菱刈の合戦
教皇シクストゥス4世は、多くの者を前に様々な指示を出していた。
通りかかったロドリーゴ・ボルジャ枢機卿は
(また何か余計な事を思いついたのだろうか?)
と不安に思う。
だが内容は
「ユリウス暦では微妙に狂いが出ている。
これは新しい暦法にせんといかんな」
という真面目な話であった。
「文献に金を惜しむなよ。
欲しい本があればすぐに取り揃えよう。
図書館に本がいくら有っても困る事は無いからな」
枢機卿は思う。
(この人、学問推奨と文化事業にだけ専念したら、歴史に名を残す大教皇になれるのに……)
モスクワ大公国軍は、東ローマ帝国軍の伝令を討ち、命令書を奪う。
だがその書状は、より一層理解不能なものだった。
「◆」
とあるだけだった。
むしろ、書状を包んでいた紙に書いてある「とよ」と花押の方が長い。
水俣城には多数の鳩が飛び入っている。
(古代ローマの伝書鳩技術を薩摩が習得した)
おそらく攻撃が近い。
だが、何時、何処になるのか?
菱形の絵図だけでは何も分からない。
イヴァン3世は、薩摩軍が何処に集結しようとしているか、偵察部隊を派遣する。
ダルマチアから島津豊久・樺山久高の軍一万が動いている。
スパルタからも島津忠清が六千の兵を率いて出陣、ブルガリアの島津忠仍軍一万二千と合流する。
菱刈から霧島にかけて展開する薩摩軍は約三万。
水俣城籠城の兵力は五千程。
合計で五万八千。
これに対しモスクワ大公国軍は、20万と号していたが、戦場到着までに三年もかかった事もあって、実数は12万程。
倍の兵力である。
他にオデッサでイヴァン皇子を守る2万と、ノヴゴルド占領地警備(という名の強盗団)2万が居る。
いまだ到着してない遅刻(略奪しながら来ている)部隊もいる。
それらを除いても尚、モスクワ軍は大軍であった。
故に外部に展開している島津家の軍は、何処かで集結し、一団となって攻撃して来る、イヴァン3世はそのように読んでいた。
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払暁。
「おミケ様をこれへ」
足軽が、高価な籠に入って寝ていた猫を無理やり起こし、引っ掻かれる。
その樺山久高はその瞳孔を見て、
「まだ円ごわす。
もう少し待ちもんそ」
と豊久に伝えた。
島津家では猫を使って攻撃時期を同調させていたのだった。
あの菱形は猫の目の形。
「|」ならば九ツ時(正午)、「()」ならば四ツ(10時)か八ツ(14時)頃。
白抜きか黒塗りかで昼夜を分けていた。
なお、猫に「様」付けしているのは、これが島津義弘の飼い猫だったからだ。
空が白み始める。
「おミケ様の目は?」
「菱になりもした」
「中務少様!」
「良か! 種子島を撃ちかけよ!!」
薩摩全軍、一斉に動いた。
猫の目時計は光量でズレが生じるが、同時攻撃さえ出来たら多少の時刻のズレは問題にならない。
方面軍はこれでほぼ同時に動く為、方面軍隷下各部隊に攻撃を知らせる為、鉄砲の爆音が使われた。
(お猫様は何百匹もいる訳ではないので)
かくしてモスクワ大公国軍は、全戦線で薩摩軍の同時総攻撃を受けた。
モスクワ大公国軍の計算違いは、少数が多数を複数方向から同時攻撃して来ると読めなかった事だ。
少数が多数に勝つには、多数の方を分散させ、少数の側は一丸となって攻撃する事だ。
まさか少数の側が分散したまま攻撃を仕掛けて来るとは……。
それに、当時時計というのは、存在したがズレが酷かった。
霧島側にいる新納勢と、ワラキア側に布陣する豊久勢では距離が有り過ぎる。
同時攻撃には時計合わせが必要だが、その時計は役立たず。
広域同時攻撃等は想像出来なかった。
大体、遅刻するのが当たり前のルース人たちに、連絡もすぐに出来ないような軍が、同時に動くというのは想像の外であった(彼等にとっての常識の斜め上と言える)。
モスクワ大公国の大軍は、豊久の練った広域釣り野伏りに嵌まってしまったのだ。
モスクワ大公国の計算違いはまだある。
彼等は予想していなかった方角からも攻められる。
皇帝家久が帝国艦隊を出動させ、黒海に進出、そのままモスクワ軍の隙をつく沿岸部に上陸し、奇襲をかけて来た。
昼間に船が動くなら察知も出来たが、夜間に移動し部隊を上陸、万全の態勢で払暁に攻撃とか、ある意味狂っている(船の夜間航行は危険極まりないし、当時の着上陸は地理が分からないと、敵から離れた場所に行きかねない)。
「おはんらが三年も待たせたせいで、暗礁も浅瀬も岩場もどこもかしこも熟知したわい!」
薩摩軍からしたらそんなとこである。
とっくの昔に、どこで戦うかなんか決まっていた。
その上、先のコンスタンティノス12世への譲位に感謝したビザンツ廷臣たちも傭兵たちと共に戦争に参加して来た。
黒海は東ローマ軍の大量の船舶で埋め尽くされる。
「撤退! 逃げろ!!」
モスクワ軍は南の薩摩軍本隊、東の黒海沿岸に東ローマ艦隊と上陸部隊、南西からスパルタ島津軍、西からブルガリア人を指揮する忠仍軍、北西から豊久軍、そして内部に水俣城兵、これらから一斉攻撃を食らい、混乱の中、空いている北に逃げ出す。
慌てて逃げ出し、味方の馬車や後方部隊と行き会い、混雑してしまう。
「おい、邪魔だ!」
「何が起きたんだ?」
「そこをどけ!」
「前進命令だろ?」
「一体どうなってんだ!」
「誰か説明しろ」
「馬車が倒れた、誰かそれをどけろ!
道が塞がってしまった!」
「敵が追って来るぞ」
「誰か、手伝ってくれ!」
「手伝ってやろうか?
ただし……真っ二つじゃど」
ルース語では無い言葉が割り込む。
そして荷馬車とそれを片付けようとした兵士が粉砕される。
「鬼……鬼島津!!」
「ノヴゴルドの戦場で見たぞ!
奴が来たのか!!」
「いやいや、おはんらは運が良か。
今日は特別でな。
もう一人来ている」
「ふん……この帝王ヴラドに敗北を味わわせた借り、返させて貰うぞ!」
「ヴラド串刺公!!
なんで奴が居るんだ?
ワラキアはサツマニアと戦争していたのでは無かったのか!!」
じゃれ合いで殺し合う義弘とヴラドの関係は、ルースの領主階層には理解不能だった。
「やりたいようにやったところで、無駄だったようだな、どっちみち……」
ミフネア公子の部隊が、鬼島津と串刺公に蹂躙されるモスクワ軍を遠目に見る。
彼には彼の持ち場が有るので、優雅に物見遊山ともいかない。
担当のモスクワ軍を攻撃する。
「モスクワ軍はもう……どこへも向かうことはない。
特にモスクワ軍が『故郷』に到達することは決して……。
『主の御前に召される』という真実にさえ、到達することは決して……」
後にミフネア悪公と呼ばれる男の攻撃は、父親に劣らず残酷だった……。
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別の戦線でもモスクワ兵は殺戮されつつある。
人が甲冑を着たまま燃え上がる。
「こ……これがギリシャ火なのか?」
「今のはギリシャ火ではない……。
単なる模造品だ」
火炎直撃砲を放ちながら皇帝家久が敵を見下す。
生きながら人を燃やす火炎から逃げても、モスクワ軍よりも新型の鉄砲に狙われる。
「知らなかったのか……?
島津家当主からは逃げられない……」
家久は眼前の敵を、一人残らず焼き殺していく。
薩摩本隊からは、「鬼武蔵」の後継者・新納忠清が猛威を振るう。
「俺いに会った事は大災に遭ったのと同じだと思え!
何も難しく考える事は無か!」
この二十歳にまだ成らぬ武士が、モスクワ兵の首を刎ね、暴れ狂う。
「おはんらがこれから行くのは地獄だ!
目障りなモスクワ兵ども、今宵皆殺しにしてやろう!!」
鬼の後継者はやはり鬼であった。
東方からは島津忠仍がブルガリア傭兵や日向者を率いて突撃して来る。
「進め、進め!
勝利の女神とやらは、おはんらに赤い腰巻をちらつかせておっぞ!!」
下品な言葉で日向武士を鼓舞する。
「蜜柑の恨み、晴らさでおくべきか~!!」
「儂の柚子を食べた罪に溺れしモスクワ兵!
一遍死んでみる~?」
「ルース人、我が檸檬、既に食うなり。
食うなれば故に無。
ルースの外道……、地獄に落ちろーーーー!!!!」
思い思いに(食い物の)恨みを叫びながら日向兵も突撃する。
イヴァン3世の直属部隊も、また悪夢の中に居た。
川上忠兄ら川上党が目の前に現れたのだ。
「久しぶりだね、モスクワの諸君。
また会えて光栄の至り。
折角だが諸君には死んで貰うよ。
ところで、一つ聞いておきたか。
おはんの葬式は何宗で出せば良かかね?
イヴァン陛下?」
イヴァン3世は怒りを覚えたが、かつてたった五騎に蹂躙された記憶が甦る。
その五騎で突撃して来た男が、今度は数百の兵士を従えている。
イヴァン3世の直属部隊は、屈辱に歯噛みしながら逃げる。
だが、逃げる先逃げる先で、まるで瞬間移送でもされたかのように伏兵が現れて襲撃を掛けて来る。
別に瞬間移動した訳ではなく、釣り野伏を得意とする島津家長老たちが、脱出経路を経験から想定して兵を置いているだけなのだが。
数千騎が数百騎になるまで、散り散りにされた。
どれだけ死んだか、どれだけ生き残っているか分からない。
だがイヴァン3世に休息の時間は無かった。
闇夜に光が見えた。
日本刀の反射光である。
黒い鎧を着て、黒い母衣がマントのように靡く。
放たれる薩摩色の覇気。
倒しに向かった騎士が一刀で真っ二つにされる。
別の騎士は覇気に当てられ、身動き出来なくなり膝をつく。
「トーゴー卿……」
かつて技を伝えたブルゴーニュ公国(現フランドル王国)とポルトガル王国から「卿」の称号を貰った伝説の剣士・東郷重位。
イヴァン3世とその側近たちには、最悪の脅威が降臨してしまった。
「陛下を逃がせ!
陛下、馬に乗られよ!」
直属部隊の兵士は斬り殺され、弾き飛ばされながら、イヴァン3世だけを逃がそうと戦い続ける。
オデッサまで逃げれば、皇子を守護する無傷の2万の兵士と、薩摩に比べれば古臭い石火矢のようなものだが、火器の支援が受けられる。
何より城に篭もれる。
だが、モスクワ兵の願いは叶わなかった。
ここに竹崎弥五郎という肥後武士が居る。
父親が活躍して領土を大量に貰ったが、兄弟が多く、庶流の彼の相続地は少なかった。
その上、上の兄が薔薇戦争に参戦、更にブルゴーニュ戦争でも手柄を立て、フランドルに封土を与えられ、シャルル突進公の親衛隊に入ったと聞き、彼も手柄に飢えていた。
そこで今回の合戦において水俣城に入り、先陣での手柄を求めたが、思うように戦果が挙げられない。
そして今日の総攻撃。
彼は考えた。
「そうだ、抜け駆けしよう!」
彼は従兄弟と郎党の僅か五人で、担当区域から抜け出し、モスクワ軍を追撃した。
余りに深く追撃し過ぎた為、モスクワ軍の真っ只中に入り込み、反撃を受けて従兄弟は深傷を負ってしまった。
己の不甲斐なさを嘆きながら、敵陣を突破して逃げ出したが、何せ担当区域外であり、北に逃げたのやら南に逃げたのやら分からない状態であった。
負傷した従兄弟の為に水を汲みに、郎党一人と出た竹崎弥五郎は、泉に向かって走って来る大将らしき騎馬を見る。
二人は急ぎ木陰に隠れる。
その将と取り巻きは、泉を見て下馬し、水を飲み始めた。
(南無八幡大菩薩……)
竹崎は祈りながら、矢を番える。
こういう時、火縄の臭いで気づかれる鉄砲で無いのが良かったようだ。
物陰から矢を放つ。
矢は一番偉そうな者の目を貫いた。
つぁーり、つぁーりと叫ぶ声が聞こえる。
竹崎は己を励まし、大声で喚きながら矢を放ち続け、二人を射抜き、肉薄された際は刀を抜いて応戦した。
郎党は菊池槍を振り回す。
やがて竹崎の声を聞いた従兄弟と郎党が駆けつけ、彼等も矢を放つ。
林の中の合戦となったが、その音を聞きつけた騎士が此方に向かって来るのが見え
(最早これまでか)
と覚悟する。
だがそれは、ワラキア軍の軽騎兵だった。
彼等はモスクワ軍を蹴散らすと、竹崎たちにも襲い掛かり、竹崎等が防戦している間にイヴァン3世の遺骸に気づくとそのまま持ち去ってしまった。
「この悪党がーーー!!
儂の手柄、返せーーー!!」
竹崎の悲痛な声が、戦い終えた戦場に木霊した。
おまけ:
水俣城に帰還した竹崎弥五郎は
「絵師を呼んでくれ!」
と、生還を喜ぶ同僚には目もくれずに叫ぶ。
余りの喚きように、事情を聞いた相良長誠は、帝都人質時代に知り合ったビザンツ貴族を介し、画家に依頼を出させた。
ミラノ公国。
「レオナルド・ダ・ヴィンチさん、東ローマ帝国から絵画の依頼が来てますよ」
「え?
ええ〜〜?
芸術不毛地帯のビザンツから!?」
「はい。
なんでも『おろしあ襲来絵詞』を描いて欲しいと」
「え〜…………。
私、これでもかなり忙しいんだけど」
だが結局、後にウフィツィ美術館に飾られる名画「皇帝を射るサツマン人」として完成する。




