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53 意外な特技


 なんと言ってもあそこまでの爆炎だった。ゆえに消火用の移動車も爆発に巻き込まれてはならないと、私有地には入らずに待機していたらしい。

 だけど私を抱えた防炎服の人が、慌てて道路の所まで駆け戻ってきたものだから、その映像はばっちり撮られたと思う。

 そう、私は頑張った。

 怯えたフリで運んでくれた人の胸元に顔を隠して、角度的によく見えるよう縛られた手首をアピール。

 だけど全く衣服は乱れていないことも分かるように両足揃えてお上品スタイルもアピール。

 とどめに可愛いお顔が見えるようにして、ぐったりしている痛々しさをアピール。

 

「ナイフ持ってこいっ、いいや、ハサミだっ」

「傷つけないように切るんだっ」

「まずは病院にっ」

「こちらにっ」


 あまりにも無情な拘束だと、その場で縄が切られる。

 そして救急用の移動車に乗せられた。

 

「お、・・・おめめ、いたぁい・・・」

「まずは水で洗浄しろっ」

「大丈夫よっ。すぐに治まりますからねっ」


 処置はとても丁寧だったけど、はっきり言って顔を洗わせてくれればよかったかなってちょっと思った。

 だけど病院に運ばれた私は、大して煙も吸いこんでいなかった上、健康状態も問題無く、さほど治療の必要はないとされた。

 怪我と呼んでいいのは手首の鬱血、目と鼻と咽喉の炎症ぐらいだ。鬱血は最初の男達に縛られたのが原因で、ネトシル少尉のお兄さんによる拘束は、全然痛くなかった。


(縛り方にも上手と下手があるんだね。あ、そうそう。ジェス兄様にも連絡入れなきゃ)


 男達に誘拐される際、叫びもしなければ抵抗もしないという、野に咲く花のように大人しかった私は特に暴力も振るわれていなかった。

 まあ、暴力を振るわれたならその場で反撃していたから、どちらかというと怪我ですむそちらの方が、彼らにとっては有り難かったのかもしれない。だってこれから狩られるのはあちらだ。

 カズオミによる護身グッズをつけた私、実は最強だった。


「それでは何があったか聞かせてください。怖くなったらすぐに言ってくださいね。お医者さんもいますから怖くないですよ」

「・・・はい」


 診察を受けながら聞き取りも行われたが、何があったかと言われても大したことなど言えない。


「何故、あの建物にいたのか。それを聞かせてくれるかい?」

「連れていかれたからです」

「誰に連れていかれた?」

「知らない人達です」

「つまり誘拐か?」

「・・・多分」


 治安警備隊の小父さん達は複数で来ていて、その中の一人が私に尋ねてきたのだが、なんだか話がすぐ終わる。

 賢い私には分かった。彼は子育てに協力しない人だと。

 

(なんか女医さんと看護師さん達、自分の方がうまく聞き出せるのにって顔になってる)


 仕方がないので、私はケホンと咳払いしてから、自分がリードすることにした。

 多分、少女からお話を聞くの慣れてない人なんだね。分かってる。私は思いやり溢れる上等学校生だ。


「えっと、まず、ヴェラストールにあるおうちに入ろうとしたんです。ヴェラストールにはうちの持ってるアパートメントがあって、そこの1階の1号室が物置部屋なんです。そこに行こうと思いました。ヴェラストールへは学校のクラブメンバーと一緒に来ていて、違うおうちに泊まらせていただいていたんですが、荷物を置くスペースがあるかどうかを確認しておこうと思ったんです」

「なるほど」


 他の治安警備隊の人達が、メモを取り始める。


「そしてアパートメントの共用扉を入って、1号室の扉を開けようとしたら、背後から口を塞がれて、二人がかりで連れ出され、移動車に乗せられました。私がアパートメントに来た時、道に移動車は停まっていなかった筈なのに、いつの間にか共用扉の前に移動車がありました」

「先にアパートメントに入る前、変な移動車は停まっていなかったことを確認していたのですね」


 私は頷いた。

 うん、ちゃんと大切なことをお話しているような感じになってきた。


「はい。一人で行動する時、特にドアとか入る時には周囲に変な人がいないかを確認するようにと、父からも言われています。変な車が停まっている時には、一度通り過ぎて時間をどこかで潰し、改めて訪れるようにと」

「そうですね。誘拐は自宅前が多いですから」


 本当は父親に言い聞かされたのではなく、ファレンディア国での一人暮らし経験から学んだことだ。

 現在の自宅、送迎は警備棟の人達が行ってくれている上、おうちそのものが鳥も倒れる恐怖の屋敷として周囲から警戒されている。


「はい。そして紐とか布でぐるぐる巻きにされてどこか分からないおうちに連れていかれて、今度はしっかりと手を縄で結び直されました」

「その間、あなたに何か暴力は?」


 私は首を横に振った。


「なかったです。恐ろしくて震えていました。そして扉が閉まる音がして、一人になったみたいだったので、顔を床にこすりつけてかぶせられていた布袋を外したけど、手が縛られててどうしようもできませんでした」

「そうでしたか。その犯人達はあなたに名前を尋ねましたか?」

「いいえ。私の名前は知っているようでした。ウェスギニーの娘風情がって言っていました」


 この返答により、計画的な誘拐であることがほとんど確定されるだろう。

 通りすがりに、地上に舞い降りた愛の妖精を見つけてしまった人が思わず連れて帰ってしまったのではなく、犯人達は素性を理解した上で誘拐したのだと。


「その声に聞き覚えはありましたか?」

「いいえ。大人の男の人の声でした」


 家族絡みの怨恨か、身代金目的か。

 本当は知っている声だったが、私はすっとぼけた。だってすぐにあの人達が捕まっちゃったら多額の慰謝料がもらえない。


「あなたに何か要求はしましたか?」

「勝手に泣き喚け、どうせ誰にも聞こえないと言っていました」

「彼らはどれぐらいの時間、あなたといましたか?」

「私をお部屋の床に転がして縄で縛ると、すぐに出ていきました」


 私はとてもいい子だ。

 大人の人に何か質問されたら、はきはき答えるいい子なのだ。

 そして怖い思いをした上、どんな後遺症が出るかもしれないと案じられた私への聞き取りは、優しそうな女性の看護師さん達に囲まれ、更に女性医師のいる診察室で行われていた。

 内装も可愛い小児科の診察室が使われていた。

 ゆえに、実は廊下で患者や見舞客として通りがかったり、もしくはその病院関係者だったりする人達が聞き耳を立てれば聞こえる状況だったのだ。小児科の診察室は家族が待機しやすく、開放的な作りである。


(ふっふっふ。特別入手情報として、スクープするがいい・・・!)


 威圧感を与えないようにと少し離れた場所にいた治安警備隊の小父さんの一人が、中腰になって私と目線を合わせるとくだけた口調で尋ねてきた。


「もしかしてアレナフィルちゃんのお父さんとかに恨みがあるとか言ってなかったかい?」

「えっと、・・・私自身が邪魔って言ってました」

「どんな風に?」

「よく覚えてません。だけどウェスギニーの娘風情がって・・・」

「君自身が邪魔だったのかい?」

「多分。私には双子の兄もいて、今回の旅行には来ていなかったですけど、そっちには全然触れませんでした」


 布袋をかぶせられていたので、私は何も見ていない。

 私は捜査に協力的だが、周囲が見える状態ではなかったことが、聞き出そうにも聞き出せないといった状態で、彼らも困った様子だった。


「あの・・・、おうちに連絡をいれてもいいですか?」

「ああ、ごめんね。勿論だよ」


 診察室にある通話通信装置を使ってもいいと言われたので、ウェスギニー家に通話を入れた。

 勿論、衝立(ついたて)の向こうで、治安警備隊の人達がまだいるのは知っていたけど。


『フィル、大丈夫かい? 父上と母上が心配している。今すぐ迎えに行くからね』

「大丈夫なの、ジェス兄様。ちゃんとおうちにはみんなと一緒に帰るから大丈夫」

『いや、だが・・・』

「あのね、なんかよく分からなかった。えっと、ぐるぐる巻きにされて連れていかれて縛られたと思ったら、すぐにとっても凄い爆発が起きて、煙が凄かっただけ? でね、とっても大事なことって、そろそろお昼ご飯かもしれない」


 別に迎えに来てもらわなくても、まだ休日は残っていた。

 食べ物はクラブメンバーで仲良く分かち合うけど、叔父とのデートは分かち合いたくない。私一人だけを見ていてほしい。

 だから特に心配することはなかったよと、私は一番気になることを言ってみた。


『怪我はないのかい?』

「手首を縛られたのが痛かったぐらい? だけど手当てしてもらったの。だから平気。あとね、煙で目と咽喉と鼻も痛かったけど、綺麗にしてもらってお薬さしてもらったから大丈夫。だけど、せっかくのお洋服が煙で汚れちゃった。洗ったら綺麗になるかな。もう煙のにおいが凄いの」

『他には?』

「えっと、びっくりして怖かったけど、助けてもらったから大丈夫。いきなり連れてかれてびっくりして凄い音だったけど、すぐに終わっちゃったの。煙もくもくが凄かった。あ、お土産あるんだよ、ジェス兄様。素敵なお土産。ヴェラストールでね、お買い物も沢山したの」


 叔父も私がお昼ご飯の心配をしていて、怪我よりも洋服を気にしていることから、体調に問題はないと判断したらしい。

 少し戸惑っていた。

  

『うん、元気そうなのはいいんだが』

「元気なの。今日はパンを捏ねるのを見せてもらう約束してるの。旅行終わったらおうちに帰るから大丈夫。マーシャママにも心配しないでって言ってもらってもいい?」

「ああ、そうだね。すぐに連絡を入れておくよ」

「でね、お祖父(じい)ちゃまとお祖母(ばあ)ちゃまは?」


 さすがに祖父母を心配させてはまずかろう。

 迎えに来る必要はないと知った叔父は、ローグとマーサにも連絡を入れてくれると約束した。


『フィル、大丈夫なのかっ』

「お祖父(じい)ちゃま。うん、なんか凄い音がして凄い煙でびっくりしたの。だけどランチを食べる時間もかからない感じで終わった・・・? 正直、後はシャワー浴びてお着替えしたら問題ない感じ。診てもらってお医者さんに悪いことした気分」


 完全なる被害者であることを証明してもらう為、救出されることが大事だったのだ。

 私にとっては勝手に連れていかれたから勝手に戻ってきただけにすぎない。こんな私に診察の手間をかけさせて悪かったなと、そんな感じだ。


『そこではないっ。誰がお前にそんなことをっ』

「えっと、布袋かぶせられて運ばれたから犯人のお顔見てない。だけど心配しなくてもお祖父(じい)ちゃま、この後は大丈夫」

『どうしてそんなことを言えるのだっ』


 大切なのはこれからだ。私は祖父と叔父を知っている。父に期待していない二人は、ウェスギニー子爵家そのものだ。

 治安警備隊も私を子供だと思っているから、あんな聞き取り調査で終わってしまうのである。


「えっとね、クラブのみんなはね、昨日は夜中まで遊んでてお寝坊さんだったの。私はいい子で早寝早起きしたの。だから暇で、一人でおうちに行ったから襲われちゃったみたい。後はもう護衛の人といれば安心だから心配しないで大丈夫」

『そういう問題ではなかろうがっ』


 可愛い孫娘が危険な目に遭ったと思って怒っている祖父には申し訳ないが、あまり怒ってほしくない。血圧が上がってしまう。


「あのね、お祖父(じい)ちゃま。こういう時は起きた事実しか言っちゃいけなくて、憶測は駄目なの。だから言わなかったんだけど、犯人は多分貴族なの。それも複数のおうちの人。連れていかれた別荘、多分、協力者の貴族の持ち物。だってあの人達、物置部屋に入れたけど、私室は使わなかったの。多分、何回か訪れたことはあっても自分達の物じゃないからお部屋は使うのを躊躇っちゃったんだね。でね、今、ミディタル大公妃様のお招きでお泊まりしてるでしょ? それが気に入らなかったみたい」


 ウェスギニー前子爵セブリカミオ。だけど今も子爵はこの祖父だ。

 私はそれを知っている。

 被害者の保護者として治安警備隊からある程度の報告はされるだろうが、そんなものよりも私から聞き出したほうがいいと判断した祖父は、真面目な声になった。


『他に気づいたことは?』

「人を雇わずに自分達で動いたのは、突発的に計画したから。計画の打ち合わせは恐らく昨日から今日の朝にかけて。私がここに来ているのを知ってるのはお城の人と、私達を見かけた貴族の人だけで、私が目撃されたとしたら昨日の昼からだから。それでね、あの人達、共用廊下の奥の階段に隠れてたと思う」


 私の行動を前もって知ることができていた貴族。

 祖父が、昨日の私と叔父との会話内容を聞いているなら、ここで察しはついたことだろう。


『全然怖がってないな、フィル』

「え? 怖かったよ? 怖かったけど、・・・遊園地のお化け屋敷の方が怖かった。抵抗せず、耳澄ましておいたから、声、覚えた。だから相手の特定は会えばすぐできる気がする」

『そうなのか?』


 怪訝そうな声になるのは、疑っているからだろう。祖父は私が恋愛対象街の男の子に全く興味を示さないことを知っている。

 ごめんなさい、お祖父(じい)様。対象外の男なんて見る気にも覚える気にもならなかった孫娘を許して。だけど私、自分の心に嘘はつけない。好みのタイプ一本釣りでいきたいだけなの。

 そして私、どうせならついでにしっかり取れるものは取っておきたい。こういう時に便乗してライバルも潰しておきたい。

 だって私、結婚したいぐらいに愛している叔父の為ならどこまでも尽くせる女なの。愛に生きる私を許して。


「私みたいな母親が平民の子が王子様達とお勉強してるのが気に入らなかったみたい。純血主義なんだね。おうちのお仕事にも嫌がらせしている所、お祖父(じい)ちゃま、あるんじゃないの?」

『む・・・』

「たとえ顔を見られないようにしても、背後から口を塞ぐ腕の角度、見えた手の特徴、抱えた時のお腹で背丈や体格は割り出せる。

 それにウェスギニー如きがって言ったんだよ。子爵家以上のおうちってバレバレ。

 何より私を連れ出してアパートメントの前につけられた白っぽい移動車、ほとんど音を立てずに停まったし、揺れもほとんどなかったの。あのヘタクソな発進でスムーズに動くなんて高い移動車だよ。普段、運転手がいるからあんなに運転ヘタクソなんだよ」


 衝立の向こうで失笑する声が聞こえた気がした。

 見えてなくても私は自分で運転した経験もあれば、子爵家のお嬢様として運転手付きの移動車に乗った経験もある。

 運転技術ぐらい見極めることができる少女なのだ。シートの質だって分かる少女なのだ。

 しかし相手は貴族だと私が告げたことで、祖父はその情報には価値を見出さなかった。


『そんな貴族、沢山おるというのだ』

「そして私の勘によると、つけていた香水は『ブラックムーン』の自分はモテるんだぜ勘違い系、『エルロンド2番』の爽やかアピール系、『ブレインフレッシュ』の汗の臭いを消して好感度高くいく系だったっ。そして口を利かずに建物で待っていた人は女性用の香水だから分からなかったの。全て無言で指示してたと思う。多分、あの三人を顎で使える人だったんだと思うけど、その声も聞かせなかったから確信はないの」


 これでも私は父の個人プロデューサー。男性用の香水は一通り知っているつもりだ。

 見えないからこそ嗅覚を働かせていた。だけど女性用の香水は子供にはまだ早く、父や叔父を堪能するには不要なので知らなかったりする。


『フィル、実はもう男達の名前、分かってるんじゃなかろうな』


 祖父の声は私を疑っていた。だけどここで認めるわけにはいかなかった。


「知らない人。だって私の周りに、あんな乱暴に二人がかりで私を運ぶ人はいないもん。だから連れこまれる時、手が滑って私が持ってたコインで移動車擦っちゃったの。そのコインに残った塗料によると、白っぽい色の移動車。お祖父(じい)ちゃま、誘拐された時に移動車に傷つけたら、私も悪い子なのかな。証拠のコイン、隠しておいたら移動車傷つけたこと怒られないかな。弁償しろとか言われちゃうのかな。だけど誘拐されなかったら手が滑ることもなかったと思うの」


 私はポケットから5ナル硬貨を取り出してしみじみと眺める。

 塗料だけじゃなく下の金属まで擦るようにしてきたから、あれはちゃんと整備場に出さなくてはならないだろう。


「このコインはちょっと預からせてくださいね」

「ああっ、それが見つかったら怒られちゃうのぉっ」

「大丈夫だよ、罪にはならないから。お手柄だったね」


 ひょいっと治安警備隊の小父(おじ)さんが勝手にコインを取っていった。


「えへっ、褒められちゃった。お祖父(じい)ちゃま、知ってた? コインで移動車を傷つけても罪にはならないんだって」

『・・・もういい。気をつけて帰って来なさい』

「うん。お祖父(じい)ちゃま、ジェス兄様に、私が入学してからうちのお仕事に嫌がらせしてきた所、リストにしてってお願いしてもらっていい?

 あの人達、多分、そのおうちとも繋がってる。私が生き残っちゃったから、これから口止めしに来ると思うの。だって子供を口止めするのが一番簡単」


 なんと言っても子供趣味の変態親父とやらに売る予定で閉じこめた私を、自分達が殺害しようとしたってことになってしまったのだ。蒼白になって接触してくるだろう。


(どんな事情であれ、その変態親父とやらに私を見せて何らかの関係を持たせてしまえば、傷物になった私はその変態と結婚せざるを得ない。私の醜聞を出回らせるぐらいならばと、うちも受け入れざるを得ない。・・・多分、夜にでも私を皆で見に来るつもりだっただろうしね)


 だから私の体を傷つけるわけにはいかなかったのだ。

 彼らの計画が成功していた場合、変態親父はウェスギニー子爵家の娘を手に入れることができる。そして私を売り飛ばした誘拐犯の三人達も、王子に近づく私が邪魔だと思う令息令嬢達に恩を売って終わらせることになっただろう。

 王子エインレイドから私を引き離してしまったなら、ベリザディーノとダヴィデアーレは他の貴族子女に取って代わられる。マルコリリオなんて最初から目にも入っていない。

 エインレイドの取り巻きは自分達でいいと思う令息令嬢達、もしくはその家がこれには関与している。

 だけど私を保管しておいた建物は見事に壊れてしまった。

 そして助け出されたのは、手を拘束された愛の妖精。

 これは悪質な少女誘拐殺人未遂事件とされた。サルートス王国全国民から石を投げられてしまう事態だ。

 というわけで、ウェスギニー家に嫌がらせしてきたであろうおうちも容疑者候補に巻きこんでおこうと私は思う。

 私は何も言われたことはないけれど、ベリザディーノとダヴィデアーレがこっそり教えてくれたところによると、うちの事業や取引関係にわざと嫌がらせしてきたところもある筈だとか。

 叔父はそんな苦悩を私には決して見せない素敵な大人の男性だった。


『それが問題だろうがっ』


 どうやら犯人達が再び接触してくるというのは、祖父にとって許せないことだったらしい。

 そりゃそうだ。私だって子供を誘拐した挙句、その子供に口止めなんてしに来る大人達がいたら半殺しにするね。被害者が私だから泣いて耐え忍んでいるけど、これが他のクラブメンバーにやられたなら、死体も残らないようにしたかもしれない。


「そうなの。だから口止めしに来た人がいたらお祖父(じい)ちゃまに言えばいいよね?

 多分、個別に接触してくる気がする。だってあの人達、殺すならナイフで一刺しすれば一発だったのにやらなかったんだよ。根性据わってないよ。

 あとね、こそこそ話してるの聞いたんだけど、あの人達、胸とおしりがないと許せない巨乳主義らしいよ。使用人をつまみ食いする予定が外れたって聞こえたの。私なんて子供趣味な変態ジジイに売るしか使い道がない役立たずなんだって」


 祖父のことだ。この誘拐の目的は私を性的に辱めるものだったと察してくれるだろう。そして実行犯達にとって私はその対象になり得なかったことも。


(ウェスギニー家の一人娘を手に入れるメリット。そして実行には関与していなくても、資産のある独身変質者との繋がり。こーゆーのは私じゃ分からないしね)


 爆殺を企てた人間と、私を変態ジジイに売りつけようと考えて実行した人間。つまり一枚岩ではなく複数の関与を私は匂わせた。

 本来は私を殺す予定はなかった筈だけど、大事なのは様々な思惑が絡んでいることを教えることだ。

 もう祖父は察したらしい。なんだか溜め息が深かった。


『もう黙りなさい。できる限り情報を取ってきたのはいいが、後は何もするでない』

「はぁい。お祖母(ばあ)ちゃまは?」

『ショックを受けて寝込んでおる』

「そんな・・・! えっと、お祖父(じい)ちゃま、じゃあ、お祖母(ばあ)ちゃまには何かの誤報だって言ってっ。どうせ怪我してないし、心配かけちゃいけないのっ。大丈夫っ。怪我なんてないから、そんな事実はなかったって言えば信じてもらえるっ」

『帰ってきたら通学以外は部屋で謹慎して反省しておれ』

「ええっ!?」


 なんてこった。私は悪くないのに。

 しょんぼりとして通話を終えると、頭からぱさりと布がかけられる。


「おや?」

「ちょっとそのコットンブランケットをかぶっていてください。さあ、帰りますよ」


 見上げれば茶色っぽい瞳が私を見下ろしていた。


「あ、リオンお兄さんのお兄さん。だけど私は診察・・・は終わって、取り調べ? の最中なのです。だけどそろそろお昼ご飯の時間だと思います」

「だから帰るのですよ。何も見てない子供からこれ以上何を聞くと言うのですか。匿名で、あなたが移動車に連れこまれる様子を偶然フォトに撮ったという情報提供がなされました」

「それは白でしたか。私、実は手が滑って移動車の側面に線をぴっと引いてしまったのです、コインで」

「白でしたね。それぐらいの嫌がらせが何だと言うんです。被害者なんだから問題ありません」


 ひょいっと抱っこされる。小脇に抱えるのはやめたらしい。


「嫌がらせではなく手が滑ったのです。じゃあ、誘拐される時にやっちゃったことって罪にならないですよね? 弁償とか言われないですよね?」

「他に何をやったんです?」


 私には分かった。その茶色い瞳が私を信じていないということが。

 彼の眼差しは雄弁に語っていた。大人しく白状しやがれと。


「私はあの時、ポケットにホロウ印のチョコレートを入れてました。立ち食いはお行儀が悪いから、あのお部屋で食べようと思ったのです。そしたらあんな感じで連れていかれて押し込まれたものだから、気づいたら手にあった筈のチョコレートがなかったのです。どうしましょう。私を誘拐した移動車のシートの隙間にチョコレートが入ってしまったかもしれません。誘拐した人の服についてるかもしれません」


 私は必死で主張した。私には何一つ非はなく、コインと同じで手が滑っただけなのだと。

 そんな私の思いが伝わったのだろう。

 ネトシル少尉のお兄さんは理解を示した。


「別に顔面に溶けたチョコレートぶつけてやっても構いませんでしたよ」

「そういう乱暴なことはしてはいけないのです。痛い目に遭いたくなければ騒ぐなと言われたので、私は騒がずにいい子にしていたのです。だからチョコレートの上に座ったかもしれないですよって言えなかったのです」


 よかった。べとべと攻撃は常識的にも許されることのようだ。

 それでも保身に走る私は、自分が全く悪くなかったことを訴えた。


「なるほど。もしかしてそれでおしりにチョコレートがべっちょりとかいう話ですか?」

「分からないです。私、見えてなかったのです。だけどもしかしたらシートとか服とか、チョコレートべたべたになったかもしれません。怒られたくなくて言えなかったのです。クリーニング代金、請求されちゃいますか?」

「されません」


 良かった。あのシート取り外し洗浄代金、そこそこかかる筈なんだよね。くちどけ滑らかなホロウ印のチョコレート。あれの上に座った彼らのおしりとシートの惨状に幸あれと祈ろう。

 そして、もしもクリーニング代金を請求されたなら、ネトシル侯爵家の次男に責任もって払ってもらいたい。


「良かったです。そしてやっぱりお兄さんは力持ちですね。私を誘拐した人達は二人がかりだったのです。まるで私がとっても重い子みたいでした」


 私はあいつらへの恨みを忘れていなかった。

 抱きかかえ方にも違いが現れる。そして私は違いが分かる女だ。あいつらは下の下だった。


「もう黙りなさい」

「お祖父(じい)ちゃまと同じこと言います」

「あなたのお祖父(じい)様の気持ちがよく分かってしまいますよ」


 思うんだけど、この護衛のお兄さんは真面目過ぎる。

 そして私はコットンブランケットに包まれた状態で、迎えに来てくれた大公妃と共にミディタル大公のヴェラストール別邸へと戻った。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ミディタル大公家のメイド達は甲斐甲斐しい。とても美味しいフレッシュジュースを浴室で飲ませてくれた。


「お嬢様。百合の香りと水仙の香り、どちらがお好きでしょう?」

「え。どっちも気になりますっ。えっとえっと、じゃあ、どんな香りか知りたいから水仙でっ」

「はい。髪も丁寧に洗いますからね。もう煙の臭いはぱあっと消えてしまいますよ」

「はいっ」


 そうしてミディタル大公邸に戻ってきた私、たっぷりお湯が張られた浴槽に入れられた。

 六人がかりのメイドって凄くないかな。髪の毛一本一本まで丁寧に洗いましょうねと、マッサージされながら頭を洗ってもらい、高級な香りに包まれてあわあわお風呂を楽しんでから出ると、気分はとてもゴージャス。

 そしてピンクの生地に小花模様が浮き上がる生地で作った襟付きワンピースドレスに、真っ白な袖なしエプロンをかぶせられて出来上がり。エプロンって言っても、おしゃれエプロンだから上からすぽっと着るタイプだ。ひらひらフリルがとってもラブリー。

 早速、大公妃に見せに行こうとしたら、そのままダイニングルームへ案内された。汚しても構わないというステージ付きダイニングルームだ。

 そこでは大公妃とクラブメンバー四人が座っていて、私が飲ませてもらったのと同じフレッシュジュースを飲んでいた。


「あ、みんな起きたんだ。お昼だけどおはよー」

「おう、アレル。おはよう。何だよ、その可愛いの。なんかほら、そういう絵本ってなかったか? えっとほら、お姫様が使用人に化けたつもりがみんなにばればれで、だけど本人はばれていないと信じて冒険する奴」

「おはよう、アレル。その絵本って、メイドに(ふん)したつもりが誰もがメイドじゃないって分かってる奴だったよね。うん、なんかそんな感じ。たしかお世話される騎士の方が、こっそりトレイの下の方に手を入れて支えてたり、タオルを持ってきたお姫様を座らせてお世話したりしちゃうんだよね」

「あれな。『お姫様の冒険』だっけ。おはよう、アレル。うん、無駄に日曜大工に手を出そうとして見学で終わるお嬢様に見えるぞ」

「おはよ、アレル。みんなアレルが可愛いんだよ。たしか朝に見せに来てくれたよね。うん、ホント可愛い」


 朝、見せに行ったのは違う服なのだが、もう気にするまい。


「えへへー。今日も大公妃様チョイスです。今日のエプロンは純白フリルエプロン。白って実は最強だよね」


 くるくる回って見せてみたら、みんなに頭を撫でられてしまった。

 大公妃は外から帰ってきたばかりの焦げ茶色のビジネススーツ姿だけど、元々が落ち着いた感じの人だからそれが休日用の服ですと言われても、誰もが信じてしまう。

 

「そうしていると、アレル、頑張ってお手伝いしてますって感じで可愛いわね」

「凄いんです。この黒のチョーカー、薔薇模様のローズピンクが大人っぽすぎて服と合わないなって思ってたけど、これなら首で引き締める感じが出ちゃう。シャツのピンクがあるから薔薇も大人っぽいって思わずにすむし、とても素敵です」


 私にとっては使い慣れたアクセサリー兼護身用具だけど、今の自分には似合わないのが悩みの種だった。

 和臣に作り直してもらおうにも工房がない。何より和臣、似合う似合わないをあまり考えてくれない。


「良かったわ。そのピンクの薔薇がついた黒のチョーカー、かなりお気に入りみたいだから生地をあさってみたのよ」


 私は大公妃の隣の椅子に座りながらその意味を考えた。このチョーカーを装着したのは昨日のヴェラストール城と、本日のお出かけ時だけである。


「生地をあさったって、まさかコレ見て、それから作った、とか?」

「ええ。だって昨日の報告にあったもの」

「あの、どなたがお作りになったのでしょうか」

「私だけど? 勿論、普段の服は仕立てさせるけど、自分で作るのも趣味なのよね」

「・・・・・・衝撃の事実が判明」


 そこへ料理人がやってきた。


「お昼はとても細い麺にフレッシュハーブとチーズをあえたものをお出しいたします。爽やかな冷製で、湯剥きした野菜や果物を添えてあります。

 温かい麺がお好みの方はそれよりは太い麺に少し辛めのトマトソースをあえたものを用意いたしました。こちらは豚肉もソースに混じっておりますので食べ応えがございます。

 そして、温かいスープ仕立ての具入り麺も用意いたしました。こちらは具に海鮮を混ぜてありますので、トマトソースの麺よりはあっさり食べることができますが、それなりに食べ応えがあります」

「なんという誘惑。どれも美味しそうなところがたまらない。野菜か豚肉か魚介か。というわけで私は冷製のフレッシュハーブを選びたい。だって朝ごはんたっぷり食べたから、お昼はあっさり爽やか」

「僕はお腹空いてるから豚肉のトマトだな。お腹ペコペコで目が覚めた」

「実は僕もなんだよね。人間、どんなに眠くてもお腹空いたら起きちゃうもんなんだね」


 ベリザディーノとエインレイドは温製トマトソースらしい。


「僕はスープ仕立てかな。まだ眠くて、スープの方がするするっと入りそうだ」

「うん、僕も。今の僕じゃトマトソースを散らかしそう。スープ仕立てがいいな」


 ダヴィデアーレとマルコリリオは温製スープだ。


「私は冷製ね」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


 その言葉通り、すぐに運ばれてきたんだけど、もしかしてもうほとんどができてたんじゃないの? どれも二人ずつで分かれたけど、同じ物をみんなが選んでいたらどうなったんだろう。


「これって実は沢山余ったりしないんですか? 勿体ないけど」

「いえいえ。余ったものは早い者勝ちですので全く勿体ないことにはなりません。ちょっと時期外れの桃が手に入りましたので、とてもよく合うかと」

「ええっ、この時期に桃っ? なんというミラクル」

「かなり遠い地域で栽培されているものです」


 フレッシュハーブの超みじん切りで和えられた冷製麺は、まさに爽やかだった。食欲の落ちる夏にもぴったりの味だと思う。今はちょっと秋に入ってるから時期外れかもしれないけど、煙で咽喉とかコホンコホンした後だから、冷たい方が気持ちいい。

 色々とあって気疲れした私にはとても食べやすかった。

 もしかしたらそれで作ってくれたのかなって思った。寝こけていたエインレイド達が知らないのは無理ないけど、どの使用人も私が煤に塗れて帰ってきたのを見て驚いてなかったし。


「どうしよう。とても新鮮な葉っぱなんですよと主張してくる爽やかな麺の合間に、フルーティなトマトや桃が顔をのぞかせていて、それがまたさっぱりしてどこまでも食べてしまいそう。食欲のない時でも沢山食べずにはいられない」

「そんなに朝ごはん食べたのか、アレル? このゴロゴロ入った豚肉、ジューシーでとっても美味しいぞ。食欲がないも何も僕達本気でお腹空いてるしな」

「いつまでも起きてるからだよ。聞いたよ。かなり夜更かしして、ほとんど夜明け前までだったって。しかもアイスクリームもソーダも空になってたし、何やってたの」


 ベリザディーノ達にじとっとした目を向ければ、本人達は特に悪いとも思っていない様子だ。


「なんか色々・・・? よく分からんがなんか盛り上がって気づいたら朝になりかけてた」

「もう。ま、いいや。そしたら後でパン捏ね機見せてもらおうね」

「そだな」


 一口サイズステーキとか、カップに入ったナスのとろとろスープとか、レバーペーストを塗ったミニトーストとか、多分、私が食べやすいものを考えてくれたんだなって思った。

 いい人だ。大公家の料理人はとってもいい人だと思う。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 パン捏ね機も見せてもらったけど、自分達で捏ねるのをトライしてみましょうということで、私達はエプロンをつけて、髪を隠す帽子もかぶってお料理タイムだ。


「ひええー、疲れたぁ。まだ捏ねるだなんて」

「頑張れ、リオ。だけど僕も疲れた」

「ここまで延々と捏ねて叩いてしなきゃいけないなんて・・・」


 三人の脱落は早い。


「はっはっは。もう駄目だと思ったらパン捏ね機に入れますから大丈夫ですよ。二人は頑張ってますな」

「さすがにアレルには負けられないだろ」

「ふっふっふ。無駄な力を出しまくっていた愚か者に負ける私ではないのだ。・・・・・・けど、ちょっと手、疲れてきた」


 私とベリザディーノが、先にどちらが脱落するかで競っていたら、他の三人はパン捏ね機の威力に感動していた。


「こんなにもパワフルなんだね、パン捏ね機って」

「凄いね。やっぱり機械最強」

「あの二人はいつまで頑張るんだ」


 なんてこった。さすがベリザディーノ。腕力が違う。


「駄目だ。手が疲れてきた。レイド、ダヴィ、リオ、交代して。交代しながらやればディーノにも勝てる筈」

「あのなあ、アレル。その時点で負けてるだろ」

「いいじゃない、ダヴィ。ディーノだけ頑張らせるのは可哀想だよ」

「はっはっは。じゃあ二人分は全部手で捏ねたということで、こっちの坊ちゃんのはクルミ、お嬢さんのはレーズンでも入れて作りましょうか」


 そうしてどうにか捏ね終わった私達、発酵などはお願いすることにして、ヴェラストール博物館に行くことにした。

 休日のヴェラストール博物館は夜までやっているのだ。



― ◇ – ★ – ◇ ―




 昨日、化粧品を色々と買いこんできた私には勝算があった。


「あらまあ。そうしているとどこかの非行少年みたいね」

「そうですよね? 貴族っぽい長い髪は帽子で隠して、その帽子もアイシャドウを使って使いこんだ感たっぷり、しかもこのガラの悪さ。誰がどう見ても下町の男の子達っ。変装は完璧ですっ」


 私達五人、ちょっと薄汚れたシャツとズボン、そしてハンチング帽をかぶって一般庶民になりすましたのである。

 

「僕、アレルが3枚入りハンチング帽を2セット買ったの、畑仕事用だと思ってた。結構、髪って入っちゃうものなんだね」

「勿論、それに使ってもいいです。庶民の男の子は髪を伸ばさないのです、レイド。ゆえにまとめて帽子に入れてしまえば一気に雰囲気チェンジ。しかも見えてる前髪とかは、カラーリングで二色ぐらい入れてあるから、どんな不良だよって感じがぷんぷん」


 そこは化粧品の勝利で、頬とか首筋、手にも擦り傷っぽい赤みを描いたり、しれっと怪我の手当てをしたような感じにしたりと、偽装は完璧だ。

 ズボンのベルトにしても、持ち物のバッグにしても化粧品で描いた傷や汚れを入れてみた。


「なあ、アレル。その前に僕達五人、夕方の外出でも職務質問されそうじゃないか? ちゃんと学校に通ってるのかいって補導される奴だろう、これは」

「そういう時には護衛のお兄さん達を差し出しておけば大丈夫だって。あれ? そういえば昨日の護衛のお兄さん達がいません、お母さん」


 ダヴィデアーレがかなり戸惑っているが、思うにこんな服装、考えたこともないのだろう。

 マルコリリオは天を仰いでいるが、その程度だった。


「ああ。なんか具合が悪いんですって」


 なんということでしょう。これではこっそり慰謝料交渉もできやしない。

 うふふと笑いながらお名前を聞き出してその親に息子が殺人未遂犯として手配されない為にはいくら払うかを聞かなくちゃいけないのに。


「これだから恵まれて育った貴族のお坊ちゃんは駄目なのです。自己管理がなってません。さ、それでは出かけましょう。大丈夫。私達五人、路地裏でしゃがみこんでクッチャクッチャと何か噛んで、

『なんか用かよ。じろじろ見てんじゃねえよ』

って睨み上げる姿がよく似合う。こんな私達、誰も気づかない」


 きっと私達がサルートス上等学校生なんて誰も信じないね。


「あのな、ビーバー。気づかれた時点で、うちの祖母と母が卒倒しそうなんだが」

「気づかれなければいいのです。疑うなら今のディーノ、フォト撮っておきなよ。それでおうちでしれっと思い出のフォトに混ぜておきなよ。家族だって、

『なんでこんなガラの悪い子のフォトを撮ってきたんだ』

って言ってくれるよ」

「それは言えるかも。僕達、一人一人は別々だけど、五人揃ったら、黒い革と金属じゃらじゃらつけてて統一感あるし。こういうのって不良な子が着るって思ってたからちょっと恥ずかしいけど」

「似合ってるよ? リオももう少し態度大きくすれば、『アイツ不良だ』『近寄るなよ』って、見かけた人がヒソヒソ話してくれる」

「それ、とってもイヤなんだけど」


 護衛の人達も私達の服を見た途端、着替えてきたから、まさに一般庶民だ。


「ほほほ。それなら今回は違う護衛達と行ってらっしゃい。私は顔が知られているからさすがにね。博物館から戻ったら夕食をとることができるようにしておくわね」

「え。・・・まあ、仕方がありません。お母さんはあまりにも上品すぎます。たしかに違和感バリバリ。では、ちょっと下町の男の子5人グループと護衛さん達とで出かけてきます」

「ええ。楽しんでらっしゃい」




― ◇ – ★ – ◇ ―




 こう言っては何だが、私はアレンルードの真似っこもできるスーパー少女だ。

 ある時はとても清純で上品な貴族のお嬢様、ある時は下町に暮らしている口の悪い男の子。

 髪をまとめて、ハンチング帽を斜めにかぶった私達。そして私もなんちゃってイヤリングで、耳に五個ぐらいの穴を開けて丸い輪っかをつけてるように見えてる筈だ。


「なーなー、おっちゃん。あそこにヴェラストール博物館だけで売られてますウィスキー、売ってる。だけど子供は買えないんだ」

「駄目だよ、アレル君。大人になったら買いに来なさい」

「オレじゃねえって。ほら、リオン兄ちゃんの兄ちゃん、すっげぇプリプリ怒るんだ。だから賄賂になるかなって」

「・・・賄賂はきかないだろうな。そういうの嫌いな人なんだよ」

「ちぇっ。思うんだけど、リオン兄ちゃんの兄ちゃん、もう少しジョーク理解する必要あるよ。人間、ある程度の緩さも必要だって」


 ネトシル少尉のお兄さんは私の部屋に私があげた栄養補給バーとパックドリンクを置いてくれていた。だけどパックドリンクは5個、そして栄養補給バーも各種5本ずつと、かえって増えていたから、新しいのを買ってくれたんだと思う。落とした栄養補給バーより新しくて綺麗な方が嬉しいので喜んで受け取っておいた。

 きっとみんなで食べなさいってことなんだろう。

 渡しておいた爪ナイフのケースについては、「あの爪はしばらく預かります」というメモがあった。早く返して欲しいけど、あれは2、3回使ったら終わりの使い捨て用だから気にしない。


(これは・・・! 動物園炭酸水にアイスクリーム浮かべてあげれば笑顔になるルードとは違うかもしれない)


 無言のままに、「人に何かをあげる時には、こんな風にきちんとセットしてからあげるんですよ」と、言われているような気配があった。やはり一度床に落ちた栄養補給バーではまずかったかもしれない。

 仕方がない。一応、助けに来てくれた人だからご機嫌取りにご当地ウィスキーでもあげようと思ったのだが、ついてきてくれた小父さんは反対意見だ。

 賄賂なんかをせこせこ渡すよりも、誠実な顔で礼儀正しくお礼を言いなさいと言った。


「その前にアレル、僕はその変貌が理解できない」

「僕もだ。どうした、ビーバー。まさか自然の空気に触れて野生の血が騒いでるのか」

「完全に別人だね」


 クラブメンバーが(おのの)いているが、私は完璧な偽装を目指す。平民の少年ということは、これでいいのだ。


「そっか。あっちのアレンみんな見てないもんね。アレン、男子寮だとこんな感じだよ。勿論、礼儀正しくもできるんだけど、あまりの口の悪さにみんなが絶句してた。僕もアレンの口の悪さを初めて見た時、おかしくなっちゃったのかなって思った。寮生達もびっくりしてたよ」

「ふっ、双子で育ったオレ達、お互いのフリは完璧だ。この才能が恐ろしすぎるぜ」


 エインレイドだけが驚いていないのは、私が男子寮でアレンルードのフリをしたことがあったからだろう。


「ああ、うん、そだな。だけどそれでもオレなんて言っちゃ駄目だろう、アレル。もしも僕達が僕達だとばれて、アレルがアレンだと思われてみろ。その評判が地に落ちるアレンが可哀想じゃないか」

「そうかもしれねえけどよ、ダヴィ、これってそのルードの真似っこなんだぜ。ルード、猫かぶってねえ時、こんなんなんだよ。おうちと人前では完璧隠してっけど」

「いや、隠せてないだろ。レイドが知ってる時点で隠せてないだろ。よく考えろ」

「まあまあ、ディーノ。考えても見ろよ。似てるかなって思ってオレらの会話に聞き耳立てやがる貴族がいても、これなら大丈夫ってもんだぜ。遠慮なく演技力を身につけなよ、オレを見習ってなっ」


 ヴェラストール博物館は、初代領主ヴェラストールがこの地に来てからの歴史がまとめられている。

 一番奥の大広間では、ヴェラストールの誓いを描いた絵画も飾られていた。ただし、男性領主で。


「これもいつか女性領主で描き直されるのかな」

「それはないだろ。この画家、かなり昔の人だし。それに史実はどうであれ、やっぱり勇壮じゃないか」


 マルコリリオの感傷にダヴィデアーレが応じているが、ベリザディーノは広間の片隅にある売店のキーホルダーぬいぐるみが気になったようだ。

 多分、絵画にイタズラされない為の見張りも兼ねているのだろうが、ヴェラストールの季節ごとのフォト絵葉書や、地元の画家が描いたヴェラストールをモチーフにした絵などが売られている。

 絵と言っても、無名画家のものだから手ごろな値段だ。


「どったの、ディーノ。キーホルダー買ってく?」

「んー。ほら、あのヴェラストールの誓いってさ、人間だから性別はっきりしてしまうんだよな。ぬいぐるみでやればよくないか? ・・・あ、すみません。このカウンターの上、このキーホルダー置いていいですか?」

「・・・いいわよ」


 キーホルダーは小さいので盗難されやすいのかもしれない。カウンター近くに吊り下げられていた。

 いくつかの指の長さサイズぬいぐるみキーホルダーをベリザディーノは手に取る。

 どう見ても、「なあ、オバちゃんよぉ、これ安くしてくれよ。いいだろ、金ねえんだ」とか言いそうな少年が意外に礼儀正しくて、売店の小母さんもちょっと目を丸くしていた。

 だから私ははらはらしたような売店の小母さんの表情とベリザディーノの路地裏でしゃがみこんでいそうな姿とを見比べる。そして真実をズバッと言ってあげた。


「思うんだけどさぁ、そのガラの悪い恰好で店のもん触ってたら万引き疑われるの間違いなしだよ、ディーノ。紛らわしいことされて、みんな心臓バクバクだよ」

「誰のせいだっ」


 自覚はあったのかもしれない。真っ赤になったベリザディーノが私を怒鳴りつけてくる。


「チンピラっぽいディーノのせい」

「はいはい、二人共そこまでにして。で、ディーノ。何がしたいの?」

「ん。だから動物でやればいいんじゃないかってさ」


 前髪を三つの色に染めて、実は後ろ髪の一部を前に垂らすことで前髪だけ口元まで伸ばしているように見せかけたエインレイドが間に入ってくれば、不良っぽい恰好なのは変わらないのに、なんとなくお育ちの良さが漂った。

 これが王族なのか。どんなに下町少年に見せかけても漂う気品は隠せないのか。

 ベリザディーノがぬいぐるみキーホルダーのウサギをカウンターの上に置き、向かい合わせにクマやキツネ、タヌキやリスを置いていった。


「ほら、レイド。ヴェラストールの誓いヴェラストレイラ編。女領主だからウサギでちょっと可愛いだろ。土産に買ってくかなって」

「あのさぁ、ディーノ。ウサギなヴェラストレイラ、食物連鎖的に危機だよ、追い詰められてるよ」

「悪い、ディーノ。僕もウサギが肉食動物達に襲われそうになってるようにしか見えない」

「言われてみればそうだな。ウサギだもんな」


 ベリザディーノはちょっと考えた様子だ。


「けどいいか。うちの親戚のチビ共なら喜ぶだろ。女領主だったとかいうあの誓い、帰ったらメモさせてくれよ、アレル」

「了解。もしかして子供らに見せたげんの?」

「ああ。何かと一族ってのは集まるんだよ。でもって子供は邪魔だからってこっちに押しつけてくるんだ。あいつら、最近は宿題持ってくるし、それなら歴史の勉強もできるだろ」


 道理で知らない子供達相手に声かけていたわけだ。実は面倒見がよかったのか。


「じゃあ、このアレル様が厚紙で砦作ってやるよ。ウサギやクマだって接着剤でキラキラビーズやミニソードつけてやるだけで子供って喜ぶんだぜ」

「その顔でその口。どうにかしてくれ、レイド」

「僕、アレンで結構見慣れてるんだよね。みんなも最初はがっかりしていたけど、最近はもうアレンだからって思ってるよ。口悪いし、態度も悪いけど、アレンって親切だし」

「というわけで、多数決でオレの勝ちだな。諦めろよ、ディーノ」

「何やってんだよ、三人共。何か買うのか?」

「わぁ、可愛いキーホルダーだね。アレル使うの?」


 そこへダヴィデアーレとマルコリリオがやってくる。


「ディーノが親戚の子供達に買ったげるんだって。だからこれでヴェラストール要塞舞台作って、動物達にお姫様ティアラとか、騎士のソードとかくっつけたげたら可愛いねって言ってたんだ。あれ? もしかしてまだうちにもあるかも? ルードに歴史教える時に使ったんだよ」

「ミニぬいぐるみで歴史? また変なこと思いついたんじゃないだろうな、アレル」


 最近のダヴィデアーレは私に対して少しずつぞんざいになっている、そんな気がした。


「えーっとね、こうやってスタートからゴールまでを大きな紙に作って、あとはカードめくってその数だけ進ませてくわけ。で、ところどころに年表付きの罰ゲームがあってさ、やってる内にほとんどの歴史を覚えちゃうんだ。その罰ゲーム、かなり凝ってるから」

「へー。だけど勉強なんだろ。あいつら勉強嫌いなんだよなぁ。やらせればやるか? うーん」


 ベリザディーノが本気で悩み始める。


「へーきへーき。罰ゲームってさ、

『〇〇年、〇〇姫は離婚となり、〇〇に幽閉されます。だから10個下がり、あなたは〇〇姫のセリフを言いましょう』

で、コマを10下げられて、

『私を陥れた〇〇侯爵よ、いずれお前の子孫の〇〇は〇〇年に謀反で処刑されるのだ。この恨み、覚えておけ』

とか言わなきゃいけないって奴。演技力も必要だから楽しんで覚えるよ。その罰ゲームをアニマルぬいぐるみ使ってやってもいいわけだしね。コマで使ってもいいけど。六人ぐらい一気に見とけるし、誰かが動く度にその歴史の説明をちょっとしてあげるだけで結構いい子で聞くよ」

「分かった。アレル、今度クラブで一緒に作ろうぜ」

「うん、いいよ。コマは色々あった方がいいからさ、好きに選んだげなよ」


 小さなキーホルダーを何種類も買って、そこで私達はふと気づいた。


「ところでオレ、さっきから思ってたんだけどさ、今日ってば休日なのにあまり貴族っぽい人見かけねえよな」

「そうだな。何の為にこんな格好してきたんだろうな」

「いいじゃないか。この服装で見破られる方が嫌だ」

「やっぱり時間をずらしたのが良かったんじゃない?」

「休曜日の博物館なんて人が多いと思ったのにね」


 休日の博物館。たしかに混むのは昼前後かもしれないが、いくら何でも空きすぎていた。

 私は適度な距離を取って周囲を見ていた護衛の小父さんに話しかける。


「もしかして小父さん達、貸しきりにしてくれた? だけどちらほらお客さんいたよね?」


 すると彼はぽりぽりと頭を掻いた。


「んー。休日をヴェラストールで過ごそうと思ってる貴族は、もう出歩かないんじゃないかと思いますがねぇ。どちらかというと、面倒なことに係りたくないと首都に帰ったと思いますよ」


 そうか。やはり昨日のヴェラストール城での出来事は貴族令息や令嬢にショックを与えていたらしい。そりゃ伯爵家のご令息を誘拐しようとしたとか言われたら困るよね。だけど王子様狙いだなんてもっと言えないよね。


「面倒なこと。レイド、ついに面倒呼ばわりされてるよ。どうするの、うん最高だよ。よかったね、ついに忌避物件。それって運命はレイドの味方。あれ? それならこんなんじゃなくても可愛くして来ればよかった・・・!」


 せっかく可愛らしい服を着せてもらったのに。

 おしゃれしたら見せびらかさなきゃ、そのお洋服を仕立てた人の苦労が台無しなのに。


「これこれ、アレル君。レイド君のせいにするんじゃありません」

「えっと、何かあったんですか? もしかして僕達も急いで帰った方がいいとか?」


 ベリザディーノが可愛い動物ぬいぐるみキーホルダーの入った小袋を抱えて尋ねる。万引きなんてせずに、ちゃんとお金を払って購入したいい子だ。

 こんなに大柄なのに可愛い物を買っちゃうんだから、小さな子供達を可愛がってるんだなって分かる。


「いえ、それはないでしょう。・・・実はこのヴェラストール、とある貴族令嬢が誘拐されて殺されそうになったとかで大騒ぎなんですよ。犯人は捕まってませんが、その犯人や関係者と疑われてはたまらないと、ヴェラストールに来ている貴族達は慌てて自宅に戻っているんじゃないでしょうかね」

「どこの家の令嬢ですか、気の毒に。・・・ちょっと公衆通話行ってきます。うちの親族かどうか確かめないと」


 ダヴィデアーレが自宅に連絡を入れに行こうとした。


「あー、大丈夫ですよ。その令嬢、皆さんのご親戚の方ではありませんから。それに今、おうちに連絡はいれない方がいいでしょう」

「あの、もしかしてこの子達、貴族のお子さん方なのかしら? いえ、てっきりね」


 売店の小母さんが声をかけてくる。


「はは。まあ、一応。いえ、気にしないでください」

「そうでしたの? いえ、今日はもうあのニュースで持ちきりですもの。だから私も見てたんですよ。良かったら君達も一緒に見てみる?」


 実は売店の小母さん、ニュースをこっそり見ていたけれど、私達が入ってきたから消していたらしい。


「いえいえ。そういうのは帰って見ますし、大丈夫ですっ。さっ、みんな帰ろうっ。ね?」


 私は近くにいたエインレイドとダヴィデアーレの腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。

 しかし小母さんは遠慮なくスクリーンをつける。売店の片隅にあった古そうなスクリーンに映像が映し出された。

 それも青いワンピースドレスに純白のケープを羽織った状態で抱えられ、無残にも煤で汚れた姿が。


「えっ?」

「え? アレルッ?」


 マルコリリオとダヴィデアーレが口をあんぐりと開いた。

 どうしよう、変装したアレンルードだったということにしてもいいだろうか。

 うん、いいよ。脳内アレンルードも、是非そうしてって言ってる。


(うん、そうだよ。あれ、私に変装したルードだったんだよ)


 私の決意もむなしく、スクリーンの中で男性ははっきりとその名を口にした。


『それではウェスギニー家のアレナフィルちゃんは何故狙われたのか。あまりの手際の良さと、現在集まっている情報から、アレナフィルちゃんは誘拐されて閉じこめられた直後に爆殺される流れであったことが判明しております。運よく爆発と火災がアレナフィルちゃんを襲う前に救出されましたが、あと少し遅ければ亡くなっていたことでしょう。

 ためらいのない犯行は、何故実行されたのか。

 そこまでの殺意がどうしてこの少女に向けられたのか。

 特別出演として、国立サルートス上等学校のキセラ学校長においでいただきました。それでは現地のヴェラストールから、首都ファリエへと映像を切り替えます』


 そんな男性の声が響き渡る。ニュースどころか、特別番組となっていたようだ。

 とっくに検証番組が始まっていた。明日からだと思っていたのに。

 

『それではキセラ先生。本日はようこそおいでくださいました』

『いえ。我が校の女子生徒が狙われたとあっては・・・。既に無事は確認しておりますが、あの優秀な子がどうしてこんなことにと、悔しく無念の思いでいっぱいです』


 なぜだろう。学校長の目が赤く腫れている。


『それではアレナフィルちゃんについてお聞かせいただけますか?』

『色々とプライバシーがございますので、あまり深くは申し上げられませんが・・・。我が校において、ウェスギニー君は入試も学力テストも全て一位の成績を取っている優秀な女子生徒です。まだ一年生ですが、上等学校全学年の試験も受け、どれも満点であった為、上等学校一年生ながらも習得専門学校入学資格を既に有しております』

『可愛い女の子でしたが、とても優秀なのですね』

『はい。その為、同学年の第二王子エインレイド殿下のご学友にと、こちらも推薦いたしました。他の生徒も交えて楽しく過ごし、殿下も勉学の面白さに良い刺激を受けておられました。それなのにまさか、まさかあの子がこんなことに巻き込まれようとは・・・! ううっ・・・、んという・・・、じ知らずな・・・ううっ』

『第二王子殿下の学友に抜擢された優秀な子爵家令嬢でしたか。他に殿下の学友になった女子生徒はいるのでしょうか?』

『いいえ。あとは男子生徒です。ウェスギニー君は、王族だろうが貴族だろうが平民だろうが学生時代は勉学に勤しむべきであると考える女子生徒でした。エインレイド殿下は、初めて自分に好意を求めない女の子だと安堵なさっておられました』


 ありがとう、学校長先生。男女交際トラブルはなかったと言ってくれて。

 そしてエインレイドも女の子にだらしない生徒じゃないと言ってくれて。

 こういう時って、クリーンであることがとても大事なんだよね。


『好意を求めない女子生徒ですか。こう申しては失礼かもしれませんが、第二王子殿下は、ガールフレンドを特に求めていらっしゃらなかった? とても可愛い子だったのに』

『ええ。ウェスギニー君は上等学校における全ての学業を終えており、教員にも自分の勉強法などを披露しておりました。つまり学友ながらもエインレイド殿下の個人教師でもあったのです。エインレイド殿下はその優秀さを妬むことなく、尊重しておられました』

『そうでしたか。第二王子殿下はどう尊重なさっておられたのですか?』

『身分上、ウェスギニー君が自分を誘惑していると思われたら可哀想だからと、学校でも自分の行動全てに大人の監視をつけてくれるようにと、エインレイド殿下は自ら要求なさいました。そうしてウェスギニー君の名誉を守っておられたのです』


 どこまでもエインレイドと私の関係が立派すぎる。この友情は不変だね、えへっ。

 そこで正装したエインレイドの画像と救出された際の私の画像がパッと映し出された。


『同い年の第二王子殿下と子爵家令嬢。こうして並べるとお似合いのボーイフレンドとガールフレンドにも見えます。二人の間に恋は生まれていなかったのでしょうか』

『心の中までは分かりません。ですが他にも友人グループとして男子生徒達がいて、何よりウェスギニー君は成人したボーイフレンド達がいます』


 そこで二人の間にちょっと白けた空気が流れる。


『成人したボーイフレンド達がいる・・・?』

『ええ。ウェスギニー君、エインレイド殿下と仲良くお友達をしていますが、本人も堂々と自分の異性の好みを語っていますからね。二人はとても仲良しですが、お互いに恋愛感情はないでしょう。学校生活において全ての教員が観察し、何人もの監視をつけておりますが、それは皆が一致した意見です』


 もしかしたら彼は、二人の身分差ラブを求めていたのかもしれない。

 第二王子の秘密の恋人が狙われたとしたかったのかもしれない。

 しかし学校の先生とは監視員だったのか。怖い世の中だ。


『それでも第二王子殿下にとって一番身近な、そして唯一の女子生徒だったわけですね?』

『その通りです』

『では、第二王子殿下に取り入りたい人間が邪魔な子爵家令嬢を排除するということは考えられるでしょうか?』

『そんな残酷なことは考えたくもありません。ですが・・・、ですが、一番身近な女子生徒という意味では誤解されることもあったでしょう。あの子達はいつもみんなで仲良くいただけだったのに・・・。くっ、うぅっ・・・』


 映像の中でメガネを外してハンカチを目元に当てる学校長。もらい泣きしそうだ。

 ごめんなさい、学校長。泣かせる気はありませんでした。


(な、何が好きかな。学校長先生、何が好きなんだろう)


 私は何を学校長にお土産で買っていくことにしようかと悩んだ。罪悪感がバリバリ押し寄せてくる。

 これは休日出勤させてしまったのだろうか。

 報道会社から謝礼が出ていますようにと、ちょっと祈っておいた。


「ちょっと待て。おい、アレルだよな? アレンじゃないよな?」

「えっと、・・・どういうこと? アレル、まさかあれ、アレンなの?」


 ベリザディーノが頭を振れば、マルコリリオの目が据わっている。


「えっと、ほら、落ち着こうよ。色々とあったんだよ。それにほら、傷一つなくてピンピンしてるし?」

「まさか僕達が寝てた朝とか・・・? そういえばなんか揺れなかったか? 爆殺って何だよ、ちょっとどういうことだよ、アレル」

「ねえ、アレル。今すぐ帰って色々と聞きたいな」


 ダヴィデアーレは聞き逃していなかったようだ。エインレイドはまず正しい情報を求めている。

 気持ちは分かるが、そこには売店の小母さんがいるのだ。

 仕方がないから、私は言った。


「確実に言えることは、あのアレルちゃん無傷。かすり傷一つないし、打ち身もないっ。心配しなくてもそれが真実っ。聞きたいなら時間はたっぷりあるっ。だからその件はいったん忘れて観光していこうよ」

「アホか。今すぐ戻るに決まってるだろ。てか、なんで僕達が知らないんだよ」


 がしっとベリザディーノの腕が私の肩を確保する。

 そりゃ博物館の展示物も空いてたからじっくり見たし、戻ってもいいんだけど、みんなから怒られそうなのが嫌だ。


「しょうがない。じゃあ、記念フォトだけ撮っていこうよ。ね?」

「もしかしてボク達、あの誘拐された子のお友達なの? あらまあ、てっきりそんな恰好だから、せいぜい分家か・・・。あら? よく見たらあなたのお顔って、あの女の子と・・・」


 そこで売店の小母さんが声をかけてきた。どうやら私の顔をスクリーンでじっくり見ていたらしい。


「あははは。あれ、ボクの双子の妹なんです。みんなには心配かけたくなくて黙ってたんだけど・・・。じゃ、そういうことでボク達は帰ります」

「そうだったの? じゃあ王子様って・・・」


 逃がす気はない。そんな気配が小母さんに滲む。


「はい。この路地裏に座ってケンカ売ってそうな少年がそれです」

「アレル、僕を売らない」


 ぐいぐいとエインレイドの背中を押して前に突き出すと、売店の小母さんはカウンターを回って出てきた。

 そして軽く身をかがめ、手を胸の前に持ってくる。

 それは貴族としてのマナーを身につけた動きだった。


「お目にかかると分かっておりましたなら、正装してお迎えいたしましたものを。ヴェラストール博物館長の娘にございます。お目にかかることができましてとても光栄に存じます。そういうことでしたらどうぞ館長室までおいでくださいませ、殿下。父からもご挨拶申し上げたく存じます。・・・お小さくていらしたエインレイド様がこんなにも大きくなって」


 エインレイドも察したらしい。すぐに笑顔を浮かべる。


「こちらこそ、こんな服装で失礼いたしました。こっそりヴェラストールを訪れた筈が、あちこちで待ち構えられていたので変装していたのです。えっと・・・」

「何年も前に王城でお目にかかりました。ほほほ、言われてみればそんな恰好をしているのに、言葉遣いは全然平民らしくありませんでしたわね」


 私には分かった。

 その言葉の後に、「一人を除いて」という言葉を付け加えたかったことが。

 すまん、兄よ。ウェスギニー家の双子の兄はけっこう口悪いって認識されてしまった。



 

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