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キプロスのシャルロットとカタリーナ

シャルロットとジャンヌ母娘の会話。

「母上様、シャルロットという女性が増えて迷惑ですわ」

「我慢しなさい。

 私の年代だと男はジャン、女はジャンヌばっかりだったから。

 兄のアランソン公の奥方もジャンヌだし、

 ルクセンブルク公の奥方もジャンヌ、

 乙女ラ・ピュセル捕縛後にお世話をした女性もジャンヌ・ド・ベテューヌって方です。

 男はジャン、ジョアン、ジョン、ヨハン、ホアンばっかり。

 有名どこだとフランス王妃シャルロット様も居ますけど、シャルル、シャルロットはジャン・ジャンヌより少ないわよ」

 この戦争が後世シェークスピアによって「花戦役」と名付けられたのは、女性絡みでの戦争だったからだ。

 一つ目は、ミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの愛人ルクレーツィア・ランドリアーニを東ローマ皇帝島津家久が所望した事である。

 二つ目は、アナトリア半島の南に位置するキプロス島の問題であった。

 キプロス島は、商業利権上ヴェネツィアが影響力を持つ事を望んでいた。

 それはヴェネツィアと島津家が同盟関係を結ぶ際、地中海東部の島嶼をヴェネツィアが抑える事に島津家は協力するという形で現れている。

 1464年、キプロス王国はシャルロット・ド・リュジニャンが女王として統治していた。

 これを島津家の後押しを受けたジャック大司教が反乱を起こして打倒。

 シャルロットはローマ教皇領に逃れる。

 即位したジャック2世は、ヴェネツィアのコルナーロ家から妻を迎える。

 これがカトリーナ・コルナーロである。

 しかし、カトリーナがまだ14歳だった事から、結婚式は行われたものの、カトリーナは依然ヴェネツィアに留まっていた。




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 ミラノ公国と島津家の諍いに、ローマ教皇庁は心底ウンザリしている。

 ナポリの島津領からミラノを攻める時、教皇領は通過地となる。

 第二次ローディ和約に従いミラノ公国の味方をするのが筋ではあるが、先年のローマ侵攻やアンドレアス公暗殺等、サツマニアの恐ろしさがいよいよ実感として分かって来た教皇領の面々は、表立って事を構えたくない。

 そこで教皇領では、シャルロット・ド・リュジナンをキプロスに送り返し、反ジャック2世の兵を挙げさせる事にした。

 薩摩の裏庭で火事を起こし、皇帝を動けなくする策略である。


 この時期のイタリア諸国ではよく有る事だが、昨日の情勢が今日も続いているとは限らない。

 ヴェネツィアは婚姻関係であるカトリーナの縁からジャック2世を助けている。

 だがキプロス王国の政界においては、ジェノヴァは親女王派の反ジャック大司教派だったのだ。

 ジェノヴァも薩摩の同盟国だが、この場合は反薩摩に回る。

 ジェノヴァもまた、ナポリから進撃する島津軍の通路に当たるし、軍事的にはミラノ公国の後ろ盾を得ているのだ。

 従って、面従腹背でジェノヴァはローマ教皇庁の陰謀を海上から助ける事になった。



 同じく第二次ローディ和約に参加し、かつ島津軍の通路に在るフィレンツェも、この戦争を止めようとしている。

 ピエロ・ディ・メディチは政治家としては優秀で、反メディチ家の蜂起をあっという間に鎮圧している。

 代わりに銀行業は不得手で、メディチ銀行は業績悪化する一方であった。

 そのピエロが、最近は銀行に入り浸り、様々な薩摩絡みの債権を集めている。

 借金返済を盾に戦争を止める策であろう。




 イタリア諸国が蠢く中、皇帝家久も動いている。

 彼は、「敵の顔を見たらとりあえず殴れ」という島津家には珍しく、しっかり準備をしてから事に臨む人物である。

……身内がやらかした後始末もさせられるが。


 そんな皇帝家久は、最近はドイツ人とよく会っている。

 この時代正式にはドイツという国は無いので、神聖ローマ帝国諸侯というべきかもしれない。

 佐奈田余八ことヨハン・フォン・ブランデンブルク=ホーエンツォレルン氏を皇帝家久は厚遇した。

 錬金術伯と呼ばれた彼は島津義弘によって囚われ、薩摩で様々な仕事をさせられた。

 名ばかり奉行で、仕事の割に報酬は少なかった。

 それはそれで幸せそうな学問馬鹿のヨハンであったが、当時の島津忠恒が島津宗家嫡男に決まってからは、待遇が一気に好転する。

 ヨハンは常に監視され、国外と連絡は取らせて貰えなかった。

 仲間の錬金術師を招待する時は許されたが、手紙には常に検閲が入る。

 技術職のヨーロッパ人は薩摩も入国を許可していて、中には通訳として仕える者もいる。

 その薩摩に仕えたヨーロッパ人もヨハン監視に加えられていた。

 縦読み横読みのようなものも見破られる。

 しかし、当時の島津忠恒はヨハンに対しある方法を教える。

 コンスタンティノープルに居る自分への書状を、家臣にあたる者が検閲する事は無礼に当たる。

 それを利用し、一旦自分経由で家族等に私的な手紙を出すようにさせた。

 これにより、ヨハンは娘のドロテアと連絡が取れるようになる。

 ドロテアの配偶者はカルマル同盟のクリスチャン1世である。

 この伝手を利用し、コンスタンティノープルの人質時代に既に島津忠恒は、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世との関係修復にまで漕ぎ着けていた。

 まあ先代家久こと島津中務大輔家久によるソフィア郊外会戦で、神聖ローマ帝国、ハンガリー、ボヘミア辺りの諸侯や騎士、農夫はあと二十年くらいは立ち直れない程の損害を被った為、サツマニア憎しの感情は根深い。

 諸侯や農民はそうであるが、銀行家や職人の同業者組合ギルドは違う。

 また、ハプスブルグ家はさっさと逃げた為に被害が少なく、逆に勢力伸長に利用出来た為、島津家への恨みも無い。

 皇帝となった家久は、そういった者たちや、生前のヨハンから紹介された者たちと会っているのだ。


「また若殿が悪巧みバしちょっと」

 家久即位前、他の薩摩人はこんな感じで、非好意的に見ている。

 だが、山潜者は密かに感心していたようで、挨拶に訪れた山潜の組頭たちは、忠恒に誘われると彼に従うようになった。


 妻に対しては腐れ外道、女性全般に対しても男尊女卑で傲慢な家久だが、ヨハンの娘、ドロテア・フォン・ブランデンブルク=ホーエンツォレルンに対しては礼を尽くしていた。

「若殿は奥方を放って、異人の女子に懸想の文バ送っちょるで」

 と、やはり他の薩摩人から噂されているが、

「それは良か噂じゃ」

 と、その噂を亀寿に聞こえるように仕向け、文通の写し(中身は実務的なものだが、亀寿はラテン語は読めない)を届けたりして、精神的に痛め付ける手段に転用していた。


 家久は神聖ローマ帝国、カルマル同盟とばかり外交していたのではなく、イタリア諸国とも外交し、下準備をしている。

 かつて先代家久の威名に怯えてヴェネツィアとの争いから手を引いたフェラーラ公ボルソ・デ・エステとも、エステ家後ろ盾の神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世経由で外交関係を樹立、ミラノ侵攻に際し不可侵を約束し、食糧購入の契約を交わす。




------------------------------




 準備が整いつつある皇帝家久の元に、キプロス島の不穏な情勢が報告される。

「察知は出来なかったか?」

 家久の問いに山潜者は残念ながら、と答える。

 やはり島津の弱点は海である。

 キプロス島というトルコの南の島国まで、情報網が行き渡らない。

 大体、如何に山潜は優れた忍びの者とはいえ、東洋人が王宮や教会に草となって潜り込むのは無理がある。

 山潜者とて、実態は不明だが、百数十人しかいない。

 島津義久からは、上手くヨーロッパに溶け込み、物産について、情勢について探る命令を受けていた。

 国際情勢については街中でもある程度は掴めるが、陰謀を察知するとかだと、ピンポイントでその国の要人に貼りつかねばならない。

 薩摩どころか日本全土よりも広いヨーロッパに、山潜者だけでは手に余った。

 そこで彼らは、某小説家の言う「くノ一」の法を使う。

 つまり、女を愛人として使い、その地の定住者からの情報を常に得るのだ。

 島津豊久を見るように、矮人ドワーフ蛮人バルバロイ小鬼グールとヨーロッパ人から馬鹿にされる薩摩人の中にも、飛び抜けた美男子たちがいる。

 豊久は自分の美男子っぷりを女々しい顔と嘆いているが、忍びの者は使えるなら何でも使う。

 日本に居た時から誑しとして各地の城の奥仕え等を惚れさせ、他愛も無い情報から重要情報まで得ていたのだ。

 技術、寝物語、薬、あらゆるものを使って内通者に仕立て上げたのも気づかれぬまま密通し、

「自分は旅の者だからそろそろ旅立つ。

 君が呼ぶなら飛んで来るよ。

 その時は、必要な物とかこの国で売れる物を持って来たいからね。

 この商館が連絡先だから、何でもいい、書いて手紙を送ってくれよ、愛する人よ」

 とでも囁いて、絶えず情報を得続ける。


 それだけに、男性しか居ない上に、同性愛が禁止されている教皇庁からの諜報活動は困難と思われた。


「女犯しないとは建前。

 正妻がいないだけで、耶蘇の僧侶どもは街中に愛人を作っちょりもんど」

「叡山延暦寺も顔負けの生臭坊主じゃな」

 だが、今回の情報はその生臭坊主の愛人付近に置いていた「くノ一」から得られた。


「大物坊主か?」

「大物ごわす」

「名は?」

「ロドリーゴ・ボルジャ枢機卿」

「ボルジャ……聞いた事有んな……」

「教皇カリストゥス3世の俗名がアルフォンソ・デ・ボルジャごわす」

「カリストゥス3世……叔父上に毒バ盛らせた張本人の疑いの有っ男じゃの」

「御意」

 家久の頭に警戒すべき名が刻まれた。

 一人だけならまだしも、どうやらボルジャ家は教皇庁に於ける一個の勢力で、またいつかローマ教皇になるかもしれない。

「ついでに聞こう。

 そんボルジャ奴の妾の名は?」

「ヴァノッツァ・カタネイ」


 皇帝家久は知らぬ姓だと言って、他の王侯との繋がりも無い事を確認し、忘れた。

 だが、後世この一連の戦争を「花戦役」と名付け、劇作にしたシェイクスピアという男によって、ヴァノッツァ・カタネイはローマ教皇側の女性で、一大重要人物(キーパーソン)に脚色されるのであった。

 何も知らない宿屋の経営者は、ボルジャ家の母親となる資格のある立派な陰謀家に捏造される。




##########


『戦争は恋と同じ。

 私と貴方がこうして会っているように、

 ミラノ公と半魚人シーマンズの王は互いに戦争を求めているの。

 恋路を邪魔するには、魅力ある女性を登場させなさい』

『おお、愛しきヴァネッサよ。

 君はまるでシーザーのように賢いのだな。

 シーマンズにはキプロスの女王を当てがおう』


(※イタリア読みのヴァノッツァがヴァネッサに変えられ、シェイクスピアの故郷を荒らした連中は人間扱いされていない)


◆◆ シェークスピア「花戦役」より◆◆

##########




 だが花戦役は、ナポリともキプロスとも異なる場所から戦火が上がる。

 シェークスピアの創作と異なり、ロドリーゴ・ボルジャの策略は全く意味を為さなかった。

おまけ:薩訳「ベニスの商人」

サツマニアの船商人安藤弍翁は、ベニスの商人シャイロックから金を借りた。

しかし、返す当ての財宝を積んだ船が難破し、返済不能となってしまった。

シャイロックがかつて他の商人に高利で貸し付けをしようとした時に、

「高利子は鎌倉法にて御法度ごわす」

と弍翁に有無を言わさず殴られた事を恨みに思っていた為

「この証文通り、胸の肉1ポンドを払え」

と裁判に訴え出た。

頓智を利かそうとした裁判官が何か言う前に

「なんじゃ、そがいな事で良かどか」

弍翁はそう言って、法廷内でさっさと腹を切り、

「こいが腹わた、こいが胃袋、こいは……何じゃろな?」

と内臓を取り出して列べる。

そして最後に胸を切り開き、心臓を取り出すと、シャイロックに投げつけて事切れた。


余りの事に唖然となるシャイロック。

気がつくと、何故か彼は刃物を持たされ、服の前をはだけさせられていた。

「な、何を?」

安藤弍翁は元々武士の子で、嫡男で無かったから商人に転身したものであった。

その兄のサツマン武士・安藤馬左衛門が言う。

「薩摩にゃ指し腹言うて、腹切った者が指定した者はやはり腹切らねばならん掟が有っとじゃ」

「え? いつ、私が指定を?」

「心臓投げつけたじゃなかか。

 次はおはんの番じゃ」

「そんなおかしな理屈が有るか!」

シャイロックは裁判官の方を見る。

裁判官は「明日は晴れかなぁ?」と空を見て、こちらを見ようとしない。

「裁判官! 幾ら何でもおかしいでしょう!」

シャイロックが必死の叫びを挙げる。

裁判官は雲の流れを見ながら、ボソっと呟く。

「サツマニアと関わり合いになった君の不運だ」


直後、シャイロックは強制的に腹に刃物を突き立てられ、

「では介錯すっど」

と、首をV字に斬り落とされた。


教訓:理屈の通じない相手と取引してはいけません。




おまけの二:

これを知った薩摩人の反応。

「指し腹の解釈が間違っちょっど。

 あいは判決着く前にすっ事じゃ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] おまけがひどいw サツマニアと関わる者は自らもサツマニアになるべし
[良い点] 反ユダヤ主義とは全く無縁なヴェニスの商人w 反サツマ主義者の推奨図書にでもなるのか?
[一言] >ヴァノッツァ・カタネイ やべーやつのかーちゃん出てきてんじゃねぇか!! 助けてマキャヴェッリ!!!!
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