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薩摩、モスクワ、そしてローマ

「教皇猊下! 一大事です!」

「ボルジャ枢機卿、慌てるでない。

 どうせあの小僧(ロレンツォ)が何か仕出かしたのであろう?

 大した事は出来やしない。

 全て我が掌の上の話よ」

「猊下の掌はそんなに大きいのですか?」

「そうよ、儂の手は神の手じゃ。

 それで、小僧が今度はどんな悪戯をしたのか?」

「ロレンツォ・デ・メディチは、ミラノ公国、フェラーラ公国、ジェノヴァ共和国、島津領ナポリとの同盟を取り纏め、ヴェネツィア共和国を圧迫しております!」

教皇シクストゥス4世は飲んでいたワインを思わず吹き出してしまった……。

「又七郎サァ! 又七郎サァ!

 ないごてな!

 ないごて死にやった。

 おはんがおらんくなったら、俺いは……俺いはこの先どがいすれば良か言うんじゃ……」

 皇帝家久は、楯に乗せられ運ばれて来た島津中務少輔豊久の遺骸に縋り、人目も憚らず号泣した。


 ざわ……ざわ……ざわ……。

(殿様と中務少様は、そういう関係じゃったのか?)

(道理で女子に丸で興味を示さんかったの)

(しかし、中務少様には奥方がおられるが?)

(中務少様にはその気が無く、一方的に殿が懸想されていたやもしれん)

(中務少様は大層見目麗しいからな)

(……生きている内にそれを口にしたら、耳か鼻を削がれておっで。

 口は禍の元じゃで、気ぃつけやんせ)


 明らかに誤解が広がっている為、慌てて豊久の弟・忠仍が注意する。

(又八サァ、明らかに勘違いされちょいもす。

 いつもの冷めた頭に戻って下され)


 一方で、こちらも大泣きしている。

「ないごて俺いのような老いぼれが生き残り、久四郎(忠清)や又七郎のような将来ある者が死ぬる!

 俺いの命バ差し出すから、二人を蘇らせたもんせ!」

 島津惟新入道義弘が号泣している。

 彼は主将を守れず、後継ぎも討ち死にさせてしまったのだ。

 彼とて戦場で遊んでいた訳ではない。

 八十歳の身で大薙刀を振るい、敵領主(ボヤール)の首を七つ取っていた。

 この辺、武運としか言いようが無い。


 島津豊久死すの報は、全ヨーロッパを駆け巡った。

 すぐに義母、ジャンヌ・ダルク(ジャンヌ・デ・ザルモアーズ)が駆けつける。

 未亡人となった娘を慰め、親族である島津家にも礼を尽くし、キリスト教徒なのに仏式の葬儀にも参列した。

 それだけなら良いが

「私がトヨヒサ殿に代わり、兵を指揮しよう!」

 と言って居座ってしまう。

 ジャンヌ、この年73歳。

 夫に先立たれ、夫の愛人の子である男児がザルモアーズ家を継いだ為、

「トヨヒサ殿に代わって私が戦おう」

 と言っている。


 ロレーヌからはジャンヌが弔問に来たが、フランドルからはシャルル1世(突進公)が直々に弔問に来た。

 彼はイングランドのエドワード4世の使者も伴っている。

 ブルゴーニュ・ヴァロア家とヨーク家は島津豊久とは少なからぬ縁があり、弔意を示しに来たのだ。

 一方、ぶん殴られ拉致されたフランス国王ルイ11世、父子に部隊を壊滅させられた神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ3世は、豊久への弔意というより、国としての使者を皇帝家久に対し出している。

 この辺感情的に複雑なものがあるのだろう。


 ワラキアからはヴラド3世の弟、ヴラド僧公がやって来た。

 フィレンツェからロレンツォ・デ・メディチが駆けつけた。

 彼のフットワークは非常に軽い。

 このフットワークの軽さが反ヴェネツィア、反教皇の同盟締結に役に立った。

 そして彼は、ナポリから島津歳久、忠隣父子と同船して来た。




「又七郎が逝ったか……」

 歳久が悲しげに呟く。

 中務大輔家久といい、豊久といい、まだまだこれからという時に。

 あの鉄砲玉のような父子は死に急ぎ過ぎる……。


「ところで又八郎、俺いも隠居させてくれんか?」

「叔父上は既に出家の身、晴蓑入道と名乗っておいでごわはんか」

「そいでん、俺いにナポリ公を任せ、ローマやイスパニアと交渉させておろう。

 そん役目も終え、一介の薩摩隼人に戻してくれんか」

「まだ……俺いが事、気に食わん言いもすか?」

 口より早く手が出る親世代、「舐めるな、そんな理由ではない!」と怒鳴るより前に、歳久の手が家久の襟を掴んだ。

 だが、投げに失敗する。

 掴んだ手が、襟から離れてしまった。

 忌々し気に己の手を見つめる歳久。

「先年の事ごわした。

 義父上は中風で倒れもした。

 今は治って立ち歩く事は出来もんど、すっかり手の力が無くなってしまわれた。

 ローマとフィレンツェとミラノとアラゴンで色々動いておりもしたで、秘密にしとりもした。

 じゃっどん、又八サァ……陛下も妙に我等の動きが鈍い、後手に回っておるチ思いもさんでしたか?」

 確かに、教皇、メディチ家、イスパニアの矢継ぎ早の外交や軍事展開の中、ナポリ衆の動きは鈍かった。

 モスクワ大公国と事を構えるに当たり、二正面作戦を控えるべく行動を慎重にするよう命じたのは家久本人であったが、それにしても確かに後手後手過ぎた。


「手指の事だけなら隠棲は考えんわい。

 近頃は物忘れも酷くなり、昼間もよく眠っておる。

 俺いももう七十八、喜寿を過ぎた身ぞ」

「……あそこに八十過ぎて、敵の首を七つもぎ取った爺いが居んで……」

 実父義弘を顎で指す行儀の悪い家久。

「兄サァのような妖怪仙人の類と一緒にすんない。

……ワラキアに行ってから、余計不老不死じみて来たが、あれか?

 朱に交われば赤くなるチやつかの?」

「叔父御……怖い事言いなさんな。

 あのクソ親父(おやっど)が不老不死とか、怖気がすっど……」

「まあ、あの人外の兄サァと違い、俺いはもう使いもんにならん。

 いや、あと数年もしたらそうなる。

 俺いの持ってるもんは全て忠隣に受け継いだでな、今後は若い……と言っても四十超えか……。

 おはんらで好きにやるが良か。

 俺いも朽ちる前に最後の一仕事をしたいでな。

 役目を解いてくれんかの」


 家久には認める以外の選択肢は無かった。

 よくもこの年まで島津を支えてくれた、礼を言う他無い。

 だが、最後の一仕事とは??


「菱刈での釣野伏と追い討ち、それは凄い戦じゃったそうじゃの」

 島津家では、オデッサ追撃戦は菱刈の戦いの一局面とし、同じ戦いの内としている。

 一連の菱刈戦役は、薩摩島津の総力を挙げての戦だった。

「流石の薩摩隼人ン中でも、もう戦は十分じゃ、そういう気分は出ておらんか?」

 出ている。

 島津豊久、島津忠清、伊集院久治を失った痛手に、さしもの薩摩衆も気落ちしている。

 その四年前にはヴァルダイ丘陵会戦で長寿院盛篤、入来院重時ら一万もの損害を出した。

 モスクワ大公国とはそれ程強かったのだ。

 もう暫くは戦はしたくない、かつて欧州転移と米を求めた征服戦争、そして十字軍撃退後に陥ったものと同じ厭戦気分が漂い始めていた。

「俺いはそれを払う。

 そいが、役立たずになろうとしちょるこの爺い最後の仕事じゃで」

 島津家の知将と言われた男も大分老け込んだが、眼光は衰えていない。




------------------------------




 薩摩は悲しみに包まれているが、もっと悲惨なのはモスクワ大公国の方であった。

 皇帝(ツァーリ)を始め、約15万の兵を失っての敗北。

 更にポーランド・リトアニア大公国のカジミェシュ4世がノヴゴルド公国を救援。

 ここに残っていた3万の兵も叩き出されてしまった。

 そして、イヴァン3世の力の前に逃げ出した、旧ジョチ・ウルス国家の反攻が予想される。

 オデッサ(ハジベイ)の戦いはクリミア・ハン国の中で行われた為、モスクワ大公国の敗戦の報は広まるのが速いであろう。

 そんな状況で、皇后、いやもう皇太后となるゾイ・パレオロギアはイヴァン皇子に礼を尽くし

「おかえりなさいませ。

 貴方様が無事で何よりです。

 ですが、疲れを癒している場合ではありません。

 早くモスクワ大公を継承し、皆に命を下しなさい」

 と告げた。


 島津家は誤った。

 モスクワ大公国において、皇帝(ツァーリ)イヴァン3世を討っただけでは足りない。

 キーパーソンは、このゾイ・パレオロギア皇后であった。

 尤も、男尊女卑の激しい薩摩で、そこまで読める筈も無いが。


 ゾイ皇太后の行動は、モスクワ大公国の領主(ボヤール)たちに歓迎された。

 後妻とは、とかく自分の子を後継ぎにしたがるものである。

 モンゴル帝国の影響「タタールのくびき」が精神面で残るルース人では、ここも男尊女卑とは言え、後妻が先妻の子を虐げ、緊急事態でも自分の子を有利にしようという利己的行動が為される。

 今、君主も兵も失ったモスクワ大公国は、3歳の幼児を大公になんか就けられない。

 成人し、戦場経験もあるイヴァン皇子でないと、周辺国に太刀打ち出来ない。

 宮廷はゾイ皇太后万歳を叫び、クレムリンのウスペンスキー大聖堂で皇太后が皇子に冠を乗せた。

 皇太后万歳、皇帝万歳の叫びの中、イヴァン4世が即位する。


 絶妙のタイミングだった。

 先帝イヴァン大帝の妹はリャザン大公国に嫁ぎ、リャザンはモスクワの属国となっていたが、この妹が

「私の子のイヴァンにもモスクワ大公国の相続権があるの知ってるのかしら~?

 もう家族の仲良しごっこはおしまいカナ~」

 と反攻を仕掛けて来た。

 これにイヴァン大帝の先妻、現イヴァン4世の母親の実家であるトヴェリ公国のミハイル3世が加担する。

 独立を回復したノヴゴルド、リャザン、トヴェリが同盟を組んだ。

 彼等がリャザン大公子イヴァンの相続権を主張する前に、先んじて即位出来た事はイヴァン4世にとっても、モスクワ大公国の領主たちにとっても大きかった。


(こんな危険な状況で、可愛いバラシー、じゃなくヴァシリーに大公位を継がせても無意味よぉ。

 先妻の子イヴァン、精々頑張りなさぁい。

 ヴァシリーが国を継ぐまで、国を守るのよぉ。

 ……生命枯れ尽きるまでね、クスクスクスクス……)


 ゾイ・パレオロギアには、イヴァン4世の後は我が子ヴァシリーになる確信があった。

 イヴァン4世は、東欧諸国との戦乱の為に高い身分の女性を娶れなかった。

 イヴァン4世の真紅の髪の妻は、ユダヤ教徒の疑いがあり、国民から不人気であった。


(あの不人気の赤毛にはまだ子が産まれていない。

 産まれても、不人気の子は不人気よぉ。

 それに、私がモスクワ大公を決め、私が戴冠させた前例を作った。

 次の大公の決定権も、前例からいって私になるのぉ。

 不人気さん、精々夢を見ているがいいわ。

 おバカさんは時間を掛けてゆっくりイジメないと、楽しくないわぁ……。

 イヴァン4世はサツマン人に受けた矢傷のせいで時々病臥する。

 何時まで大丈夫かしらねえ。

 余り早く死なれても困るから、傷物大公(ジャンク)も大事に扱わないとねぇ。

 此処は私の世界、全ては私の思うまま……リューリク家の命も……)


 露国乙女(ロシアン・メイデン)の争いが始まる。

 ゾイ・パレオロギア、史書に「如才無い」と記された女性である。




------------------------------




 ローマ教皇庁では、モスクワ大公国の大敗北は予想外であった。

 勢力均衡策(バランス・オブ・パワー)から、モスクワ大公国には東ローマ帝国と覇を競って欲しかったのに……。

 その上、フィレンツェのロレンツォ・デ・メディチが包囲網を形成。

 ヴェネツィアを利用して自分の庶子をフェラーラ領主にする目論見は果たせなくなった。

 困った教皇シクストゥス4世は、ヴェネツィアに停戦を命じる。

 しかし、ローマ軍は敗退し続けていたが、ヴェネツィアは各地で勝ち続けていた。

 元々俗世的な利害で手を組んだに過ぎない。

 ヴァネツィアは教皇を無視し、教皇は怒ってヴェネツィアでの聖務禁止を言い渡す。

 しかし第四次十字軍の頃から慣れている商業都市ヴェネツィアは戦争を止めない。


 フィレンツェのロレンツォが、島津豊久の葬儀に自ら出向いたのは、これを見越しての事であった。


 ついにナポリ・シチリア・カレブレアの島津軍が動き始めた。

 ヴェネツィアと薩摩は、薩摩転移以来の協力関係があり、ヴェネツィアが全イタリアを敵に回しても勝ち続けられる国力は、島津家の征服事業でもたらされた植民地に因る。

 ヴェネツィアは、軍事的にも経済的にも島津家を敵に回したくない。

 そこに皇帝家久から休戦の呼び方があった。

「従わねば、今ヴェネツィアに代理販売させている旧不知火海の塩の取引を中止するぞ」

 という脅しもついて来た。


 ヴェネツィアとフィレンツェ・フェラーラ他諸国家は和睦する。

 完全なロレンツォ・デ・メディチの勝利であった。


 だが、教皇シクストゥス4世は諦めない。

 最後の味方、イスパニアへの関与を大きくし出した。


「トマス・デ・トルケマダ司教、卿をイスパニア異端審問官に命じる」

「ハハッ、神に誓い職務を全う致します」

「13番目の使徒の名を関した我らが秘密の軍隊、その長であった卿なら任せられる。

 彼の地を敬虔で熱狂的なカトリックの国にしなさい」

「仰せのままに、仰せのままにぃぃぃぃ!

 異端と化物(フリークス)に神の裁きをぉぉぉ!!!

 主、イエス・キリストの名の元に、A・M・E・N!

 エイメン!!!!

 エェェェイメェェェェンンン!!!!」


 トマス・デ・トルケマダ異端審問所長官、「もしもイエス・キリストが現世に生き返ったとしたら、彼によって異端とされたであろう」という人物が歴史の表舞台に立った。

おまけ:

島津豊久葬儀にて。

「こんな時になんだが、トヨヒサの子を一人、俺にくれぬか?」

シャルル突進公が義妹で未亡人となったシャルロットに話す。

「何を言ってるのですか!

 場所を弁えなさい!」

シャルロットでなく、母のジャンヌが叱りつける。

「俺には男子が居なくてなぁ……」

シャルルには2番目の妻イザベル・ド・ブルボンの間に生まれた娘・マリーが居て、婿としてハプスブルク家のマクシミリアンを迎えて、いずれフランドル王とするつもりだった。

だが、マリーはこの年の初めに病死し、その子のフィリップはまだ幼い。

マクシミリアンは高潔な騎士だが、実家のハプスブルク家は危険で、このままではフランドルはシャルル死後、実家たるハプスブルク家のものになりかねない。

彼とイングランド王エドワード4世の妹・マーガレットとの間にも女子しか生まれなかった。

だから

「義弟トヨヒサの子と、娘を結婚させて俺の片腕としたいのだ」

「乗った!」

忠釈(ただとき)、そなたは嫡男。

 何を勝手な事言い出すのですか!?」

島津七郎太郎忠釈、幼名「釈瑠々(シャルル)丸」、豊久の長男である。

「俺いの容貌は母上に似て、どうにも平たい顔族の薩摩隼人らしからぬ」

(いや、父の豊久そっくりだから!)

「どうせなら、義伯父上と共に新天地で戦いたか!」

「よく言った! それでこそトヨヒサの息子じゃ!

 時に、示現流の腕前は?」

「先日免許皆伝となりもした」

「素晴らしい! おい、シャルロット、嫌と言ってもこいつを貰っていくぞ!!」


紆余曲折の果て、次男の七郎二郎忠偉(ただひで)(幼名、琉偉(ルイ)丸が豊久の後を継ぐ。

豊久とシャルロットの間には五男三女(男児一人、女児一人早逝)あり、次男の方が「父より祖父の家久公に似て、思慮深く穏やかな人となり(薩摩基準)」なので、長男逐電が許されたのだった。


やがて忠釈はシャルルに名を改め、○〇王シャルル2世となる。

(〇〇はネタバレになるので現時点では秘匿)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんだか欧州がチェストされていく・・・
[一言] アリスゲーム始まってる でもゾイ銀燈様は油断しすぎですよね だってイヴァン4世と言えば、僕でも知ってるやべー奴ですよ・・・
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