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野心の合作

 島津三兄弟がジェノヴァ、ヴェネツィアの代表と会談する数時間前、イグナトゥス宣教師は島津三兄弟の前で平伏していた。


「おはんはイエズス会を裏切り、俺い達に味方する。

 そう言っとじゃな?」

「左様です、太守閣下」

「ふむ……」


 堂々と裏切ると言う奴は胡散臭い。

 腹の底まで読まないと、信じて痛い目に遭ったりする。

 島津家の場合、その方法はこうである。


「な、何をなさいます?」

 島津歳久が抜刀し、切っ先を突き付けた。

「又四兄サ、此奴のまなこを見てくいやい」

「心得た」

「イグナトゥスとやら、納得がいく理由を吐け。

 嘘ついやったら、首を貰うでな」


 イグナトゥスは生命の危険に青ざめはしたが、肝は据わっているようだった。

 島津義久、義弘を真っ直ぐ見つめ、言葉を吐いた。


「私はローマ教皇になりたいのです」

「教皇チ言うたら、耶蘇教の法主じゃな。

 なれば良かたい。

 俺いどんな味方する理由にゃ遠いの」

「キリスト教は一つでは有りません」

「そんようじゃの。

 東ローマの耶蘇と、日ノ本に来ておる耶蘇は違うようじゃの。

 一向宗と真言宗の違いのようなものかいな」

 今一つ島津の衆は、宗教戦争の過激さに疎い。


 ちなみに、薩摩が消滅した日本に於いて、何も知らずに九州上陸した豊臣秀吉は、キリスト教宣教師が仲立ちした奴隷輸出や、寺社の焼き討ちを見て、キリスト教の危険性に気付き始めた。


 話を戻す。

正教会オーソドックスとカトリックもですが、私がもっと許せないのはルーテル派とカルヴァン派です」

 イグナトゥスが怒りを込めて吐き出す。

 今から五十年以上後、西暦1517年にマルティン・ルターが「95か条の論題」を発表し、宗教改革が始まる。

 それから遅れ、1534年にカトリックの勢力回復の為にイエズス会が結成される。

 イエズス会は清貧、貞潔を信条とし、教皇の望む場所なら何処へでも布教に行くとする。

 逆に言えば、今のカトリックは清貧でも貞潔でも無い。

 だからルターやカルヴァンが見切りをつけたりした。


「寺がもの持ちなんは、当たり前じゃ無かか?」

「度を越すとそげん言えまい」


「あの……、よろしいでしょうか?」

「おう、すまん、おはんのこつ忘れておった。

 話を続けてくいやせ」

「いや、その前に聞く。

 ないごておはん、今から五十年後の話をしいよる?

 丸で見て来たかのようじゃごわはんか」

「見て来たのです」

「何じゃと?」

「薩摩国丸ごと、百数十年前に移動したのです。

 私も信じられないのですが、そうと信じる他無いのです」

「兄者!」

 歳久が義弘に短く問う。

 この者は我等を愚弄したか?

 それとも気でも違ったか?


 義弘は首を振って、そして答える。

「こん男は巫山戯てはおらん。

 本当のこつか分からんが、とにかくこん男は真面目じゃ」


 義弘が目を見て、嘘や侮辱の色が見えたなら、歳久に合図を送り、即座に斬り殺しただろう。

 だが、この宣教師は荒唐無稽な事を本心から信じているようだ。


「そいで教皇になったら、おはんはどげんすっと?」

「金権塗れのカトリックを改革します。

 腐敗した教会を改革し、清潔な神と使徒との関係に戻します」

「志は立派たい。

 じゃっどん、おはん一人で出来っか?」

「その為に薩摩様に近づいたのです。

 私には薩摩様の後ろ盾が必要です」

「なる程、わいらに近づいた理由は良う分かった。

 それで見返りは何ぞ?」

「イエズス会による侵略を行いません」

「何と?」


 イグナトゥスは言う。

 イエズス会は教皇の兵隊を志して結成された、と。

 ルーテル派やカルヴァン派が流行ったヨーロッパから出て、世界にキリスト教を拡めるのが目的である。

 しかし、世界に出るのは簡単では無い。

 宣教師の中には、各国の王や商人から資金提供を受けている者もいる。

 その見返りは、布教の済んだ国を支配する手引きをする事だ。


「皆が皆そうでは有りません。

 貴方の国に最初に布教しに行ったフランシスコ・ザビエル殿は裕福な貴族の出でした。

 それ故に信仰は富とは別で純粋なものでした。

 しかし、中には布教より交易や征服に興味がある者も出て来ます」


 だが、イグナトゥスが思うに、受け入れられなくなったから外に信徒を増やすのも、信徒を使って征服するのも本末転倒だろう。

 まずはヨーロッパで受け入れられ、ルーテル派もカルヴァン派も不要となるくらいに、カトリックが自己を律すれば良い。


「私はカトリックを改革し、ルーテルの活動そのものを潰します。

 ルーテル派やカルヴァン派等という異端は、その罪を犯す前に歴史から消します。

 それが私の望みであり、そうすればヨーロッパによる侵略も無くなるでしょう」


 義久は考える。

 そうそう上手くはいくまい。

 だが、この男は情熱を持って動いている。

 どうやら我々は眼中に無く、ローマ教皇となって教会改革をしたいのだ。

 カトリックの改革さえ出来たら、日ノ本等は興味無いようだ。


 成功して変わる事もあり得る。

 過度の信用も禁物だ。

 だが、彼を助けている限りは、彼は誠実に我々の通訳を務めてくれるだろう。


「分かいもした。

 おはんに手を貸そう。

 おはんも薩摩の為に働くが良か」

「おお! 有難う御座います。

 薩摩様の為、我が夢の為、必死で働きます」


 ここでも小さい同盟が成立した。

 宗教改革を芽の段階で歴史から抹殺する事を目的とした同盟である。




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 数日後、ビザンツ皇帝主催の宴会パーティーが開かれた。

 島津三兄弟も招待される。

 皇帝は、ナメられないよう豪勢な料理を用意している。

 チョウザメ料理、豚肉料理、舌平目の料理、仔羊料理と肉、魚、野菜を提供する。

 薩摩は豚肉を食べる文化な為、皇帝の好意も素直に受け入れられる。

「意外とイケる味じゃ!

 俺いは東ローマとやらを見直したど」

 それは魚醤ガルムの味付けで、日本人にも馴染みが有った。

 謎のサツマン人が料理を美味そうに食べるのを見て、皇帝は満足した。

 そしてワイン壺を持って義久の元に歩み寄る。


「余は貴方に元老院議員、サツマニア属州総督、ブルガリア専制公、帝国宰相の称号を与えたいと思う」

 それに対し義久は

「薩摩守だけで十分ごわす。

 欲しいの将軍の位ごわんど」

 そう返す。

「サツマニア王は無欲ですな!

 将軍で良いなら、明日にでも杖を授けましょう」

 皇帝は喜んでそう返したが、これには大きな誤解が有った。


 通訳しているイグナトゥスもよく解っていないのだが、将軍というものについて解釈の違いがある。

 ヨーロッパに於いて、将軍は単純に一軍の指揮官である。

 ローマ皇帝ことインペラトルは軍の司令官である。

 ヨーロッパでは君主が騎士や武装市民を指揮して戦場に立つのは当たり前である。

 皇帝や国王が最高司令官で、その下で軍事面で補佐する部下が居る。


 一方、東洋では君主は天子、天の子である。

 王や皇帝が軍を指揮する事はあるが、親征は稀であり、大概は軍事面で大権を君主から預かる存在が居る。

 中華では大司馬、太尉、大将軍と呼んだ。

 日本では、鎌倉以来それを征夷大将軍と呼ぶ。

 征夷大将軍は、朝廷とは別な命令系統と権力体系を持つ存在である。


 コンスタンティノス11世は、単に一方面組、一属州軍の司令官を任命したと思っている。

 一方、島津三兄弟は義久を、皇帝の権力を代行し、全軍司令官、自由に他国を攻め、皇帝に代わって部下に恩賞を与えられる存在に任じさせたと考えた。

 既に占領地を皇帝に返還した際に、帝国の惣地頭、惣追捕使相当の役に任命させた。

 島津三兄弟も皇帝も、お互い政治的大成果を挙げたと思っている。

 やがて相違に気づく事になるが……。




 島津三兄弟が家久を入院させて領地に引き返す。

「東郷!」

 家久の護衛を命じられた東郷重位が進み出る。

「中務に何か悪だくみしようチすん者は、おはんの一存はらにて切り捨てよ」

「心得もした!」

 万が一に備え、警備は残した。

 三兄弟と一万の兵は帰国の為出立する。

 この時、島津家に従っていたイグナトゥスとその同志以外のイエズス会宣教師たちは、薩摩からの退去を申し出た。

 コンスタンティノープルからなら、ジェノヴァやヴェネツィア等の船に乗って故郷に帰る事が出来る。

 恐る恐る島津義久に願い出ると、義久は

「分かった。

 長らく御苦労じゃった」

 と給金としての銀の棒を渡した。


 意外な展開に驚いている宣教師の前で島津義弘が

「お館様、そいで良かごわすか?

 此奴等はわいどん等が家ん中をつぶさに見ておった。

 切り捨てて秘密を守るが良策じゃなかか?」

 義久はボソリと答える。

「薩摩に異人を斬る刃は無か」


(嘘つくんじゃ無い!!!!)


 何人も仲間の首を飛ばされた宣教師たちは心の中で盛大に突っ込んでいたが、口には出さない。

 口に出したら、無い筈の刃で首を刎られる。

 余計な事は口にせず、島津義久に感謝の言葉を述べて早々に退散した。


「兄上!」

「イグナトゥスが申したように、彼奴らは教皇の兵じゃ。

 いつまでも我等に仕えてはおらんだろ。

 もし黙って仕えていたなら、そいは何か腹に一物有っての事じゃ。

 此処らで離してやるが良か」

「じゃっどん、そいじゃと何かはかりごとバ企まんじゃろか?」

「そいならそいで良か。

 そん方が面白かじゃろう」

 島津の長兄は常識人だが、これはこれで食えない人物である。




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 島津軍がコンスタンティノープルを去り、宣教師たちはローマに向かった。

 自分たちはまだ生まれていない。

 イエズス会もまだ結成されていない。

 家族に会いたいが、今は高祖父ですら洟を垂らして遊んでいる子供に過ぎず、子孫と言っても信じてくれないだろう。

 それでも彼等はローマ教皇に伝えねばならない。

 ヨーロッパに現れたのは遠く極東に在った薩摩という国、野蛮さと知性が同居する戦闘民族、理屈の通じない連中。

 ヨーロッパに在って、各国の脅威となり得る存在。

 理由は分からないが、百年の未来から現れた。

 鉄砲はそれだけ進歩している。

 早めに潰しておいた方が良い。


 彼等はローマ教皇や各国の王を説いて歩こうと決めていた。

なお、薩摩には夷狄を斬る刃は有ります。

異人を斬る刃との違いは、薬丸自顕流の稽古をすれば、感じられるようになると思います。

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