サツマニア神学とチェスト主義
問い:サツマニア神学とチェスト主義の違いって何なんでしょう?
豊久「知らぬ」
義弘「興味無か」
義久「伴天連どもに聞け」
皇帝家久「神様万歳という意味でチェストすんのがサツマニア神学。
くたばれ神様という意味でチェストすんのがチェスト主義」
歳久「よーく考えた上でチェストすんのがサツマニア神学。
とりあえず目が合ったらチェストすんのがチェスト主義」
イグナトゥス「どっちも異端です」
東郷重位「考えるんじゃなか、感じっとじゃ」
さあ、誰が正しいのだろうか?
”主なる神は土の塵で人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた。そこで人は生きた者となった。
主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。
また主なる神は、見て美しく、食べるに良い全ての木を土から生えさせ、
更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とを生えさせられた。
また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。
その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地を巡るもので、
その地の金は良く、またそこはブドラクと、縞瑪瑙とを産した。
(中略)
主なる神はその人に命じて言われた、
「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。
それを取って食べると、きっと死ぬであろう」”
(創世記)
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主なる神は、「知恵の実を食べてはならない」と言った。
その言いつけに背き、まず女が、そして男が食べてしまった事で人の罪業が始まる。
もしも「知恵の実」を食べていなかったなら??
「知恵の実」はリンゴであるとされる。
しかし、彼の地で神父たちはリンゴを見かけなかった。
彼の地の民は、裸である事を恥と思わない。
ただ礼儀作法の為に服を着ているだけだ。
彼の地は男が女よりも圧倒的に尊ばれている。
まるで女性は「やってはいけない罪を犯す」者であるかのようだ。
もしかして、サツマン人は「知恵の実」を食べず、エデンの園を追われなかった人類の末裔では無いだろうか?
どうにもそう思われる節が見つかってならない。
彼の地では金が採れる。
黄金のような穂を出す穀物を食べる。
ブドラクではないが、ドブロクなる飲み物がある。
主なる神は人類に「死」を与えたが、サツマン人は殺しても中々死なない。
「死」に対し、ある程度の免責を受けているかのようだ。
主なる神は、預言者モーセを通じて十の戒めを授けて下された。
1.汝は私の他に、何者をも神としてはならない。
2.汝は自分のために刻んだ像を造ってはならない。
3.汝は、汝の神・主の御名をみだりに唱えてはならない。
4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。
5.汝の父母を敬え。
6.汝殺すなかれ。
7.姦淫をしてはならない。
8.汝盗むなかれ。
9.隣人について偽証してはならない。
10.汝の隣人の家をむさぼってはならない。
サツマン人を見てみよう。
1.ヤハウェ以外の神を祭っている。
2.奇妙な偶像をあちこちに造って敬っている。
3.「薩摩の薩は、菩薩の薩じゃ」と神の名の一部を自国の名にし、常々口にしている。
4.新年は休むが、それ以外は農業か戦争かでしか休まない。
5.これは守られている。
6.殺さずば薩摩人に非ず。
7.姦らねば薩摩人に非ず。
8.略奪せねば薩摩人に非ず。
9.欺かねば薩摩人に非ず。
10.隣国から奪わねば薩摩人に非ず。
十戒は一個守られているだけである。
神罰が本当に存在するなら、このような民は滅亡しなければならない。
だが、勝つのはサツマン人なのだ。
実は、彼等こそ神に祝福された民なのではないだろうか?
最初は布教や、カトリック諸国の軍事的勝利の為に薩摩を調べた者は、次第にキリスト教に疑問を覚え出す。
彼等の価値観では「悪」なのに、彼等は益々栄え始めている。
信仰が揺らぐ。
ここで踏みとどまった者が辿り着いたのがサツマニア神学、
転んでしまった者が作り出したのがチェスト主義となる。
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サツマニア神学から説明しよう。
この神学は、異教である曹洞宗の僧侶がヒントを与えたものだった。
要は「迷いを断て」というもの。
迷うのは有り得る事なのだ。
だが、いつまでも迷っていてはならない。
僧侶は、只管打坐と説くが、司祭たちはそれは受け入れない。
だが、瞑想する事は悪くない。
禅とやらは、その宗教の聖人に倣って壁に向かって瞑想するという。
では我々キリストの使徒は、神の声の聞こえる場所で瞑想しよう。
荒地で襤褸を着て、頭に荊の冠というキリストのコスプレをしたりしながら試行錯誤し、結局彼らは教会回帰、カトリックの教義遵守に辿り着いた。
一見神の教えが間違っているように見えたとしても、悩むな、神を信じよ!
悩んだ時は教会に来て、ひたすら心を鎮め、神の声を聞くのだ。
ここにも禅の影響、というか指導法が入る。
神の声を聞く瞑想は、正しい師の導きを必要とする、彼等はそう説く。
禅では野狐禅という、形だけの禅というものを定義している。
魔境という間違った悟りについても説いている。
禅を組み、意識が朦朧とすると、時に幻聴や幻覚を見る。
それをもって、神と通話出来たと思ってはならない。
それはむしろ悪魔の誘いなのだ。
サツマニア神学では、人の迷いを大事にする。
元々人間とは迷える子羊なのだ。
それを説教して導くのも良いが、只管内なる心の声に聞けと言うのがサツマニア神学だ。
その方法を正しく指導出来るのは、正しい教育を受けた司祭、司教などである。
ひいては教皇が最高指導者であり、一番の師となる。
完全なる「教皇を第一の使徒とする」カトリック教義への回帰。
サツマニア神学は、一向宗と似た「考えるな、ただただ神に心を委ねよ」ではなく、「納得いくまでじっくり考えよ」となる。
そして「今聞いた神の声は、天におわす主なる神の声ではない、主なる神が罪深き人間に残された良心という、神の残滓の声を聞いただけで、本質は自分なのだ」と説く。
どのような声になるかは分からないが、納得した後は「議を言うな」という薩摩流の苛烈さを説く。
本来「議を言うな」というのは、議論を尽くした後に「また同じ事蒸し返すな、さっき納得しただろ」と、愚痴愚痴繰り言を述べる者に使う言葉だ。
島津義弘や島津豊久みたいに、面倒臭いから「議バ言うな」は本来間違っているのだが、彼等は彼等の頭の中で散々に考えて戦術を組み立てているので、彼等の頭の中では議論は終わっているのだ。
サツマニア神学では、迷いを肯定する一方で、一回答えに辿り着いたら「疑うな」と説く。
何度も迷っていたら前には進めないのだ。
だから、納得するまで、自分の内なる神(良心)と対話し、分かったならもう迷わずに生きるのだ。
この神学に辿り着く際に、曹洞禅というものを参考にした事を、神父たちは気にしている。
そこで「仏教は異教で信じるに値しないが、禅は哲学に通じるから問題ない」とした。
禅そのものを取り入れた訳ではなく、参考にしただけだと言うので、異端スレスレではあるが何とか通った。
(そもそもキリスト教は、ミトラ教の祭典をクリスマスに取り入れ、初期においては輪廻転生を信じていたし、ゲルマンの信仰と重ね聖母信仰を始めた等、意外に他教の影響を受けている)
教皇の権威は「内なる神の声を聞く瞑想・問心法を教える最高の存在」となったので、教皇にとっても都合が良いといった側面もある。
そして、如何なる答えをも許容するというサツマニア神学本来の考えではなく、司祭たちが導く形で、彼等の望む答えに辿り着かせる形にねじ曲がっていく事になる……。
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一方のチェスト主義は一種の「野蛮主義」である。
そもそも論で「主なる神は知恵の実を食べるなと言った、つまり人間に知恵は不要」から始まる。
そしてサツマニア神学と同じく「ひたすら信じ抜け」に辿り着く。
島津義弘や島津豊久の生き方を見てみろ、迷わない、一度決めたら貫き通している。
徹頭徹尾、無駄なものを削ぎ落している。
贅沢はしない、無駄な装飾もしない、美食にも走らない。
一方で怒れば殴り、許せば後腐れが無い。
感情的で、感性に従って生きている。
だが、それこそが人間本来の姿ではないのか?
知恵の実を食べた人間は、虚飾を覚え、奸智に長けるようになり、無駄な事に必死になった。
全てを削ぎ落せば、それは神が造った人間そのものに戻れるのではないか?
戻れずとも、その生き方の方が神の祝福を受けるのではないか?
サツマン人を見よ、あんな土と藁の家に住み、麻地の服を着て、草で編んだのサンダルを履く貧しさであるのに、幸せそうではないか。
チェスト主義は、示現流とも結びつく。
当の東郷重位は何も言っていないのだが、哲学者が勝手に結びつけた。
剣を学ぶのに、稽古用の剣や甲冑、師をつける必要は無い。
自然の中を裸で走り回り、棒一本と立木があれば、それで十分強くなれる。
そして、一の太刀を信じたら迷ってはいけない。
地を断ち、海を断ち、空を断ち、己の迷いも断つ。
人を斬り、魔を斬り、神を斬り、全てを斬る。
野生を取り戻さなければならない。
野生を取り戻すべく、無心に棒を振り、身体を鍛えていると様々な物が見えて来る。
月日や星々の流れる様、自然の息吹・風の声、動物の力・植物の強さ、己の心の濁り。
無心であれ、最短コースを突き進め、己の命も捨てよ。
これらの教義を一言で言うなら「チェスト」である。
それはキリスト教のアーメン、イスラム教のアッラーアクバル、仏教の南無なんちゃら仏と同じ、全てが込められた言魂なのだ。
チェスト!!
キリスト教からしたら、まさに「異端」である。
一度神の教えを知ったのに、このような考えに至るとは何事か?
だが、チェスト主義者からしたら、キリスト教とは「禁断の知恵の実を食べた罪深き人間の為の教え」であり、チェスト!という叫びや一心不乱の剣の稽古で罪を吐き出して、知恵の実を食べる前の無垢な人間に戻った者に対する教えは別な筈だ。
罪深き者を救う教え等、罪を得る前に戻った無罪の者には不要!
十戒すらチェスト主義者には守るべき戒律では無い。
彼等の戒律はただ一つ、「無駄な事をするな」である。
無駄に食うな、無駄に女を求めるな、無駄に殺すな。
逆に言えば、必要なら殺して構わない。
そうだろう、「汝、姦淫する事勿れ」と言ったって、子孫を増やすには姦淫する他無いではないか。
純潔を求めるという考えそのものがおかしいのだ。
チェスト主義者とキリスト教の敬虔な使徒とは、口論にならない。
気に食わないと、チェスト主義者が最短コースで相手を物理的に黙らすからである。
……時に永遠の沈黙に……。
このチェスト主義はヨーロッパ社会を徐々に浸食していく。
ルネサンスと呼ばれる芸術の革新でもそうだ。
均整の取れた完璧な構図を離れ、あえて不完全だったり、歪つだったり、荒々しい画風が生まれる。
肝心のパトロンがそのような荒くれ芸術を好まず、芸術家の個人的な作品として死蔵されたりしたが、このチェスト主義は発展し、印象派、キュビズム、ネオバーバリズムという芸術を産む。
後にプロイセンと呼ばれる地域では、単純な生き方、合理的な思考、無駄の無い工業製品になって現れる。
薩摩と共に時空転移したイグナトゥス大司教は、この先徹底的に宗教改革を潰そうとするが、よりにもよってチェスト主義の無駄を嫌う考えに影響を受けた宗派が現れてしまう。
薩摩の影響力は、かつて薩摩人が語った通りであった。
「お前たちは薩摩と同化する。
抵抗は無意味である」
おまけ:
ポルトガルの前に、島津使節団はグラナダに立ち寄った。
新たに出来た味方に、君主アブルハサン・アリーは喜び、貿易や軍事同盟等諸々手を組む。
だが、イスパニア諸王国に攻められていながら、このナスル朝では内紛が絶えなかった。
彼等にしたら、アブルハサンの勢力が強くなるのを望まなかった。
彼等は宮中で島津家一向を襲う。
「莫迦じゃろか? こ奴ら」
「俺いどんらぁをナメんのもいい加減にせい」
「まだ薩摩ん力バ知らん虚気者がおったとか」
東郷重位のみならず、正使島津晴蓑入道他、使節は全員刀なり槍なり甲冑柔術なりの心得がある。
無防備と思って襲い掛かるも、湾刀を奪われると、ズタズタに切り裂かれたり、素手で首の骨を折られたり、鉄扇で脳天を砕かれたりして全滅した。
不手際に恐縮するアブルハサン・アリーだったが、彼の政敵の内、宮中に居た者はここで全滅した為、彼は大いに得をした。
島津家一向がポルトガルに向けて船出しようとすると、不審者が。
「殺さないで下さい!」
「我々はこの地の陶工です」
「この国は長く持たないと思います。
いっそ、あなた方の国に連れて行って下さい」
「一生懸命働きます」
陶工たちは薩摩に連れて行かれる。
そしてラスター彩陶の技術を取り入れたラスター薩摩焼が生まれるのであった。




