10.オレ様、大量の魔法石を売りさばく
鉱脈前のアンデット・ドラゴンを倒した後、アーサーとヒルダは村人たちを引き連れて魔法石の採掘を始めた。
鉱脈は魔法石で満ちており、しかも全くの手つかずになっていたので、少し掘っただけで大量の魔法石が採取出来た。
「しかしアーサー様、これだけの量の魔法石をどうやって売りますか? 大商人でないと捌き切れないと思います」
ヒルダが懸念を示す。うれしい悲鳴ではあるのだが、魔法石は高級品だ。これを小口に売りさばいていくのはあまり現実的ではなかった。
だが、アーサーにはつてがあった。
「安心しろ。近くの街に知り合いの商人がいる。そいつがいくらでもさばいてくれるだろう」
†
アーサーとヒルダは、馬に跨り辺境の地から一番近い街ラトンへと向かった。
外縁部のプロト男爵領にあるこの街は辺境の町でありながら、戦火にあまり巻き込まれることがなかったこともあり、それなりに栄えていた。
「あの建物がそうだ」
アーサーは、知り合いの商人がいる建物を見つけて指差す。
そこはその付近で一番の豪邸だった。
見るからに成功した人物の館で、主人が高位貴族並みの金持ちのものだと容易に想像できた。
ヒルダも日用品などを手に入れるために時折ラトンの街を訪れる事はあったが、市場の露店でモノを買う程度で、大商人と取引をした事はなかった。
これだけの館に住んでいる人間となると、商人とはいえ、当然一見で会えるような人間ではない。
「おい、主人に合わせてくれ」
アーサーが門番の男にそう告げると、男は訝しげな表情を浮かべた。
「見た事ない顔だな。お前のような来客があるとは聞いていないが」
「なら、“アーサーが来た"と伝えろ」
アーサーが門番の一人にそう言うと、もう一人の門番が館の中に入っていく。
――それから数分すると、門番が駆け足で戻って来た。
そして門番だけではなく、シルクの服を来た小太りの男も一緒に走ってきた。
「アーサー様ッ!!」
見るからに金持ちそうな男が、小走りで駆け寄ってくる様はなかなか奇異に映った。
「おう、リー。元気にしてるか」
リーと呼ばれた男は、アーサーのもとに駆け寄ってくると、深々と頭を下げた。
「これまた急にいらして……事前に言ってくださればいいのに」
「悪いな」
二人は下の名前で呼び合うだけのことはあり、それなりに親しそうに見えた。
「こっちはヒルダだ。今のオレ様の相棒だ」
アーサーが紹介すると、リーはそのまま自己紹介をする。
「これはこれは。私はリーと申します。商人でございます」
「ヒルダだ。よろしく頼む」
「して、アーサー様。今日はどのような要件で?」
「ちょっとお前に売りたいものがあってな。悪くない取引だと思うんだが」
「なるほどなるほど。それでしたら中で話を聞きましょう。ちょうどよかった。私もアーサー様の耳に入れたいことがありまして」
「ほう」
それからアーサーとヒルダは館の中に通される。
「お前のことだ、今オレ様が<辺境>にいる事は知っているな?」
アーサーが聞くとリーは頷く。
「もちろんでございます」
リーは大陸中を股に掛ける商人ギルドの主人である。それ故情報の入りは誰よりも多い。
当然アーサーが「ドラゴニアを追放された」ことは知っていた。
しかし、リーはアーサーとは旧知の仲であった。だから当然アーサーが無能故に追い出されたとは思っていなかった。アーサーがジョン王ごときに追い出される程度の人間ではないとわかっているのだ。
「辺境を開拓しているんだが、ちょうどアンデット・ドラゴンを倒してな」
アーサーが言うと、流石のリーも驚きの表情を浮かべる。
「アンデット・ドラゴンを? いやはや、まさか。しかし、という事は……魔法石を取りたい放題ですか?」
「そうだ。しかし大量にありすぎてな。お前の販路で売ってもらいたい。もちろん、利益の3分の1でいい」
アーサーが言うと、リーはほおの髭を撫でながら小考し、そしてアーサーの目をしっかりと見て言う。
その目つきは鋭かった。
「半分は欲しいですな」
ヒルダはそれを見て、リーという男が只者ではないことを理解した。
会った時の印象から、アーサーの腰巾着のような存在かと思ったのだが、とんでもない。
アーサーのすごさを理解していながら、しかしそれでもアーサーと対等に交渉しようとしている。
それができる人間が果たして世の中にどれだけいるか。
「他所では4分の1でも買い取ってくれるぞ?」
アーサーがそう言うと、リーはすかさず言い返す。
「それは誰彼構わず売ればそうでしょうな。例えば、ライバルであるランス王国にさえも売ってしまうかもしれません」
アーサーはその答えを楽しむかのように笑った。
「……さすがに3分の1ではぼりすぎか」
「ええ、これでも商人の端くれですから、いかにアーサー様相手でも適正な価格で取引させていただきます」
「よかろう」
「では交渉成立ですな」
「ああ」
二人は握手を交わす。
「して、リー。先ほど何かオレ様に伝えたいことがあると言っていたが」
商談が終わり、アーサーは別の話題に映った。
「単刀直入に言いましょう。ジョン王がプロト城付近に兵を集めています」
リーの言葉にヒルダは驚く。
しかし、アーサーにとっては予想していたことだった。
「……ほう? 予想外に早かったな。兵力は?」
「ドラゴン兵7万に、宰相ベケットが雇った傭兵3万。合わせて10万の兵です」
「じゅ、10万!?」
ヒルダは息を飲む。
流石のアーサーも少し考える。
「10万か」
アーサーは一人で7万人分の力を持っている。
これは極めて強力な力だが、単純計算すると10万の兵には勝てない。
ヒルダが心配したのはそれだった。
だが、アーサーが考えていた事は違った。
「相手を殺していいのであれば、いくらでも勝つ方法はあるが……しかしドラゴニアの兵士を殺すのは……」
ヒルダはアーサーが心配していた事柄にさらに驚く。
彼女は10万人が侵攻してくることに驚いていたが、アーサーは違った。
10万人の相手に勝つのは当たり前で、相手を殺してしまうことを心配していたのだ。
「相手の心配をなされているのですか!?」
「もちろんだ。なにせドラゴニアはいずれオレ様の世界帝国の中心になるのだから。その兵力はなるべく無傷で残しておきたい」
ヒルダは驚きすぎて絶句する。
しかしリーにとっては、アーサーの鷹揚なその思考は当たり前のことだった。
「では、やるべき事は一つですな」
リーが確認するように言う。
「……そうだな。まともな相手なら無理だが、あいつ相手なら問題なさそうだ」
「やるべき事……とは?」
ヒルダが聞くと、アーサーはこともなげに答える。
「あいつが陣取る城に一人で乗り込む」
†
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