26 朝は優雅にティーロワイヤル
私がユウトによって連れてこられた街は、温泉の町フォムルから少し離れた所にあって、外国へも行けるような大きなヴェラストール駅がすぐ近くにあった。
ビーフステーキのお店で夕食を取った私達はその後別行動となり、バーレンとアレンルードは優斗と一緒に壊れた部屋の後処理に行き、叔父が私を今夜泊まることのできる部屋へと案内してくれた。
部屋といっても、ウェスギニー家の持ち物らしい。
「それでうちのアパートメントもあったんだよ。ちょうどルードを連れてきてあげていたら、移動車から眠っているフィルを抱きかかえて降りるユウトさんを見かけてね」
「そうなんだ。だからルードとジェス兄様が助けに来てくれたんだね。だけどジェス兄様。パピー、どうしよう。フィル、パピー、置き去りにしちゃった」
叔父は父にはもう連絡してあると言っていたけれど、アレンルードも私もここにいるなら父は一人ぼっちだ。オーバリ中尉が喜んで独占しているかもしれない。
女を落としたい時は男と別れた時が狙い目だと言う。私がいなくなって一人になった父を、オーバリ中尉は落としにかかったかもしれなかった。
「心配しなくても兄上はもう到着していて、フィルが困らないように手配してくれているよ。ユウトさんが泊まっていたホテルのことも含めてね。だからほら、ここにはフィルが買ったフルーツも置いてある。ホテルの厨房が持たせてくれたカスタードプディングも、冷蔵庫に入っているから安心しなさい」
「おお・・・! なんという素敵な料理人さん達っ」
あれ? だけど私、一人で出かけたよね? どうしてもうフルーツもカスタードプディングも置かれてるわけ? 父ってば私がいなくなったことにいつ気づいたの?
(ま、いっか。どうせ出かけてた寮監先生が、私が連れて行かれるのを見かけたってオチだろうし)
アパートメントで見せてもらったキッチンルームの冷凍庫にはアイスクリームも入っていた。
ステーキハウスでデザートまで食べてきてしまったから今は入らないけど、明日になったら美味しく食べたい。
そしてフォムルの町で泊まっていたホテルの料理人さんが書いてくれたフルーツパフェの作り方には、盛り付け例とフルーツのカット方法まで書かれていた。どこの家にもある平皿に美味しそうに盛り付ける方法って奴で、とても親切。
(いい人だ。なんていい人達なんだろう・・・! お礼状を書かなくては)
アパートメントはウェスギニー家所有というだけあって、一番広いお部屋が割り当てられているそうだ。つまり最上階のワンフロア丸ごとだ。
クローゼットとバスルーム付きの寝室が六部屋、リビングルームや書斎などもあって、保管庫付きキッチンルームに、ダイニングルーム。
「なんて素敵なおうち。フィル、ここにならずっと住める」
すぐ近くには大きな駅があって、ここに来るまでもお店があちこちに並んでいた。とても利便性の良い街だと分かる。
なんで今まで連れて来てくれなかったのかなと思ったけど、子供にはあまり面白くないからだと分かった。祖父母や叔父が私達を連れていってくれるのはいつだって楽しく遊べるところだったから。
「ここはどこにアクセスするにしても便利な街だからね。いずれルードやフィルも使うだろうと思ってたんだが、意外と早く使うことになっちゃったな。フィルの部屋はもっと大きくなったフィルを想定していたんだが」
「えっ、見たい見たいっ」
見せてもらった「アレナフィル」の札が掛けられた部屋は、まさに女の子が泣いて喜びそうな家具が使われていた。
(これは・・・! お姫様家具だっ!!)
くるりんとした猫足の家具はどれもつやつやと輝いていて、コーナーで壁に沿って設置された大きな鏡はカーテンを吊り下げておけば見えないけれど、全身ばかりか後ろ姿までチェックできる二面鏡だ。それぞれ真ん中についている蝶番部分を折り曲げれば三面鏡にも四面鏡にもなる。
深みのある紺色と金色を多用した部屋は、とても高貴で重厚的な印象があった。
天井から吊り下げられている薄い青色のレースがダブルベッドの周囲を覆っているけれど、それは誰かが私の眠っている時に入ってきたならある程度をベッドの中から確認することと、完全な寝姿を入ってきた人に見られないこととを考えたものだとか。
今の私は普通にアニマルパジャマで「遠慮なく見て見て。可愛いでしょ」だけど、お年頃になった私のネグリジェ姿では悩殺モノだと叔父は案じてくれたのだろう。
このレースだってそう言っている。私がセクシーなフィルちゃんを隠してあげるの、プリンセスフィルちゃんはここで優雅に眠ってねって。
「綺麗すぎて、触るのが怖い。なんという素敵なお部屋。まさにお姫様の寝室がここにある」
「フィルは我が家のお姫様だからね。どこへお出かけするにしても、ここに休める部屋があれば移動で疲れることもない。とはいえ、あと六年後を想定していたから、まだ絵画や小物とかは揃えていないんだ」
私が父や兄のエスコートで夜会に出席することを考えての部屋だったらしい。いずれ絵画や小物でも好みが出てくるだろうと、そこは手つかずで置いてあったのだとか。
だから棚の中もいずれ化粧道具を揃えられるようにと、まだ空っぽだ。
「十分だよっ。今の時点で十分に完成されてるよっ!?」
ああ、叔父は本当に私達に甘い。
ついでにアレンルードの部屋を見せてもらったら、こっちはがっしりとした家具だった。猫足どころか、四角四面に作ったという感じだ。ベッドにも薄いレースなんてかかっていない。品質はいいけど、飾り気が全くなかった。
私の部屋は敷かれていた絨毯も気持ちがいいものだったのに、こちらは板張りだ。シンプルに水色や黄緑色や薄茶色といったカラーで、鏡だって金張りなんてされていない。
「ルードのお部屋、爽やかだけど、なんか殺風景?」
「ベッドのコイルはフィルのよりもかなり固いのを多く入れてあるし、床板や家具も頑丈な物を使っている。引き出しにはお洋服や小物しか入れないフィルと、鋼鉄製の何かとかをしまうだろうルードとは、別にしたのさ」
「そうかも。ルード、天井から布が垂れ下がっていたら、寝ぼけて引っ張って壊しそう」
父の部屋はとても使用感があった。何かと使っているらしいが、やはり頑丈そうな板張りだ。
大きな棚にはよく分からない道具とかが詰めこまれていて、収まりきらなかった防具らしき物が床に転がっていたりする。鍵がかかっている棚には危ない刃物等が入っているそうだ。
ベッドはアレンルードと似たような感じで、まさに実用性重視だ。なるほど、兄の部屋は父の部屋を参考にしたのか。
反対に叔父の部屋は絨毯が敷かれており、背もたれつきの長椅子が壁に沿って置かれていた。色とりどりのクッションや、壁に飾られた私達のフォトとかもあって、ほのぼのとしたお部屋である。壁一面に様々な大きさの家族フォトやお友達とのフォトが飾られていた。私の知らない人も沢山いたけど、それだけ叔父が色々な人と仲良く過ごしてきたことが分かる。
祖父と祖母の部屋はなんというか、まさに貴族の主人とその女主人の部屋という感じだった。質のいい家具にはセンスよく小物が並んでいて、高そうな絵画が飾られている。
「ジェス兄様のお部屋が一番人間らしい気がする。パピーもね、ジェス兄様見習って、家族のフォト、飾ればいいのに」
キッチンルームでお湯を沸かしながら、私は叔父の為にお茶を淹れることにした。
父の部屋は壁にフォトや絵画など一枚もなくて、それどころか様々なタイプのプロテクターが掛けられていた。うん、見なかったことにしよう。
とても気のつく叔父は、ティーカップを選んでくれている。
「兄上は色々な物を持ち込むから、けっこう壁とかにゴツゴツ当ててるんだよ。壁に飾った家族のフォトがどれも破れたりしていたら悲しくなるだろう? それにここはあくまでアクセスの良さ重視の拠点だからね。ここでフォトを眺めるぐらいなら、兄上は一目散におうちに帰るよ」
兄と弟の部屋の違いがあまりにも際立つ。だけど父の部屋にある物も必要とあれば叔父が使うし、叔父の部屋のクローゼットには父の夜会用の服もかかっているそうだ。
男同士なので小物やチーフなどは共用しているらしい。なるほど、道理で小物がコレクションタイプで整頓されていると思った。パッと見て選べるようになってるんだね。
「そーなんだ。そうだ、ジェス兄様。フォムルにね、ヴェインお兄さんとかもいたんだけど、どうなったんだろう。リオンお兄さんはどうにでもできそうだけど、ヴェインお兄さん、パピーのこと、大好きだから、今頃しくしく泣いてるかも。フォリ先生達は、五人いるから、多分大丈夫」
父はいつだって何も言わずに動くのだ。放置されてしまったオーバリ中尉は、ひとりぼっちでスチームサウナに入りながら、寂しくてぽろぽろ泣いているかもしれない。
「フィルがいなくなった時点で誰もが凄かったからねぇ。もうこっちにみんな来てるし、どこの家もこの街に使える建物ならあるから気にしなくていい。オーバリ中尉には、この下の部屋を提供しておいた」
私は目が覚めたらここにいたという感覚なのだが、もしかしてその間に他の人達はかなり動いていたのだろうか。
聞いたらこの街に別宅を持たない貴族の方が珍しいそうだ。
以前はウェスギニー家もこの街に別荘を所有していたが、エスコートさせていただいた女性が泊まりたがるのでもう泊まること不可能なアパートメントにしてしまったとか。
(つまり最上階は家族専用。だから下の階に独立した客室を用意した、と)
そっか。別荘だったから夜這いかけられちゃったんだね。気づかないフリして言わないけど。
過去のことは今度じっくり聞くとして、誰もが凄かったってどーゆーこと? 誰もがって何人を指すの?
「もしかして、ユウトさん、とってもとっても怒られちゃう? 捕縛されちゃう? だけどね、誘拐じゃないの。フィル、ユウトさんとね、お話したかっただけなの」
「・・・彼にもこの下の部屋を提供することになっている。拘束もされないし、我が家の客として迎えるから大丈夫だよ。この分だとうちが独占契約を結べるかもしれないし、心配しなくていい」
「独占契約? どうして?」
私が淹れたお茶の入ったティーカップをトレイに載せた叔父は、リビングルームへと歩き出す。私はその後ろを、てくてくとついていった。
リビングルームにある三人掛けのソファに、私と並んで座った叔父はにこやかに微笑んでくる。
「だってフィル。何の為にネトシル少尉やオーバリ中尉達といたと思ってるんだい? ウェスギニー子爵家の娘は既に婚約候補者がいる」
「ええっ!? いつからそんな候補者が確定・・・!?」
あれは匂わせるだけの目くらましではなかったのか。
いやいや、まさか確定はない。それはもう確実にない。
だってオーバリ中尉はともかく、フォリ中尉やネトシル少尉はうちよりはるかに身分の高いお坊ちゃま達。婚約候補者になるかもしれない、ならないかもしれないと、そんなレベルでゆらゆらさせておいて王子エインレイドと一緒にいる私を守る「匂わせ」の筈だ。
「そういうことにしておけばいい。そこに婚約をと持ち掛けられたところで、お断りするのが当然だろう? だけどユートさんはフィルに執着している。ということは、フィルと何らかの形で繋がっていたいのなら、ウェスギニ―子爵家の事業と提携するしかないと思わないかい?」
ぱちんっと片目をつぶられても、その優斗は大臣との取引が待っているのではなかったのでしょうか、叔父様。商談があるとか聞いた覚えがあります、叔父様。
「ルードも兄上の指導を受けながら、子爵家の事業を肌で実感するだろう。ユートさんは大量の受注はできず、さらにサルートス国の工場ではあまりにも雑な作業だと言っていた。ならばうちぐらいの小さな所が持つ工場とならば、目も行き届くと思わないかい?」
「もしかしてジェス兄様。つまり大臣様、フラれちゃうの?」
そんな恐れ多いことをしていいのでしょうか、叔父様。私はあなたが困るようなことも嫌なのです、叔父様。
「取引とは常にそういうものだよ。条件が合わなければね。だけどうちはほら、フィルという通訳もいて、彼はフィルにご執心だ。どうせ引き剥がせないなら、監視下でおとなしくさせておかないとね。通訳にフィルをつけると言えば、彼は言うことを聞きそうだろう?」
「なんと・・・! 実はフィル、エサだった・・・!? ううんっ、駄目っ。ヴェインお兄さんやリオンお兄さんだと、ユウトさんと同じ世代になっちゃうっ。お兄さん達を排除しちゃえばいいって、ユウトさん、考えちゃうっ。だからフィルッ、ボーイフレンドは同じ十代がいいのぉっ」
私はあまりにも恐ろしい事態を思い浮かべてしまった。
よく分からないが今の優斗は外国人の少女である私に対してかなり譲歩している。私がかつてファレンディア国で生きていた頃には、赤の他人に優斗があそこまで譲ることなどまず考えられなかった。
性格が丸くなっただけかもしれない。人を思いやる心を学んだのかもしれない。だけど本当にそうだろうか。
いや、駄目だ。あの子はアレナフィルの中に愛華を感じている。それによる執着だ。ここは完全に私の恋愛対象外だってぶった切っておかねば私の貞操の危機だ。
姉としてのプライドにかけて弟に食われるなんて絶対に認められない。
問題はあの子が私の周囲にいた人達を排除することにかけては天才的な技能を有していることだった。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
今、フォリ中尉やネトシル少尉は私の兄代わりの親戚と言うことになっているけれど、赤の他人だと知ったらあの子が何をすることか。いや、まだ私だとばれてないから大丈夫。大丈夫な筈なんだ。大丈夫じゃなかったらどうなっちゃうの。
そうだ、駆け落ちしよう。誰も知らない所で、叔父と二人きり、幸せに過ごすの。
そうよね、どんでん返しでハッピーエンド。イェーイ、最高。だけど追跡者はあの粘着質ボーイ。
ぐるぐると頭の中が大混乱だ。
「そ、そうなのか。今までのポリシーをかなぐり捨てて、いきなりの方向転換だなんて、フィル、よほど彼とは婚約したくないんだね」
「絶対っいやぁっ。フィルッ、お友達を取り上げる婚約者なんて絶対ほしくないぃっ。だけど名前だけでもお兄さん達使ったら、ユウトさん、完全犯罪しちゃってフィルを手に入れちゃうぅっ」
彼は、私がちょっと仲良くなったボーイフレンドや男性職員達をいつの間にか排除して、
「やっぱり僕しかいないよね」
と、にっこり笑っていた男の子だった。
いきなり皆から避けられるようになって、私がどんなに傷ついたことか。
だから私は言い聞かせた。
少年だったあの子に膝詰め説教で、
「子供に手を出すような年長者は最低な人間性の持ち主なんだよ? 優斗、あなた、私をそういう人間にさせて平気な子なんだ? そんなことないよね?」
と、あなたが望むことは私自身を貶める行為であり、私の不名誉を良しとするのであればそこに君の愛はないじゃないかと懇切丁寧に言い聞かせたのだ。
たとえ行動がおかしくても素直なあの子は、やっとそれで反省したようだった。
だから私は、
「ちゃんと優斗も同年代のお友達を作らないとね」
と、ちびっこキャンプにも連れて行った。
それなのに食の細いあの子は、移動で疲れて食欲もなくなり、気持ちが悪いと、いつも体調を崩して、私はつきっきりであの子の食事を作り、膝枕をしてあげて・・・。
仕方がないから食事の美味しい、そしてスクールドクターもいるような高い私立の寄宿舎学校を探した。
ああ、あんなにも私が口を酸っぱくして言い聞かせたのに、どうしてその成果が見られないの。
14才の女の子に婚約を迫るだなんて、どこまであの子は変態の道を突き進んでいるの・・・!
しかも年上の姉にはまだ遠慮もあっただろうけれど、今度は年下の女の子。あいつが記憶している単語に遠慮という文字はないに違いない。
「うんうん。分かったよ。まあね、そのあたりも兄上が対応してくれているだろうけど。安心しなさい、フィル。我が家はフィルを不幸になんてさせないよ。あのユートさんを確保しておくのも、お前に対して節度ある接触に留めるよう、こちらがきっちり監視する為だからね」
叔父の微笑はとても爽やかで、胸がきゅんっと高鳴った。
「ジェス兄様・・・! 好き。やっぱり愛してる。フィル、結婚するならジェス兄様みたいな人がいいの」
「私も愛しているよ。本当にフィルが姪じゃなかったら結婚したのにね」
「そうなの。フィル、パピーとジェス兄様見すぎて、一生結婚できない」
「それならずっと家にいなさい。お前が役に立つとか考えるような男を選ぶ必要はないんだよ。フィルの生き方一つでどうこうなるようなウェスギニー家じゃないからね」
ああ、子供を保護し、それでいて自由を認める、そんな父と叔父の方針が素敵すぎる。
いいか、かつての弟よ。これが大人の男としての理想的な在り方なのだ。いきなり薬を投与して誘拐するのは最低な行いなのだ。脅迫して婚約関係を迫るのも論外なのだ。
全くもう。
いいけどね、単に私とお話したいだけだったみたいだから。
(大きくなっても優斗、寂しがり屋さんなのかも。だけどパピーやレンさんといるなら、いいお兄さんみたいに思えて見習ってくれるようになるかもしれない。やっぱりちゃんと同性で同世代のお友達を作んないと、どんどんおかしくなっちゃうよ)
・・・・・・。
あれ? 何故だろう。胸が痛い。
もしかしたら精神的な重圧がひどすぎて、私、体調を崩したのかもしれない。今日はあのゴージャスな寝室で素敵な夢を見なくては。
今の私には大人びた内装だったけれど、上品でありながら重厚なところがまさに用意してくれた叔父からの愛を感じさせる。
(そうだ。明日、ご褒美にルードにもバナナとチョコレートソースたっぷりなフルーツパフェ作ってあげなくっちゃ)
明日には、アレンルードに素敵で見ただけで幸せになれちゃうミラクルスイートおやつを作ってあげよう。
そうしたら今日のことは忘れてくれるかもしれない。
「今日はゆっくり休みなさい、フィル。明日には兄上もユートさんも揃ってる。心配しなくても大丈夫だ。フィルが困ることにはならないよ」
「うん。ジェス兄様、大好き」
後始末の話し合いに叔父が行かなかったのは、私を落ち着かせる為なのだろう。バーレンがいるならうまく誘導してくれるだろうけど、いつだって父も叔父も私には甘い。
手早くシャワーを浴び、ウサギパジャマに着替えて寝室に戻れば、空っぽだった机の上にはメモ用紙やインクなど小物が増えていた。ドレッサーにはブラシなども置かれている。
(客室用のを持ってきてくれたのかな。下の階に備品室があるのかも)
私をベッドのシーツの中にもぐらせると、叔父はシーツの上から私のおなかあたりをぽんぽんとした。
「私も兄上達が戻ってきたら休むよ。さ、眠るまでいてあげるからね」
「うんっ」
心が疲れてしまった時はまず眠りなさいと、叔父の声が私を穏やかに包んでいく。
ずっと寝ていたから眠くない筈なのに何故か眠くて目を閉じた。シーツから出した手を叔父が握ってくれる。だから安心できる。
夢の中でアレンルードの声が聞こえて、そしていつものように慣れ親しんだ気配と共に私は眠った。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
どんなにゴージャスで大人っぽい寝室でも、私は上下一体型、つまりツナギ型パジャマでおやすみだ。
ちゃんと耳付きフードもついている。
(小物はまだ揃ってなくても私とルードのアニマルパジャマは揃ってる。何たることか。ここはいっそセクシーネグリジェでも良かったのに。そしてジェス兄様を誘惑して駆け落ちするの。なんてパーフェクトゴール)
貿易都市サンリラのアパートメントでこれと同じピンクウサギなパジャマを着て朝食を作っているのを見た中尉や少尉達は、何故か床に膝をついていた。
オーバリ中尉は、
「これ以上ねえぐれえに可愛いのに、それゆえにお子様には手を出すなと明確に伝えてくるメッセージ性。すげえや、アレナフィルお嬢さん。男のドキマギを完全破壊してきやがる」
とか、意味不明なことを言っていた。
【なんでウサギっ子なの?】
【・・・んー、可愛いから。アライグマはもっと可愛い】
ウサギパジャマの可愛さはともかく、私はアレンルードにアライグマなツナギ型パジャマを着せるのがお気に入りだ。
だって可愛いから。小生意気で偉そうにしてても所詮はシマシマアライグマ。どんなに睨みつけてきてもどこまでもキュート。本気で可愛くて笑える。
【可愛いからアニマルパジャマなの?】
【そうなのぉ。だってね、・・・ルード、着るまでは嫌がってても、・・・ん、着たらガーゼ生地、とっても着心地良くてね、・・・結局脱がないんだよ】
三角お耳フードの下で、オレンジ色がかった黄色い髪と濃い緑の瞳が、「可愛いなんて言うんじゃねえよ」って主張しているんだけど、おしり部分のしましまシッポなアップリケがラブリーすぎて、思わず抱きしめたくなっちゃう。
「何言ってるの、フィル」
「んー。ルードのアライグマパジャマぁ、可愛いねって」
男の子って単純だよね。ちょっと突っ張ってみたりするけど、その生意気さが可愛いの。どんなに偉そうに威張ってみせても、甘いお菓子を出したらすぐ素直になっちゃうんだよ。
【ふぅん。そうなんだ。本当にアレナフィルはアレン君がお気に入りなんだね】
「ピンクウサギに言われたくないけどね」
あれ? 何だろう。左右からとても不機嫌そうな声がする。
嫌だなぁ。左側の不機嫌さがちょっとアレだから、あっち向いておこう。
ごろりと右側に寝返りを打てば、一緒に誰かが寝ていて、手に触れる慣れ親しんだ髪の感触に、アレンルードだと分かった。
「フィル、起きなよ。なんかこの人、僕達、起こしに来たよ」
「ルードが可愛いからぎゅーっ」
ぐらぐらと揺さぶられちゃったけど、いつもは私が起こしてあげるのに、今日のアレンルードは声がちょっととんがってる。もう、すぐ拗ねるんだから。
目を開けないで抱きしめれば、お返しに抱きしめられて、おはようのキスを頬にされる。
「おはよう、ルード」
「おはよう、フィル」
眠い目をこすりこすり起き上がれば、左側のベッドの端に誰かが座っていた。ふわあぁっと、欠伸をしたら、薄い金髪と淡い緑の瞳に気づく。
【あれ? 起こしてくれればよかったのに、なんでいつもそこにいるかなあ】
欠伸したけれど、まだ眠かった。もう年かも。
本当に起こしてくれればいいのに、いつも座って私を見てるんだよね。別にどこにも行かないんだから、ちゃんと寝坊して構わないのに。
【別に。今来たばかりだよ】
【そう? 声、おかしいよ。ちゃんとお布団かけてなかったの? お熱は? ほら、おでことおでこ、こっつんこ】
両手を広げれば、抱きついてくる体が、・・・・・・なんだ、この大きさは。
「誰っ!?」
慌てて後ろに飛びのこうとしたら、背後にいた誰かにぎゅっと抱きとめられた。この細い腕はアレンルードだ。父じゃない。叔父でもない。
「何やってんのさ、フィル」
「ル、ルードッ。知らない人がいるっ」
どんなに寝ぼけていても、目が開いてなくても、私は抱きしめるその感触で家族を認識できる。
知らない感触に恐怖バクバクだよ。
それなのにアレンルードは私に味方してくれなかった。
「たまに思うけど、フィルってけっこう薄情だよね。いっけどさ」
「薄情なんかじゃないもんっ」
「はいはい。じゃあ、さっさと着替えて顔洗って行こうよ」
アレンルードは反対側からベッドを降りて立ち上がる。
びっくりして心臓が止まるかと思ったよ。だって私が起きて目にするのは、いつだって父の甘い微笑だったのに。
よくよく見たら、ファレンディア国から来た誘拐犯が不満そうな顔をしていた。
【あれ? ロッキーさん。なんでここにいるんですか?】
【・・・おはようのキスはしてくれないの?】
【そういうのは家族としかやらないんです。それより何故ここに?】
冗談じゃない。いつもしていた朝のご挨拶なんかしたら、もう待ったなしになりかねない。
おはようのキスは、普通に恋愛してガールフレンド作って、その人にやってもらいなさい。全くもう油断も隙もない。
【パンとコーヒーとゆで卵ぐらいなら出すって言われてたんだ。そしてお寝坊さん達を起こしにきたんだね】
【あー、そっか。そういえばここ、うちのアパートメントだった。下の階にいたんでしたっけ】
ああ、やっと頭が動き出した。
ベッドから降りて、ぽてぽてとダイニングルームへと行けば、コーヒーの香りが漂っている。
「おはよう、フィル。よく眠れたかい?」
「パピー、会いたかったっ。ジェス兄様も、おはようございますなの」
父と叔父が、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。ぽすっと抱きつけば、いつものように抱きしめられる。ああ、やっぱりこの体が一番好き。
「おはよう、フィル。兄上がパンとベーコンと卵は買ってきてくれていたんだけど、後で買い出しに行かなきゃね。ところでルードは?」
「着替えてから来ると思うの。卵とベーコンあるなら、目玉焼きとかの方がいいかも?」
「ゆで卵はメーカーにセットすればできるし、ベーコンは炙ればいいだけだけど、目玉焼きって人数分作るの面倒じゃないかい?」
「大丈夫、ジェス兄様。フィル、目玉焼き作れる」
そこへ何やら話し声がして、誰かが入ってきた。バーレンとオーバリ中尉である。
「お、フィルちゃん。おはよう。ユウトさんが起こしに行ってくれただろ。ほら、野菜とヨーグルト、買ってきたぞ」
「おはよう、アレナフィルお嬢さん。先生が、絶対ここは朝から市がある筈だって言うから一緒に出掛けてたんすけどね、うん、ありましたよ。これでサラダはどうにかなるかなって」
「おはようございます、レン兄様、ヴェインお兄さん。よかった、これで朝ごはんもしっかり食べられる」
貿易都市サンリラで私の作る朝食に慣れた二人は、よく分かっていた。
朝ご飯はたっぷり食べないとね。
「うふふふー。しかも今日のフレッシュジュースは南国フルーツ入りだからとっても甘くて美味しいの。期待してていいですよ」
「手伝おうか、フィル?」
「大丈夫、ジェス兄様。みんなでお喋りしながら待ってて。フィルの朝ご飯、とっても元気になるんだよ」
あ、そうそう。忘れちゃいけない。
放置しすぎると濡れた新聞紙並みにねちゃねちゃぐっちょりしつこい感じでぐずる子がいたんだった。
【ロッキーさん。今から朝ご飯を作ってきますから、ここで待っててください。卵は目玉焼きとゆで卵とスクランブルドエッグズとどれがいいですか? ベーコンは何枚?】
【・・・スクランブルドエッグズで。ベーコンは一枚】
思ったより食欲はあるらしい。うん、なら大丈夫だろう。
【分かりました。ジュースと紅茶も今から出すから大丈夫ですよ】
【ありがとう】
ベーコンというのも、人それぞれに好みがある。みんなは分厚く切ったベーコンに塩コショウをきかせたのが好きだが、バーレンは薄切りの方が好きだ。
そして優斗はカリカリに焼いた薄切りベーコン派だった。
(私としてはどちらにも良さがあると思うわけだよ。だが、スクランブルドエッグズにもまた好みというものが出る。人とは様々な味付けを自分なりに好んでしまう我が儘な生き物なのだ)
叔父はコーヒーも飲むが、紅茶をより好む傾向がある。
アレンルードは牛乳をそのまま飲む方が好きだ。頑張ってもっと背を伸ばしたいらしい。私も身長が欲しいからその気持ちはよく分かる。
オーバリ中尉は、スプーンの上に置いた砂糖にブランデーをしみこませ、それに火をつけてアルコール分を飛ばしてから、残った砂糖を紅茶に混ぜるというそれを一度してみせたところ、けっこう気に入ったらしい。
自分ではやる気にならないが、私にしてもらうのは楽しいとか言って、リクエストしてくるようになった。コーヒーに入れてもいいのだが、特別感が出るから紅茶の方がいいそうだ。
コーヒーは職場で出てくるけれど、丁寧にティーポットで蒸らした紅茶はまず出てこない。そんな理由だった。
(パピー達は目玉焼きの方が好きなんだよね。軍だとスクランブルドエッグズとゆで卵、いつもそれのどっちかばかりだとかで)
買ってきてもらった野菜と、届けてもらったバナナやマンゴーなどを一気にミキサーにかけてフレッシュジュースを作り、それから卵料理とトーストだ。
「アレナフィルお嬢さん、これ、持っていけばいいのかい?」
「お願いします、ヴェインお兄さん。今日のフレッシュジュースは一味違っちゃいますよ」
「はは、楽しみだ」
きっと来るだろうと思っていたが、やはり来たオーバリ中尉が、トレイに載せてあったフレッシュジュースを運んで行った。
朝のバナナミルクなんて子供の飲むものだとか言ったくせして、やっぱり一口飲ませてとか言い出す困ったちゃんだったけど、健康的な食生活で体調も変化しているのかもしれない。
【何か手伝おうか?】
【ヨーグルトを人数分、分けてくれる? そこのジャムと蜂蜜が載ってるトレイの上のガラス器に入れて】
【分かった】
うん、やっぱり年月が過ぎても変わらないものはあるんだね。いつだって優斗は私の後をついてきてお手伝いしてくれる子だった。
まあね。ついてきすぎるのが困りものだったんだけど。
フレッシュジュースに使った時に取り分けておいたトマトを角切りにして、小鍋でじゅーっと加熱したらトマトケチャップを投入する。普通のトマトケチャップでは味がきつすぎるという人には、そんな感じで薄めてあげるといいのだ。水っぽくしてどうするんだよって思う人の方が多いから、よほど濃い味付けが苦手な人にしかしないけど。というか、つけるケチャップを減らせばいいだけだよね。
だけどこの子には少しでもこうして食べ物本来の味に寄せるようにしていた。そうすれば安心して食べられる様子だったから。
なんにせよバーレンとこの子以外、つまりほとんどの人はよく食べる人達だ。ベーコンだけじゃ物足りなさそうな人の方が多いからソーセージも添えて、さて、朝ご飯。
ダイニングルームに行けば、もうカトラリーとかは出ていて、パンもテーブルの真ん中に盛られていた。
「んー。やっぱり朝のジュースは体がさっぱりするの。ああ、目覚めていく」
みんなはぱくぱくとソーセージやパンを食べていくけれど、私は優雅にこの一杯を優先したい。こういった水分と食物繊維を取ることで、体はより目覚めやすくなるのだ。
「堂々と一人だけパジャマで朝ごはん食べるフィルに、僕はびっくりだよ。ここ、家族だけじゃないんだよ?」
アレンルードはそんなことを言うけど、家族じゃないのはバーレンとオーバリ中尉で、サンリラでは同じ302号室で寝起きしてたよ、この人達。
それならパジャマでもいいと思う。
「アレナフィルお嬢さん、毎日こんな感じでしたからねえ。朝から森の動物さんがご機嫌で朝ごはんを歌いながら作ってるって感じで」
「もしかしてヴェインさん、またフィル、変な呪文歌ってたんですか?」
「たまに普通の歌の時もありましたけどね。俺達にしてみれば、『おお、女の子とはこんな可愛い生き物なのか』って感じでしたよ。普通の女ならもう朝はシリアルとコーヒー出してくれりゃあ御の字ですからねぇ」
「そうなんですか?」
「・・・いつかアレンルード君にも分かる日が来ますよ。自分もしくは恋人しか朝食を用意する者がいなくて、お互いが相手にしてもらえると信じていたら何もなかったという悲しい朝を」
「子供に朝から変なことを聞かせるんじゃない、ヴェイン」
「いやいや、ボス。こんなのはすぐですって」
オーバリ中尉とアレンルードは、何やら仲良くやっているようだ。男の子ってのはすぐ強い男の人に惹かれていっちゃうよね。
アレンルードはネトシル少尉だけじゃなく、オーバリ中尉にも興味があるようだ。それなら父でいいと思うんだけど、それは嫌なのかな。
【ユウトさんはベーコン、薄切りタイプが好みですか? 俺もそうなんですよ。ただ、他の奴らがみんなベーコンは厚切りとか角切りとか言い出して、薄切りの俺はまるで非常識人間のように扱われましたがね】
【たしかに少数派かもしれないですね。私はミートプレスでカリカリに焼いたのが好きです】
ミートプレスは金属製の重石だ。ベーコンやお肉など、上からそういう金属でプレスしながら焼くことできれいな焼き上がりになる。ベーコンを美味しく、そしてカリカリに焼きたければ外せないだろう。
ミートプレスを使うことでベーコンの脂も落ちる。
だからバーレンはそうやって薄切りベーコンを焼いていたけれど、今日はユウトの分もそれでカリカリにしておいた。二人はベーコンを食べるというよりも、そのカリカリ感を楽しみたいらしい。
【へえ。卵のトマトケチャップ、なんか薄そうですね】
【これぐらいでちょうどいいのですが。どうもこちらのトマトケチャップは味がきついですね】
【なるほど。そういうお国柄の違いがありましたか】
こうして異文化に対する誤解が広まっていくのかもしれない。
たしかにサルートス国のトマトケチャップは味がきつい感じだが、ファレンディア国のトマトケチャップも酸味がきついのである。決してファレンディア国のトマトケチャップが薄味なわけではない。
だけど味を薄めてあげた方が、ユウトには食べやすい。
(ヴェインさんってば、すぐ拗ねちゃうからなぁ。困ったもんだ)
食後にはスプーンの上で砂糖にブランデーを垂らしたものに火をつけて、それからその砂糖を紅茶に混ぜて出してあげたけれど、やはり父にはあまり嬉しくない感じだった。多分、砂糖が入りすぎなのだろう。
だけどこれはオーバリ中尉がお気に入りだったりする。
「サンリラだとアレナフィルお嬢さん、花の形をした砂糖を使ってたけど、別に角砂糖とか成形された砂糖じゃなくていいんだな」
「あそこではお花の形になった砂糖が売られてたから使ったんですよ。だけど別にグラニュー糖ならどうでもいいんです。安い紅茶を美味しく飲みたい時にはね、ブランデーで香りづけするだけでちょっと豊かな風味になるものですから。これならアルコール飛んでるから、ルードも大丈夫」
カップの上に渡されたスプーンに置かれた砂糖、そして垂らされたブランデー。青い炎がスプーンの上で燃え上がって消えてしまうそれは、専用のロワイヤルスプーンがあればいいけれど、なかったならピックやフォークを幾つかカップの上に渡して、その上にスプーンを乗せることでどうにか代用できる。
・・・・・・。
いや、普通、そんなことにしか使えないフック付きスプーンをわざわざ用意している家庭ってどんだけあるって言うのさ。ないよ、普通。ないのが当たり前だよ。
それならどうにか炎が消えるまでスプーンが紅茶の上にぽちゃっと落ちない手段を考えるよね?
というわけで、私はカップの上にピックを二本渡し、その上に斜めに置くようにしてティースプーンを固定させたのである。
貿易都市サンリラのアパートメントでは、一階にいた管理人に言えば出してきてもらえたロワイヤルスプーン。いちいちそんな物があるところが凄かった。
ちなみにこのアパートメントにはなかったので、そのピックを置いてやるやり方を見せたら、次からは皆が自分でスプーンをカップの上で固定してくれた。だからそれに私がお酒を垂らして火をつけたのだ。
なんかそういうの、共同作業って感じがしていいよね。
優斗も楽しめたならよかったけど。
こういう家族の団欒なんて、とても縁遠い生活だったと思う。
【ロッキーさん、嫌いな味じゃないですか?】
【ええ。ブランデーの香りが紅茶からふわりと漂って、とても美味しいですね】
【よかった】
淡い緑の瞳がとても穏やかな空気を醸し出していたので、私もホッとした。昨日はおかしくなりすぎていたのだ。
できればこうして、平凡でありふれた日々を幸せだと思う人間になってほしい。
【なんでしたらユウトさん、それ、紅茶の細かい内容は載っていなかったでしょう。幾つか単語を書きましょうか?】
【ありがとうございます、是非】
私が渡したサルートス語とファレンディア語の対比本はそこそこお役立ちのようだ。何か尋ねたい時はみんながそれを指さしている。載っていない言葉はバーレンが教えたりして、余白にみんなで単語をちょこちょこと書いてあげたりもしているようだった。
(リオンお兄さん、たしか侯爵家の人だったっけ。だからおうちがあるのかな。フォリ先生達は、うん、十分にいつでもどこでも大将って感じだね)
だから私は、みんなも私のお世話から解放されてのんびり過ごしているんだろうと思っていた。
よく考えたなら、あんな高い階にあった窓の外からアレンルードが撃銃をぶっ放して入りこむだなんてこと、そこら一体の交通封鎖がなければできることではなかったと、気づいたのかもしれない。
そして誘拐された筈の私を偶然アレンルードが見つけるだなんて、まずありえないことだとも思い至ったのかもしれない。
更に言うのであれば、国王の甥であるフォリ中尉、近衛に属するネトシル少尉、彼らが対応に出ることで、私という存在をかすませようとしてくれたのだと、その行動を読めたのかもしれない。
だからみんな、ここに来る余裕などなかったのだ。
だが、私がそのことに気づくのは数年後だった。
だって、ほらね? 私、まだ14才だから。




