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11 クラブ参観


 マーサは月に一回、オブザーバーとして「成人病予防研究クラブ」に顔を出すことになった。

 みんなの前ではアレルと呼んでもらうように言っておいたから、私も安心だ。


(問題は他のおうちだよ。うちはパピーが学校長先生とも面識あるし、レイドのこともあってみんなに問題がないの分かってるけど、ディーノ、ダヴィ、リオんちはそうじゃないしね)


 やっぱり親なら一緒に行動している子供達のことって気になるよね。

 やっぱり親なら子供が子供らしからぬクラブに入り、フルネームも分からないお友達を作っていたら不安だよね。

 やっぱり親なら今年できたばかりでメンバーは一年生だけで構成されているクラブとか言われたら、大丈夫なのかって怪しんじゃうよね。

 実は変な仲間と悪さをしてるんじゃないか、うちの子は不良になってるんじゃないかと、家族は心配だと思う。

 今後も私達は一緒に買い出しに行ったり、ついでに遊びに行ったりもするだろう。

 そう思えば、私だって考える。クラブ合宿は、さすがにうちは体育会系クラブじゃないからやらないけど、私達はかなりいい感じで仲良しさんになってしまった。


(うん。ここはもう、どどんっと、「そういうクラブなんです」って一発かました方がいい筈だ。そう、これこそ先手必勝)


 だからエインレイド以外の保護者に、クラブ参観招待状を出してみた。マーサも一人だけ参加するより、その方が安心できると思うんだよね。




『  成人病予防研究クラブの保護者参観のお知らせ


 この度、私達は、黄花月(きばなづき)20日をもちまして、「成人病予防研究クラブ」を、一年限りの短期クラブとして立ち上げました。

 一年生の五人だけで構成されたクラブです。誰もが対等な立場です。

 だから五人は愛称のみで呼び合い、序列もなく、対等に議論し合い、皆で協力し合い、図書室で本を調べ、市販品を買いに行き、ハーブを育て、調理し、試食します。

 実績はありませんが、とてもまじめなテーマのクラブです。

 私達のクラブがどういうものかを知っていただく為、保護者クラブ参観を実施いたします。


参観日時 黄花月(きばなづき)32日 半曜日(はんようび) 陽2時~


 研究テーマが独特なので、メンバーのお祖父(じい)様・お祖母(ばあ)様、もしくは親戚の方々といったお立場の方の参観でもかまいません。休日出勤しておられる教師の先生も、ご自由においでください。

 簡単な試食もしていただきますが、苦手なものや食べられないものがある時には、無理に食べたりなさらないようにお願いします。


 クラブメンバー:アレル、ディーノ、レイド、ダヴィ、リオ(名前は誕生日順です) 』

 



 いや、本当にエインレイドの正体を隠す為にも私がクラブ長じゃないとまずいし、何かあった時には私がリードしなきゃまずいんだけど、私の誕生日が一番早くて助かった。

 最初にそれを見せられたマーサは、

「このレイド君が王子様ですの? だけどフィルお嬢ちゃま。いくら愛称で呼び合うと言っても、国王様や王妃様が見にいらしたらすぐに皆様、気づいておしまいになるんじゃないかしら」

と、首を傾げたけれど、国王一家は誰も来ないと聞いて安堵したようだ。


(そりゃ王族に会うのなんてマーサもプレッシャーかかりまくりだよね。私だってそうだよ)


 だけどエインレイドの家族は来ないと聞いて、それはそれで寂しいんじゃないかと、マーサはエインレイドを案じていた。

お願い、マーサ。あなたの優しさは大好きだけど、そこはもう目をつぶって。

 だって王子様の家族なんて王族でしょ? どこでもその顔だけでフリーパスって奴でしょ? 正体がばれると困るから呼ばないのが親切だよ。

王子様だって、それでいいって言ったもん。

 私はそれで押し通すのだ。だって息子を初対面で変質者呼ばわりされたと知っている以上、あちらの反応を考えただけでガクガクブルブル。怖いことはないことにしちゃうんだよ。

 そんなわけで迎えた当日。

 とてもスポーティな恰好の父と、まさに貞淑で真面目な母親が学校に来る時の服装といったマーサは連れ立ってやってきたが、かなりちぐはぐな組み合わせだった。


(いやん、もう。パピーったら物腰が紳士だから絵になる。まるでスポーツの試合を見に来てくれた女性を、選手がエスコートしているかのよう。やっぱりパピーが一番素敵。ときめいてしまう)


 保護者としては一気にカジュアルに落としこんだ父だったが、他の女性があまりにも上品な仕立てのワンピーススカートやカメオのブローチ、もしくは貴婦人ですと言わんばかりの帽子や扇でおしゃれしていたから、父はあれでよかったのだろう。

 まさにお貴族様な保護者ばかりだと、平民なマルコリリオがびびって逃げる。

 いや、一番身分が高い筈の王子様の保護者達がとてもガラの悪いお兄さんばかりだったから、それよりはマシと思えたかも。落ちこぼれ兵士の私服って、一気に品性を落とすんだね。


(何なんだろう、この上流階級路線とカジュアル路線とゴロツキ路線のごちゃまぜは。普通なのはマーシャママだけじゃん)


 その点、マーサは学校を訪れるのに相応しく慎み深い服装で、アクセサリーもつけていなかった。まさに保護者として常識的かつ理想的。

 父が他の保護者達と挨拶している間に、慌てて人数分のトレイや食器をチェックしていると、背後で伯爵夫人と聞こえたような気がする。

 え? 誰が伯爵夫人? ちょっと待って。ここ、調理室だよ。子供のお遊び発表会なんだよ。

 身内の貴族じゃなくて、まさに爵位保有者が来ちゃったわけ?

 ・・・・・・考えるまい。

 午後からも学校にいる警備の人達も顔を出してくれていた。何故か、女子寮の寮監も来ていた。


「今日は、ようこそおいでくださいました。

 この成人病予防研究クラブは、できたばかりのクラブです。これから私達が成長し、大人になり、社会に出て、老後を迎えていく過程を考え、いつまでも元気でいられる体を維持する食生活に特化して研究するクラブとして設立しました。

 誰もがおうちでできる小さな努力といったテーマですので、どうか気楽にご覧ください。

 通常のクラブはクラブ長以下、上下関係が存在しますが、私達はみんな一年生で、一緒にクラブを立ち上げたので、立場は同等です。仲良く愛称で呼び合うこと、家の身分をお互いの関係に持ちこまないことを約束しました。保護者の皆さんにも私達の考え方を尊重してもらいたいです。

 私はアレルです。どうかよろしくお願いします」


 クラブ長なので、まずは私の挨拶からだ。

 まずは立ち上がって挨拶してみれば、皆がパチパチパチと拍手してくれるのが照れ臭い。

 着席したら背後にいた、焦げ茶の髪に黄緑の瞳をした警備の人に、

「立派なご挨拶だったね」

と、頭を撫でられた。つい、

「えへっ、ありがとうございます」

と、照れてしまう。

 この人はちょくちょくと気軽に声をかけてくれるのだ。他の人が呼んでいた名前によると、エドベルさんというらしい。

 いい人だ。この警備員さんはいい人だ。そう決めた。

 次にベリザディーノが立ち上がる。


「ディーノです。まず、これから配るお茶の説明をさせていただきます。えーっと、ある程度の年齢から脂っこいものなどは胃もたれしやすいということで、肉の脂身などこってりしたものを食べてもさっぱりするようなお茶が市販されています。

 僕達は市販されているお茶を飲み、味が飲みにくいことに注目しました。自分達で育てたハーブを加えることで味の改良をしてみましたが、それがこれらのポットになります。よければ味比べをしてみてください。

 1番は市販されていたお茶。2番はそのお茶に市販されているドライハーブを加えたもの。3番は新鮮なハーブを加えたものです。新鮮なハーブを加えたものが、一番飲みやすいと思います。

 そして全くそういう効果はないですが、4番は僕達が世話しているハーブを使い、お茶として飲みやすいハーブティーを作ってみました。・・・・・・僕達、胃もたれってしないから、どんなに味の改良を考えても、正直、そのさっぱりするお茶があまり口にあわなかったんです」


 ぷっと大人達が噴き出したのは、このメンバーの顔を見渡したからか。

 だってしょうがないよね。胃もたれも何も、ガツガツお肉食べて「おかわり」な世代。みんなで胃もたれをどうやったら体験できるんだろうって悩んじゃったよ。

 ベリザディーノが、それぞれ違うカップに淹れた四種類のお茶がセットされたトレイを、皆に配っていった。

 少年が慣れない手つきで運んでくるというので、女性には「あらあら、可愛いこと」といった感じで受け止められている。

 凄いぞ、ベリザディーノ。マダムキラーの名称を贈ってあげよう。

 その様子を眺めながら、エインレイドが立ち上がった。


「レイドです。良質な栄養を()り、しかし栄養過多とならない為の食生活において、僕達は社会人の毎日について調べました。

 今回はあまり運動しない、・・・つまり机の前に座って仕事をする人を対象にしています。

 まず、キノコや野菜、海藻に含まれる小さな繊維が体の中を綺麗に掃除していくことは皆さんが知る通りですが、葉野菜を湯がいてからキノコや野菜、貝などから出た旨味だけで味付けしたものを作ってみました。物足りない方は、テーブル上のカリカリベーコン、塩、酢、胡椒を散らして食べてください。・・・正直、僕達は厚切りベーコンと一緒に焼いて食べた方が味としては美味しいと思いました。

 ですが、先にこうして野菜をまずゆっくり食べることで奇妙にもお腹が膨れるような気になったのです」


 多めに用意しておいた皿だが、余れば警備員の人達にあげればいいかと思っていたのである。だが、警備員達はとっくに椅子持参で見に来ているし、思ったよりも参観者は多い。

 多めに作っておいてよかった。不足しないならそれでいいかと、私は胸を撫で下ろした。

 法蓮草(ほうれんそう)を湯がいて絞ったものを切り、それからみじん切り玉葱やみじん切りトマト、みじん切りマッシュルームをオイルと酢でマリネしたものを混ぜてある。

 別にワイン蒸しした貝とそれで出た煮汁を、煮汁にとろみを持たせて敷いてから、その法蓮草を載せた。

 王子様が配っていくお皿とは贅沢なことだが、気づかない人がほとんどで、知っている人も一生徒として扱っている。


「おや、十分に味はついているようだが。ベーコンを散らさなくても問題なさそうだ」

「そうですわね。この程度で十分だと思いますわ。十分に塩味もありますもの」

「男の子達がベーコン厚切りと言った理由も分かるような気がしますがね。野菜だけでは物足りないでしょう」


 早速、試食した大人達だが、テーブル上の調味料に手を出す人はいない。

 それはこのクラブの主旨を理解しているからだろう。


「その塩味は、貝が持っていた塩分です。追加の塩などが不要な人は、それだけ舌が、その程度の塩分でも十分に味を感じる為、濃い味付けを必要としていないのだと思います。尚、体をかなり動かす人は塩分を体が欲しがるので、それでは物足りません。つまり机に向かっている人達は素材だけの味で大丈夫ということになります」


 エインレイドの説明に皆がうむうむと頷くが、その理性的な言葉に騙されないでくれ、大人達よ。

 ここにいる少年達は、(あらかじ)めそれを試食した後で、私にでかいソーセージとスティックパンを焼いてくれと頼みこんだ奴らだ。ソーセージにどばどばトマトケチャップとマスタードソースを垂らした奴らだ。法蓮草など、肉料理の脇役としか思ってない奴らなのだ。 


「ダヴィです。皆さんが繊維を多く含む物を口になさっておられる間に、世代における消化能力の変化について説明したいと思います。まずはこちらの表をご覧ください。そして繊維を多く含む物を食べて消化管内を綺麗にすることで、消化能力を向上させる大切さについても説明いたします。これを(おろそ)かにするということは、体内の老化を進ませるということです」

 

 壁に設置したボードには、栄養価表、食物繊維を多く含む食物表、必要な栄養についての資料を貼ってある。

 そして消化能力が落ちている体だと、前の食事を全て消化し終えていない状態で次の食事が胃腸に入ってくるから、それが体内疲労を招くのだということも、イラストで説明してあるのだ。

 だけどね、しれっと混じっている象牙の灰白(アイボリー)の髪を撫でつけた学校長。父兄のような顔をしていないでください。

 今日は午前中で終わりですよ。わざわざ残っていたのですか。

 ついでに寮監共。お前ら、本気で関係ないだろ? 筋肉むきむきのお前さんらに減塩薄味ヘルシー食は別世界の食べ物だろ? どこまでも必要ない知識だろ?

 男子寮の寮監をしていて、更に生徒の親戚とかいう触れ込みだが、もう他の保護者がドン引きしてるって分かってる?

 やはり寮なんて行かせなくてよかったとか、ベリザディーノとダヴィデアーレの保護者達が囁いてたんだけど。

 私的な参観だからと真っ黒に近いサングラスかけてたり、あえて着古したような上着を羽織ってぶっといアクセサリーつけてたりするのって、どう見ても先生の恰好じゃないよ。ああ、いや、そうだった。こいつら、軍の落ちこぼれだったよ。


「リオです。ダヴィが、体の負担について説明している間に、お肉のお皿を配らせていただきます。

 脂身の少ない部位の鶏肉を使いました。脂身の旨味が混じっていないお肉では物足りないと思いますが、薄切りにして粉をつけて湯がいたものを、一つはコンソメゼリー仕立てにしてあります。もう一つはスパイスで刺激的な味付けにしてあるので野菜や豆と一緒にあえてあります。

 味が薄いのはコンソメゼリーを添えてある方なので、そちらから食べた方がいいと思います。ゆっくりよく噛んでお召し上がりください」


 マルコリリオが皆に肉の皿を配っていったので、私は野菜の皿を回収していく。

 このコンソメスープを作った時も苦労した。スープのにおいでお腹が空くと(わめ)く奴らを黙らせる為、私はぶつ切り肉と芋と人参と玉葱、そしてトウモロコシ缶詰をドバドバ入れたスープ(ポトフ)を作ったのだ。

 ガーリックバターたっぷりなパンと一緒にがつがつ食いやがったこいつらからコンソメスープを守る為、私は苦労したのだ。なんで参観前にこいつらの昼食を出さねばならんのかと思いながら。


「ふむ。確かに淡泊な味だ。かえってお腹が空きそうですな」

「そうですわね。ですが普通のお肉料理だと・・・。あっさりしていて私にはちょうどいい感じです」

「ええ。夫や息子では足りないと叫びだしそうですけど、私はこれぐらいでいいですわ」


 やはり角切りコンソメゼリーを添えたものは女性に好評だが、男性にはそうでもないようだ。


「へえ、なかなか辛いな。こっちも肉は淡泊だが」

「まあ、本当に辛いですわね」

「脇にある豆と一緒に食べるとちょうどいいですよ」

「口の中がちょっとした火事ですわね」

「これ、ソースはまだあるのか? あるなら分けてくれないか?」

「えーっと、・・・アレル、ソースある?」


 弱り顔のマルコリリオに問われて、私もちょっと考える。

 だがな、青林檎の黄緑色(アップルグリーン)頭の寮監よ。調理員が作ってくれた肉料理にそんなソースぶっかける予定で持ち帰るって、ひどい話だと思うのは私だけか? ついでに、何を室内で真っ黒サングラスかけてやがる。

 お前、作ってくれた人の気持ちを考えたことないだろ。


「先生。そのソースはもうなくて・・・。トマトピューレにペッパー、ガーリック、ジンジャーとかを入れたレッドソースだったんですけど、みんなで女性に好かれやすいよう酸味を、つまりシトラスペッパーとか、レモン皮とか、考えながら足して作ったものなんです。つまり、レシピを逸脱(いつだつ)しているので、同じ物は作れないといいますか・・・。

 それとは全く違うんですけど、オーブン揚げした手羽肉やモモ肉に本来のレッドソースを男性好みにして絡めたものなら用意できます。今日の発表会が終わったら食べる予定で置いてあるので、なんでしたら後でご参加ください」


 それでも私はできる女だ。

 あとでお前ら好みのチキンを出してやるから「待て」だと伝えた。


「それなら今、男にはそっちを出してくれりゃいいのに」

「・・・今回のコンセプトはどこに?」

「気にするな。後で打ち上げするつもりったって、どうせ見に来てるのは保護者らだ。それなら今出しても一緒だろ」


 それを言われてしまえばその通りだ。ついでに打ち上げで寮監を誘って他の人を誘わないのかと、他の大人達の無言の視線が語っている・・・・・・ような気がする。

 なんでみんな、子供のクラブにそこまで興味持っちゃうの? やっぱり王子様がいるから? だけど王子様がいても私達ってば別に王子様ちやほやタイムなんて過ごしてないのに?

 まさか保護者のいる前で寮監とやり合うわけにもいかず、私はその要求を受け入れるしかなかった。


「あくまでこれはクラブ設立の方向性を発表する為の試食であってですね。・・・ううっ、うちは調理クラブじゃないのに」


 もういい。どうせ学校長も食べてしまえば、クラブ費用を返せとは言わないだろう。

 そう思って私は隠してあった棚から、六つの天板を取り出した。


「ああっ、アレル。それ、僕達のだろっ」

「もう一緒に食べればいいでしょ、ディーノ。文句はそっちの寮監先生に言って」


 何故だろう。オーブンなんて一つしか使わないと思っていた。天板もせいぜい一つだと思っていた。

 それなのに私は、三つのオーブンを使うようになっている。

 オーブンで、揚げた手羽肉やモモ肉を温める。こんがりさせてからソースをかけて混ぜると、辺りにぷぅんと香ばしさが漂った。更に少し加熱して馴染ませる。


「これ、手づかみで食べるものなので、良かったら皆さん、こちらのミニタオルで手を拭いて食べてください」


 未使用のリネンを棚から出し、濡らして渡せば、何故かさっきの余ったお皿のおかわりは遠慮した警備の人達もそれを食べだした。

 法蓮草は二皿も食べる気にならなかったんですか? そうですか、そうなんですね。


「ほう、なかなか」

「こっちの胡椒がガツンとくるのがいい」

「やはりこちらの方が血肉になるといった感じですね」

「うむ。こっちはいくらでも入りそうだ」

「そのソースに入っているハーブはリオが育てたんです。ちょっと独特な味なので、万人受けしないかもと、出す方にはいれなかったんですけど」


 おいコラ、ダヴィデアーレ。お前の発表はどうなった。何を照れながらお喋りしてるんだ。

 後でのご褒美として置いてあったのを出したからか、みんな一緒になって食べている。

 発表会は、一気にみんなで仲良くお喋りする軽食パーティと化した。


「やっぱりこっちの方がいけるじゃねえか。なんであんなつまらん胸肉、出してきたんだ? しかもお前、どんだけ肉を用意してたんだ。五人で食べる気だったのか? この大皿盛りを?」


 何がつまらん胸肉だ。お前は何を見に来たつもりなんだ。

 うちはあくまで真面目に研究しているクラブだとアピールする為、この参観日を設けたのである。保護者サービスする為ではない。


「お忘れかもしれませんが、先生。肉は食いちぎるような筋肉もりもり男の為の食生活じゃなく、私達は普通の穏やかな日々を送っている人達のことを考えてですね、このクラブを立ち上げたのです。

 そしてこの揚げ鶏のレッドソース()えは、私達と、それから場所を提供してくださった警備棟の方に出す予定だったのです。そもそも脂身もついてて揚げている時点で、これはカロリーが高いのです」

「いや、別にもう警備も見に来てるだろ」


 その通りだ。午後からは休みで門も閉鎖されている為、なんだなんだと、みんなが見に来ていた。

 だけどね、やっぱり予定っていうのはあるんだよ。カッコよくやりたかったんだよ。

 やはりこの青林檎の黄緑色(アップルグリーン)頭は私の天敵の気配がする。


「最初のお茶と飲むと、こういう揚げものの脂がすっきりするね、フィル。ちゃんと調べたんだね」

「パ、・・・お父様ぁ」


 紳士なのは父だけだ。やはりこの腕の中だけが私の聖域なのだ。

 私はぽすっと父の腕の中に飛び込んだ。やっぱりこの大きな手で撫でられて、額にキスしてもらうのがいい。


「そうですわ、フィ・・・アレルちゃん。お友達と力を合わせて頑張りましたのね」

「マー、・・・うん」


 どこぞの寮監のおかげで発表会から懇親会に変化してしまったものだから、もう私は父とマーサの間に座っておくことにした。

 マーサが頭を撫でてくれるし、それでいいのだ。優しい手に癒されたいのだ。


(やはりパピーとマーシャママのいるおうちが一番)


 学校長先生や他の教師達も見にきているし、これで不真面目な不良クラブという誤解はなくなっただろう。だからもう目的は達成したということで終わらせるのだ。


「アレルちゃん、でしたわね。よかったら、一度うちに遊びにいらっしゃらない? ゆっくりお話もしてみたいもの」

「ありがとうございます。ですが、すみません。私、父の帰宅が不定期で、休日、父が帰宅する時はいつも一緒にいたいのです。それにどこかに寄る時や出かける時は、先に家族へ相談し、その許可を取ってからと決められています。ですからお誘いはとても嬉しいのですが、父を通していただかないと何もお返事できません。すみません」


 とてもお金持ちそうなおばあ様がそんな声を掛けてくるけれど、行ったら終わりだ。知ってることを全て吐かせられる気がしてならない。

 一度、挨拶して紹介してしまったら招待状はその後から発生するのだ。見知らぬ人からであればお断りもしやすいが、面識を持ってしまったらそうもいかない。


(今、貴族のご婦人に知り合いを作ってはヤバイ。王子様の正体がばれた途端、私に呼び出し状が発動する・・・!)


 だから私は父にそのお誘いを回してしまった。

父は変装しているエインレイドの正体を知っている。私が置かれている微妙な立場も理解しているから、そこは上手に躱してくれるだろう。

少なくともエインレイドにまともなお友達ができるまでは、私もあまり貴族社会にタッチしたくない。エインレイドのことがなくてもタッチしたくないけど。


「すみません。実はうちの娘は、常に父か弟、もしくは私と一緒でないと外に出してこなかったのです。保護者同伴でない外出の経験がございません。お誘いはありがたいのですが、どうかご容赦を」


 父がはっきり断ったのであちらは気分を害したようだ。

そりゃ怒る気持ちは分かるけどね、せっかくのお誘いなのに。

こういう時に招待されるのは違う意味合いがあるというか、まさにお坊ちゃまのガールフレンドとして品定めされるってことだ。だけどその一族における未婚男子の婚約者になり得るかをチェックされるのなら、私には全くメリットがない。

 私よりもお誘いされるべき存在なら、一番ガラの悪い保護者と共におりますぜ、奥様。


「お祖母(ばあ)様。僕達とアレルは友達です。変なこと考えないでくださいって何度言えば分かるんですか」

「んまあ。あなたが楽しそうに話していた子が、ウェスギニー様のお嬢さんだったのよ? 変なこととは何ですか」

「アレルを楽しまない人はいません。僕達の友情に、大人が割りこまないでください」


 見かねたベリザディーノが割って入り、それで彼女も引き下がった。

 このクラブにおける私の目的は、マーサの健康生活だ。一番よい政略結婚を求めてお見合いしまくる貴族社会のアレコレとは遠ざかっていたい。


「この後、出す予定だったパンですが、あえて平べったい形に焼いた平焼きパンです。あまり沢山食べなくてもよく噛んで満足感が出るようにと、この形になりました。色々な穀物などが入っていますので、どうぞよく噛んで食べてください」


 おい、ベリザディーノ。みんなに配るのはいいが、どうしてお前が作った風になっているのだ。

 それはもう少し後で出す予定だっただろう。うん、予定なんて消失したけどね。


(ディーノもあれで気遣いさんだからなぁ。私に悪いことしたって思って、強引に空気を変えちゃったんだね。単にここまで来たらおやつ代わりに食べようって気になってるだけかもしれないけど)


 もういい。リハーサルはぐちゃぐちゃだけど、もういいのだ。

 だって、既に私が作って冷蔵しておいたコーヒーとか紅茶とか、勝手にマルコリリオが出してみんなに配ってるし。

 ええ、そうでしょうとも。最初に出したお茶は口に合わないんでしょうよ。

 体にいいお茶ということで出したものは、どうしても味に問題があった。出されたアイスコーヒーやアイスティーに、皆もこれならば美味しく飲めると言い始めている。

 やはり味が問題なのか。そうだよなぁ。そこが以前からの問題点だ。


「君達、その年でコーヒーなど作って飲んでいたのかね」

「今日は大人の人が見に来てくれるので、飲み物の参考として作ってあったものです。コーヒーには消化を助ける作用や、血管に影響する効果があります。僕達では苦くてミルクと砂糖が必要になり、効果を実感できませんでした。ですが今日の父兄にはストレートで飲んでいただけるよう、水出しで作ってあります」

「ほう。なんと感心な。本当に幅広く調べていたのだね」


 騙されないでください、学校長。

 そこのマルコリリオは、甘いシロップとミルクをかけたコーヒーゼリーを喜んでぱくぱく食べてました。

 アイスクリームを浮かべたコーヒーも先を争って飲んでましたよ。

 だけど学校長はアイスコーヒーを飲みながら、マルコリリオが語る健康的な効果と、それよりもダイレクトに出てしまうカフェインの効果とで、どうしてもそこまでの結果を求めるのは難しいんじゃないかと行き詰っている話にうんうんと頷いている。

 ま、平民だからと何かといじけてしまいがちなマルコリリオだけど、こうやって学校長が話を聞いているのだ。少しは自信に繋がったんじゃないかな。

 ・・・ああ、そうか。だから学校長はマルコリリオに声を掛けたのかもしれない。


「あら、なかなかさっぱりした飲み物ね」

「酢と蜂蜜を水で薄めてあります。レモンバーム水なので爽やかなんです。疲労感や肌に効果がありますが、がぶ飲みしてもいいように、甘さ控えめです」


 あのなぁ、ダヴィデアーレ。何を綺麗な女子寮の寮監に愛嬌(あいきょう)を振りまいているのだ。

 年上好みか。年下攻めでいくのか。

 毎朝の一杯で肌にもいい影響が出るのではないかというそれを交えながら、疲労感の回復効果をダヴィデアーレが説明すれば、近くにいた教師達もアミノ酸などについて話し始めた。

 使っている酢はもっと違うものが健康的だとか、教師達にも言い分があるらしい。それはその通りなんだけど、飲みやすい味であることも大事なんだよね。美味しくないと続かないから私も苦労している。

  

「ウェスギニー子爵はこちらの仕事もしておられたのか」

「はい。アールバリ伯爵もご存じの通り、今年は王子殿下が入学なされ、ゆえに私が抜擢されました。とはいえ、エドベル中尉によって警備は万全、私は他の任務に忙殺されております」

「私も先程ウェスギニー子爵が責任者と聞いて驚いたが、そういえば殿下がおられたからか。で、肝心の殿下はいかがなさっておられるのだ? 最後にお目にかかったのは幼年学校入学前だったか」


 それ、もう記憶にないんじゃないの? だから変装している程度で分からないんだね。

 伯爵二人に子爵一人。どうしよう、父が劣勢かもしれない。


「取り巻きになりたい生徒達に苦労しておられるようですよ。ですが人間関係は私の管轄外です。学校側も勉強そっちのけで何をやっているのかと呆れられ、こうして勉学に力を入れている生徒達の救済に力を入れておられるとか。それゆえに娘がお友達と健康的な食生活を研究するクラブがないかと悩んでいたのを聞きつけられ、短期クラブを学校長が直接許可してくださったと聞いております」


 父が学校長に話を振っているが、人間関係が管轄外なら私の今の状況は無かったと思う。

 大人って嘘つきだ。うん、知ってる。


「いやいや。何事も新しい試みを忘れては停滞するだけです。学ぶ場において生徒同士は対等であると、あえて愛称のみで呼び合うクラブの在り方はやり方によってはだらけるだけでしょう。ですがクラブの誰もが責任者としての自分を確立するやり方はとても面白いものです。女子生徒一人では心配もあろうと警備棟の一室をクラブルームとしましたが、アドバイザーとして複数の教師が関わっております」

「それはまた、一年限りとは勿体ない試みですな。そう思われぬか、アールバリ殿」

「そうですな。他にもこういったクラブが?」

「いえ。何でもかんでも認めるわけではありません。このクラブメンバーは成績や授業態度、全て精査した上で許可を出したものです。自分達で全てを決めていい自由には、生徒としての本分をこなした上でという責任が伴います」


 なんか保護者達の探り合いがあるっぽいけど、学校長が大風呂敷を広げていた。

 精査される程の授業数はまだこなしてないと思うんだな。


「せいぜい調べたことの発表会と思いきや、試食を出せる程とは思わなかった。五人で頑張ったんだな、エリー」

「はい。アレルは、お土産も用意したんですよ。ブレンドに使えるハーブのミニ鉢植えとか、小腹が空いた時に食べても太りにくいおやつとか、栄養表とか」


 可愛いのは君だけだ、エインレイドよ。

 だがな、その笑顔をそんな青林檎の黄緑色(アップルグリーン)頭に向けなくていい。

 土産はマーサにだけあげるとあからさますぎるから、みんなに用意してみただけなのだ。その男、どう見てもいらんだろ? そいつが食べるのは豆じゃない、骨付き肉だ。

 保護者達が自分達のお喋りに夢中で聞いてないからいいものの、頼むからここでレイド以外の呼び方をしないでくれ。

王子エインレイドの愛称はエリーだって貴族ならみんな知ってるって聞いたぞ、こらダメ寮監。

 私は人知れず溜め息をついた。

 仕方がないのだ。男子寮に出向してくる兵士など、基地で真面目に働くこともできない落ちこぼれなのだ。私が大人になってあげるしかないのだ。


(もういい。とりあえずマーシャママもパピーと一緒に来たから、二度目は気楽に来ることができる。学校長や他の先生も見に来たから、十分真面目にやってますアピールも出来た。後は一年、適当にマーシャママの為に色々なヘルシーメニューを作って私は穏やかに過ごすのだ)


 来月、マーサが来る時は、みんなで仲良く私の作ったヘルシーご飯を食べよう。

発表会? もういらないよね、そんなの。だって面倒くさいし。

 それなりのクラブ費用をもらったし、一年生だけでよからぬことをしていると思われてもまずいから最初にこうして発表会してみせたけど、これで保護者や教師も満足したと思う。


(学校長や教師が関与しているテストケースクラブ。場所も警備棟の中で常に監視されている。うん、スキャンダルや非行はあり得ないって誰もが納得したよね)


 学校長のお墨付きとなれば、保護者もクラブメンバーのフルネームを気にしたりはしないだろう。そしてずぶずぶにまで仲良くなってしまえばいいのだ。


「方向性を見失ってすぐに瓦解するのではないかと案じていたが、真面目に頑張っていたのだね。この海藻と豆を焼いたものがおやつになるのか」

「はい、先生。甘くないし、素朴すぎて物足りないかもしれませんが、栄養がとれて、体内を綺麗にします。腹持ちもいいです。果物も一緒に食べた方がいいですけど、ぽろぽろと菓子くずが落ちないので、調べ物をしながらつまむのに便利です。これをお土産にと」


 いやいや、ベリザディーノ。それ、お土産で渡す奴。もう食べさせてるの?

 どころでその先生って誰? 私、知らない顔なんだけど。

教師もクラブメンバー個別に声をかけてるせいで、どれだけの教師がこのクラブに注目しているのか把握できずにいるんだよね。

 エインレイドが王子だってみんなは知らないから仕方ないけど、教師から情報収集されていても分からないかもしれない。

 気をつけておこう。教師はともかく、教師繋がりで他のクラブの指導者とかなら思いっきり外部の人間だ。


「ウェスギニー君。成人病予防研究クラブ、皆で頑張りましたね。最初に活動チェックも兼ねて手が空いている教師にも見てもらいたいと言われた時はどんなものかと思いましたが、納得できましたよ」

「ありがとうございます、学校長先生」


 学校長が来た時にはにこにこしながら面倒なことを押しつけられたらどうしようと警戒したけど、こうやって保護者の人達にも心配いりませんよと説明してくれたのはとても助かった。

 けっこうお金持ちなお坊ちゃまの保護者って「うちの息子は様々な女に狙われているのよ」な被害妄想があったりして、私の素性を知るまでは一方的に侮辱されることも多かったんだよね。アレがまた始まったらどうしようかと思ったよ。

 だけど学校長の言葉のニュアンスから私の成績が学校長も評価するものなのだと認識されて、かなりどの保護者も好意的になってる。

 いい人だ。象牙の灰白(アイボリー)の髪がほんわかしている学校長はいい人だ。

 てへへ。この頭の撫で具合、学校長はちょうどいい力加減を分かっていると言えるだろう。

 もしかしたらお孫さんが私ぐらいの年なのかもしれない。


「うんうん。次回の開催日も是非知らせてくださいね」

「・・・・・・え? え。いえ、あの、・・・一回目なので頑張りましたが、来月はせいぜい育ったハーブを使ったお茶程度しか作らないというか、ここまでのものは無理というか、・・・そんな、見ていただくような内容がないと思います」


 待ってくれ、学校長。私達は、最初にクラブ活動を見せておけば、後は放置しておいてくれるだろうという姑息(こそく)な手段をとっただけだ。

 この僅かな日数でここまでの発表会してみせたんだよ。普通の大人なら安心するよね?

 クラブ活動で一緒にお出かけしますって言っても、快く「行ってらっしゃい」って言ってくれるよね?

 だからもうクラブ活動チェックは不要なの。後は自分の好きなようにやりたいの。


(うちのお祖父(じい)ちゃまやジェス兄様に使った手が効かないなんて・・・!?)


 私はこの窮地を逃れる言い訳を考えた。

 だが、何としたことか。淡い青磁(セラドン)の瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、学校長は私の肩をがしっと掴んでくる。

 な、何を訴えたいのですか、学校長。


「それでいいのです、ウェスギニー君。学問とはすぐに答えや発展があるものではありません。それでもこつこつと頑張ることが大事なのです。・・・聞きましたよ。君達は、お菓子にしてもどこまでの甘さを抑えても美味しいと感じられるか、代用品はあるか、ちゃんと沢山の人に味見してもらいながら試行(しこう)錯誤(さくご)していたそうですね。その努力こそが尊いことなのです」

「あ、・・・・・・はい」


 どう考えてもハイカロリーなお菓子を作って食べていたので、ばれた時の口止めも兼ねて、教員室や警備棟の人達には試食してもらっていました。

 一応、クラブ活動内容を考えて、ちょこっとそれらしい理由も付け足しておきました。


(だってっ、食べてしまったら共犯なんだよっ!? そこを食べさせるように持っていくもんでしょっ。それも誰もが文句つけられない形でっ)


 普通のクッキー、大豆粉入りクッキー、ココアマーブルクッキー、ナッツ入りクッキー。入れてある砂糖の量もそれぞれ違うものを作り、どの程度の甘さ控えめまでがいけるかを投票してもらえるようにもしていました。

 そういう理由なら幾つか食べられるし、ちょっと疲れた時に甘い物って嬉しいよね?

 ああ、学校長の「あなたを信じている」という瞳が眩しすぎて、罪悪感が・・・!


「来月もまた、楽しみにしていますよ。たとえここまでのものなどなくていいのです。その時はみんなでお喋りしながら、クラブで一ヶ月、どういうことを調べてどう思ったかを語るだけでいいのですよ」

「・・・そ、それこそ、・・・他のクラブが、先生を待ってると、思います」


 結論から言おう。

 来月も皆さん、やってくるらしい。








― (‘ω’) ― ♪(‘ω’)♪ ― (‘ω’) ―






 成人病予防研究クラブのクラブルームとして提供されている第2調理室を皆で片付け、保護者達と帰宅した生徒達だが、アレナフィルは父のフェリルド、家政婦のエイルマーサと共に、最後まで残っていた。

 残っているのは三人だけなので、気楽にお喋りしている。

 警備棟の映像モニター室で、第2調理室の映像を眺めながらエインレイドはしみじみと、知らぬが仏だなぁと思った。


『あのね、マーシャママ。これね、使わない食器、くれたの。だけどフィル、使い方が分からないの。このポット、三つもお口があるの。カップが綺麗だから使いたいのに、ポットのお口、多すぎるの』


 しょんぼりとした顔は、まるで迷子の小犬のようだ。誰もがよしよしと撫でて慰めてあげたくなってしまうだろう。


「アレル、僕の前でもあんな話し方してくれればいいのに。だけど僕と二人きりになった途端、きりっとした顔で敬語になるのもちょっと特別感あるしなぁ」

「その三口のどれで注いでやるかで、そいつのことをどう思ってるかを示すんだって教えてやれっつーの。男四人を手玉にとってるクラブ長なんだからよ。全く末恐ろしすぎるわ」

「別に手玉になんて取られてないよ」

「へいへい。しかも学校長まで気に入っちまったしよ。現場好きだったから、生徒から距離置かれてるのが辛かったんだな。その点、お前らなら高齢者向けクラブだからいいってか」

「ヘンタイ扱いされて手下呼ばわりされたからって、さっきから大人げないなぁ。アレルのこと、悪く言わないでよ」

「誰が手下だっつーの、あのぺったん小娘」


 映像監視装置は天井に設置されているので、どうしてもアレナフィルが小さく見えた。

 エイルマーサという名の家政婦は、どうしてこういうものが学校にあるのだろうという表情を浮かべている。

 あの人がアレナフィルが第二の母親と思っている人なのだと、エインレイドは温かい気持ちになった。使用人という扱いになるにしても、アレナフィルを優しく撫でていた表情はとても優しかった。

 口先だけじゃない、真実の思いがアレナフィルの周りには満ち溢れている。


『あらまあ。これはお酒用のピッチャーですわ、フィルお嬢ちゃま。こうしてお酒を注ぎますのよ。ほほほ、フェリルド様はお使いになりませんものね』

『カップだけ使いなさい。これは片付けておこうね、フィル』


 ウェスギニー子爵フェリルドは、そのピッチャーを一番高い棚の奥に仕舞いこんだ。

 監視装置を一瞬だけ睨みつけたのは、こんな宴席で使うようなものを子供の目にさらすなという意味だろうか。


『うん。フィル達、まだお酒飲めないお年だもん。そういえばパピー。ローゥパパ、来なかったんだね』

『急用が入りましたのよ。何かと呼び出される仕事ですから。だけどもらったお土産は持って帰りますし、フィルお嬢ちゃまがどれだけ頑張っていたか話しますわ。きっと喜んで何度も聞きますわね。フィルお嬢ちゃまと会う時間が減って寂しい寂しいぼやいてますもの』

『そうなの。ルードもね、今日は午後から、お外のチームの練習場に行くって言ってた。マーシャママに、会いたがってたよ。きっと上等学校って、おうちに帰れなくなる呪いがかかっちゃう場所なんだね。フィル、上等学校、沢山の人がいすぎて目が回りそう』

「そうですわね。本当に広くて大きな学校で私もびっくりしましたわ。幾つもの門もありましたもの」

「ねー。あ、そういえばパピー。あの人、伯爵夫人だったの? フィル、失礼なことしちゃった? レン兄様ね、偉い人に会ったら、笑顔でお名前言いなさいって言われてたのに、フィル、全然できてなかった。レン兄様ね、お名前言ったら目を合わせないでお辞儀してね、それで、すすっと下向いたまま逃げて、他の貴族の人に押しつけて消えるんだよって、教えてくれてたのに』

『発表会で逃げる場所はないだろう。学校では誰もが父兄の一人にすぎないんだし、気にしなくていい。ヘタに気に入られても面倒だ。ポケットに仕舞って持ち帰られないよう、笑顔なんて封印しておきなさい、フィル』


 愛娘を見下ろす眼差しは優しいが、言っていることは貴族としてとても駄目すぎる。

 薄々そうではないかと思っていたが、社交界で娘を展示する気はないなと、ガルディアスは確信した。


『そうですわ、フィルお嬢ちゃま。どの男の子も優しくて素敵な子ばかりでしたけど、フィルお嬢ちゃまにはまだ男の子とのお付き合いなんて早すぎますもの』

『フィル、女の子の皮、かぶったお婆ちゃんって、言われたよ?』

『まあ。こんな可愛らしいお婆ちゃんなんて、絵本の中にしかいませんわ。きっととんでもない魔法がかけられてしまいましたのね。ねえ、フェリルド様』

『そうだな。フィルは女の子の姿をした愛の妖精だよ。子供狼に惑わされず、我が家だけを明るく照らしておいで』


 フェリルドとエイルマーサから頬にキスしてもらい、嬉しそうに笑うアレナフィルは、二人のことが大好きなのだとその表情だけでよく分かる。


『マーサ姉さん。この後はフィルと髪留めを買いに行きますが、一緒に行きませんか? なんでもルードがよくなくすらしく、フィルの髪ゴムを強奪していくそうなんです。さすがに男の子が使わない髪留めなら取っていかないでしょう。ついでにルードのも買ってこなきゃならんでしょうが』

『まあまあ。ええ、喜んで。ルード坊ちゃまったら沢山用意しておきましたのに、もうなくしてしまいましたの?』


 アレナフィルは髪を一つに軽く三つ編みして橙色の髪ゴムで留めている。だからちょうどいいとばかりに、アレンルードもそのままもらっていくのだろう。


『ルードね、ボール追いかけてたら、勝手に外れる言ってたよ。だけどね、ルード髪切るの、お悩み中。クラブでも強い人、髪伸ばしてるの。ジェス兄様も、学校時代のフォト、長かったの。だからルード、切りたいけど我慢なの。だけどきーりーたーいーって、手足バタバタしてるんだよ』

『フェリルド様もレミジェス様も、あの頃は伸ばしておいででしたものね。今は真後ろだけですけど』

『フィルが何かと触りたがりますからね。全く、長く伸ばせと言ったり、短くしろと言ったり、うちの子リスさんは要求が多い』

『だってパピー、長い髪してるとあやしげでステキ。短いとね、できる男なの』

『ほほ。フィルお嬢ちゃまにかかってはフェリルド様もその魅力を隠せませんわね』

『やめてください、マーサ姉さん』


 やがて二人と手を繋いで仲良く帰っていく後ろ姿は、何かを一生懸命お喋りしていた。

 クラブで強い人が髪を伸ばしているのではなく、髪を伸ばす慣習のある人が強いだけだろうなと思いながら、映像から目を離したエインレイドは溜め息をつく。


「なんでアレルって、あそこまでもの知らずなんだろうって思ってたけど、ウェスギニー子爵が全て悪いような気がしてきた。僕達、子供狼なんかじゃないのに」

「仕方なくエリーのお友達でいさせているだけだからな。あれだってかなりごねられたじゃないか。掌中(しょうちゅう)(たま)は、父親だけを見つめてるってか。全く、噂なんざ全く当てにならんな。なんつー溺愛だ」


 ウェスギニー大佐に子供がいるということだけは、軍内でも知られていた。

 数年前、大掛かりな街の掃除をしてくれたからだ。その際、実の子供を利用して使い捨て兵士を調達した彼のやり方に誰もが嫌悪感を抱き、そして歓迎した。

 ウェスギニー・ガイアロス・フェリルド。妻を殺した相手に恩を売って出世の足掛かりとした子爵。

 幼い息子を戦場に(ほう)りこんだ、悪夢のような父親。

 実の所、ガルディアスはアレンルードを男子寮で見て、「おや?」と、首を傾げていたのだ。更にはアレナフィルと言葉を交わしてみれば、自分達の情報が間違っていたのかと混乱せずにはいられなかった。

 いや、軍から出向している男子寮の寮監達は、誰もが「え?」と、思っていた。

 ウェスギニー子爵家の親子関係、兄弟関係が不明すぎる。子供達は父親ともっとギスギスした関係か、もしくは逆らえずに服従している関係だろうと思っていたのだ。

 サングラスを外したガルディアスは、がしがしと頭を掻きむしる。


「おかしくない? 上等学校に入学したら色々な縁組が生まれては消え、消えては生まれるって話じゃなかった? だから親しくなるのも全て計算だって。うちのクラブ、伯爵家と子爵家いるけど、親しくなる計算どころか、喧嘩してるの? それでも喧嘩にならないの? って感じで仲いいんだけど」

「夫人も大事な孫息子が入学早々、女の子に夢中だと思ってその顔見てやろうと乗りこんできたら、本人はパピーパピーだ。・・・くくっ、邸に招こうとすれば、父を通してくれと言って断られるとは思わなかっただろうよ。あれは笑えた。普通は喜んで招待を受ける」


 青林檎の黄緑色(アップルグリーン)の頭を軽く振り、ガルディアスは面白そうに口角を上げた。


「アレル、怖がりだもん。一人だけ招待なんて警戒するに決まってる。みんな一緒に招待しないといけなかったんだよ。何よりアレル、恋人候補のつもりなんかないし。みんなだってそうだよ」

「どうだろなぁ。実物を見て、しかも子爵家の娘と分かったんだ。帰宅した息子達、是非あの子を落とせと言われてるかもしれんぞ? 貴族や平民、どの立場からでも手を伸ばしやすい身分と性格だからな。王族や公爵家から見れば格下すぎるが」


 にやにやと笑うガルディアスは、エインレイドをむっとさせる天才だ。

 性別など関係なく一緒にいたいという気持ちを分かってて、こんなことを言う。


「自分こそ知らないんだからねっ。大体、あんなこと言い出すから、みんなで試食パーティになっちゃったんじゃないかっ。アイスクリームまで食べちゃうしっ。ひどいよ」


 あのアイスクリームは、二人で移動車を待つ間、一緒に食べる予定だった。

 エインレイドとて、ガルディアスさえ何も言い出さなければよかったという思いがある。

 保護者同伴でない限り通学以外であまり外に出たことがなかったというアレナフィルは、それでも物知りだ。作業しながら二人で色々なお喋りをする。


「あの年であそこまで菓子だの飯だの作れると分かりゃあ、そっちに夢中だと思うだろう。かえってあの可愛さを気に入ったと思われるよりマシだぞ。なんで女子寮からアレナフィルを見に来ていたと思う。双子の兄を利用して図々しくも王子に近づき、うまく取り入った小娘の顔を見る為さ」

「取り入られた覚えがないんだけど。何より下腹を引っこめるメニューとやらで、自分こそがアレルを女子寮に持ち帰ろうとしてたじゃないか。何なんだよ、みんなして。アレルの友達は僕なのに」


 エインレイドはそこが不満だ。

 みんなが、あのウェスギニーの娘など思惑あって近づいたに違いないと言い出す。

 そんなありきたりの小芝居に騙されてはなりませんとも言うくせに、映像の中でもころころと表情を変えるアレナフィルを知れば、いきなり彼女に興味を持って接触しようとするのだ。

 そこで父親が、

「うちの娘に不審者が一人でも接触したなら、私は職を辞して娘の送り迎えをしなくてはなりませんね。やはり愛する娘に何かあってはと思うだけで、仕事にも身が入りませんから」

と、言い出したから誰もが今は何もできない状態となっているが、それが脅しになるところが凄い。

 何もせずとも人を動かし、狂わせる。誠実な姿をとった悪夢とまで言われるウェスギニー子爵。

 けれどもアレナフィルを知ってしまったエインレイドには、単に仲が良すぎる親子にしか思えない。


(ウェスギニー子爵、打ってる手はそれだけじゃないよね。アレルのあのパピーパピーって何なんだよ。あれに勝てる人、いないんじゃないの? 不審者が接触したところで、アレル、(はな)()()けないよ。何よりウェスギニー子爵の肉体が基準って・・・)


 だけど、それを本気で言えるアレナフィルだからいいのだ。

 嘘も欺瞞もない。いや、嘘はあるが、アレナフィルの嘘は、あまりにも底が浅くてばればれだ。

 いずれ共通の基礎課程が終わったら、一緒に授業を受けることなどできなくなるけれど。


「僕も一般の部に移りたい」

「何言ってんだ。ま、アレナフィルを一般の部に進ませたのは、本気で父親の思惑ありきだろう。お前と出会わなければ、アレナフィルの存在はそのまま埋もれていた。経済軍事部に行ってたら、あの双子はどうしても目立った。・・・試験が楽しみだな。あれでアレナフィルは馬鹿じゃない」

「・・・知ってる」


 オレンジがかったイエローの髪、濃い緑の瞳をしたアレナフィル。顔立ちがちょっと幼く見える上、表情も愛らしいものだから、誰もが頭を撫でたくなる女の子だ。

 アレンルードと違い、アレナフィルは撫でられると反射的に笑うくせがある。とても嬉しそうに見えるから、目が奪われる。だから余計に構いたくなるのだろう。


「ディーノ達にはアレンをあげるから、アレルは僕のでいいのに」


 心の底から本気の口調で、エインレイドはぼやいた。





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