44 ヴェラストールに到着した
ンモーオ、モウーォと、牛が鳴いている。
牛さんはとっても早起きだ。
モーォ、モウ、ンモー、・・・。
「ほら、アレル。何度止める気? もう起きないと駄目よ」
「んみゃぁ、・・・朝の感じがしないぃー」
「だけど乗り過ごしたら大変よ」
「ぅんんー」
なんのこっちゃと思いながら目をごしごしして、ハッと気づいた。
「ヴェラストールッ、起きなきゃっ」
「やっと起きたわね」
黒髪に染めたままの大公妃が仕事できる女ですって雰囲気がぷんぷんな黄土色のスーツを着ていてそれも似合っている。
「ほぅわっ、おはようございます、大公妃様っ。じゃなくてお母さんっ。ちょっとみんな起こしてきますっ」
「ええ。もうすぐ到着よ。あなた、なかなか起きなかったし。どうも四人共まだ寝てるらしいのよね」
「ええっ? もう着いちゃうのっ!? 大変大変っ!」
私はウサギパジャマのまま、荷物を持ってブースを飛び出した。
そして四人用ブースの扉をドンドン叩く。
「みんなっ、起きてるっ? もうすぐ着いちゃうよっ」
だけどブース内はしーんとしていて返事はなかった。
私の顔も蒼白になる。まさかと思うけど何か起きたのだろうか。
ドンドンドンと叩いても返事がない。ガチャガチャとドアレバーを動かしても鍵がかかっているから開かない。
これはドアを壊すべきっ!? だけど修理代金の支払いは嫌だっ!
「あの、アレルお嬢様。よければ鍵、開けましょうか?」
そんな私に斜め後ろから声がかけられた。振り返れば、赤い髪を逆立てて、穿いているデニムの黒ズボンはかなりダメージぼろぼろ状態、靴の踵なんて履き潰しためっちゃガラの悪いお兄さんがいた。
路地裏のカツアゲがとてもよく似合う。
「勿論、鍵を開けたら即座にこの場を離れさせていただきます。かなり夜更けまで騒いでおられたのでまだ寝ているのではないかと」
「あ、護衛の方ですね。ありがとうございますっ」
「いえ。今回の護衛は左腕と右腕に黒の腕輪をはめておりますので、何かありましたらそれを目印になさってください」
すっとその青年の後ろに、まさに事務所でお仕事してますって感じのでっぷりお腹をしたウールスーツの男性が姿を現し、二人揃って袖に隠れている黒の腕輪を見せてくる。変装は完璧だ。
「凄い。護衛さんだなんて全然分かんない」
「恐縮です」
ガチャンとドアの鍵を開けてくれたけど、本当にブースの鍵って形だけなんだなって思った。簡単に開けられちゃってるよ、うん。
「感謝ですっ、ありがとうございますっ」
大変だ大変だと飛び込めば、みんなはまだ寝ていた。なるほど、四人共うつぶせ寝タイプか。
完全に熟睡タイムである。
「みんな起きてっ、もうすぐヴェラストールだよっ。ヴェラストール通り過ぎて終点まで行っちゃうよっ。みんな起きてぇっ」
言葉だけじゃなく、四人それぞれ着ぐるみパジャマごと掴んでぐらぐら揺さぶった。そして天井や壁や床に貼り付けたフィルムを回収する。
目覚ましタイマーはどうやら寝ぼけながら止めて寝ちゃってたようだ。私と一緒か。
「もうすぐ着いちゃうよっ。さっさと荷物持ってっ。着替えてる暇もないよっ」
その切羽詰まった声と揺さぶられたことで意識が浮上したらしい。
皆がゆらりとした動きで、んーとか、んむーとか言いながら体を起こした。
「え? うわぁっ、もうヴェラストールッ? ダヴィ起きてっ! 起きてよっ」
「起きろっ。レイド、朝だぞっ」
「みんなっ、もう着替えるのは後だよっ。まずは降りなきゃ遠い街に連れてかれちゃうっ! 荷物持って、靴履いてっ」
「荷物持つからアレルッ、レイドの腕引っ張ってけっ!」
「ラジャーッ」
そんなことをしている内に、列車の速度が落ちて駅に到着する。
「急いで降りるのぉーっ」
「靴履いてるなっ、レイドッ」
「大丈夫っ。ダヴィの荷物は僕が持ってくっ。だからリオッ、そのままダヴィの腕放さないで連れてけっ」
「うーっ、頭ぐらぐらするっ」
「ダヴィこっちっ、足元見てっ! 足を大きく踏み出してっ」
私達は着ぐるみパジャマ姿で、ヴェラストール駅に向かって飛び出した。
ヴェラストール駅で降りる人はそれなりに多い。だけど誰もが眠そうな顔をしていて、それだけに私達の大騒ぎに皆がくくっと笑って通り過ぎていく。
ぷぷっと笑いながら車掌の小父さんも声をかけてきた。
「はは。忘れ物はありませんね、牧場の子供達? ここはしばらく停車時間あるから、おめめパッチリな子がチェックしてくるといいよ」
「あ、じゃあ私見てくるっ。ディーノ荷物持っててっ」
「大丈夫ですよ、お嬢様。あくまで見守りだけだと命じられておりましたが、時刻が時刻ですので、座席を直しがてら確認してまいりました。忘れ物はございません」
赤い髪を逆立ててガラ悪そうな感じのお兄さんが、カカトを履き潰してるような恰好にはそぐわない言葉遣いで降りてくる。髪用のゴム留めや小さなリネンタオルをぽんっと渡してくれた。
どうやら座席に落ちていたようだ。
「おお、ありがとうございますっ。って、これは誰のっ?」
「あ、それディーノのじゃないか?」
フードを外して寝ていたらしく髪がピンピン跳ねてるベリザディーノが振り返る。寝癖隠しにフードかぶっておいた方がいいんじゃないかな。
「ホントだ。その髪ゴム、僕のだ。すみません、ありがとうございます。そっちのタオルはダヴィのじゃないか?」
「あー、うん。僕のタオルだ。顔の下に敷いてたんだった。ありがとうございます」
本来、未成年のグループにこんなガラの悪い男が近づいていたら通報されそうだけど、車掌の小父さんも微笑みながら見守ってくれていた。
「いえいえ、夜明け前サービスです。坊ちゃん方もこの後は自分で頑張りましょう。ぷぷっ、ウサギさんはお嬢様だけじゃなかったんですね。まさかみんなでお揃いパジャマとは」
「はっはっは、可愛いですなぁ。大抵の子供達は起きられずに寝たままで抱えられて降りてくることが多いんですよ。いや、それでも自分で起きたのだから立派立派」
車掌の小父さんによると、大人だろうが子供だろうが慌てて降りてくる人は多く、この便は忘れ物が多発するそうだ。
「みんなでパジャマッ、仲良くアニマルパジャマッ」
プラットフォームに先に降りていた大公妃は私の母親にして引率者な筈だが、私達の着ぐるみパジャマが何かのツボだったのか、めっちゃ笑ってた。
お母さん、お母さん。お母さんが知らないパジャマを私達が着ているのはおかしいと思うのです。そこは知ってたってフリしてくれないと。
― ◇ – ★ – ◇ ―
くすくすと移動車の中で笑っているのは青い髪を黒くしている大公妃だ。
「ウサギだけじゃなかったのね。心配しなくても大丈夫よ。これならどんな親も怒る気になんてならないわ」
記念フォトということで、駅名を背景に私達は車掌の小父さんとフォトを撮ってもらったのである。着替える場所はなかったから、アニマル着ぐるみパジャマのままで。
「言っておきますけど、これ、僕達が好きで着たパジャマじゃありません。それ、ちゃんと僕達にください、トレンフィエラ様。まさか父に見せたりしませんよね?」
「どなたのお父様、お母様も安心なさると思いますわよ。だって男の子四人に女の子一人。気を揉んでおられるに決まっているじゃありませんの。いつの間にそんなお揃いのパジャマまで用意していらしたの?」
ふむ。やはり私が四人の男の子を侍らせているのではないかと、みんな案じていたのか。
だけど大丈夫だ。このパジャマは成人した士官達ですら、がっくりと膝を床についたという色気皆無なパジャマである。
「あ、はいはーいっ、それはうちにあったパジャマでぇすっ。いつ兄の背や体が大きくなってもいいように大きめサイズも用意してたので、ここはもうどどーんとプレゼントッ。なんとこれはっ、たとえ寝間着姿で一緒にごろごろしていても全くいかがわしい気持ちにならないと、うちの保護者推薦パジャマなのですっ」
移動車を運転しているのは、まさにお屋敷の使用人といった雰囲気のお堅い黒の制服を着た男性だったが、なんか頑張って真面目な顔を維持していた。
あの護衛の人達はどうなったのだろう。ちゃんとついてきていると信じる。
「その通りです。僕達もまさか夜行列車なんて思っていなくて、寝間着は別邸にあると思っていたので持ってこなかったんです。だから仕方なく・・・。トレンフィエラ様、僕達が相談して買うなら、こういう寝間着は思いつきもしません」
「駄目よ、レイド。今の私はアレルのお母さん。あなた達の引率者なの。日中はともかく、早朝・深夜に保護者の引率がなかったら通報されてしまうのよ。あなた達もおばさんって呼ぶようにしてちょうだい。私もエリーじゃなくてレイドと呼ばせていただきますから」
どうかなぁ。私達、目立ちすぎて引率者がいなくても通報されない気がする。非行と真逆な場所にいる気配がぷんぷんしてるよね。
「それって叔母上でも駄目なんですか?」
「普通は母上と呼ばずお母さん、叔母上と呼ばず叔母さんですわね。ガルディに話しかける感じでちょうどいいと思いますわ」
「それ、女性に対してなんて横着なって後で怒られそうなんですけど」
「一つの社会体験ですもの。誰も怒りはしませんわよ、レイド」
ウシさん着ぐるみパジャマでエインレイドは考えこむ。
着替える際にうちでシャワーを浴びてきたから、今のエインレイドは淡紫の花色の髪に、ローズピンクの瞳をしていて、白地に黒のぶち模様なパジャマや眠そうな顔と相まってちょっと可愛い感じに見えた。
「改めましておはようございます、大公妃様。それでしたらこの後はおばさんと呼ばせていただく失礼をお許しください。アールバリ・フォーシェン・ベリザディーノと申します。どうぞディーノとお呼びください」
きりっとした顔で挨拶するベリザディーノだが、榛の実の黄赤茶色の髪は寝癖でところどころ跳ねている上、クマさんパジャマなのでどこか三枚目っぽい。
「グランルンド・アンデション・ダヴィデアーレでございます。どうかダヴィとお呼びください。この度は私共のことでご迷惑をおかけして申し訳ございません」
あくびを噛み殺し続けているダヴィデアーレは、トルコ石の青緑色の頭を振っては眠気を追い出そうとしていた。
もこもこヒツジさんなパジャマに影響されて眠気を誘われている。
「あ、あの・・・、ハネル・バックルンド・マルコリリオと申しますっ。おっ、お目にかかれて光栄ですっ。リ、リ、リオっと、呼んでくださいっ」
暗い苔の緑色の髪はともかくとして、焦げ茶の瞳をしているマルコリリオはアライグマのパジャマが似合っていた。アレンルードにアライグマパジャマを着せても、「何だよ、可愛いだなんて言うんじゃねえよ」って感じでカッコつけようとするんだけど、おとなしいマルコリリオは雰囲気もぴったりだ。
「ええ。アレルが女の子一人だから私自らが付き添って監督していたって形にするから、アレルの母ということにさせてもらうわ。よろしくね。この旅行中は普通のおばさん相手に話しかけるような態度にしてちょうだい」
なんだかみんなはそれを聞いて困ったような顔をしていたが、気にしていては話が進まない。
「ねーねー。まだ暗いし、朝市も始まってないんだよね。まずは二度寝させてもらお? お母さんち、自分達でご飯作っても、作ってもらっても、食べに行っても好きにしなさいって言ってくれてるし」
「これは五人の旅行ですもの。口出しも手出しもしないわ。勿論、安全な寝泊まり場所は提供させてもらうけど、どこに出かけて何をするかは自分達で決めて自分達でやりなさい。護衛はいないと思って」
大公家が持つ別邸まで移動車を回してくれたけれど、宿泊用の部屋などは好きに使っていいという話で、気分はキッチン付きホテルだ。
門の真正面にある邸ではなく横にあった建物の玄関前に移動車は停止した。
まずは一階にあったリビングルームに通されて、男の子はツインのベッドがある部屋二つに分かれ、私は大公妃と同じツインの部屋だと説明される。
不祥事が起こらないように大公妃自らが監督していたことになるそうだ。
「うわぁ、このリビングルームが共用なんですね。なんて広くてゴージャス」
本当は二階が良いお部屋らしいけど、私達が自分達でやりたいなら一階の方が便利だろうと配慮された形だ。
「このフロア共用のリビングルームよ。キッチンルームとダイニングルームもこのフロア共用であるから好きに使ってちょうだい。それぞれの部屋にミニキッチンスペースはあるからお茶ぐらいは自分でも淹れられるけど、邸内通話で命じてくれたら本邸のメイドが用意するわ」
「なんて至れり尽くせり・・・! ああ、堕落の道が私の前に広がっている・・・!」
朝市に行かなくても、もうキッチンルームに食べ物は沢山あって、ヨーグルトとか新鮮な野菜とか果物とかもしっかり揃っていて、私はヴェラストール地元のヨーグルトがとっても気になる。
本来ならフロア毎に使用人がいて、キッチンルームはそういう人達が作業する為にあるそうだ。
だけど到着したばかりなので、私達には本邸から運ばれてきたみじん切りのベーコンや野菜が入ったスープ、そしてパンプキンパイや三口サイズなキッシュが出されている。
眠くてもご飯は食べられるものだなって思った。
「美味しー。こっちの野菜は根菜が多い感じだねっ。なんかプリンプリンしたお芋みたいなの何だろう」
同じ野菜でも、気候にあわせて違う品種が栽培されるからだろう。味つけとかがウェスギニー邸とは違ってこれはこれで美味しい。
「あのなあ、アレル。なんで自分だけのほほんとしてるんだよ。僕達、あの怖い時間に耐えたんだぞ。まさか味方からの攻撃かと、本気でアレル呪うとこだった。寝不足なのはアレルのせいだ。しかもダヴィなんて違いを知りたいとか言ってコート脱ぐし、レイドも記念フォト撮ろうとするし、リオはもう丸くなって耳塞いでるし、とんでもない目に遭ったんだからな」
「え? ちゃんと除外コート渡しておいたじゃない。あれかぶって寝てたら問題なかったと思うよ?」
なんでもかんでも私のせいにするでない、ベリザディーノ。さすがに大公妃の前ではビーバー呼ばわりしないようだが、結局私を責めるとはどうしようもない。
薔薇のように儚げな花の王子様はゴーストを楽しんでいたようだ。記念フォトって何なの。
「あのさぁ、アレル。あれ、そりゃコート着てたら触られても分からないけど、音やすすり泣きの声は聞こえるんだよ? それなら廊下に取り付けてほしかったよ。しかもこっそり目を開けたらみんなが血だらけになって転がってるんだよ? 本当に大怪我してたらどうしようって本気で怖かったよ」
「ご、ごめん、リオ。だけど・・・、だからもう目をぎゅっとつぶって眠っちゃってねって言ったのに」
言われてみれば和臣の幽霊グッズ、昔よりバージョンアップしていたような気もしなくもない。
マルコリリオは土いじりが好きなので足腰はがっしりしている。だから口を開かなければそこまで気が弱そうには見えないんだけど、幽霊は本気で怖かったようだ。
「あそこまで言われたら、普通はどんなものかなって見ちゃうに決まってるだろう、アレル。半透明なゴーストに思えたのは着ていた時だけで、あのコートを脱いだら一気に恐怖のブースだ。血だまりのぬめりやゴーストの感触にこっちが驚くしかなかったじゃないか。参考までにフォトを撮ったら、レイドはレイドでどうせならってもっとフォト欲しがるし」
「だって凄かったからさ。ダヴィだって驚いてたじゃないか。ケタケタ笑って飛び回る骸骨との記念フォトなんてまず撮れないよ。だけど怖かった。もう明かりを消せなかったよ」
そんな少年達の主張に、大公妃も興味を抱いたらしい。
「あらまあ。夜中まで元気に騒いでたと聞いたけど、そんなに凄かったの?」
「ええ、叔母上。じゃなかった、叔母さん。騒いでたんじゃなくて、誰でも悲鳴をあげるしかない怖さだったんです。いきなり背後から幽霊が現れたらみんなびっくりします」
「そうなの。アレル、ちょっと興味があるわ。それ、まだできるのかしら?」
父の次は大公妃。虎の種の印を持つ人ってホラー好きなの?
「できます。だけどお母さん、よかったら作成者がうちにいるので、旅行が終わったらうちに遊びに来てください。作成者もあまり持ってきてないかもしれないけど、帰国したら沢山ある筈なので、タイプ別がそれぞれある筈です。使うのならやっぱり好みに応じたものがいいかなって」
大公妃は戦場では男も女もないと言っていた。だけど人権などない場所で、女の人はどれ程の危険があることか。
どうせなら和臣から直接買った方がいい。テント内で使うなら、彼なら女性を襲おうとする男達が一目散に逃げ出すレベルをその場でアレンジして渡せるだろう。
「欲しいと言ってるわけじゃないわ。あなた達が使える物がどれ程なのか気になったのよ。だけどアレル、私はあなたのものを取り上げる気も奪う気もないの。子供に気を遣わせるような人間に堕ちた覚えもないわ。あなた達を守るのは大公家の義務であり、あなた達を庇護するのは私の誇りなの。これでも楽しんでいるのよ。尋ねるのはあなた達の自衛能力を把握したいからで、何一つあなたから取り上げる気はないことだけは分かってちょうだい」
「お母さん・・・!」
なんて素敵な人なの、大公妃様。惚れるわ。
「だけどうちの父もかなり昨日? 一昨日? 見て、興味津々になっちゃったぐらいです。一人も二人も一緒かなって・・・」
「フェリルド様が?」
「そうなんです。おかげで夕食がみんなの悲鳴時間になって、もう父と作成者だけ食堂に残して放置したぐらいです。私達を巻きこまずにホラー好きでやっててほしいっていうか・・・。だけど祖父と叔父が、父が興味を持ったのは軍にいるからだろうって・・・。だから大公妃様もそうなんじゃないかなって・・・。だけど私も怖いし、できれば見るなら私のいない時にお願いしたいというか・・・」
「そう。セブリカミオ様とレミジェス様がそう判断なさった物なのね」
持ってきたけど使いたいわけじゃないんだよね。一人で眠るなら安全のためにそこは割り切るつもりだった。だけど大公妃と一緒なら安全性は十全だから使いたくない。
だって怖いのイヤだし、あんなの見たら夜眠れなくなるし。
「ねえ、アレル。あれを夕食の時にやったの? あの血だらけの骸骨がケタケタ笑いながら飛び回る奴を? さすがにそれ、かなりどうかなって思うよ」
「ちょっと待って、レイド。列車のはあくまで侵入者を驚かすタイプだっただけで、食事時のはそうじゃなかったよ? というより、私がタイプを選んだわけじゃないよ? 作成者のチョイスだよっ?」
私はスープが天井まで噴きあがり、そこから沢山のカエルが跳び出してくるのから始まったのだと説明した。
天井から沢山の腐乱死体がぶら下がり、腐肉や血がぼとぼとと料理に入る幻覚や、グラスの水から蛇が顔を出すといったものを挙げて、いかに怖かったかを訴えれば、皆の眼差しがどんどん冷たくなる。
「ねえ、アレル。それ、もっと食事時にやっちゃいけない奴じゃないの? 僕なら食欲が一気に失せるよ。カエルが入ってたスープなんて食べられないよ。子爵様、よく怒らなかったね」
「私だって食欲失せたよっ? だけど作成者とうちの父が乗り気だったんだもんっ。うちの父、においと味はしないけど、感触は死体そのものだって骨とか腐った肉部分とか掴んでたしっ」
嘘つけ、マルコリリオ。お前さん、カエルだろうがミミズだろうが平気で掴んでるじゃないか。
ああ、見栄っ張り合戦って大変。
「そういえばウェスギニー子爵、軍人だもんな。だからアレルの常識がおかしくなってるのか。防犯どころか、僕達が怖い目に遭っただけじゃないか」
「ひどいよ、ディーノ。私の常識は普通だよ。それにまだ血まみれとかゴーストが飛ぶ程度だったからいいじゃない。うちのメイドとか、いきなり現れた半魚人にスカートに頭突っ込まれて足を掴まれたとか、窓ガラスが大破して怪物が襲ってきたとか、そんな幻覚ばかりで、私、朝からみんなに、あの作成者に二度とあれらを使わせないでって怒られたんだよ」
除外コートをケチった和臣が全ては悪いのに、みんなして私を責めた。悲しかった。
「誰だって怒るぞ、アレル。つまりその作成者、アレルの関係者だったわけだろう? 今回の幽霊発生装置も幾らで買ってきたんだ?」
「知らないよ、そんなの。私、その作成者のお店で買ったんじゃなくて、本人からもらったんだもん。ダヴィが欲しいなら値段聞いておいてあげようか? だけど売り物よりも私がもらってる方がリアリティがある筈なんだよね。売ってるのはここまで怖くないよ」
さすがに売り物であそこまで本格的だったら子供が泣く。社会問題化する。
彼の店で販売しているのは除外コートなんて使わないタイプで、映像も作り物だと分かる程度だった筈だ。
「お店があるの? どちらかしら」
「えっとファレンディアです」
大公妃の質問に答えれば、ベリザディーノが嫌そうな顔になった。
「またかよ。アレル、どこまでファレンディア利用しまくってるんだよ」
「まあまあ、ディーノ。計量カップとか便利じゃないか。だけど、どちらかというと僕はファレンディア旅行だの変わった装置だのでアレルが取り込まれていることが心配だ。アレル、子爵家の娘ということで目をつけられているんじゃないか?」
「えっとダヴィ。それはない。私を取り込む価値はない。っていうか、あの人達がお金と変な物持ってるだけで、それ関係ない」
伯爵家のお坊ちゃまは、子爵家のお嬢様が外国の珍しいもので買収され始めているのではないかと疑っている。
「ねえ、アレル。だけど豪華な旅行と引き換えに婚約したってのもそうだったけど、それってもしかしてアレル、実は外国から狙われてたりするんじゃないの? 本当に大丈夫? 外国の魔の手が迫ってない?」
「リオ、言っておくけど、狙われているも何も、誰もが私を心配してくれてるだけだから。あの人達、過保護なんだよ。どちらかというとうちが利用しちゃってる。実際、私がゴーストセット持ってきたのも、父から私達がレイドと行動する時は、何かおかしいと思ったら遠慮なく騒ぎを起こしていいって言われたからだもん」
エインレイドと行動している以上、何か起きたなら躊躇わなくていいと父には言われた。だから私は普通ならば誰もが悲鳴をあげて通報するようなゴーストセットを鞄に入れていたのである。
本当はあれ、クラブルームで披露するつもりだったけど、急遽夜行列車に乗ることになったのだから仕方がないと思って持ってきた。
「え? そうだったんだ? ありがとう。だけどアレル、こうして叔母上も付いてきてくれてるし、そこまで一人で抱え込まないでよ。そんなことでアレルが外国人に借りを作る方が嫌だよ」
「大丈夫ですよ、レイド。あのファレンディア人達は私の魅力にめろめろなのです。いざとなったら同居してあげれば文句ないからいいのです。だから私は今の間に叔父みたいないい男を見つけて成人後にゲットすべく罠を張り自由を手に入れるのです」
「・・・前半と真ん中はまだ分かるけど、後半の結論が分からない。アレル、君の思考がとっても心配だから帰ったらウェスギニー子爵も一緒に、うん、みんなでお話し合いをしよう。ね?」
「何も心配は要らないですよ、レイド。うちの父も納得してます。下手に話し合いをしてしまうとこじれかねません。私の婚約者は刺激すると面倒くさいんです。ある程度落ち着いたところで隙を見て逃走するから問題ありません。それよりまずはもう一度寝ておきましょう。元気に観光する為にも、寝不足は大敵です。眠いから変なことが気になるんですよ」
ツインの客室はエインレイドとベリザディーノ、ダヴィデアーレとマルコリリオに分かれた。
私は興味津々な大公妃の為、空いている部屋にゴースト発生フィルムを貼ってみた。大公妃は護衛の人達と一緒に体験したらしい。
起きたらとっくに大公妃はウェスギニー子爵邸に連絡を取っており、和臣も手持ちのフィルムを1セット売る約束をしたそうだ。
みんな仕事が早すぎる。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
元気に目覚めた私達は、早速出かけることにした。
みんなの私服って制服とは違った雰囲気があってちょっと新鮮だ。昨夜は急いでたからあまり感じなかったけど、朝日の中で見ると初々しい。
「それぞれシャツとズボン、そして風防ジャケットってところがラフそう。でもやっぱりお坊ちゃまオーラがあるね」
「なんだそりゃ。だけどアレルの恰好もハンティングっぽいな。こういう時ぐらい女の子らしい服でも良かったんじゃないか? 枯れ草色だなんて地味すぎるだろ」
「んー。男の子四人を侍らせて可愛い私だなんてさすがに絵になりすぎるしねー。ここは男の子っぽくいこうかなって」
ヴェラストールの気候を踏まえ、みんなは風を通しにくいジャケットと少し厚手のズボン、そして歩きやすい紐靴だ。
そんな中、私は髪を緩く編んで一つにして髪ゴムで留めてから、その髪ゴムを隠すように、端っこに丸い木製ビーズのついた革紐で結んでいる。揺れる木製ビーズはおしゃれというには素朴すぎるけど、男の子だと思えば可愛いんじゃないかな。
私のくすんだ緑がかった泥色のジャケットとズボンは、まさにアウトドアファッションっぽいけど、上下が繋がった一体型に見せかけて、実はセパレーツだ。
もう少しかっちりしていたなら、軍の作業に従事している人みたいだ。
要は軍服っぽく見せかけただけの似非ミリタリーファッション。焦げ茶色の編み上げ靴で、まさに子供が背伸びしている感じが生まれていた。
かっちりした生地に金属ボタンなら威圧感があるけど、柔らかな生地で仕立てられ、ボタンも軽くてカラフルな樹脂製だから、アレンルードに着せたら誰もが「可愛いーっ」って言ってしまうだろう。
この可愛い系なお顔はシンプル勝負服が似合わないけど、あえて背伸びしてますって服だと愛くるしさが生まれる。
他の四人は、風防ジャケットとズボンは別素材の別色でカジュアルさのあるそこそこ良いところのお坊ちゃんファッションだったけど、私だけ同素材の同色なミリタリー風ファッションというわけだ。
おしゃれ好きでも違うファッションカテゴリーに棲み分けている連帯感があるせいか、私の姿に大公妃が目を細めた。自分には似合わないって分かっていても、おしゃれ好きって人のおしゃれも大好きなんだよね。
「アレルったら可愛いじゃない。そうしていると幼く見えるというのかしら、一人だけ年下な五人グループに見えるわ」
「カッコいいデザインってそうなるんですよね。だけど安心してください、お母さん。子供っぽく見えても深い思慮と幅広い視野、そして柔軟な判断能力溢れたこの私がっ、世間知らずなお坊ちゃま達を導いてあげますからっ」
大公妃の言う通りだ。私も分かっている。
大人っぽい人が着ると大人びて見えるものが、私やアレンルードでは幼く見えてしまうのだと。
「うわあ、アレルってば年上の女の人に弱いの? なんかとってもヴィーリンさんや叔母上の前だといい子じゃない?」
「そんなことないもん。私、いつでもいい子です、レイド」
「ほほほ。心強いではありませんの。護衛も目立たぬよう離れておりますから、何かあったら持たせた笛を吹くことにして、まずは自分達で考えて出かけてらっしゃいな」
今日は半曜日。午前中は授業だ。だから私達がもうヴェラストールに来ているとばれても、早くても夕方までノーリアクションである。場合によっては昼過ぎにやっと行方不明とか言われる程度で、夜まで居場所はばれない。
学校長先生も、私達が今日の授業を来週で全てカバーすると知っているから大騒ぎにはならないだろう。たとえうちに連絡が行っても、父はミディタル大公家が護衛を出したことを知っている。
だから私達もここでぴりぴりしておく必要なんてなかった。だって五人グループ、それもエインレイドとベリザディーノはそれなりにスポーツやってますっていうのが分かる体格だし、そうなるとまず絡まれない。
「あのなあ、アレル。ヴェラストールほとんど初めてなのはレイドとリオとアレルで、僕とダヴィ、ヴェラストールに来たことはあるんだぞ? どっちかっていうと僕達が引率する未来がもう見えている」
「そんなの子供の頃でしょ。けっこう改築とか改装とかあって様変わりしてるもんだよ。何よりこの動きやすそうな恰好見て? 私が一番ヴェラストールを堪能するって感じが出てる」
「アレルはいつでもどこでもヌシと化してるだろう。だけど幽霊城、伝説の通りだと僕達とアレルの仲が裂かれちゃうんだろ? 大丈夫なのか?」
ダヴィデアーレは真面目に伝説を考えているようだ。
「その前にアレル、どう見てもアレンっぽくない? 以前、アレンの真似してるの見たけど、あれなら誰が見ても男の子だよ。幽霊も騙される気がする」
「ふっふっふ。この私にルードの真似をさせたら右に出るものはいませんよ」
「何の自慢にもならんだろ。本当にこれが貴族令嬢でいいのかよ。ま、いいや。ところでどこから行く? ヴェラストール要塞が一番遠いからあっちか?」
「ヴェラストール要塞行くならケーブルウェイ乗らない? ここ、ケーブルウェイの一日乗車券とかもあるみたいだし。一回毎にチケット買うより一日乗車券の方がいいのかな。なんかケーブルキャビンも当たりだとヴェラストール城が描かれてるんだって」
やはり男の子だからなのか。ベリザディーノとマルコリリオはヴェラストール要塞が気になるらしい。
大昔の武器とかも展示されているんだって。
「だけどキャビンの中に乗ったら外側の模様なんて見えないよな。分かれて乗ったらフォトは撮れるだろうけど、それもつまらないし。あ、ディーノ。アレルが勝手に前のキャビンに乗り込まないよう見張っといてくれよ。ハッと気づいたら駆けだしてそうだ。ああいうの、乗った順だぞ」
「ひどい、ダヴィ。どっちかっていうと駆けだしそうなのディーノだよ」
ダヴィデアーレは記念フォトにはまっているようだ。恐らく私達が二度寝している間に、ブースでのフォトがフォト専用用紙に現像されていたからだろう。
(このフォト、アルバムに貼るのかな。それとも額に入れて壁に飾るの? うん、私が入ってないからそれでいいや)
なんかケタケタ笑っている骸骨や、恐ろしい鎌を持った死神と一緒に、血まみれだったり大きな蜘蛛に食べられそうになっていたりする着ぐるみ上等学校生達がいて、誰がどう見ても猟奇的な現場フォトの数々だった。
「要塞もいいけど、先に幽霊が出るお城を見に行こうよ。だってまだ半曜日の朝っ、これで明日や明後日は休日っ。つまり混むってことだよ。今の内に混みそうなところを回っちゃわないとっ。要塞は広いけど、お城はかなり人気で入場数にも時間毎に人数制限があるからねっ」
「そうだね。叔母上は本当に行かないんだ? お留守番なんてつまらなくない?」
「夜間外出の際には同行させてもらいますわ。こういう時はお友達同士で馬鹿な事をやったり、失敗したり、迷子になったり、楽しく遊んでらっしゃい。私はここで他の仕事をしておきますから気になさらないで」
「じゃあお母さん、行ってきます。多分、お昼はお外で食べます。へばってたら夕食はここで食べます。だけど元気だったら、一度夕方に帰ってきて一休みして、夜の動物園に行って夕食も動物園ディナーします」
なんかちょっと引っ掛かったけど、私は大公妃のほっぺたにキスして、今日の予定を告げる。
「分かったわ、アレル。そうしてると本当に男の子みたいね」
「はい。いざという時は私じゃなく兄が同行していたことにするから大丈夫です」
「アレンはクラブの集中練習に参加してるんだろ? それは無理がないか?」
「気にしちゃ負けだ、ダヴィ。アレルだから仕方ないんだ」
そんなわけでヴェラストール城に向かった私達だが、やはり二度寝したおかげで元気いっぱいだ。
途中のチケット売り場で、観光客用一日乗り放題のケーブルウェイ乗車券を買う。
「ここからヴェラストール城へケーブルウェイ乗ろうよ。私、あんな山頂までえっちらおっちら歩きたくないし。帰りならいいけど」
「そうだな。だけどみんな考えること同じじゃないか? なんか行列になってる」
誰もが幽霊城としか呼ばないヴェラストール城に向かうケーブルウェイのキャビンは六人乗りで、乗ったらドアを閉めて決して開けてはいけないと言われた。そりゃそうだ。
私達は一人で観光に来たという杖を突いたお婆さんと同じキャビンに乗った。
「お友達同士で旅行かしら。いいわねぇ」
「はい。お一人で観光なんてカッコいいですね」
「そうなのよ。若い頃あのお城にボーイフレンドと出かけてね、別れたことを思い出しに来たの。年を取ると過去だけが鮮やかになるものなのよ」
「ソ、ソーナンデスカ」
お婆さんだけど、両の手首に黒い腕輪が見えたから気にするまい。とりあえずそのボーイフレンドの件が実話なのかどうかが気になる。
「折角だから背景にお城を入れてフォトを撮ってあげましょうね。ちなみにヴェラストール城の東塔の5階にある絵画の前でいちゃついたら別れる伝説があるのよ。今にして思えば分かっててやったのよ、あいつ」
「・・・えっと。男同士のグループだったらどうなんですか?」
「同性でも恋人同士なら別れるらしいわねぇ。彼と別れて傷心の時に口説いてきたにゃんこちゃんがそう言ってたから」
「ソーナンデスネ」
なんという凄い魔女だったのだ、呪いをかけた貴婦人。そしてこのお婆さんの本当の年齢と過去が気になる。
私達はキャビンの中でお婆さんにフォトを撮ってもらった。その場で印画できるタイプを持っていたお婆さんに、私はお礼代わりにエインレイド達と一緒のフォトを撮ってあげた。
「こんな素敵な男の子達と記念フォトだなんてねえ。私も美少年の精気で若返りそうよ。ありがとうね、お嬢さん」
「いえいえ。思い出は大事です。こんな少年達で良ければどうぞどうぞ」
「アレル、勝手に僕達を売らないでくれ」
なんかダヴィデアーレが言っていたが気にするまい。
到着したキャビンから地面に降り立てば、城の入り口に向かう大きな案内板が設置されていて、少し坂道を上ることになるらしい。
「楽しんでね、ボーイズ。一緒に行ってあげたいけど」
「良かったら一緒にゲートまでどうですか? 私達ものんびり行きますし」
曲がった腰のお婆さんは私の提案に対して悲しそうに首を横に振った。
「それはできないのよ。私とあなた達との恋に落ちる運命を引き裂かれたら悲しいもの」
「・・・・・・」
涙を振り切るようにして空を見上げる老婆は、まだまだ恋の現役らしい。
私はともかく、背後にいた四人の動きが止まった。
「そうそう。私の恋の思い出マップをあげましょう。ヴェラストール城のポイントを網羅してあるの」
「ありがとうございます」
渡されたマップには、色々と書かれていた。
軽く手を振って別れを告げたお婆さんは、杖を突きながらもまさに速足としか言いようのないスピードでたかたかたかと、ゲートに向かった。
めっちゃスピードがあった。あの杖は不要な気がした。
知らないお婆さんに口説かれたらどうしようと後退りしていたみんなが、その頃になって私がもらったマップを覗きこんでくる。
「ねえ、みんな。中庭にある薔薇の温室に恋人と行くと、汗臭いと言われてフラれる呪いがかかるんだって。西棟の2階の窓際でお外を見ながらいちゃついたら、満月の日に別れるらしいよ。3階の窓際だと、本気の恋を知って恋人と別れたらそれは恋人の友達が仕掛けた罠で、結局どちらとも別れることになるんだって。手が込んでるね。しかも花壇の花を見ながら一緒に歩くと浮気されて別れることになるって」
「どこまで引き裂きたいんだよっ!? どれも呪われスポットばかりじゃないかっ! あのお婆さん、どんだけ男と別れてきたんだよっ。どれが思い出の呪いスポットなんだよ。お前もよく知らない人と話せるな、アレル。もう少し警戒心を持てよ」
「あの人、両方の手首に黒い腕輪してたもん。変装した護衛の人だよ。だから大丈夫、ディーノ。みんなも何かあったら袖の内側確認して。左右に黒い腕輪してたら護衛だから」
「あ、そうなんだ。だからアレル、フォトも撮ってもらったんだね。一緒に撮ったりもするから何考えてるのかなって思ってたんだけど」
マルコリリオは地味に辛辣だ。
私達もゲートに向かい、てくてくと歩き出す。道の両側には庭木が茂っていたり、土産物屋があったり、ちょっとしたカフェもあったりする。
うん、観光しに来たって気分が上昇中だ。
「変装していてもレイドと一緒のフォト撮れたらやっぱり嬉しいもんでしょ。護衛だって名乗れなくても全く会話がない相手よりやりがいがあるよ、多分ね。それに下見しておいてくれたと思うから、生きた観光案内と思えば・・・・・・。だけど呪いのバージョン多すぎない、この幽霊城?」
「うん。そうなるとあのお婆さんのそれが本当にあったことなのかが気になるけど。やっぱりお婆さんに見せかけてお婆さんじゃなかったわけだよね?」
「どうなんだろなぁ。どっちにしても別れるのは恋人同士だから僕達は関係ないだろ」
道の両側にあった木々で隠れていた茶色い城が現れてくれば、ケーブルウェイから見えてはいたけれど、やはり「これがあの幽霊城なんだ・・・」と、みんなもマップに目を落とす。
「ねえ、入場用ゲートより、迷子になったフリして出口ゲートで入場チケット買った方が並ばないで入れるらしいよ。このお別れ呪いマップにそう書いてある」
「そうなんだ?」
「うん、レイド。しかも出口に向かう小道は山道っぽくて森林浴気分が味わえるって」
「そんならそっち行ってみるか。山道を歩くのもちょっと楽しそうだな」
そういうわけで私達は地図がなかったら気づかない小さな脇道から出口ゲートに向かい、そこで入場チケットを買って入れてもらうことにした。
たまに迷子で出口ゲートにやってきてしまう観光客への特別配慮だとか。
そこでチケットと一緒にマップ付きパンフレットをもらったけれど、あのお婆さんがくれたマップの方が大きくて別れるスポット情報も沢山載っていた。
見比べながらベリザディーノが顎に指を当てる。
「なんでだろう。めっちゃ縁起悪いマップなのに、ここまで別れる伝説網羅してると価値があるように思えてきたぞ」
「僕もだ。なんでヴェラストール城パンフレットにはせいぜい四ヶ所の伝説しか載ってないのに、こっちは数十もの伝説が書かれてるんだ? しかも微妙に細かい。別れる理由が浮気現場の目撃って・・・」
「なんかそれ伝説じゃないよね、ダヴィ。本当のことって感じがする。だけど僕、気になったんだけど、城の観光パンフレットに載ってる別れるスポットと、お婆さんのマップと微妙に場所が違わない?」
マルコリリオは城の公式パンフレットを見ながら、もらったマップの信頼性を疑っていたようだ。
そこでエインレイドが自分の意見を述べようとする。
「思うんだけど、あのお婆さん? 友達とか知り合いにも聞いて集めてくれたんじゃないかな。だから実体験に基づいた情報になってるんだと思う。大体、恋人と別れるって有名な場所に行くとして、パンフレットにも別れるって書かれていたら、そこには近寄らないんじゃないの? だから観光パンフレットに載ってない場所しか行かなかったのに別れたからマップにしたんじゃないかと、僕はそう思うわけだ」
「ふむ。つまりこれは生きた、・・・つまりフレッシュ呪い情報ってことだよ。これは五人分、同じ物を印刷してもらって思い出に持ち帰る価値があると見た。ああ、私ってば、父や叔父と来る時には避けなきゃいけないポイントがありすぎて、本気で大変」
急な夜行列車飛び乗り旅行だったから、叔父との夜間デートはお預けになった。何より和臣が来たことから、私も彼と父や叔父が交流しておいた方がいいと感じていた。
だって和臣、嫌いな人は嫌いって人。それでも和臣は非常時にはとても頼りになる。仲良くなれるならなっておいた方がいい。
こっちでちょっとした小さな家を借りて過ごしてみるとか言ってたけれど、父や叔父と仲良くなってくれれば、近所のおうちを叔父も手配してくれるだろう。
いい家が見つかるまではうちで泊まってもらえばいい。
「まずは北塔。ここの地下には愛人を恨み続けた呪いが満ちていて、だから二人で行って、『怖いわ』『大丈夫、僕が守るよ』なんて口説いたら、男の足が滑って転んで女のスカートの下に頭スライディングして別れる呪いが発動するそうですよ。行く時は、一人ずつ階段を下りていかないと駄目ですってありますね」
「ねえ、アレル。それ、口説くのに夢中になってて足元見ないでいたからじめじめした地下の床で足を滑らせただけで、呪いは関係なくない?」
「そんな常識的なツッコミはいけないです、レイド。呪いですよ、呪い」
「うーん。僕もその状況はよく分からないけど、一般的な市民でもスカートの中に頭つっこまれたら、そりゃ生まれかけてた恋も壊れる気がする」
それはもう怖いもの見たさだったのかもしれない。
そうして私達はヴェラストール城観光を始めたのだ。




