侵攻、モスクワ大公国軍
東郷重位は、かつての上司の子・薬丸兼利に呼び出された。
「こいが倅、新蔵ごわす」
「薬丸新蔵兼陳にございもす」
「東郷どん、こん新蔵をおはんの弟子にしてくいやい」
「お願いしもす」
「……薬丸様」
「様はよせやい。
もうおはんは和泉守、坊郷地頭職、四百石取り。
卑下はせんが、俺いは五十七石取り。
様呼ばわりされっと、むず痒か」
「じゃっどん、御父上には世話にないもしたで」
「まあ良か。
そいで、何か聞きたかこつ有っとか?」
「は……。
薬丸家は代々野太刀の御家。
剣術の示現流に弟子入りは如何なものかと」
「それよ。
野太刀の薬丸流を更に飛躍させるには、剣術とも合わせて学ぶに如かず。
薬丸流が遅れを取らん為にも、どうか頼まれてくれんだろか?」
「左様ごわすか。
そいでは不肖者なれど、俺いが面倒見させていただきもす」
こうして薬丸兼利は子・薬丸兼陳を東郷重位に弟子入りさせ、野太刀自顕流を更に発展させた。
薩摩における子の鍛え方である。
モスクワ大公国は薩摩国、更には日本の戦国大名と似た国家体制である。
領主は日本で言う武士団と似ている。
彼等によって担がれているのがモスクワ大公である。
同様の国が多数あり、また一族を分国化させるというのも似ている。
そして分国を統合し、同様の国を吸収し、独裁体制を強化していく過程を辿る。
ルース地域の領主は、西欧の騎士程に教養がある訳ではない。
女性は表舞台に出る事なく、戦いになると略奪だけでなく、放火も殺戮も大好きなのだ。
彼等はこの気質を
「韃靼人の悪い影響」
と他人のせいにしている。
日本との大きな違いがそれで、彼等から年貢を取り立てに来る巨大国家があり、言う事を聞かないと放火も略奪も殺戮もされてしまう。
この「韃靼の軛」を完全に打ち破り、逆に侵攻をかけるくらいに国を強化したイヴァン3世は、如何に大貴族を殺そうが、農民に重税を課そうが、過酷な法で農奴階級を量産しようが、英雄なのだ。
そんなイヴァン3世の支持階級、領主団に美味しい情報が入る。
モスクワ大公国の次の目標は、シルクロード最西端かつハンザ同盟の東に位置する経済国家ノヴゴルド公国である。
このノヴゴルドが羽振り良い。
大量の黄金を商っている。
東ローマ帝国が魚油やら食料やら、大量に買い付けているという。
黒海に出現したサツマニアという国、そこに金銀が無尽蔵で採れる鉱山が在るという。
最近、カルマル同盟のドロテア女王が知った情報が洩れ聞こえる。
そこにはこれまで欧州を支えて来たチロルの銀鉱は問題にならない大量の銀が、あと数百年掘っても掘り尽くせない量在る。
しかも銀ではなく、主力は金だという。
サツマンはそこに鉱山奴隷を大量に注ぎ込み、地下を掘り進んでいる。
時に熱水が噴出し、時に地熱で大量死を出すが、鉱石の純度が高い為損害を上回る利益が得られる。
これまではヨシフ・シマンシュ王が機密を守り、皇帝イェヒ2世が流通量を調整する事で、この鉱山については朧気にしか分からなかった。
だが先年ヨシフ王が死に、オーガ・シマンシュが敗れた事で再軍備を焦る東ローマ帝国は見境なく金銀を使って戦力増強や兵糧備蓄をしている。
これによって謎の鉱山ヒシカリの秘密が漏れた。
ドロテア女王は、このヒシカリを見つけ、開発したブランデンブルク公ヨハンの娘であり、父娘間の手紙から情報が漏れたという。
ヨシフ王が差し止めていた手紙が、その死によって漏れ出たというのだ。
この報が伝わった事で、東ローマ帝国というかサツマニアと敵対しているセルビア、アルバニアが侵入を開始したという。
流石にサツマニア軍は強く、セルビア軍、アルバニア軍は国境から先に進めない。
出兵の成果をとりあえず繕う為、騎士の試合で勝敗を決め、それで兵を退いているという。
しかしブルガリアで農民一揆が起こり、それに乗じてワラキア公国が侵攻。
ブルガリア内でサツマニア軍とワラキア軍が何度も衝突し、双方三千程の被害を出して後退、現在も小競り合いを繰り返しながら対陣中だと言う。
ワラキアの援軍にハンガリーが駆け付け、サツマニアは彼等の背後をポーランドに襲わせるべく金銀を贈っている。
モスクワ大公国の領主たちは、ワラキアやハンガリーに奪われる前に、ポーランドに金銀を何度も贈られる前に、宝の山・ヒシカリを奪おうと焦り始めた。
「貴方たち、お馬鹿ぁ?
そんなの罠に決まっているじゃないの」
ゾイ・パレオロギア皇后は、今頃漏れて来たという情報に対し、バッサリとそう断じた。
サツマニアが神聖ローマ帝国のフッガー銀行、フィレンツェ共和国のメディチ銀行、ヴェネツィア共和国、ジェノヴァ共和国と組んでヨーロッパの経済を牛耳っているのは、もう大分前からローマでは常識だった。
推測だが、菱刈には凄まじい金銀が埋蔵されていて、皇帝家久は己だけではなく、ユリのフッガー家ヤコポ、野呂鹿のフッガー家ルーカス、そしてロレンツォ・デ・メディチ等と協議して金銀の量を調整している。
焦って金銀を使いまくり、物価を壊すような真似はしないし、出来ないような仕組みにしている。
好況なのがノヴゴルドだけなのは、明らかに狙い打ちして情報を漏らしているのだろう。
「では、ワラキア他隣国が相次いで攻め込んでいるのはどう説明するのか?
数千人の死傷者が出ている等、罠の馴れ合いの戦にしては本気過ぎないか?」
これはゾイ・パレオロギアも説明出来ない。
馴れ合いの戦争をして、おびき出そうとしているように思う。
しかし、それにしては損害が大きい。
本気で殺し合っている。
この辺、女性のゾイには狂気を弄ぶ鬼やら外道やらを理解出来ていない。
まあ、分かるのであれば、その人もまた狂気世界の住人であるという事だ。
更にノヴゴルドには未知の香辛料が出回り始めた。
この山椒は、魚介の臭み取りに丁度良く、同量の金と同じ利益が出る。
更に正教会の儀式に、サツマニア産の錫製聖器がモスクワにまで出回り始めた。
領主たちは欲に火が点いた。
彼等は皇帝にサツマニア侵攻を働きかける。
占領は無理でも、採掘された金銀や、貴金属と同じ価値がある香辛料、優れた錫の工芸品を略奪するだけでも良い。
イヴァン3世は自国内で戦うならともかく、遠征となると流石に躊躇した。
色々頭から記憶が飛んでる領主団と違い、特攻を受けた彼は先の会戦を思い出す。
少数でも突っ込んで来る狂気の兵士たちの母国、そこに行くとなると二の足を踏む。
しかし、既に近隣諸国が何度も攻め込んでいると聞き、血が騒いだ。
結局、領主団に焚き付けられた形で、モスクワ大公国とその属国たちは20万と号する兵力を動員した。
イヴァンは豪語する
「兵士など、地面から湧いて来るのだ!」
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こうしてモスクワ大公国は、島津家久・豊久の戦略構想に嵌まり、釣り出された。
しかし、彼等の思惑通り一年で決着とはならなかった。
モスクワ大公国が強く、薩摩ですら苦戦したのか?
否、そんなまともな理由ではない。
モスクワ大公国軍が予定通りに侵攻して来ないのだ。
ルース人は遅刻常習犯である。
それも一刻、二刻というレベルではない。
年単位で遅刻する事もザラなのだ。
豊久たちが作戦を練り上げたのは、島津義弘が敗れた1478年12月末である。
1479年は早い内から情報戦を仕掛けた。
それに釣られて兵の動員命令が出たのが8月である。
……そして動員完了までに半年かかった。
出撃の命令が出たのが1480年2月。
だが2月は冬だから動かず、3月はゾイ皇后が皇子出産の為、連日宴会で酒を飲んで動かず、4月になると農奴の作業監視で動かず、実際に出動したのは6月であった。
1480年7月、ノヴゴルド領に侵攻し傭兵部隊と交戦、そこで略奪の後、冬営する。
この間、モスクワからまた皇子出産の報が入り、連日酒が飲めるぞと宴会。
春になったら……一旦麦を植えに帰還してしまった。
そして1481年6月にノヴゴルドに再侵攻し、略奪をする。
10月、また皇子出産の報が入り、宴会に突入。
流石に飲み過ぎと思ったイヴァン3世は、この年は農作業の監督帰国を禁止、冬営明けには侵攻命令。
ワラキアを突破して薩摩半島の付け根付近まで侵攻して来た時には、既に1482年5月になっていた。
ところが、ここに来てイヴァン皇子の古傷から来る病気が再発。
彼は2万程の兵を連れてオデッサまで引き上げた。
そして、またモスクワ軍の足が止まる。
「あいつらは刻限守るチ事知らんのか!!!!!」
皇帝家久は、度々停止するモスクワ軍の情報に焦れる。
薩摩は対照的に、戦と聞いたらその日の内に既に侵攻を始める。
準備とかさて置き、鎧櫃を担いで、走りながら月代を剃り、敵地で食糧を調達する。
そのような気の短い人間から見れば、モスクワ軍のだらしなさは我慢し難い。
作戦立案者の豊久ですら、いや元々家久より豊久の方が気が短い事もあり
「あん愚図どもが来んのを待っちゃおれん!
どれ、こっちからそっ首貰い受けに行っちゃるで、覚悟せい!」
と出撃を命じかけ、従兄弟の樺山久高に必死で止められたくらいである。
だが、三年半も待たされた島津家は、世代交代と訓練が完了していた。
島津義弘から引き抜いた歴戦の家老たちを師範とし、後を継いだ島津久信、新納忠清等もすっかり一端の武将に成長した。
スパルタ島津家も、新規のスパルタ衆が義弘の五男・忠清を主君として再建された。
皇帝家久は、余りにも敵が来ない為、1481年には十二歳になった娘と、先代ビザンツ皇帝コンスタンティノス11世の子・ヨハネスを結婚させ、ヨハネスを共同統治者・副帝に立てた。
そして今年(1482年7月)、家久に嫡男誕生。
虎寿丸と名付けられた子を、ヨハネスの猶子(相続権の無い養子)にする。
ヨハネスは正帝となり、コンスタンティノス12世ヨハネスと名乗る。
このコンスタンティノス12世の皇太子として虎寿丸が立てられた。
家久は副帝に退き、サツマニア大公を名乗る。
実質的な支配者である事に変わりはないが、彼はビザンツ廷臣との約束を守り、先帝の子を帝位に就けた。
それを見届けた上皇コンスタンティノス11世は、77歳の生涯を終える。
どんな形であれ、パレオロゴス家は残る事になった。
安心しての大往生である。
成人したコンスタンティノス12世も政治というものを理解出来るようになった。
彼は虎寿丸が成長したら副帝、そして正帝にし、自身の子をその猶子とする。
こうしてサツマニア大公島津家とビサンツ大公パレオロゴス家が交代で帝位(正帝・副帝)に就き、時に相手の後見人(上皇)となり、迭立しながら存続を目指す。
その礎を築いたコンスタンティノス11世の喪を発し、モスクワ大公国にも喪中の停戦を呼び掛ける。
しかし彼等は逆に侵攻を再開した。
(そういう国なんだな)
家久は納得し、皆殺しにするスイッチを入れる。
知っての通り、家久は「やって良い」と決めると、他の島津の誰よりも残忍になる。
元々打ち破る事に躊躇は無かったが、その上「根切りにしてしまおう」という部分まで枷が外れた。
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1482年8月2日、モスクワ大公国軍は水俣城を包囲する。
やっと戦争が始まった。
水俣城には相良長誠が肥後衆と共に入っていた。
まずモスクワ軍は、少数での強さは薩摩人以上とも言われる肥後衆を相手にする。
彼等は極めて意地っ張りである。
ブルゴーニュ戦争に参加した国抜け肥後衆の武勇が聞こえて来て、
「そんくらい我等とて出来ったい!」
と変に発奮している。
モスクワ大公国軍が着陣したその晩、早速決死隊が編制され、突撃を行った。
被害は然程では無かったものの、モスクワ軍は高い戦意を警戒し、城から離れたとこに野戦陣地を作ってそこに籠った。
一方で、別動隊が水俣城を通り抜け、菱刈に向かう。
また別の部隊はブルガリアに入り、食料調達を行う。
この時、日向衆の農園を略奪してしまった。
意固地で人付き合いの下手な肥後者と違い、日向の者は地元と上手く協調し、順調に農場経営をしていた。
それを荒らされた為、鎮西武士の魂に火が点いてしまう。
「柚子の仇を討つ!」
「蜜柑の恨み、晴らさでおくべきか!」
「檸檬を喰った毛唐奴! 代金として命貰い受けっと!」
「カボスを返せ! 返せぬなら、魂置いてけ!」
見掛け倒しと評される日向侍だったが、どうやら彼等を激怒させる逆鱗に触ってしまったようだ(食い物の恨みは恐ろしいものだ)。
豊久の弟・島津忠仍は怒れる日向者を指揮し、ブルガリアの地で邀撃戦を繰り広げる。
そして菱刈から霧島に繋がる防衛線に達したモスクワ兵は、島津久信、島津久元、新納忠清等の防戦に身動きが取れなくなった。
コンスタンティノープルをずっと見て来た皇帝家久は、防御の大事さを理解し、鉄砲と防壁による徹底的な遠距離戦をさせた。
白兵戦好きな薩摩武士は本来そんな命令に従わないが、家久はじっくりと説いて、抜け駆け無きよう傘下兵士を意思統一させる。
その時を信じて、薩摩武士は家久の命令を墨守する。
この辺が、自分の判断に重きを置く肥後者と、纏まる時は鉄の結束となる薩摩者の違いと言えるだろう。
このまま大きな戦闘が無いまま一月が経過。
やがて、その日を迎える。
おまけ:
ワラキア・東ローマ国境にて。
「倅、ミフネアよ。
あそこにサツマンの守備部隊がいる。
お前の力を俺に見せてみろ」
「ふぅ……、そういうの嫌いなんですけどねえ。
良民をいじめるような事は」
「ふん、貴様が裏でブルガリアの農民一揆を扇動していたくらい父は知っている。
この悪党奴が。
俺は貴様の後方支援能力ではなく、戦闘能力を見たい。
いいから行って殺して来い」
「やれやれ。
すみませんが、そこの兵隊さんたち、黙って負けて逃げてくれませんか?」
「なんじゃち?
おはん、俺いを馬鹿にすっとか!
始末してくれっど!!」
「……貴方……『覚悟して来てる人』……ですよね?
人を『始末』しようとするって事は逆に『始末』されるかもしれないという危険を、
常に『覚悟して来ている人』って訳ですよね?」
「やかましか! こん糞二歳が!
ぶっ殺す!!!」
「そんなの無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!
このミフネアには『夢』がある!
僕は、ワラキア公になる!!」
モスクワ大公国を釣り出す為の、ワラキアと薩摩の偽戦争での一幕である。
(この小競り合いで双方、死者数百人)
そしてワラキアにおける子の鍛え方であった。




