ノヴゴルド十字軍
アマビヱはハワイの精霊や亜神に別れを告げ、また肥後を目指して泳ぎ始めた。
どれだけ進んだのだろう?
ひたすら西へ西へ泳いだアマビヱはミンダナオ島沖で速い流れに捕まる。
「これ何? 海の中を黒い川が走っている!!」
どうやら黒潮に乗ったようだ。
日本帰還まであと少しだ!
(時々黒潮は蛇行するから注意するんだぞ!)
かつて世界はモンゴル帝国の脅威を経験した。
英雄チンギス・ハンの長男ジョチはルースの地を征服する。
この地にはジョチ・ウルスと呼ばれる、ジョチの子孫を君主とする遊牧民国家が建てられた。
この地に居たスラブ民族たちは、モンゴル・タタール人の支配下に置かれる。
これを「タタールの軛」と呼ぶ。
やがてモンゴル帝国も衰退する。
モンゴル帝国は、中国の元、ジュンガルのオゴタイ・ハン国、中東のイル・ハン国、中央アジアのチャガタイ・ハン国、そしてルース・ウクライナのジョチ・ウルス(金帳汗国)とに分裂していたが、このジョチ・ウルスも多数の国に分裂する。
クリミア・ハン国、カシモフ・ハン国、カザフ・ハン国、アストラハン・ハン国、そして大オルダ。
これらの国は相変わらずルースにあるスラブ人国家を支配し、貢納を要求していた。
この「タタールの軛」を脱する、それがモスクワ大公国イヴァン3世の悲願であった。
もう一つ、イヴァン3世には野望がある。
彼はビザンツ帝国皇帝パレオロゴス家から皇后を迎えた。
そしてビザンツ帝国は、東ローマ帝国を堂々と名乗っているが、その実は謎の野蛮人、肌色や髪質を見るにモンゴル・タタール系?のサツマン人に簒奪された。
故にモスクワ大公国こそ東ローマ帝国である、としたい。
彼は自らを皇帝と呼ばせ、モスクワを第三のローマと言うようになった。
東ローマ皇帝家久の全面否定である。
2つの野心に火を点けたのは、ビザンツ皇女ゾイ・パレオロギアである。
彼女はモスクワ大公国がタタールに貢物を送っているのを見て
「お馬鹿ねえ、あんな蒙古韃靼に何時までも貢物なんて。
恥を知りなさぁい」
イヴァンをこう挑発した。
激怒した夫に
「怒っちゃダメよぉ……。
乳酸菌摂ってるぅ?
一つだけ方法があるわ……。
『タタールの軛』を脱する良い方法が……。
戦争に勝つ事よぉ」
こう言い、サツマンやオスマン帝国に度々敗れるジョチ・ウルス後継国家に最早以前の力は無い、戦えば勝てる、と説いた。
そして、
「私はパレオロゴス家、第一皇女、ゾイ。
イヴァン・ヴァシーリエヴィチ、貴方には皇帝になって貰うわよぉ?
私は一族の中でも、とびっきり強いんだから、貴方ついてるわ」
夫を焚き付けた。
イヴァン3世も冷静に考える。
小国が乱立するだけでの地域をイヴァンは、ゾイとの結婚前から吸収し、一元支配化して来た。
その糾合された戦力と、主敵である大オルガとを比較する。
状況は五分五分だ。
しかし、ジョチ・ウルス後継国家は、オスマン帝国に攻められ、国力をどんどん失っている。
サツマニアを攻めて敗れたオスマン帝国は、皇帝と海沿いの領土を全て失った。
しかし、サツマニアの属国というか、従属的同盟に入る事で勢力を回復する。
そして「月は東へ、島津は西へ」という協定が成立し、全国力を挙げて東方攻略を行う。
白羊朝、ティムール帝国、そしてジョチ・ウルス後継国家と打ち破る。
クリミア・ハン国はオスマン帝国の属国となった。
このオスマン・クリミア連合軍と、カシモフ・ハン国、カザフ・ハン国、アストラハン・ハン国、大オルダの旧ジョチ・ウルス連合が戦い、ジョチ連合が大敗した。
これを見逃す手は無い。
イヴァン3世は大オルダに今後一切貢納を行わないと通告。
怒った大オルダは懲罰軍を起こすも、モスクワ大公国の大軍を見て士気阻喪。
戦わずに引いた。
イヴァン3世は、旧モンゴル帝国は最早見掛け倒しだと判断した。
逆にこれらの国を攻撃する。
士気の低い兵たちはモスクワ大公国に降り、旧ジョチ・ウルスもオスマン帝国の傘下になるより、モスクワ大公国の庇護下に入る事を求めた。
と言うのも、サツマナイズされたオスマン帝国の支配が酷かったからだ。
旧モンゴル帝国はネストリウス派キリスト教(景教)だったり、一度イスラム改宗後に再度地理的な要因からキリスト教に復帰したりした。
オスマン帝国はそんなキリスト教系国に改宗を求め、改宗した場合は国家収入の三割を贖罪税として求め、改宗しない場合は国勢調査をさせて、その人口分の人頭税を信仰保証税として要求、払えない場合はオスマン帝国が斡旋する帝愛グループ(オスマン帝国愛好銀行家グループ:メディチ銀行やフッガー銀行、薩摩調所家の支配する貿易銀行等)から土地を担保する借金を無理矢理させられ、支払いさせられる。
借金を返済出来ない場合、国なら土地を奪われ、個人の場合は地下鉱山で強制労働となる。
ではオスマン帝国に逆らったならどうなるか?
火力重視のオスマン軍に蹂躙され、捕虜として捕らえられる。
オスマン帝国の捕虜となった者たちは
「お互い戦って、生き残った軍は助けよう」
と民族ごと、村単位、部隊ごとで同士討ちさせられた後に
「さあ、優勝チームと最後に戦う相手は、我がオスマン帝国の誇るこの部隊だよ!」
と全力のイェニチェリと戦わされて、結局全滅させられた。
このオスマン流暗黒武闘大会による同士討ちのせいで、諸国、諸部族はオスマン帝国よりも身近な人間同士の激しい憎しみを植え付けられる。
憎しみ合う連中同士、連携してオスマン帝国には対抗出来ず、常に各個撃破される。
これに比べればモスクワ大公国の方が遥かにマシだ。
ジョチ・ウルス後継国家や部族国家、諸侯、遊牧民たちは、ほとんどがイヴァン3世に膝を屈した。
「タタールの軛」を粉砕した次に、イヴァン3世が狙ったのがノヴゴルドであった。
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ノヴゴルド公国、その実態は貴族、自由市民、ギルドによる共和国である。
ノヴゴルド公という存在は確かにある。
ノヴゴルド公とは一種の傭兵隊長であり、貴族、自由市民、ギルドの経済活動を守る為に軍を連れてやって来て、選挙によって決められ、追放された。
貴族、市長、商工業組合、そして大司教がノヴゴルドの実際の支配者であった。
毛皮、蜜蝋、蜂蜜、魚類、ラード、亜麻、ホップという産物の取引を行い、ハンザ同盟の東、シルクロード北西ルート終端という立地もあり、極めて栄えていた。
こんな国だから、イヴァン3世は何としても手に入れたいと考える。
ノヴゴルドはリトアニア大公国と関係が深い。
多くのノヴゴルド公はリトアニア貴族であった。
ノヴゴルドは、イヴァン3世の脅威に対し、リトアニアに救援を求める。
リトアニア大公国はポーランド王国と連合君主国となっている。
このポーランド王カジミェシュ4世が、すぐに動ける状態に無い。
カジミェシュ4世の子は、ボヘミア王となっていた。
これでボヘミアを狙うハンガリーのマーチャーシュ1世と対立。
ボヘミア王はフス派側の為、ローマ教皇シクズ様からも嫌われている。
マーチャーシュ1世はワラキア公ヴラド3世と親しい。
東欧において、ポーランド・ボヘミアとハンガリー・ワラキアで対立していた。
「楽隠居も飽いた」
こう言ったのはワラキアで隠居生活をしていた島津惟新斎義弘であった。
ワラキアで暇をしている義弘に、かつて武芸を競ったカジミェシュ4世が、ノヴゴルドの窮状を伝え、
『せめてヴラド公に我々の背後を襲わないよう説得して欲しい』
と手紙を出した。
余り期待はしていなく、説得出来たら御の字程度のものだったが、相手は島津、予想の斜め上を行く。
彼はヴラド3世の親書を貰うと、ハンガリー、ボヘミアを説得して回る。
困った者には優しい仁将と評判なのが島津義弘なのだ。
……その仁愛を一割でも実子に向けていたなら……。
その島津義弘に、思わぬ者が味方する。
ローマ教皇シクストゥス4世である。
彼はフス派問題で対立していたボヘミア王を許すと、ノヴゴルドに対して
「カトリックに改宗するなら、救いの手を差し伸べる」
と伝えた。
藁をも掴む思いのノヴゴルド国民はカトリックに改宗する。
義弘の説得を助ける形で、シクストゥス4世は教書を出す。
「ポーランド、ハンガリー、ワラキア、ボヘミア、共にカトリックの国である。
この国は協力してモスクワ大公国の拡大を止めるべきである。
場合によっては、貴方たちが神の剣とならなくてはいけない」
十字軍を暗示する。
更に島津義弘を「特別聖人」に叙し、各国の協調の為に協力した。
この時期、モスクワ大公イヴァン3世は、クレムリンと呼ばれる地域の再建造を始めた。
城塞は一般名詞であり、各都市に防御拠点として存在している。
クレムリンが特定の意味を持つのは、イヴァン3世の再建造からである。
まず、ウスペンスキー大聖堂を再建した。
ここでモスクワ大公は即位の儀式を行う。
そしてクレムリン内の鐘塔に、イヴァンは横木3本の十字架を乗せた。
これは「カトリックの教皇の十字架」である。
東方正教会の十字架は形が違う。
イヴァンはローマ教皇の権威にも挑戦したようなものだった。
「キキキキキ……、北方の蛮族奴が!
儂の! この教皇の十字架を使うとは!
何たる不遜! 何たる思い上がり!
ひれ伏させねばな、カカカカカカカ!
十字軍じゃぁぁぁ!!」
シクストゥス4世は義弘が仲を取り持った4国とノヴゴルドに、モスクワ大公を懲罰する十字軍出動を命じた。
そして、司令官に「聖将軍」島津義弘を任じる。
名目上は「先日の対立した各国の関係改善させた人格を評価して」というものだったが……。
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「十字軍の司令官に異教徒のシマンシュですか」
「何か異議があるのか? ボルジャ枢機卿よ」
「有りませんな、きっと思惑有っての事でしょうから」
「成る程、流石はボルジャ枢機卿。
で、卿はどのように思う?」
「シッ……」
ロドリーゴ・ボルジャ枢機卿は、声を潜ませる。
高い天井の上で、何かの気配が消えた。
「ほお? 丸に十字の鼠か。
いつの間に入り込んだのやら。
鼠獲りは仕事をしているようじゃな」
「はい、私めも以前、不覚な事に寝所に侵入されましてな。
気を引き締めております」
「ローマ市街の宿屋で寝るからそうなるのよ」
「猊下もご存じの通り、その宿屋はもう休業しましたよ」
「ローマの宿屋」ことロドリーゴ・ボルジャの愛人ヴォノッツァ・カタネイは、上を目指す為スキャンダル除けに、教会官吏ドメニコ・ダレニャーノと擬装結婚させられた。
「で、卿は今はダレニャーノ邸に専ら泊っておるのか?」
「フフフ、ダレニャーノは物の判った男ですので」
ヴォノッツァとロドリーゴの関係は続いていて、2年前には長男が生まれている。
その名をチェーザレ・ボルジャという。
「話を戻そうか。
シマンシュを十字軍の指揮官にした事、卿はどう思っておる?」
「これでサツマンは北に目を向けざるを得なくなりましょう。
オーガ・シマンシュはイェヒ2世の実父。
独断での行動とはいえ、見捨てる事は出来ますまい。
しかし……」
「しかし、か。
分かっておる、ナポリの事であろう」
「ご明察の通りでございます。
ナポリ公(島津歳久)とは私も懇意にしておりますが、シマンシュはシマンシュ。
事あらば攻めて参りましょう。
そこで……」
「そこで卿がかねてから頼んでおった、カスティーリャとアラゴンでの異端審問の事じゃろ?
断った筈だが、その後何か言って来たか?」
「はい、ご命令有らばいつでも猊下の為に軍を動かす準備があるとの事で御座います」
「儂の為の軍事協力な。
それは殊勝な事よ。
よかろう。
コンベルソ(カトリックに改宗したユダヤ教徒)とモリスコ(カトリックに改宗したイスラム教徒)に対して認めると伝えよ」
「王に代わって感謝致します」
「それより枢機卿」
「はっ」
「幾ら貰った?
ククククク……カッカッカッカッカ!!
卿への布施も多く、実に結構、結構」
笑いながら教皇は去って行った。
教皇と別れたボルジャ枢機卿も心の内で呟く。
(俗物が……。
あんたがロレンツォ・デ・メディチと事を構えるにあたり、軍事力を求めていた事は知っていた。
ナポリもシチリアもアラゴンの失地。
そこが回復出来るかも、と彼等も二つ返事で快諾した。
儂は頼まれていた異端審問を認めさせたから、まああの俗物がどう動こうと、もうどうでも良いがな)
教皇庁は、(疲弊の余り)平和となった西欧の代わりに、東欧を戦乱に叩き込む事に成功したのである。
おまけ:
シュヴァルツシルトの森。
そこに入った付近の農家の若者は信じられない光景を目撃した。
「ブルゴーニュ雀蜂を喰っている鳥がいる!」
その鳥、ヨーロッパハチクマは群がるオオスズメバチを物ともせず、巣を破壊し蜂を喰らっていた。
その情報を知った各国は、ハチクマを保護鳥とし、捕獲したり狩った者は死刑という法を定める。
やがて、この鳥を守護神とし、紋章に取り入れる市や諸侯が現れる事になる。
おまけの2:
この世界、時空が歪みまくってます。
ヒジカタ神(作中イジカタ神)は現在おかしな世界に居る事を示すだけのカメオ出演なので、アマビヱさんを倣って考えるのを止めて下さい。
(薩摩が居ない日本で、幕臣がハワイに行く事態が発生するかどうか)
歴史の修正力とやらも島津にチェストされてしまったので、もうどんな未来になるか作者にも分からないので。




