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諸外国参戦

ダルマチア島津軍とスパルタ島津軍はイスパニア国境を突破して、一時合流した。

これよりダルマチア島津軍はバルセロナ方面、スパルタ島津軍はカスティーリャ王国首都トレド方面を目指す。

「おはんが七郎五郎(忠比)か!

 初陣で首級を挙ぐっとは、おはんの父そっくりじゃ」

「尊敬すっ惟新斎様に褒められ、まっこて嬉しか!

 俺いは五男坊じゃで、何時でん死ぬる覚悟は出来ちょいもす。

 じゃで、生きちょう内に褒められるは素直に嬉しか」

「……おい、七郎二郎(忠偉)」

「はっ」

「此奴を俺いの養子にくれ」

「喜んで!!」

「待ちや、七郎五郎。

 母上に一言も無しで、そげん事……」

男子おのこは母の胎内から出たら己の意志で歩け

 父上(豊久)は常々言っちょったど」

「惟新斎様、この放れ駒の何処が気に入って養子に等求められもす?」

「こん死にたがりを殺さん為じゃで。

 良かか、七郎五郎、俺いの養子になったら、俺いより先に死ぬるは許さんからな」

「分かいもした。

 で、惟新斎様は何時死にもすか?」

「忠比!!!!」

「ああ、気にせんで良か。

 まあ俺いも死ぬ気無くなったで、当分は死なんわ」

(そういうものなのか?

 死ぬ気無くなったら死なんものなのか?)

頭が痛くなった次男と三男は、祖母ジャンヌを通じて事後承諾して貰う事にした。

 薩摩対カトリック連合王国の三戦線で、最も薩摩軍が苦戦していたのが地中海戦線である。

 最初は順調だった。

 皇帝家久から譲られた新型軍船の火力で、いまだガレー船による衝角ラム攻撃や接舷切込のアラゴン海軍は敗北した。

 サルディーニャ島とコルス島に上陸するナポリ島津軍。

 だが、上陸してからが大変だった。

 この地を守るのはサルディーニャ副王フェルナンドである。

 かつてナポリ王国を支配していたアラゴン王アルフォンソ5世の庶子で、薩摩の侵攻によってアルフォンソ5世は討ち取られ、彼はナポリを追われた。

 彼を救い出したビアナ公カルロスも、報復戦を指揮して敗北、晒し首とされた。

 アラゴン王国で彼が最も薩摩に恨みを持っている。

 サルディーニャ副王に任じられ、時折ナポリ島津家とアラゴン王国が戦う時は大体彼が後方から指揮をしていた。

 ついに薩摩と全面戦争となる、この報せにトルケマダの他には彼だけが歓喜した。

 そして準備して敵を出迎える。


 海戦で撃破しようとしたが、ナポリ島津家には新型の軍船が多数あった。

 破滅棒火矢だの火炎直撃砲だの拡散ギリシャ火だの数多くの大砲だのに焼かれる。

 更にナポリ島津家では旧シラクサを調べ、発掘兵器アルキメデス兵器群というのを投入した。

 こうして制海権は島津家に落ちた……筈だった。


 コルス島とサルディーニャ島に島津忠隣、島津忠清が上陸してから苦戦が始まる。

 民衆も巻き込んだゲリラ戦が始まった。

 穏和な島津薩州家や、荒技が得意では無い日置島津家では、一揆のような民衆蜂起とフェルナンド副王軍のゲリラ戦に手を焼く。

 先代島津歳久は、必要と有れば兄弟に負けない根切りも辞さない人物だったが、外交と協調重視のナポリ公として活動する期間が長く、非情さについては子世代に教えないまま亡くなった。

 更にアラゴン海軍も壊滅した訳では無く、一旦本国近くの教皇領マヨルカ島パルマに撤退すると、そこを根拠地に海のゲリラ戦、つまり海賊行為に徹する。

 ナスル朝の領土全てが補給地になる島津忠仍、ジェノヴァ共和国に菱刈金を払って補給をして貰っている島津忠偉と、忠偉から物資を貰える島津義弘と異なり、この方面はシチリアからの海上補給に依存している。

 これを散々に叩かれている為、サルディーニャ島、コルス島共に軍事行動は低調にならざるを得ない。


 更にグラナダ方面でも異変が起こる。

 ナスル朝の君主ムハンマド12世が裏切り、カスティーリャ王国と同盟を結んだのだ。


 元々ムハンマド12世は、自分を蔑ろにして国を改造し、有能なイスラム官僚を連れて来て代々の貴族は政治から遠ざけ、城塞を奪って大砲を設置し、周辺に陣地を作る島津家のやり様を快く思っていなかった。

 貿易で国は儲かるが、その富は王家や貴族には回らず、国民と外国商人(ジェノヴァ、ヴェネツィア、ハフス朝)が得ている。

 戦線が膠着すると、長期の外征に不満を持ったハフス朝の援軍が島津忠仍に談判、交代の派遣と引き換えに帰国を許された。

 だがイスラム兵たちは期日より前にさっさと帰国し、交代の部隊は予定日を過ぎても一向に現れない。

 モスクワ大公国との戦いでは二年遅刻された為、島津忠仍も

「ああいう連中が多いのは仕方なか」

 と完全に諦めていた。


 薩摩本国からの援軍は得たが、数が減って防戦一方となり、駆り出されているナスル朝の兵たちも不満を持っている。

 それを知ったカスティーリャ女王イザベルが、密かにムハンマド12世に和睦を申し入れた。

 地中海西方、マヨルカ島とイベリア半島に挟まれたバレアス海の制海権は未だアラゴンに有り、海からムハンマド12世に接触する。

 条件として再征服レコンキスタの停止、交易も含めた共存共栄、イスラム教信仰を認める、というものであった。

 この申し込みを知ったトマト・デ・トルケマダは抗議したが、イザベルはあっさりと

「勿論、サツマンの脅威が去っても、異教徒との約束を守り続ける気は御座いません。

 約束とはカトリック教徒の中でのみ守られるものなのです」

 と答え、トルケマダは満足そうに引き下がった。

 この様なやり取りが有ったとは知らず、元々カスティーリャの属国として250年国を保って来たナスル朝の貴族と、ムハンマド12世はこれに乗る。

 かくして島津忠仍はグラナダを失うという、致命的な事態に見舞われた。


……が、島津家では対策が有った。

 彼等と戦ったムハンマド11世ことボアブディル、彼を担ぎ出した。

 本来、敵対した者はアッサリ斬首して来た島津家である。

 ボアブディルだけ捕虜にして生かしていたのは不思議だったのだが、それはいざと言う時の保険を掛けていたからに他ならない。

 実は島津家は、現状維持のアブルハサン・アリーやムハンマド12世よりも、カトリック勢力に戦争を吹っかけたボアブディルの方が頼みになると値踏みしていた。

 監視下に置いたが、幽閉もせず、同じ陣内で飲み食いし、戦いも見せていた。

 ボアブディルはいつしか親島津派となる。

 ボアブディル派も粛清されたが、殺されたのは大貴族で反アブルハサンの、場合によってはどちらに着くか分からない者ばかりで、有能な者は所領没収だけで終わらせている。

 ムハンマド12世の裏切りが起きた時、島津忠仍はボアブディルを呼んで聞いた、我等に与するか、叔父と共に我等と戦うか、どちらか選べと。

 ボアブディルは島津への協力を約束、それを信じようが信じていまいが、忠仍はボアブディルの名で没収した領土を彼の側近たちに返還。

 こうしてグラナダ奪還戦は再即位してムハンマド11世に戻ったボアブディルに任せ、前線を維持する。

 カスティーリャにもアラゴンにも計算違いとなった。




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 カスティーリャ、アラゴン連合王国にとって悪夢がまた起こった。

 ナバラ王国女王カタリナと、フランドル王国が庇護しているリチャード・オブ・ヨークの結婚が決まった。

 元々フランス王国に領土や相続権を狙われていたナバラ王国は、フランス王国の敵対勢力ブルゴーニュ公国の支援を受けていた。

 それに加え、ペルピニャン会戦でイスパニア軍が敗れ、島津軍がイベリア半島入りする。

 ナバラ王国は島津家から直接攻撃されかねない。

 無論、かつてフランク王国に攻められた時同様、ピレネー山脈を砦に戦い抜く手もある。

 しかし、薩摩軍と戦った国、オスマン帝国は皇帝と精鋭を喪失、神聖ローマ帝国は働き手を失い弱体化、ミラノ公国は国土が焦土となり、黒羊朝・白羊朝は衰退してやがて滅亡、モスクワ大公国は君主含めて十万以上の兵を失う等、被害が尋常でない。

 国外で戦うならまだしも、本国では決して戦いたくない。

 故にシャルル突進公からの

「フランドルとの婚姻を進めるなら、ナバラ王国には手出しさせない」

 と言う話を信じ、リチャードと婚約した。


 そしてフランドル王「突進公」シャルルと、「豊久の子」シャルル・シマンシュが軍を率いてナバラに乗り込んで来た。

 理由を問い糺すと

「女王への持参金代わりに、領土を献上する。

 その領土を分捕りに来たのだ」

 と答え、ビルバオを根拠地に、カスティーリャ王国北部、かつてレオン王国が在った地を攻め始めた。

 首都パンプローナには、サツマン出身のシャルル・シマンシュが留まり、南方に睨みを効かせる。

 蛮族サツマン人とは思えない、色白長身美形のシャルル・シマンシュにナバラの女性たちは見惚れた。

……中身がアレなのには気づかないで。


 フランドルが動いた事で、フランス王国にも焦りが生じる。

 南仏を勝手に戦場にされた恨みもある。

 サツマンにそれを言っても無意味なので、今は落ち目の国から掠め奪ろう。

 フランスはペルピニャンに兵を集め、ジローナを攻め始めた。

 また、イスパニア内の小国・アンドラ公国の君主はフランス貴族フォワ伯でもある為、兵を派遣し、カスティーリャからもフランドル王国やサツマンからも此処を守る。


 そして薩摩と秘密裡に同盟していたポルトガルが、カスティーリャに宣戦布告した。

 島津家久はポルトガルに、大西洋やビスケー湾に出る地を割譲すると約束していた。

 故にポルトガルからは、ウェルバからセビーリャを狙う南方軍と、オーレンセからコルーニャを狙う北方軍の二軍が攻め入る。




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 薩摩軍四方面、ポルトガル軍二方面、フランドル・ナバラ軍、フランス軍と八方面で攻められながら、カトリック連合王国は持ちこたえている。

 イスラム勢力の侵略に遭って、国と信仰を維持し続けた民である。

 そして皇帝家久が予想していた事態が発生した。

 民衆が侵略者たちと戦い始めたのだ。

「サンチアゴ!」

「侵略者よ、出て行け!」

「エイメン!!」

 七方面で外国軍の攻撃は頓挫する。

 ほとんど前進は止まり、激しい抵抗を受ける。


 そして、異端審問は激しさを増していった。

 攻撃を受けている者たち、困っている者たちは、排他的になり、異物を排除に動く。

 全戦線で負けていないにも関わらず、圧迫感、不安感から彼等はコンベルソ(改宗ユダヤ教徒)、モリスコ(改宗イスラム教徒)を異端審問所に密告する。

 意外にも異端審問所は、多くを殺したりしない。

 財産没収や追放、鞭打ち、軽い場合は説教で終わらせようとした。

 だが、民衆がそれを許さない。

 異端審問所が軽い罰で済ませたならば、彼等は被疑者を私刑(リンチ)にかける。

 そして異端審問所の職員もそれに引きずられ出した。

 無実の者でも罪に仕立て上げれば、民は喝采を叫ぶのだ。

 戦争で得た捕虜にも、拷問を加え、よれよれになった者が罪を告白するのを見て溜飲を下げる。

 火刑になる者はサマラという黄色の服地にドラゴン、悪魔、炎に包まれる異端者が描かれた衣服を着せられる。

 これを着せられ、燃やされたのは言葉が通じず、改宗しようも無いサツマン人の捕虜であった。

 多くのキリスト教徒、イスラム教徒は、痛めつけられ虚ろな目で悔い改めますと呟く。

 こういった者はフエゴ・レヴォルトという炎が描かれた衣服を着せられる。

 フエゴ・レヴォルトを着た者は、コローザあるいはカピローテという円錐形の帽子を被らされ、首に縄をつけられて、手には黄色い蝋燭を持って引き回される。

 引き回しの間、民衆からは投石され続ける。

 そして絞首刑によって死ぬ事を許される。

 戦争の中、異端者をいたぶる残酷なショーを、カトリック関係者と民衆は楽しんでいた。


 だが、王侯貴族は異端審問で現実逃避していられない。

 本来、反対者を処罰したり、金持ちのコンベルソやモリスコに罪を着せて資金を没収する、彼等を処刑する事でグラナダに残るイスラム勢力への敵愾心を煽りたい、そういう政治的欲求から異端審問を認めさせたのはアラゴン王フェルナンド2世であった。

 だが、戦線はどこも予断を許さない上に、たった一つ、島津義弘のスパルタ軍が首都トレドに向けて進軍を止めていないのだ。

 島津義弘は占領と統治等は考えていない。

 ただカスティーリャの地を騎行し、気に食わない敵を叩きのめし、歯向かう村を焼き討ちし、逆らった民衆を根切りしているだけだ。

 補給はダルマチア島津軍任せ。

 新たに養子にした豊久五男の島津七郎五郎改め、島津又五郎忠比が積極的にあちこちを焼く。


 村が在ったら焼く。

 町が在ったら焼く。

 城が在ったら焼く。

 教会が在ったら焼く。

 畑が在ったら焼く。

 森が在ったら焼く。

 山が在ったら焼く。


 焼かないのは川くらいだ。

(橋を焼こうとして、流石に義弘に止められた)

 僅か三千程の兵だが、サンチアゴ騎士団団長代行ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバはダルマチア島津軍と、カラトラバ騎士団長ガルシーア・ロペス・デ・パディージャとメディナ=シドニア公フアン・アロンソ・ペレス・デ・グスマンはマラガの島津軍と、アルカンタラ騎士団長フアン・デ・スニガはシャルル突進公と、サルデーニャ副王フェルナンドはナポリ島津軍と戦っていて、明らかに手が足りない。

 アラゴン王フェルナンド2世と、まだ少年のアストゥリアス公フアンも、ポルトガルとの戦いで指揮官を務めている。

 鬼島津はフリーハンドを得て、イスパニアを荒らし回っていた。


 そして最終的、決定的な報告が届く。

 副帝イエヒ2世率いる東ローマ帝国軍及び薩摩本軍と、

 バヤズィド2世率いるオスマン帝国軍が艦隊を揃えて地中海を西進して来た。


 サルデーニャを攻めあぐねていた島津忠隣は、子の常久に言った。

「どうやら終わりが近かど」

 常久は何故かと問う。

「お館様が動くのは全ての準備が整った後じゃ。

 別な言い方をすれば、お館様が動いたという事は、イスパニアにとって全てが終わるチ事じゃ」

 最終局面が来たようだ。

おまけ:

ヨーロッパトノサマガエルが口を利けたらこう言うだろう。

「あの人間の女、何故我々を毎年毎年楽園から連れ出し、病の地に解き放つのだ?

 もう大勢の同志があの女の為に死んでいるではないか!」

だが、数え切れない程の死の上に、ついに免疫を持ったカエルが生まれる。

シャルロット・ザルモアーズ・ド・ヴァロア=シマンシュは後世学者たちから

「カエルたちの救世主(メシア)

「カエルの国の聖母(マリア)

と呼ばれる。


だが当のカエルたちはこう言いたいだろう

「嘘だぁぁぁぁぁ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 破滅棒火矢……これ波動砲かw イスパニアの強さは異端審問を使った国内統制にあるわけか。
[良い点] >「嘘だぁぁぁぁぁ!」 いやいや「救世主」となったのは事実ですよ? 全滅したら食べられなくなっちゃいますから カエルたち≪食料≫の救世主w
[一言] まさかの時の スペイン宗教裁判! 娯楽と化してるし、こんなもんで良いのではないか
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