敗戦処理
「教皇猊下、フィレンツェより手紙が来ています」
「あ~ん?
ロレンツォの小僧が泣きを入れて来たか?
ボルジャ枢機卿、代わりに読んでくれ」
「はっ……。
えー、教皇シクストゥス4世、貴方を主イエス・キリストの名において破門する。
ロレンツォ・デ・メディチ及びフィレンツェ市民一同」
「はあああああ?????
なんで教皇のこの儂が破門されてんの????」
(※史実です)
「島津義弘敗れる」
この報にヨーロッパ諸国は震撼した。
十字軍も大敗したと言う。
だが、内容をよくよく見てみると、11万のモスクワ大公国軍に一万二千で戦いを挑み、九割の戦死と引き換えにモスクワ大公国軍も2万人以上の死傷と、やっぱりおかしい。
しかも場所はモスクワ大公国の懐とも言えるヴァルダイ丘陵で、彼等が最も得意な冬季の森林戦で9倍以上の兵力を投入しての結果である。
さらに
「サツマンたった五騎でモスクワ大公国軍200人を討ち取って撤退させる」とか
「吹雪の中、全裸突撃で3千を虐殺した」とか
「勝った筈のモスクワ大公国軍皇子が重傷を負った」とか
なんかどうにも負けた感じがしない。
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皇帝家久は、奥の院に三日程篭った後、島津豊久を帝都に呼び出した。
彼の布石は徹底的に狂ってしまった。
当初、ダルマチアに豊久、モロッコに忠仍、ナポリとシチリアに忠隣と薩州家、本国遊撃役に忠長ら宮之城家と考えていた。
義弘が計算に入っていないのは、彼が高齢だからだ。
歳久も七十歳を超えている。
まず、島津忠長嫡男の忠倍が任地の北アフリカで風土病に罹り、親より先に死んでしまった。
豊久が一旦忠長たちを本国で休ませろと進言したのはこれも理由の一つである。
その宮之城家当主、歴戦の家老島津忠長は、島津義久の葬儀で本国に戻った後に倒れ、療養していたが先日死亡してしまった。
享年六十歳。
先代家久から皇帝家久の事を頼まれていた宿将だったが、当時としては十分な長生きをして大往生を遂げた。
宮之城家は次男の島津久元が継いだ。
年齢は三十歳。
続いて、同じく家老の「鬼武蔵」こと新納忠元も死亡した。
享年八十五歳。
皇帝家久は何度も見舞いに行き、快復を願ったが、年には勝てなかった。
新納家は嫡男も嫡孫も忠元より先に死んでいた為、忠元次男(彼も死亡)の子である忠清が十六歳で家督を継いだ。
こちらは年若く、鬼武蔵と同じ働きはまだ期待出来ない。
先代当主義久の側近として、薩摩国を守っていた島津以久も先年六十歳で死亡した。
ここの家も嫡男が早世、嫡孫の久信が二十六歳で家督を継いでいる。
先代家久の義兄である樺山忠助も既に死亡している。
このように島津家親世代が一斉に死亡し、急速に世代交代している中で、実父の義弘(七十六歳)が勝手に戦端を開き、多くの者を死なせてしまったのだ。
皇帝家久がブチ切れ、数日人知れず暴れ回らないと怒りが収まらなかったのも仕方ないだろう。
そして、義弘の軍が壊滅状態な以上、もしもモスクワ大公国が攻めて来た場合、迎撃の指揮を執れるのは自身、歳久、豊久の三人しか居ない。
歳久、忠隣父子と薩州家は、ローマ教皇庁の策謀でシチリア島に断続的に攻めて来るアラゴン王国との戦いで手一杯である。
家久と豊久なら、指揮能力は豊久の方が高い。
島津全軍の指揮を豊久に任せるべく、また計算が狂った島津家の戦力配置について相談しなければならなくなった。
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一方のモスクワ大公国は勝利に沸いていた。
世界から恐れられた鬼島津に勝ったのだ。
世界最強は我等モスクワ大公国だ!!
勝利のせいで彼等は目を背けている事がある。
鬼島津は、負けが確定してからの方が遥かに強かった。
自分たちの得意な戦場で、たった五騎に蹴散らされるとか、数百人の全裸の軍に10倍の兵が虐殺されるとか、普通じゃ無い事が起きていたのだが、勝利の美酒の前には忘れられてしまった。
「お帰りなさぁい……。
待ちくたびれちゃったわよぉ……」
ゾイ・パレオロギアは、これまでの大公妃と違い、諸侯の前に出て挨拶する。
モスクワ大公国も薩摩同様、女性は公の場から隔離された生活を送る決まりであった。
ゾイはこの習慣に従わないだけでなく、外国使節の謁見に応じたりもする。
イヴァン3世という暴君でも、この「東ローマ皇帝」位を保証する女性には口出し出来なかった。
いや、むしろゾイに影響を受けるようにもなっていた。
「皇子ぃ……、苦しそうねぇ……。
信仰の力が足りないのかしらぁ?」
ゾイは負傷したイヴァン皇子に声をかける。
一見心配している風だが、その笑顔は実に冷たかった。
彼女の子、「東ローマ皇帝」の正統後継者が生まれた後は、この皇子は邪魔者になるのだ。
今はその素振りは見せない。
この点、皇帝家久に陰謀勝負を挑んで真っ二つに切り捨てられた兄より如才ない。
「それで陛下、一戦して終わりじゃないでしょうねぇ?
コンスタンティノープルを攻略し、皇帝を僭称する蛮人を倒さないとダメよぉ。
それを為して、モスクワは『第3のローマ』になるの。
陛下に戦争を吹っ掛けた第1のローマも、
蛮人が君臨する第2のローマも、もう邪魔なだけ。
両方とも灰塵にしちゃいましょうよぉ」
こう焚き付けた上で
「クスクスクス……。
いやぁねぇ……もちろん、今すぐなんて野暮な事は言わないわ……。
慌てないのぉ」
と昂ぶるイヴァン3世の気を鎮め、
「夜は眠りの時間よ。
良い夢見てね……」
寝所に誘う。
ゾイはイヴァンの扱いを完全に心得ていた。
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「瓦礫の山にする」と言われた第一のローマことローマ教皇庁だが、出来る訳無いと高を括っている。
ゾイの発言を聞いた訳ではないが、モスクワ大公国に十字軍を出した時点で恨まれるくらい承知している。
その十字軍が敗れた事も好ましい事。
「力の均衡」、それがキリスト教総本山ヴァチカンの世界戦略。
かつてのローマ帝国のような巨大な単独国家が有れば、その頂点を乗っ取れば良い。
だが、ローマ帝国ですら国土の巨大さを持て余し、東西、時には4国に分裂した。
現在の情勢では、各国の均衡を取るのが上策。
均等な各国の上位概念として、地上の皇帝、天上の教皇が意味を持つ。
皇帝は東西に存在するが、教皇は地上にただ一人!
それ故ローマ教皇には最大の価値がある。
話を元に戻すと、突出したサツマンの軍事力が削がれるのは寧ろ好ましい。
モスクワ大公国にしても、多少強くなったところで、あのへき地からローマを攻める力は無い。
恨みに思おうが、所詮は負け犬の遠吠え。
噛みつきに来るには距離が遠過ぎよう。
だがこれは俗人、常識人、凡人の発想。
蛮人をナメると恐ろしい結果を招く。
ルース・スラブもサツマンも常識の通じぬ怪物。
そしてシクズは、すぐ傍にいる彼の枠外の怪物にも脅かされる。
フィレンツェとローマ・シエナ・フェラーラ・アラゴン連合の戦いは、ローマ教皇軍優位に進んでいた。
かつてヴォルテッラ市の反乱時に、自衛目的で建設した要塞群が無ければ敗北していただろう。
ここまではシクズの猛攻を、ロレンツォ・デ・メディチの布石が防いでいる形になる。
だが、このままではジリ貧となる。
ナポリ島津、シチリア島津も難儀している。
アラゴン王国は過去の島津歳久との戦いの経験から、直接戦闘はしない。
彼等の苦手な海戦をゲリラ戦で仕掛けて来る。
つまり海賊活動。
そして、国籍旗を掲げないこの行動に、歳久も直接アラゴンを名指しで批判も出来ない。
その上でアラゴンは、シチリア島返還を求める交渉団を送って来ている。
かつて島津家はジェノヴァの依頼でシチリア島とナポリを奪い、報復軍も返り討ちにした。
その時の事を蒸し返し、あれは正統性のある戦争では無かったと言い出した。
当然歳久も
「アラゴンがこれまで、正統性を無視した領土獲得せんかったとは言わせんど。
シチリア島もナポリも本来、おはんらの土地ではあるまいが!」
と反論するも、彼等は婚姻による相続で得たからと譲らない。
時間稼ぎと島津をナポリから動かさないのが目的だから、長引く。
歳久も、義弘のような独断専行での開戦はしない男だから、仕方なく相手のペースに乗る。
その一方でシチリアは正規軍顔負けの海賊が襲い、教皇領にはアラゴンの援軍が堂々とナポリ沖を通って駆け付ける。
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「アラゴンを止めれば、教皇との戦いは形勢逆転するし、島津に恩も売れる」
そう考えたロレンツォ・デ・メディチは、思わぬ行動に出た。
なんと、自らアラゴン大使として、イスパニアに赴任してしまった。
彼はフィレンツェにおいて公式の地位にいない。
市政は議会が行っているし、銀行は頭取が他にいる。
事実上の意思決定者であるにも関わらず、彼は無職の無頼者と公的には大して変わらない。
その彼が、全権大使としてアラゴンに入る。
この時代の大使は、貴族的な教養が必須で、宮殿に出入りし、飲み食いし、狩猟し、遊んで知己を作る。
ルネサンス期、ハザードというサイコロ博打が流行っていた。
別名で「クラップス」とも「セブン・イレブン」とも言う。
ルールは、配当決めが面倒ではあるが、勝ち負けは割と簡単である。
胴元が投げる2つのサイコロの合計値が
・7または11の時はパスに賭けた者の勝ち
・2または3または12の時は、ドント・パスに賭けた者の勝ち
・それ以外の数字の場合、勝負は繰越となり、掛金は積み立てられる
このような決まりとなっている。
配当率があるから賭け方は難しいが、繰越が続いた後で勝てば、一気に大金を得る事が出来る。
逆に繰越が続く中で掛金を積み上げた結果、全てを失う事もある。
貴族たちの間で流行ったギャンブルであり、時に全財産を失って没落する者も出る遊びだった。
ロレンツォ・デ・メディチは、このゲームにおいて、様子見の最初以外負けない。
彼の前には大量のチップが積み上げられる。
有り得ないくらいの勝ちである。
最初は驚いていたアラゴンの王宮だったが、次第に不穏な空気になって来た。
既に貴族を数家破産させるだけの勝利をしている。
当然だが、この手の賭博は胴元が居て、出目を操っている。
勝ち過ぎを抑制しているのだ。
改良が重ねられてイカサマを防ぐようになるが、ルネサンス期はまだイカサマし放題である。
その熟練したイカサマ師を抱えておけるのは、上級貴族だけである。
その希少なイカサマ師たちの手練手管をすり抜け、ロレンツォは勝ちまくる。
「その辺で勘弁願えませんかね」
声をかけたのは、今年即位したばかりのフェルナンド2世であった。
彼の妻はカスティーリャ女王イサベル。
カスティーリャ・アラゴン連合王国の最高権力者登場である。
「いいですよ。
俺は金に興味が無い。
儲けた金は全部返します。
勝ち負けに執着し過ぎて、赴任国の機嫌を損なうなんて、外交官失格ですから」
「そう言ってくれると有難い。
代わりに、何か欲しいものをプレゼントしよう」
「俺は優雅な交渉は苦手なんで、欲しい物をそのままズバリ言います。
ナポリ、シチリア、ローマへの軍事行動を5年控えてくれませんかね」
「ほお?
君は金で平和を買おうって言うのかね?」
「安い買い物じゃないでしょ?
うちも、このアラゴンも、無駄な出費をして儲かるのは教皇だけだ。
独り勝ちする気満々の胴元の思惑にも気づかず、無駄に掛金を積み立てる愚はお互い避けましょうよ」
フェルディナンドは考える。
元々教皇と組んでフィレンツェを攻める事にしたのは父親のフアン2世である。
欲しいもの(異端審問許可)は得たし、義理(出兵とナポリの足止め)も果たした。
そろそろ出費の事を考えて、派兵を止めにしても良い。
だが……
「一個教えてくれ。
それを教えてくれないと、この交渉には応じない」
「何だい?」
「ハザードでの君の勝ちだよ。
どうしてあんなに勝てるんだ?
納得いかないんだよ」
ロレンツォはイカサマ師たちを見渡す。
彼等は悔しさもあり、目を逸らす。
「簡単な事だよ。
この勝負、賽の目に偶然は無い。
必ずあいつらの思う目が出ていた。
だから俺は、配当表も前回の出目も見ず、ただあいつらを見ていた」
「だが、それだけでは、何時パスさせるか、何時ドント・パスで取りに来るか分からない筈だ」
「国王陛下、彼等は誰を勝たせたいんだい?」
「それは雇い主だろう」
「そうです。
だから俺は、最初の内は負けながら、誰が誰を勝たせようとしているか観察に徹した。
それに、各自癖がある。
雇い主とのサインと言っても良いかな?
少なく賭ける時は、あえて負けさせる時がある。
だが大きく出る時は、負けはない。
だから、俺は勝ちに行くのではなく、負けを避けた。
そうすればね、3回に2回は繰越、1回は勝つ。
これを繰り返せば良い。
よくよく調べてみなよ。
俺は思う程勝ってはいない。
負けが無いだけだ」
周囲は静まり返る。
アラゴンに流れるロレンツォの理。
だが誰かが
「まあ、凄いけど、金が返って来るならどうでも良いや」
と呟き、サロンは元の空気に戻った。
(熱くなり易く、一方であっさり勝負を捨てる。
損する迄注ぎ込むが、そこに戦略は無い。
目先の金の動きだけに一喜一憂する。
この国の癖、大分掴めたぜ)
ロレンツォはアラゴン王国と交渉し、鉱山利権や金銀という「目先の莫大な利益」と引き換えに、アラゴンのイタリア進出5年間停止を勝ち取った。
おまけ:ワラキアにて
「十字軍が敗れたと言うではないか!
ヴラド公の所在も不明だし、我々貴族も国の為に公無き場合についても話し合おうではないか!」
十字軍が敗れた第一報、損害状態が不明な時期、反ヴラド派(神聖ローマ皇帝派)貴族が奪権に動き出した。
(目障りだな)
弟のヴラド僧公は、その動きを不快に思う。
庶弟ミルチャは、黙って議場から姿を消した。
その晩、ワラキア各地で火災が発生、多くの者が爆死した。
「亡くなられたのは、全て反公爵派の貴族や騎士とその奥方や娘ではないか」
「一体誰がこんな事をした?」
「僧公はずっと教会に居たから、無実だ。
では誰なんだろう?」
ヴラド僧公は影の薄い弟ミルチャに、周囲には聞こえないように話しかける。
「不心得者が天国に旅立ったのか?」
ミルチャはつまらなそうに返す。
「私は何も知りませんよ。
ですが私も兄上も、今夜も……くつろいで熟睡できそうです」
そう言って懐から女性の手を取り出し、頬擦りした。




