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ローマ教皇始末

帝都コンスタンティノープルに帰還した家久を、チコ・シモネッタが叱りつける。

「国費の使い過ぎですぞ!」

「い、いや、帝国の財政破綻させる程は使っちゃおらんど」

「確かに使ったのは貯蓄分でした。

 しかし、モスクワ大公国との戦争でも巨額の金銀を使い、次はイスパニアでの戦争。

 そして教皇人事への介入でも多額の出費。

 何かあっても当分軍は動かせませんぞ」

「モスクワ大公国は十年立ち直れん程叩いたで、もう攻めて来る敵は無か筈じゃが」

「陛下ともあろう方が、『筈だ』とか『に違いない』で政治をするのですか?」

「いや、おはんの言う通りじゃ、忠告忝けなか」

家久にとって、理屈にかなった事を率直に言う人物は有り難い。

(父親は率直に物を言って来るが、中身は理不尽である)

それはそれとして、家久は考えた。

(どこかに菱刈を上回る金か銀の鉱山は無いかのお??)

 島津家久がイスパニアに出撃する前、イタリア・ピサにて。

 東ローマ副帝島津家久とフィレンツェ共和国の一般人ロレンツォ・デ・メディチは此処で会談した。

「俺いは回りくどか駆け引きは苦手じゃ。

 単刀直入に聞く。

 おはん、何が目的じゃ?」

 ロレンツォは

(よく言うぜ。

 駆け引きが苦手?

 此処にこうして単身乗り込む事も計算ずくだろ!

 あんた程厄介な相手も、そう多くはない)

 そう思う。

「大した事じゃ有りませんよ。

 俺が望むものはフィレンツェの安定のみ。

 その為に、教皇の権威が余り下がっては困る」

 フィレンツェは商業都市である。

 商業が成り立つのは、治安・契約遵守精神・物流が安定した、平和で豊かな社会である。

 ロレンツォ・デ・メディチも世俗の争いで、前ローマ教皇シクストゥス4世と激しく戦った。

 だが、宗教の長である教皇の権威には手を出していない。

 キリスト教の秩序が崩れると、ヨーロッパは今以上の乱世に入り、フィレンツェは繁栄を失う。

 ローマ教皇の世俗の力と、政治における影響力を削ぐ事には賛成だが、キリスト教社会における権威を喪失すると、野獣の社会に戻ってしまう。

 薩摩はそれが望みかもしれない。

 ロレンツォが教皇を薩摩の手に落としたくないのは、その恐怖が有ったからだ。


「理解した。

 じゃで、此方も腹蔵無く申す。

 教皇インノケンティウスの権威は剥ぐ。

 然る後に、教皇選出の根比べをさせ、新教皇を立てる。

 新教皇にゃ、カトリックの立て直しをして貰っど」

(やはり食えない男だ)

 この家久の答えは、ロレンツォの予測を超えていた。

 おそらくは、その新教皇の目処も立っているのだろう。

 食えない男の考え抜かれた作戦、だがそれはフィレンツェにとって危険なものではない。

 乗って良いだろう。

 少なくともこの男は、西に無意味な混乱が来る事を望んでいないのははっきり分かった。


「と言う訳で、教皇を渡して貰おう」

「断る」

「ほお、ないごてな?」

「回りくどい駆け引きが苦手だって、よく言うよ。

 あんた、本当は教皇の身柄なんてどうでも良いだろ?

 俺があんたの意思に従って教皇を動かすかどうか、今日はそれを見に来たんだろ。

 なのに、敢えて教皇を寄越せと言う。

 俺を、フィレンツェを屈服させる気かい?

 その為の駆け引きかい?」

(こん男、相変わらず俺いと対等でいるつもりか!)

 島津家久はロレンツォの態度にそう思ったが、案外こういう気概は嫌いじゃない。

 策が多く、謀殺も平気でする島津忠恒は、皇帝家久となり偉くなると、次第に友人を失っていった。

 敵でなく、協力者でありながら、対等な態度だった従兄弟の島津豊久や島津忠隣は貴重な存在である。

 だからロレンツォ・デ・メディチという、気の抜けない男も、決して嫌いではない。


「前言撤回じゃ。

 回りくどい事をしよう。

 双六でんすっぞ。

 俺いが勝ったら、教皇バ貰うで」


 双六は源平合戦期の大天狗こと後白河法皇が遊んだ遊戯で、西洋風に言えばバックギャモンである。

 中世ヨーロッパではタブラと呼ぶ。

 ロレンツォも家久も共通で遊べるゲームだ。


「いいよ、勝負だ。

 でも、俺が勝ったら何をくれるんだい?」

「こいを見い」

「うん?

 よく分からないが、薬草か?」

「ウイキョウ、ウコン、ヨモギ、アカザ……。

 薩摩ン国で取れる薬草じゃ。

 この独占取引権をおはんにやろう」

(食えねえ、食えねえ。

 メディチ家の祖先がしていた医薬品事業……

 こいつは知っていて提案して来た。

 何処まで調べ上げてるんだか)




 数回、勝負する。

 家久がふと聞いた。

「おはん、強かなぁ。

 こいは父御と遊んで覚えたものか?」

「いや、俺は14歳の時に既に親父より強かった。

 言っちゃなんだが、親父はそれなりに立派な人だが、それまでの人だった。

 底が見えていた……」

 ロレンツォが返答する。

「では、おはんは父越えを果たしちょった訳じゃな」

「親父は越えたと思う。

 だが、まだ俺では及ばん人がいる、いやいた」

「誰じゃ?」

「祖父、コジモ・デ・メディチだ。

 俺は勝ち負けにしか興味の無い無頼だが、祖父は負けても実を取り、己ではなく国の得とした。

 勝ち負けを超越していたが、それでも勝負を嗜んだ。

 俺から見ても曲者だった。

 俺はまだまだあの域には辿り着けない、……いや、辿り着くより生涯勝ち負けに拘りたい」

「そうか……おはんにも越えられん壁が有ったか」

「つまらん事を言った」

「うむ、つまらん事バ聞いてもうた」


 勝負は全てロレンツォの勝利。

 家久は教皇の身柄を要求出来ず、薩摩国内の薬草取引をフィレンツェに独占させる事になる。

「クックック……」

「勝って満足チとこか?」

「いや、皇帝も大変だな、と思ってね。

 こうでもしないと、家臣が収まらないんだろ?

 それと、薬草取引は別にサツマニアの損にはならない。

 あんたも勝ち負けを超越し、どの道でも勝ちになるようにしている。

 祖父コジモとあんたを本気で競わせてみたいぜ」

 家久は心を読まれ、面白くなさそうに

「分かったとなら、口にすんじゃなか。

 まったく、あの斜塔のように(かぶ)いた男じゃ」

 そう言い捨ててピサを去る。

(ククク……他人の事は言えないだろ)


 この日より家久とロレンツォは同じ読みをするようになる。

 イスパニアに出撃した家久は

(そろそろあん男なら動くの)

 と予測し、ロレンツォは

(この戦況なら皇帝はこう動く、だから俺は先回ってこう動こう)

 と読み合う。




------------------------------




 家久とロレンツォは、同じ意思で教皇インノケンティウス8世を操る。

 つまり現教皇庁にとって「最悪のタイミングで、最悪の命令を出させる」のだ。

 異端審問の本場イスパニアと魔女狩りの本場神聖ローマ領内、ここで教会派の立場を失わせる命令を、何度も何度も出させる。

 アルザス、チロル、ケルン等神聖ローマ領内で異端審問・魔女弾圧の許可を教皇インノケンティウス8世から得たハインリヒ・クラーマーは、同じ教皇から破門され、さらに正統性を剥奪されて憤死した。

 ケルン大学の神学者で、クラーマーと共に魔女について調べ、知識を提供したヤーコプ・シュプレンガーは職を解かれる。


 イスパニアで倒されたトマス・デ・トルケマダは、個人で見れば敵として物足りない。

 だが、トルケマダとはキリスト教の暗部の象徴であり、彼を倒す事でキリスト教徒の「神の名の下に、自分たち以外の者を抹殺する」という部分を揺さぶって、信じられなくしたのだ。

 トルケマダも異端審問官も、実は世俗の支配者・国王の意向に沿って動いていたから、実は「キリスト教の闇の部分の具現化」という程に大した人物ではない。

 だが、結局国王も神の名を使って、表向き改宗している異教徒を殺して、その財産を没収している。

 実像のトルケマダがただの狂信者であろうが、やはり彼に全ての悪事を被せて「神の名を騙った生殺与奪の権」を破壊するに如かず。


 トルケマダやドミニコ修道会の人間は、攻撃的で狂信的であるが、彼等と島津家久を比べたら、家久の方が格段に悪人なのだ。

 その悪人の家久は、善人の癖に人を殺すのが許せない。

 殺して良いのは、悪を自覚し、己もいつか誰かに殺され、胴は野山に捨てられ首は城下に晒される、その覚悟を持った者だけだ。

 神の名を用いて善なる者が、傷を負わずに、寧ろ善業を積むかの如く殺す社会はおかしい。

 家久は元服したての十一歳で父親に強いられ、ブルガリアの一村を皆殺しにした。

 彼は現在でも回復していない傷を心に負っている。

 彼は己を傷つけずに他者を攻撃する者が嫌いなのだ。


 もっとも家久は悪人であり、このような哲学的な理由、道徳的な理由で宗教改革に加担している訳ではない。

 もっと功利的、言ってみれば薩摩の為、更には自分の為の理由が裏に在る。

 それを知っているのは、今や従兄弟の島津忠隣、島津忠仍だけである。




 ともあれ、教皇インノケンティウス8世は良い仕事をした。

 見事なまでに教皇庁の権威は失墜した。

 ワラキア公バサラブ4世に出した

「ミフネアに公位を譲るように」

 という命令は、「その命令が届いたという事実」が無かった事にされる。

 異端として弾圧されたカタリ派、ワルドー派、フス派等が堂々と教皇批判をして、人々に喝采されるようになってしまった。

 もう頃合いである。


 用済みとなった教皇インノケンティウス8世は「己を罰する回勅」を出し、教皇を辞任する。

 約束により、彼の身柄はフィレンツェのメディチ家が預かり、裕福な生活をさせた。

 ロレンツォ・デ・メディチにも野心がある。

 彼はメディチ家から聖の最高位「教皇」を出したいという野望が有った。

 僭主(シニョーレ)は何時か地位を追われるかもしれない。

 ロレンツォは、メディチ家がフィレンツェを追われたり、メディチ銀行が経営破綻するのは仕方ないと考えている。

 その時期の当主の力量次第なのだ。

 自分の代でそれが起き、彼が無能と言われるのは避けたいが。

 それはそれとして、打てる手の一つとして、メディチ家から教皇を出したい。

 この点、藤原摂関家が世俗の頂点にいつつ、更に宗教界で天台座主を出す事と同じだろう。




------------------------------




 そんなメディチ家と島津家、それと同盟するミラノ公スフォルツァ家がローマに兵を入れての教皇選出会議(コンクラーヴェ)は茶番でしかない。

 彼等と、彼等を後ろ盾に暗躍するイグナトゥスとか言う司祭、そしてドミニコ修道会に在って教会権威の復活に燃えるジローラモ・サヴォナローラの一党が推すフランチェスコ・トデスキーニ・ピッコローミニを選出する他無いではないか。

 それでも二度に渡り、システィーナ礼拝堂の煙突から黒い煙、「ローマの司教は選ばれず」が出されたのは教会保守勢力の意地というものだろう。

 だがついに白い煙、「枢機卿団によりて、ローマの司教は選ばれり」が排出された。

 それを見た部外者たち、島津家久、ルドヴィーコ・マリーア・スフォルツァらがシスティーナ礼拝堂に乱入する。

 唖然とする枢機卿団に向けて、イグナトゥスが叫んだ。


「祝え!

 全キリスト教徒の力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめすローマの王者。

 その名もピウス3世。

 新たな歴史の幕が開きし瞬間である」


 多くの枢機卿は唇を噛み、悔しさに耐えている。

 聖なる教皇の選出をこうまで踏みにじられるとは……。


「おのれ、シマンシュ!

 この世界もお前らによって破壊された!

 世界は再び混沌の時代を迎えた……」

 次期教皇候補として名が挙がっていたロドリーゴ・ボルジャ枢機卿は恨みを口にした。


「一体どうしてこうなった?

 なんで先代インノケンティウス8世は、こうも教会の権威を壊してしまったんだ……」

「ロレンツォ・デ・メディチって奴の仕業なんだ。

 悪いのは、教皇じゃない。

 教会を強制的に操っている……メディチ家だ」

「おのれフィレンツェ!

 ゆ゙る゙ざん゙!!」


 だが、吠える彼等に対し、島津家久は冷静に死刑宣告を下していた。

「約束だからチーボ家は良い。

 ボルジャ家、ローヴェレ家、リアリオ家、ナルディーニ家、オルシーニ家、コロンナ家……

 こ奴等一族郎党を日向に送れ」

「は?」

「聞こえんかったか?

 日向に送れ、チ言うたんじゃが」

「ははっ!!」


 確かに薩摩半島と共に、肥後国水俣と日向国木崎原は共に転移した。

 だが、文字通り木崎原に彼等を移送する訳ではない。

 薩摩の言う「日向に送れ」とは、…………そういう意味である。

おまけ:

システィーナ礼拝堂に乱入しなかったロレンツォ・デ・メディチは一人述懐していた。

「おい、シクストゥス4世、シクズよ、この有り様を見ているか?

 お前が作り、お前の名を冠したシスティーナ礼拝堂で教皇の世俗における力は奪われているんだ。

 だが、お前は好き勝手しながら、結局天国に勝ち抜けした。

 お前自身は勝利者だ、羨ましい事だ。

 お前の後を継いだ奴に実力が無かっただけだろうな」

ロレンツォは、いずれ訪れるメディチ家終焉の日を想像していたかもしれない。



おまけの2:

家久はイグナトゥスの功を称えた。

「イグナトゥス、おはんに魚津城主の称号と、城主の格式を与える。

 清貧を旨とするおはんじゃで、格式だけじゃが、薩摩国においてはその礼で遇する」

魚津とは越中にある城で、薩摩とは関係無い。

家久が支配地でも何でもない「陸奥守」を名乗ったように、全然関係無い地の領主号を名乗らせる事はよくある事である。

イグナトゥスは以降、薩摩においては魚津殿と呼ばれるようになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウォズやってて、とうとう声を上げて笑いましたよ悔しいなあ。 しかも他のライダーネタまでw
[一言] 「日向に送れ」 風雲児たちで、島津久光が大久保利通に、寺田屋騒動に参加の攘夷浪人たちを、日向送りにするように命じたシーンを思い出していました。むごい。 さらに関係ない話ですが、後日談で、…
[一言] ルドン高原に送れ
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