1 言わせてくれ、それは関係ない
ちょっと自棄になっていた。それは認める。
だけどしょうがないでしょって思うんだよね。
勿論、大抵の人は言うよ? 「あのさあ、もっと考えてからやりなよ」って。
そんなこと、後からなら誰だって言えるんだよ。
だけどその時、私はお金が欲しかった。
そして、友達の知り合いの知り合いの話で、聞いていたんだ。
「退屈だし、色々な検査はされるけど、それだけだよ。別にさぁ、これだって社会に役立つ大切なお仕事だよね」って。
いいよね、社会貢献。しかも謝礼だってもらえちゃう。
そう、謝礼がもらえちゃうんだよ。謝礼ってお金なんだよ。お金が全てじゃないけど、お金がもらえちゃうんだよ。謝礼とは言わず、違う言い方してたかもしれないけど、真実ははっきりしている。
お金がもらえる、それだけだ。
・・・・・・ふっ、説得力が凄まじすぎるわ。
というわけで、私は応募したのだ。
『新薬の安全を確認する為、二ヶ月間、泊まりこめる健康な「樹」「蝶」「魚」を募集します。応募された方は、こちらの施設で健康診断を受けていただきます。飲んだ新薬が体内でどう分解され、成分がどこに運ばれ、望ましい効果をどこまで出すかを追跡する為、モニター機器を取りつけた状態で生活していただきます』
二ヶ月間、閉じこめられるらしいけど、個室の寝具もなんとあのファーリエスなんだって。食事も悪くないって話だし、部屋着も提供される。だけどね、何と言ってもその謝礼が凄かったの。
私が辞めたばかりの職場の月給の数ヶ月分。
え? 辞めた理由? 聞かないでよ。いい女は過去を振り返らないものなの。
大切なのは、それが夢の新薬だったってこと。今までは諦めるしかなかった病気が、諦めなくてよくなるかもしれない。
そういった病人を抱える家族がこぞって待ち望む、それは希望でキラキラ輝く新薬だったの。だからこそ、様々な年代や持病のある人にも募集はかけられていたみたい。私達の集められた施設は健康な人ばかりだったけれど。
私は、若く健康な蝶として募集されていたものに応募したわけだ。蝶だからこそ謝礼が高かったんだけどね。これが樹なら私の半額にも届かない。
だけど・・・。
後からならば、何とでも言える。
もしも過去に戻れるならば、私は参加しなかった。
ー ◇ - ★ - ◇ ―
世の中には優れすぎた才能を持って生まれてくる者がいる。
神童とも呼ばれる彼らは、しかし周囲が愚かすぎて生き辛いと嘆き、やがて社会から脱落していく。
時に心を病んでおかしくなる者もいることが、問題視されていた。
「だけど、これはもう画期的な薬になるよ。優秀であればこそ、社会の現実に心をおかしくしてしまう人々を救う。そして国に忠誠を誓うようになるんだ」
「まあな。あまりにも精神病棟の収容者数が多すぎる。もっと分かりやすく説明してくれれば時代を百年も二百年も進めてくれるであろう逸材ばかりが、学生の時点で脱落するんだ。くそっ、どうして我が国ばかりが・・・!」
「まあまあ。治験では一ヶ月間いなくなっても問題ない奴らばかりを集めた。どこまで精神に影響するのか、様々なタイプからデータを取り、それを活かさなくては」
小国ファレンディア。
周囲を海に囲まれた島国ファレンディアは閉鎖的な傾向があり、国民もあまり国外に出たがらない。
識字率は高く、学問や産業にも力を入れていた。
世界にも名を轟かせるような精密なファレンディア製の商品も人気だが、薬もまた品質の高さで定評がある。
「優秀な人間を生み出す為の犠牲だ。仕方あるまい」
海に囲まれた島国ながら大金を稼ぎだし、その大金を国防に使い、そうして強国への道へ進もうとするファレンディア。
他国に比べ、安全と便利な生活が国民に浸透している。
それは様々な犠牲のもとに築き上げたものでもあった。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
賢い人はもうお分かりですよね?
ええ、私、お金に釣られて応募しました。
「きゃああーっ、誰かっ、誰か来てぇーっ。被験者さんがっ、被験者さんが身投げしましたぁーっ」
一つ、訂正させてほしい。
身投げしたわけじゃありません。気を失った場所が、ベランダの手すりの上だったんです。
(いや、おかしいでしょ。いきなり変な女の人が私に覆いかぶさってきたよ? 私、タオルが風でひらひらーって逃げていこうとしたから、手すりに左手を置いて右手でつかまえただけだよ? そこにいきなり女の人の悲鳴と刃物を持った人がいて、私に女の人が抱きついてきたんだよ? 慌てて避けようってするよね? 避けたら落ちたんだよ)
そんな私の事情を聞いてくれる人はいない。
私は運悪く気を失ったばかりに、「副作用で身投げした」と記録されたのである。
訂正してほしい。身投げしようとしたわけじゃないって。
私が見たのは幻覚で、副作用は意識を失ったことだと思う。・・・難しいことはよく分かんないけど、その筈だ。いや、あの凶器持った人と女の人の幻覚が副作用ってことになるのかも?
うん、とても怖かった。凄い悲鳴と衝撃で、心臓ばくばくな恐怖だった。だけど実際には何も起こっていない。大体、空中に浮かんでいる女の人なんていなかった筈なのだ。
そう、私はベランダの手すりの上で倒れ、だから落ちてしまっただけなのだ。
だけど身投げしたことで植物人間となった私に、反論する機会など与えられなかった。
「副作用データ。被験者は27才女性。種は蝶。血液型はG-Fk型。精神錯乱により身投げを実行、全身打撲。意識不明。1時間後死亡」
精神錯乱なんてしてない。私は繊細な貴婦人のように、奥ゆかしく気を失っただけなのだ。
ひどくない? ねえ、これってばとってもひどくない?
精神錯乱とかって、まるで私が凶器もって振り回したっぽいよねっ?
おい、責任者。事実は正しく記録しろ。
私はそう言いたい。
だけど私の葬儀に集まってくれた友達は、とても理解があった。
「可哀想に。ロッキー、死に場所を探してたんだね」
「ちょっと旅行に出かけてくるって笑顔で言ってたけど・・・。ひどいよ、あれが今生のお別れだったなんて」
「どうして相談してくれなかったの。悩んでることがあれば、打ち明けてくれればよかったんだよっ」
ねえ、私、薬の副作用で気を失っただけなんですけど?
まさか三食昼寝付きで新薬のお試しに行ってきますなんて言えないでしょ? それでまとまったお金を手に入れてきますなんてことも言えないよね?
だから旅行って言ってみました。
それって悪いことですか? 誰だって長期の留守となれば旅行って説明しますよね?
おかげでまるで普通の旅館でいきなり自殺したかのように、最後に会ったのはいつだったかも覚えていない家族には告げられました。
ねえ、正直に言ってよ。いや、正直に言えや、下っ端社員っ。
いくら通常は旅館として営業していてもあの時は貸し切りしてたでしょ。門も閉鎖して、白衣の人達が私達から薬のデータを取ってましたよね?
その為に借り上げてたんですよね?
不自然な死だというのに、退職したばかりだったから私の自殺を信じる者ばかりというこの事実。
(私はぁっ、二ヶ月はだらだら過ごしながら心を癒し、それからはその謝礼金でしばらく食いつなぐつもりだっただけなのにぃっ。自殺じゃないっ、身投げなんかじゃないのぉーっ)
名誉棄損だと、誰か私の弁護をお願いします。弁護士費用は、私の受け取る筈だった謝礼金で。