ナバラ王国摂政レオノール
スフォルツェスコ城にて
「ガララテが焼き払われました!」
「ロッツァーノの集落でサツマン軍が略奪」
「セッティモ・ミラネーゼでも略奪。避難民が押し寄せています」
「チェザーノマデルノ、炎上しています」
「サン・ドナート・ミラネーゼにサツマン軍侵攻、援軍を求めています」
「なんであの将軍は無駄な事ばかりするんだろう?
私には全く痛みが無いと言うのに」
ガレアッツォ・マリア・スフォルツァはこんな感じである。
イベリア半島には4つのキリスト教国と1つのイスラム教国がある。
地中海に面したアラゴン王国、中央部のカスティーリャ王国、大西洋に面したポルトガル王国、そしてフランスとの国境に位置するナバラ王国がキリスト教国である。
イスラム教国はグラナダのナスル朝のみ。
先年のマグリブ征服戦争の後、島津家久はハフス朝のウスマーンを仲介に、ナスル朝に誼を通じる使者を送った。
国土回復の圧迫に苦しむナスル朝は喜んで東ローマ皇帝の使者に接し、外交関係の樹立と通商を開始する。
もう一国、ポルトガル王国にも使者を送るべく、然るべき伝手を家久は探している。
ナバラ王国が薩摩に敵対したのは、それとは無関係な所から始まる。
ナバラ王国は国王の正統性を巡り、内戦を起こした。
そして敗北した側を、フランス王ルイ11世が受け入れ、正統な王位を巡る争いに介入しようとしていた。
トリエステの拳骨事件でルイ11世が薩摩に連行されてしまい、暫く滞って居たが、王の帰国に伴い再始動する。
フランスはルネ・ド・アンジュー(ルネ・ダンジュー)をアラゴン王候補として送り出す。
そして、その承認を各国に求めた。
無論、東ローマ帝国にも。
アラゴン王フアン2世は、ブルゴーニュ公国及びイングランドと結び、フランス包囲網を形成する。
だが、フアン2世はフランス国王が帰国早々に謀略を使って来た事に疑問を持つ。
東ローマ帝国皇帝、悪名轟く陰謀家・家久、彼とルイ11世の共謀では無いだろうか?
囚われの王に陰謀を企む精神的余裕は無い筈だ、というのがフアン2世の疑問である。
これは、東ローマ皇帝が陰謀の相棒にルイ11世を選んだなら、囚われの身でありながら陰謀の準備が出来るという事で解答が出た、フアン2世はそう思っている。
……実際は、捕虜にする予定も無い人を豊久が勝手に拉致して来たから、帰国まで放置し、薩摩犬相手にモフモフしたり頬ずりしては噛み付かれていただけだったのだが。
レオノールは、フアン2世の娘で、この時期摂政をしていた。
父親が内乱鎮圧や外交、謀略戦に専念していた為、彼女が内政の面倒を見ていたのだ。
そんな彼女に、父親は反薩摩連合軍を纏めろと言い出した。
ここ最近陰謀塗れで眼が曇るフアン2世には、東ローマ帝国がフランスと手を組んで自国に手を出そうとしているように見える。
イスラム教国ナスル朝と通交したのがその証拠、彼等は北アフリカからグラナダに兵を入れ、レコンキスタを逆戻りさせるようにキリスト教勢力を北に追いやるつもりだ!
レオノールは、幾ら何でも被害妄想が過ぎるとは思ったが、父親には逆らえない。
例によって、ナバラ王国もカスティーリャ王国やアラゴン王国と複雑な姻戚関係、兄弟で王位を分け合ったり、同君連合を組んだりして来た。
ナポリで討ち死にしたアルフォンソ1世も、サレルノで首を取られたビアナ公も、彼等の親戚である。
薩摩は現在、ミラノとキプロスで戦争中である。
この隙にシチリアとナポリを攻め落とそう。
しっかりした戦略があって決まった訳ではない。
フアン2世がそう言うならやってみるか、くらいの方針で連合軍が編成された。
アラゴン、カスティーリャの本命はグラナダ攻撃だが、もし薩摩がグラナダの味方をするなら面倒臭い事になるので、薩摩を遠ざける意味でもシチリア攻略は必要かもしれない。
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このように、フアン2世の被害妄想から編成された連合軍なのだが、これを捻じ曲げて伝えた者が居る。
シェイクスピアである。
『女性を巡る戦い、女王同士の戦い、女策士による華麗な陰謀劇』として『花戦役』という架空歴史小説を書いた彼により、摂政レオノールこそがこの連合軍を指揮する女将軍とされてしまった。
実際にはレオノールはナバラ王国を離れていないし、単に父親の命令に従って各国に話をしただけなのだが……。
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『他人の愛人を求める半魚人、
他国に不幸をもたらす蛙喰国、
この悪の同盟からローマを守らねばなりません!』
◆◆ シェークスピア「花戦役」より◆◆
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……島津の目標はローマでは無いし、フランスと島津は手を組んではいないのだが。
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『半魚人の女将軍カメージュは人魚であった。
その美しい歌声に、イスパニア艦隊は聞き惚れ、罠に誘い込まれてしまう。
私が何とかせねば!
レオナ女王は水夫の耳を蠟で塞ぎ、自らが進路を指示した。
女の歌に蕩けるのは男である。
女の嘘は女には通用しないのだ』
◆◆ シェークスピア「花戦役」より◆◆
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『オデュッセイア』丸パクりのシェイクスピアの架空戦記とは違い、島津に女将軍等居ないし、カメージュの元となった女性は悲惨な生活を強いられていたし、レオノールは摂政でありまだ女王では無い上に戦場には来ていない。
ただ、イスパニア艦隊と島津艦隊の間で海戦があったのは事実である。
場所はシチリア島西端、グランデ島沖。
弱体の島津ガレー船艦隊は、イスパニア艦隊に痛撃を受けて逃げ出す。
それに釣られたイスパニアの大艦隊は、サンタマリア島との海峡まで深追いしてしまう。
そこはサンパタレオ島やシチリア島の湾等、隠れる場所の多い海域だった。
島津晴簑入道歳久は、ここで船の釣り野伏を行った。
島陰から、入江から、艦隊が出現してイスパニア艦隊を攻撃する。
こちらの艦隊は、皇帝家久の新思考艦隊ではなく、現地で建造出来るし、現地人を雇える普通のガレー船、ガレアス船である。
どちらも同じ装備であり、戦術では島津軍が一歩リードした。
しかし、流石はイスパニア艦隊、練度では島津軍の一歩どころか三歩は上を行く。
島や狭い海峡等地の利を活かした釣り野伏だったが、衝角戦ではイスパニア艦隊の方が優越で、船上での斬り込み戦闘も、個人レベルでは薩摩の方が上だが、押し引き、何処で戦闘が始まるかのイニシアチブはイスパニア艦隊が持っていた。
約半日、決着が付かないままダラダラと戦闘が続いた後、日没引き分けとなった。
島津艦隊は沈没15隻という大損害を出したが、8隻拿捕に成功した。
イスパニア連合艦隊は、5隻を撃沈され、8隻拿捕された他、刀傷を多数の者が受けた。
両者痛み分けであった。
(火炎直撃砲、破滅棒火矢は皇帝家久の実験兵器で、本国艦隊の一部にしか搭載されていない)
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『レオナ女王はカメージュ女将軍と会談を持ち(以下略)』
シェイクスピアの架空戦記と登場人物は異なるが、イスパニア連合と島津家とで会談が持たれる事になった。
イスパニア連合は、最初から士気が低い。
島津軍は好戦的だが、イスパニアまで攻めるとなると無理がある。
海戦で、思った以上に相手は強いと判断した両軍は、さっさと停戦交渉に入った。
イングランドの劇作家の筆だと、ここから2人の女性の駆け引きが仰々しい文体で描かれる。
そして隙を見てイスパニア艦隊がティレニア海を北上、ジェノヴァからミラノに食糧を運び込み、ミラノ公は希望を得て戦い続ける事になる。
現実は、島津歳久がローマ教皇領に使者を送り、仲介させてさっさと戦争を終える。
あわよくばシチリア再占領を目指していた連合国だが、それを口に出さず、島津歳久も敢えて問わない。
島津家にイベリア半島への野心や、ルイ11世との共謀について質問する。
島津歳久は馬鹿正直には答えず、ルイ11世との関係は肯定も否定もしなかったが、イベリア半島への野心については
「今は無い」
と否定した。
何なら皇帝家久の証文を持って来ても良い。
ここを誤魔化して、第三の戦線をいたずらに持ち続けるのは好ましくない。
多正面作戦はミラノとキプロスだけで十分だ。
シチリア戦線はお仕舞いにしよう。
連合軍も、フアン2世の妄想に踊らされただけ、そこまで言うならやってみるか、程度の遠征なので、それを受け入れる。
あとはイスパニア連合からの謝罪と迷惑料の支払い交渉に移る。
軍司令官は
「それはナバラ王と直接交渉して欲しい」
と言い、島津歳久も教皇の代理人も承諾した。
そして遠征軍は撤退。
島津歳久は、帝都の皇帝家久に事態解決の報を入れる。
「流石は叔父上、俺いが出張る事も、北アフリカの図書頭殿(島津忠長)を動かす事もなく、よく解決してくいやった」
皇帝は、叔父の日置家の所領を増やし、戦った将兵に銀貨を振る舞い、ワインでない、錬金術伯が完成させた上質の蒸留酒を振る舞った。
この辺り、皇帝家久は機嫌取りが上手い。
戦いは終わったが、教皇を介してナバラ王国と島津歳久との交渉は続く。
これが長引く。
最終的に、謝罪を拒否したフアン2世に代わり、摂政レオノール王女の名で謝罪が為され、賠償金は20年分割払いで落ち着いた。
また、無用の師をさせられたカスティーリャとアラゴンはナバラに戦費を請求、この負担からナバラはこの先の歴史で主役に出られなくなる。
ヨーロッパ全土より金銀を保有する島津家には賠償金等どうでも良いが、とりあえずどちらが先に攻めたか、どちらに非が有るかをはっきりさせたい。
賠償金は払わせる事が決まったが、別にはした金は要らないから、全額ローマ教皇への寄進とする。
仲介料込みだが、取り立て相手は薩摩でなくローマ教皇庁になった為、途中で踏み倒そうにも困難となり、最後まで払い続けなければならなくなった。
この辺の粘り強い交渉と、相手に負荷を掛ける策謀は島津歳久の才智であろう。
では、このシチリア戦線は、サツマン嫌いのイングランド人が描いたようなミラノを救う効果を持たなかったかと言うと、違う。
架空戦記とは言え、史実を元にしている。
シチリアにイスパニア艦隊が来たという事実が、ミラノで籠城している兵や民の希望となったのは確かであった。
女王の作戦がシーマンズを出し抜きミラノ公に希望を与えた、なんて筆を曲げたのは、ミラノ公が籠城を続けた理由がもっとしょうがない理由だったからで、それを隠す為に華々しい作戦成功にこじ付けた。
……ミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァが籠城を続けたのは、自分は飢えていない事と、飢え始めた民を使った「食糧争奪殺し合いゲーム」が楽しかったからだ。
ミラノ・スフォルツェスコ城には、島津豊久に焼き討ちされた国民が避難して来る。
到着した豊久軍砲兵による砲撃も始まった。
さらに、投石機から生首が城内に放り込まれたりもする。
しかし、ド変態は砲声に眠れなくなる事もなく、淡々とワイン片手に籠城を続けていた。
どうしようもないド変態を上に抱きながらも、チコ・シモネッタを始めとする部下たちは必死に防戦と外交をし、民衆も彼等に従い、いつか援軍が来ると期待しながら我慢する。
ミラノ籠城戦はまだまだ長引きそうだ。
おまけ:
「困ったの」
皇帝家久は愚痴を零す。
「神聖ローマ皇帝もポルトガル国王との伝手は無いようじゃ。
回教国では尚更無理じゃ。
ローマ教皇に頭下げて頼むしか無かか?
地の利はカスティーリャやアラゴンに有る。
出遅れたら……痛か」
その話を、偶々帝都に貿易額について報告に来ていた東郷重位が聞く。
東郷は和泉守に叙任され、坊泊郷の地頭として島津宗家の貿易にも関与していたのだ。
「恐れながら……」
「和泉守、如何した。
貿易で何ぞ問題でも起きたか?」
「ポルトガル国王アルフォンソ陛下なら、面識有りもす。
俺いが武者修行しちゅう時、世話になりもした。
礼として剣術指南もして参りもした」
「何時頃??」
「一昨年の事ごわす」
皇帝は持っていた鉄扇を落として、ぼやいた。
「そいさぁ、もっと早う言ったもんせ」
島津家は情報のクラウドサービスが出来ていなかった。
(人脈が皇帝系、豊久系、歳久系、義弘系、東郷重位系とバラバラ)
とりあえず東郷重位がポルトガルへの使者に抜擢された。




