表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/71

40 家族とは何なのだろう、ペットではない


 トレーニングエリアであちこちのトレーニングルームを使い、四人の筋力などを測定していたら、おまけで双子の兄も測定に参加し、自分だけが弱いと落ちこんでいた。

 子供だからしょうがないよと、心のこもらない慰めの言葉をかけつつ、その後はプールで水圧をかけながらのデータを取った私は仕事のできる女だ。

 一通りデータを取った私はテーブルに向かい、せっせとそれまでのデータをまとめていた。

 時間は有効に活用しないといけない。子爵邸に戻ったら、深窓のお嬢様していないといけないのだから。

 己の父親にオーバリ中尉とネトシル少尉を売り払ったフォリ中尉が、そこで爽やかな笑顔を浮かべながらやってくる。


「次、10ローティの速度で泳ぎ続けて、疲れが出て速度が落ちた時の時間測定だったか?」

「はい。僅かでも速度が落ちたら、そこで止まってください。頑張りすぎる必要はないです。つまり、疲れが出る前に推進力の補助がパワーアップするようにセッティングするだけなので、別に苦労したくなければ最初から推進力スタート設定でもいいわけです。

 泳ぐだけなら自分ができるところまで、もしも戦闘などを考えているのであればその余力が十分に残っているところまでをカウントするわけです。周囲の探査及び警戒を怠りたくないのであれば最初から移動は全て任せた方がいいわけですが、それに合わせて圧縮空気量なども変わってきます」


 これがファレンディア国なら海で実際にデータ取りながらできるんだけど、さすがにここでは無理だ。

 プールに水流を発生させてもらって、それでデータを取るしかない。


「普通はそこらを自分でコントロールするものじゃないのか?」

「泳ぐだけならそうなんですけど、基本的にウミヘビ、兵器なんです。だからそこのコントロールはウミヘビがやるんです。

 水中で作業したり、暴れまわったりしながら、そんな推進力までコントロールなんてする余裕はなくなります。だからある程度の速度が続いたら勝手に推進力を出すように設定するわけです。

 そうすると、自分の足を動かしてゆっくりと泳ぎながら周囲を警戒している時は、スピードも出ません」

「なるほど、レバーを倒すわけじゃないんだな」

「それも手動でできますけど、慣れれば自分なりのバタ足キックで発進力がオンになるわけだから、そっちの方が楽ですよ。楽というか、自分の体の延長になる感じ?」

「なるほど。じゃあ、俺達みたいにセミオーダーしない、普通のウミヘビはどうなる?」


 フォリ中尉は本当に好奇心旺盛だ。そんなの届いてから比べればいいのに。

 だけどお金をケチケチしないフォリ中尉はいい人だ。だから私は答えてあげた。


「自分でレバーコントロールすることになります。だからどれだけの速度を出すかは、あのトビウオバッタ品みたいにレバーを倒してコントロール。ゆえに自分の指がそこでそっちにかかりっきりになるわけです。だからただのウミヘビを使う人は常にウミヘビに指を当てておかないと推進補助は行われませんが、先生方のようにセミオーダーだと両手が自由です」

「なるほど。だが、自分がそこまでスピードなどいらないのに、勝手に動いてしまうこともあるんじゃないのか?」

「その時は推進力をオフにしておけばいいだけです。だからこうしてデータを取らなきゃいけないんですよね。後はどれくらいの強さでバタ足したらスピードアップとか、どれだけの大きな手の振りで方向転換とか、そういったことも微調整されていくでしょう。だけどあちらにも今までのデータの蓄積があるので、かなり使いやすい程度には近づけてからくると思います」

「よく分かった。だが、なんかあそこはもう疲れきってるようだが・・・。まともなデータ、取れるのか?」


 フォリ中尉が背後を振り返りながら示した先には、よその士官を鍛えているミディタル大公がいる。

 なんであんな高い位置まで跳躍できるんだろう。


「疲れきった状態で使うこともあると思うので、いいことにします」

「そうなのか。ところで最後の質問だが、アレナフィル嬢、どうしてそこまで外国の兵器について知っている? やり取りだけでそこまで分かるものではないだろう。やはりあの男から情報を盗んでいたのか? 父親の戦績の為に」

「・・・・・・・・・」

「まるで彼が関与する製品をよく知っているかのようだ。データの取り方も全く不慣れな様子がない。だが、外国のそれをどうしてサルートスから出たことのない子供が知っているのか。そのあたり、誰だって質問してくるだろう。いい言い訳は考えているか?」

「・・・・・・・・・。黙秘します」


 データの取り方なんてかなり無駄があった筈だ。私は子供らしく、時間をかけてやっていた。

 だけど、どうなんだろう。センターでのデータはもっと段取りがよく、皆がきびきびと働いていた。この程度、慣れているとは言わない筈だ。

 ・・・・・・本当に?

 そこでハッと気づく。

 フォリ中尉は意地悪なことも言うけど、根本的に優しい人だ。騙しにかかってきたとは思えない。

 目線を上げれば、ワインレッドの瞳が私を見下ろしていた。


「俺はそれでもいいが、問題は違う奴らだぞ。俺はアレナフィル嬢が悩んだ上で我が国の利益を考えて最良の物を持ってきてくれていると理解しているし、黙って感謝して受け取るだけだ。だが、他の老害はそうもいかん。それは分かってるか?」

「・・・・・・不幸な突発事態により、ウミヘビの入荷は延期になりました。とりあえず80年程」

「やっぱり何も考えてなかったか」


 ぽんっと私の頭に手が置かれる。


「あのユウト・トドロキという男と、俺とネトシル少尉が意気投合したと、ウェスギニー子爵は王宮で話をまとめた。

 ウミヘビとやらはまず子爵家に運ばれて、クラセン講師とアレナフィル嬢が通訳しながらもてなすという話だったが、それではアレナフィル嬢の存在感が出すぎる。

 だから、・・・俺の別邸を提供しよう。ファレンディアからの荷は俺の持っている邸に運ばせるんだ。この身分にあちらも接触する価値を見出したということにしておいた方がいい」

「・・・それは私を隠してくれるという意味ですか?」

「ああ。勿論、通訳としてアレナフィル嬢も保護者同伴で来てほしいが、今日、このメンバーでなければひそかにアレナフィル嬢誘拐計画が持ち上がってもおかしくない程に利用価値があると判断されることは理解しているか?」


 何故、私を誘拐?

 私を誘拐したところでウミヘビは手に入りませんよ?

 いくらフォリ中尉とネトシル少尉のオプション代金をこっそり裏金作りできるように無料にしてあげるといったところで、みんなそれぐらいのお金は持ってる筈だ。

 だから私は、隣で私のデータ処理を手伝ってくれている叔父を見た。


「聞いてください、叔父様。ガルディアスお兄様が変な妄想に入ってます」

「いいや、アレナフィルちゃん。ガルディアスの意見は正しい。そして甘い。軍にも様々な派閥があり、君は女の子だ。尊厳を踏みにじられることに巻きこまれぬよう、届いてからの調整とやらは顔を出さぬ方がよい。通訳は専門の者に任せるのだ。あの遊泳補助具とやらに毛が生えたものならば別にどうでも良かったのだが、こうなるとな。周到に計画を立てて誘拐されてしまっては遅い。たかが送り迎えの士官なぞ殺せばいいだけだ。幾つかの分野で協力し合うなら、貴族令嬢誘拐など容易(たやす)い」


 いつの間にかミディタル大公がすぐそこにいて、叔父の代わりに返事をしてくる。しかもフォリ中尉より物騒なことを言った。

 あれ? さっきまで危険なものを振り回していなかったですか?

 しごかれていた筈のオーバリ中尉とネトシル少尉も、真面目な顔でミディタル大公の後ろにいる。そしてアレンルードだけランニングマシーンで走り続けていた。

 やっぱり瞬発力で負けたのが悔しかったらしい。だけどランニングマシーンをみんなが下りたのは、違うデータを取るからで、それよりも長く走れば勝ったってことにはならないんじゃないかな。

 うちの兄は子供なのに大人と張り合おうとする。


「フィル。お二方が(おっしゃ)った通りだ。技術者はクラセン殿とフィルという通訳をつけて我が家でおもてなしするにしても、調整はうちでやらない方がいい。その時は様々な士官や兵士がやってくるし、悪目立ちしては終わりだ。王宮か軍の手配で通訳を出してもらえるなら、その方がいいんだ。フィル、賢いからお手伝いできますというレベルをとっくに超えているのは理解できているかい?」

「・・・えっと」


 超えていただろうか? 使用説明書と手順を読みこんだと言えば十分に納得するレベルだったと思う。

 けれど叔父の顔はいつものように優しい笑みを浮かべてはいなかった。心配そうに私を見ている。


「アレナフィル嬢。幼い息子を戦場へ連れていって戦闘させるようなウェスギニー子爵だ。幼い娘を外国に投げこんでスパイに仕立て上げていたとしても驚かん。だが、その利益を得るのはウェスギニー子爵である必要性はないと考える者もいる。ファレンディア人と接触したのが俺ならば誰もが納得するが、お前では利用し尽される。自分が可愛ければ他の奴らの目に留まるようなことなどするな」


 うちの父がとてもひどい男に思われているのですが・・・?

 いくら何でも父がアレンルードを戦場へ連れていく筈がないのに、フォリ中尉はどこでガセネタをつかまされてしまったんだろう。


「アレナフィルちゃん。みんなはね、アレナフィルちゃんが頑張り屋でいい子だって知ってる。みんなが君を大好きだ。だから危険になると分かってて引っ張り出すことはしたくないんだよ。君が一番頑張ってくれたと分かっているから心苦しくはあるけれど、君の安全には代えられない。・・・そうですね、オーバリ中尉?」


 ネトシル少尉は素敵な人だ。私をいつも褒めてくれる。


「はい。アレナフィルお嬢さん、俺らとてお嬢さんが幼児の頃から酒飲んでようが、酒場で大人相手にやばい遊びしてようが、詐欺を仕掛けようが、男を破滅させようが、そんなことでおたおたしません。たとえボスがお嬢さんそっくりに整形した子を幼年学校に行かせておいて、お嬢さん自身を外国に投げこんで情報を乗っ取る計画に使っていたとしても気にせず沈黙します。ですが俺達のデータ取りはともかく、ブツが届いてからのそれは様々な人間が立ち会うでしょう。そこにいるべきではありません」


 みんなが真面目な顔で説得してくるものだから、やっぱりまずかったのかなと思った。

 そしてオーバリ中尉、大好きな上司が自分よりも娘を溺愛しているからって嫉妬しているのが丸わかりだよ。ドルトリ中尉並みに私への侮辱が甚だしい。

 あまりの名誉棄損に、じわぁっと目頭が熱くなる。


「泣くな。誰も責めてるわけじゃないんだ。だが、折角その存在を隠したウェスギニー子爵の思いを無駄にするんじゃない。お前に何かあったら誰もが悲しむんだぞ、アレナフィル嬢」


 ひょいっと抱っこされて頭を撫でられるが、フォリ中尉の抱っこはちょっと乱雑だ。

 それなら叔父の方がいい。だけど立場と身分上、叔父がここで割りこめないことも分かっていた。


「だ、・・・だって、・・・そしたら、・・・そしたら、私・・・」

「お前は悪くない。だがな、自分の利益でしか考えられない奴らにとっちゃ、アレナフィル嬢は金の首輪と足輪をつけた迷子の子豚だ。分かるな? いきなり棒で殴られて連れていかれ、持ってる金目の物は取り上げられ、その血の一滴まで全て食べられてしまうだろう」

「ひどい・・・」

「そうだな。だが、送迎の車を事故に見せかけて襲い、誘拐することなぞ朝飯前なのが軍にはうようよといる」


 いや、違うよ。私を子豚呼ばわりしたことを言ってるんだよ。

 せめて王冠をかぶった孔雀(くじゃく)とか白鳥とかにしといてよ。

 国王の甥で大公の息子という素晴らしい身分を持ってるかもしれないが、フォリ中尉は残念すぎる人だと私は納得した。


「ジェス兄様ぁ」

「ああ、泣くんじゃないよ。みんな、フィルのことを案じてくださっているのだからね」


 フォリ中尉から叔父の腕の中に移れば、やっぱり抱き方に安定感がある。小さなタオルを渡してくれるから、涙でぐしょぐしょの顔も隠せた。


「そしたら、そしたらフィル、・・・寮監先生達、・・・恩、着せられない」

「そんなことを考えてたのか。だけど男子寮の寮監に恩を着せても仕方ないだろう」


 優しく背中を撫でてくる叔父はいつだって優しい。だから言うことができた。

 

「だって、・・・何が役立つか、分かんない。フィル、・・・いつか、もみ消しに使えるかもって、思ってたのに・・・。それも役人生活の、コネ」

「そういうことは悪徳街道で生きるようになってから考えなさい。全くルードもフィルも変なドラマの見すぎだ。大人のご本もドラマも、大きくなってからと言ってあっただろう」


 ぼやきながらも抱きしめてくれるから、いつだって叔父の腕は安心できる。


「うむ。やはり悪女の道一直線だな。だが、まだ子供では力及ばぬか。数年後を見据えて精進したまえ、アレナフィルちゃん」

「恐ろしさに泣いてたんじゃなくて、あいつらを利用できないことが悔しくて泣いてたのか? どこまでも図々しいな、アレナフィル嬢」

「まあまあ。アレナフィルちゃん、まだ子供だから分かってないだけですよ。それにこれだけのデータを表にしてるだなんて凄いじゃないですか。よく頑張ってますよ。・・・アレナフィルちゃん。俺にならいくらでも恩を着せていいから、それなら今度、何か好きなものでも買いに行こうか。可愛いドレスなんてどうかな? たしかクラブメンバーでヴェラストール行くんだよね。陰で護衛しているから、もし、気に入ったのがあったら合図して? 予算無しで何でも買ってあげる。これだけしてもらったお礼に、いくらでもたかってくれていいよ」

「そんならお嬢さん、そのネトシル少尉に買ってもらった可愛いドレス着て、俺とドライブデートなんてどうですか? よその基地なんてなかなか入れませんよ。ドルロン基地見学ってのはどうでしょう。でもってうちの上司の前で、『彼は渡さないわっ』って言ってくれたら、バケツ一杯のお菓子をあげます」


 優しいのはネトシル少尉だけだって分かった。

 涙も引っこむよ。なんでこんな可愛い天使のような私に向かってみんな好き放題言うの。


「何やってるのかと思ったら。フィル、また叔父上に甘えてる。父上がいなければ誰でもいいわけ? ホント、浮気が過ぎるよね。ほら、さっさと降りなよ。一緒にいてあげるから。先生方も妹を甘やかさないでください。だからうちの妹、未だに甘えん坊なんです。全く恥ずかしいなぁ、もう」

「浮気じゃないもん」


 兄が生意気すぎる。

 アレンルードに腕を引っ張られた私は、叔父によって丁寧に床へと足を下ろされた。


「何、泣いてるのさ。誰もいじめたりしないだろ。ゴミが目に入ったなら顔洗わないと。おいで、フィル」


 ぐいぐいと水道栓のある所まで連れていかれた私だが、顔を洗ってしまえば気分もさっぱりした。


「で、何泣いてたの」

「そーいえばなんでだっけ」

「全くフィルは本当にフィルだよね」


 だって悲しいことを思い出したから。

 いない方が君の為なんだよと言われて、・・・あれはどこだっただろう。


――― 知られない方がいい。

――― その方が安全なんだ。君の為に。

――― 駄目だよ、お願いだから分かっておくれ。


 ああ。その後、どうなったんだった?

 思い出したのは、あの頃の悲しさと悔しさ。


――― そんなの、してなんて言ってないもん・・・!


 奪われていくばかりだ。私はずっと願っていたのに。

 そう、私はずっと・・・・・・。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ミディタル大公家に到着した際、私は高級チョコレートと甘い棒付きキャンディと、お土産に持たせてくれるというデザートに心を弾ませていた。

 だけど、今はもうそのワクワク感も消え去っている。

 大公家で出された昼食はお肉がどぉおんって感じだったのだ。いや、美味しかったけど、ここまでの量は要らない。

 そしてデータまとめも、叔父がカウントを手伝ってくれたので表作成までさくさくできた。

 あとはこれを伝えるだけだ。つまり文書通信するだけで、それも何ならミディタル大公家から文書通信していいと言ってもらえた。

 さすがに時差を考えて遠慮したけど、全てのデータを取り終えて一息ついていた時に大公邸の女主人であるミディタル大公妃が帰宅していたらしい。

 留守だったんですね。気づきませんでした。というより、お留守の間にお(いとま)しとうございました。

 青い髪に水色の瞳という、なんだか晴れたお空のような色合いの大公妃はどう見ても虎の種の印を持つお方だった。

 ご帰宅なさった女主人への挨拶ということで、歓談用の小部屋に通された私は緊張するしかない。


「久しぶりね、アレナフィル様」

「大公妃様におかれましてはご機嫌麗しくお喜び申し上げます。ウェスギニー・インドウェイ・アレナフィルでございます。本日はガルディアス様にお呼びいただき、叔父、兄と共に参りました。ご挨拶が遅れましたことを心よりお詫びいたします」


 久しぶりって、いつ会ったというのでしょう。やっぱりお茶会という名前の片手剣術練習のことでしょうか。

 あの時、みんなが防具つけててお顔は分からなかったんですが、それでも会ったことになるんでしょうか。

 これでいいのか、ミディタル大公家。


「聞いているわ。色々と無理をさせているみたいね。・・・ところでアレナフィル様? あなた、秋のダンスパーティのドレスは決まっているのかしら? どうもガルディアス達の話を聞いていると、ウェスギニー子爵はお嬢様の支度について女親の大切さを蔑ろにしているんじゃないかと思えて仕方ないのよ。勿論、お祖母(ばあ)様がいてくださるから大丈夫だというのは分かるわ。だけどね、どうしても今の世代は何かとやんちゃなのよ。気をつけた方がいいわね」

「・・・承知いたしました。祖母は、初めてのパーティだから、お友達と相談して同じようなタイプにした方がいいと申しておりましたので、いずれ友人と相談するつもりでおりました。なるべく埋没するように努めさせていただきます」


 やはりマナーがなってないとか? やんちゃということは、身動きがとれやすいドレスがいいとか?

 どういう意味なんだろうと考えながら、私は言葉をひねり出した。

 筋肉質というべきか。肉感的な美女というべきか。私の返答にしばし考えた様子の大公妃は、臙脂色のリボンがついたドレスシャツに赤みを帯びた焦げ茶のスラックス、そして同色の上着といった服装だったけれど、少し季節を先取りしている感じだ。

 まだ息子の方は名前で呼べても、大公夫妻ともなると私のような子供が名前を呼ぶことそのものが恐れ多いことになる。


「そうじゃないわ。アクセサリーは何をつけるの?」

「耳飾りはつけますが、他はなるべくリボンか、ブローチでも光らないものをと考えております」

「そう。目立たないように夫人も考えていらしたのね。だけど無駄かもしれないわ」


 ちょっと顔立ちがきついタイプだけど、もしかして私のことを考えてくれているのだろうか。それともそう見せかけてわざと罠にかけるタイプの人だろうか。

 叔父は私の隣に座ってくれていたけれど、他の人達はミディタル大公家の訓練に参加していて、その場にいなかった。アレンルードもミディタル大公に連れていかれた。

 何をされるか分からないと、父を警戒している兄だが、父が一番好きにさせてくれる安全な人だという現実を理解していない。そのあたりの判断能力がまだまだお子様だ。


「無駄とは・・・。大公妃様、姪は出さぬ方がいいでしょうか?」

「いえ、言い方が悪かったわ。ごめんなさいね、レミジェス様。アレナフィル様の婚約の件はどこまで知られているのかしら。私達もガルディアス達から報告を受けているから、他の方がどこまで知っているのか分からないのよ。だけど外国人と婚約させたのは英断ね」

「と、仰いますと?」

「エインレイド様に一番親しい女子生徒ですもの。同じ年頃の令嬢がいる家から警戒されていたのは承知していらっしゃる? もしアレナフィル様に何か起こったとしても、エインレイド様は未成年。しかも恋人を作るお年でもなく、だから何をされても当人同士のこととして口出しできない状態だったのよ。

 それをガルディアスが横から手を出した状態だったでしょう? だからガルディアスにアレナフィル様を理由に近づく女性が増加していたのだけれど」

「え・・・?」

「それは、・・・ガルディアス様にもご迷惑をおかけいたしました」


 横から何の手が出ていたのだろう? クラブ活動にフォリ中尉は無関係だ。


「アレナフィル様は分かっていなくていいのよ。ただね、外国人と婚約してしまった方が安全よ。あまりにも質素では侮られ、華やかであれば陰口を叩かれる。フェリティリティホールにアレナフィル様を見に行こうと考えている貴族も多いでしょうけれど、それならいっそファレンディア風のドレスを着てもいいわね。あまりにもそちらに寄せると、今後の成り行きによってはアレナフィル様に不名誉な噂を立てられるでしょうから、あくまで貿易取引でそちら風の衣装が手に入ったような感じで、はみ出さない程度に」

「ファレンディア風のドレスですか。どのような物があるのか分かりかねますが、帰宅しましたら早速調べてみることにいたします。貴重なご忠告を頂戴しましてありがとうございます。ご承知の通り、姪には母もなく、我が家も一般の部に進ませていたことから、まず貴族令息と知り合うこともあるまいと油断しておりました」

「何事も思わぬ方向へ転がる石はあるわ。エインレイド様を注視している人達の目は数えきれない。だからガルディアスがアレナフィル様を連れ回していたようだけれど、それで牽制しても捨て駒が使われるだけ」

「あ、あの、・・・大公妃様。私、今度、エインレイド様や他のお友達とヴェラストールまで出かける予定ですが、それはまずいのでしょうか」


 やはり私の危機は迫っていたのか。ロッカーにゴミを入れられる以上に危険な状態だったのか。

 ここで「王子様とわくわくお泊まり旅行」なんてしちゃったら、燃え盛る炎に油をバスタブ一杯どどんっと投入なのか。


「成人する前に婚約は解消予定だと、あまり触れ回らない方がいいでしょうね。それであれば、いずれ外国に嫁ぐ予定の貴族令嬢と王子が親しくしていても外交の一環でしかないもの。いいかしら、アレナフィル様? お母様がいらっしゃらないことで、あなたのお祖母(ばあ)様を世代が違うと馬鹿にする人も出るでしょう。だからこそ、そこにつけこんでくる人もいるわ。母親代わりとか言い出す人には気をつけることよ。そういう人に限って押しが強いから厄介だけれど」

「ありがとうございます。大公妃様、ずっと私を助けてくださいます」


 思えばお茶会と言う名目で招待してくれた時も(何故か練習用の木剣持たされたけど)、ここでこういうことを言ってくれることも、私を心配してくれているからだ。

 顔と言い方はきついけど、優しい人だ。私を見下すようなものも感じない。


「仕方がないわ。ガルディアスがあなたを気に入っているのだもの。あなたが幼児ならお菓子をあげて懐かせられたのに、諦めて婚約者にしたらお菓子をあげられるだろうかと、エインレイド様と一緒になって悩んでる息子なんて、母親としてはとても複雑なのよ。せめてあなたを守ってあげなきゃ仕方ないでしょう。大体、ウェスギニー子爵も令嬢の後見をしてくださる貴婦人ぐらい当たっておけばいいものを」


 叔父と私は顔を見合わせた。

 貴族令嬢として大公妃に目を掛けられているというより、なんか息子のペット扱いされた気がしてならない。

 お願い、言わせて。婚約者とは愛で結ばれるべき相手なの。お菓子をあげて懐かせる生き物じゃないの。

 しかもどうして菓子を食べさせるために「諦めて」婚約なの? どいつもこいつも最低すぎる。


「後見をしてくださる貴婦人ですか。考えたこともありましたが、うちは姪を社交界に出すつもりではなかったのです」

「ええ、聞いたわ。だから一般の部だったのでしょう? 全く子爵家の一人娘に対してなんてことかしら。フェリルド様も男だから分かってなかったなんて言い訳にもならないわ。もう少しご自分の子供のことを考えるべきだったのよ。同じ世代に子供のいない侯爵家、伯爵家あたりでセンスのいい夫人と縁を取り持たせるぐらい、何故やっておかなかったのかしら。仕事だけできてもどうしようもないわね。そこの詰めが甘いのよ。もっと早く事態を把握していれば、私も社交に力を入れて根回しできたのだけれど」


 いい人だ。顔立ちと目つきと言葉はきついけれど、いい人だ。

 そしてここでもうちの父に対する評価がひどい。


「あの、大公妃様。それならやはりダンスパーティを休めばいいような気がします。私、そんなに興味なかったですし、そうすればエインレイド様も男の子の友達だけになりますし」

「やめておいた方がいいわ。品定めされるなら人が多い場所で一気に済ませた方が安全よ。学校の催しじゃなければ庇ってあげられても、学校行事では保護者の立場でしか入りこめないの。陛下がエインレイド様を見に行かれないのであれば、代わりに私達が行ってあげられるのだけれど。しかもウェスギニー子爵、年間予定表も全て機密とやらにしてるから当日は国内にいるかどうかも分からないのよ。全く娘の社交界の実地演習だと思えば参加するのが当然なのに、その予定も空けられないというのかしら」

「申し訳ございません。ですが学校の行事の一つにすぎませんし、私も姪から目を離さぬようにしておきます」


 なぜ苦笑しているのだ、叔父よ。ここは不在である自分の兄を庇って何か言うべきところではないか?

 私では年齢的にも何も言えないが、あなたならば少しは父を庇えるだろうに。


「別にあなたを侮っているわけではないわ、レミジェス様。けれど足止めされては振りきることが礼を失することもお分かりでしょう? 大公家でも、弟が上等学校に通っている士官達には保護者として参加し、アレナフィル様に声をかける令嬢がいたら割りこむように伝えてはあるの。だけど令嬢同士の連携はとても厄介よ。いいかしら、アレナフィル様? あなたと仲良くしようとしてくる令嬢達は、あなたが外国人と婚約しようがしまいが、あなたを利用してエインレイド様と親しくなるという指示を受けていることを忘れてはいけないの」

「それは・・・。姪に過分なお心遣いを頂戴しまして、言葉もございません」

「かしこまりました。安心してくださいませ、大公妃様。そのお心に報いることができるよう、エインレイド様が可愛い女の子と恋に落ちるまで、私が守って差し上げます・・・!」


 なんということでしょう。つまり私、上等学校に弟が通っているエリートな人達に陰ながら守られてダンスパーティに参加ということですね。

 私は下を向き、拳をぎゅっと握りしめた。

 そうなると年齢的にまだ独身である可能性が高い。その中に子爵家レベルのおうちで、家族に酒乱とかギャンブル中毒とかがいなくて、借金もなく、ご本人も誠実でうちの父や叔父とうまく同居できそうな人がいるかもしれない。

 家族に愛されている私なので、やはり私への愛を条件に入れたい。問題は未成年を本気で口説く奴はお断りだということだ。ここはほんのり恋のつぼみだけを育てておきたい。

 そして、いつか大人になった私を見て、その人も電撃の恋を知るのだ。

「なんてことだ。いつまでも可愛い妹のように思っていたのに。君はこんなにも素敵な大人の女性になっていたんだね」と。

 うん、グッドだ。素晴らしいラブストーリーだ。

 なんとなくうちの家族はそれをネトシル少尉に期待している節があるが、彼は侯爵家のお坊ちゃま。薬入りの酒で一夜の情事に持ちこまれ、段取りよく目撃者確保で結婚まで連れていかれる罠にかかる可能性が高かった。薬を使うのは男が多いが、真面目なタイプの男に一夜の罠を仕掛ける女も多い。その後がちょろいからだ。

 ゆえに私は身の程をわきまえつつ、自分の目標を考えて出会いを確保しなくてはならないのである。

 ああ、父や叔父と血さえ繋がっていなければ・・・。


「手乗りインコに守られる男の方が恥よ」


 ん? なんか小さな声が聞こえたような・・・?

 私が顔をあげると、水色の瞳が私を見ていた。


「ちょっとこっちへいらっしゃいな、アレナフィル様」

「はい?」


 立ち上がり、てくてくと近づいていくと、やはり立ち上がった大公妃に両脇の下に手を入れられて持ち上げられる。


「そうね。うちも近づいたらまずは拳を叩きつける親子関係だったから、こうしておとなしく抱き上げられる子なんていなかったものね。だから妹が欲しいとか言い出してるのかしら」

「・・・妹ですか。私も妹が欲しいです」


 弟は二人も要らない。いたらまずいことになりそうだ。そして訳の分からない親子関係を語られたような気がする。親子関係に拳は関係ありません。

 女性だが、私を抱き上げてもびくともしない大公妃は、左手だけで私を抱き直し、右手で頭を撫でてきた。

 なんだか色々と手配してくれていたみたいなので、優しい気持ちをサービスしておく。結婚して子供もいる女性なら、私に溺れることもない。


「あらまあ。本当だったのね。服の上からじゃ分からなかったけれど、頬や髪ならこの気配はちょっと特別ね。・・・ああ、分かったわ。だから今まで蝶と踊っても分からなかったという理由が。あの子達、馬鹿じゃないかしら。手袋していたから分からなかっただけじゃない」

「あ・・・」


 なるほど。私もそこで分かってしまった。

 フォリ中尉もネトシル少尉も蝶の種の印が出ている令嬢と踊ったことがあるが、何も感じなかったと言った意味が。

 正式な舞踏会において、ご令嬢はとても美しい手袋をはめておられるのであります。そして男性も。

 どいつもこいつも駄目すぎる。


「えっと、大公妃様。やはり姪に感じるものがあるのですか? ですがうちの兄も分からないと・・・」

「きっと鈍いのね。本当にどこまで娘を蔑ろにしているのかしら。双子で片方だけが違うなら、親なら気づいてもいい筈よ」


 どこまでも父が責められていて私は辛い。

 だけど私は知っていた。父や叔父に私のそれが効かないわけを。


「あ、あの、大公妃様。この優しい気持ちは、今、頑張って出したから出ただけで・・・。普段は気づかれないから大丈夫です。触られないとまず分からないです」

「オーバリ中尉は一目で見抜いたそうだけど?」

「それは、心が弱くなっていたからで・・・。そうそう心が疲弊しきっている人はいないと思います」


 お調子者なオーバリ中尉は、女上司のことでかなりダメージを受けていたのだ。それ以降、あのフォトでどうにかなったのか、私を抱きしめて撫でないと分からない感じになっている。

 思えばあの人達、私を何だと思ってるんだろう。


「いたらどうするの?」

「・・・いたら、・・・・・・それから考えます」


 何故なのかな。あっちの赤い瞳とこっちの水色の瞳から、とても呆れた感情が流れてきた気がした。


「レミジェス様。あなたの姪御さんは、上等学校生だけじゃなく、父兄も多く参加するという意味を分かっていないようね。まさか求婚者を更に増やす気かしら?」


 どうしてだろう。朝のスタイルが再びだ。

 私は何故そこでお説教されてしまうのだろう。

 ミディタル大公家の父、息子、そして母。今日、私は三人目のお膝の上に座っている。


「沢山の着飾った令嬢がいる中、姪が目立つことはまずないかと。それに姪をチェックする方は、それなりの理由があるかと思います」


 叔父の言う通りだ。沢山の女子生徒がそれぞれ着飾って参加するダンスパーティ。もう入り乱れて誰が誰だか分からないに違いない。


「だ、大丈夫ですっ。大公妃様っ、つまり私に目をつけるのは、エインレイド様のお妃候補とか側近候補を考えている人達とその家族ですよねっ? その中にもしも虎の種の印を持つ方がいたとして、私に惹かれたら、そこはもう私の天下ですっ。きっと私の為に動いてくれますっ」

「・・・なんて愚かな小鳥なの。虎の種の印を持つ男なんて、誘拐して自分のものにするのが基本よ。あなたの天下になる前に、気づいたらよその寝室で目覚めるだけ。自分に近づいてくる男には、声を掛けられた途端、その向う脛を蹴り倒し、悲鳴をあげて人を呼び、接近禁止令を出させるぐらいの勢いが基本だと理解しなさい」

「・・・父と同じことを言わないでください」


 私は祖父と父と叔父の誤った教育により、お膝に座らせてあげようと言って抱き上げてきたどこかの小父さんの足を蹴って逃げた前科がある。

 その華麗なる蹴りを見てしまった祖母は、卒倒した。どうしてそんなことをしたのかと、後で祖母に問われ、祖父と父に貴族令嬢の嗜みとして教わったと、正直に言った。

 叔父に泣きついた祖母の問題提起により、道端で声をかけてきた見知らぬ人ならばともかく、我が家の客にまでやるのはまずすぎるだろうということになり、それ以降、「お膝に座っていいのは祖父と父と叔父だけルール」が「家族が了承した相手には触れられてもいい。だけど変な所を触ってこようとしたら大泣きするルール」に訂正された。

 それらは全て貴族令嬢の心得とか言われていたが、バーレンとのすり合わせの結果、単に私への家族愛が爆裂していただけだった。


(まあね。考えてみれば大公妃様だってあんな夫と息子がいたら気の休まる暇もないよね。娘がいないから、娘のような気分になってくれてるんだろうし。やっぱり自分の娘がいたらそっちが優先だもん)


 私のこの気配に気づくのは、心が疲れているからだ。子爵夫人という身分でさえ気疲れしている祖母を思えば、大公妃というこの人の重圧は凄まじいことだろう。

 それに女騎士とかいうのも私は嫌いじゃない。

 この国に騎士はいないけれど、まさに大将軍か無敵の英雄かって気迫の大公よりも、気品と実力を兼ね備え、息子を一人前に育て上げた女騎士っぽい大公妃の方がロマンチックでカッコいい気がする。

 そんなことを思いながら目を閉じて、心を伸ばした。


「何故そこで寝てしまうのか。申し訳ございません」

「いいのよ。あれだけの書類をまとめていたのだもの。疲れたのでしょう。本当にもう一人ぐらい産んでおくのだったわ。あの頃は仕方なかったけれど。・・・だけどこんなにも人懐っこい子では心配ね。どこにでも下品な者はいるわ」

「普段の姪はかなり警戒心が強いのですが、珍しいこともあるものです」

「警戒心は皆無に思えるけれど? 人を疑うことを覚えさせないと、何かあってからでは遅いのよ。どうしてガイアロス侯爵家を利用しないの」

「ガイアロス家とは、とっくに縁が切れております。あの頃は兄も私も子供だった上、ウェスギニー家も後妻を迎えてしまえばさすがに図々しいお願いはできません」


 ガイアロス、ガイアロス・・・。どこかで聞いた名前だ。

 夢うつつに懐かしい響きを感じる。あ、そうだ。父と叔父の名前だ。

 この国は、父の苗字・母の苗字・自分の名前でワンセットだ。既婚女性だけが、嫁いだ家の苗字・父方の苗字・自分の名前となる。


「縁が切れたんじゃなくて、全く寄り付かないだけでしょう。ガイアロス家がいつ頼ってくるのだろうかと待ってる内に、どこまでも身勝手な当主だこと」

「え?」

「普通は母を亡くしたからこそ、父ではなく本人が母の実家を頼るものよ。それもせず、勝手に軍に入ったかと思えば平民と結婚。やはりまともな教育がされていなかったからだと嘆いていれば、幼年学校に通う年になっても子供は入学しない。落胆していればいきなり上等学校で出てきた息子はともかく、娘は一般部。それでも成績がいいのだから、やはり・・・と思えば、エインレイド様と親しくなっているのに全く連絡を取ってこない。どこまでも他人行儀。あなたの兄は一体何を考えているの。ガイアロス侯爵家とその縁戚を何だと思っているの」

「は、・・・はあ。いえ、申し訳ございません」

「あなたを責めてるわけじゃないわ。あなたの兄を責めているのよ」


 どこか遠くから声が聞こえてくる。優しく頬に触れていく指は、それでも私を傷つけない。

 よく分からないけれど、母とはこんな感じの生き物なのだろうか。

 思えば私、常に母と縁がない人生だった。だから分からないまま、慰めるように撫でてしまうのかもしれない。


(他人の為に怒ることができる人は優しい人なんだよね。だけどパピー、何かと評価がひどい気がする。これはアレだ。仕事して疲れて帰ってきても、おうちで奥さんに「結局あなたは何も分かってないのよ」と責められるパターン。大公妃様、奥さんじゃないけど)


 この遠慮のない叱り方は、もしかして大公妃は父の姉・・・なわけはないか。父にとって姉みたいな存在のマーサは、父をこんな風に罵倒しないし。

 だけど大丈夫。この人は私の敵じゃない。

 だから自分を抱く人の心に潤いが満ちるようにと、私はぽわんぽわんな気持ちを広げた。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 食べる直前に盛り合わせてもらえば下側のパイもパリパリだということで、パイ生地やクリームなどは別容器に入れられていた。

 約束通りに持ち帰らせてくれたお菓子だけど、夕食後に出されたそれはウェスギニー家の料理人によって昨日のお菓子よりも盛り付け方が異なっていて、こうして料理人による違いがあるんだなぁと感じたりもする。

 だけど食べてみたら、なんだか昨日よりも豊潤さが足りないような気がした。


「おかしい。昨日、食べた時はもっと口の中にふんわりと鼻まで抜けるようなふくよかさがあったのに」

「フィル。フィルとルードの分は、香りづけの蒸留酒を抜いてあるそうだよ」

「ええっ!? 夕食後ならおうちだし、何にも心配いらないねって言ってたくせに」


 叔父の言葉にショックを受けていたら、祖父母は、

「やはり栗はこういう酒の香りがよく合う」

「そうですわね。うちは子供がつまみ食いできるお菓子が多かったですから」

などと、会話している。

 私にもそっちを分けてほしい。

 私はまだ一口しか食べていない叔父を、しゅるんっと見上げた。


「ひ、一口だけ。ジェス兄様、一口だけでいいのぉ」

「しょうがないな。ほら、お口を開けて」

「あーん」


 ぱくっと食べたら、うん、これこれ。昨日の味がよみがえる。


「フィル。もしかしてアルコール中毒なわけ? 恥ずかしいなぁ。ミディタル大公家の料理人だって僕達へのお土産って聞けば、子供用にお酒入ってないのを用意するよ。うちの料理人だってそこはチェックするに決まってるじゃないか」

「ちゅ、中毒なんかじゃないもんっ。フィル、大人の味、分かる子なんだもん」

「全然自慢になんないよ、それ」


 子爵邸は広いせいか、兄と私が喧嘩していても祖父母はあまり気にしない。テーブルも広いからか、マイペースにお喋りしている。

 ウェスギニー子爵邸ではなく、フォリ中尉の持ってる私邸でファレンディアから運ばれてくるウミヘビを調整してもらうという話を聞き、祖父母はほっとしたようだ。


「よかったですわ。それならどなたがおいでになることかと、客室で悩まずにすみますもの」

「そうだな。貴族の身分で判断するにせよ、軍の地位もおろそかにはできぬ。そして上下の不満もかなり面倒になるところだった。まさかディオゲルロス様まで興味を示しておられたとは」


 ディオゲルロスって誰だ? と思ったら、ミディタル大公のことだった。

 考えすぎじゃないのかなと思ったけれど、考えてみればフォリ中尉がやってきて一番いい客室を提供していたらいきなりミディタル大公がやってきた場合、父親が二番目の客室になるのかって話なのかもしれない。

 でもって、そこにあり得ないけれどエインレイドとか、父の上司とかがやってきたらどうなるのか。まさか、

「一番良い客室はここなので、皆様で仲良くルームシェアしてお使いください」

なんて言えないだろう。


(ミディタル大公様を一番良い部屋で考えていたとして、フォリ先生大好きなレイドがやってきたら、国王の息子と国王の弟、どちらが偉いのかって話になりそう)


 後から来た方の身分が高いのに、二番手、三番手の客室にしても許されるのか。本人は気にしないかもしれないけれど、ついてきた人達が騒ぎ立てそうだ。

 うん、子爵家では荷が重い。ついでに私のおうちでも居留守を使うしかない事態だ。


「だけどお祖父(じい)ちゃま、どうしてフォリ先生の所なのかなぁ。それならミディタル大公邸でもいい気がする。あそこ、本当は大公邸じゃない。ミディタル軍事基地だよ。名前、間違ってる。ルードもフィルも、そう思う」

「ディオゲルロス様の邸はどうしても人の出入りが多い。その点、ガルディアス様がお持ちの所は私邸。招待されていない人間が訪ねていくのは失礼にあたるのだ。我が家のことも考えてくださったのであろう」

「私邸? お祖父(じい)ちゃま、それって何か違う?」

「勿論だとも」


 祖父は重々しく頷いた。


「我が家ではお前達が暮らしている家がフェリルドの私邸に当たる。ウェスギニー子爵への招待や訪問はあくまでこちらの本邸だし、フェリルドに対する連絡もこちらになされるのが当然で礼儀だ。あの私邸は子爵家の本邸ではない。招かれてもいないのにあの家に訪ねていくのは、いきなり他人の寝室にズカズカ入っていくようなものだ」

「そうなんだ。だからフィルのおうち、静かなんだ。こっちのおうち、お客様、いっぱい」

「そうなる。子爵家の子があのような寂しい邸で暮らすのはどうかと思っていたが、かえってあれでよかったのかもしれんな。もしも他の令嬢と仲良くなっていたら、エインレイド様との時間を取り持つように要求されて断れなかったかもしれぬ」

「それ、フィルこそが危険。寮監先生達、フィル暗殺する」


 ランチを一緒に食べているクラスメイト達は普通な態度だから王子も警戒していないが、これでどこぞの「ほほほほほ。あなたなど私の足元にも及びませんのよ」な令嬢に引き合わせてしまった日には・・・。

 逃げ場所を失った王子は登校拒否するかもしれない。

 そして肝心の令嬢ではなく私を責めるのだ、あの寮監共は。そんな気がする。そんな性格の悪さだと断言できる。

 どうしよう、私の身が危険だ。


「ところでお祖父(じい)ちゃま。パピー、ガイアロス、頼らないって、大公妃様、怒ってたよ。ジェス兄様、代わりに怒られてた」

「ん? ガイアロス家? そういえばトレンフィエラ様のお母君がガイアロス侯爵家出身だったか。そちらはフェリルドに任せていたのだ。私では付き合いきれんからな」

「お祖父(じい)様、付き合いきれないって何ですか?」

「ガイアロス家は名門だが、他人を気にせず自分勝手な人間が多い。だからおとなしいフェリルドに安心していたのだが、・・・・・・ただのまやかしであったな」

「お祖父(じい)ちゃま、パピー、いつも物静か。まやかしじゃないよ。お祖母(ばあ)ちゃまだって、自分勝手違う。それ、間違ってる」


 あれ? そうなるとうちの祖母は侯爵家の人間だったんだ?

 すると室内がいきなりしーんとなる。不自然なぐらいに。


「ま、まさか・・・。お祖母(ばあ)ちゃま、フィルの知らない、裏の顔が・・・!? そ、そんなことないよね? お祖母(ばあ)ちゃま、いつだって優しくて物静かな貴婦人だよねっ?」

「えっと、・・・フィル。その、ね?」


 困ったように微笑む祖母だが、こほんと祖父が咳払いをした。


「いつまでも隠せはしまい。フィル、私は二度、妻を迎えている。一度目の妻がフェリルドの母で、フェリルド達が子供の頃に亡くなったのだ。彼女はガイアロス侯爵家の令嬢だった」

「・・・ええっ!? そ、そしたら、フィル、お祖母(ばあ)ちゃまの孫じゃないのっ? フィル、お祖母(ばあ)ちゃまをお祖母(ばあ)ちゃまって呼んじゃいけないのっ? フィル、お祖母(ばあ)ちゃまのよその子なのっ?」

「何を言っておるのだ。お前はマリアンローゼの孫娘だとも。ただ、血が繋がっているかと言われれば、そこは繋がってない。それはどうしようもない事実だ。お前達の髪と瞳の色は、実の祖母譲りだからな」

「・・・そっか。だからフィル、青い髪も赤いおめめももらえなかったんだ。フィル、そっちの色ならシンプル勝負服でいけたのに」


 青い髪に赤い瞳をした祖母だが、かつてアイカは黒に近い青紫の髪と、ローズピンクの瞳を持っていた。

 今のオレンジ交じりの黄色い髪と濃い緑の瞳も素敵だけど、やっぱりなじみ深い組み合わせというのはある。


「もしかして青い髪と赤い目がよかったの、フィル?」

「そうなの。そしたらフィル、おめめの色変わるメガネで変装できたの」


 優しい声で尋ねてくる祖母に、私はしゅんとした顔で答えた。

 この可愛い顔立ちは変装しても可愛いだけなのだ。きつめの美人というのは、野暮ったくも見せられるし、化粧次第でかなり印象を変化させられる。


「お祖母(ばあ)様。所詮、フィルなんてそんなことしか考えてないですよ。シンプル勝負服とかって、何の勝負する気なんだか。どうせフィル、エリー王子に使ってもらってる眼鏡使って変装できたのにとか、そんなことしか思いつかないんですよ」

「ルード、自分が混乱してるからって、フィル、馬鹿にしても解決しない。お祖母(ばあ)ちゃま、血が繋がってなかったって、ショック受けてる。そんな自分、目を背けちゃ駄目」


 私は双子の兄の両肩に両手を置いて、じっと目を見た。

 こういうことに関して子供はとても繊細な生き物だ。血が繋がっていなくても愛されているのだと教えてあげなくてはいけない。


「あのね、ルード。ルード、小さくてまだ分からないかもしれないけど、家族は血の繋がりが全てじゃないんだよ。大切なのは心なの。不安になった時は、今までのやり取りを思い出すの。お祖母(ばあ)ちゃま、ルードの為にお洋服、作ってくれた。カッコいい正装も用意してくれたの。抱きしめてくれたその愛情を疑っちゃ駄目」

「・・・別に疑ったことないけど。僕のお祖母(ばあ)様、お祖母(ばあ)様だけだし」

「男の子、その場はそういうこと言っても、後でぐちゃぐちゃ悩んじゃうんだよ。何かあると、結局は血が繋がってないからとか言い出すの。だけどね、それはそれだけ本当は自分こそが愛してて、血が繋がっていたらいいのにって切望する程に大好きな気持ちの裏返しなの。よく考えて? 夫婦だって元は他人。だけど愛し合えるでしょ? 誰よりも信頼し合えるでしょ? それと同じ。血が繋がっているとかいないとか、心の繋がりよりは薄い問題なんだよ」

「とりあえず落ち着きなよ、フィル。ショックなのは分かったから」


 呆れたような表情で、私の頭を撫でてくる兄がいるのだが、強がりもいいところだ。ショックなんて受けてない。だって私、血の繋がらない家族だなんて初めてじゃないし。

 そんな私を背後から抱きしめる腕があった。


「お祖母(ばあ)ちゃまぁ」

「あなた達は私の大切な孫よ、フィル。こんな小さな頃から見ていたんですもの。それは、・・・フェリルド様はどうしても息子とは思えないけれど、あなた達はかけがえのない孫達なの」

「ほ、本当に? お祖母(ばあ)ちゃま、フィル達、よその子じゃない?」

「そんなわけないでしょう。血が繋がっていないことなんてとっくに忘れていたわ」

「お祖母(ばあ)ちゃま・・・!」

「ねえ、フィル。心の繋がりとか言いながら、自分が一番疑ってたんじゃないの? 何かといえばお祖母(ばあ)様に心労かけてたの自分だってことを思い出しなよ」

「フィル、いい子にしてたもん。お祖母(ばあ)ちゃまに気苦労かけたこと、一度もないもん」


 私はぎゅっと祖母の腕を両手で抱きしめた。


「ルード、乱暴者だからお祖母(ばあ)ちゃまに心配かけてても、フィル、おとなしくていい子だったんだからっ」

「お祖母(ばあ)様、何か言ってやってください。フィルこそが一番の問題児だって」

「そんなことないよね、お祖母(ばあ)ちゃま。フィル、心配かけたこと、一度もないよねっ?」

「えーっと、・・・何をしてもしなくても、孫を案じない祖父母はいないのよ、フィル。ルードは男子寮で不便な思いをしていないかしら、フィルはお友達と楽しく過ごしているかしら。いつだってあなた達を思っているわ」


 なんていい人ばかりなのだろう、ウェスギニー家。

 祖母には分かりにくいだろうけれど、優しい気持ちを沢山出してしまう。


(少しは心のつかえが取れるといいけれど。後妻で、先妻の息子が子爵を継いだだなんて、気まずいものがあったよね)


 正直、後妻という言葉にいい印象なんて無い。だけど私は知っている。いつだってこの祖母が私達に対して親身になってくれていたことを。


「大丈夫、お祖母(ばあ)ちゃま。いつかジェス兄様やルードのお嫁さんと折り合い悪くても、フィルと一緒に暮らせばいいの。フィル、お祖母(ばあ)ちゃま、守ってあげる。息子や孫息子なんて、所詮は土壇場でお嫁さんの言いなり。頼れるのは女の子。フィル、とっても頼りになるんだよ」

「あらまあ、ほほほ。気が早いこと」

「勝手に僕の結婚とか決めつけるなよ。今までだってフィルが頼りになったことなんて一度もないじゃないか。お祖母(ばあ)様だってフィルなんかより僕の方が頼りになるって分かってるよ」


 なんて投げやりな言い方をするのだろう。

 双子の兄はその辺りのデリカシーが皆無だ。


「男の子って自信過剰な生き物なんだよ、ルード。お祖母(ばあ)ちゃまだって、フィルの方がいいって思ってる。大丈夫、お祖母(ばあ)ちゃま。いつかルードが大きくなったら煩わしいことはそっちに押しつけて、幸せに暮らしましょう? だからとりあえず豪華列車旅行でお出かけするの」

「・・・お祖父(じい)様、叔父上。フィルがまた身勝手な話にすり替えてます」

「なんでフィルは資本力に釣られてしまう子なのかな」

「そうだった。ガルディアス様もどこまでフィルを気に入っておられるのか。ルードも一緒だそうだが、その前にエインレイド様とヴェラストールに行くという話もあったではないか。お友達を作って楽しく過ごしてほしいと願ってはいたが、何故フィルはこう・・・。フェリルドも王宮勤務になって家にいる筈が、何をあいつは違う仕事ばかりを・・・!」


 祖父がいきなり自分の長男を罵り始めている。

 やはりアレだろうか。先妻の息子だけに、後妻に夢中になった父親からも距離を置かれて寂しく育ったうちの父は・・・・・・、いや、違うか。薄情なのは、きっとうちの父の方だ。


「お、お祖父(じい)ちゃま、パピー、国の為、頑張ってる。パピー、強いから、きっと頼まれて行くしかなかったんだよ。だってパピー、サンリラで冬のお洋服持ってた。きっと寒い場所、完全に真冬になる前にパピー、頑張ってる。仕方ないと思うの」

「なんだと? そうなのか、フィル?」

「うん。だってパピー、前は火山対策行ってた。だけど今度、寒い所行ってた。あの後、少しいてくれたけど、またいなくなった。おうちから持ってった荷物も沢山。だからパピー、収穫後に攻められるの、対策しに行ったと思う。だからパピー、責めちゃ駄目っ」

「フィル。その話を誰かにしたかい? たとえば学校のお友達とか、エインレイド様とか、警備棟の人とか」


 叔父が尋ねてきたので私は首を横に振った。


「誰にも言ってない。だってパピー、無言で留守にする人。いなくてもみんな、『またか』で終わる。だからユウトに、ウミヘビ持ってきてもパピー留守だって言った。そしたらユウト、言ってた。今年のカットフェックのユィンミェン、収穫が悪かったからサルートスの収穫した倉庫、攻めてくるんじゃないかって。カットフェック、外貨で稼ぐの、かなり疲弊してるって。ユィンミェンってどこって聞いたら、カットフェックの平野って教えてくれた」

「色々と言いたいことはあるが、どうしてユウト殿がカットフェックの事情を知っているんだい?」

「スパイが来てたんだって。カットフェック、高いお金払って兵器買うのは嫌なの。技術盗んで自分のものにしたいの。ファレンディアでね、なりすましてたカットフェック人、沢山捕まったの。だから怖いねって」


 はああっと祖父が溜め息をつく。


「怖いのはお前だ。その情報、何故この祖父やレミジェスに言わなかった」

「え? だってこーゆーの、一般人、知っちゃうのいけない。パピーが無事に帰るの、フィルも信じて待つの」

「ガルディアス様にも言わなかったのか」

「うん。時に味方が足を引っ張るから、誰にも言っちゃいけないの。だけどお祖父(じい)ちゃま達、言わないでしょ? だからパピー、悪くないよ。パピー、みんなの為、頑張ってる」


 変な情報を流す方が、味方の為にならないってことを私は知っていた。


「分かってますよ、フィル。大丈夫、本気でお祖父(じい)様も責めてたわけじゃないのよ。あなたのお父様は無事に帰るわ。まさか遠い国の方がそこまで把握しているだなんてと、驚いただけ」

「お祖母(ばあ)ちゃま。だけどパピーいなくて、フィル、寂しい。だからね、寂しいフィルと豪華列車、乗るの」

「なんでそこに戻るかなぁ。フィルって本当に自分勝手だよね」

「自分勝手じゃないもん。ルードだって行きたいくせに、そーゆーこと言うの、よくない」

「何言ってるんだよ、僕の手下の分際で」

「フィル、手下じゃないもん」

「生意気なんだよ、フィルのくせに」

「ルード、フィルの方がお姉さんだからって悔しいだけのくせに」


 双子の兄と喧嘩していたら、叔父に頭を撫でられる。


「分かったから、もう歯を磨いて、シャワー浴びて、着替えておやすみなさいしようね、フィル。今日は疲れただろう。だけど明日は起曜日。学校だよ。ルードも喧嘩するならベッドの中でやりなさい」


 叔父の部屋に引き取られた私達は、いつも通り手を繋いで眠った。

 夜中にトイレのフリで起き出して、こっそりファレンディアに通話通信入れたけれど。

 まとめたデータを送った私は、優斗にそこをぼやいたことで苦笑された。


『そりゃ戦闘中や工作中は全ての情報が閉じられる。どこから聞いたってことになるよね。こんなにも遠い国の人間が知っていたら、おかしいって思われても当然でしょう』

【そうだけどね。私にとってはよくファレンディアに潜り込めたなってそっちがびっくり】

『どうやらファレンディア人を誘拐して、彼等から言葉を教えさせたみたいだよ。その人達の身分証明書を使っていたけれど、よく似た髪色とか厳選したみたいだね』

【・・・ひどい】

『そうだね。スパイを送りこんでくるのはいい。だけどあのやり方はね。・・・それより、祖母とは血が繋がってなかっただなんて大丈夫なの、アレナフィル? 母親と違って祖母ならそこまで問題じゃないのかな』

【どうなんだろう。私の反応で傷つけていなければいいんだけど。やっぱりそれで孫に距離を置かれたら辛いよね。私にとっては変わらないつもりでも、相手はそう思わずに傷つくこともありそうだし】

『うーん。同意してあげたいけれど、血の繋がりがない方が本当の家族だって感じてたから、私の考え方は参考にならないと思うよ』

 

 私達にとって、マリアンローゼとアレナフィルの血が繋がっていようがいまいがよそのおうちの事情といった一面がある。

 お互い、うーむと悩みながら通話を終えた。

 私にとっては誰もが他人だ。この体にとっては違うとしても。


(だからたまに夢の世界を見ているような気になる。今の自分は本当の自分なのかが分からなくなる。正気なのか、狂気なのか。今、私が正気であることを支えているのは、優斗なのかもしれない)


 翌朝は早朝のお茶会マナーレッスンを免除されていた。

 なんでも休曜日にミディタル大公家に行くと聞いた貴婦人(推定王妃様)が半曜日の時点でそれを告げてくれていたからだ。

 あそこの大公家、きっと誰からも大公家じゃなく軍事基地だと思われてる。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ