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マグリブ攻撃

ワラキアにて。

「おい、鬼島津。

 貴様の倅が、俺をローマ帝国元老院議員に任命したが、どういう事だ?

 俺は奴の下に着いた覚えは無いが?」

「大した意味は無か。

 俺いらぁの国じゃ、官位を与えて御機嫌取りはよくある事じゃで。

 遠慮せず貰って、そん立場を好きに使ったら良か」

「そうか、ならば利用させて貰うぞ!!」


ブルゴーニュ公国にて。

「クソッ! この巻紙、何が書いてあるか読めん!

 師よ、何故ブルゴーニュ語で書いてくれんのか?」

 薩摩国の島津義久に、新納忠元、山田有信、吉利忠張という本国詰めの武将の出撃許可を求めたところから、皇帝家久の次なる戦争計画が薩摩・ブルガリア・スパルタの三国に伝わる。

 義久は、既に十分な領土を得た上に、他の領土は米が採れないから屑地(義久の価値観)に過ぎない為、戦争には反対であった。

 しかし、他は典型的な薩摩隼人ばかりである。

 これまで散々に皇帝家久の悪口を言っていたものが、一転して手の平を返し、合戦の準備に入った。

 十字軍戦争が終わってから既に十年、奥方と頑張った結果、子が三人から六人程増えてしまい、夜のチェストよりも本業でチェストして、食い扶持を稼いで来たいとこだ。

 同じ事は、ブルガリア相良家や、その形式上は配下の肥後衆、ギリシャの方に入植した日向者も同様である。

 生活が安定し、単身転移の寂しさから地元の娘とヨカバイ、ヨカタイとやって家族を増やしてしまったから、食い扶持をどげんかせんといかなくなった。

 彼等は戦争を欲していた。


 それどころか、とんでもない連中までコンスタンティノープルにやって来る。

「それで、どこを攻めるのか?」

「ヴラド公!

 ないごて此処に?」

「貴様が俺を東ローマ元老院議員に任じたのではないか。

 元老院に参加する為に来たのだ。

 賛成してやるから、俺も攻めるぞ。

 相手はイスラム教か? カトリックか? 正教会か?

 どこでも構わん!!」

「おう、又八郎、亀寿との子は出来たんか?」

親父おやっどサァまでないごて?」

「そこにゆっさが有るからじゃ」

 義弘に従って、スパルタン隼人の中でも

「何処でも良いから戦争がしたい」

 と言う連中数百名が駆けつけた。

 無論、義弘馬廻衆も居る。


「一緒に戦えば、衛星都市にしても良いでしょうか?」

 機を見るに敏なジェノヴァ、ヴェネツィアが海上輸送だけでなく、参戦も申し入れて来た。


 想像以上に戦闘民族どもが集結してしまった。


 オーバーキルなので、家久と今回は豊久も出番が無い。




 今回、皇帝家久の役割は、兵站を整える事と、開戦のきっかけを作る事である。

 島津の中で海軍を握る家久と歳久が補給という概念を持つ。

 他は大体「敵から奪え」なのだが、アルジェリアやモロッコ周辺には奪える物資はそれ程無い。

 家久はマムルーク朝から大量に穀物を購入して兵糧を整え、恩賞となる農地と、そこを代わりに統治する代官や法務官を募集する。

 支度が出来た所で、ザイヤーン朝アルジェリアとマリーン朝モロッコに対し、詰問状を出す。




一、何故自分島津家久が東ローマ皇帝に即位した時に祝福の使者を送らなかったか?


二、何故先年の伊集院家討伐に参加しなかった?


三、今に至っても米を送らないとは悪意有っての事か?




 送られたザイヤーン朝とマリーン朝には、相手が何を言っているのか、全く分からない。

 今迄国交も無かった国である。

 大体、島津って何だよ?って言う無関係な国である。

 しかも、米を送らないのを責めているが、誰が何時東ローマに米を送るなんて約束したのか?

 マリーン朝はとりあえず

「言ってる意味が分かりません」

 という使者を送った。




------------------------------




 島津家久の開戦口実は、味方の為の物である。

 薩摩隼人や肥後者モッコス日向者ヒューガノイドたちは、両国への詰問状を読んで即

「なんじゃ! そん国はわいらん事ナメとんのか?」

 と怒り始めた。

 中には

(マリーン朝とかザイヤーン朝なんて初めて聞いたし、これって島津家久が勝手に言って、難癖つけてるだけじゃないの?)

 と気づく冷静な鎮西人も居たが、彼等とて戦争が出来るのなら理由なんてどうでも良かった。

 そこに使者が

「貴国の申し様に心当たり無し。

 我が国は初めて知る貴国との関係をこれから深めたい」

 と返事をしに来た。

 皇帝は意図的に酷い翻訳文を公表する。

「おはん何言うちょっか?

 おはんら如き小国なぞ眼中に無かったが、態度次第では付き合ってやっても良かぞ」


 鎮西武士は、過激派から慎重派まで全てが激昂した。

「理由はともあれ、我等わいらを侮りおった!!」

 皇帝は彼等に突き上げられる形で宣戦布告する。


 しかしザイヤーン朝にしたら文句を言いたいだろう。

 宣戦布告前に、既に島津忠長軍が侵攻開始。

 アルジェリア迄の街道を占領して味方の受け入れ準備を終えてしまった。

 攻められた以上、反撃に出る。

 しかし、ベルベル人やユダヤ人の部隊5千人は、五百人の薩摩兵に虐殺されるという大敗を喫する。

 彼等にとって怖いのはイスラム帝国だったのだが、どうももっと異質で、理屈の通じない暴力が迫っている事に気づき始めた。

 その昔、モンゴル帝国はアフリカに迄は到達しなかった。

 故に北アフリカの彼等は、初めてモンゴル帝国に似た理不尽な連中を知る事になる。

 理屈も通じない、「数が多い方が勝つ」という常識も通じない、さらに降伏したら奴隷として売り飛ばされるという常識も通じない。


 万全の受け入れ態勢の中、海戦能力はともかく、輸送力はそれなりになった東ローマ、薩摩、アテナイ海軍及びチャーターしたジェノヴァ、ヴェネツィアが兵を揚陸する。


「何となく、エジプトを攻めたいのだが」

 と言うヴラド3世のワラキア軍5千。

「さあて、強か敵は居っかな?」

 と言う島津義弘のスパルタ軍3千。

 この合同部隊が先鋒となり、ザイヤーン朝軍を殺戮して行く。

 既にザイヤーン朝は衰退期に掛かっていた為、頼みのベルベル人騎兵も、ヴラド3世の軽騎兵と義弘のスパルタ兵による「槌と金床」戦術の前に一蹴される。

 その昔、アレクサンダー大王が使った、テッサリア騎兵で追い込み、マケドニア重装歩兵の正面攻撃で粉砕する連携戦術。

 これをヴラドと義弘という狂人の双璧がやるのだから、たまったものではない。

 敵は降伏するが、皇帝家久はそれを許さない。

 この地は、かつて二度にわたりシチリア島に押し寄せた海賊の拠点であり、海戦で苦戦させられた家久は個人的に恨みを忘れていない。


「オーガよ、お前の倅は許すなと言っている」

「そいじゃ、おはんに任せっど。

 俺いは降り首にゃ興味無かでな」

 かくして「奴隷にしても、連れ帰る輸送が面倒臭い」という理由も手伝い、串刺し祭りの開演となった。


 悪い事に、現在東ローマに攻められているザイヤーン朝と、次の標的マリーン朝は交易を巡る戦争中であった。

 一旦和睦して共に戦うという判断が出来ない。

 マリーン朝は好機とばかり、西からザイヤーン朝を攻める。

 更に内陸部でもチュニジアのハフス朝が攻めて来た。

 この中で一番マシなのはハフス朝であろう。


 ヴラド公秋の串刺し祭り(20人串刺しにした兵士には金の皿、銀の皿が1セットプレゼントされる)から逃れた民は、南に逃れてハフス朝の占領地域で降伏した。

 他はどっちに行っても地獄なので、ザイヤーン朝遺民はハフス朝占領地で安住する。


「ザイヤーン朝は滅亡しました。

 我々マリーン朝はその手伝いをしました。

 これで東ローマへの義理は果たしましたな」

 マリーン朝の使者はまだ分かっていない。


 理屈は通じないのだ。


「おい、俺はもう食い飽きたから、ワラキアに帰る。

 オーガよ、こいつはどうする?」

「殺す」

「それでこそオーガだ!

 倅に謝礼を払うようしっかり言えよ!」

 そう言ってワラキア軍は戦線離脱したが、引き続きにスパルタ軍が単独で前線に立つ。

 こいつらもまた、戦う事と殺す事が目的であり、理由等どうでも良い。

 流石に使者を殺す事はしなかったが、

「足りん、もっと死を」

 という物騒極まり無い短い返書を受け取ったムハンマド・イムラーンは恐れ慄いた。


 マリーン朝も既に政権末期であった。

 スルタン・アル=ハック2世が、イスラム教開祖ムハンマドの血筋であるシャリフ族の女性を尋問・侮辱した事があった。

 これに怒り、フェスの街でシャリフ族が蜂起。

 鎮圧に出たアル=ハック2世だが、フェスにて暴徒に殺される。

 そこでシャリフ族のムハンマド・イムラーンが臨時のスルタンとして国を治める事にした。

 それからまだ1年程である。

 ザイヤーン朝との戦争を止めて共同で東ローマに当れなかったのも、そもそも最初の家久の難癖に対し、相手の言い分を呑んで戦争の口実を与えない、といった政治判断が出来なかったのは、血筋だけの素人が長老だという事だけで政治の首班に座っていたからだった。


 山潜を使って情報収集に余念の無い皇帝家久が、これらを知らない筈が無かった。

 ザイヤーン朝アルジェリア、マリーン朝モロッコ、いずれもちょっと突けば倒せると判断しての戦争である。

 機を逸すれば、彼等にはイスパニア諸国の影響が及ぶだろう。

 その前に手中に納めておきたい。


 かつての海賊討伐の際、忠恒時代の島津家久はハフス朝国王ウスマーンと個人的に信頼関係を築いた。

 その時の縁と、ハフス朝はまだマリーン朝が強かった時代に散々侵略された事もあり、同盟を組んでザイヤーン朝、マリーン朝の攻略に掛かったのだ。

 東ローマやイタリア諸都市は沿岸部、ハフス朝は内陸部で分割すると、既に取り決めている。

 ハフス朝はマムルーク朝と関係良好である。

 島津家とマムルーク朝は、マムルーク朝がオスマン帝国領シリアを攻めた時から敵になったり味方になったりと不安定だったが、北アフリカ内陸部を手に入れ、マムルーク朝が購入する軍馬の育成が更に盛んになったハフス朝の斡旋で、東ローマ、オスマン・トルコ、マムルーク朝エジプト、ハフス朝チュニジアで大同盟が成立する運びとなった。


 今回皇帝家久は帝都コンスタンティノープルを動いていないが、仕事はきちんとしているのだった。

 父親は「俺いより強か敵と戦いに行く」つもりなのだが、家久は既に「勝ち易きに勝つ」態勢を整えてから兵を動かしたのだ。

 島津義弘にしたら、退屈であろう。


「やっと義父殿が薩摩を動かん理由が分かった気がする。

 御祖頼朝公が鎌倉を出んかった理由もじゃ」


 皇帝家久には戦況が逐一報告される。

 この地域唯一の多神教国サツマニア、そこ出身の皇帝は、宗教政策には疎かったが、それだけにどこか一つに肩入れして極端な失敗をする事も無い。

 ユダヤ教徒を官僚に入れ過ぎて失敗したマリーン朝と、ムハンマドの子孫である以外に特に特筆すべき政治力も無いシャリフ族政権を駆逐し、ついに東ローマ軍は大西洋に達した。

 旧ザイヤーン朝支配地で、最後のベルベル人の反抗攻勢が有ったが、数万の反乱軍は二千人の新納”鬼武蔵”忠元勢に蹴散らされる。

 もっと「鬼武蔵」とは言っても仁者である忠元は、家久の命に背いて彼等を許し、

「サハラ山地の住人にて、海賊ではごわはん」

 と家久に助命嘆願した。

 家久も「そんな山無えよ」と知りつつ、助命を許した。

 彼等は、薩摩人としても小柄な新納忠元を崇め、やがて「小人精霊の王ニイロ」として語り継ぐ。

 その伝説は、後の「ガリバー旅行記」で、ガリバーを奇声を挙げながら、身の丈の10倍もの長大な蛮刀を振り回して襲って来る小人族の国王の話に変換される。




「セウタは攻めちょらんな?」

「全軍指示を守っちょいもす」

「カサブランカ、タンジールはしっかり占領したな?」

「御意!

 カサブランカは山田様が、

 タンジールは吉利様が落としもした」

「こいで良か!

 ポルトガルに使者を送れる。

 あと、ウスマーン殿と連名でグラナダのナスル朝にもじゃ。

 こいからが俺いの踏ん張り時じゃっでな。

 ところで、他に報告は無かか?

 妙な予感がすっとじゃが」

「良か報告と悪か報告がございもす」

「……良か方から聞きもそ」

「マリーン朝の南端にて、東郷重位殿が発見されもした」

「ないごて彼奴はそげな場所に居った?

 悪か方は何じゃ?」

「東郷殿から南には獅子を倒す勇者が居ると聞いた島津兵庫頭様(義弘)、

 『強か敵が居ったか!

  俺い、なんだかワクワクして来たど!』

 と申されて、手勢八百でアフリカ西岸を突き進んでおりもす!」

「止めい!

 あん莫迦親父を誰か止めい!

……って、止められるのは俺いしか居らんか。

 帝国艦隊に出動命令を出せ!

 親父おやっどを止めに行く!」


 かつての島津義久と同じ絶叫をした養子の家久であった。

おまけ:作者が思う理不尽な戦書

チンギス汗→西夏国

「我々が軍を率いて西夏に進入したら、お前ら逃げやがったな。

 これはモンゴルに対して敵意有ると見た!」


島津家久→琉球王国

「仙台の伊達政宗が琉球の漂着民を助けた事は既に聞いている事と思う。

 何故礼を言いに来ない?

 無礼だから征夷大将軍徳川家康になり代わり征伐する」


趙匡胤→荊南

荊南「今迄忠誠を尽して来ました。

 何の非が有るのでしょう?」

趙匡胤「非とか無いけど、そこに居ると邪魔だから」


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて一気に見てます、理不尽にまで強い薩摩だが・・・流石にアフリカとかは環境違い過ぎてバタバタ倒れるとかしてもいいと思った、朝鮮でも合戦より環境に苦戦してる感じだったし。
[一言] サハラ山地…アトラス山脈かな?
[良い点] 「貴国の申し様に心当たり無し。我が国は初めて知る貴国との関係をこれから深めたい」 >> 「おはん何言うちょっか?おはんら如き小国なぞ眼中に無かったが、態度次第では付き合ってやっても良かぞ」…
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