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釣り野伏せりの後遺症

 かつて島津家久と沖田縄で戦った龍造寺家は、当主の龍造寺隆信の他、龍造寺四天王と呼ばれた有力な家臣五人、家老鍋島直茂の弟らも同時に討ち取られ、大名として立ち行かなくなる程の被害を受けた。


 かつて島津家久と戸次川で戦った十河家は当主存保討死で、幼子が相続を認められずに滅亡した。

 同じく長宗我部家は、嫡男信親他、次代を担う家臣団が全て討ち取られ、家運は急速に衰退した。


 島津家久の釣り野伏せりに遭えば、武将が数人死ぬどころでなく、当主または嫡男とその家臣団が尽く討ち取られ、大名家という組織そのものが壊滅する。

 無事なのは、一も二もなく逃げた仙石秀久くらいであろう。

 この魔力はオスマン帝国をも蝕んだ。


 皇帝スルタンメフメト2世の他、大宰相でかつ政敵のハリル・パシャ、皇帝側近のザガルノ・パシャ等、帝国を支える重臣たちは全て鹿児島で首供養をされてしまった。

 現在オスマン帝国は皇帝空位となっている。

 メフメト2世は二度目の即位の時に、弟のアフメドを殺した。

 これも裏目に出たと言えよう。


 島津家久、忠豊父子はボスポラス海峡を渡り、対岸にサツマニアと呼ばれるようになった薩摩地域を守るべく橋頭堡を築いた。

 そのついでにアナトリア半島の黒海沿岸部諸都市を占領した。

 此処らは元々キリスト教の地であり、十文字紋の島津軍は解放軍として歓迎される。

 更にそのおまけで、オスマン帝国の旧都ソユットとブルネを焼き討ちした。

 オスマン帝国の首都エディルネはとっくに島津家総出で略奪し尽くされた為、帝国は内陸のアンカラに首都を移した。

 踏んだり蹴ったりのオスマン帝国を、東方のイスラム国家黒羊朝、モンゴル帝国系の金帳汗国(ジョチ・ウルス)、そして東ローマ系のトレビゾンド帝国が攻撃し始める。

 メフメト2世に追放された前宰相のイスハク・パシャが呼び戻されて大宰相となり、メフメト2世の遺児・バヤズィドを擁して戦っているが、苦戦している。


 そんな中、島津家久父子はエーゲ海沿いの町・イズミールに拠点を置いた。

「こん国にも出水いずみが在ったとな」

親父おやっど、ここは天草の対岸の出水じゃなかど」

「細かか事はどうでも良かな。

 出水は出水じゃち、気に入ったわえ」

 家久はこの地に拠点を構え、以降は出水イズミール島津家と呼ばれるようになる。

 その出水イズミールに駐留している島津家久の元に思わぬ使者が来る。


「オスマン帝国はサツマニアに講和を申し出ます。

 貴国に剣を向けません。

 どうか宜しくお願い致します」


 大宰相イスハク・パシャ苦渋の選択である。

 元々彼は、メフメト2世の即位にも、コンスタンティノープル攻撃にも反対であった。

 それがメフメト2世の独走のせいで、帝国は存亡の危機に陥っている。

 サツマニアは皇帝スルタンを倒した敵国であるが、その強さは本物だ。

 ヨーロッパから手を引く代わりに、不可侵条約でも結べたら助かる。


 アジア式に跪いて和を乞うオスマン帝国に、家久も礼をもって応じる。

 対岸の兄・義久とも協議し、次期皇帝(スルタン)候補のバヤズィドを人質にする事でオスマン帝国と和議を結ぶ事になった。


「貴方がたは何を考えているのですか?

 トルコは神の敵ですぞ!」

 宣教師たちが喚く。

 トルコの皇帝を殺した島津が、何故こうも簡単にトルコと手を組めるのか?


「頭を下げて助けを乞う相手は無下に出来ん」

「しかし!」

「窮鳥懐に入らば猟師もこれを射ずと言いもす」

「ですが!」

「せがらしかな!!

 これ以上議バ言うな!!」

 議を言う、理屈を捏ねるな、という意味である。

 一度こうなった薩人は止められない。

 更に苦情を言おうとした宣教師は、家久に殺された。

 もう黙る他無い。


 家久が出水イズミールに戻ると、バヤズィドが送り届けられていた。

「おう、良か稚児じゃの!

 儂が島津中務大輔家久じゃ。

 おはんの身は儂が責任持って預かる。

 立派な兵児へこに育ててやっでな!」

 こうしてバヤズィドは、父の仇の下で、島津式教育を施される事となる。

 そしてオスマン帝国は島津家久の庇護下に入る。




------------------------------




「皆の衆、これよりトレビゾンド帝国を討つ!」

 唐突に島津家久が命令を出した。

「何故、キリスト教国を攻めるのですか?」

 ラテン語通訳の宣教師が驚いて聞く。

「トレビゾンド帝国は、俺いたちが攻め落とした町に手を出した。

 島津んお家バ攻めた者にゃ報いを呉れねばならん」

「間違いという事も有ります。

 使者を出して詰問されては如何でしょう?」

「議バ言うな!!」

 もう止められない。

 島津家久軍は出陣した。


 この間、家久はオスマン帝国を庇護下に置く事で兵力を増やす事に成功している。

 バヤズィドを手元に置く事で、皇帝直属の最強部隊イェニチェリを吸収したのだ。

 家久は川辺の戦いでイェニチェリの強さを見ていた為、自分が指揮すればもっと強くなるだろうと、己れの指揮下に入れていた。

 反対する隊長は当然ながら首となった。

 馘首かいこという意味の首では当然無い。




 トレビゾンド帝国皇帝ヨハネス4世には、何が何やら分からなかっただろう。

 トレビゾンド帝国は、東ローマ帝国の亡命政権である。

 キリスト教正教会(オーソドックス)のビザンツ帝国が、カトリック系の第四次十字軍によって一時滅亡した時、一部の貴族はアナトリア半島の黒海沿岸部に亡命し、そこに新国家を立てた。

 アナトリア半島の大半をイスラム教のオスマン帝国に支配されたが、トレビゾンド帝国はオスマン帝国に屈服する事で生き延びる。

 最近、そのオスマン帝国皇帝がサツマン人という蛮族に殺されたと聞き、反撃に出た。

 サツマン人は十字架の旗を掲げ、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを囲むオスマン帝国軍を退け、首都エディカラ【→エディルネ】を焼いた。

 神がキリスト教徒を救うべく遣わした剣のようなものだと思っていた。

 それなのに、どういう事かいきなりオスマン帝国と手を組んで此方に攻めて来る。


「何が一体どうなっているのか?」

 誰も説明出来ない。

 理由は分からないが、攻めて来た以上迎え撃つしか無い。


「樺山サァ、おはんは主力を率いて留守居してくいもはんか?」

 家久は妻の兄、樺山兵部に命じる。

「中務殿はどげんなさる?」

「俺いは三百ばかり引き連れて囮になる」


 家久が見るに、トレビゾンド帝国軍は一万も戦力が無い。

 大軍で迫ると城に逃げ、篭城戦になるだろう。

 攻城戦は時間が掛かってしまう。

 そこで、大将を討ち取れると思わせる事で、敵を野戦に引き摺り出して片付ける事が出来るだろう。


 かくして、僅か三百の家久本隊に、ヨハネス4世の二千程の騎士団は食いついた。

 一戦して島津家久を討ち取り、後は城に篭って戦おう。

 幸い、サツマニア軍は攻城に必須の大砲を持って来ていない。


 ヨハネス4世は家久の罠にまんまと嵌った。

 家久本隊を攻めたものの、家久はイェニチェリを指揮している。

 巧みな指揮と豊富な鉄砲で騎士団の足を止める。

 僅か三百と、退く事をせずに攻め続けていたら、側面から島津忠豊の騎馬隊五百が奇襲を掛けた。

「首寄越せー!!

 大将首じゃー!!」

 大太刀を馬上で振り回しながら忠豊が吶喊する。

 大太刀、長巻、薙刀を構えた武士に、騎士団も慌てる事なく、槍の穂先を揃えて突撃して来る。

 しかし薩摩武士は騎乗身分でも鉄砲持参が義務付けられている。

 騎乗した武士が馬を走らせながら馬上筒を放つと、騎士の馬たちが竿立ちとなった。

 そこに改めて長柄の武器を構えて突撃する。

 斬り殺すのが目的ではなく、叩きつけて落馬させる。

 そうすれば体格の良い馬に乗り、重い鎧で身を固めた彼等は、落ちるだけでダメージを負う。


 島津忠豊は、敵の指揮中枢を瞬時に見破る眼を持っていた。

 皇帝ヨハネス4世の本陣目掛けて最短距離を進む。

 騒がしかった戦場が、瞬時静まった。

 その沈黙が解け、


「大将首取ったど!!」


 忠豊が歓喜の声を上げる。

 トレビゾンド帝国軍は壊滅し、大半が降伏した。

 戦場を何とか脱出した数百の騎士と従者は、アナトリア半島をも放棄し、黒海対岸のクリミア側領土に逃げていった。

 忠豊が取ったのは大将首どころか皇帝の首である。

 トレビゾンド帝国のアナトリア半島側領土は、島津家久の手に落ちた。


(あいつらは悪魔ドラコか何かか?)

 イスハク・パシャは思わず身震いが出た。

 島津家久という男は、メフメト2世に続いてヨハネス4世の首も取った。

 戦えば君主が死に、国が崩壊する。

 たった一戦でそうなる。

(屈辱に耐え、手を結んで良かった……)

 オスマン帝国は黒海沿岸の領土とボスポラス海峡沿いの諸都市を失ったものの、それだけで済ませて頭を下げれば、意外に義理堅い悪魔の首狩り族と戦わずに済む。

 イスハク・パシャは島津家に莫大な礼金を払い、東の白羊朝やティムール朝との戦いに専念する事にした。




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 ビザンツ帝国皇帝コンスタンティノス11世は迷いの中に居る。

 サツマニアは敵なのか、味方なのか?

 ペロポネソス半島では東ローマ国家モレアス専制公国の味方として振る舞っている。

 一方小アジアでは同じ東ローマ国家トレビゾンドを壊滅させ、属国とした。

 一体何がしたいのか?

 行動原理が全く分からない。

 サツマニアから逃げて来た宣教師は

「何を考えているのか、何を言っているのか、我々にもさっぱり分からない。

 余計な事を言うと、首が空を飛んでしまう」

 と泣きついている。


(いっそ、ローマ教皇の誘いに乗って十字軍としてサツマニアと戦おうか?)

 だが、次の瞬間メフメト2世、ソマス・パレオロゴス、ヨハネス4世の次に収集コレクションされて棚に並べられる己の生首が目に浮かんだ。


(ダメだ、なまじ近いだけにサツマニアを敵に回してはならない。

 奴等は蒙古タタールの再来だ。

 下手をすれば助からない)


 コンスタンティノス11世は、サツマニア王ヨシフ・シマンシュに対し、何通も手紙を書く。

 味方になれ、同盟を組もうという内容だが、段々と腰が低くなっていく。


「新納殿(どん)、そろそろ良かかな?」

「良かち思いもす」

 島津義久は新納忠元と語り、時季しおが来たと確認した。


「兵庫(義弘)、左衛門(歳久)、中務(家久)に使いバ送れ。

 我が島津はこいより、東ローマ帝国に臣従すっど。

 粗相の無かよう、気張って支度せえ!」


 薩摩の留守居は島津以久(四兄弟の従兄弟)と島津久保(義弘の次男で義久の養子)、スパルタの留守居は島津忠恒、マケドニアの留守居は島津忠隣(歳久養子)、出水イズミールの留守居は島津忠豊・東郷重虎(家久次男)と、子供たちを主に残す形で島津四兄弟はコンスタンティノープルに出向く。

 一万の兵を率い、臣従の為に向かった。


「さあ、う朝敵討伐の勅命を得もんそか!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 島津式教育www嫌な予感しかしないww
[気になる点] グーグルマップで地名を探しながら読んでいて気付いたのですが。 私たちの世界では、 『オスマン帝国の首都エディルネ』 現在のブルガリアとトルコの国境近くにある街で、 イスタンブール(コ…
[良い点] この読みにくい鹿児島弁がまたクセになる ここからコンスタンティノス11世の懊悩が本格化するのかと思うと、ホント楽しみ 侵略戦争で描く文化ギャップコメディとか楽しいです
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