人脈を噂話レベルながらベリザディーノとダヴィデアーレが語り、ある程度をエインレイドが補足したものだから、アレナフィルはふんふんと頷いていた。

護衛メンバーも即座にメモを取っていたが、さすがはウェスギニー大佐の娘と言うべきか。

そうしてクラブメンバー達はミディタル大公家ヴェラストール別邸へと戻ってきた。


(この抜け目のなさに、クラブメンバーも触発されてしまうのか。放っておいたら自力であの婦人の正体にも辿り着きそうだな)


 すると出かけている間に、昨日の朝、アレナフィルが買った物の残りが届いていたわけである。ほとんどは昨日の内に届いていたが、アレナフィルが立ち寄った店には全て取り調べが入り、どの店も昨日の内に配達とはいかなかった。

 しかし昨日の時点で届いていた大量の買い物。

 そして今日も子爵家令嬢はご機嫌で荷物を確認し始める。

 

「うわぁ、全部の荷物、これで揃ってる。しかもどれもオマケ付き。なんてサービス」


 子供達用にと提供されている棟のリビングルームで、アレナフィルはどどんと置かれた荷物を前に喜びまくっていた。


「あれ? ループタイ、2つだけ裏に模様入れてくれたってある。どんなのかな」

「アレルってばループタイなんて買ったの? 制服に使うんだ?」

「ううん。一応、婚約者に買って送ってあげようと思ったら、子供が一人でジュエリーショップってなんか不審者扱いになりそうで、バイト代金貯めて家族分とかいう話にして、話の流れ上、4個頼むことになったんですよ。あ、凄い。どうしよう、女の子と男の子のシルエットが入ってる」


 どうやら事件を知った店がサービスで裏側にも模様を彫ってくれたらしいが、時間的な余裕で2つだけだったらしい。

 ひょいっと手に取ったのがベリザディーノだ。


「へー。男の子と女の子って言うけど、なんか少女と子供って感じじゃないか? 弟がいるとでも思ったのかな。アレルんとこ双子だし、あっちが兄だろ。これじゃちょっと違うテーマになってる。まあ、フォトルームがついてる奴だし、普通は裏まで見ないか」

「本当だな。髪の長いスカート姿と、半ズボンの子供のシルエットか。姉と弟なら分かるが、なんか優しいモチーフだな」

「男の子が駆け寄ってるっぽいのが可愛いよ。素敵だね。ループタイって家紋をあしらうイメージがあったけど、こういうフォト用ロケットに緑の石が嵌め込まれているのってアレルって感じがしてとても似合うと思うな。あ、婚約者にあげるんだっけ。だけどアレルやアレンにも似合うと思うよ」


 実際、赤みがかった金色の土台に緑の石が嵌め込まれた楕円形のそれは、フォトを仕舞えるループタイだ。


「どうしよう。これ、素敵すぎるサービスだ。大体、こんなにも早く作ること自体、かなり無理してもらったわけだし、しかもこんなシルエットなんて完璧すぎる。・・・ごめんっ、ちょっと出かけてくるっ」


 残ったジュースを一気飲みし、そのまま飛び出そうとした子供を、私は片手でがしっと捕獲した。

 この子ウサギでは、首輪と引き綱(リード)だけではあまりにも不安だ。安全胴輪(ハーネス)も必要だろう。ペットショップに行って買ってくるべきか。


「何をいきなり外へ駆けだそうとしているんですか、アレルちゃん」

「放してください、ローゼンお兄さんっ。こんなの徹夜で作ってくれたって分かるじゃないですかっ。せめて追加費用ぐらいは払わなくてはっ」

「あれだけ大々的に映像が流れた本人が出歩ける状態だなんて誰も思いませんよ。それどころか緊急手配でここを離れるかもしれないと思ったからこそ急いだのではありませんか? 言っておきますが婚約者の贈り物なのにどうして同じ物が4個もあるのですか。同時進行の結婚詐欺してるんじゃないでしょうね?」


 婚約者に贈る物を注文して、どうして4つもあるのか。自分が婚約者からそんな物を贈られたら心の底から百年の恋も冷める。


「はっ、・・・それもあったっ。私とお揃いで2個しか要らなかったのを、なんだかお涙ちょうだいな作り話にしたら4個注文するしかなくなったのです。あのウソ話が出回らないよう、きちんとお支払いする義理堅さをアピールしつつ、私はあのウソ話の口止めをしに行かねばなりません。そうじゃないとまたうちの父に隠し子がいるとか、再婚したとかデマ話が出回るのですっ。お店の人は、これは私が家族にあげるお揃いグッズで、しかも四人家族だと信じているのですよっ」


 聞いていた少年達の表情に、なんだか諦めの色合いが滲む。


「なんて律儀な奴なんだと一瞬にせよ感動した僕が愚かだった。なんて悪辣なビーバーだよ」

「アレルってばそういうところがふてぶてしくて、だけどやることは可愛いよね」

「婚約者に贈る物を家族にも贈る時点で何かが違うような気がするんだが、それは僕だけなのか? 普通に婚約者に贈ると言えば、・・・いや、それはちょっとまずいか。だけどそんなのは子爵家で用意してくれるだろうに」

「えっと、・・・ね? 作り話の是非はともかく、家族お揃いな物をもらったら婚約者の人も嬉しいんじゃない? ループタイって男の人の小道具だしね。アレルはスラックス穿くから使えるけど」


 それでも少年達には「こーゆー奴だよ」的な諦めがあった。


「なんて愚かな・・・。いいですか、アレルちゃん。君は何かと人に可愛がられてすませようとしていますが、その為に同情されるような話を作るのではどうしようもありませんよ」

「む。・・・ですが、子供が子供らしからぬお買い物を初めてのお店でする以上、誰もが納得するストーリーが必要だったのです。私は悪くないのです。年の離れた弟に一生使ってもらえるようなプレゼントをバイトして購入したというのは、誰が聞いても感動するストーリーだと思います。しかしそんな弟が存在しない以上、私は速やかに口止めしに行かねばなりません。父にそんな隠し子はいないのです」

「父親の名誉をもっと大切に考えなさい、この劣悪品性ミニサイズ悪女が」


 自分が優しくされたいが為に父親を貶めたのか、この悪ガキは。

 王子が理解不能だと言わんばかりに首を横に振っている。


「どうしよう。僕、ウェスギニー子爵に同情しちゃったよ。なんでアレル、子爵にそんなひどいことできるんだろう」

「全くだ。なんで普通に婚約者に贈る為にって言わなかったんだ、このビーバー。・・・ああ、そうか。子供の頃から婚約者となると、政略結婚絡み。そもそもバイトをしてお金を貯めてプレゼントするってことがあってはならないわけか」

「そうだな。未成年のバイトはかなり厳格な基準があった筈だ。婚約者に贈り物をするのに子供が働くだなんて認められるわけがない」

「言われてみればそうだったっけ。アレルんちは裕福だし、アレルがたくましすぎて、僕も常識枠外で考えちゃってた。だけどその為にお父さんに隠し子がいたことにするってひどくない? 子爵様、あんなに素敵なお父さんなのに」

「家族に知られず高額なお買い物をするのはとても大変なのです。少年達よ、君達もいつかは理解することでしょう。私は遠く離れて暮らす婚約者を手玉に取りつつ、旅行後は速やかに婚約破棄するべく綱渡りで生きているのです。その後はいいお友達として時々文通しながら適度な距離感で暮らす為、今の内にちょっとしたご機嫌取りをしつつ、いい感じで躾けなくては」


 まるで苦労人のような悲哀を漂わせて少女は主張していた。

 まず躾けられるべき生き物がここにいることを自覚しろ。


「アレルちゃん。あまりひどい嘘ばかりついていると、いつか誰もあなたを信じてくれなくなりますよ。そこは反省しなさい。そしてどんな家も本家や分家同士で子供達を一緒に育てたりもします。公式なそれとは違う家族がいたところで大した問題ではありません」


 どこにでも婚外子は存在するし、養子縁組も珍しくない。それが貴族だ。


「そうなんですか? じゃあいいや。だけどローゼンお兄さん、嘘のない女に女としての魅力は無いのです。嘘で自分を守る女には何とも言えない陰りがあり、それが一つの淫靡さを生むのです。未亡人には独特の禁欲的かつ薄幸な魅力があるように、秘密を持つ女には男を引きつける力があります。ただの天真爛漫さが魅力的でいられる秘訣だなんて思ってる時点で、その女は男を落とせません」

「そういうセリフは保護者の雷が落ちることを怖がらなくなってから言いなさい。まずは前子爵の前で今のセリフを再現してあげましょうね」


 女としての魅力など全くない丸太系つるぺたスタイルの分際で何を言っているのか。

 するとアレナフィルはびくっと体を跳ねさせた。

 しゅんっとしてしまうと垂れ目が更に垂れて可愛い。本当に見た目だけは可愛いのだ、この暴れ子ウサギ。


「ごめんなさい。祖父には言わないでください」

「いいですよ。その代わりこの紙に、

『私は愚かなことを言ってしまう悪い子です、まずは考えてから発言する良い子になります』

という言葉を二十回書いて提出してくださいね。あなたの名前入りで」


 私は罫線入りの上質紙をアレナフィルに渡した。ちょうど二十行あって、サインするスペースもある。

 そして私はウェスギニー前子爵セブリカミオ、そして現子爵フェリルドのカードをちらりと見せた。それにより私が二人と面識があってすぐに面会手段を取ることができると、嫌でも理解したらしい。

 どうしようもない子爵家令嬢は、更にぷしゅん、へにゃんとした顔になった。


「レイド、ここは私を守る為に王子様の権力を使う時だよ。このお兄さんが私を脅迫するの」

「僕、権力ないから」


 アレナフィルが書き終えたら、それを額装して飾っておこう。

 少しは気分が晴れるに違いない。

 父のデスクからカードを勝手に取ってきていて良かった。




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