表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/71

16 変装に意味はあるのか


 緑葉月(りょくようづき)にはテスト期間があったこともあり、緑葉月(りょくようづき)青風月(せいふうづき)とを合同でクラブ参観を行うことにした。

 毎月一回の発表会は面倒だが、二ヶ月に一回ならそこまででもない。

 何より、発表会で何を作ろうと、マーサと一緒に相談しながらおうちでご飯を一緒に作れるところがいい。

 えへっ。

 まだ子供だけど包丁とかを使ってもいいって、マーサに納得してもらったよ。お料理の才能あるって褒められちゃった。


「じゃあ、今度はフィルお嬢ちゃま、お茶会形式でしますの?」

「うん。あのね、今、フィル、朝、礼儀作法のお勉強、してるでしょ? だからね、お茶会っぽい感じで、だけどお菓子とかはお野菜とか海藻とか使ったおつまみにして、お茶じゃなくて栄養たっぷりなスープをカップに入れて出すスタイルはどうかなって、お話してるの。だってそれなら、甘いものが苦手な人も平気でしょ? あのね、今ね、礼儀作法のお勉強で使ってるティーセットも使っていいって言われてるの。・・・・・・だってあの人達、なんか試食会しても、懇親会にさせそうな気がする」


 あのフォリ中尉は、私の試食会を懇親会に変更させやがった張本人だ。しかも私の為とか言いながら、礼儀作法を教えるのに無茶すぎる貴婦人(推定王妃様)を引っ張り出してくるあたりも信用できない。

 だけどああいう手合いに反抗しても、もっとひどい手段で対抗してくるだけだって、私は知ってる。

 程々にしておかないと、敵に回すのはちょっと危険だ。だって権力、ありそうなんだもん。

 うん、大丈夫。まだサルートス国で、私の周りに変態はいない。


「それはよろしゅうございましたわ。だけど旦那様、まだお帰りになりませんから、レミジェス様がいらっしゃるかもしれませんわね」

「うん。お祖父(じい)ちゃまかジェス兄様に来てって言ってあるの。だって王子様の正体、そろそろばれてるんだもん。もう一蓮托生でディーノやダヴィのおうちにお任せしないと、うちが逃げられない」

「大丈夫ですわ、フィルお嬢ちゃま。だってフィルお嬢ちゃまはとてもいい子ですもの。きっと全てうまくいきますよ。学校長先生も、フィルお嬢ちゃまがどんなに頑張り屋さんか、褒めていらっしゃいましたもの」

「うん」


 多分、私は守られているのだろう。

 だって休曜日はフォリ中尉かネトシル少尉の移動車で、美術品の展示会に連れていかれるからだ。祖父や叔父が同行してくれたりもするけれど、どうやらそれはエスコートの実地訓練らしい。アレンルードも一緒だったりするが、かなりげんなりとしていた。

 アレンルードはそちらの勉強をとっくにしていたようで、私より詳しかったけれど、フォリ中尉やネトシル少尉に比べたら天と地程に劣る。

 祖父はそれを、それだけの金額を動かして購入してきた経験の有無だと言ってのけた。幼い頃からそういった購入にも立ち会い、鑑定家の話を聞いて育ってきた差があるのだとか。

 ウェスギニー家は絵画購入に力を入れていないので、アレンルードは知識として絵画を鑑賞はできるが、それだけだ。

 

(ああ、パピー。パピーが私を平民と結婚させてくれようとした優しさが、今、心から理解できます。貴族がこんなにも教養を身につけなくちゃいけないのなら、私、幸せに生きられないって思うんです)


 何かとウェスギニー子爵邸に行っていたアレンルードだが、絵画に対する鑑定眼も最低限は身につけていた。だから会話にはついていけるし、簡単な真贋特徴ぐらいは知っているが、所詮は机上の知識だ。

 自宅に飾る際の壁とのバランスや、好みを考えたモチーフ、そして絵画としての価値を考えて購入し続けてきた家とは経験値が違いすぎる。

 アレンルードは美術的な絵画に興味がないし、そういうものを購入する気もないので、恥をかかない程度に覚えておけばいいといった認識だったらしい。ウェスギニー家はそれで問題なかった。

 問題は私である。令嬢として他の貴族令嬢と参加するお茶会では、絵画や陶磁器の鑑賞もあり得るから、見る目を磨いておくようにと言われてしまった。

 どうして女の子ばかりがハードな状況下に置かれるの? 何かが間違っている。


「マーシャママがママでよかった。フィル、もうお外、怖い。お貴族様、大変」

「ええ。フィルお嬢ちゃまを私もずっとこのおうちの中にしまっておきたいですわ。こんなに可愛いフィルお嬢ちゃまだから、誰もが可愛がりたくて仕方ないのですわね」


 ぎゅっと抱きしめられてしまえば、全く記憶にない母はこうだったのだろうかと、ただそう思う。いや、思いたいだけなのだろう。

 手紙を出す勇気は出せたけれど、私にはまだ怖くて見られない現実がある。

 いつか祖父母や父や叔父、そして兄に拒絶されても、ローグとマーサは私を愛し続けてくれるだろうか。

 

(知ろうとしなければよかった。気づかなければ、何も考えずに愛されて暮らしていられたのに)


 いつか私に残るのはこの身一つだけなのかもしれない。

 向けられる愛を拒絶して、出ていかなくてはならないのかもしれない。

 あの時と同じように。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 青風月(せいふうづき)には、ベリザディーノの誕生日もある。だから早めの半曜日にクラブ参観を決めた。

 今度のベリザディーノの誕生日会では、フォリッテリデリーでご飯を食べてから、近くの遊技場に行こうということになったのだ。

 たまには体を動かして、くさくさした気分を晴らしたいってこと、あるよね。

 そして青風月(せいふうづき)のクラブ参観は、二度目のクラブ参観ということよりも、エインレイドの正体を知った人達が押しかけてくることが考えられた。

 ゆえに今度のクラブ参観のお知らせは、「どの保護者も二名まで」ということを明記したのである。

 だって人数をきちんと把握しておかないと、私だって用意できないよ。

 まさか前回のように、フライドチキンを出して、「さあ、どうぞ。手づかみで召し上がれ」というわけにはいくまい。

 ち・な・み・に、マーサはクラブのオブザーバーなので、別枠である。




『  第二回 成人病予防研究クラブの保護者参観のお知らせ


 この度、第二回成人病予防研究クラブ参観を、開催いたします。

 緑葉月(りょくようづき)は、一斉テストがあったので、クラブ活動は一時停止し、皆で試験勉強をしていました。

 今後とも生徒としての本分を忘れることなく、クラブ活動を行いたいと考えています。


 第一回の反省を()かし、今回は試食がてらの懇親会を行います。普通の懇親会と違って、ヘルシーな軽食をつまみながら、何を材料にしてどんなものを作ったかを紹介します。

 尚、この研究クラブは一年生の五人だけで構成されており、誰もが対等な立場です。

 だから五人は愛称のみで呼び合い、序列もなく、対等に議論し合い、皆で協力し合い、図書室で本を調べ、買い物にも行き、ハーブを育て、調理し、試食します。

 保護者の皆様には、そのルールをよくご理解の上、ご参加ください。

 今回はどの生徒の保護者も、二名までとさせていただきます。また、苦手なものや食べられないものがある時には、無理に食べたりなさらないようにお願いします。


参観日時 青風月(せいふうづき)2日 半曜日(はんようび) 陽2時~


 参加なさる先生方も、開催日一週間前までには人数をお知らせください。今回はちょっと食器にもこだわるので、カップの数などを前もって用意する必要があるからです。


 クラブメンバー:アレル、ディーノ、レイド、ダヴィ、リオ(名前は誕生日順です) 』




 朝のマナーレッスンだが、いつも教えてくれる貴婦人の都合が悪い日には、代わりに厳しいマナー講師を寄越してくる。つまり平日は休みなしだ。ハードすぎる。

 彼女達は私をどこに連れて行こうとしているのか。

 こういう嫌がらせをされた時にはどうするのかとか、何か混ぜられていた時に気づく訓練とか、なんだかとても怖い分野まで入っているんだけど。

 そして毎朝の話題を作ることには本気で苦労する。というわけで、私はそのお知らせ文書を見せてみた。

 これで今日の話題はどうにかできた。だってそうそう茶会に相応(ふさわ)しい話題なんて作れないよ。

 

「クラブ参観だなんて、本当に真面目にやっているのね。どんなスタイルでするつもりなの?」

「まず緑の葉物野菜の絞り汁をミニグラスで出すつもりですが、多分、飲みにくいと思うので果汁か蜂蜜、もしくは砂糖を加えてみようと考え中です。場合によっては、人参とか違う野菜ジュースに変更することも視野に入れているのですが、みんなも味見のしすぎでまずさに慣れてしまったものだから、普通の人が耐えられるまずさが分からなくなってきていて・・・」


 今や青汁を一気飲みできる男子生徒達。まずさに挑戦している彼らはどこを目指しているのか分からない。

 どの組み合わせが飲みやすいかを調べているというのに、何故かどの青汁がまずくて飲めない味かを追求しているあいつらはおかしい。


「あらあら、ほほほ。それは大変だわ。どんな味なのかしら」

「夕方にいらしてくださるなら、作り立ての味見をしていただけるのですが、みんなには物足りないみたいです。味見する時は真面目にやっているのですが、それが終わったら毎回お肉とかベーコンとかを挟んだパンを要求してきます」

「男の子はよく食べるものね」


 海藻を混ぜ込んだクッキーとか、野菜を低温でじっくり煮込んだスープとか、生姜やスパイスを使って発熱効果を高めたソースをかけた鳥の胸肉料理とか、色々と味見しがてら、皆で研究中なのだ。

 聞けばこの貴婦人、特に好き嫌いはないということだった。

 ちなみにあのフォリ中尉、何をどうやって学校長を言いくるめたのか知らないが、本来、成人病予防研究クラブのオブザーバーはマーサだけの筈なのに、今回の第二回クラブ参観では、この貴婦人もオブザーバーとして参加するらしい。

 やりたい放題がすぎないだろうか。さすが大公家権力だ。クラブ長が知らない内にクラブの大切なことが決まってるって何かおかしい。


「レイディは、葉物野菜の絞り汁と、人参の絞り汁、どちらがお好きですか?」

「そういうお料理を頂いたことがないから分からないけれど、そこまで美味しくないと言われてしまうと気になるわね。頑張って飲むわ」

「慣れたら美味しく感じるんですけど」


 この貴婦人、当日は変装してくるという話なのだが、・・・・・・変装しないと分かってしまうお立場なのでしょうか。

 ううん、フィル、もうそんなこと考えない。

 だってどうしようもできないことってあるんだもん。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 いつものようにエインレイドと一緒の移動車で家まで送り届けてもらったら、家には父がいて、移動車を洗っていた。


「お帰り、フィル。ああ、よく顔を見せてくれないか」

「ただいまっ、パピーッ。お帰りなさいなのっ」


 私を認めた時点で父は水を止めていた。だから私がぽぉんっと飛びついても濡れることはない。

 細身に見えて決してそうではない父の肉体はとても素敵だ。包容力が違う。私が飛びつくのを待って、それからぎゅっと抱きしめてくれるその腕は、いつだって力強い。


「パピー、パピー。やっぱりフィル、パピーがいい」

「ああ、どうしたのかな。私の妖精さん? 寂しい思いをさせてしまったね。お詫びに今度のお休みには何でもお前の望みを叶えよう。さあ、可愛い笑顔を見せてくれないか」


 少し長めだった後ろ髪が襟足までの短さになっているけれど、無事に戻ってきてくれたならそれでいい。

 愛おしそうに額にキスしてくれたから、私も父の頬にキスした。

 ああ、本物だ。ずっとずっと会いたかった。

 こっちが現実だとそう思えるから。甘えて我が儘を言って、だけど父はいつだって笑って叶えてくれる。


「じゃあ、フィルのエスコート、パピーがしてっ。もうフィル、怖いのやだぁっ」

「・・・は?」


 戸惑っている父には悪いが、私だって限界だった。

 だって、フォリ中尉かネトシル少尉のどちらかが私を美術館とか博物館とかに連れて行くのはいいよ? よくないけどいいことにしてもいいよ?

 だけど、それってどこかでお食事することもくっついてくるんだよ? それだってお行儀よく食べる練習だからいいよ? 全然食べた気にならないけれど、いいことにしてもいいよ?

 問題はっ、全てにおいて色々な人が注目していることなんだよっ。

 

『これはこれは、ガルディアス様。もしかしてこちらのお嬢様とは、ご婚約でも?』とか。

『おや、グラスフォリオン様ではありませんか。もしかしてご婚約がお決まりに?』とか。


 そんな質問を、何度受けたことか。

 二人共、それに対してはちゃんと否定してくれた。否定はしてくれたけれど・・・。


『まさか。実はこちらのご令嬢の父親にあたるウェスギニー大佐が、またもや武功をあげておられるでしょう。我が国にとっては喜ばしいことながら、ご令嬢はずっと寂しい思いをしておられるのです。せめて気晴らしにでもと思ってお連れしたのですよ』


 そんな感じで否定はしてくれたけれど、してはくれたんだけどっ、・・・余計に悪いわっ。

 父親が仕事で不在にしているなんて、どこの家も一緒だよっ。

 わざわざ面倒を見ていますって、どこの貴族のおうちにも使用人はいるわけで、なして大公家や侯爵家のお坊ちゃまが子爵家の娘の面倒を見なきゃいけないっていうの。

それってどう見ても大切にしてるんですアピールだろうがっ!

 どんだけだよ、うちってっ。ただの子爵家なんですけどっ。

 何より父が不在にしていたところで、ちゃんと祖父母も叔父も在宅してるよっ。そりゃ私、ウェスギニー子爵邸で暮らしてないけどっ。

 成人した独身貴族男性が、わざわざお外に連れ出して気晴らしをさせてあげなきゃいけない子爵家の娘ってどんなのだよっ。

 ど・う・見・て・も・こ・ん・や・く・しゃ・こ・う・ほ・で・す・よ・ね?

 婚約してないけど婚約目前って言ったに近い時点で、めっちゃ噂になるだけだっつーのっ。


「もっ、フィル、パピーとしかお外に出ないぃーっ。なのに練習とかって、連れ出すんだもんっ」


 だから私はそのあたりの事情を父にまくしたてた。

 こればかりはもう父に泣きつくしかないのだ。祖父母と叔父は、エインレイドという同学年の王子との噂よりはマシなのかマシじゃないのか悩みながら、あくまで二人とも貴族の身分ではなく、軍関係者ということで上司に子供の世話を押し付けられたようですといった感じで、今時の貴公子はどこまでも行き届いているのですねと韜晦している。

 目を丸くしていた父は、

「分かったから落ち着いて説明してごらん」

と、話を聞いてくれた。


「みんなっ、私のこと睨んでくんだよっ。ライバル認定されちゃってたよっ。怖かったよぉっ。だけどエスコート、ヘタクソだから練習しなきゃ駄目って言われたぁっ」

「エスコートの練習って、・・・エスコートなど練習するものでもないだろう? なんでそんなことになっているんだ」

「パピーがいないからだもんっ。フィル、もうパピーといるっ。偉い人、怖いぃっ」

「あー、はいはい。全く困ったもんだ。しょうがない。今度の休曜日は私とお出かけしよう。さあ、ご機嫌を直してくれないか、フィル」

「うんっ、約束だよっ」

「ああ、約束だ」


 だけど私はもしかしたら詰めが甘かったのかもしれない。

 たしかに父は私とお出かけしてくれた。おしゃれして、この国ではまず育たない植物ばかりを集めた植物園に連れて行ってくれたのだ。つまり屋内で環境を整えて生育させてある植物園である。

 私は白いレースのワンピースに白い帽子をかぶって、アクセントにピンクのバラの造花を帽子につけていた。やっぱりデビューしていない女の子は純白のお嬢様スタイルだよね。

 父は私のバラと似たようなピンクのポケットチーフを胸元にしのばせて、爽やかな緑がかった白いスーツ姿だ。父のカラーシャツは淡いピンクだから、まさにラブラブな親子デートである。

 二人でワンセット。爽やかさと甘やかさがとてもぴったり。

 なのに、どうしてこうなった。

 私は甘い香りを放つ鮮やかな花々と、濃い緑の肉厚な葉を眺めながら、意識を遠く飛ばしていた。


「かなりこの温室は気温が高いだろう? 海を越えた南の国に咲く花々だ」

「そうですね。ところで先生、できればもう少し離れていただきたいです。目立つなら一人で目立ってください」

「俺があそこにいることは公表されていないと言っただろう? ちゃんと名前で呼べ。何なら遠慮なくガルディと呼び捨ててもいいぞ」

「・・・・・・私の身の危険を感じるので、できれば名前を呼ばない、見知らぬ赤の他人関係一択でお願いします」


 父は何かと人に呼び止められ、色々な所でにこやかに話しているのだが、問題はその間である。父が誰かと話している間、私は残りの三人といるしかない。

 勿論、父の不在時の休日、二人で出かけていた時にはみんなの目もあるから、私はフォリ中尉を「ガルディアスお兄様」、ネトシル少尉を「グラスフォリオンお兄様」と呼んではいた。

 それならまだ、顔見知りの子供を可愛がっていたという路線でいけるかなと思ったのだ。そこで「ガルディアス様」とか「グラスフォリオン様」とか呼んでみろ。冗談じゃないことになる。

 愛称で呼んだ日には私ってば暗殺を覚悟しなきゃいけない事態だよ。


「ここまで一緒にいて赤の他人はないな。横着せずに名前ぐらい呼べんのか。この間だってガルディアスお兄様とか呼んでたじゃないか。別にガルディお兄様でもかまわんが」

「私はいつだってその場で生存確率を上げていく選択をするのです」


 言わせてほしい。今、私が名前を呼んでも怖くないのはオーバリ中尉だけだと。


「ほう。じゃあ、アレナフィル嬢。皆に聞こえるような声で、『可愛いアレナ』と呼んでもらいたいか? それとも『愛するフィル』がいいか? 怖くて水に入れない時は、もう水に放りこんでやった方が早いよな」

「ガルディアスお兄様。自分の職業をよく思い返し、子供を脅迫する自分を恥じてください」

「今はプライベートだ」 

「・・・ううっ。じゃあ、ガルディアスお兄様。私はヴェインお兄さんと一緒にいたいです。女の子の恨みを買うのなんて嫌です」

「あははは。私もご指名とあれば喜んで。ですがいくら可愛らしいアレナフィルお嬢さん相手でも、フォリ中尉やネトシル少尉を相手にやり合うのはきついですねぇ」


 父と一緒に戻ってきたというオーバリ中尉は、灰色を帯びた黒の軍服を着ていた。赤いボタンがアクセントな軍服だが、ボタンを全部外しているものだから、かなり粗野に見える。礼儀知らずもいいところだ。

 だけど服の下はかなりの大怪我をしているらしく、あまり服をきっちりと着たくない理由があるそうだ。血が滲んでも分かりにくいから軍服ってどういうチョイス?

 そういう時はちゃんとおうちで寝ているべきだと思うのに、酒をかっくらって暴れていれば治るとかって言うんだから理解できない。

 うちの父は、酒場でアルコール消毒しているよりは健全に太陽の光を浴びておけと、彼を連れ出した。

 駄目な部下を持って父は大変。


「心外だな。フォリ中尉やオーバリ中尉と違い、俺こそそういった女性トラブルはないのに。ほら、こっちにおいで、アレナフィルちゃん。フォリ中尉の隣だなんて、まさにみんなの注目の的だ」

「騙されませんよっ。リオンお兄さんと一緒に出掛けた時、どれだけの注目と敵意を私が向けられたと思ってるんですかっ」

「それはアレナフィルちゃんが可愛すぎただけだろう。こんな美人さんを一人占めしていたら、俺だって睨まれるさ」


 そんなことを言いながら、ネトシル少尉は私の乱れた髪を指先で梳いて、エスコートの腕を差し出してきた。つい練習の成果で手を伸ばしてしまうのだが、なんだかとてもまずい気がしてならない。

 この三人、実は間合いに入ってくるのが得意すぎるのだ。


(ここはヴェインお兄さんにエスコートしてもらうべきだった。だけど今の彼は怪我人。かといってフォリ先生は大公の息子。うん、論外。いやいや、リオンお兄さんもなんかヤバイ気配がする。ここはパピーしかいないのにっ、どうしてパピーは色々なおじさん達に囲まれてるのっ)


 父は次から次へと様々な人に呼び止められて、にこやかに談笑し続けている。


「何故、父だけが社交していて、お二人はしなくていいというのでしょう」

「この組み合わせだろうな。フォリ中尉と俺とで、更にオーバリ中尉がいれば、何らかの私的な外出に見せかけただけの視察もしくは重要な立場の令嬢を案内していると思われる。だから邪魔する馬鹿はいない」

「軍服着てるのはヴェインお兄さんだけですよ?」

「フォリ中尉と俺は、良くも悪くも制服を着た姿が知られているからね」

「やはり安全なのはヴェインお兄さんだけだった・・・!」


 こんなことならば変装してくるべきだった。割高でも瞳の色を完全に違う色に見せかけるアレを手に入れておくべきだったのだ。

 だけどエスコートされている時は、どんな会話であろうとにこやかにしておかねばならないと、貴婦人から教わっている私である。仲良さそうに微笑みながら地味にショックを受けていたら、ネトシル少尉は周囲の状況を私にも分かるように説明してくれた。


「アレナフィルちゃんを娘だとウェスギニー大佐が説明したところで、実はそういうことにした要人の案内かもしれないと、人は考える。何故ならウェスギニー大佐は可愛い娘の存在を明かしていなかったからね。ならば慎重に対応するのが普通だ」

「色々な思惑が乱れ飛んでいたのですね」

「そうだね。だけど今はそんなことを考えず、次に行こうか。気温を下げてある部屋では、とても可愛い花が咲いているよ。ウェスギニー大佐が人目を引きつけてくれている間に見て回ろう。目立つ必要はないからね」

「はいっ」


 考えてみればネトシル少尉は用務員を装っていても、王族の護衛を担当している人だった。まだフォリ中尉よりは自分の方がいいだろうと判断し、表情も子供に対するような顔つきを心がけてくれている。

 

(そういえば私と出かけた時も、

「ウェスギニー大佐に緊急の出動をお願いしに行ったところ、ちょうどご令嬢と外出するところだったのです。申し訳ない気持ちで、せめて私が代わりに令嬢のエスコートをできればと・・・」

みたいな言い方をしててくれたっけ。いい人だ、いい人すぎる)


 勿論、私とてこの父とのデート先チョイスに文句があるわけではない。父だってこんなにも呼び止められることになるとは思っていなかっただろう。

 それぞれの最適な気温に設定されたスペースで美しく咲いている花々は綺麗だし、素敵なデートコースだと思う。

 だが、父よ。

 どうしてフォリ中尉とオーバリ中尉、そしてネトシル少尉を現地にいさせるのだ。いくら自分が人から声をかけられると分かっていたにしても。


(あれ? だけどパピーがいなくて男三人に囲まれてる方がまずくない? 何より高い位置にある木の花を見る時、フォリ先生が私を抱き上げて近くで見せてくれるんだけど、これもかなりヤバくない?)


 珍しい花々は甘い香りがとても特徴的で、それ自体は嬉しかった。顔を近づけないと分からない香りの時だって、それでいて微笑みたくなる優しい甘さだ。

 誰かに話しかけられることがあっても、三人もいれば誰かは私についていてくれる。二人きりのお出かけなら、何かとすれ違いざまに睨まれたりもしたものだが、今回は父が誰かに捕まっていても、三人もいるものだから、誰かが私を睨みつける前に、その内の誰かが私の頭を撫でたり話しかけたりしてくれて、全くそんな表情を見ることがない。

 思うに三人、連携を取るのが上手なのだ。私をエスコートしてくれている人に誰かが話しかけようとしたなら、その前にするりとエスコートする人が変わり、私の背後で会話が始まっても全く私は関与せずにいられる。

 うまく会話を終わらせて戻ってきたなら、三人が私に集中する。私は蝶のようにひらひらと、三人のエスコートを渡り歩かせられていた。そう、私の意思など無視で、さらりと彼らは私を転がしていくのである。それを不自然な動きにすることなくやってのけるところが凄い。

 軍人とはそこまでできなくてはならないのか。

 私は全くエスコートそのものには不快感を覚えることなく過ごせていた。


『もしやガルディアス様では? おお、こんなところでお会いできるとは』

『膝をつくには及びません。あくまでここにいるのはただの来場者です。あなたも花を見に?』

『はい。珍しい花が咲いたと聞きまして、これは見ておかねばなるまいと・・・。あの、ガルディアス様。失礼でなければ、あちらのお嬢様はどちらのご令嬢でありましょう? とてもお可愛らしい』

『ああ。妹のように可愛がってきた子です。知らない人とも話すのも怖がる子なので、私達がつきっきりならいいだろうと、連れて来たのですよ。これだけ大切にしてきたのですから、せめてデビューまでには知らない人とも話せるようになってほしいところですが、そういう私にだけ甘えるところが可愛いのだから、変わってほしくない私の我が儘でしょうね』

『おお、そうでしたか。なんと、そこまで大切にしておられるご令嬢がいらしたとは・・・』

『虎の種とはそういうものですよ。手の中の花は自分の為だけに咲けばいい。問題はグラスフォリオン殿もまたあの子を可愛がっているというところでしょうね。そしてオーバリ中尉も』

『は、・・・は、ははは、それはまた、可愛らしいお嬢さんですからね』

『ええ。他の男など見せる気にもならないので、今からデビューさせずにすむ手を考えてしまう程です』

『そ、それはまた・・・』


 そんな会話が聞こえたような気がしたが、気のせいではないだろう。

 たしかに間違ってはいない。私はまだデビューしていない子供だ。そして私は社交界にデビューしなくてもいいと言われているし、そのつもりだ。

 だけどあまりにも異議を申し立てたいものがある。


(ちょっと待てや、この裏切り者寮監っ。誰がてめえなんぞに甘えたというのだっ。そもそも大切にされた覚えがないっつーのっ)


 父は言った。


『フィル、軍人と二人きりのお出かけなんて怖かっただろう。睨まれたのも辛かったね。だけど今日のお出かけが終わったら、これで誰もお前に手出ししなくなると思うよ』


 そうかもしれない。父は色々な人と談笑しながら、最愛の妻が残してくれた娘との生活を心の癒しにしていたところ、仕事の付き合いをいいことに、フォリ中尉やネトシル少尉が何かと連れ出そうとするのだとぼやいていた。

 そして父は、虎の種の印を持つ者は、か弱い存在を守りたいという気持ちが強いのだと、そんなことも話していた。虎の種の印を持つ者はか弱い存在に対し、庇護者と自任したらそれを貫くのだと。

 娘に髪一筋の傷もつけないだろうと思うと外出を認めるしかないのですよ、父親とは哀れな立場ですねと。


(そんな嘘ついていいんですか、パピー。ヴェインお兄さん、言ってましたよ。どうせ他の虎の種が聞いても、虎の種の印を持つ男が四人も関与していることに自論を展開するバカはいねえよって。つまり、嘘だと否定されないって分かっているがゆえの嘘ですよね?)


 今、私はウェスギニー子爵が溺愛している深窓のお嬢様で、更にはその存在を知ってしまったフォリ中尉、オーバリ中尉、ネトシル少尉が妹のように可愛がりたくて仕方がない上等学校生という役回りである。

 知らない人とは顔を真っ赤にして喋ることもできなくなる引っ込み思案な娘な上、届いた招待状もこの三人が邪魔するからすべて断るしかないのだと、父は説明していた。


(思いっきり私の盾にしてますな、パピー。だけどそれ、誰がどう聞いても、私、三人の男の人達を侍らせている身の程知らず令嬢になってない? なんか私、子爵家の娘のくせにとても偉そうな感じじゃない?)


 あなたが私を愛してくれていることは知っている。これだって私への攻撃をさせない為だと分かっている。

 だけど父よ。

 私、学校どころか、この国の全貴族令嬢とその保護者を敵に回したような気がしてならないんです。

 ・・・・・・亡命しても、いいですか。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 第二回クラブ参観は、茶会形式で行った。料理は壁際のテーブルに全て用意しておき、それを生徒達が運んでいくというものだ。

 ミニグラスに入った冷たい葉物野菜の絞り汁や人参の絞り汁は、氷を敷き詰めた蓋つきトレイの中に保管されているので、キンキンに冷えていてぬるくなることもない。

 海藻や豆が入った焼き菓子や、野菜やチーズで作った甘みのないチップスなどはワンプレートに盛り付けておいた。

 

(前回は見学に来ていた警備員の人達、誰も来ないって言われたけど全員揃ってるよねっ? なんかすっごい警戒状態してるよねっ?)


 クラブで作った料理だが、何故かどこかの料理人さんがやってきて、リハーサルでも一緒に作った。今日も一緒に手伝ってくれた。味見もされた。

 一応、私達の研究結果も見た上で、こうしたらもっと美味しくなるとか、今の時期はこっちの野菜を使うと美味しいとか、どうせなら当日使う野菜や海藻も回してあげようとか、色々な便宜を図ってくれたからいいんだけど。うん、いいんだけどね。

 やはり高級食材は味が違うと思いはしたけれど、・・・・・・それ、毒殺対策だよね? 要は信用できる食材を使って目の前で作れって奴だよね?

 ううん、フィル、そんなこと考えない。だって知ったらまずいことって、世の中には沢山あるから。


(私は知ってしまった。今日、どのクラブも活動を休みにされたことを)


 生徒の保護者としては、我が家からは父と叔父、エインレイドは寮監であるドネリア少尉とマシリアン少尉、ベリザディーノは祖父と父親、ダヴィデアーレも祖父と父親、マルコリリオは両親。オブザーバーとして名前を知らない礼儀作法の貴婦人とマーサである。

 あのフォリ中尉とネトシル少尉が不参加だとは驚いたけれど、私が知らない事情があるのだろう。

 単に葉物野菜の絞り汁をまた飲まされたくなかっただけかもしれない。


「皆様、今日は第二回の成人病予防研究クラブ参観にようこそおいでくださいました。私はクラブ長のアレルです。今回はちょっと趣向を変えて、お茶会のようなイメージで試食会を行います。各テーブルにはクラブメンバーがいますので、どうか説明を聞きながらお召し上がりください」


 場所はクラブルームである第2調理室ではなく、私が礼儀作法を教わっている部屋だ。

 今、丸いテーブルが四つ用意され、各テーブルには四人ないしは五人の椅子がセットされている。


 まず一つ目のテーブルには、名前を知らない礼儀作法の貴婦人(推定王妃様)、うちの家政婦をしてくれているマーサ、マルコリリオの母親、キセラ学校長、そして私だ。つまり女性テーブルに、学校長が加わった感じだろうか。


 二つ目のテーブルには、ベリザディーノの祖父、ダヴィデアーレの祖父、父のフェリルド、ダヴィデアーレの四人。要は気難しいお年寄り・・・じゃなかった、現役の爵位を保持している保護者達にはダヴィデアーレみたいな真面目クンがいいだろうということだ。


 三つ目のテーブルにはベリザディーノの父親、ダヴィデアーレの父親、叔父のレミジェス、ベリザディーノである。同じ貴族であってもまだ祖父世代よりは話が分かりそうな感じがするね。


 四つ目のテーブルには、マルコリリオの父親、寮監のドネリア少尉、寮監のマシリアン少尉、エインレイド、マルコリリオである。平民であるマルコリリオの父親が緊張しないようにという思惑あってのメンバーだけど、考えてみれば王子様が同席っていう時点で、一番緊張するのかも? 深く考えまい。


「ディーノです。各テーブルにはティーポットとピッチャーがありますが、そこにはハーブから作ったお茶と水が入っています。お茶は砂糖やミルクやジャムを入れることなく、そのままお飲みください。まずは野菜の絞り汁を各メンバーがテーブルに持っていきますが、青臭い葉っぱの味の時には緑のグラスを、人参の時にはオレンジ色のグラスをどうぞ。だけどあまりのまずさに緑のグラスを飲んだ人は、すぐに水を要求したので、飲む前にまず水を用意しておいた方がいいと思います」


 どうしてそんなものを出すのだと、そんな文句をダヴィデアーレもテーブルで言われていたようだが、

「体にいいからです」

と、答えていた。

 その点、うちのテーブルは平和でいいと思う。だけど名乗らなくても、名前を聞くのが失礼だって分かるオーラはあるんだなって思った。

 うん、このテーブル、お客様が既に女主人になっている。

 私はまず一人一人に葉物野菜の絞り汁、人参の絞り汁、口直し用の冷製グリンピースのスープを三つのグラスセットにして各トレイで運んだ。


「グリンピースのスープは口直し用です。まずは青汁、それから人参を飲んだ方がいいと思います。青臭くて飲みにくい時には、こっちの蜂蜜を足したりすると飲みやすいです」


 一人一人に小さな蜂蜜ポットを用意していた私は偉い。

 だけどこのテーブルは誰も甘みを入れなかった。


「あら、飲みやすいわ。美味しい野菜を使っているんじゃないかしら。リオったら道理で色々と試していたと思ったわ」

「そうなんですか?」

「ええ。アレルちゃんよね? あの子ったら、いつかキノコも栽培したいって言い出しているのよ。クラブの中で一人だけいる女の子がとても勇敢で、どこででも生きていけそうな子だって、いつも話していたの」

「いいですよね、キノコ。体の中の悪いものを運んでいってしまいます。ただ、毒キノコと間違えないようにしなきゃいけないから、そこはもう無理せずに買ってきているんですけど」


 勇敢? どこででも生きていけそうってどういう意味だ? 私はおうちでのんびり生きていたい。

 すると学校長も微笑んで会話に加わってきた。


「自分達で全てを抱え込もうとするよりも、できることとできないことを割り切るのは大事なことですよ。ハネル君はかなり植物が好きらしいですな。今、肥料づくりから始めて、いつか鉢植えを地面に植えなおしたいと要望していましたか」

「ええ。最初は園芸クラブに入ると言っていたのに、こちらのクラブでは、植物の美しさを鑑賞するのではなく、美味しく育てて食べようというものだったと聞きました。夫は、クラブ活動なんてしていたら授業についていけなくなって落ちこぼれるんじゃないかと心配していましたけど、テスト前にはみんなで勉強をしたとかで、かえって成績が上がって喜んでましたわ」

「そうなのですか、ウェスギニー君?」


 学校長に言われても、成績が上がったか下がったかなど知らない。

 だって一回目の試験でしょ?


「みんなで勉強はしましたけど・・・。五人いたから、お互いの得意分野を教え合って、出題範囲の参考書の問題を、全問正解になるまで何度も解いていたので、そこそこはいったと思います」

「まあ、ウェスギニー君は全て100点でしたからね。だけどこのクラブメンバーは、誰もが全教科93点以上だったものだから、どの校舎でも5位以内に入っていますよ」

「そうでしたか。よかったです。みんな、名前が貼り出されていたって聞いたから10位以内なんだろうなと思ってましたけど、5位以内だったんですね」

「ん? ウェスギニー君は見ていなかったのかね?」

「返してもらった答案、全部正解だったからいいかなって思ってました」

「そ、そうかね」


 うん、みんなにお勉強を教えてあげた甲斐があった。

 ちなみに私の教え方はかなり上手だ。何といってもバーレンと一緒に、二ヶ国のやり方をそれぞれに使って解いたりしていたから、どんな方向からでも解ける。

 緑葉月(りょくようづき)はクラブ活動を一時停止し、平日の放課後は全て試験対策レッスンとしてみんなに叩きこんだ。

 そんな私の苦手な科目は国語関係だが、バーレンがいてくれたので、どうにか取り繕えている。

 私が得意なのは、ちゃんと方程式があって、きちんと答えが導かれる問題なのだ。語学のように、色々な解釈ができるものは苦手なのである。

 そんな私にサルートス語を教え込んだ鬼講師バーレン。

 いつまでこの鍍金(メッキ)が剝がれずにいてくれるやら。


「アレルちゃんは本当に頭がいいのね。どうして一般の部に行ったの?」

「役人になりたいからです。レイディ、私、激動の人生よりも、穏やかで安定した人生を歩みたいので、学校を出たら役人になろうと考えているんです。それなら一般の部に進んだ方が、どの分野でも受かりやすそうな部門に変更しやすいですから」

「そうなのね。とてもたくましいわ。男の子達の中に女の子一人だなんて、普通ならちやほやされてぐだぐだになってしまいそうなものなのに、アレルちゃんだからこそ、みんながやる気を出しちゃうのね」


 そうかなあと、私は思った。


「そんなことないです。だってみんな、私と出会う前から頑張り屋でした。だから、いつか未来で何かとんでもないことがあっても、五人いれば生き延びられるねって話してるんです」

「・・・生き延びられる?」


 貴婦人が首を傾げてくる。いつもは青紫の髪を焦げ茶色にして、ストレートの髪を巻き毛にしてみせた貴婦人は、普段とは違う雰囲気を漂わせていた。


「はい。だって人生、何があるか分かりません。いきなり大地震とか、洪水とかあるかもしれないです。だけど船が転覆とかして遭難して無人島に流れ着いても、五人が一緒なら、まずリオが食べられる植物やキノコで食料獲得。ダヴィが治療や衛生面を担当。ディーノが避難所を設置し、レイドがその周りに罠を仕掛けて安全性を維持し、後はみんなで狩りや釣りに行きます。私はご飯を作ります。そうしたら助けが来るまで生き延びられそうですよね? だから今度、遭難ごっこをしようねって・・・」

「フィ・・・、いえ、アレルちゃん。遭難ごっこは駄目ですよ。キャンプごっこをやるならお庭でないといけません」


 マーサが心配そうに注意してくるが、冗談なんだからそこまで本気にする必要はないと思う。

 そんな危ないことするわけないよ。だって私、子供の頃に船で遭難したことあるし。だからちゃんと大人になった時点で船舶の免許は取った。

 遭難する時には真っ先に逃げ出す。ゆえに問題はない。


「だけどレイドとディーノ、狩りにも自信あるからって、今度、みんなでアーチェリーの点数で誰が一番狩りが上手かコンテストをする約束、しちゃった」

「ウェスギニー君。アーチェリーの点数を競うのはいいですが、遭難しそうな所にはくれぐれも出かけないでくださいね」

「あ、・・・はい。えっと、では次にキノコのマリネを取ってきますね。根野菜もマリネしてあるので、とても体にいいんです。アミノ酸もたっぷり入ってます。()っぱいけど、酸っぱいのって疲労を取ってくれるんですよ」


 学校長の淡い青磁(セラドン)の眼差しは決して笑ってはいなかった。

 次の料理を取りに行くということで私が逃げ出せば、部屋の中にいた警備員がさりげなく食べ終わった皿などを回収していく。

 いつもはにこにこと笑顔で頭を撫でてくれるのだが、どうやら今日はそんな余裕もないようだ。


「ありがとうございます」

「頑張ってね」


 回収したお皿を持った警備員とすれ違う時にお礼を言えば、微笑んでくれた。

 他のテーブルもクラブメンバーが、オイルを直接飲んだ時にはどうなるとか、オイルでもどのオイルが成分的にどうだとか、そんな話をしているようだ。


(あのなぁ、ディーノ。そりゃあ、便秘解消の為の土壇場テクニックを教えてはやったが、あれはあくまでだな、いざという時の雑学ネタでだな。こんなお食事の席で披露するネタじゃない)


 一番、冗談が(はず)んでいるのはエインレイドとマルコリリオのいるテーブルだろうか。

 絞り汁を取った後の食物繊維をどう活用するかというので失敗した事例を面白おかしく話している。たしかにあれは食物繊維が豊富だったかもしれないが、口の中が様々な繊維物で混乱したシロモノだった。

 マルコリリオの父親も、他の父兄がいなくて、寮監をやっているという半分は先生みたいな立場の二人が同席しているので、ちょっと気楽らしい。

 男子寮だと規則がどうだとか、自由がどうだとか、そんな話もしている。


(うちは一番華やかなテーブルなんだけど、誰も来たがらないテーブルかもしれない)


 私の礼儀作法を見てくれている貴婦人は、ちょっと厳格な女教師よろしく伊達眼鏡を掛けて、きりっとした白いブラウスに紺色のスーツといったバリバリお堅い服装をしていたけれど、

「おや、こちらはどの・・・」

と、その顔を見た時点で、アールバリ家、そしてグランルンド家の面々は固まっていた。

 誰の保護者なのかと尋ねようとした言葉が、まさに空中に浮いた感じだ。

 あの時、うちの父だけがにこやかに、

「こちらは、オブザーバーとして生徒達の監督をお願いしている貴婦人方です。やはり男の子の割合が多いクラブでは父親として不安に陥るところですが、校外からマナーについてもお詳しい視察者をお願いしているということで、私も安心しております。・・・レイディ、どうぞこちらへ」

と、エスコートしていたけれど、ここまで野暮ったいというか、どこの冗談が通じない女教師ですかといった変装をしていてもすぐに皆が気づくお顔ってどういうことだ。

 分かっていないのはきっとハネル家の面々とマーサと私だけだっただろう。エインレイドの保護者としてやってきていた寮監二名ですら、さっと姿勢を正しやがった。

 だけど緊迫感は伝染するものだ。貴婦人が入ってきて着席するまで、誰一人として座らず、背筋を伸ばして立ったままだったのである。

 おかげで本当は色々と話したいことがあったであろうアールバリ家とグランルンド家の保護者達は、何も言えずに試食しながら無難な会話をしている。エインレイドの話題はヤバイが、私ならいいってか。

 差別だ・・・。


『今年はエインレイド様の入学もありましたし、様々な名花の蕾が入学してくることは分かっておりました。ですから、貴族子女としての礼儀を身につけていない娘ではお目汚しになるかと思い、一般の部へ進ませたのです』


 名花の蕾とは、デビュー前の令嬢を示す言葉だ。何でも社交界にデビューした後、時に花の名前を贈られる令嬢がいるのだとか。

 花の名前を贈られた人は、その花の名で呼ばれることが名誉らしい。


『そうでありましたか。なかなか優秀だと聞きましたぞ。今からでも経済軍事部に編入されたりはしないのですかな』

『うちの娘には、ささやかでも安定した幸せな一生を送ってほしいと願っております。経済軍事部には貴族子弟も多く、娘には華やかすぎて気後れするばかりでしょう』

『あれ程にお可愛らしいお嬢様なら、気後れする必要もないと思いますがな。それこそ婚約者ができてもおかしくはないと思いますぞ』


 ベリザディーノの祖父に当たる人はかなり強引だ。ぐいぐいって感じである。

 私が可愛いことは否定しないが、私の結婚は私が決めるのだ。知らんおっさんにどうこう言われる筋合いはない。


『うちの娘でしたら既に縁談を幾つか頂いております。まさか種の印も出ていない内から縁談とはと、陛下ですら驚かれて、上等学校を卒業するまでは未成年に縁談を申し込むというのはまかりならぬと、そう皆様に仰ってくださいましたので、どうにか一時停止できたというところです』

『なんと、・・・陛下が?』

『はい。どこかで警備の者がうちの娘を見かけたのでしょう。それで娘についてお問い合わせをいただいた際、既に私の部下にあたる複数の者が娘を見初めており、成人するまで待つからという縁談がきていることを申し上げたところ、いくら何でも早かろうと、呆れられまして・・・。どうしても社会人になるとせっかちでいけませんが、このクラブメンバーでしたら、そういったこともなく子供らしくのびのびと健全に勉強してクラブ活動してくれるだろうと信じております』

『そ、そうでありましたか』


 父よ、居もしない求婚者だの国王陛下の言葉だのを作り上げてまで、なんという嘘をつくのだ。

 それってエインレイドの隠れ蓑になったご褒美ということで、そういうやりとりがあったことにしただけじゃないの? まあ、親なら息子を変装させてお友達作りに協力したガールフレンドにそれぐらいの融通はきかせてくれるか。たとえ初対面で変質者認定されてても。


(まあね。ここでこう言われたら、王子様がどうだのこうだの、お妃候補がどうだのこうだの、そんな話なんてできなくなるけどさ)


 あ、だけど考えてみれば今、私ってばフォリ中尉とオーバリ中尉、そしてネトシル少尉を「婚約者候補かもしれませんのよ、おほほほほ」でお出かけした後だった。

 やはり彼らがダミーの求婚者なの? 王子エインレイドをたぶらかす不良少女と思われるよりはそっちがマシということなの?

 そうか。あの寮監先生、私が王子をたぶらかしている女子生徒だというので学校中の恨みを買っては可哀想だと、ダミーの求婚者になってくれていたのか。

 だけど全然助けられた気にならない。

 国王の息子をたぶらかすのと、大公の息子をたぶらかすのと、そこに差ってどれ程あるの?

 しかも同じテーブルで微笑む貴婦人は、私の予想が当たっていたら、もっとシャレにならないお方だ。


「この野菜は特に味付けをしていないのね」

「はい。新鮮な野菜は蒸しただけで十分なんです。あ、だけどちょっとお塩をつけた方が美味しいかもしれません。だから白いお塩が目立つように青いお皿なんですけど」


 キノコのマリネだけではなく、蒸しただけの野菜などを盛り付けたプレートは、野菜を飾り切りしてあるので、見た目がとても可愛い。

 青色は食欲が減退するっていうけど、・・・うちのクラブメンバーで試したけど、全然減少しなかった。

 たまに本に書かれていることは現実世界で役に立たない。

 そんな話をしてみれば、学校長がうーむと唸った。


「私達、青色とか赤色とか緑色とか、お皿を変えてみたんですけど、あまり食欲には関係しなかったんです。どうしてなんでしょう」

「フィルお・・・いえ、アレルちゃん。男の子なんて食べ物しか見ていないから、どんな食器を使っても意味はないと思いますわ」

「ええっ? だって、ちゃんとお皿も選ばせてあげたのに」

「うちの息子もそんな繊細な感性はないと思うけれど・・・」

「そうね。食べ終わってから食器を見るのがせいぜいじゃないかしら」


 やはり子育て経験がある女の人の意見は現実的だ。私はうんうんと頷きながら聞いていた。


「そうですな。たしかに私ぐらいになると暗い色の食器では食欲が少し失せる気分にはなるものの、十代ではそれはないでしょうなぁ」

「やはり私達では参考にならないってことだったんですね」


 学校長も不憫そうな目で私を見る。

 海藻や野菜、白身魚を入れて固めたコンソメゼリーは涼し気で好評だったけれど、他のテーブルではトッピングのカリカリベーコンを大盛りにして食べていた。

 もう彼等には最初から厚切りベーコンを用意してあげるべきだったのだ。

 

「あっさりしたお肉やお魚だったから、私には食べやすかったけれど、男の子達は脂が滴るようなお肉が大好きだものね」


 貴婦人の慰めが心に沁みる。

 食べるのに時間がかかる形にしておいた方が結果として食べる量も減るからということで、ちょっとダンスしている骨型人形といった形にしてみた野菜ペースト入り焼き菓子にしても、他のテーブルではあまり意味がなかったようだ。

 そのままぽいぽいと口に放り込んでいる。主にベリザディーノと、エインレイド&マルコリリオのテーブルが。


「あのよく食べる男の子達をメンバーにして、ここまで健康的なお食事メニューを考えたのは凄いわ。頑張ったわね、アレルちゃん」

「ありがとうございます、レイディ」


 うん、いつかはきっと彼らもこの知識を有効活用する日が来るだろう。たとえ今は無駄な知識だったとしても。

 私はそう思うことにした。


「とても美味しかったわ。楽しい時間をありがとう。そろそろ帰らなくちゃいけないのよ」

「あ、お見送りいたします」

「気にしないでちょうだい。どうせ移動車を玄関までつけてもらうから」


 貴婦人が立てば、誰もが起立する。

 いつの間にかこの人の正体を誰もが察していたらしい。


「それでは皆様、ごきげんよう。所用がありまして失礼いたしますけれど、どうぞ皆様は楽しんでいらしてね」


 優雅に立ち去る彼女の為に扉は開かれ、廊下には整列した警備員達がいた。更には私の誕生日会でネトシル少尉が着てきたのと同じ空色の軍服姿の人達が沢山見えた。


(たしかあの空色、王族の身近に仕えるという近衛の軍服。そして王子様、学校生活はのびのび過ごすということで、近衛は出動しない筈)


 言っていいでしょうか。

 変装する意味、あったの・・・?


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ