神の代理人の敗北
影が走っている。
イスパニアに向かう家久座乗の軍船に忍び込もうとしている。
バチカンから出た影、それは神の敵を誅する刃。
だが……
「通さぬ」
義手から撃たれた銃弾が影の足を止める。
「なんだ、あの時俺に手も足も出ず、鎖に繋がれた足を切って逃げ出したサツマンの負け犬か。
貴様では、この俺に敵わん。
退けとは言わん、死ね!」
影は恐ろしい速度で踏み込み、輩慈の心臓を短剣で突き刺す。
だが、輩慈はそれを読んでいたかのように、影を抱き、離さない。
「そうじゃ、おはんに俺いは敵わん。
だが、命捨つれば、おはんの命バ奪れる」
と言うや否や、輩慈は影諸共自爆した。
(俺いが死んだとて、代わりはおるもの)
輩慈は皇帝家久を暗殺する為、バチカンの影の猛者が動くのは旗艦出港寸前と読み、影腹を切ると、中に爆弾を仕込んでいた。
急所の何かを貫かれたら起爆するようにしていた。
黒色火薬であり、手練のバチカンの影なら逃げられた筈だが、彼を捕まえた輩慈の執念が勝り、影は輩慈の腕の中で爆発をまともに食らった。
忍びの者は外道なり。
ただでは死なぬのだ。
時を遡る。
ピサにおいてロレンツォ・デ・メディチと島津家久は会談した。
「その時」が来るまで、教皇インノケンティウス8世はメディチ家で預かる事になった。
そして、イグナトゥスやジローラモ、ヴラド僧公も交えて、「その時」どう動くかを決めていった。
そしてタラントに戻った家久は、島津久元・新納忠清の島津家本隊三万、
相良長誠ら肥後衆五千、ミフネア公子率いるワラキア亡命兵団三千、
バヤズィド2世率いるオスマン帝国軍十万の到着を待った。
そして大軍は陸路と海路からイスパニアに侵攻する。
オスマン帝国と言えど、十万の兵を輸送する船団は持っていない。
この輸送はジェノヴァ、ヴェネツィアの商船団を家久が契約した事で補う。
金銀の他、アラゴンやカスティーリャ、教皇領の海外領の利権譲渡を条件に彼等は異教徒と平気で手を組んだ。
陸路は引き続きミラノ公国が補給を担当する。
この戦役で費やした菱刈金銀は莫大なもので、さしもの島津家も、この後当分は大規模な軍事行動は不可能となるだろう。
この動きを見たハフス朝とマムルーク朝も、遅れていた交代部隊を、予定の倍送り込む。
あとはイスパニアにとって地獄だった。
サルデーニャ島に上陸した家久直轄軍は、火力をもって島を焼き払い、捕虜は許す事なく根切りしていった。
彼等は徹底的に抵抗するが、宗教的な、愛郷心的な狂奔以上に薩摩隼人の狂気が上回り、抵抗した分だけ情け容赦無く首塚を築かれる。
グラナダに上陸したオスマン帝国軍十万と、ハフス朝軍一万、マムルーク朝軍四万は、合計5万程度のカラトラバ騎士団とメディナ=シドニア公軍を蹴散らし、セビーリャ、コルドバ、ウベダを占領。
ナスル朝の領域はグアダルダキビル川、グアダリマル川の辺りまで広がる。
メディナ=シドニア公はジブラルタル、カラトラバ騎士団はカルタヘナに撤退した。
ムハンマド12世はオスマン帝国の「客人」として連れ去られる。
サルデーニャ島を焼き払った島津軍は、忠隣軍がバレンシアを、家久本隊がカルタヘナを、新納忠清はバルセロナを攻める。
バルセロナを攻められると知ったサンチアゴ騎士団はそこに撤退し、籠城の構えを取る。
薩摩とオスマン帝国の大軍到着に勢いを得たフランドル軍は、シャルル突進公の采配が冴え、ヒホン、オビエド、レオンを相次いで攻略した。
ポルトガル軍の内、北方軍もアストゥリアス公の部隊を破り、オーレンセ、ルーゴ、そしてコルーニャを占領。
カスティーリャ王国は、ジブラルタルを除いて大西洋沿岸を全て失う。
そして島津義弘勢がトレドに到着する。
流石に三千人では大都市トレドを攻めるには不足している。
ここにはジャンヌ・ダルクの火力によってアラゴン王国首都サラゴサを攻略したダルマチア島津軍が応援に向かった。
イスパニアの戦線は一気にあちこちが破られた。
均衡が崩れるというのは、こういう事だ。
それでもカスティーリャもアラゴンも戦いを止めない。
アウストゥリアス公フアンはサンチアゴ・デ・コンポステラに、フェルナンド2世はトレドまで撤退し、徹底抗戦の構えだ。
ジブラルタルではメディナ=シドニア公とエル・シド剣士団がオスマン帝国十万を寄せ付けない。
エル・シド剣士団では「サツマンの最初の一撃は、決して受けてはならない」という戦訓を得て、どうにか生き残っている。
しかし、悪魔の咆哮と共に、剣も盾も鎧も両断する、打ち下ろすだけの単純な剣術に、必死に、地を転げ回ってでもかわそうとする自らが情けない。
エル・シドの名が泣く。
メディナ=シドニアの騎士も、サツマンやイスラムを倒せるという神のお告げのカビを槍先に塗り、健気にも戦いを挑み続ける。
どんな手を使ってでも生き残って、出来るだけ長く戦い続けるイスパニア兵士は、ジブラルタルを死守していた。
それに比べ、民衆蜂起は熱狂的だった。
村々が蜂起し
「異教徒を追い払え!」
「異端を抹殺しろ!」
「サンチアゴ! 我を守護し給え」
「神と共に!」
そう叫び、修道院に籠って連合軍に物資を渡さず、時にゲリラ戦を仕掛ける。
こうなると薩摩やシャルル突進公としては根切りする他無い。
そう思っていた各軍に、島津義弘から書状が届く。
書状、いや、それは和歌であった。
――武士は
鬼畜生と
呼ばるもの
鬼は心の
内よりぞ出ずる
「どういう意味ごわそう?」
若い武士が年配の武士に尋ねる。
「親父殿、やっと俺いの意に沿うてくいやったな」
「上様、そいは如何なる事ごわす?」
「親父殿、いや、島津惟新斎という島津の長老が真の根切りを教えてくれっとよ」
「真の根切り?
そいはどぎゃん事ごわす?」
「おはんら、根切りは皆殺しにすれば良か思っちょっが、そいは違うど。
一城皆殺しにすっと、他の城は戦わずして落つ。
心に恐怖を刻み込まねば、ただの戯れぞ。
恐怖を刻み付けるにはな、稲を刈るが如く刑場に並べて種子島を撃つが如く、手っ取り早い方法ではならん。
暴れ、抵抗させて、それよりも強か力で捩じ伏せて首を取らにゃならん」
「しかし、武士とは言え人、一人二人はまだ良かどが、十人と女子供を殺せば心が痛みもす」
「じゃから、やるのだ。
鬼は人の心より生まれる。
薩摩の鬼は自ら生み出すもの。
人に命じられ、顔も見ず、手っ取り早く殺してどうして心に鬼が生まれよう」
納得がいかない者に、家久は言葉を変える。
「イスパニアの者を見よ。
異宗派の者を根切りにしちょる。
じゃっどん、あいは神が命じたからやっちょお。
故に彼奴等、人を殺しても神のせいにし、心が痛んでおらぬ。
己は正義じゃと信じておる、白い邪心持ちじゃ。
薩摩はそいではならん。
自ら殺し、自ら苦しみ、己が責を負う。
薩摩隼人は神仏の為と逃げてはならぬ。
己が本性は悪鬼羅刹と知り、生き続けっとじゃ!」
別な場所で別な解釈をした者もいる。
ジャンヌ・ダルクである。
彼女は元々3人で1人だった。
象徴としての乙女、旗を持ち前線を駆ける「オルレアンの天使」、そしてイングランド長弓兵を倒す砲術の天才・将軍としてのジャンヌ・ダルク。
作戦担当のジャンヌであったジャンヌ・デ・ザルモアーズは孫たちに涙ながら語った。
「旗を持ち、兵たちの先頭を駆けたジャンヌが死んだ後、乙女は言ったのです。
私の言葉で多くのフランス人が死にます。
私は確かに神の言葉を聞きました。
ですが、戦争の死者は全て私の責任です。
勇敢なもう一人の私が死んだ以上、私自ら旗を持ち、兵たちの前を駆け、責を負います。
そう言って私の大切な友達、乙女は人の死に心を痛めながら戦場を駆け抜けたのです」
そして、怒りの表示になる。
「そんな私の大事な乙女を殺したのは異端審問。
異端審問こそ私の敵!
私は神の為に人を殺しません。
私は乙女を焼き消した異端審問をしているカスティーリャとアラゴンを許さない!
私はそう言う私情で戦います!」
孫の島津忠偉、忠安兄弟は
(イングランドでの合戦の事を聞くに、御祖母上は私怨で戦ってる事等とうに知っちょりもんど)
と思った。
こうして蜂起したイスパニア人を、自ら殺し回る島津の根切りがあちこちで始まった。
「流石は惟新斎様、良い事を言われる」
新納忠清は感心し、悪鬼のようにバルセロナを攻め、ついに陥落させる。
サンチアゴ騎士団は脱出し、まだ抵抗を続ける。
一方で一部の市民は市内にバリケードを作って抵抗するが、勢いを得た新納勢に蹴散らされた。
そして捕らえた者を解き放ち、武器も持たせて抵抗する権利を与えてから、戦って討ち取る。
「分かるか?
惟新斎様は、我等に鬼の有り様を教えて下さるのだ。
薩摩隼人は大人しくなってはならぬ。
俺いたちは何時でん気狂い、悪鬼羅刹の類でのうてはならん。
老人たちが最後の教えを下さる。
疎かにしてはならぬぞ」
島津家は鎌倉時代から凶暴性を維持して来た。
天地が変わったとは言え、薩摩隼人は変わってはならぬ。
いつまでも狂気を持ち続けるのだ。
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そんな中、家久は既に別な手を打っていた。
家久は、父義弘に狂気を目覚めさせられるべく、惨い育て方をされた。
今思えば愛情だったのかもしれないが、それはそれとして、今まで自由奔放に動かれた事は許し難く思っている。
家久の中に在る狂気は、強烈な理性で抑え込まれている。
その鬩ぎ合いから、島津一の謀略家が生まれた。
確かに根切りの嵐をイスパニアに吹かせ、他国に恐怖を、薩摩人に狂気を植え付けるのも大事。
だが、それでは何時迄も戦が終わらない。
島津の多くは、目的と手段が入れ替わり、戦をする為に目的を探す連中なのだが、家久はちゃんと目的の為に戦争をする。
神の為に人を殺す時代を終わらせる。
殺すなら人の為に殺せ。
そして神の兵と称して日ノ本まで布教に来る連中の牙を抜く。
大友、有馬、大村のような教皇に寄進する大名等有ってはならない。
上方で織田信長が延暦寺や本願寺を潰したように、世俗の宗教は叩き潰す。
一方で織田信長のように、天台宗も念仏も教えそのものは弾圧しない。
宗教は必要だが、宗教の為に人を殺させる事と、世俗の富を切り離す。
その為には、人々に失望して貰う。
家久の手紙で、教皇を庇護していたロレンツォ・デ・メディチが動く。
教皇インノケンティウス8世に強いて、書状を書かせた。
「こんな馬鹿な事が有るか!!」
トマス・デ・トルケマダに届けられたのは、破門状であった。
教皇直属の騎士団を、教皇の許可無く動かしたとは何事か、という理由であった。
「教皇がフィレンツェ軍に匿われ、イスパニアの戦況も良くない、だから原理原則に拘らず、状況に合わせた対応をした」
とトルケマダは言えない。
原理原則に拘るから異端審問をしているのであり、それを否定したら「己の解釈で良い」とする異端を弾圧する根拠を失う。
「トルケマダ異端審問所長官は、直ちにローマに出頭せよ」
この命令も馬鹿げている。
イスパニアはサツマン・東ローマ、フランドル、ポルトガル、フランス、イスラム連合に攻められている。
どうやってローマに行けば良いと言うのか?
それでもトルケマダ等異端審問所の者は、密かに脱出してローマに向かおうとした。
そして、この時期薩摩に亡命し、客将となっていたミフネア公子に見つかり、捕縛される。
自分を解放するよう罵るトルケマダに、ミフネアは言う。
「あなた……
『覚悟して来てる人』……
ですよね。
人を異端として『始末』しようとするって事は、
逆に『始末』されるかもしれないという危険を常に
『覚悟して来ている人』ってわけですよね?」
そしてミフネアはトレドに
「陥落寸前の街から逃げ出した、破門された男」
と言う告発文を首から下げさせて送り返した。
この悪辣な仕打ちから、彼は「悪公」と呼ばれるようになる。
島津軍から砲撃を受け続け、追い込まれているトレド市民は余裕を失っていた。
「俺たちを捨てて逃げ出したのか!」
「破門されたって事は、此奴はもう司教でも神の使徒でも無い!」
「人を殺しまくり、イスパニアに外国軍を呼び込むきっかけを作った此奴こそ異端だ!」
トルケマダたちは激昂した市民に投石され、私的裁判で自らが行なってきた拷問をその身に受け、無理矢理異端と認めさせられて死刑にされた。
流石にトルケマダは、最後まで屈する事無く、逆に市民をサツマンの罠にハマった馬鹿者と断罪したが、理屈が通じなくなった市民に聞く耳持たれず。
仲間の司教の自白から、連座が適用されて死刑となった。
罪を認めない、改心する気が無いと言う事で、彼は火刑に処される。
「私は神の意志に従っただけだ。
だが、私に非が有るなら、被告の言葉を無視し続けた事だ。
自分が同じ立場に置かれて、よく分かった。
聞き入れていれば、改心した者もいたかもしれない。
神の為に惜しい事をした。
私がこのような運命になったのも、神の罰なのだろう」
トルケマダはそう言い残したとも、それは誰かの作り話とも言われる。
一つはっきりしているのは、トレド市民がトルケマダを火刑にした後、教皇(ロレンツォの指示)が
「召還命令に応じたトルケマダを殺したトレド市民を、非キリスト者として破門する」
と発表した。
トレド市民はパニックとなる。
今迄神の為に異端を弾圧し、神の意思に従って来たではないか。
なのに今、自分たちが破門され、ヨーロッパ社会に存在位置を失った。
何の為に今迄戦って来たのか?
なお悪辣な事に、もしも送り返されたトルケマダを守っていたなら
「召還命令が出たトルケマダ共々命令に従わない不届者」
として、またトルケマダを送り届けようとしても
「破門されたとは言え、敵の包囲する中で教皇の代理人を危険に晒した罪」
で、やはり破門されていた。
この策はロレンツォ・デ・メディチのものである。
その混乱を見越したように、スパルタ及びダルマチア島津軍突入。
国王フェルナンド2世、女王イザベルを降伏させる。
そして、異端審問に積極的だった者を殺せば、その者は助けると高札を掲げた。
島津忠安の思惑通り、異端弾圧に無関係の市民はほとんど居なく、多くの市民が隣人を売り、殺し合う地獄の光景となった。
神の立派な教えキリスト教、神の代理人で第一の使徒・ローマ教皇、この価値は失墜した。
そしてカトリック両王が降伏した事が伝わり、バレンシア、カルタヘナといった町も島津軍に降伏した。
まだ国内でゲリラ戦を続けるサンチアゴ騎士団、城としてはジブラルタルとサンチアゴ・デ・コンポステラが残ってはいるが、これにてイスパニア戦役は決着した。
そしてヨーロッパにおいてローマ教皇の権威は大いに失墜した。
おまけ:
薩摩兵は欧州人に比べ、特別に強力という訳ではない。
頭の箍が外れて、どっかおかしいから、まともな人間には考えられない事して勝つのだ。
よって、時には負ける部隊も出る。
ここにバルセロナ攻略時に手酷い損害を受けた組頭たちが並べられていた。
そこに洋服の女性が現れる。
組頭たちは
「何じゃ、こん女子は!」
「頭が高か……」
と言うが、それは新納忠清(鬼刑部)だった。
這いつくばる組頭。
「頭を下げて蹲え、平服せよ」
「はっ、姿、気配ともにいつもと異なっていた為、気づきもはんでした。
もっさけございもはん」
「誰が喋って良かチ言うた?
俺いが聞いた事にのみ答えよ。
おはんら、イスパニアの剣士が来たら逃げようチ思うちょっな?」
「滅相も無か!」
「ほお、おはん、俺いが言う事バ否定すっか?」
「いいえ、あの」
「議バ言うな!」
「…………」
「何も無いか、やはり認めるのだな?」
「そいは……」
「誰いが口を開いて良い言うた?」
「…………」
「聞こう、おはん等、何故弱い?」
「弱くなどは……」
「議バ言うな!!」
以下、パワハラ問答が続く。
鬼刑部が口を開くと共に、刀の峰による全力殴打が加えられる。
一刻余りネチネチ嬲られた後、弱い組頭たちは見せしめとして全員打ち首にされた。
この様子は市の広場でなされ、会話も通訳される。
バルセロナ市民は思った。
(異端審問の方がまだマシじゃねえか!
こいつらがこれから自分たちの支配者になるのかよ……)
お先真っ暗であった……。




