愛の戦士たち
イズミールにて。
「本日、殿はミラノにて講和会議ごわす」
「あら? 焼き討ちの報告は無いのですか?」
「はっ」
「心配ですわ、お身体でも悪くしたのかしら……」
(もう焼く場所が無くなったからごわんど……)
戦争では戦略を立てた上で戦術能力の高い将軍を起用する。
戦術より戦略が優先というのは、多少でも戦争を知る者なら基礎として覚える。
戦略の更に上位概念に政治目的が有る。
政治的に何かをしたいから戦争をし、戦争を有利に進める為に戦略を立てる。
時に両者が重なる事も有る。
天正十五年頃の島津家の場合、
・政治目的:中央政権の干渉を受けぬ独立状態維持
・戦略大:九州を全土支配する
・戦略中:残敵である大友家を屈服させる
・戦略小:肥後方面と日向方面の二路から侵攻
といったところであろう。
では今回の皇帝家久の政治目的は何か?
ミラノ公の愛妾を奪う事?
否、そんな些少な事では無い。
イタリア半島国家の威圧が目的である。
ミラノが黙って愛妾ルクレーツィアを差し出していれば、家久は別の国に別の要求をしただろう。
全ての国が多少理不尽な要求でも呑むなら、全土が薩摩・東ローマに逆らえないという証明だから、それで良い。
拒否した場合、軍を動かして、今一つ島津の恐ろしさを理解していないイタリア諸国に恐怖を刷り込む。
皇帝家久も、最初からこう考えていた訳では無い。
最初はルイ11世の進言に何となく乗ってみただけだが、ミラノ公の激しい拒否により、イタリア全土威圧というものを思いついてしまった。
美女なんてどうでも良い。
二度目の命令に従わなければ討伐し、邪魔する国も滅ぼす。
二度目の命令に従うなら、似たような命令を何処か別の国に出そう。
シェイクスピアが後に「花戦役」と名付ける戦争は、色気の欠片も無い政治的計算によって始められたのである。
奇しくもそれは、日本に島津家が残っていた場合、徳川家康という権力者が行ったやり方と酷似する。
前田利長、次いで上杉景勝に難癖を付けて兵を挙げる口実としたやり方。
徳川家康の場合、大坂から移動する事で軍事的空白を作り、そこで潜在的な敵に敢えて挙兵させる裏が有る。
島津家久にはそこまでの裏は無かったが、敵の方も直江状を返すような才人でも無かった。
そこで堂々と戦争を起こし、今迄対岸の火事として実害を被って来なかった北イタリアにも恐怖を与える。
なので、そこまでやれとは指示してないが、島津豊久が無関係な近隣諸国まで襲撃し始めた時、彼が地図も読めない莫迦でない事だけ確認し、黙認した。
ミラノ公以外は、島津には触るべきでは無いと恐れを強くした。
そして、教皇領まで恐れ慄けば良いが、ここはまだ心が折れていない。
もう一国、フィレンツェ共和国の銀行家どもは大量の金銀で心を折り、「島津様には敵わない」と思わせつつあるが、肝心のメディチ家はまだやり合う気なようだ。
曲者老人のコジモ翁が、息子のピエロ以上に期待を掛けた孫のロレンツォ、最近痛風に苦しんでいる父に代わって外部仕事を請け負っているこの男が、まだ薩摩・島津を恐れていない。
だが、そろそろ潮時だと皇帝家久、島津豊久のみならず、相談役の晴蓑入道歳久も考えている。
停戦を持ち掛けたのがロドリーゴ・ボルジャである事に家久は警戒し、一度は拒否したが、ナポリの歳久経由で再度申し込んで来た時に受け入れた。
歳久はイスパニア諸国との小競り合いにおいて、ローマ教皇を担ぎ出した為、ロドリーゴ枢機卿の申し出も断れなかった。
また、教皇庁への調略担当として、実力者の一人ロドリーゴ枢機卿を蔑ろにも出来ない。
ロドリーゴ枢機卿の方も、それを分かってナポリに使者を出している。
ロドリーゴ・ボルジャの抜け目の無さを警戒しつつも、歳久と家久は講和の条件に大筋で合意した。
余談だが、この頃から欧州諸国は薩摩の異常な通信能力や時刻調整能力というソフトウェア面に注目し始める。
急報は一両日中、多少複雑な内容でも三日でナポリからコンスタンティノープルに届く。
(おそらく、狼煙が急報を伝えているのだろうが)
各地の外交官や商人は、島津支配地に大量に在る狼煙台と、頻繁に上がる狼煙を見てそう推測している。
他に手旗信号、早飛脚、太鼓から大声まで様々有るが、一番肝心なのは「伝達を間違えた者が居る通信詰め所の者は全員切腹」だろう。
流石に三回同じ内容を送信し、簡単に伝言ゲーム的な誤伝達をさせないようにはしているが。
(更に別な通信手段も有る)
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この薩摩の通信能力で、豊久も戦争は勝ちで終わると知り、一万以上に膨れ上がった途中参加兵力に銀一封を渡し、解散を命じた。
「噂と違い、物分かりの良い将軍じゃないか!」
と、ミラノ公領民が聞いたら激怒しそうな事を言って、傭兵たちがホクホク顔で帰って行った。
豊久は、家久からの通信で、大体の講和条件について知っている。
ミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの生命は保証すると決まった事も知っていて、気に食わないながらも従っていた。
教皇領とフィレンツェからの使者を陣中で歓迎し、そして城まで案内し、ミラノ公と交渉させる。
この辺は外交僧がいた日本でのやり方と変わらない。
現地での交渉は難航しているようだが、ロドリーゴ枢機卿とロレンツォ・デ・メディチが乗り込んで来て、やっと女1人を諦めさせたようだ。
(「負けると感じながら、降りない阿呆」というロレンツォ・デ・メディチの呟きが効いたと噂される)
和議成立後、豊久はロドリーゴ枢機卿に誘われ、スフォツェスコ城の最も高い塔に上る。
そこからミラノ領を見下ろす。
そこに都市はなかった。
ただ廃墟があるだけであった。
破壊の限りを尽くされた地上には音も無く、動くモノも無かった。
「人が幸せに生きたいという気持ちに変わりはありません。
なのに貴方たちは戦ってしまった。
我々、人ががしなければならなかったのは、愛し合うことではありませんか?」
ロドリーゴ枢機卿が豊久を説いてみる。
通訳越しに話を聞く豊久。
そして言った。
「確かにそうじゃ、俺いには愛が足りんかった」
「おお、お分かりいただけ……」
枢機卿を放って豊久は塔を駆け下りる。
そして、相変わらずワイン片手に余裕をかましているガレアッツォの元に辿り着く。
「なんか言いたい事でもあるのか?
言っておくが、私の身は安全が保障されている。
なのに手を出し……ガッ」
豊久はガレアッツォに頭突きを食らわす。
ふらつくガレアッツォの首を抱え、さらに両足を掴んで持ち上げる。
そのままガレアッツォの頭を肩に、逆さにしたガレアッツォの身体の両股の部分に両手をかけ、そのまま飛び上がり、着地する。
「グハッ……」
ガレアッツォは首折り・腰折り・股裂きの衝撃で倒れ込んだ。
この暴挙に周囲は非難の声を挙げる。
「手を出さない約束では無かったのか!?」
「手? 出しとらんど。
頭突いただけじゃっど」
「公の生命は保証すると皇帝と約束した!」
「死なん、死なん。
こいくらいで死なん。
俺いの弟なんぞ、一刻(2時間)もあれば甦っど」
(サツマン人と人間を一緒にすんな!)
「貴方は愛が大事だと、分かってくれたのではないですか?」
「そうじゃ、愛が大事じゃ」
「では何故?」
「何故? 尋ねちょる事が分からん」
「貴方の愛とは、頭突きを食らわし、そのような必殺技をかける事なのですか?」
「五所蹂躙絡みは愛じゃなか。
愛とは戦ん事じゃ。
どうにも心が晴れんかったが、そうじゃ、愛が足りんかった!
おはん、坊主だけあって、良か事言ったの」
「…………????????」
「……あの、意味が分かりませんが。
イズミール公、詳しく教えて貰えませんか?」
周囲が首を傾げている中、チコ・シモネッタが聞く。
彼は内心
(私がこのドラ息子をこうしてやりたかったのだが……)
と思っていたが、おくびにも出さない。
「愛とは愛宕権現の愛じゃろが」
「アタゴゴンゲン? それは何ですか?」
「戦の神じゃ。
おはんら、そげん事も知らんか?」
周囲は頭を抱えた。
(こいつら、愛って概念すら無いのか?)
豊久は、戦い足りず鬱々としていたが、こうしてミラノ公と愛である一本勝負をしたから、これでもう蟠りは無いと言った。
(いや、あんたはそうかもしれんが、こっちは理解が追い付いていないのだ!)
周囲がどう反応したら良いか分からず混乱する中、ロレンツォ・デ・メディチだけは笑っていた。
(なる程、こいつらおかしい。
理屈が通じない。
だから面白い)
そして豊久は物資・食糧の略奪禁止、放火の禁止の命令を出す。
安心したイタリア諸侯は、次の命令に驚く。
「よし! ここん街の女っちゅう女、全部攫っていくど!
ルクレーツィアとか言うのは別嬪じゃ言うから、醜女は置いていって良か」
「お待ち下さい!
女性を差し出せば良いとの条件では無かったのですか?」
「俺いは、そんルクレーツィアなる女子を知らん」
「あの人です」
「おお、おはんがルクレーツィアじゃっど?」
豊久に睨まれながら問われたルクレーツィアは、恐ろしくて声も出なかった。
「違う言うちょっど」
「怯えて何も言えないだけです」
「どいがルクレーツィアか分からんから、別嬪は全部連れて行くで。
なに、安心せい。
皇帝は女が嫌いじゃで、分かったら戻して貰えっじゃろ」
こうしてミラノ領で、少女から美熟女まで、美女という美女は攫われていった。
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豊久の凱旋に、皇帝家久もまた頭を抱えた。
誰が美女1万人も連れて来いと言った!!
「いや、明らかに違うと分かった者は、傭兵やら肥後者やらへの恩賞として減らして来たで」
「そういう問題じゃなか!
こいじゃ、まるで俺いは色情狂じゃなかか!」
「側室にすんじゃなかチか?」
「ヴラドが恩賞、恩賞と五月蠅いで、奴に渡す為の美女じゃ」
「そげん事はもっと早う言いやせ」
「言うた! おはんが話半分で出陣しただけじゃろが!」
「まあ、大した違いは無か。
細かか事気にしちょったら、禿んで。
こん中にルクレーツィアがおるで、捜したもんせ。
じゃあ、俺いは出水城に帰っでな。
女子一人でも手を付けたら、義母さぁが怖いでな……」
「で、誰いがルクレーツィアじゃ?
名乗り出い」
家久は豊久よりは怖く無い。
自分のせいでこんな事になってしまったルクレーツィアは顔を挙げ
「私です。
私がルクレーツィア・ランドリアーニでございます。
よろしければ、私以外は全てお助け下さい」
そう言った。
(ほお! これは!)
ルネサンス期美女とは、体格が良く、肩幅の広い、どっちかというと厳つい女性だった。
その上で胸が大きい。
大柄で色気ムンムンな女性は、家久の苦手なタイプである。
少女体型というか、背丈も胸も腰も控えめなジャンヌ・ダルク母娘だと、今度は色気を微塵も感じない。
物腰が柔らかい上に小柄で、子を4人産んだ経産婦の腰の大きさはあるものの、控え目な色気なルクレーツィアは、物凄く狭い家久の嗜好に入っていた。
「女、気に入った!
おはん、俺いの側室にないや!
優れた女子だけが残れば良か。
こやつ以外の全員をワラキアに送り付けてやれ!」
女性たちは愕然となった。
焼討将軍に攫われ、悪皇帝の元に連れて来られたかと思ったら、串刺公の元に送られるのだ。
そして「恩賞」を受け取ったヴラド3世も
「俺1人で食うには多過ぎるな」
と、部下の軽騎兵たちに分け与えた。
この時ワラキアには島津義弘とスパルタ人の一部も居た為、彼等も恩恵に預かる。
そしてワラキアは東西南北様々な血が混じり合ったせいか、美女がやたら多く生まれる地となった。
ミラノは美人を全部攫われた上、生き残った農民や町人たちも戦わなかった領主を見限って近隣に逃げてしまい、やがて「ブスの都」と呼ばれるまでに落ちぶれてしまった。
問い:
「皇帝陛下にとっての愛とは何ですか?」
家久「愛染明王(軍神)じゃろ」
「もしかして軍と愛が意味逆転していませんか?」
家久・豊久「軍は軍荼利明王(軍神)じゃろが!
何をおかしか事言うちょる?」




