島津義弘敗れる
「お〜い、アマビヱど〜ん!」
「あっ、一反木綿だ!
お久しぶり〜」
「ないごておはん、こげなとこ泳いじょっとな?」
「いやぁ、薩摩国が変なとこに飛ばされて大変だったんだよぉ。
一反木綿は大隅国の妖怪だから大丈夫だよね?」
「???
何言うとっとぉ?
薩摩国なら変わらず在っど?」
「え?」
アマビヱは一反木綿に乗って飛んで帰った。
そこには変わりなく桜島があり、人々は殺し合っていた。
だが、島津の当主は義久ではなく忠昌、アマビヱが知る昔の人物であった。
そしてアマビヱは、不知火海に帰る前に、密かに島津忠昌に会う。
内乱を抑えられず、苦しむ忠昌はアマビヱの語る、遙か彼方の地で島津家が覇を競うという御伽話に心慰められる。
(なお暴れているのは、四兄弟の先祖・伊作島津家と鬼武蔵の先祖の新納家)
アマビヱが不知火海に去った後、忠昌は子孫に宛てて書状を認める。
『もしもの話ではあるが、疎かにする事勿かれ。
もし天正十四年という年が本当に来たならば、
その時の合戦一切を捨て置き、
一統すべからく薩摩国に集結させるべし。
尚、その時の戦の相手は百姓上がりの関白也。
島津家鎮西獲得迄豊前、筑前を残すのみ。
この条々揃いし時、必ず天変地異起きる也。
夢夢疑う事勿かれ。』
百数十年後、島津義久はこの置き文を読む。
(アマビヱ放浪記、終了)
ノヴゴルド十字軍は、長い征旅の末、1478年4月にリトアニアの首都ヴィリニュスと旧都トラカイに入った。
島津義弘はこの地で、息子の派遣した使者と会って、兄義久の死を知る。
坊主頭を震わして号泣するが、撤退要請(命令でなく要請なのは、父親なので遠慮している為)には
「今、救援を求めておる者を見捨てては帰れん。
そいにローマ教皇も俺いを認めておっで、何も成さずに帰るは名折れじゃで」
と拒絶する。
その他人に対する思いやりを、息子にも示してやれば良いものを……。
義弘はモスクワ大公に戦書を送り、決戦を申し込む。
そして夏を目指してノヴゴルドに向かった。
だが、遅れていたボヘミア王率いる軍が首都ノヴゴルドに到着し、準備が整ったのはもう7月の事だった。
雪解けによって未整備の道が泥濘と化し、春先の移動に手間がかかった。
義弘が要求し、皇帝家久が嫌々出した補給船団の方が、先にネヴァ河畔に到着していたくらいだ。
十字軍八万にノヴゴルド軍一万に対し、モスクワ大公国軍は12万の兵を繰り出した。
緒戦は十字軍が勝利する。
装甲馬車に軽騎兵の広域展開、薩摩兵の速射、スパルタ兵の中央突撃でアンドレイ・メンショイ率いるルース騎兵は撃退される。
だが、ルース騎兵は纏まって撤退せず、ノヴゴルド公国各地に散り、都市で略奪や破壊行為を繰り返す。
ノヴゴルド各地は荒らされたが、この辺少数での指揮が得意な義弘、的確な指示で個々に潰していく。
だが、これこそイヴァン3世の狙いである。
「時間稼ぎは成功した。
全軍、全速力で撤退せよ」
季節は9月から10月になろうとしていた。
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「オーガよ、俺は帰る」
ヴラド3世が真っ先に危険に気付いた。
敵が退いた後、追撃に入った十字軍だったが、行く先々の麦が全て穫り尽くされている事に気付いた。
これは以前、ヴラド3世が薩摩との戦いで使った焦土戦術。
更にこのルースの地は、ワラキアという文明地では比較対象にならないくらい、街道の整備が遅れている。
道が無い場合もあり、その場合、泥濘、湿地、手付かずの森林を進む。
湿地や泥濘で怪我等すれば、破傷風に罹って死亡する。
秋の湿地では大量の蚊が発生し、兵士を悩ませる。
略奪する物が無いから、進路がモスクワ行から、食料がまだ存在する南にどんどん逸れて行く。
島津義弘もヴラド3世の危惧が分かった。
彼は判断が早い。
「おはんの考えは正しい。
全軍撤退が良か。
兵糧が有る内に戻らねば危険じゃな」
「貴様の判断の速さに敬意を表し、一足先に撤退し集合地点を守備しておこう。
さあ、さっさと指示を出せ」
急ぎ伝令が飛び、カジミェシュ4世やマーチャーシュ1世、ノヴゴルドやリトアニア諸侯軍に撤退命令が出される。
ワラキア軍は一足先に集結地点に向かい、築城して待つ。
しかし、思った以上に撤退が遅い。
彼等が侵攻に拘っているからでは無い。
イヴァン3世は伝令を狙って攻撃し、十字軍をより奥地に引き摺り込もうとしていた。
問題は、斃して奪った敵伝令の命令書に何が書いているか、さっぱり分からない事だ。
島津義弘は戦場での情報管理を徹底している。
各軍に薩摩人の連絡将校を置き、彼等宛に薩摩弁を崩し字で書いた縦書の書状を送っている。
イヴァン3世どころか、肥後衆や日向衆ですら完璧には理解出来ないのだ。
しかも義弘は和歌の形式で命令書を書く。
彼の傍近くに仕えた者でないと、読み取れない。
(筆跡もヨーロッパ人では真似出来ないから偽造も困難)
暗号は完璧に近く、モスクワ大公国どころか欧州各国は数百年義弘暗号は解けなかった。
気分次第で則天文字まで使って来る義弘暗号は(国を圀と書いて来たりする)、教養人の歳久・家久で無い一般の薩摩人すら読めない時が有るのだから、欧州人の解読が進まないのも当然だろう。
だが、暗号は読めずとも、こうも頻繁に伝令が走っている事で何が起きているかは分かる。
撤退を命じているのだろう。
逃してはならない。
冬季攻勢には少し早いが、イヴァン3世は息子のイヴァン皇子、将軍アンドレイ・メンショイに命じ、十字軍への反撃に打って出た。
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何度も何度も出した伝令は、各軍に届いていた。
そして撤退準備をしていた所をモスクワ大公国軍が襲う。
十字軍各軍は、まだ兵糧を十分に持っていたのと、モスクワ軍が最強となる冬季にはまだ早過ぎた事もあり、モスクワ大公国軍に一定の被害を与えて、撤退に成功する。
だが、困難はここから始まる。
この地の民が昼と無く夜と無く襲い掛かって来るのだ。
イヴァン3世もまた暴君である。
税が重い上に法制が厳しく、農奴が増えていく。
この束縛を嫌った農民たちが南部に逃れた。
彼等はモスクワ大公国に抵抗し、やがて兵役と国境警備を引き受ける代わりに自由を勝ち取る事になる。
後に彼等は「自由民」と呼ばれる。
この時期はまだサツマン人を凌ぐ戦闘力を持っていない、ただの逃散農民の集団に過ぎないが、それでも撤退する諸軍を叩く送り狼としては十分凶暴だった。
モスクワ大公への忠義ではない、日本でもよくある落ち武者狩り、物資狙いの野盗化であった。
ハンガリー、ボヘミア、リトアニア、ポーランド、ノヴゴルドの諸軍は、2割から4割の損害を出し、物資は底を突き、ほぼ戦闘継続不能となって集結地点に辿り着いた。
「ヴラド殿、おはんは撤退する諸軍の先頭に立ち、退路を切り開きやんせ」
「オーガ、貴様はどうする?」
「俺いの采配でこうなった。
責を負って殿軍を務めっど」
「そうか。
止めはせぬ。
だが、俺は貴様に、俺以外に殺される権利を認めていないからな。
また戦う為に、生きて戻れ」
「承知した。
おはんをぶっ殺す為に何があろうと戻っでな」
(どうしてこの2人は、殺し合う事前提で友情を育むのだろう?)
東欧諸侯は常々疑問を抱いていた。
11月末、南から迫るアンドレイ・メンショイ軍3万、イヴァン皇子軍3万、イヴァン3世直属軍5万が、ノヴゴルドまでもう少しの地点ヴァルダイ丘陵で島津義弘軍一万二千に追いついた。
「攻撃!」
「掛かれぇい!」
薩摩・スパルタ軍は最も数が多いイヴァン3世直属軍に襲い掛かる。
「ウラー!」
「チェストー!」
蛮族と呼ばれた種族同士が激しくぶつかる。
モスクワ大公国軍は、白兵戦は得意な方だ。
欧州人に比べてすら体格が良く、力も強い。
それを力で押し返す薩摩隼人は、やはりどこかおかしい。
だが、季節はモスクワ大公国の味方をした。
この国の歴史ではよく有る話、攻められた時に限って冬将軍が例年より早くやって来た。
サツマンを支えるチェストエネルギーは、このロシアの地では急速に消耗される。
するとサツマンの顔色が赤から青に変わって危機を知らせる。
この顔色が真っ白になった時、サツマンは二度と立ち上がる力を失うのだ。
「薩摩国が恋しいだろうね、鬼島津!
でも、自業自得というものだ。
寒い思いをするがいい、鬼島津!」
次第に激しさを増して来た吹雪の中で、イヴァン3世は勝利を確信する。
さらにイヴァン3世は、モスクワ大公国軍必勝パターンに持ち込む。
兵を分散し、冬の森の中で戦い始めた。
森林と川を効果的に使うモスクワ大公国軍の戦いに、軽騎兵は展開能力を、装甲馬車は砲列を敷く空間を、長弓兵は視界を、槍兵は方陣を作る面積を、重騎兵は突撃能力を削がれる。
孤軍で戦えるのはスパルタ兵やサツマンたちだが、彼等は雪に弱い。
一人で百人を倒す彼等も、全く力を出せない。
それでも彼等は踏みとどまって殺し合いを続けるが、三千人程の傭兵隊は崩れ、敗走していた。
島津軍の防御線に大穴が開く。
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「殿!
こん戦は負けごわす。
疾くお逃げたもんせ」
家老の長寿院盛篤が進言する。
「俺いが殿軍じゃ。
おはんは兵児ン連れて退きやい」
あくまでも義弘は家臣を逃し、自らは最後尾で敵を迎え撃つつもりなのだ。
自身の生死度外視で。
それを聞いた長寿院盛篤は微笑む。
「俺いはまっこて、良か殿サンを持ちもした。
果報者ごわす。
では、こいにておさらばごわす」
そう言うと敵に向かって突撃。
「やあやあ、俺いが島津ン入道じゃ!
討ち取って手柄にせい!!」
普段は通じないロシア語と薩摩弁。
しかし
「Я(ヤー) Я(ヤー) мои(モイ) Симанш(シマンシュ) да(ダー)!」
→「私、私、私のシマンシュ、はい!」
と意味が通じてしまった。
騎士も兵士も長寿院を追う。
「長寿院!!」
「さあ、殿は此方じゃ。
殿が生き残れば、薩摩ン勝利じゃ!」
「チェスト!」
「何としても殿を薩摩に帰すど!」
「チェスト!」
負け戦確定となってから、かえって士気が上がって来た。
追って来るモスクワ大公国騎士部隊。
後醍院宗重と木脇祐秀が数騎を率いて戦列を離れる。
「惟新斎様、今までお世話ンなりもした。
惟新斎様は薩摩へお帰りあれ!」
そう挨拶を済ませ
「我こそは鬼島津なり!」
と野太刀を振り回しながら騎士たちの中に討ち入っていった。
モスクワ大公国軍前衛の旗が乱れ、大混戦になった事が見て取れる。
そんな前衛部隊を追い抜いて、更に別の大軍が現れた。
その中にはローマ皇帝を示す「双頭の鷲」旗が翻っている。
「あいは首二つの鷹ン旗。
さてはあいがおろしゃのイワンじゃな!
弟よ、甥よ、命捨つるは今ぞ!
殿、お暇頂きもす!」
「川上ぃぃぃ!!」
「川上党、押し出せぃ!」
川上忠兄、久智、久林、押川公近、久保之盛の僅か五騎がイヴァン3世の本隊に突入して行った。
死兵の突撃にイヴァン3世の軍も崩れる。
だが次は、南からアンドレイ・メンショイ将軍の部隊3万が襲い掛かって来た。
「オーガ様、我々も死にます」
「スパルタ衆、ならん! ならんど!
おはん等は生きてスパルタの親御の元に還さにゃならん!」
「ワラキアで薩摩の方々に受けた恩、返します。
全員! 脱鎧!」
「こん吹雪ン中、全裸突撃じゃと?
死ぬ気か!!」
「はい、死ぬ気です!!
この森の中、重い鎧も長い槍も邪魔にしかなりません。
どうせ死ぬなら守られて死ぬより、攻めて攻めて攻めまくって死にます!」
そう言い遺すと、スパルタ兵は狂気に入り、モスクワ大公国の兵を殺戮し始める。
殺すだけ殺し、暴れるだけ暴れると、熱量を使い果たした彼等は闘死ではなく凍死していった。
最後の一軍、イヴァン皇子の3万の軍が迫る。
「最早これまで……」
「なりもはん!
長寿院様、後醍院様、川上党、スパルタ衆、多くの者の死を犬死ににさせっ気ごわすか!?
殿は何としても落ち延びなされ!」
馬廻の中馬重方が叱咤する。
それを見ていた入来院重時が
「中馬ぁ!
必ず惟新斎様を薩摩にお連れ申せよ!」
と叫び、下馬すると座り込んだ。
周囲の何人かも、距離を置いて座り込む。
「殿、ここは俺いが捨て奸りもす。
この隙に、さあ早よお!!」
「入来院!!」
「さあ、殿は此方じゃで」
中馬重方が義弘の轡を取り、馬を走らせる。
入来院の一隊は
「やあやあ、俺いが島津惟新斎じゃ!
討ち取って手柄にせよ」
そう言って鉄砲を散々に撃ち掛ける。
一瞬怯むモスクワ軍だが、すぐに苛烈な反撃が始まる。
「くそう! もう少しだ。
……心臓には当てるなよ」
彼等は退路に火を放ち、自らは銃を撃ちながらも敵の弩や弓の矢を浴び、一人また一人と嬲り殺されながら、義弘一行が安全圏に逃れるまで時間を稼いだ。
「殿、おさらばごわす」
入来院重時は死ぬ時、彼は鉄砲用の火薬入れに火縄を入れ、爆発させた。
威力は然程でないが、辺りに黒煙が立ち込める。
そんな中、誰が撃った弾だろう?
イヴァン皇子は肩に銃弾を受けて倒れる。
それを見てこの方面の部隊は追撃を止めて退いた。
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島津軍一万二千中、生きてノヴゴルドに辿り着いたのは僅かに八十人ばかり。
だが、ワラキア軍をはじめ、他国の軍はほとんど無傷でノヴゴルドへの撤退を成功させていた。
落武者狩りの農民や盗賊が現れるも
「貴様ら下種が、この帝王ヴラドに勝てると思ったかぁぁ!
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!」
と、進路に立ち塞がった事を後悔する結果に終わる。
十字軍撤退成功から五日後、島津義弘到着。
「遅かったな、オーガ。
だが、生きて帰ると信じておったぞ」
「多くの家臣を死なせてしもうた。
この借りは返しもそ!
倍返しじゃ!」
「それでこそ我が生涯の好敵手よ!
今は帰って傷を癒そうぞ」
そう言うヴラド率いるワラキア軍に囚われたスラブ人捕虜たちは、ガタガタ震えていた。
(傷を癒すとか言ってたな……。
捕虜たちも可哀想に……。
女の方が多く捕われているって事は……
そう言う事なんだろうなぁ……)
彼等、彼女等の今後を哀れむ東欧諸侯たちであった。
おまけ:
「開門!」
ノヴゴルドの城門に、血と泥で汚れた恐ろしげな兵が現れた。
「開門!
川上四郎兵衛忠兄、帰参致した!」
「同じく川上久衛門久智、戦地より戻りもした」
「同じく川上左京亮(久林)」
「押川鬼三郎(公近)、手柄首は二つ!」
「久保平八郎(之盛)、島津惟新斎様へ御目通りをお願い申す」
島津義弘や生き残りの薩摩武士、スパルタ兵は城門まで駆けつけ、涙を流して再会を喜びあった。
「おはんら、どうやって生き残った?」
「はて、無我夢中ごわして、討ち取った敵も十より上は覚えておりもはん。
気づいたら、イワン奴は逃げよりもした。
そいで、討った首をぶら下げて来もしたが、首は中々重かごわしてな。
途中、百姓輩が襲って来たで、そん首を叩きつけて打ち殺し、ついでに焼き討ちしもした。
そうしたら、もう襲っては来やらんが、飯が無くて。
そいじゃで、折角の手柄首じゃっどん、チビチビ食い、血を飲みながら此処まで辿り着きもした。
手柄首は、もう食って無くなりもした。
もっさけ無か」
島津義弘は首を振る。
「手柄首なんぞ要らん。
おはん等の肩ン上に首が乗っちょっだけで、
そいだけで俺いは嬉しか!」
「殿様!」
「入道様!」
島津の衆は男泣きしていた。
この五人は世に「ヴァルダイの五鎗客」と勇名を轟かせる。
「オーガよ、良い部下を持ったな。
羨ましいぞ!」
ワラキア公ヴラドも拍手をして讃える。
だが、周囲の他の東欧諸侯は
(良い話なのに、感動出来ないのは余りに血腥いからなんだろうな……)
と思う。
(しかし……人の首をぶら下げて歩き、腹が減ったらそれを喰うとか……)
東欧諸侯はワラキアの捕虜たちを横目で見た。
彼等は自分たちの将来に絶望し、真っ青を通り越し、土気色の顔で項垂れていた。
おまけの二:
「開門!
後醍院図書助(宗重)帰参せり!」
「同じく木脇刑部(祐秀)、只今参着!」
このように、敵陣突撃後、生き残って個別に戻る者も多数出たと言う。
一方で長寿院盛篤は……
「Сдаться!」
「ふん、言葉は解らんが、言っちょっ事は判っど。
下れじゃと?
島津惟新斎の死に様を確と見よ!」
そう言うと腹を十文字に斬り、内臓を取り出して投げつけた。
「Жесть (なんて奴だ)」
それがルース人が初めて見た日本人であった。




