島津義久の死
皇帝家久はブルガリア相良家当主・相良長誠に問う。
「おはん、肥後者を纏められんのか?」
相良長誠は首を振って答える。
「あいつらは必要な時に儂を担ぐだけで、普段は言う事聞きませんばい。
儂が統率出来るのは相良家に直に繋がる者だけですたい」
「無理なの?」
「端から言う事なんか聞く連中じゃないです」
家久も溜息を吐いた。
皇帝家久は、西ヨーロッパの帰趨を決める講和会議立会人として帝都を出ようとしていた。
そこに急報が入る。
鹿児島にて島津龍伯入道義久危篤。
(またしても、あん人はどうして俺いが何かしようとしたら足引っ張っとか!)
とコメカミをピクピクさせた家久だったが、いくらなんでも死ぬ事で嫌がらせもないかと冷静になり、事後策を考える。
よくよく考えると、義久健在なら肥後衆や二歳たちが国抜けして、ブルゴーニュ公国の傭兵となって戦う等許す筈が無い。
大分前から国を束ねられなくなる程衰えていたのだろう。
家久は急報をワラキアの義弘とナポリの歳久に送る。
明日には届くであろう。
一方、西欧から求められていた会議には、皇帝名代としてダルマチア総督島津豊久を派遣すると発表した。
この報告に西欧諸国に、電流、走る……。
トヨヒサに会議を纏められるのか??
気に入らなかったら、全員纏めて殺しにかかるんじゃないか?
義兄シャルル以外は鎖帷子を2枚重ねで着込んで会議に参加する。
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その会議に先立ち、家久は久々に正室亀寿に会った。
直接会ったのは、もう十年以上前の事になろうか。
度重なる嫌がらせに、亀寿は半分、心神喪失したような壊れた目をしていた。
「おはんの父御が危篤に陥ったそうじゃ」
「…………」
「おはんも鹿児島へ行け」
「…………」
「そして、義父上の息がある内に、俺いとの離縁を申し出よ」
「…………なぜ?」
「は?」
「……何故、と……申して……います。
貴方様は……わらわの婿だから……、島津ン棟梁として認められますのに……」
その瞬間、家久の拳骨が亀寿を襲う……が、寸での所で軌道を変えて床を殴って終わった。
「俺いはな……、俺いはの……、そげんとこが気に食わんかった!
なんじゃ、女子とは!
男衆が血を流し、やりたくも無い仕事バして、心を鬼にして働いているのに、
婿取りじゃ正室じゃ北の方だと、座っちょるだけでエラくなったようにしちょっが!」
それを亀寿に言っても意味は無い。
島津の家風で、女性は表社会で活躍出来ないのだから。
「…………それで…………私を、嫌おてあらしゃいましたか?」
「おはんじゃなか! 世の女子全てじゃ!」
家久は女性嫌いである。
性欲は有るが、基本女性は子を為す道具としか見ていない。
愛妾とされるルクレーツィア・ランドリアーニも、身辺世話係以上の権力を持っていない。
彼はまだ十代も半ばの頃、戦の報告をしに戻った鹿児島の城内で、自らは動かずに聞くだけの島津義久と、その後ろに座っている娘婿夫妻、実兄島津久保と亀寿に嫌悪感を持ったと言う。
やがて久保が死に、自分がその立場になった時、義父義久が鹿児島を動かぬ理由と、動かずとも何をしているかを理解した。
だが、亀寿の立場は理解出来なかった。
女子全体を理解しなかったと言って良い。
彼は男尊女卑どころか、女性嫌悪の域にまで達した。
それ故、女でも自ら先陣に立つジャンヌ・ダルクや、共同統治者としてカルマル同盟を差配するドロテア・フォン・ブランデンブルク等には敬意を表している。
これは、かつてフランス王ルイ11世が囚われ、帝都に移送された時に増幅された。
ルイ11世もまた、世の女性が嫌いなのだ。
ルイ11世の祖母イザボーは、対立派から淫乱王妃と呼ばれていた。
彼女はシャルル王子(ルイ11世の父・シャルル7世)が王の子でないとを示唆したとされ、以降シャルルは、正統な王の子ではないのか、または狂女の子なのかで苦しんだ。
シャルル7世の姉・カトリーヌに王権が渡され、カトリーヌは結婚したイングランドのヘンリー5世に王位継承権を渡してしまう。
女が王位を左右した事で、ルイ11世は激しくそういう立場の女性を憎んだ。
それは父の愛妾にも向けられ、シャルル7世の寵姫アニェス・ソレルを平手打ちしたとか、剣を持って追い回したとも言われる。
一方で、無私の心で国に尽くしたジャンヌ・ダルクや、庶民でも貧しいながら貞節で頑張る女性は敬愛している。
そして、そんなジャンヌを見殺しにし、愛人アニェス・ソレルをのさばらせる父シャルル7世とも対立していた。
ある時家久はルイ11世に尋ねる、父親は好きか?
「父親は……、大嫌いに御座います」
こうして外道同士相通じた。
家久とルイ11世、交流期間は短いが、お互い特殊な価値観を共鳴させて2人とも拗らせてしまった。
剥き出しの敵意をぶつけられたせいか、壊れかけていた亀寿の心が活性化して来た。
(嗚呼、壊れていたのは私の心でなく、家久の精神だったんだ……)
段々思考が正常化して来た亀寿は、逆に問う。
「殿が女子嫌いなのは……分かりもした。
それでもわらわとの縁無くば島津の棟梁には成れますまい。
わらわを甚振るのも……結構。
我慢なされたら如何ですか?」
家久は亀寿を睨む。
「我慢はとっくに限度じゃ。
下手したら、俺いはおはんを殺してしまう。
そいだけは何としても避けたか!
俺いはおはんに、理不尽な怒りをしょうもない事でぶつけてるくらい、分かっちょる。
分かっちょっが、やらねば俺いの心ン中に邪なモノが貯まってしまう。
じゃっどん、義父上が居なくなれば、歯止めが利かなくなるやもしれん。
良うも悪くも、おはんには義父上を重ねてしまう。
義父への怨念が、おはんに向かうかもしれん。
じゃで、俺いと離縁し、何の関係も無か女子になれば、おはんを殺す事は無くなる」
(嗚呼、この人、根底に自分を守ろうって気も有ったのか)
亀寿は、地獄の中に光を見た気になった。
それでも毅然として言い返す。
「出来ませぬ」
「何じゃと!」
「わらわは痩せても枯れても、惟宗島津第十六代当主義久が娘。
その誇り有らばこそ、殿の心無い仕打ちにも耐えて来られました。
殿は、わらわの誇りまで奪う気でございもすか?」
家久は憎々しげに亀寿を見やって、不意に目を逸らして提案する。
「じゃったら、俺いを離縁した後は、中務家の源七郎(忠仍)なり薩州家の備前殿(忠清)なりを改めて婿にせい。
俺いは東ローマ皇帝として、まだやらねばならん事がある。
皇帝と島津の棟梁、まだ同じで無くとも良か」
「お断り申し上げもす。
そがいな家督、源七郎様も備前守様も喜びにはなりますまい。
第一、殿が島津の家督が必要になった時、わらわと新しい当主は殺すのですか?」
「寺へやる、殺しはせん」
「ならば、わらわについても、最初からそれで良かでしょう」
「なに?」
「わらわが父上亡き後は島津の家督を継ぎもす。
実際には殿が仕切っていたとしても、この身は当主義久の子。
それだけは譲れもはん。
寺に押し込め、周囲を矢立てで覆われようと、そこでわらわが島津の棟梁となりもす」
悲惨な境遇にあった亀寿が、誇りを盾に家久に言い返していた。
家久は自分の妻にこんな強い部分が有った事を初めて知る。
「勝手にせい!
悔やんでも知らぬぞ!」
「では、時が惜しゅう御座いもす。
わらわは父上の元へ参りもうす。
それと、殿」
「なんじゃ!」
「初めて心の内をお話し下さいましたな。
私は、亀寿は嬉しゅう御座いもす。
添い遂げるは無理と悟りもした故、殿のその心が救われますように」
亀寿が去ってから、家久は周囲には聞こえぬように、怒りを吐いていた。
「あん腐れ女が、知ったような事をぬかしおって……。
ああいう賢しげなとこが義父上を思い出させてしまうと、何故分からん。
女だてらに島津の棟梁じゃと?
良か……神輿ン中の御神体じゃ思えば、殺さんで済むわ!
……殺さんで済むな……。
……そうじゃ……そいが良かな……」
皇帝家久は薩摩に戻ると、義久の死を看取る。
義久は娘夫婦に色々有った事を知っているのか、家久には目もくれず、只管亀寿の方だけを見ていた。
いよいよ死の時、周囲には家族だけが残った。
「又八郎(家久)」
「は」
「俺いが何も知らんかったと思うか?」
「ふん、各地に忍びを送り込む義父上の事、知らん筈無かでしょう。
むしろ、知っていて何もしなかった方が不思議ごわす」
「そん理由は自分で考えろ。
じゃっどん、俺いはおはんの事許さんからな。
恨みを呑んで死んでやる。
亀寿にこれ以上何かしたら、怨霊となっておはんの祟り殺すでな」
「祟り殺す気力が有るなら、もう少し生きてみてはどげんじゃ。
俺いの腐れ親父も、歳久の叔父上もまだ来ておらんでな」
「そうじゃ……、祟り殺す気力は有っても、もう身体がついて来なくなった。
島津龍伯入道義久、こん薩摩にあって生涯不敗!
……じゃっどん、そいは最近じゃただの騙りじゃ。
関節技と返し技は大して力が要らんから、まだ身体が動くよう騙せていた。
騙りと気迫だけでおはんを脅すのが精一杯じゃった。
じゃっどん、もう俺いは死ぬ。
島津をどうこうせよ、鎮西者をどうこうせよと、もう言わん。
又八郎の好きに差配せよ。
山潜者も修験者も、おはんに引き継ぐ。
俺いは彷徨える怨霊となって、亀寿を守っからな」
しばらくして島津家第十六代当主、薩摩国が日本から異郷に転移するという前代未聞な怪異に立ち向かい、鎮西衆を束ねて乗り越えた島津義久は逝去した。
亀寿姫はそのまま薩摩に残留。
家久は持明院という寺を作らせ、亀寿をそこに置いた。
そして、死ぬまでこの夫妻は顔を合わせる事なく過ごす事になる。
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フランス王国ブルゴーニュ領ディジョン。
ここに一連のブルゴーニュ戦争の関係者が揃っていた。
豊久が到着する前に、大体の条件は纏まっている。
島津が講和条件に口出し出来ると、どう混沌に叩き込まれるか知れたものじゃないので、さっさと話を纏めて、豊久には条約の立会人になるだけで済ませたいという心理が働いた為である。
・フランドル公領の独立と王位承認(シャルルはルイ11世と対等になれる)
・シャルルの帝国追放令解除(ローマ王への希望が残る)
・シャルルの娘マリーとハプスブルク家のマクシミリアンの結婚を正式承認(ローマ王への一手)
・ケルン大司教領の後見人としてシャルルを承認(選帝侯の一票を確保)
・ブルゴーニュ領はフランス領とする(シャルルは領土の半分を放棄)
・アルザス、ロレーヌはフランドル王、フランス王、神聖ローマ皇帝不可侵の地とする(戦果の放棄)
・神聖ローマ帝国からフランドル王国への見舞金(戦果放棄に対する補償)
・ロレーヌ公ルネ・ダンジューの身代金は神聖ローマ帝国で払い、公は解放する(戦勝金は確保)
・フランドル王国はルクセンブルグより南と東へは進出しない(シャルルの戦争抑止)
簡単に言えば、シャルルに富と名誉は与え、代わりに戦争し続ける国力(領土、人口)を奪うものである。
財力、国力を消耗し切ったシャルルに、ブルゴーニュの故地を回復する力は既に無い。
ブルゴーニュの方もシャルルの重税に苦しみ、領主としての追放を決議している。
フランスと神聖ローマ帝国は、国境にある爆弾を上手く処理出来る。
余りシャルルを追い詰めると条約は纏まらないから、最大の悲願であるフランス王権からの独立と、神聖ローマ皇帝への可能性を高めてやる。
重税で疲弊した領地も、多額の見舞金や身代金を得た事から、数年税免除をすれば回復するだろう。
ローマ皇帝になれる可能性が出たなら、国力を使い果たしたシャルルも、迂闊に戦争を仕掛けないだろう。
フランドルだけでも内政を充実させて復活すれば十分な脅威だが、それさえも理解出来ず、見限られた故地に固執するなら条約交渉決裂でも一向に構わない。
盟約者同盟との和解は、この3ヶ国和平条約締結後となっているので、もしも交渉決裂なら、再び「ブルゴーニュ絶対殺す軍」たる盟約者同盟軍が出て来る事になる。
だが、何だかんだ言ってもシャルル不利の条約に変わりない。
文句が多々あり、交渉は決裂寸前である。
財務を司るピーテル・ブランテリンが、フランドルだけでも大丈夫だと主君を説得しているが、シャルルはまだ納得出来ない。
英仏百年戦争時にフランス王家と和睦したアラス条約以上の屈辱ではないか。
そんな所に島津豊久が到着した。
「なんじゃ、大筋纏まっちょるじゃなかか。
俺いのすっ事は、連判状を受け取る事だけか。
道理で皇帝が、俺いのような荒武者を代理にする訳じゃの」
豊久は怒らせない限り、欲が無く教養人である。
一人を除いて、状況を理解している豊久の言動に安堵の溜息を漏らす。
「おい、トヨヒサ!
お前は我慢出来るのか!?」
その一人、シャルルが豊久に喰ってかかる。
「俺の国は領土の半分を失うのだ!
半分だぞ!
国の半分を失ったら衰える一方だ!
半身を失って、なおも栄えた国が有るなら教えてみろ!」
怒りを込めたシャルルの問いに、豊久はあっさりと
「薩摩がそうじゃが」
と答える。
一同、豊久の発言の意味が分からない。
薩摩は一国丸ごと、恐ろしい蛮族と豊富な金銀鉱山を持って転移して来たのでは無いのか?
「違う違う。
元々島津ン領地は、薩摩・大隅・日向の三国じゃった。
桜島が光って、こん地に来たのは薩摩一国だけじゃ。
まあ、日向国木崎原と肥後国水俣も着いて来たが、本来なら俺いの国は三国じゃど」
(本来ならサツマニアは今の3倍だったというのか?
3倍のサツマニアに攻められたら、ヨーロッパの大地が血で赤く染まるではないか!
今の分だけで良かったというべきか……)
皇帝や国王、公爵たちは「3倍のサツマニア」を想像し、戦慄する。
「そうか……サツマニアは半分どころか、3分の2を失って、それでもなお東ローマ皇帝にまで上り詰めたのか……。
トヨヒサ、俺にもそれが出来ると思うか?」
これに対し「シャルル様以外の何者にそれがかないましょう」等と言うような優しい男ではない。
「知らん。
おはん次第じゃ。
男なら自分の力に問え」
この冷たい答えは、逆にシャルルに火を点けた。
「良かろう。
条約は批准しよう。
だが、俺はこんな所で終わらんからな!!」
ここにディジョン条約が締結された。
その後、フランドル・盟約者同盟間の永久協定も締結され、スイス人との和睦も成立。
ブルゴーニュ公国は五代で消滅した。
代わってフランドル王国が成立した。
フランドルの初代国王シャルル1世は東ローマ帝国島津家とも同盟を結び、やがて海外進出に乗り出す事になる。
おまけ:
「何故? 何故だ?
こういう和平の時は、儂!
ローマ教皇たるシクストゥスを招待して然るべきじゃないの?
違うか、ロドリーゴ・ボルジャ枢機卿よ!」
「猊下……見返りに何を求めるつもりでした?」
「ん?
リエージュ司教領とケルン司教領、それとシャロン司教領の人事権と貢納金」
「はあ…………。
だから呼ばれなかったんですよ」
「なんで?
儂、偉いのよ!
神の化身だよ!
……まあ良い、今はフィレンツェの小僧との遊びに専念しようか。
クックック……来年辺りには、死ぬぞ……小僧達は亡びるのだ」
「それはそうと、猊下。
我がボルジャ家の故地、イスパニアよりたっての願いが来ています。
お聞き入れいただければ幸いで御座います」
(続く)




