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54 ローゼンゴットの納得はどこだ


 スクリーンでは、あまりにも手際のいい特別番組が流れていた。



『とある貴族の別荘が爆発した際、その別荘内で手を拘束されていたアレナフィルちゃんの直前の行動が次々と集まってきています。

 助けられた直後のアレナフィルちゃんですが、こう証言しています。


「ヴェラストールにある別宅の共用扉を入って、一番手前の部屋に入ろうとした途端、いきなり背後から布を持った手で口を塞がれた。

 共用扉は開けられていなかったので、恐らくその前からずっと共用廊下の陰に潜んでいたと思う。そして移動車に乗せられた。その移動車は帰宅時に停まっていなかった筈だから、自分が共用扉をくぐった時点で家の前に回されたのだと思う。

 そして移動車内で顔に布袋をかぶせられ、毛布を巻かれ、どこか分からない所へ連れていかれた。顔や姿は見えなかったが、若い成人男性の声で複数だった。

 男達は私の姿を人から見られないようにしろとか、もっと縛っておけとか、縄の結び方がヘタだとか、そんな話をしていた。

 そして到着した家屋で、改めて縄で腕を縛られて拘束された後、変態親父に売り飛ばしてやるとか、生意気なんだとか、ひどい言葉をかけてから男達はどこかに行ってしまった。

 床に顔をこすりつけるようにしてかぶせられていた布を外した。だけど手が自由にならないので困っていたら凄い音がして建物が揺れ、炎が出た」


 以上です。

 現在、その別宅周辺における不審人物の目撃証言を探しております。

 そしてアレナフィルちゃんを見かけた方、乗せられた移動車の目撃証言、もしくはフォト提供、皆様の情報がありましたら治安警備隊までお寄せください。

 現在集まっている情報により、アレナフィルちゃんを誘拐した男達は当初から別荘内に爆発物と共に閉じこめて殺害するつもりであったと思われます。それでは、現在集まっているアレナフィルちゃんの情報をお送りいたします。本日、早速アレナフィルちゃんと言葉を交わしたという店員の証言が集まってきております』


 

 普通、すぐにそこまで目撃情報が集まるものでもないのだろうが、アレナフィルの服装も行動もとても目立つものだった。

 かえって情報が集まりすぎているらしい。

 計画的に誘拐される娘も娘だが、娘が誘拐されると分かっていてそれを手助けする父親も父親だ。

 可愛がっていた少女を狙われたと知って怒りに燃えたミディタル大公妃だったが、証拠映像を見始めるとその怒りも鎮火したらしい。何故ならアレナフィルの被害は煙と煤で駄目になった衣服程度で、あちらの被害額は別荘一軒と高級移動車一台分に相当するからだ。

 

「これがただの誘拐だったならどうやって二倍、三倍に返すつもりかと言いたくなるけど、そうね、殺人未遂だものね。しかもただの殺人未遂じゃない。アレナフィルったら何倍にして返すつもりかしら」


 通常ならば誘拐された間にどこまで汚されたのかと醜聞に塗れる筈の子爵家令嬢だが、誘拐される直前まで買い物をしていたことが幾つもの店から証言として集まっており、誘拐直後の爆破騒動となれば醜聞どころではない。

 運よく生き延びることができただけで、わざわざ爆殺という手段で殺されようとした悲劇の主人公だ。

 無力な少女をそんな目に遭わせようとする程にどんな恨みがあったのか、ウェスギニー子爵への個人的もしくは国家的な恨みではないのかという話にまで行きついてしまったらどうなることか。


「国全体に流れましたから。あの緊急ニュースを知って三人共、家族が倒れたと知らせが入ったとか、急に体調を崩したとか、なんか一気にいなくなっちゃいましたよ」

「それで逃げきれるといいわねぇ」


 ミディタル大公妃もアレナフィルに与えられていた許可のことを知らされた際にはどういうことかと一人息子を問い詰めたらしいが、その息子にしてもあのウェスギニー子爵なら娘への愛情は愛情として使えるものは使うだろうという疲れきった声だったとか。

 とっくにガルディアスは、ウェスギニー子爵は結果を出す事だけ評価すればいい、アレナフィルは珍獣だから仕方ないと、そう割りきっているそうだ。


「父親が動いていて、誘拐現場はウェスギニー家のアパートメント。どんな決定的な映像が撮られているやらです」

「そうね。あの三人を焚きつけたのは誰かしら」

「今頃、本当は殺すつもりだったな、自分達を騙したんだなと、そんな感じで仲間割れでしょうか」

「裏切られる前に裏切れって奴が見られそうね」


 クラブメンバーの男子生徒達は夜食の差し入れもあった上、泊まりがけで遊びに行ける筈もないメンバーだ。大人の目がなくなった途端、かなりはしゃいでいた。

 だから明け方までハイになって騒いでしまうのも仕方がなく、それゆえに昼まで寝ていた彼らはどんな大ニュースが流れていようと見ていなかった。おかげで何も気づかずアレナフィルと一緒に昼食を取り、パンを捏ねた後は変装して観光に出かけてしまった。

 普通なら殺されかけたショックを考えてアレナフィルは部屋で休ませておくところだが、誘拐された仕返しに他人の別荘を壊してきただけで全くショックを受けていない悪ガキだったのでもう勝手に行かせた。

 護衛につけた奴らにしてもアレナフィルが昨夜の内に誘拐するであろう情報をわざと振っていたこと、最初から返り討ちにする気満々だったこと、あの爆破はアレナフィルがやらかしたことを伝えてあるので、もうこれ以上の面倒はごめんだと意地でも守り通すだろう。

 誘拐された上での全国ニュースだ。みんな既に今月と来月分の給料は全額カットだと諦めている。これ以上はごめんだ。


「それであの父親、伝言だけで挨拶にも来ず何をやってるのかしら」

「分かりかねます。ですが都合よくも、アレナフィル嬢が移動車に連れこまれるところをフォトに収めたとかいう目撃者が現れたようです。ですがこれ、本当にあの子に渡していいんでしょうか」


 私はアレナフィルに押しつけられた大きな布袋を見遣る。部屋の隅に置かれたそれらは、実はかなり中身に問題があった。

 見てしまった大公妃も絶句したものだ。


「ガルディアスがエインレイド様にとっていい経験になると言っていたけど、さすがにこれは駄目ね。あのメンバーだって見せられても混乱するわよ」

「本人は嬉々として集めていましたけど。妃殿下がご確認なさった映像の通りに」

「仕方ないわ。レミジェス様に相談しましょう。その上でこちらも写しを取っておいた方がいいかもしれないわね」


 何故、ここで叔父の方に連絡を取るのか。私にはそこが分からなかった。

 うちの兄の子供、つまり甥が何かやらかしたとして、親である兄や義姉ではなく私に連絡が来るようなものだろうか。とても迷惑な話だ。


「父親、ヴェラストールに来てますけど」

「非常識はとっくに定員オーバーよ」


 父親のウェスギニー子爵をさくっと非常識の一言で片づけた大公妃がウェスギニー子爵邸に連絡を取れば、レミジェスの方も兄のフェリルドが不在なので身動きが取れないのだとか。

 今までミディタル大公夫妻とウェスギニー子爵弟との交流など見たことはなかったが、何故かレミジェスはミディタル大公妃に好意的な様子だった。


『アレナフィルはのほほんとしておりましたが、こちらには学校関係者や今までの取引先からの連絡が相次いでいる有り様で・・・。ですが衣装に書類に封蝋などの小物ですか。こちらで引き取らせていただきますが、先にお(あらた)めいただき、もしも妃殿下のお役に立つようなものがありましたらご活用ください』

「あら。いいのかしら」


 くすりとミディタル大公妃が微笑めば、あちらもどうやら苦笑した様子である。


『姪には社交界の泳ぎ方、常識、交渉術を教える母がおりません。恐らく弱みを握ることができるだろうと、お土産気分で集めてきたのだとは思いますが・・・。

 性別的に私共ではいささか難しい分野にございます。それでも折角持ち帰ってきたのですから、教材として役立つようでしたら大公妃様の方で全て保管いただき、アレナフィルにご指導いただければ尚有り難いことです』


 ウェスギニー家のレミジェスはよそ様の大切な秘密を大公妃とアレナフィルの遊び道具に使えばいいと言ってのけた。

よその貴族が別荘ではっちゃける為の破廉恥な衣装やふしだらなパーティ開催の証拠といったものは土産でしかないのか。そんな土産が本当にあるとでも思っているのか。

 いや、回収しろよ。何が指導だよ。誰だって人には見せたくないお楽しみや秘密の一つや二つ、あるもんなんだよ。可哀想じゃないか。

 心の底から同情した。

 大公妃が知るということは、国王夫妻、ミディタル大公、そしてガルディアスも知るということだ。立場上、仲が悪いと思われているが、二つの一家はまとめて一つだったりする。


「それもそうね。ではアレナフィル様と相談してみるわ」


 大公妃はとても素晴らしい笑顔でそれを受け入れた。


(あの父親なら中身も見ず黙って引き取ったかもしれないのにな。それを見越して叔父の方だったか?)


 あの荷物、ウェスギニー子爵家に引き取られたなら死蔵されるだけですんだかもしれないのに。ウェスギニー子爵は個人的なスキャンダルに(かかずら)っていられるほど暇人ではない。

 従姉のいる鄙びた村でウェスギニー子爵の療養中の部下と話していれば分かる。あの男がどれ程のものに関与し、それでいてその名が全く残っていないのかということに。

 そしてアレナフィルは優しく面倒をみてくれる大公妃にとても懐いていた。深く考えることなく転がされている。

 自分達で思うようにやってみたいとか言った口で、外で食べるより美味しいと、大公家の料理を満喫中だ。


(あの小生意気ウサギ、甘やかしてくれる人の言いなりすぎないか? しかも権力者を嗅ぎ分けすぎてないか?)


 それこそアレナフィル、大公妃に言われたら何も考えずホイホイ二つ返事で頷く気がしてならない。

 お土産に姪が集めてきたよそ様の秘密。大公妃と姪の退屈しのぎに使えばいいのではと言い放ったに等しいレミジェスは、あまりにも情けの心がなかった。

 彼なら大公妃が手に入れた情報をどう扱うかなど分かっているだろうに。

 そりゃ可愛い姪を誘拐した奴らにくれてやる情けは無いのだろうが、あの別荘を消滅させたのってその姪だろ? 誘拐だって自分から誘導しただろ? しかも全国民巻きこんで誘拐犯狩りして楽しんでるだろ?


『お願いいたします。あと、大公妃様が着せてくれた服が煙で駄目になったとアレナフィルが嘆いていたのですが、服までご用意してくださっていたのでしょうか』

「普段着だからドレスと違って高価なものではないわ。気になさらないでくださいな」


 誘拐された被害者が嘆くのが、自分でやらかしたことによる衣服の汚れ。

 そりゃミディタル大公妃も誘拐犯に対する怒りなど続かないだろう。アレナフィルが観光の続きを満喫していようとも、加害者側は勝手に追い詰められていく。

 衝撃的な映像のおかげで、サルートス王国全域が少女一人に同情の目を向けているのだ。どんな理由があったとしても、今回の誘拐に関与した奴らは今後の人生終わったも同然。


『ありがとうございます。ですが姪は何も考えず、いいと思った服を劇場に持ちこみます。もしもデザイナーの服でしたらそのあたりを言い含めておいてくださいませ』

「劇場?」

『はい。姪は面白いデザインの服を考えつくとメイドに仕立ててもらい、それで観劇に行って、そこの支配人や女優達に見てもらって使えそうなら採用してもらうのです』


 何を他人(ひと)(ごと)のように言ってやがる、保護責任者。

 少しは姪を見張っておけよ、少しは自宅で大人しくさせとけよ。だからあんなマイペースな娘ができあがるんだ。

 それなのにミディタル大公妃も何を考えているのか、とても楽しそうだ。


「それは素敵ね。道理でデザインや生地を気にすると思ったわ」

『アレナフィルの衣服に関しては、我が家にとっては意味不明なこともしばしばやらかしますが、女の子の育て方が兄と私ではよく分からず、好きにさせておりました。あまりにもひどい時には注意いたします。ですが妃殿下から言われれば、アレナフィルもそうなのかなと思って覚えることでしょう』


 母がいないせいか、年上の育児経験がある女性に弱いのだとレミジェスが教えてくる。

 父親を誘惑するかもしれない女性には警戒して懐かないが、父親が信頼している女性は大丈夫だとアレナフィルは思うらしい。

 どうやらガイアロス侯爵家を挟んでミディタル大公妃と縁続きだと知ったことから、父親をしかりつけることができるぐらいに親しいんだなと、アレナフィルは解釈したそうだ。家政婦もよく父親の駄目なところを注意しているらしく、そういう女性は警戒対象にならないのだとか。

 レミジェスによって、アレナフィルが大公妃に懐いた理由が明かされた。大好きな父親を誘惑することなく、そして父親がおとなしく叱られる程度に信頼している人は自分も信頼できるといった認識なのだと。


「たしかに素直な子だものね。そうそう、デザインと言えば、アレナフィル様に聞いたけれど、ファレンディアの衣装だとシンプルすぎて舞踏会のドレスとしては不向きなんですってね。差し支えなければ相談に乗らせていただいてもいいかしら?」

『有り難いお言葉です。我が家は母もあまり社交に力を入れておらず、男では淑女教育もままならぬ有り様でございました。当家の者には言い含めておきますので、いつでもご自由にアレナフィルのクローゼットを見にいらしてくださいませ。いつも姪のリクエストで服を縫っているメイドにも伝えておきます。改めて口座を一つ送らせていただきますので、申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします』


 あまりにもひどくならないと注意しないのか。意味不明でも好きにやらせるのか。

 女親が娘に教えることなど男の自分達には分からないからと、ノーチェックで大公妃に押しつけたウェスギニー子爵家。

 勝手にクローゼットを見てくれ、金も引き出せるようにしておくからドレスはそっちで決めてくれという横着対応はどういうことか。

 普通ならそんな無責任に押しつけられる貴婦人だってブチ切れる。大公妃は大公家の女主人であって、子爵家の衣装担当者ではない。

 このままだとアレナフィルのドレスを用意するのは大公妃となるではないか。そして恐れ多いと辞退すべきアレナフィルは、大公妃を父親が信頼している親戚だからそんなものかなと思うときた。


(なんで妃殿下、ご機嫌なんだ。息子の嫁になるかもしれないってんならともかく、現時点では息子を袖にして外国人と婚約中ってのに)


 娘が欲しかったという理由なのかもしれないが、それなら他にもっと礼儀正しい令嬢が沢山いるだろうに。

 何よりウェスギニー家は誰も彼もが非常識すぎる。

 やりたいことはやらせておくと言った父親も父親だが、叔父も叔父だった。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ヴェラストール博物館は、かつてヴェラストール地方を治めていた領主の末裔を館長に据え、その職員の採用などは館長に一任している。

 交通の要所となっているヴェラストール地方はとっくに国のものとなっているが、それはヴェラストール城やヴェラストール要塞の維持管理費がかなりかかることもあって、領主が領地の返上をしたことが理由だ。

 その結果、ヴェラストール地方を治めていた領主は領地を持たぬ貴族となったが、ヴェラストール城管理責任者、ヴェラストール要塞管理責任者として雇用され、それは世襲していいこととなった。

 大儲けはできないが、のんびりと観光名所の仕事をしながら暮らしに困らないといったところか。国の管理下にあるが、雇用も一族内ですませていいのだから、問題はない。


(どんだけパン作ったんだよ。一人当たり何人分焼いたよ)


 博物館から戻ってきた五人の少年少女は出かける前に捏ねていた生地が発酵し終わったというので、わいわいがやがや騒ぎながら成形し、どうやって次の発酵をするのか、そしてどれ程の温度で焼くのかを見せてもらってから、リビングルームへとやってきた。


「夕食は一番広いリビングルームでスクリーンを見ながら食べましょうね。だけどこれは今日だけ。ヴェラストール博物館のカフェルームはクラシック音楽しか流れていないから明日まで知られないだろうと思ってたのに」

「アレルが危険だったなんて、なんで教えてくれなかったんですか。しかも殺されかけてたなんて」

「ごめんなさいね、エインレイド様。だけどアレル、病院で一番気にしてたのがお昼ご飯だったから、もう好きにさせようと思ったのよ」

「・・・そうだった。たしかにアレル、とてもふてぶてしい子だった」

「ひどいです、レイド」


 食事中にスクリーンを見るのは感心しないが、今日は特別ということになった。ついでに五人が作ったパンが多すぎる為、護衛も一緒に食べることが許された。ただし、テーブルは離れている。

 リビングルームの中央、スクリーンがよく見える位置に食事用テーブルとチェアが用意され、そこに大公妃と少年少女合わせて六人が着席しているなら、護衛は部屋の隅の壁際だ。

 気分は壁の模様。会話もこそこそ小声で行う。

 そこには私達護衛メンバーに今回の情報を共有させておく狙いがあった。

 アレナフィルが誘拐されて殺されかけたことは情報として伝わっていても、仕事中に特別番組を見ていることなど許されない私達だ。

 大公妃はこの場に同席させることで、アレナフィルにとって都合のいい誘拐騒動だけを記憶に留めておけと、沈黙を強いる気満々である。

 真実を闇に葬り去るよう無言で命じてくる権力者の横暴がひどい。


――― お。なかなか美味い。ははっ、これは何の形かな。

――― 動物の顔を作ったつもりだったかな。水たまりの形になってるけど。

――― 形はともかく、味はいい。


 問題は護衛チームもアレナフィルに好意的なことだろうか。

 アレナフィルが自発的に誘拐されたのを知っている上、それを録画していたのでシリアスになれきれない護衛チームは、アレナフィルのやらかしたことに実は心を浄化されていた。給料全額カットは痛いが、あの小さな体で自分の家よりも高位の貴族令息達を敵に回してしっかりやり返してきたアレナフィル。

 こちらの監視映像さえなければ、アレナフィルは証拠隠滅も完璧だった。

 間近で見た夜行列車での姿がウサギ着ぐるみパジャマで、可哀想に誘拐されたかと思えば建物一軒と高級移動車一台をぶち壊すという今までにいなかったタイプの令嬢に、護衛チームはハートを撃ち抜かれている。

 ただの誘拐事件を誘拐爆殺未遂事件にレベルアップさせた張本人など、本来は要注意人物だ。それなのに見た目だけは可愛いので、つい許せる気分になるときた。

何よりあの偉そうに振る舞っているお預かり様が震え上がるこの状況に気分は上々。


――― だけどやっぱり鍛え直しとか言われるんかねぇ。

――― 言われるよな。


 そして落ちこまずにはいられないことは、ウェスギニー大佐が動いていたことに、あちらが姿を現すまで気づかなかったことだ。

 アレナフィルの行動を分かって追跡していた私達と違い、何の情報も得られない状況にありながらあの場に大型移動車と共に現れたウェスギニー大佐。しかも都合よくアレナフィルの誘拐に使われた移動車の目撃フォト情報が治安警備隊に寄せられている。

 つまり私達よりも彼が率いるチームの方が、情報収集・追跡技術・情報拡散能力が上だったということだ。

 ちらりと出てきたかと思うと格の違いを見せつけていった男、ウェスギニー・ガイアロス・フェリルド。何が出世の為に誰にでも尻尾を振る男だ。馬鹿にしている奴らこそが馬鹿も甚だしい。

 王子エインレイドがサルートス上等学校に入学した途端、ウェスギニー子爵親子に対して興味を強く示し始めたガルディアスとグラスフォリオンの行動が今なら分かる。

 父親が来ていることなど知らない娘は、ほけほけと幸せそうにパンを食べ比べてはご満悦ときた。


(14才でコレ。なんて末恐ろしいガキだ。・・・分かった。ああ、分かったとも。どうしてこんな狡賢いクソガキに皆が群がったのか。放っておいたら何をやらかすか分からない破廉恥小娘を世に解き放ってはならんと、誰もが我が身を張って阻止してたんだってことをな・・・!)


 スクリーンには、ウェスギニー子爵家令嬢の誘拐殺人未遂事件が特別番組で流れている。

 あまりに心配しすぎてしまうと文句が生まれてしまうものなのか、自分達が作ったパンを肉や野菜と共に食べている少年達は、どれ程にアレナフィルが博物館で愚かな娘であったかを言い募っていた。


「聞いてよ。アレルってば往生際悪くもアレンのフリしてたんだよ、トレンフィエラ様。だけど館長に直接ヴェラストール博物館ウィスキーを学校長達への土産で買わせてほしいってお願いしてさ、そしたら館長が特別権限で子供にウィスキー売ってあげるけど、代わりに今回助かったアレナフィル嬢が今度ヴェラストールに来た時に一緒にフォト撮ってほしいとか言ったんだ。そしたらアレル、その場で変装の化粧落としてくればいいですかって言ったんだよ。それでばれたんだ」

「双子の兄はヴェラストールに来ていないって、アレル言っちゃってなかったかしら」


 病院でアレナフィルが語っていたことを思い出して顎に指を当てる大公妃だが、少年達はプンプン怒っている。いや、呆れている。

 誘拐されたというのに学校長へのお土産を考えている時点でどうしようもなかった。

そんなものを受け取ったら賄賂になるのではないか? 何より誘拐された被害者が土産を買って帰るのっておかしいだろ。どこまで非常識に生きてやがる。


「あれは誰もが呆れる愚かさだった」

「そもそも妹が殺されそうになったなら双子の兄はそっちに付き添ってるもんだろ、常識的に。別行動しているという前提がおかしすぎた」

「あの売店にいた小母さんも実は貴族の方だったんだよね。アレルのこと、僕達の反応で察してたっぽいけど」

「だって改めて行くよりもその場で売買は終わらせておきたかったんだもん。二度手間を避けただけだもん。それだけなのに、なんで私が責められるの」


 不良っぽい髪のカラーや偽装の擦り傷を落とし、輪っかにみせかけたイヤリングも外してしまえば、現れるのは、今回の被害者少女だ。

 服装が下町の男の子らしいものであっても、かえって倒錯的な可愛らしさがあったことだろう。

 他の四人もハンチング帽を外してしまえば、平民に成りすまそうと頑張ってみたお育ちのいい少年達にすぎず、館長は真面目な服装で撮るよりも特別感があっていいと、とても喜んでいたとか。

 庶民どころか下町の不良少年に変装した王子達との記念フォトなんて、たしかにちょっとないものだっただろう。

 そんな少年達は、夕食を取りながらスクリーンに釘付けだ。


「博物館であの映像見た時には心臓止まるかってぐらいに驚いたけど、今のアレル見てたら、なんかドラマ見てる気になっちゃうね。だけどこれ、今日のことなんだよね」

「言うな、リオ。なんでアレルってばちょっと放っておいただけで何かやらかしてるんだよ」

「私は被害者なんだよ。加害者じゃないんだよ。だから私は全く悪くないと思う」


 あまりにも図々しい言い分の子爵家の娘がいる。

 王子と行動していた筈の子爵家令嬢が殺されそうになったというので王城からも問い合わせが相次いでいたことを知る気はないだろう。

 尚、国王夫妻は元気に変装してみんなで出かけたことを聞き、さすがウェスギニー子爵の娘だと感心していたそうだ。


「私もあなた達にどう説明しようか迷ったんだけど、色々と問い合わせが相次いでいたから、後回しにしちゃったのよね。アレル、ほとんど無傷だったし」


 それなのにスクリーンでは、白いフリルやレースがついた青いワンピースドレスに身を包み、肩から広がる純白ケープが(すす)で汚れていても、良い仕立てだと分かる子爵家令嬢が映っている。

 それは誰もが可哀想にと言わずにはいられない、愛らしくも哀れな少女の姿だった。

 そんな映像を背景にして、何人かの男女がコメントしている。



『感心せずにはいられないのは、誘拐される際にこのアレナフィルちゃん、犯人を特定できる物的証拠を残していることですね』

『ええ。アレナフィルちゃんは移動車に連れこまれる際、持っていたコインで外装を引っ掻いたそうです。この画像が治安警備隊から提供された5ナル硬貨ですが、かなり深く削っていますね、これは』


 スクリーンには大きく5ナル硬貨が映し出された。そこには移動車の塗料がくっついている。


『塗料はパール加工した白、そして金属も付着していることから、塗料だけではなく内側の金属部分も削り取ったことが分かります。賢い女子生徒とありましたが、たしかにこれはとても賢いやり方だったと言えるでしょう。この番組を持ちまして、塗装修理が必要な白い移動車を見かけた方の通報をお願いいたしたく、皆様にお知らせいたします』


 それを見たベリザディーノがアレナフィルに尋ねる。


「内側の金属部分って、たかがコインでそんなに削れるものなのか?」

「うん。コインでも5ナル硬貨って枠部分がね、少し盛り上がってて、つまり(クワ)と同じことなんだよ。僅かな力で削り取りやすいの。しかも塗料だけなら同じ塗料でペイントすればどうにかなるんだけど、あそこまで下地塗料と金属まで削っちゃったら、自分で修理はちょっと厳しいね。整備場に出さないと。何ならコイン使ってスカスカ板削って試してみる? 5ナル硬貨って力も入れやすいんだよ」


 指と指の間に挟んで、その上で削り取る仕草をしてみせるアレナフィルに、ワンアクションで一気に数筋引っ掻くことができた理由が分かった。

 慌てていたから引っ掻いた際に、そのコインもほとんどは路上に落としてしまったそうだが、声を出さなかったのはそちらに注意を向けていたからなのか。

 抵抗よりも嫌がらせに全力を向けていたらしい。


「よくそんなのできたね、アレル」

「二人がかりで抱えられたけど手際悪かったしね。ついでに人間、興奮していると異常音とかに気づきにくいんだ。あそこまでビーッと引いちゃったから、持ち主、かなり怒ったと思うよ。だけど何も悪いことしてない移動車にそういうことするのはやめた方がいいと思う」

「うん、やらないけど」


 マルコリリオも常識はちゃんとあった。アレナフィルの機転に感心しながらも自分はやらないと宣言する。

 そしてスクリーンではホロウ印のチョコレートが大きく映し出された。


『これはヴェラストール地元会社、ホロウ社のチョコレートですね』

『ええ。昨日、アレナフィルちゃんはヴェラストール要塞でホロウ印のチョコレートを食べて気に入っていたと、情報が届いています』


 ヴェラストール要塞で食べたのは粒タイプのチョコレートだったのに、映し出されたのはスティックバー状のチョコレートである。芯には長方形のビスケット、そして周囲をチョコレートがコーティングしてあるものだ。


『それはホロウ社も嬉しいことでしょう。本日、アレナフィルちゃんはこのホロウ印のチョコレートを買ったことが分かっています。アレナフィルちゃんはチョコレートをポケットに入れて持ち帰り、お部屋で食べようと楽しみにしていたとか』

『そうらしいですね。チョコレートが気に入っちゃったんですね。可愛いですね』


 アレナフィルはスティックバータイプのチョコレートを買う際、昨日食べさせてもらって美味しかったから買いたかったのと、そんなことを話したらしい。

 気に入ってしまった現地のチョコレート。使用人に頼むのも恥ずかしいからとこっそり購入し、おうちに帰って椅子に座ってからじゃないと食べてはいけないからと、店員に勧められてもその場で食べるのを我慢する女の子。

 立ち食いなど良家の子女はしないものである。

 ゆえにそんな情景が皆の脳裏に浮かぶ。


『アレナフィルちゃんは誘拐される前にはポケットにあったチョコレートがなくなっていて、移動車内で落としたかもしれないと言っていたそうです。そうなるとホロウ印のチョコレートは誘拐に使われた移動車内に落ちている可能性があります。

 この番組を持ちまして、ホロウ印のチョコレートで汚れたシート、もしくはチョコレートを背中やおしりにつけた男性の心当たりがありましたらその情報をお寄せいただくようお願いいたします』


 少年達の瞳がアレナフィルに向けられた。

 夜の動物園で飲み物を買い、慣れた様子で立ち飲みしていた姿を誰も忘れていない。何が「おうちに帰って椅子に座ってからじゃないと食べちゃいけないから」なのか。


「ねえ、アレル。チョコレートを落としても包装されてるから汚しはしないよね?」

「甘いですね、レイド。包装なんて剥いておいたに決まってるじゃないですか。滑らかなくちどけのホロウ印チョコレート。つまり体温で溶けやすいチョコレート。

 心配しなくてもあの座席と男達の背中はチョコレートでベタベタです。移動車の塗料は自分で何層にも塗りまくってごまかすにしても、あのチョコレートで汚されたシートを自分で綺麗にしようと思ったら大変ですよ。隙間に突っ込んでおきましたからね。ほとぼりが冷めるまでどこかに移動車を隠しておくにせよ、(アリ)がたかります」


 ちっちっちっちと、軽く指を振って偉そうに種明かしをするアレナフィルはどうやら塗装とシートについての知識もあったようだ。

 まだ座席などの汚れなら拭き取りなどでどうにかできる。しかし隙間ともなるとシートを外して対応するしかない。ましてやかなり深くまでぐいっと押しこんでいたともなれば。

 安い移動車ならシートを外して汚れ落としすることも自分でできるだろう。だが、あのクラスは基本的に整備場へ出して徹底的に手入れされるべきものである。


「わざとかよっ」

「嫌ですねえ、ディーノ。不幸な事故だったのです。私は食べようと思っていたチョコレートバーを誘拐犯のシートに食べられた可哀想な被害者です」


 無言で話を聞きながら、大公妃が面白がっているのが分かった。私も護衛チームにいなければ楽しんだかもしれない。子供の描いた戦略としては見事なものだ。


「それは分かっているんだが・・・。分かっているんだがアレル、君のその偶然なのだろうが、コインといい、チョコレートといい、分かっててやったようにしか思えないんだが。それにアレル、ポケットに菓子入れておくタイプじゃないだろう」

「あのね、ダヴィ。女の子は旅先では違う自分になりたくなっちゃうものなの。神様じゃあるまいし、私に予知能力はないよ」


 誘拐された無力な子爵家令嬢アレナフィル。少女はそんな怖いことが起こるなんて考えもしなかったと言う。だけどその移動車の映像を撮ってきた私達は知っている。

 一つのコインでちょっと引っ掻いただけですと、皆を誤認させにかかったアレナフィルだが、実は何筋もの傷が移動車に入っていたことを。

 あれは少なくとも三つのコインは使っていた筈だ。

 そしてチョコレートバーは、かなり移動車内を汚していた。


(背中に目がついている奴はいない。それゆえに降りる時に気づかなかったんだな)


 望遠レンズで隠し撮りしていた護衛メンバーは、あのシートや自分達の背後の汚れに気づいてブチ切れながらも昼からの出勤時刻に間に合わなくなるからと出発した様子を、はっきり映像に収めていた。アレナフィルを誘拐した疑いをかけられぬよう、彼らも遅刻するわけにはいかなかったのだ。

 戻ってきたら絶対に泣かしてやる、殴ってやる、蹴ってやると、彼らは怒りに燃えていたらしい。

 何故ならアレナフィルはチョコレートで汚れた手を遠慮なく移動車内のあちこちに擦りつけていたからだ。あいつ、最低だ。

 大公妃はそれを見て笑い転げていた。

 既に複製を取り、王城にいるガルディアスへと送られている。恐らく国王夫妻やミディタル大公も見るのだろう。

 体力や戦闘能力は王子や双子の兄に大きく劣る少女。それでいて反撃能力は最高クラス。



『さて、ご覧ください。観光でヴェラストールを訪れていた男性が、ヴェラストール美人を見つけてついフォトを撮ってしまったものの、その背後にアレナフィルちゃんが誘拐されるところが映っていたと、治安警備隊に届けてくれた一枚がこれです』



 スクリーンに女性のバストとウェストとヒップのラインが、ばあんっ、どどんっと映し出された。そのはるか後ろに独特の輝きを帯びた白い移動車に二人の男が何かを抱えて乗り込む様子が映っている。



『ヴェラストール美人と言いますが、どう見てもスタイルしか映っていませんね』

『どんなに言葉を飾っても胴体だけですね』

『最近、巨乳女性の胴体部分だけを撮影して集める変なコレクターがいるという話ですが』

『後ろの移動車に連れこまれる女の子に驚いて角度がずれたと、本人は主張していたそうです』

『大事の前の小事です。そこは置いておきましょう。ですが小さくしか映ってないとはいえ、なかなか高そうな移動車ですね』

『その通りです。金銭目的には見えない高級感が漂ってます』



 たしかに素人には単なるセクシャルハラスメント的なフォトにしか見えなかっただろう。


――― 後ろ向きな女を用意してわざと決定的な瞬間を撮ったんだな。

――― あの顔や特徴が分からない角度もわざとか。

――― 本当はばっちり映ってるものも持ってるだろ。

――― ああ。建物内なんて所有者が撮ってねえ筈がないだろうよ。


 現地に行っていた私達だからこそ、その偽装に気づいた。

 誘拐現場に背を向けている女性であれば誘拐犯達も目撃者と思わず、注意は払わないだろう。だが、その女性の陰に隠れて証拠映像は撮られていたのだ。



『この移動車ですが、エッサエッサ社のカッサカッサではないかという指摘がされています。カッサカッサと言えば、高級輸入移動車。所有者も限られます。通常、誘拐に使用するものではありません』

『当番組ではこの移動車に対する情報提供を呼び掛けておりますが、新しい情報が入りました。ご覧ください』



 スクリーンに上部から撮影されたパールホワイトの移動車が映る。それは複数枚あったようだ。



『これはある大型移動車内から撮られたものです。その運転手は、無残な傷の入った高級移動車内で、きちんとシートに座ることもなく喧嘩しているかのような男達の様子を不審に思い、そしてよく見たら血のようなものが付いているというので慌ててフォトに収めたそうです。よく見たら血ではなく焦げ茶色だったというので、コーヒーか何かを零して喧嘩していたのだろうと思って忘れていたそうですが、報道を知って治安警備隊に届けたとのことです』



 焦げ茶色に汚された純白のシートと、それを拭いているらしい男の手がアップで映し出される。



『これは・・・! えっと、凄まじいですね』

『ええ。べっちょりとシートのあちこちをチョコレートが汚しています。恐らくそれでシートに座らずにせっせと拭いていたのでしょうが、たしかに喧嘩になるのも分かります』



 カッサカッサはかなり前席と後席との間にゆとりがある。だから誘拐する際にも連れこみやすい。そして乗ってしまえば叫んでも外には聞こえにくいのだ。

 だからまずは連れこむことを優先させたのだろうが、どうしても誘拐時は周囲に目がないか、誰も見ていないかといったことに気を取られる。素早く移動車内に連れ込むことしか考えない。

 抱えた少女の手が何をやっていたかなど、誘拐犯達も見ていなかったのだろう。腕が動いていても、大した抵抗にも思えていなかったに違いない。

 その手が抵抗するのではなく単にチョコレートバーを隙間に押しこんでいたと気づくこともなく。



『しかもここに映っている傷は、あの5ナル硬貨によるものでしょうか。・・・私が乗っている古くて安い移動車でもこれをやられたら泣きますよ』

『ええ。かなりゴリッとやってますね、ゴリッと。すぐに整備場へ持っていかないと、ここから錆びます』

『容赦ないギィイイーッというひっかき傷ですね。これはもう隠せません』

『なす術もなく誘拐されてしまったというアレナフィルちゃんですが、これ、傷部分を埋めこんでから塗り直さないとどうしようもない感じでやらかしてますね』



 きっと彼らも薄々察したのだろう。これ、わざとやっていないか? と。

 だが、殺されそうになった少女を非難できる筈がない。アレナフィルは一方的に拉致され、拘束され、建物と共に証拠もなく遺体もなく存在そのものを消し去られようとした被害者だ。

 多少の「あれ?」というものがあっても、それを言葉にしたら、「つまりあなたは誘拐されて殺されそうになった女の子が悪いと言うのですね」と、責められる。



『子供が移動車修理費用の知識なんてある筈ありませんから、わざとではないでしょう。しかしこれ、移動車所有者なら一目で分かる嫌がらせ、いえ、泣き崩れるレベルです。無力ながらに正義の反抗をしたと言えるのではないでしょうか』



 スクリーンに三分割の線が入り、それぞれにぐったりと目を閉じて煤に塗れた子爵家令嬢、無残にも塗料ごと削られた高級移動車、そしてパールホワイトの塗料がついた5ナル硬貨が映し出される。

 いきなり誘拐されて殺されそうになった可愛い女の子に同情して特集番組を見ていた全国の人達は、自分達では到底買えない高級移動車に同じことを思ったことだろう。

 よくやった、アレナフィルちゃんと・・・!


――― なんて恐ろしい子だ。

――― いい体の男がいたら裸に剥いてセクシーフォトを撮り、誘拐されれば移動車も建物も破壊してくる。それを良しとする保護者。駄目すぎだろ。

――― ウェスギニー家最終兵器か。


 そしてこのリビングルームにいる護衛チームは、あの少女だけはヤバいと、改めて思った。

 ああ、うちの愚弟はどうしてあんな凶悪ウサギにはまってしまったのだろう。

 スクリーンの中では、それぞれの意見が続いている。



『移動車ナンバーが映っているようですが、そうなると持ち主の特定は簡単となりましたね』

『いえ。それが、このナンバーは登録されていないそうです。偽造ナンバーを付けていたのではないかと指摘されています』



 移動車ナンバーは前後左右、四ヶ所に付けられるものだ。しかし、映し出されたナンバーは登録されていないナンバーだったという。

 角度の問題なのか、犯人の特徴は映っていなかったが、削られた側面の傷とシートの汚れはよく分かるものだった。そして移動車ナンバーもはっきりと映っている。

 しかしここまでやられたら移動車ナンバーなどなくても特定は容易(たやす)いことだろう。

 ダヴィデアーレが眉根を寄せている。


「なあ、アレル。カッサカッサの塗装修理、いくらか知ってるか? カッサカッサ取扱店が取り寄せるとして普通の塗装修理の何倍もかかるんだぞ」

「知らないよ? だけどね、誘拐されそうになった時に引っ掻いても罪にならないって治安警備隊の小父(おじ)さん言ってたもん」

「そりゃそうだが、あのチョコレート、1個じゃないよな」

「よく覚えてない。ほら、何個か持ち手部分残して包装剥いて袋に入れて、それからポケットに入れてたじゃない? ナイフ投げと違って投げられないから、押し込むしかできなかったの。怒られるの嫌だったから隙間にぐいっとやったんだけど、すぐにぐるぐる巻きにされて、完全には押し込められなかったんだよね。だからあの人達の背中にべたっとくっついちゃったんだね。思ったよりべとべとになるのが早くて、そこが失敗だった」


 ダヴィデアーレの表情はアレナフィルを疑っているように見えた。いや、四人共アレナフィルを疑う表情になっていた。



『驚くべきは、アレナフィルちゃんの反撃と言ってもいい程の無力な抵抗ですが、同時にその推理能力でしょう。目隠しされて誘拐されたアレナフィルちゃんですが、幾つかの犯人に対しての推理を語ったと言われています。

 少なくとも連れていかれた先が貴族の所有する持ち物であること、そして誘拐に使われた移動車は高級なものであること、これが当たっていたわけです。それではアレナフィルちゃんが見えないなりに推理していた事実を挙げてみましょう』



 マルコリリオが首を傾げる。


「ねえ、アレル。推理って何をしてきたの?」

「何もしてないよ。だって私、一緒にお出かけしてたじゃない。そんな暇ないよ」


 ばぁんと、スクリーンに文章が羅列された。

 私はあの診察室の窓の外にしゃがみこみ、アレナフィルが語っていたことをメモしていた報道関係者がいたことを知っている。そして小娘がわざと祖父に語っていたであろうことにも気づいていた。



『アレナフィルちゃんが、個人的に語っていたとされる内容


誘拐に使われた移動車は高級タイプである(理由:運転がヘタクソなのに揺れなかった。それだけ高い車である)


誘拐した男達が連れて行ったのは貴族の建物で、誘拐犯達が勝手に客室を使わない程、気を遣う相手である(理由:爆殺するなら上階の客室の方が確実なのに、一階にあった物置部屋にアレナフィルちゃんを閉じこめた。ゆえに火の回りも遅かった)


誘拐したのは貴族の男で、普段は運転手のいる移動車で送迎されることに慣れている(理由:運転がヘタクソだった。子爵家を侮る発言があった)


誘拐した男達は巨乳主義(理由:使用人の女をつまみ食いすると言っていた。アレナフィルちゃんは胸がないので駄目だったらしい)


誘拐した男達が使っていた香水は、「ブラックムーン(モテる勘違い系)」、「エルロンド2番(爽やかアピール系)」、「ブレインフレッシュ(汗臭さを消して好感度狙い系)」。そして口を利かなかったが、建物で待っていた人間は女用の香水をつけていた。


誘拐した者達は貴族の血を重視する人々である(理由:母親が平民のアレナフィルちゃんが第二王子と親しいことが気に入らないから。爆殺して完全に排除したがっている程、その存在を憎んでいるから)


誘拐を行った者達は、昨日から今日にかけて突発的に計画して実行した(理由:アレナフィルちゃんがヴェラストールにいるのを知っているのは王城もしくは昨日見かけた人だけだから。そしてアレナフィルちゃんがウェスギニー子爵家の娘と知り、別宅の住所を知るのは貴族に限られるから)


誘拐に関与した者は、入学後のアレナフィルちゃんが第二王子と友達になってからウェスギニー子爵家の事業に嫌がらせしてきた家と繋がりがある(理由:嫌がらせの目的は第二王子から離れさせること。その効果がなかったので次の段階、つまり殺害に移行したと考えられるから)  』



 真実を並べ立てた後で、殺害予定だったと、一個だけ紛れさせた嘘情報。一つだけに、その嘘がばれることはないだろう。

 そして貴族間のトラブルならば平民にとって別世界の話だが、よりによってアレナフィルは「母親が平民だから」をその理由に入れこんだ。

 恵まれた貴族令嬢の悲劇だけでは終わらない。国民の大多数を占める平民だからこそ同情するだろう。

 エインレイドがぼそっと呟いた。


「なんでアレル、見えない状態でここまで情報集めてきてるの?」

「知ってましたか、レイド。人間は何かの機能が使えなくなると他の機能が発達するものなのです。たとえば目が見えない人はちょっとしたにおいに敏感になりますし、聴力も発達します。そして見えない私は慎重に耳と鼻を動かしていたのです」

「それ、盲目の人の話だよね? 一時的に目隠しされた状態なら関係ないよね?」

「・・・思うに、私の真の力が目覚めた。そんな気がします」


 あそこに慰謝料を多く分捕りたいが為、黒を白だと言い張る嘘つきウサギがいる。

 アレナフィルはわざと「自分が気づいたこと」として幾つもの情報を投げ込むことで、このニュースを聞く人達全てを謎解きに巻きこんだ。

 こうなってしまうと関係ない貴族も平民も、誰が犯人かと考え始める。たとえ移動車ナンバーを偽装していようと、条件に合う移動車を所有していそうな者、それを割り出す方法などを思い浮かべるだろう。



『運転できる貴族の男性は多くいるでしょうが、何をもってヘタクソと判断したのでしょうか。あのヘタクソな運転でここまで揺れなかったことから高級移動車だと、アレナフィルちゃんは断言したそうです』

『ウェスギニー子爵家は運転手もいますが、お父上の子爵もご自分で気さくに運転なさるそうですね。きっとお父上と比較したのでしょう』

『アレナフィルちゃんは実行犯が若い貴族であると推理していましたが、現役領主に比べてヘタクソと言われるとは、どこまでも情けない実行犯達ですね。しかも恥ずかしげもなく少女を複数がかりで誘拐するとは』

『全くです』



 たしかに貴族で領主と聞けば、常に運転手付きの移動車に乗っているイメージしかないだろう。それこそたまの気晴らしにちょっとだけ運転するレベルだと誰もが思う。


(比べる相手が違いすぎだろ。それこそ乗りこなせない乗り物の方を数えてみせろって奴だろ)


 優秀だと自負していた彼等(かれら)は何を感じていることだろう。ここまで全国的にヘタクソ呼ばわりされて。

 スクリーンの中では、香水瓶が三本並べられた。


『これが「ブラックムーン」、「エルロンド2番」、「ブレインフレッシュ」です。若い男性が愛用する香りと言えるでしょう。アレナフィルちゃんは見えないながらにその男達のタイプを分類していたようですが、・・・いや、可愛いのにたくましいことです』

『不謹慎ですが、犯人が捕まった時にはこの分類が正しかったかを是非確認したいところですね』


 たとえば、爽やかな香りだとか、花の香りだとか、甘い香りだとかは香水の特徴として人が感じとるものだ。

 そこをすっとばかしてミニサイズ悪女は商品名をはっきりと言った。

 その香水を知っているから断言できたのだ。


「アレルったら、自分はモテると勘違いしてる系、爽やかさをアピールしている系、汗臭さを消して好感度を高く狙っていく系だなんて、面白い見方をするのね」

「はい、お母さん。ガルディアス様は私のセンスを疑ってましたけど、リオンお兄さんに私が選んだのを見てちょっと反省してました。リオンお兄さんは新しい扉を開いたのです。今度はガルディアス様のを合わせてみますね。お母さんも一緒にやりませんか?」

「あら、いいわね。だけど母親にはそんな姿、見られたくないんじゃないかしら。出来上がりを楽しみにしておくわ」


 な・ん・だ・と・・・?

 ちょっと待て。

 いや、だいぶ待て。


(グラスフォリオンッ、お前っ、よりによってこんな子供の餌食(えじき)に・・・!)


 とっくにミニサイズ悪女の毒牙にかかっていた弟。あの兄は役立たずすぎて相談役にもならない。

 私はどうすればいいのか・・・!



『この三つの香水を愛用している男性グループ、そして今まで愛用していたのにいきなり切り替える男性グループがいたら、周囲の方も注意を向けてください。気に入らない少女を連れ去り、爆発物と共に閉じこめ、その遺体もバラバラにして跡形もなく消そうといった非情な人間を野放しにすることなど、あってはなりません』



 真面目な顔をして語りかけてくるが、ここまで商品名を挙げられてしまうと、誰もが自発的に家にある香水をチェックするだろう。犯人達が慌てて捨てるにせよ、空瓶が転がっていたらそれもそれで怪しまれることになる。

 アレナフィルのやり方はえげつなかった。じわじわと追い詰めていくやり方だ。

 それを支援しているのが父親だ。あの証拠フォトはどれも犯人の顔が映っていないが、いつ映っているものが出回るかと、本人は気が気じゃないことだろう。



『使用人の女性に手を出すのが当たり前だという認識も呆れたものですが、あのべったりとチョコレートで汚れた服などに、使用人の方は、もしやと気づくことがあるかもしれません。どうか勇気を出して情報をお寄せください。あなたの勇気が、罪のない少女を殺そうと企み、そして魅力的な女性を見境なしに襲おうとするケダモノ達に正義の鉄槌をくだします』



 スクリーンの中で、偶然にも監視映像装置のテストでヴェラストールの街を映していたという小さな会社から提供された映像が流れる。

 ドガガガガガッ、ガラガラガラガラッ、ドッコーンッという凄まじい音と共に街が揺れる様子に少年達も息を呑んだ。

 少し遅れて、ゴオオオオオッ、グァアアアアアッ、グォオオオンッと、空に大きな炎が上がる。

 あれはもう助からない。誰だってそう覚悟を決めるだろう。

 

「あれで助かって良かった。本当に良かった。そう思うんだ。だけどアレル、なんであれで何事もなかったようにお昼食べてたんだ?」


 ダヴィデアーレが理解不可能な難問に挑むような顔になっていた。

 自分達が爆睡している間にクラブメンバーの女の子が爆殺されるところだったとして、出かけていたことすら言わなかった少女は自分達と、

「お昼ご飯、美味しい」

と、ぱくぱく食べて、その後はパンを捏ねていたのだから。


(爆殺されそうになったんじゃなくて、誘拐された仕返しに建物爆破してきただけだったからだよ、そこのクソガキ)


 それなのに遺体すら残らぬように存在を消されようとした少女に何の罪があったのかと、スクリーンの中から女性が問いかけてくる。


「知ってた? なんでも大きなショックがあると、人間の心って麻痺しちゃうらしいよ。後からじわじわと衝撃がくるんだって。九死に一生を得た私、心が麻痺して普通に振るまってたんだね。・・・思うんだけど、これから大きなショックを受ける私は優しさに飢え始める。そんな気がする。だからみんな、私に優しくしてね?」

「え・・・?」


 リビングルームの中央で、少女はとても図々しいことを言った。



『アレナフィルちゃんは縛り上げられた状態で変態親父に売り飛ばしてやると脅された後、問答無用で爆発物を仕掛けられて殺されかけました。救助が遅ければ亡くなっていたでしょう。最後まで苦しめよう、怖がらせようとした最悪な人間性の持ち主達が犯人です。その共犯者も野放しにはできません』



 うんうんと頷いているのはアレナフィルだけで、少年四人は疑いの眼差しを少女に向けている。


「たしかに全ての状況はアレルが完全被害者だ。勿論、分かってる。分かってるんだが・・・」

「普段、跳び蹴りできないからって制服もスカートじゃなくてスラックス。そんなアレルが護衛も無しに出かけているのに、あのとても目立ちそうな可愛いお洋服だったんだよね。いつもはポケットになんて入れていないチョコレート。都合よく指の間に5ナル硬貨を三枚挟めるようにポケットに入れてた。そりゃ僕もアレル、助かって良かったとは思ってるんだけど・・・」


 ベリザディーノとマルコリリオは、偶然にしてもその用意の良さが引っ掛かっている様子だ。そして私は三枚どころじゃない枚数をポケットに入れていたことを知っている。

 そしてダヴィデアーレも聞き捨てならないことを言った。


「六人の上級生に囲まれても飛び蹴りして暴れまわった挙句、追い剥ぎしておいて被害者だと言い張り、学校長先生からお茶とお菓子をせしめていたアレルだ。相手は成人男性だったから無抵抗で連れていかれたというのが・・・。そりゃ体格差を考えたら当然なんだが」

「そうだよ。当然なんだよ、ダヴィ。大人の男の人達に襲われて抵抗できるわけないじゃない」


 何をやらかしていたのか、このミニ悪女。六人の上級生に飛び蹴りって何なんだ。しかも追い剥ぎって、そんなことをまさか上等学校内でやったとでも言うのか。

 なんだかこの少女に護衛は本気で要らないような気がしてきた。


「ねえ、アレル。正直に言って? もしかして叔父上となんか取り引きしてない? わざと誘拐されて誰かを破滅させる代わりに何かもらうとか」

「レイドったら私があの大公様相手にそんな取り引きするわけないでしょう。絶対に大公様、私に言いそびれたとんでもない状況が展開されますよ。私は自分の命が惜しいです。そんなのに乗りません。何より子供を囮にしてそんなことを考える大人なんて最低です」

「そうだよね。そうなんだけど」


 我が国の王子はとても聡明だと、護衛チームは頷き合う。


――― 大公様と取り引きして何かご褒美をもらう取り引きじゃないってだけだな。

――― 誘拐犯と取り引きする予定でこれから何かせしめるってか。

――― 仲介者がいない分、総取りだろ。

――― 子供を囮にする大人は最低かもしれないが、自分を囮にする子供はどうなんだよ。


 再び救助された際のぐったりしたアレナフィルの映像が流れたが、このリビングルームでピンクのワンピースドレスに白いエプロンをつけてご機嫌でデザートを食べている少女はとても幸せそうだ。甘やかされるとご機嫌になるウサギ娘は、思いっきりヴェラストールを満喫していた。

 大公家の料理人やメイド達も、怖い記憶には触れないようにしてあげましょうと言い合いながら、心を込めて美味しい料理を作り、せっせと世話をしている。



『さて、明日はウェスギニー領にある工場、そこで働く方々のご意見を放送させていただきます。

 今回の被害者、ウェスギニー子爵家令嬢アレナフィルちゃん。この少女が国立サルートス上等学校に入学して第二王子殿下の学友に選抜されたと分かった途端、今までの取引停止を申し入れてきた会社について伺います。

 その会社は複数あるものの、どの会社も貴族が経営しているという共通点がありました。

 第二王子殿下の学友として学校が選抜した女子生徒の家に圧力をかけてまで、求めたものは何なのか。

 入学した途端、卒業までの学業を全て修めた優秀な女子生徒を殺してまで、第二王子殿下へ近づきたかった貴族とは誰なのか。その謎に迫ります』



 今回は被害者少女アレナフィルが紛れもなく貴族の一員であり、ミディタル大公家の預かりであったことから、どこまでも踏みこんで構わない、容疑者を追い詰めるようにと大公妃は内々に伝えている。

 そのせいだろう。ここぞとばかりに番組も取り上げていた。


「不幸中の幸い。これでゴーストの件、もう怒られない気がする」


 ほうっと安心したような顔の小娘を反省させる為にも、ウェスギニー家にはちゃんと悪いことは悪いのだとしかるように伝えておこう。

 あの映像もしっかり見せてやる。特に前子爵に。



『そして、どうして第二王子殿下は恋愛感情のない女子生徒と共にいることを選んだのか。性別や身分にとらわれることなく資質を正しく評価するとはどういうことか。自分自身に監視をつけるように要請してまで女子生徒の名誉を守ろうとした第二王子殿下の誇りとは何か。

 一人で出かけたアレナフィルちゃんが当日は何を買い、どんなことを店員に語っていたのか。

 見えてきたアレナフィルちゃん像を通して、第二王子殿下が目指す王族の在り方、そして貴族社会の歪みについて取り上げたいと思います。それではまた明日お会いしましょう』



 スクリーンの向こうから真摯な顔で語りかけてくる男女と、目の前にいるぽやぽやした顔のアレナフィルとを見比べていたエインレイドは、周囲の無理解に悩む少年の顔でぼそっと呟いた。


「僕、別にどんな王族の在り方も目指してないんだけど」




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