新大陸へ
島津義弘がクエンカの町に立ち寄り、食事を所望した。
クエンカの住民は、報復を恐れつつも、老齢の鬼島津への嫌がらせとしてスジ肉を使った料理を出した。
「美味かどん、歯に挟まっど……」
義弘は難儀した。
そこに、義弘に従う日向国小林郷のとある郷士が急ぎ、あり合わせの木と糸で、スジ肉の繊維を歯と歯の間からこそぎ落とすものを作った。
「こいは良か!
何チ名前の道具じゃ?」
咄嗟に郷士は
「糸ようじごわす」
と言う。
義弘は一首詠む。
――クエンカの
街を彩る
糸ようじ
小林郷士の
糸ようじ哉
サツマン朝東ローマ帝国海軍は、逸早く櫂を廃した全帆走に軍艦を切り替えた。
これは島津家が未来から来た為、答えを知っていたからに他ならない。
そして明国の船の特徴、隔壁を採用する。
漕ぎ手が要る船だと採用しづらいこの構造で、損傷に強い船が作られた。
西洋船の竜骨、中国船の隔壁、安宅船の鉄板防御と船体を強固に作れるようになると、船自体が大型化した。
大型化した船は搭載量も増し、大砲も大型化した。
先のイスパニアとの戦いで、アラゴン王国の艦隊を難なく撃破したのは、この大型艦の力に因る。
東ローマは大艦巨砲主義の海軍となった。
しかし、大型艦は大量の木材を必要とする。
森林資源の豊富な薩摩国ゆえ、最初は要求に応えられたが、伐採が続くと次第に山は禿山化し出す。
日本に在った時に比べ、降水量がグッと減った為、森林の回復力が無くなったのだ。
ここで家久は、大型艦建造停止令を出す。
日本古来の宗教・神道の影響である。
島津家久という神仏を信じず、唯一神の代理人の権威を地に落とした男でも、宗教であるが教義も聖典も無い不思議な宗教・神道の自然崇拝は自然と植え付けられていた。
宗教的なわざとらしさが無かったから、家久も意識せずに受け入れていたかもしれない。
山の自然が回復するよう、植林を命じ、必要以上の伐採を禁じた。
(※薩摩国以外なら可、敵国よりの伐採は褒美)
海軍も大型艦から、より省資源で建造出来て、防御力より機動力重視なものに変更する。
「当たらなければ、どうという事も無か」
だが、東ローマ帝国には確かに大型で搭載量が多く、耐久性と航洋力に優れた軍艦が多数在籍していた。
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ジェノヴァ出身の海軍士官ジョヴァンニ・カボートは、東ローマ帝国海軍西地中海連絡艦隊提督に昇っていた。
前のイスパニア戦役では最終局面で、皇帝家久の旗艦春日丸を護衛し、多くの薩摩兵を輸送し、サルディーニャ島を艦砲射撃したり戦功を挙げた。
だが、イスパニアに勝った今、地中海で戦争は無くなった。
北アフリカとタラントを連絡航海と海賊警戒するだけの日々は退屈になるのが予想された。
思い切って彼は、皇帝家久にかねてからの夢と、その為の退役を申し出る事にした。
彼は、バイキングの航路を辿る探検をしたい、そう思っていたのだった。
「良かぞ。
辞仕せんでも東ローマとして任務として命じる。
ま、正帝と元老院には話をして筋通してからじゃが」
意外にも家久はあっさり探検と、退役せずに職務としての探検を許可した。
しかも大型艦「八坂丸」「老神丸」「日枝丸」「高良丸」を使えとまで言い出した。
「よろしいのですか?
ヤサカマル型は二十隻しか無い大艦。
その中から四隻も私に下さるとは」
「やるとは言っちょらん、預けるだけじゃ。
おはんも言うたように、イスパニアとの戦が終わった今、これ程の軍船は宝の持ち腐れじゃ。
軍船もあれ程木材を使わん、小型で足の速いものに切り替えよう思うちょる、黒海と地中海はな。
大船は地中海の外海で使った方が良かな。
それはそうと、この帝都や踵都からでは港として遠かろう。
イングランドかスコットランドを港とせよ」
ヨーク朝のリチャード3世を戦場で倒し、ヨーク朝の女性を妻として女系から王位を簒奪したヘンリー7世のテューダー朝、その王位の正統性を前教皇インノケンティウス8世は認めた。
(代わりに多額の献金がカンタベリーからローマに送られたとも)
しかし、教皇の権威失墜策で出鱈目な発言をさせる家久とロレンツォ・デ・メディチの策謀で、王位継承を認めたのと同じインノケンティウス8世の名でヘンリー7世のイングランド王位が否定される。
するとイングランドでは、ヨーク朝のリチャード3世がロンドン塔に幽閉したエドワード5世を騙る反乱が発生した。
反乱を鎮圧したヘンリー7世だったが、この教皇の無茶苦茶な行動の裏に薩摩とフィレンツェがいると知り、直ちに関係改善の使者を送って来た。
ヘンリー7世は、自国の毛織物産業発達の為、ヴェネツィアや北欧の同業者には高い関税をかけていた。
その制限からフィレンツェを例外とする。
更に、毛織物職人を招聘する為、フランドルにも関係改善の使者を送る。
フランドル王シャルル突進公の夫人は、ヨーク朝のマーガレットで、先の反乱にも反ヘンリー7世で協力していた。
難しい交渉が予想されたが、シャルル突進公が承知した。
フランドルが新たに勢力圏に加えたイベリア半島北部のレオン王国とナバラ王国、こことの交易路に突き出しているブルターニュ半島が宿敵フランスの支配下に入った。
そこでシャルルはイングランド寄りの航路使用と港湾使用を条件に、毛織物職人の渡航許可と関係改善に承知した。
友好国であるフィレンツェとフランドルにヘンリー7世と争う理由が無くなった以上、島津家久としても嫌がらせをする意味は無い。
ただ、無償で関係改善も面白く無かった為、何か勿体付けたいところだ。
丁度カボートが探検の許可を求めて来たから、港湾使用と補給を条件にする事に決めた。
島津家久は利己的な君主である。
カボートの夢に協力する為に外交なんかしない。
無論家久は未来人だから、カボートの行く先に何が存在するか知っている。
その地に薩摩人を吐き出したいのだ。
薩摩人、肥後衆、日向衆は実は島津家に騙されていた。
島津家は
「我等は天変地異に遭い、異郷、異世界に転生させられて何処に居るか分からぬ。
最早日ノ本に戻る術は無い。
覚悟を決めて、この地で覇を唱えるのじゃ」
そのように鎮西武士に語り、彼等を東欧の地で戦わせた。
実は島津義久も義弘も歳久も先代家久も、自分たちが何処に居るか、どうやったら日本に行けるかを知っていた。
彼等の時代、ヨーロッパにもアジアまで行ける船が無く、何処に居るか分かっていても帰れない事に変わりは無かったから、日本にはもう二度と戻れないという事にした。
皇帝家久は帰れる船を作ってしまった。
搭載量は航洋能力もだが、イタリア製の高性能な羅針盤と1450年頃から使い物になって来た航海用の四分儀を積み、そして薩摩名物猫の目時計で、時間と角度と位置測定で沿岸航海ではない航海が、初歩的ながら可能となった。
(但し、地中海と黒海ではギリギリなんとかなったが、後に猫の目時計は役に立たず、多数の海難事故を起こす。
ベニスの商人で金貸しユダヤ人をチェストした理由も、猫の目時計での航海で遭難し、船荷が失われたからである)
オスマン帝国と良関係にある以上、彼等に交易相手のインドまで案内して貰い、インドで大型船を作り、明国回りで行けば理屈的には日本に帰れる。
だが、家久は日本に戻る気は無い。
何故か?
東ローマ皇帝島津家久も、日本に戻れば帝の下で政を為す摂関近衛家の、遥か身分の下の分家になってしまうのだ。
薩摩国自体は、どんな船でも移動出来ない。
彼等は此処で暮らす他無い。
そんな中で、皇帝にまで昇った家久が、日本では田舎大名、皇族どころか摂関家ですら無い、彼等の言葉で言う「地ごろ」でしか無くなる。
家久は元服前に転移した為、正規の官位も無い。
豊臣とか言う百姓上がりの関白太政大臣より身分が低い。
そういう風に「こいつは実は偉くない」とバレたら、周辺国や家臣たちの見る目が変わる。
強面が効かなくなれば、根無草の島津等は何時狙われてもおかしくないのだ。
家久の気のし過ぎかもしれないが、彼は自分たちが侮られたら即、薩摩に恨みを持つ国からの包囲に遭って滅亡すると恐れた。
そういう事情の他、やはり船があろうと東欧から極東までの航海は危険である。
正確に調査をしてはいないが、薩摩国の住人転移時四十万人程、現在は七十万人弱の武家百姓合わせた薩摩人を連れて航海等出来ない。
大体、薩摩から琉球にかけては野分風(台風)に遭う危険があり、薩摩船が元寇時の蒙古船になりかねない。
そして、日本に戻っても父祖伝来の地、薩摩は無く、戻った者は豊後や肥後辺りに流れ住み、他家で小作働きをするか、野盗でもするしかなくなる。
武家なら他家に仕官の道もあるが、近場では伊東家(木崎原でチェスト)、大友家(耳川と戸次川でチェスト)、龍造寺家(沖田畷で大チェスト)、相良家(木崎原でチェスト後に耳川で再チェスト)なので、平穏な仕官が叶うかどうか……。
故に、帰る道が有っても教える気は無い。
だが、隠している事を知られてしまえば、もっと危険である。
家久は身内の薩摩隼人の謀叛に遭って殺されるだろう。
だから彼は、もしも存在するなら、という程度には日本に皆を戻す姿勢は見せているのだ。
それは東回りインド経由ではなく、新大陸経由の西回りを示そうとしている。
新大陸はちょっとやそっとで、東西横断出来る代物では無い。
日本へ帰れるのならば考えの足りない薩摩人が一斉に旅立つ可能性があるが、新大陸なら一部の跳ね返り、行き場を求める若い世代が開拓に乗り出すくらいだろう。
それで新大陸に薩摩領でも出来たら御の字である。
日本が何処に在るか知らない顔で、新大陸という餌を与え、何時かその先に日本が在る事に気付いた時には薩摩隼人も数代代替わりし、日本人意識も薄くなっているだろう。
薩摩人という意識は郷中教育で維持出来るが、日本人意識が無くなれば皇室がどうのとか、摂関がどうこうというのはどうでも良くなるだろう。
薩摩人としてのアイデンティティを濃厚に残しながら、日本人的な秩序意識が無くなり、日本に敢えて戻る気は無くなる、それが望ましい。
家久が宗教改革に加担し、イスパニアを叩き潰したのも、この辺に理由がある。
イスパニアは叩いて置かないと、直ぐにアジアまで進出してしまう。
プロテスタントが影響力を持つと、カトリックはヨーロッパの外に布教すべく、やはりアジアに来てしまう。
イスパニアを新大陸に遣らず、カトリックを改革してヨーロッパから外に出る必要性を失わせれば、ヨーロッパ人が日本を知る事が遅れる。
いずれ日本に辿り着き、島津とは何者か知られる日は来るだろう。
だが、島津がヨーロッパで皇帝として百年、百五十年と続いていたなら、かつての日本での地位の低さからナメられる事も無くなる。
つまりは、思いっきり保身の為である。
島津が、薩摩が、ヨーロッパに於ける少数者である鎮西武士が大きな顔をするには、自分たちが何者なのかを、今の時点で詳しく知られてはならない。
この為に日本に鉄砲伝来が遅れようが、南蛮貿易が無くなろうが、島津家久には知った事じゃない。
今の彼には島津が、薩摩が生き延びられたらそれで良いのだ。
そういう打算もあり、家久は新大陸探検を応援しているのだった。
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東ローマの副帝が探検を、大型艦四隻提供して支援、この情報はポルトガルに居たある男に衝撃を与えた。
リスボンの地理学者トスカネリに「地球球体説」を学び、ポルトガル国王に大西洋横断でのインド行きを訴えるも無視されていたジェノヴァ人、クリストファー・コロンブスである。
カボートはバイキングの記録から、北極海を西に行けば未知の陸地が在る、そういう認識である。
コロンブスは大西洋を横断したらインドに着くから、まず大西洋を西に進みたい、そこに地の果て、海が深淵に落ちる場所等は無い、という認識である。
コロンブスはポルトガルを辞し、故郷ジェノヴァの伝手を頼り、副帝島津家久に謁見する。
ポルトガルの船乗りとして、東ローマ帝国海軍の船は見ていた。
必死で持論解説したコロンブスだったが、結果は意外だった。
「良か。
もっと詳しい計画を出すように。
船は貸してやんでな」
コロンブスは
(何という鷹揚な君主だろう)
と半ば呆れたが、探検を支援してくれるのは有り難い。
退出する際、家久はボソリと言った。
「まあ、先に在っとはインドじゃなかがな」
薩摩弁はほとんど聞き取れないコロンブスには意味が通じていなかった。
カボートを契機に島津家久が火を点けた探検、これが意外な国に飛び火する。
「サツマニアがやるなら、我々もやるぞ!」
フランドルのシャルル突進公が何故かやる気になった。
「陛下、お気を確かに!
サツマンのやる事、ただの無謀な所業ですぞ!
陛下は騎士たちを、深淵に落ちる滝に突進させる気ですか!」
側近が諫める。
だが、シャルルは島津家久を知っている。
あれほど不確かな事を避ける男もいない。
サツマニアは、トヨヒサとかオーガとか、好き勝手に動く無謀な男ばかりだから「考えるより先に動く国」と思われている。
しかし当主の家久は、確実に成果が出ない場合は自分は動かない。
シャルルとは正反対のタイプである。
その家久が積極的に支援しているのだ、きっと何か有る。
……という直感からシャルル突進公も大西洋探検に乗り出した。
なお無鉄砲な思い付きなだけでは無い、別の理由もある。
フランドルとレオン・ナバラとの航路は、中間のブルターニュ半島が使えるかどうかで利便性が変わる。
ブルターニュが同盟関係にあるなら、フランドルとブルターニュ北部のサン・ブリュ、ブルターニュ南部のロリアンからレオン王国への短い航路2つと陸路で良い。
ブルターニュに寄港出来ない場合、英仏海峡からケルト海に出て、そこからビスケー湾を通ってレオンに向かう事になる。
ブルターニュ半島がフランスの勢力圏に入るのが確実な情勢からイングランド寄りの航路を使うが、それとて何時テューダー朝とヨーク家寄りだった自分との関係が壊れるか分からない。
だから、場合によってはイングランドの外を回る未知の航路に頼る事になるかもしれない。
また、海の向こうに島でも在り、香辛料でも採れるなら、大西洋を大きく使うフランドル〜イベリア半島〜謎の島の三角貿易が出来るかもしれない。
シャルル突進公は船員を募集し、ビスケー湾に面した新領土・サンタンデールに大西洋探検の拠点を作った。
かくして島津とシャルルによる新大陸への競走が始まる。
おまけ:
ウィリアム・シェークスピアが
「サツマン、絶対許せん!」
と終生恨む事態がヘンリー7世と島津家久の関係改善時に起こる。
ヘンリー7世の特使は、鹿児島で接待を受ける。
「この野菜は初めて食べますが、何でしょう?」
これが悪夢の始まりだった。
「イタドリじゃな。
そこら辺に生えてる山菜じゃぞ」
特使は教えて貰い、その植物を見る。
装飾的な葉っぱに、茎先にビッシリと白い花を付けるのを見て、
(これは庭園に良いな)
既に薬草や芝生を育てる風習の有ったイングランド富裕層の特使はそう思った。
そして近くに生えていた葛とイタドリをガーデニング用に持ち帰ってしまった。
しかも、根に寄生していたシラミを
「我が庭園に連れ帰る訳にはいかん」
と全て排除した上で。
……そいつらが庭園から飛び出すのは時間の問題だった。
石畳を突き破り、住宅の基礎部分を破壊するイタドリ。
建物を飲み込んで繁殖し続ける葛。
奴等はやがて、とあるSF小説家が書いた異星人との戦争中に生えて来る植物に擬えられる。
その小説家より昔の劇作家は叫ぶ。
「おのれ、サツマン!
私の家もまた、お前によって破壊されてしまった!」
床を突き破って伸びて来たイタドリを見ながら、忌々しげに叫んだ。
(もう地価は下がり、家を売っても二束三文である)
いや、元ネタ同様、言い掛かりですから。




