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32 追憶 優斗1


 大人なんて嫌いだ。

 ずっとそう思っていた。

 自分以外は敵ばかりで、世界は優しくなくて、だからそれをごまかすような希望に満ちたストーリーの絵本や物語が溢れているだけなんだって思っていた。

 あの人に会うまでは。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 母を愛したかった。


「優斗があの人に似てくれてよかったわ。遺伝子情報は嘘をつかないけれど、やっぱり見た目で愛情って増えもすれば減りもするもの。怪しまれないようかなり酔っぱらった時を狙ったけど、私がただの事務員と最後まで信じていたわ。頭の良さと慎重さは別ね」


 意味が分からなかったけれど、自分の父親が母親に馬鹿にされていることだけは分かった。

 そんな相手と、ではどうして子供をつくったのか。

 

「せっかく女に生まれたんだもの。いい男の遺伝子で子供を作りたいじゃない。だからわざわざ事務員として入りこんだのよ。他の事務員よりも優秀だと、私を信頼し始めるのは早かったわ。・・・だけど、子供ができたとなれば、さすがに妹の名前を借りての出産はできなかった。だから打ち明けたのに・・・。本当の名前を知ったあの人は全て察してしまったのよ。そして私を追い出した」


 父親を母親が恨んでいるのは分かったけれど、騙した母親ではなく父親が悪いことになる意味が分からなかった。

 嘘の名前ではなく、本当の名前で恋人になればよかったのに。


「せめて認知してもらおうと思えば、とっくに薬物投与による負担責任不要手続きをしていたのよ。ひどすぎるわ。だから諦めてあの人と結婚したのに・・・。子供ごと幸せにしてくれると言ったのに、なんで事故なんか・・・。男なんてみんな嘘つきなのよ」


 嘘つきなのは男も女も同じじゃないかと思ったけれど、何も言わずにあの頃の自分は聞いていた。そうすれば早く終わるからだ。

 事故で亡くなったその父の顔は覚えていないが、大好きだったことは覚えている。

 それでも母は私の全てで、褒めてもらえれば嬉しかった。


「あら。優斗、これ、まとめておいてくれたの?」

「うん。打ちこむだけだから」

「助かったわ。いい子ね、優斗。あなたを産んでよかったわ」


 母の研究は学術的には価値があることだっただろうが、商業的なものに結び付くものではなかった。

 だから予算的に試薬や機器を使おうと思えば思う程、人件費を削るしかなく、洗浄や予備試験を行い、データをまとめる助手を雇う費用も削るしかなかったのだろう。

 だけど子供ごと幸せにしてあげようという奇特な男と巡り合いながら、これ幸いと子供の世話を押しつけて帰宅しない妻なんて夫にしてみれば、ふざけんな案件だっただろう。事故死した彼に幸せはあったのだろうか。

 子供の頃には分からなかったが、大人になって過去を振り返った時、母の行いを心の底から詫びたくなった。

 覚えているのは自分が彼をパパと呼んでいたこと、そして大きな手が優しかったこと、母と違って心の底から大好きだと言えたことだけだ。

 だけど死という概念を理解できなかった私は、いきなり彼がいなくなったことで自分は捨てられたのだと思い、ずっと彼を恨んでいた。


――― いいこにしていたのに。ミルクをこぼしたら、ぬれたところはちゃんとふいたよ。おようふくだってぬいで、ちゃんときがえたんだ。


 よくできたなと、いつも笑って頭を撫でてくれた人は、大きくなるまで一緒にいてくれると言ったのに、いなくなった。

 大人は嘘つきだ。子供には約束を守らせるくせに、自分はいつだって約束を忘れて知らない所へ行ってしまう。

 幼い時は、子供心にも絶望を繰り返していたような気がする。

 だけど母は、それでも大切な仕事とやらが終わると自分の所に戻ってきてくれたし、時には自分を仕事場に連れていくこともあった。幼児学習園の預ける時間帯に外せない大切なお仕事があるからという理由だったが。

 そんな時は母の仕事場の片隅で、私は黙って座っていることを要求される。

 幼児学習園で使う練習ノートを広げて書く練習をしていると、ちょくちょくと結果データ待ちとかいう人達が覗きこんでは「ここはこうするんだよ」と、教えてくれた。

 それが嬉しくて、「これはどうかくの?」と、教わり始めれば、いつしか使われていなかった旧式の入力機器を用意されて、そこにお勉強トレーニングを入れこんでくれた。

 自分だけの入力用機器に幸せな気持ちで入力していけば、機械が「違います」「〇点です」などと、採点してくれる。

 幼児学習園に子供を預けに行って引き取りに行くのが面倒になっていた母は、いつしか職場の片隅で私をいつも座らせるようになった。そして遊び友達もいない私は、3才から始まって言葉の練習トレーニングは18才までクリアしてしまった。

 最初に声をかけたのは誰だっただろうか。


「ごめん、ゆうと君。めっちゃ眠くて・・・。言葉が読み取れるところまででいいから、これ、清書しといてもらってもいい? だってそこまでできるから大丈夫じゃないかなって。あ、できなかったらできなかったでいいよ」

「よみとれるところ?」

「そう。分からない文字とか、文章は抜いといてかまわないから、打ちこんでそのデータだけ保存しといて。頼む。今度、チョコレートあげる」

「うん」


 徹夜続きでもう頭が回らないんだとか言って、その人はどこかに行ってしまった。

 読み取れる文字だけを入力してくれるだけでも助かるんだと言って、それを置いていった人は、自分が何を頼んだかも忘れていたようだ。目が覚めたら百枚近いそれを入力しといてくれたというので、かなり感謝してきた。

 あまりの眠さに、自分が依頼したことを忘れて、あの枚数をどこに置いたのかと探し回っていたらしい。そして私の所で見つけ、頑張って入力しなくてはと思ったらそのほとんどができていて、後は手直ししていけばいいだけになっていたのだ。


「ありがとうっ、ゆうと君っ。これお礼だからっ。あ、ちゃんと一日一個だよ。お菓子は食べすぎたら駄目だからねっ」

「うわぁ。大きなバケツ。ありがとう、お兄さん」


 チョコレートだけじゃなく、色々なお菓子の詰め合わせをもらってしまって、私は大切にそれを一つ一つ食べた。

 やがて似たようなことをちょくちょくと頼まれるようになった。

 悪筆で読めなかったところは抜いたままだったけれど、それとは別に私は自分なりに考えて言葉を書き直したものも保存してみた。

 どれだけ合っているか知りたかったのだ。

 

「え。何だよ。校正までできちゃうのかよ。凄くないか」


 専門用語は分からなかったけれど、そういう単語は棚にある辞典を見れば載っていた。その答え合わせが楽しかった。

 皮肉なことに、母親がそれに気づいたのは皆の清書を引き受け始めて一ヶ月ぐらいしてからだった。息子が可愛いからお菓子をもらっているのだろうと思っていた母は、息子が何をしているかなど見てもいなかったのだ。

 母親に無断で息子に手伝いをさせていた人達を利己的なことだと責めたくはない。その代わり、彼らは栄養価のある食事を自腹で食べさせてくれたし、散歩にも連れ出してくれたし、季節に合った衣服なども差し入れてくれたのだから。

 彼らはきっと私にしてあげられる理由を探してもいたのだろう。後になって分かることがある。

 自分を捨てた息子の父親、つまり騙して罠にかけた男を見返してやると、母の意気込みは鬼気迫るものがあった。そのプライドだけが、母にとっての情熱だったのか。

 母は、同じ研究者の目から見ても、育児を投げ出しているひどい母親にしか映らなかったのだ。

 そんなこととは知らず、優しくしてくれる人達の清書を一発で合格してみせようとやる気になっていた私は、よりによって他の分析機器からのデータ読みこみの方法を尋ねていたところで母と鉢合わせして、その内職がばれた。

 そして母は、もしかしたら息子は人件費のいらない助手として使えるのではないかと思いついたのだ。

 人はそれを哀れだと思うのだろう。だけど私にとって母は世界で一番愛している存在だった。


「まあ、なんて凄いの。天才ね、優斗」

「そうなの?」

「そうよ。だから優斗、ママを助けてちょうだい。いい子ね」


 何も分かっていない私は、母に褒められてとても幸せだった。

 母の仕事場にいれば、幼児学習園でいつまで経っても迎えに来ない母のことで先生達に溜め息をつかせないで済む。困った顔の先生に笑ってみせて一人で帰宅し、家の前で座り込まなくてもいい。みんなが家族に迎えに来てもらっても自分だけが取り残される寂しさに俯く心細さを忘れられる。

 何より子供の夕食の世話も忘れてしまうような母の育児より、母の仕事場にいれば誰かが食事に連れて行ってくれるのだ。子供なので量は必要ないからと、皆が分けてくれる食事は母が出してくる缶詰料理より美味しかった。

 けれど、そんな母の挫折はいつだったのか。

 いつものように母が書き殴ったものや、打ちだしてきたデータなどをタンタンタンタンと入力していた時、母がぱさりと回ってきていたニュースレターを落とした。

 

「ママ?」

「・・・なんてこと。嘘よ、そんなの」


 ニュースレターは色々な新しい発見などが簡単に紹介されているが、ミニコラムやちょっとした対談も載っている。そこに母はかつて自分が騙して子供を作った相手の姿を見たのだ。

 だが、その内容がまずかった。

 ずっと独身を貫いていた彼は、長い春に終止符を打ち、同性の恋人と入籍するとあったのだから。そのカミングアウトを特集していたらしい。

 母は、幼くても入力の手伝いができる息子にほくそ笑み、優秀な息子だと知れば子供可愛さに自分と結婚するかもしれないという望みを捨てていなかった。

 私がパパと呼んだ唯一のあの人が気の毒になる話だ。父親といえばあの人しか思い浮かばないぐらいに好きだった。顔も覚えていないし、母はあの人のフォトすら残していなかったからどうしようもないのだが。

 それはともかく。

 その記事では、彼と同じ研究所で働く女性研究員達が、自分達に全く恋愛感情を抱かないばかりか、性的な嫌がらせをされる女性の気持ちを分かってくれる人だと、絶賛していた。

 密室で二人きりになることもある女性研究員達は、彼の性的な興味が女性に無いことを打ち明けられていたが、それを事務職員などに吹聴することはなかったそうだ。どちらかというと、嫌な相手と仕事で会わなければならない時に同行してくれたりする彼に、感謝していたらしい。恋人を装ってセクシャル・ハラスメントから守ってくれるからだ。

 何より彼の恋人は10代の頃から運命を感じ、ずっと一緒に暮らしてきたのだとも記事になっていたのである。

 母はここでまずいと気づいたらしい。

 遺伝子検査をすれば、私が彼の子供であることは間違いなく証明できる。数十年後、それを証拠として財産分与といった権利を主張できることも、母は視野に入れていた。

 問題は、その子が彼の合意ではなく生まれていたことだ。まさか女性に恋愛感情を抱けない人だったとなれば、母との間に子供が生まれたのは彼の合意ではないと分かる。つまり母こそが性的犯罪者だ。

 ファレンディア国は合意さえ取りつけてしまえばかなりのことが許されるが、合意のないそれに関しては容赦がない。男女関係なく、被害者の権利は守られる。

 私はたしかに彼の血を継いだ子であるが、犯罪行為の結果、生じた子となるわけで、相続権などは生まれない。そればかりか、意気揚々と乗り込もうものなら、その場で通報されて母は刑務所行きとなる可能性があった。

 

「私、目が覚めたわ」


 そんな事情を知らない私は、母の言葉の意味が分からなかった。

 元々、母は思考がクズで行動は身勝手で責任感をどこかに置き忘れたゲス女なだけで、それなりの頭脳となりふり構わない実行力はあった。

 そうでなければ薬物を使って男を襲う計画は立てないだろう。

 母のそんなどす黒い歴史を知ったのはそれなりの年齢に達してからだが、なんかもう「生まれてきてすみません」だった。

 やがて私には、母が何をやったのかは知らないが、新しい父親というものができた。

 (トオル)相田(アイダ)。アイダ研究センターの経営者にして母の雇用主である。

 彼もまた一度結婚していて、妻は死別だったらしい。

 二人の間に愛がないのは子供心にも分かった。何故なら母と自分がいる研究室に来て、義父となる彼は言ったからだ。


「愛してもない女に贅沢を許す気はないし、権限を与える気もない。結婚式も不要だろう。君に望むのは、私の妻という場所を埋めておくことだけだ。その代わり、息子の養育費は持ってやろう。私の死後、全ての財産は娘に譲る。契約書に署名を」

「えっ!? 娘っ!? 子供がいたんですかっ」

「いたら悪いのか」

「だって、前の奥様は体が弱くて・・・って」

「文句があるならやめたまえ」


 婚姻中の生活費は負担するが、財産は全く与えないという婚前契約書を作るとは、母も思っていなかったらしい。だが、その生活費は今の生活より高い水準のものだった。

 母は自分のプライドに蓋をしてサインした。

 愛されていなくても、それはお互い様だと思ったのか。夫に先立たれた時の生活費は自分で稼いで貯めなきゃいけなくても、家賃のいらない家に暮らして生活費全般はあちら持ちだからメリットはあると考えたのか。

 人前では彼の妻として尊重される。それだけは確かだった。

 

「娘は母方の祖父母の所で育っているが、いずれ顔合わせすることになるだろう。私の妻、そして息子として娘とはうまくやってくれ」


 子供心に怖い男の人だとしか思えなかった。

 だが、時が過ぎれば違う景色も見えてくるものだ。

 妻を亡くした経営者には再婚の見合いが取引相手からここぞとばかりに持ちこまれ、そしてセンターに勤務する女性達の未来における幸せな結婚を思うならば自分にとって都合よい結婚を持ちかけるわけにもいかず、そこに子供を無許可で職場に連れてくる駄目な女がいただけだということに。

 息子を使って取り入るような真似をされたくなかったが為にきつい言葉と、雁字搦めと言っていい条件をつけてきただけだった。あの母相手ならばそれでよかったのだろう。

 義理とはいえ息子となった自分にもたらされたのは、面倒見のいい家政婦に世話をしてもらえる生活だった。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 センター長室で、義父となった(トオル)と話をする機会も与えられた。

 新しく優斗(ユウト)相田(アイダ)となった名前はまだしっくりこなかったが、自分の生活が落ち着いたことだけは分かった。


「優斗君はかなり頭がいいみたいだね。清書を手伝っていたと聞いたが、そうなるともう少しレベルの高い幼児学習園がいいだろう。何なら家庭教師をつけて優秀な子供達が通う学校に入れてもいいか。まだ、将来はどんな人になりたいとか、そういうものはないかもしれないが、やってみたいことはあるかい?」


 母に対する態度と違い、落ち着いた大人の男という感じだった。赤銅色の髪はまるで夕日のように雄々しかったし、青い瞳はとても理知的に見えた。

 私が淡い金髪と薄い緑の瞳という弱そうな色合いだったせいでそう思えたのか。それともあの母にすらあそこまで偉そうに言える強さに憧れていたのかもしれない。自分はいつも母の顔色を窺っていたから。

 母の前では全く私に情を見せない人だったが、二人きりだと美味しいお菓子を出してもらったりして仲良く過ごすことができた。


「あの、お父さん。僕、学習園より、ここでいたいです」

「え? だけどここじゃ友達もできないだろう」

「友達、欲しくないから。話も合わないし」

「・・・よりによってオート教育システムをあいつら入れてたからな。仕方ない。だが、大人の雑用係などしなくていい。君には自分でしたい勉強ができる環境を与えよう。優斗君専用の研究室だ。家庭教師を招いて、偏った学習のバランスをとる必要もある」


 何を言っているのか分からなかったが、大人として義父は私が受けるべき教育について考えてくれていたのだろう。

 学校に通わなくても、通学によるものと同等の学習を終えていれば国の教育課程修了証がもらえる。その為の試験を受けるのに年齢制限はない。

 平たく言えば幼児でも老人でも、学問に年齢は関係ないのだ。

 研究室と言われたが、センター内に作られた子供部屋みたいなものだっただろう。

 通学気分で家政婦とセンターに行って勉強し、夕方になったら迎えに来た家政婦と家に帰る。

 その方が良かった。結婚した途端、母は専業主婦というものに転職したからだ。

 義父はそれを止めなかった。毎月の生活費の内、余った分はへそくりとして貯蓄していいと言われた母にしてみれば、家でだらだら過ごす方が楽だったのだ。どうせ食事は家政婦が作ってくれる。

 人というのは生活にゆとりができると余裕が生まれるのか、母は私にあの生物学上の父親についての愚痴をぴたりと止めた。

 それだけ聞けば、母はあまりにも甘えた人間だろう。こんなにもいい生活をさせてもらっていいのだろうかと、私はかなりびくびくするものがあったのに、母はそれを満喫していたのだ。

 幼かった私は何も言えなかったが、長じて義父に尋ねたことがある。


――― お父さん。どうして母と結婚したんですか。あなたならもっといい人がいたでしょう。愛華姉さんに対してあそこまでねちねちしたことしか言えない女なんて、さっさと離婚して放り出せばいい。

――― お前の母親なんだがな。たしかに園子(ソノコ)よりも性格のいい人は沢山いただろう。だが、私にとって妻と呼べるのは百合奈(ユリナ)だけだ。そして園子と結婚した理由は、優斗、お前だよ。

――― え?

――― 私が園子と結婚したのは、優斗という息子ができると分かっていたからだ。このセンター内で私の目が届かない所があるとでも思っていたのかね。分かったらこの話はここまでだ。愛華に対する態度は目に余るものがあるが、愛華は美人だ。お義父さん、お義母さんも百合奈の件で反省したのだろう。あの子はおちゃらけた性格に育っているからまだいいが、百合奈のように深窓のお嬢様ならどうなることか。女同士の悪意にも慣れておかねばなるまい。

――― いや、慣れておかねばなるまいじゃなくて、あれじゃ愛華姉さん、更にお父さんのこと誤解しまくりじゃないですか。どうするんですか、もうっ。

――― だからいいんだ。私に息子がいることは知られていても、娘がいることは知られていない。これで親子仲良く過ごしているのを見られた日には隠し通せないだろう。家族揃っての招待がどれだけあると思っている。優斗、私はお前を愛華の為に利用する。私の子としてお前だけを連れ歩くだろう。それが辛いなら今、言いなさい。お前には幸せになってもらいたい。私のたった一人の息子だ。


 男が男に惚れるってこういう感じだろうか。

 愛華は母方の姓のままだった。そして私は義父の姓を名乗っていた。

 かつてトドロキ研究センターという名称だったにせよ、今やアイダ研究センターと名称変更して久しいとなれば、結びつける者はまずいない。過去を知っている者以外は。

 そんな裏事情はともかくとして、私は普通の子みたいに学校へ通わない生活を選択した。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 愛華には色々と言われたが、私は義父を尊敬していた。

 やっと信頼できると思える大人だったからだ。

 彼は定年退職した教育者達を雇い、私の学習予定を立てさせた。定年退職してもそれまでの経験が消失するわけではない。かえって色々なケースを知っている為、その人達は更に退職した教育者に声をかけ、私が学校に通わなくてもバランスよく学べるように道筋をつけてくれた。

 家にいてもやることがないからと、休みの日にもやってきて私の授業を見物しつつ、色々な話をしてくれた。

 子供だった私には分かっていなかったが、義父にはかなりお金を使わせてしまったことが申し訳ない。

 その分、母の生活費は削られていたらしいが、それだけ息子が気に入られているのだと、母はご機嫌だったらしい。

 やはりいい遺伝子を手に入れておいてよかったと、自画自賛していたようだ。

 だから母は勘違いしてしまったのだろう。義父にとっての実の娘より、義理の息子である私の方が愛されているのだと。

 娘に会いたくてもなかなか会えない義父の寂しさが、母親に育児放棄されている子供を救うことで紛らわされていたのだとも知らずに。

 会う回数が愛の深さではない。

 私は義父によってそれを学んだ。





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