島津歳久、イスパニアに死す
唐突だが、ワラキア公ヴラド3世が死んだ。
前年、ハンガリーのマーチャーシュ1世と共にオーストリアの半分を征服して来たばかりであり、まだまだ健康だった。
死因は不明である。
世継ぎのミフネアはブルガリアとの国境方面に出かけ、弟のヴラド僧公、ミルチャはフィレンツェに出向き、盟友の島津義弘も薩摩に戻って長らく不在な時の死である。
原因も過程も一切分からず、死という結果だけが残った。
ワラキア公にはダネシュティ家のバサラブ4世が就いた。
「運命はこのオレを、『ワラキア公』に選んでくれたのだッ!」
ダネシュティ家はワラキア公ダン1世の本流、長らく支流のドラクレシュティ家に公の地位を奪われていたのだった。
それ故にバサラブ4世は慎重であった。
彼は代理を立てる。
庶子であるというネアゴエ・バサラブという青年が、バサラブ4世の命令を代わりに執行する。
「ポッポー、クック、ポッポー……
信じられねえぜ、こんな所に伝書鳩がいるなんてよぉ。
父上ですか?
ネアゴエです、ご命令を実行します」
こんな感じに不思議な意志伝達をしていたが、反ヴラド派は彼に従った。
「そういう訳で、危険なのでお世話になります」
薩摩にはミフネア公子が亡命して来た。
そしてミフネアは、当分は薩摩の武将として働く事になる。
前のナポリ公島津歳久は、アルプスの行者輩慈他僅かな供だけでイスパニアに上陸していた。
この時期、スペイン(イスパニア)は自らをスペイン王国とは呼んでいない。
カスティーリャ・アラゴン連合王国もしくはカトリック連合王国と呼んでいた。
1484年のカトリック連合王国は殺伐としていた。
イベリア半島に北アフリカからマウリア朝イスラム帝国が侵攻、そして大半を征服する。
以降700年以上かけて、北部に追いやられたキリスト教勢力は、イスラム教勢力を倒す戦いを繰り広げた。
これが再征服戦争である。
とはいえ、250年程前には、難攻不落のグラナダに拠り、北アフリカからの支援で持ちこたえるイスラム教国ナスル朝と、キリスト教国アラゴン王国は地中海方面シチリア島とナポリに、同じくキリスト教国ポルトガル王国は大西洋からアフリカ沿岸に興味を持ち始め、再征服は膠着状態に入ってしまった。
ナスル朝はアフリカのマリーン朝の援けを得られるが、一方でカスティーリャ王国に臣従もしていた。
こうして、250年程イベリア半島内のグラナダは放置で、アフリカや地中海方面、時には同じキリスト教国相手にアラゴンやカスティーリャは戦い続け、イベリア半島内のイスラム教徒はキリスト教社会に溶け込んでいく。
これが棄教してキリスト教に宗旨変えしたモリスコと呼ばれる人々である。
他方、キリスト教、イスラム教と同じく創造主・唯一神を崇める「啓展の民」にユダヤ教徒がいる。
彼等は古くローマ帝国時代のユダヤ戦争で故郷を追われ、一部はイベリア半島に住んでいた。
イエス・キリストを裏切ったとされるイスカリオテのユダ、その話からユダヤ教徒はキリスト教徒からは目の敵にされる。
しかしイスラム教国では、信仰の自由は多額の税と引き換えに保証された。
イスラム帝国時代のイベリア半島は、ユダヤ人にとって住みやすい地の一つだった。
高額の税を払う為、彼等は商業に励み、富裕層となる。
そんな中、再征服が進み、キリスト教国がユダヤ教徒の居住地も治めるようになる。
ユダヤ教徒も仕方なく棄教し、カトリックに帰依する。
この人々をコンベルソと呼ぶ。
異端審問官トルケマダも、この「転びユダヤ教徒」コンベルソの出自と言われている。
それ故にか、トルケマダの異端審問、もっと有り体に書けば隠れユダヤ教徒への弾圧は凄まじいものだった。
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島津歳久は十字紋の島津家家紋の服で出歩いていた。
敢えて誤解をさせている。
道ゆくイスパニアの庶民が跪いて祈りを捧げる。
輩慈はアルフォンソ・エンリケという変名を使う。
襤褸を纏い、足の不自由なアルフォンソを、威厳が有り、十字紋を着た老人が労りながら旅をしている。
何処か神々しいものが有った。
歳久はアルフォンソと共に、野外で聖書朗読をしたりした。
聖書はラテン語で書かれている。
サツマン朝東ローマ帝国なんて言われるくらいだから、薩摩ではラテン語の学習もされていた。
五十歳を過ぎてからの勉強は辛かったが、聖書は読めるようになった。
アルフォンソこと輩慈は、修験者という形の密偵である。
密偵、忍びは情報収集の為、語学に堪能である事が求められる。
日本に居た時ですら、鎮西の言葉と上方の言葉と東国の言葉は違う。
身分により、地下と武家と殿上では言葉が違う。
変装して情報収集するには、その身分の言葉を使いこなさなければならない。
そんなアルフォンソと歳久が木蔭や宿で聖書読み合わせをしている。
一見、足の不自由な哀れな男と聖人が連れ立って信仰の旅をしているように見える。
これが危険なのだ。
当時のキリスト教は、一般人が聖書を読めない、それ故に司教、司祭が影響力を持てたのだ。
識字率も低い。
出版能力も低い。
最近ようやく印刷技術が生まれたが、教会関係者が嫌っている。
聖書を出版され、自国語に翻訳され、文盲でも読み合わせをすれば理解出来てしまう、そうなると無知につけ込む事が出来なくなる。
先年亡くなったルイ11世は、教会からの圧力から印刷技術をよく守り切った。
ルイ11世の不人気もあり、評価されていないが。
島津歳久は当然ながら司教でも司祭でも無い。
威厳が有り、十字紋の服を着ているから誤解されているだけだ。
庶民が、しかも異郷の者が聖書を語るのは、教会からしたら存在を脅かす行為であった。
やがて密告が有り、歳久は異端審問所に連行される。
輩慈は姿を晦ませていた。
聖書について勝手な解釈をするのは異端なのだ。
解釈は教会のする事、信者はそれを受け入れていれば良い。
イスパニアは薩摩からの脅威をほとんど受けていない。
シチリアで何度も戦ったが、その時の軍旗は丸に十字紋である。
故に、ただの十字紋はキリスト教の司教や司祭を僭称するものに見える。
……皇帝家久が丸に轡十字とする前は、島津家はただの十字紋であったのだが。
異端審問所で、まずは身分を聞かれる。
「名前は?」
「名乗る程の者じゃなか」
「名前は!!」
「おはんに名乗る名は無か!
身分を弁えよ!」
「身分だと?
お前は一体何者だ?」
「一介の老人である」
嘘は吐いていない。
次に、何故ラテン語を読めるのか尋ねられる。
コンスタンティノープルで学んだと答える。
十字軍の頃から何となく曖昧にして来たが、コンスタンティノープルは東方正教会、つまり異端の本拠地である。
審問官の目付きが鋭くなる。
何故聖書の勝手な解釈をするのか聞かれる。
歳久は言う、
「素読してた迄、勝手な注釈は加えちょらんど」
「では聞かせてみろ」
確かに聖書に書いてある事を読んでいるだけだ。
「何故人前でそのような事をした?」
「逆に聞く。
人前でしてはいかんのか?
イエス・キリストは辻説法で教えを説いて回ったじゃなかか?
やはべとやらも密教にせよとは言うちょらん」
「軽々しくその名を唱えるな」
「そげな事はどうでも良か!
俺いの質問に答えんか!」
「この爺いを黙らせよ!」
鞭を持った者が歳久を打ち付ける。
だが八十歳を迎え、中風を患っているとは言え島津歳久、教会の審問官如きに打たれる男ではない。
鞭(縄状のものではなく、棒状のもの)を振り下ろす瞬間に踏み込み、腕を振り下ろした男が自ら歳久に担がれる形になると、膝を曲げ、肩を押し上げ、軽い力で投げ飛ばした。
中風で握力が無くなった歳久が工夫した柔術である。
しかし審問官たちからは魔法にしか見えなかった。
「この爺いは異端どころでは無い!
魔術使いだ! 悪魔の手先だ!
審問はこれまでだ!
殺せ! 神の敵だ!!」
槍や斧を持った者たちが歳久に殺到する。
「輩慈!!」
歳久が呼ぶと、何処からか輩慈が現れた。
「逃ぐっど!」
「分かりもした」
「逃すな、殺せ!」
輩慈は手袋を外す。
右手は義手だった。
人差し指から子指は鉄砲になっていて、それが撃たれる。
「やはり悪魔だ……」
輩慈は片膝を付き、義足の一部を引き出す。
そこは石火矢の発射筒となっている。
かつてローマで教皇の特殊兵に半殺しにされ、足を切り捨てて逃げ出した輩慈。
彼は生命を繋ぐと、自身が使う義手義足に武器を仕込み、全身兵器と化していた。
壁を破壊し、歳久と輩慈は逃げ出す。
邪魔者は、唯一の生身である左手に仕込んでいた刀で斬り殺す。
追手が掛かる。
輩慈は忍び装束に変わる。
そこから手裏剣、撒き菱、火炎玉等を惜しみなく使う。
そう、どう見ても魔術大会であり、どんどん大事になる。
大事にするのが歳久の目的であった。
審問官だけでなく、兵士まで加わる。
プレートメイルに身を包んだ兵士には、手裏剣程度では歯が立たない。
火薬を詰めた焙烙玉や、先程とは反対側の義足の石火矢を使うが、数に限りある。
「どうじゃ?」
「そろそろ玉切れごわす」
「良か。
そろそろ手筈通りおはんだけ逃げよ。
俺いの最期を皇帝に伝えよ」
「お名残惜しゅうございもす」
そうは言っても忍びの者は執着しない。
ローマでも足を自ら切って逃げ、情報を持ち帰るという任務を全うした。
彼の仕事は、島津歳久が如何にイスパニアに殺されたのかという情報を薩摩に持ち帰る、全ヨーロッパにばら撒く、そして厭戦気分が出て来た薩摩隼人に語り部となって伝え、彼等の怒りを引き出し戦争を誘発する事である。
輩慈は密かに短刀を歳久に渡し、そのまま逃げる。
だが、兵士に追いつかれる。
輩慈の足は義足で、しかも武器を仕込んだ重い物だ。
速くは走れない。
だが、そんな事は分かり切った事だ。
輩慈は多くの兵士の前で
「自爆!」
と叫び、爆音と閃光の中に消えた。
無論手品の類である。
だが、予め殺しておいた者の死体を上手く使ったりして、肉片や血も飛び散る迫真の演技である。
煙が晴れ、兵士たちが肉片や破片を調べている頃には輩慈は既に姿を消していた。
一方、島津歳久は最期の時を迎えようとしていた。
投げ技や足技で敵を転がし続けていたが、
「年は取りたくないものじゃの……。
力が続かぬわい」
動きが鈍くなり、やがて剣を受けたり、槍を刺されたりし始める。
(八十歳にして首を五つも取る兄サァはやはり人間じゃないな。
鬼島津とはよく言ったものじゃ)
流れ出る血を見ながら、歳久は不思議にそんな余計な事を考えていた。
審問官が近づいて来た。
どうやら死ぬ舞台が整ったようだ。
「島津又六郎歳久、死ぬのにおはん等の助けは借りん!」
隠し持っていた短刀で腹を斬る。
一瞬の行動、そして余りの光景に審問官も兵士も呆気に取られ、動けなくなる。
だが、島津歳久は最期にしくじった。
中風で握力を失った手は、思ったように腹を斬れなかったのだ。
死に切れず、血溜まりに蹲る歳久は叫んだ。
「女子は子を産む時、毎度こがいな痛みに耐えとっか!
良か!
俺いがこん痛み、あの世に持ち去ってやんで!!」
島津歳久はやがて事切れた。
この最期の叫びは全ヨーロッパに伝えられ、彼は出産する女性を守る聖者に奉られる事になる。
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一連の事態の報告を受けたアラゴン国王フェルナンド2世、カスティーリャ女王イザベルは真っ青になった。
「トシヒサとは前のナポリ公じゃないか!
何故シマンシュの最重要人物を殺した?
奴等が来る!!」
直接戦った回数は多くない。
ナポリやシチリアの出先部隊であった。
だが、強敵だった。
属領駐留部隊にすら何度か負けたのに、その本隊がやって来る、しかも怒りに燃えて。
彼等は何故こんな事になったのか、頭を抱えた。
しかし、トルケマダは意気軒昂である。
「神の敵、サツマンよ!
この敬虔なカトリックの地を侵せると思うな!
返り討ちにし、地獄に送り届けてやるわい。
サツマン、亡ぶべし。
エイメン!!」
おまけ:
「ワラキア公はおるか!?」
竹崎弥五郎が、完成した「おろしあ襲来絵詞」を持ってやって来た。
ネアゴエ・バサラブが対応する。
「どうじゃ! こいで儂がおろしゃのイワンに矢を射た事が分かったであろう!」
「ちょっと待って下さいよぉ。
僕が手柄を奪った、ですって?
あのですねえ~」
「あんたじゃなかばい!
ヴラド公じゃ!
ヴラド公を出しんしゃい!!」
「こんなアホが……この世はアホだらけなのかァ~~ッ!!」
「何じゃと!!」
「聞けよ、ボケ!!
ヴラド3世はとっくに死んだんだ!
今更そんな絵を持って来て、何をしようってんだ!!」
バサラブ4世にもネアゴエにも、ヴラド3世の悪事なんて知った事じゃない。
竹崎弥五郎は、確かに訴える先が違う事に気付き、黙って退去した。
鹿児島城。
「近江(島津久元)殿」
「どがいした、相模(島津久信)殿」
「竹崎の何某言う肥後者が、手柄寄越せと絵巻物持って押し掛けて来て、面倒じゃ」
「あん男か……。
じゃっどん、ないごて今頃来やった?」
「ヴラド公をギャフンと言わせてやる言うて、立派な絵巻物描かせている内に、ヴラド公が亡くなってしもうて、訴え先が無くなったから薩摩に来たようじゃ」
「面倒臭いのお」
「手柄を認めてやい」
「……!
惟新入道様!」
「そこまで意地を張るのも天晴じゃ。
俺いの領地を割いて良かで、手柄を認め、恩賞を与えよ、良かな!」
(本当にこの方は、上様(家久)以外には高潔なんだよなあ)
おまけの2
スペイン語読みでアルフォンソ、
ドイツ語読みでアルベルト。
スペイン語読みでエンリケ、
ドイツ語読みでハインリッヒ。
アルフォンソ・エンリケという変名の元ネタです。




