島津家の配置替え
フィヨルドの沖で、タラを獲ろうしていた漁師は、不思議な生き物を捕獲する。
銛で殺そうとすると
「ヤメテー! タスケテー!」
と言葉らしきものを、直接脳に伝えて来る。
じっくり話してみると、どうもかつて交流したチューイ・トーゴーという剣士と同郷の妖怪のようだった。
ヒノモト、チンゼー、ヒゴはどちらかと聞くが、そんな場所を猟師は知らない。
ただ、このままフィヨルドに沿って東に行ってもノヴゴルドとかルーシという場所にしか着かない。
「西の方に、余り知られていねえ土地がある。
チンゼーとかヒゴとか知らねえが、もしかしたらそっちの方じゃねえか?」
その人魚のような妖怪は、礼を述べ、疫病を祓うと約束して西を目指して泳ぎ去った。
西の大陸、後に新大陸と呼ばれる方へ……。
「どうも腑に落ちん」
島津晴蓑入道歳久は、ナポリで愚痴を零す。
「又八(皇帝家久)と亀寿が事じゃ。
又八は亀寿の事をいびっておると聞く。
三郎次郎、おはん何か知っておっか?」
歳久が帝都で聞いたのは、あくまでも風聞である。
義久は鹿児島を動かず、義弘はワラキアで居候、歳久もナポリ在住で、島津家嫡男とその正室の関係についてほとんど知らなかった。
風の噂で「どうも良くない」「若殿は碧い目の側室に入れ込んでいる」「奥方は遠ざけられている」という話は聞いていたが、ポルトガルとの交渉後帝都に赴いてみると、どうも「いびる」「甚振る」「痛めつける」「虐待」という話も聞こえて来た。
詳しく聞こうにも、誰もが口を噤んで「他愛も無い噂」としか言わない。
歳久の問いに、島津忠隣は目を逸らす。
「おはん、何を知っておる?」
「言えもはん。
義父上たちは二歳に理由があれど、気に食わんと殴って言う事を聞かせようとする。
話にならんから、言うつもりはありもはん」
「?? 一体何があっと?
殴らんから申せ」
「じゃったらその右手を脇差から離しもんせ。
義父上たちの年代は、口より先に鯉口を切りよるで」
歳久は太刀、脇差を外し、拳も出せないよう両手を後ろ手で縛らせた。
「こいで良かか? 俺いは手も足も出んど」
「足は出て来そうじゃが、まあ良か……」
忠隣は従兄弟の心の闇について、話を始める。
島津家久の前名・忠恒が最初に根切りをしたのは十歳か十一歳である。
父親の島津義弘から
「島津ん男なら、早いか遅いかの違いしかなか」
そう言われ、前髪を落としたばかりの少年は、自ら太刀を持たされブルガリア人を大量虐殺させられた。
以降、忠恒の心には穢れが溜まっていく。
蹴鞠が好きで、茶や和歌を好み、風流をしたかった若者は、行政と戦争で魂を削っていく。
彼が才能を発揮すればする程、仕事は増えていき、しかも命じた側は忠恒側の事情などお構い無しに口だけ挟む。
実父の義弘然り、義父で当主の義久然り。
忠恒の穢れを溜めた深淵は、二人の父を恨み、呪っていく。
だが、忠恒の可哀そうな部分は、強烈な理性が暴走を制御してしまうとこにある。
島津の者らしく、本能の赴くままに暴れたら、一匹の狂暴な将が生まれるだけで済んだ。
彼は島津にあって、その本質は最も島津から遠い。
彼は優秀であり、全体を見渡す目を持っていた。
その理性から見て、義弘の自由奔放はともかく、義久の振る舞いは理解出来るのだ。
理解出来る、彼の立場からしたらそう言うだろう、だが
「ちょっとは俺いの苦労も分かれ! 文句あるなら自分でやってみろ!」
という深淵の悲鳴がどんどん蓄積していく。
「それで、御館様(義久)に向かうべき恨みつらみが、亀寿の元に向かってるのか?!」
だとしたら許せたものではない。
歳久の周囲の空気が怒りで満ちた。
直ちに義久、義弘と語らって廃嫡させ、離縁させねばならない。
東ローマ皇帝というのは、それはそれで構わん、勝手になっていれば良い。
だが、島津家からは勘当だ。
「そう言うチ思いもした。
じゃっで、知っていても話せんかった。
そがいに又八サァの心ン中は単純じゃなかで」
「どういう事じゃ」
「もう話せん」
忠隣は口を噤んでしまった。
養子のこの態度に、歳久は何かを感じざるを得なかった。
島津家は上の世代と下の世代で考え方に差がある。
そして上の世代は、下を力で言う事を聞かせようとする傾向がある。
下の世代は、上の世代に言えない事を多く抱えている。
一度話しても無駄だと判断した者に無理強いしても、もう話してはくれないだろう。
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コンスタンティノープルにて。
「島津中務少豊久、御召により参上しもうした。
皇帝陛下はおわすか?」
豊久を迎えたのは、愛妾ルクレーツィア・ランドリアーニであった。
「陛下は奥の院に入られました。
誰も通すなと言っています」
皇帝家久が奥の院と呼ばれる空間に居る時に、余人が入ってはならない。
入ったものは斬殺されると、専らの噂である。
だが豊久は
「じゃったら問題なか。
俺いは逆に行かねばならん」
と言って、制止を振り切って入っていく。
死体が転がっている。
女官が気を利かせて着替えを持って入っていったようだ。
皇帝の気に入りとなり、寵愛を受けたら……そう考えて抜け駆けする者もいる。
その結果が、惨殺体である。
しかも、普段の家久の太刀筋の真っ二つではなく、嬲り殺したものであった。
奥の院の暗闇の中に野獣が居た。
全裸で目を血走らせ、眉間に深い皺が走り、牙を剥いた笑った口からは涎を垂らす。
一方で目から涙も流している。
刀を持ち、粘土で作った人形に何度も斬りつけていた。
「殺ス、殺ス、殺ス、殺ス、殺シテヤンデ、コノクソ親父ガァァァ」
剣術の名人家久らしからぬ、荒々しい乱れた斬撃。
その首がグルっと返ると豊久を見る。
「見タナァァァ!」
「おう、見たぞ。
もう何度も見て慣れちょっで、早う掛かって来い」
豊久は落ち着いていた。
家久は刀を抜いているのに、噛みつきに来る。
豊久はそれを正面から迎え撃ち、顎に強烈な一撃を入れてカチ上げる。
すぐに家久の刀が来る。
豊久は手を取り、捩じり上げる。
刀を手離すと、家久は殴りかかる、まるで幼児の駄々のように。
豊久も殴り合いに付き合う。
そして、
「そろそろ気が済んだかの?」
というと、五所蹂躙絡みに持ち上げ、打撃を与えた。
「グルルルルル……」
まだ唸り声を上げる家久に
「今日のおはんはしつこか。
どれ、こん奥義を食らわせてやんで、気が済んだらまた眠りやせ」
豊久はそう言って家久を壁に向かって放り投げ、その背中に波乗りのように乗ると、壁に思いっきり家久の頭を叩きつけた。
しばし後……
「おお、落ち着いたようじゃの」
「又七どん、世話かけたの。
もう大丈夫じゃ」
家久が元に戻った。
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家久は心に穢れを溜め切っている。
だが、彼は穢れを活かし、統治者としての冷徹さに使っていた。
彼は二重人格ではない。
落ち着いている時、残虐さに身を染めている時、さっきの如く魔物のようになっている時も、全て記憶はある(とある幕府の二代将軍が近い)。
魔物のようなモノになっている時は、抑えが利かなくなっているだけで、意識はある。
思考回路は全く破綻しているが。
この穢れが貯まり切った魔物のようなモノと、風流人であり冷静な人格とが混ざり合って、シマウマのようになっている。
この比率が黒に近い時、残虐さが表に出て来る。
そして完全な白には戻れない。
この均衡が取れた状態が、冷静に許す時は許し、破壊しない時は破壊せず、虐殺する時は誰よりも残忍になる「皇帝家久」なのだ。
島津から最も遠い島津は、この魔を抱え込む事で、島津らしい武将に成れるのだ。
だが、時に大きく均衡を崩す時がある。
バイオリズムというか、気力が衰えている時というか、そういう時にさっきのようになる。
ほとんどはそうならないよう抑え込んでいるのだが、義久からこちらの事情も考えない命令が届いたり、義弘が勝手にどこかに戦を仕掛けたりすると、心が割れて虚無に支配される。
もう何もかもどうでも良くなる。
島津家も、自分も、この世界も、どうでも良いという虚無に陥り、野生に支配された最高権力者が生まれる。
だが家久はそれを知っていて、精神的苦痛の元であり、理性的に考えて実際に殺すと害がある父親・義父に対する怒りを発散させる場を作り出した。
故に奥の院で誰にも見せず、何度切っても捏ねれば元に戻る粘土人形相手に、野獣のような暴力を叩きつけていたのだ。
この家久の発作を最初に知ったのは、豊久の父親・中務大輔家久であった。
彼も豊久同様、真正面から野獣状態の当時の忠恒にぶつかり、忠恒が落ち着いた時点で彼を認めた。
「おはんをそがいにしたのは、俺いたち親世代のせいじゃな。
いくら薩摩国が異世界に来たチ言うても、十歳の稚児にゃさせちゃならん事をさせた。
すまんの、又八郎……」
これには忠恒も驚く。
従兄弟の豊久(当時は忠豊)は十四歳で敵の首を取った。
それに比べ、闇に堕ち、虚無に囚われ暴走するとは弱さの現れだ! と義弘辺りは言うだろう。
義久、歳久すらそのきらいがある。
忠恒は誰にも言えなかった為、内に篭った鬱屈が虚無の餌となり、転移後僅か数年でこんな化け物を育ててしまったのだ。
以降、家久は定期的に忠恒の相談に乗り、時に暴れ狂う忠恒と肉体でぶつかり合う。
忠恒が家久と名を改めた理由の隠された一つに、死んだ叔父だけが自分を理解してくれた事への憧憬もあった。
家久を名乗れば、虚無を完璧に制御出来るかもしれない。
そして、中務大輔家久存命中から、この秘密は従兄弟たちが知る所となり、発散する相手として時に忠隣が、時に忠仍が付き合っていた。
そして、亀寿に対する外道極まる振る舞いは、皇帝家久の邪の面が求めて止まぬ嗜虐性を発散したものであると共に、遠ざける事で従姉妹にして妻を殺してしまう事を防ぐ配慮でもあった。
虐めてやらないと心に澱が溜まる、しかし殺すなという理性が精一杯歯止めをかける。
己の邪悪さを分かっていて、止められない。
ルイ11世との外道共鳴で、さらに酷くなった部分もある。
(ルイ11世も魂魄に穢れを抱えて生きている、フランス王にしてフランス人から最も遠い人格だったりする)
現代で例えるなら、パワハラ、DVが止められないダメ人間と一緒だが、それで精神の平衡を保ってもいる。
迂闊に我慢すると、誰かに死をもたらしかねない。
実際、義久派家臣粛清というのは主君として我慢しているが、実行する名分が出来ると躊躇なく行う。
彼の命令に背き、キプロス島を穏便に済ませた平田宗増も暗殺した。
この理性と虚無の押し合いで成り立っている人格だが、実父と義父が老いて好き勝手言うようになる程に、サディスト側に家久を押しやってしまっている。
歳久に問われた忠隣はこの言葉を飲んでいた。
「ああまで又八サァを追い込んだのは、又八サァの親父殿たちじゃぞ」
忠隣、豊久・忠仍兄弟、それに同じ年代の島津家の者たちは、頑固になった父親世代の耳に詳しい話が届かないようにし、裏では亀寿を密かに助けてはいるが、基本的に家久には何も言わなかった。
彼等が思うに、一戦場、一敵対者しか見ない自分たちでなく、家久で無ければ異境に生きる島津は生き残れない。
(家督を押し付けた負い目もある)
親たちはその点、やるだけやって駄目なら死ぬだけ、と年寄りならではの達観があった。
ここにも島津家の世代間の分裂が見て取れた。
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「で、落ち着いたとこで、俺いを呼んだ用事は何じゃ?」
豊久が本題に入る。
ガウンを纏って家久が答える。
「イズミールを明け渡してくれんか?
代わりにパンノニアとダルマチアを治めて欲しか」
豊久はすぐに考えて、思った事を口にする。
「もう回教勢力は安定した。
黒海沿岸はバヤズィドに返還した。
帝都防衛には、西側の沿岸沿いの領土さえあれば十分。
そいは皇帝直轄領なり元老院領なりにする。
そこまでは分かった。
で、俺いをその、何処じゃったかの?」
「パンノニアとダルマチア」
「何処か知らんがそこに回すのは……」
「おはんが属国にしたラグサ共和国の辺りじゃど」
「おお、あそこか!
読めた!
ブルゴーニュのシャルルや、フィレンツェのロレンツォ、あの連中の戦で変事があれば、すぐに対応出来るようにすっ為じゃな」
「流石は中務少輔殿、理解が速かで助かる」
家久は褒めた上で
「間違っても、こっちから加勢してはならんど。
義父上(義久)の方針は基本的には正しか。
言いたか事は多々あれど、あん人はあん人で正しかでな。
じゃっで、攻めてはならん」
「分かっとう。
そん上で一つ頼みもある」
「何か?」
「源七郎をここ」
と言ってアフリカ大陸、イベリア半島対岸の地を指さす。
「マウレタニア(モーリタニア)属州じゃな」
「おう、そのマウなんちゃらに置いてくいやせ。
そいで、図書頭(島津忠長)を薩摩国に戻したもんせ」
島津忠長の家も、家久の秘密を共有している同志である(先代家久から頼まれていた)。
島津忠長と忠倍の一党は、ここ数年北アフリカを管理している。
所領はともかく、彼等も久々に本国に戻した方が良いとの豊久の配慮だった。
「分かった。
おはんの言う通りにしよう。
しかし又七兄サァ、おはんも成長したのぉ。
まるで中務大輔の叔父御のようじゃ」
「やめい、やめい。
俺いはまだ親父殿の足元にも及ばん。
父上は俺いの一生の目標じゃ」
「父御が好きなんじゃな」
「好き? 誰が?
あんクソ親父に、何度俺いは締められ、蹴られ、頭壊されたか」
そう言う豊久だったが、家久から見れば羨ましかった。
「では早う、そんクソ叔父御に追いつく事じゃな」
「おう、親父殿に並ぶ武将になれたら、俺いは死んでん構わん。
むしろ、死にたいくらいじゃで」
「やめい……、そういう言霊は薩摩の軍法で禁じとるじゃろう」
「そうじゃったな」
笑って二人は表に出て行った。
廷臣たちは
(おお、今日の陛下は険が無く、穏やかな顔をしておられる)
と警戒をした。
皇帝家久の中で黒家久が強い時は陰惨な事を仕出かすが、白家久が強い時は子供のような悪戯をして来る。
菓子の中に大量の和辛子を詰め込んだり、風呂を馳走すると言って水風呂に入れさせたり、蹴鞠の鞠を蹴り込んで来たり、様々である。
子供の時間を満喫出来なかった家久の子供の部分が出て来るのだ。
白家久なら白家久で、黒家久なら黒家久で、困った皇帝なのであった。
おまけ:
歳久は、若い世代との距離を縮めようと、養子にご馳走してみた。
つい先日行って来たポルトガル料理を学び、書き記して来たのだ。
「とりぱす、あもだど、ぽると……とか言う煮込み料理じゃ」
「……牛の胃袋ですな。
京辺りでは穢れが恐ろしく、食えんものごわそう」
「ふあばす、こむちょりそん、とか言う豆料理じゃぞ」
「……ゲロを固めたような見映えごあるな」
「こいなら気に入るじゃろ、タコの料理じゃ。
南蛮も結構俺いたちと似たようなものを食べっとじゃな」
「そうごわすな」
一通り食べ終わった感想は
「ポルトガルも、薩摩のごたるゲテモノ食いごわすな」
全く良い風評被害であった。
(歳久曰く「食わせた甲斐が無い……」)




