12.オレ様、移民に門戸を開く
城壁をたった一人でこじ開け、安全な場所にいたはずの王を捉えるというアーサーの奇策によって、ジョンは再び捕虜となった。
国王が捕虜となってしまえば、ドラゴニアが戦争を続けることは不可能だった。
「10万のドラゴニア軍」は停止せざるを得なかった。
そして、プロト城に「講和」のために宰相ベケットが呼び出された。
「おう、久しぶりだな」
現れた宰相にアーサーはそう話しかけた。
「のうのうと……臣下の分際で国王陛下に逆らうとは、これは大逆だぞ」
ベケットは顔を真っ赤にして言う。
しかしアーサーからすれば怖くもなんともない。
「追い出したかと思ったら、急に戻ってこいと言って、それを拒否すれば今度は10万の兵で攻め込んでくる。随分臣下に対する扱いが乱暴に感じるが」
「……貴様ッ!」
ベケットの怒りは頂点に達していたが、王を人質にされては手も足も出ない。
「さて、講和だ。端的に言うぞ。賠償金は3万の兵士に支払う予定だった給与と同じだけ。それから、このプロト領を割譲しろ」
アーサーはドラゴニアが資金不足に陥っていることを理解していた。賠償金をとればしばらく身動きできなくなるという算段だった。
ジョンとベケットにはアーサーの言葉を受け入れる以外に選択肢がなかった。
「……貴様、覚えておけよ」
ベケットはせいぜいそんな負け惜しみをするのが精一杯だった。
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講和が成立し、賠償金がプロト城に運び込まれた。
アーサーはそれと引き換えにジョンを解放する。
運び込まれた莫大な金貨の前でアーサーとヒルダはこれからのことを話す。
「さすがアーサー様です。10万もの兵を相手にたった一人で勝利してしまわれるとは……。しかし、一つ疑問があります」
「なんだ?」
「国王を捕えたのです。もっと多くを要求することができたのでは?」
確かにヒルダの言うことは一理あるように思えた。
ジョンを脅せば、ドラゴニアの王位さえ手に入っただろう。
しかし、アーサーはあえてそれをしなかった。
「力で脅して王位を手に入れるのは王道ではない。もちろん近いうちにドラゴニアは我が領土になるが、しかしそれが自然に行われるには、まだ少し時間がかかる」
「なるほど。ドラゴニアの民が、自らアーサー様の臣下になるのを待つと言うことですね」
「そうだ。それに、このプロトの土地には値千金の価値がある。今はこれを活用するのに力を注ぎたい」
「この小さな土地に大きな価値が?」
プロトには大した産業もなく、広いわりに人口も少ない。
戦略的な価値もさほどないというのが一般的な考え方だ。
しかしアーサーはこの土地が活用できると知っていた。
「この土地はランス王国に繋がっている。そしてそこには迫害されている連中がいる」
アーサーが言うと、ヒルダは徐々に話を理解してきた。
「新教徒たちですか」
「その通り」
――この大陸の主な宗教である十字教は二つの宗派に別れて激しく対立している。
教皇を中心とする旧教と、旧教を批判する新教である。
新教徒は多くの国で迫害されながらも拡大を続けている。
そして、その迫害が最も厳しいのが、ドラゴニアの隣国であるランス王国である。
ランス王国は多くの列強がそうであるように旧教国家であるが、この国は特に新教徒に厳しい。
新教徒を一斉に何万人と虐殺したこともある。
「行き場を失った、自由を求める新教徒たちは多い。だが、今の列強にはそれを受け入れる国はない。そして都合が良いことに、広い土地と、信仰の自由が約束された場所がある。わかるな?」
「それではこのプロト領から辺境の地に新教徒を受け入れると?」
「その通りだ。新教徒たちは工業の担い手だ。そして、我が辺境の地には魔法石はあるがそれを加工する者がいない。お互いがお互いの問題を解決してくれる」
「……さすがアーサー様!! そこまで考えてこの小領土を確保したのですね」
「早速、新教徒たちへ門戸を開くと言う情報を広める。“大商人”リーがやってくれるはずだ」
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