帝都にて
薩摩一万の軍は、十文字紋の旗を立てながらコンスタンティノープルに向けて進む。
甲冑を纏わず、槍には袋を被せているものの、連年戦しかしていない武士たちの殺気だけは消せなかった。
この行列は、例え異世界に行こうとも己の流儀を崩さない。
行列に乗り入れたら斬り殺される。
先走りの者が、沿道の者たちにそう触れ回った為、血を見ずにコンスタンティノープルまで辿り着けた。
皇帝の御前に島津四兄弟が平伏する。
ローマ皇帝は軍司令、第一市民、カエサルと様々な呼び方が有ったが、東ローマの皇帝は基本は東洋型君主であり、独裁者であった。
それ故、東洋式の跪いての拝礼には慣れている。
このサツマン人の座って平伏の礼は、かなり身分差がある者で、貴族等はしないものだ。
普通は卑屈な相手を見下して良い。
だが、コンスタンティノス11世は、土下座している相手によって威圧されていた。
怖すぎて声が掛けられない。
四人の東洋人の後ろには、彼等が一年経たずに従えたトレビゾンド帝国の傀儡皇帝ダヴィド、オスマン帝国のバヤズィド、モレアス専制公ディミドリオスが礼を取っている。
「我等島津一門、慎んで陛下の御為に働く事を誓いもす」
島津義久の言葉を通訳の宣教師が伝える。
「うむ、苦しゅうない」
返答する皇帝に、島津歳久が進み出て絵図を拡げる。
そこにはバルカン半島、アナトリア半島の下手糞な地図が、帝国でも上質の紙に描かれていた。
「この地を帝国に返還致しもす。
これを以て我等の忠誠の証とし申す」
宮中が騒ついた。
今年の初めは滅亡するか否かの瀬戸際であった。
それが、第1回十字軍の頃の領土が戻って来ると言うのだ、何もしていないのに。
「これで東ローマも安泰ですな」
その義久の言葉に、つい
「見事である。
シマンシュの忠誠を受け入れ、神に感謝する」
と皇帝は発してしまった。
島津四兄弟はこれを待っていた。
すかさず島津義弘が進み出て、宣教師に書かせた上奏文を押し付ける。
「そいでは帝国に返還した地の地頭は、これらの者を任じて下され」
半分以上脅迫である。
皇帝は領土の所有権を得たが、管理権は島津家に任せろというものだ。
つまり、島津家が九公一民なんて言う課税をしても、その責任は皇帝に押し付けられる。
(上手い。
サツマン人は政略センスが有る)
(統治はする気が有るのか分からんがな)
コンスタンティノープルの宮中に出入りしているジェノヴァやヴェネツィアの商人たちは、一連のやり取りを見ていて、そのように感じた。
皇帝は、これまで劣勢でありながら西欧諸国やオスマン帝国と外交や政略で渡り合って来た人物である。
その人物の招きにすぐには応じず、不安にさせて腰を低くさせた。
やっと招きに応じたと思ったら、今度は徹底的に下手に出る。
領土返上を申し出て、喜ばせた後にすかさず実効支配権を皇帝名義で認めさせる。
全てあの謎の地サツマニアを出る前に計画していたのだろう。
ゲルマンやノルマン以上にサツマンは侮り難い。
尤も島津家にしたら、これは四百年前に見たやり方を真似たに過ぎない。
島津家は近衛家の分かれなのだが、たまにある人物の隠し子であるとホラを吹く。
武家の棟梁・源頼朝。
その源頼朝は、武士に押領された荘園を
「全て元の持ち主に返しましょう」
として朝廷や公家を喜ばせた後、
「私が責任を持って返還しますから、土地の取り扱い権を公式に認めて下さい」
として、認めさせた。
そしてその荘園が誰の物かを認定するのは頼朝の匙加減一つで決まるようになった。
更に朝廷の失策につけ込んで、荘園の所有者はそのままに、地頭なる管理人を置く事を認めさせる。
そしてじわりじわりと公家から武家に土地管理権を移行させていった。
そのやり方を真似て、島津家は所有者は皇帝、実効支配者は自分たちという方式にした。
仮に島津家が持つ土地に手を出した敵がいた場合、皇帝の土地を侵略した罪で帝国全軍を動員して叩き潰せる。
それを教えられていたから、モレアス専制公もトレビゾンド皇帝もあえてビザンツ皇帝に臣従し、領土を返上しつつ、支配権はそのまま認めさせた。
こうして一応、往年の東ローマ帝国の姿が復活した為、宴会が開かれる事となった。
ヴェネツィアやジェノヴァ商人は、同時に外交官であり、政治家でもある。
彼等は、野蛮に見えて高級な絹の服を仕立てる謎の民族サツマン人と接近する必要を感じた。
彼等は伝手を探し始める。
ビザンツ皇帝もやられっぱなしではない。
皇帝は典医を派遣した。
「イェヒ・シマンシュ殿、よろしいでしょうか?」
「何な?」
「顔色が悪いように見えます。
何処か具合が悪い所は御座いませんか?」
「ほお?」
家久はしばし考え
「実は胃の腑の辺りが良くない。
宴席も途中で抜けようチ思っちょった」
「是非私どもに診断させて下さい。
私どもローマの医学は世界最高です。
完治させてみせます」
そう言って島津家久を通じてビザンツ帝国の医学科学が世界一!と教えようとした。
……診察したところ、島津家久には死に繋がる内臓疾患が見つかった。
「何としても治すのだ!
自信満々で診察を請け負った挙句、手の打ち様が有りませんでした、では話にならん!
それに、イェヒというのは王弟のようだ。
死なせでもしたら、報復されかねない。
奴等に理屈は通じそうに無い!」
ビザンツ帝国の医師は、その総力を挙げて島津家久の治療に当たる。
さて、ヴェネツィアやジェノヴァ商人は、私的にシマンシュと接触しようとして、通訳の宣教師からは断られ続けていた。
今や彼等は薩摩における内なる不平分子である。
薩摩の行動原理は布教活動と合致せず、むしろ異端に味方したり、キリスト教国を攻めたりと訳が分からない。
逆らえば殺されるから従っているが、本来ならカトリックの為に働きたく、隙を見て裏切る気満々である。
島津家が各地に宣教師を連れて歩くのは、通訳であると共に、そうした方が都合が良いからだ。
啓典の民、即ちユダヤ教、キリスト教、イスラム教しか存在しないこの地において、仏僧を連れ歩くより、宣教師を連れて歩いて「キリスト教と関係ある」と示した方が摩擦が起こらない。
その癖内部では決して仏教を捨てようとしない。
宣教師は、通訳以外は余計な仕事はしないつもりでいたのだ。
途方に暮れる商人の前に、例外が現れる。
「同輩たちは皆断ったようですが、私がお力になりましょう」
その男はイエズス会の宣教師でイグナトゥス・ティッツァーノと名乗った。
ジェノヴァ、ヴェネツィア商人は喜び、シマンシュ王との仲介を頼む。
薩摩人は決断が早い。
頼んだその日の内に、面会が叶った。
「何用か?」
通訳を挟み、島津三兄弟(家久は入院)と2つの都市国家の代表が談合する。
「ジェノヴァはシマンシュ様を支援させていただきます」
「ヴェネツィアも同じで御座います」
「そいは有難か。
礼を申す。
そいで、見返りは何じゃ?
此処には我等しか居らぬ。
有り体に率直に申せ」
「我々は海上貿易を一手に引き受けております。
シマンシュ様にもその庇護を……」
「回りくどか!
邪魔な国、欲しか国が有っとやろ?
でのうては、俺い達に近づくとは思えん」
代表団の顔から汗が噴き出す。
気が短い癖に考えが深い。
中々厳しい相手だ。
「では話します。
我々が欲しいのエーゲ海の島々。
しかし我々だけではイスラムの海賊どもに妨害されます。
それ故に、エジプトとカルタゴ(チュニジア)のイスラム勢力をどうにかして頂きたいのです」
「質問が有る」
「何でしょう?」
「そこは過去一度でも東ローマとやらの一部であったかの?」
代表は顔を見合わせる。
何故そのような事を聞くのか?
そして、実際のとこどうだったか?
「確かエジプトは東ローマの領土でした。
カルタゴは一時期、東ローマの将軍が占領した事があります」
「良か!
ならば大義名分の元に戦が出来るの」
「左様ごわす」
島津三兄弟は内輪で話した後、都市国家の代表に告げる。
「俺い達は東ローマとやらの旧領を攻め取る気ぞ。
エジプトやカルタゴもそん中に入ってるなら攻むる。
島々は勝手におはんらが切り取れば良かど。
そして思う存分貿易をすれば良か」
「おお!
有難うございます」
「そん上でわいらもおまんさらぁに要求バ有る」
「何なりと」
「鉄と硝石を寄越せ」
「は?」
「聞こえんか?
鉄と硝石じゃ。
硝石は火薬に使うとじゃ」
「それは分かります。
お幾らに値引き致しましょう?」
「寄越せ言うたら、無償に決まっちょる。
おはんら、人に頼みごつして、自分は金バ取ろうチ言うんか?」
「め……滅相もない。
ですが、鉄も硝石も高い品です。
無償でお譲りするなら、もう一つお願いしてよろしいですか?」
「そん前に聞く。
確かに無償で渡すとじゃな!?」
「は、はい、喜んで〜!」
「良か。
で、お願いのお代わりは何ぞ?」
「しばしお待ちを」
代表団は地図を広げ
「この海に突き出た国、ナポリ王国、これもお願いします」
「この地もかつて、東ローマが征服していました」
「又四、又六、どげんじゃ?」
「エジプトやカルタゴ攻めと重なりもすが、水軍が必要ごわす。
じゃっどん、薩摩には十分な数の安宅船はごわはん」
「じゃけんど、この帝都を見たら、安宅船より大きく、人を運べそうな船バ御座いもした。
あいを使えるなら……」
「ご使者殿」
「はい」
「おはんらの国には、あん港に有るような二本帆柱や三本帆柱の船は有っとか?」
「恐れながら、今指差している船は、全て我々の国の商船です。
ビザンツにはあのような船は5隻しか残っていませんが、ヴェネツィアには数十隻が有ります」
「ジェノヴァにも五十隻が有ります」
「ならば、わいらの兵児はあん船で運べ。
そいなら、この地中海の何処であれ攻められもんそ」
薩摩は上方に比べ貧しく、鉄砲装備率は高いが、火薬と弾丸が足りない。
仇敵大友家が持っていた仏郎機や国崩しという大鉄砲も持っていない。
兵は強いが、装備は旧式である。
水軍も弱体で、上方軍を海上で迎え撃つという発想すら無かった。
それらをジェノヴァやヴェネツィアに補わせる。
一方ジェノヴァやヴェネツィアは、下手な傭兵等手も足も出ない強力な軍隊を後ろ盾に出来る。
扱いは難しいが、彼等が欲しがっている鉄と硝石を交渉材料にすれば何とかなるかもしれない。
この日、同盟が締結された。
なお、護衛の一万の兵ですが、薩摩に置いておくと無駄飯食ってるだけなので、口減らしも兼ねて連れて来て、ビザンツ帝国に無料飯食わせて貰うつもりです。
「飯食わせないと、何仕出かすか分からんぞ」
と脅迫済みです。
小さな都市の人口と同じくらいの兵士に、タダ飯なので皇帝も頭が痛いところです。




