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ローマ侵攻

 皇帝家久の前に、肝付家の女房衆、郎党が引き立てられ、跪いていた。

「太守様より、おはんらに聞きたい事があっと。

 おはんら、嘘偽り無く申せ。

 嘘バ吐いたら、身体に般若心経の入れ墨バ彫っちゃる。

 ま、武士ン情けで両耳だけは書かんどいちゃるか。

 おはんら耶蘇の者は、痛め付けても、そいを殉教とか言って、己に酔ってしまうのは学んだ。

 じゃで、異教である仏教の経典を身体に刻んでやる。

 そしたら、おはんら、目出度く異端になれっな」


 尋問前にそう言われた郎党や女房たちは真っ青になった。

 如何なる拷問にも耐える心算でやって来た。

 しかし相手は、身体に異教の呪文を刻み込み、強制的に異端として神から離反させ、神の救いを受けさせず、死後は地獄に堕とそうと言うのだ。

 だから

「正直に話せば、耶蘇の者としての死を与える。

 死後は天国パライソとやらに行きたいのであろう?

 綺麗な身体のまま逝くのと、異端となって死ぬのと、どちらが良いか選ぶが良か」

 そう言われ、素直に口を割った。


 皇帝家久の質問とは、叔父である中務大輔家久の死について、である。

 謎の死より七年、まだ真相は解明されていない。

 一体何が有ったのか?


 女房の一人が口を開く。

 遅効性の毒を何度も食事に混ぜた、と。


 中務大輔家久は、神を畏れない。

 それどころか、悪魔も畏れない。

「あの方は、仏ですら敬っているかどうか……」

 仏を信じているなら救いはある。

 間違ったものを信じていても、神を敬おうという心は持っているのだから。

 神の教えを知りながら、曲がった考えや別の宗教を取り入れる異端、これは異教徒よりも許されない。

 しかし、神を敬う気が無く、悪魔による堕落すら受け付けない無神の者、これは最悪の咎人なのだ。

 中務大輔家久は、死んだ者を冒涜し、それで火薬を作ったりした。

 何者をも畏れぬ者は、こういう罪を犯す。

「だから、これ以上恐ろしい罪を重ねる前に、私たちが主の元に送ったのです。

 私たちは中務様は恐ろしかった。

 ですが、罰しようとしたのでは無いのです。

 一刻も早く死によって魂を清め、主の御許で教えを授けられるよう、祈ったのです」


 悪意には敏感に気付く中務大輔家久だが、まさか善意で殺されるとは思いもしなかっただろう。

 毒を混ぜる時に、殺意ではなく

(どうかこの方が救われますように)

 と祈られていたのだ。

 察知出来なかった訳だ。


「よく正直に話した。

 次の質問じゃ。

 その毒薬は誰から貰った?

 叔父上は勘が鋭い。

 単なる毒ならすぐに吐き出すだろう。

 それをしなかったのは、無味無臭で、その場では効かず、時間を掛けて身体を蝕む毒じゃったからだ。

 そんな毒、おはんら如きが持っている訳は無か。

 誰に貰った?」

 女房や郎党たちは、視線で会話し

「我々で作りました。

 野山に生えている毒草を調合したものごわす」

 と話す。


「おい、般若心経の他に、真言の梵字も掘っちゃれ。

 見え見えの嘘バ吐きおって」

「そう言われましても、我々が捏ねた毒に相違ございもはん」

 どうやら、邪教の印くらいでは口を割らない、大事な相手のようである。

 皇帝家久は邪悪な笑いを浮かべて言う。

「よい覚悟じゃ。

 梵字バ止めて、首筋に666と墨入れちゃれ」

 そう言われた途端、真っ青というより真っ白になって泣き叫び、狂乱し喚きながら、どうかそれだけは止めて欲しいと足下に縋り付いて嘆願し、ついに白状した。

「神父様ごわす。

 これは恐ろしい薬だ。

 もし使う時は、決して恨みや憎しみを持ってはならない。

 その者を救おうと思って使うのだ。

 そう言われもした」


 皇帝家久は、それ以上の追及は止めた。

 恐らく神父様、司祭は末端であろう。

 この者たちが知っている筈が無い。

 この者が遅効性の毒を、善意で何度も叔父の食事に混ぜ、ある時致死量を超えて殺した、それが分かっただけで十分だった。


 皇帝家久は約束を守り、カトリックの司祭を立ち合わせ、懺悔をさせた上で家久殺害の罪で処刑した。

 皇帝家久の慈悲?

 否、今後頑ななキリスト教徒から情報を得る為には、死に対しては決して裏切らないという信用が必要だろうという計算が有っての事だった。




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 ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァ、フィレンツェ共和国僭主ピエロ・ディ・メディチは震撼した。

 彼等は数ヶ月交渉を重ね、皇帝家久の妥協出来る線を把握した気でいたのだ。

 時間を掛けた事で、皇帝家久を分かったつもりになり、つい信用してしまった。

 しかし、皇帝家久は最初から騙すつもりで外交をしていた。

 正しく「悪の家久(イェヒ・イル・マーレ)」。

 しかも、条件交渉をしている間に、肝付家の同盟者たる禰寝重張と、薩州家の弟たち忠清と忠栄を寝返らせていたのだ。

 結果から見れば、納得出来る、合理的な陰謀である。

 しかし、そんな事を裏でしていたと、察知出来なかったのだ。


(理解出来る行動をする理知的な面、何を仕出かすか分からない面、それを合わせ持った男。

 父上の見立ては間違っていなかった……)


 ピエロは、そうなると次に皇帝家久が何を仕掛けて来るか分からず、疑心暗鬼になる。

 必ず何か手を打って来るだろう。


 予想は的中するが、やはり意表を突かれた。

 出水イズミール公島津豊久が、セルビアとアルバニアの間を通ってアドリア海沿岸に到達、ラグサ共和国を有無を言わさず占領、そのまま北上してヴェネツィア共和国に向かったという報が入る。

 これだと海軍、艦隊は必要無い。

 ヴェネツィア共和国統領(ドゥーチェ)クリストフォロ・モーロはイタリア各国に救援を求める。

 これにアルバニアのスカンデルベグが呼応。

 島津豊久軍の背後を襲おうと動くが、これには島津忠長が応戦した。

 忠長は、既に島津家の戦法に組み込まれた装甲馬車ターボルと砲兵の組み合わせで防御陣地を築く。

 スカンデルベグもクリストフォロ・モーロも、ワラキアのヴラド3世に島津豊久軍の側面を衝くべく使者を送るが、ヴラドの目にはオーガ島津しか映っていない。

 ヴラドは使者をハンガリーのマーチャーシュ1世の所に回すが、マーチャーシュ1世は北のボヘミア王イジー・ス・ポジェブラトと対峙していてそれどころでは無い。

 イジー・ス・ポジェブラトの背後には神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世がいた。

 複雑な欧州情勢を、いつの間にかデンマーク以南に張り巡らせた薩摩情報網(山潜や形を変えた修験者)によって知り、その情報を分析して政略を立てた皇帝家久の打った布石通りである。

 島津豊久軍はアドリア海を北上し、ダルマチアを占領する。

 ヴェネツィアの最東方領土であり、クリストフォロ・モーロは、ほとんど泣きつく形でイタリア各国に援軍を要請した。

 ここで皇帝家久唯一の計算違いが発生する。

 フランス国王ルイ11世が軍を率いてヴェネツィアに現れた。

 ジェノヴァ共和国の宗主としてミラノ公国が在るように、ヴェネツィア共和国もフランス王国を後ろ盾としていた。

 イングランドとの戦争に勝った、常備軍を持つフランス王国は強敵と予想される。




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 連合軍がトリエステの町に集結した時、ナポリにいた島津家久本隊が北上し、ローマに向かって動いたという報が入る。

 教皇領軍司令官はアマルフィ公アントニオ・ピッコロミニ。

 中務大輔家久毒殺に関わったスポレート公ペドロ・ルイスは、彼を縁故で登用した教皇カリストゥス3世死後に失脚し、自領でイスパニア人に反対する領民反乱によって殺されていた。

 先代教皇ピウス2世縁故であるアマルフィ公にしたら、教皇も代わった以上引退したかったのに、再度呼び出されたのだ。

 明らかに損な役な為、縁故主義の逆パターンが発動、身内は安全に、政敵の関係者には重荷を、という人事である。


 政略や外交による多数派形成、勝ち負けが分かったらさっさと交渉して賠償金の支払い、等でやって来たイタリア諸国にとって、皇帝家久、島津忠清、禰寝重張、肝付家を相続した家久派の肝付兼篤という将帥相手は荷が重かった。

 好き勝手に動いているように見え、予測不可能なのに、気づいた時には退路を断たれて包囲されている。

 幸運なのは、島津の最高司令官が計算で行動する男であった事だ。

 教皇軍は、断られた時は鎧も恥も外聞も捨てて、身一つでバラバラに逃げるつもりで交渉に出る。

 皇帝家久は降伏を受け入れた。

 皇帝自ら、降伏するアマルフィ公の剣を受け取ると、敗将の肩を抱き、労いの言葉を掛けた。

 アマルフィ公を陣地に置く一方、捕虜は武器と甲冑を没収し、ナポリ城に入れる。


 全て皇帝家久の計算である。

 帝都コンスタンティノープルでの生活の間に、キリスト教の価値観や騎士道について学んだ家久は、こうすれば話が早いというのを理解出来た。

 彼にしたら、身内の島津家の方が余程扱いが難しい(というか、一々面倒臭い)。


挿絵(By みてみん)


 イタリア各地で敵の降伏を受け入れながら北上を続け、ついにローマ目前に迫る。

 此処に於いてローマ教皇パウルス2世が薩摩軍の前に単身現れ、交渉を呼びかけて来た。


 ローマ教皇がローマを戦乱から救うべく、単身敵陣に向かって交渉しに行くのは、何もこれが初めてでは無い。

 第45代教皇レオ1世は、フン族のアッティラ、ヴァンダル族のガイセリックとそれぞれ交渉し、二度とも平和解決をしている。

 それに倣ったのか、パウルス2世も単身乗り込んで来て、ローマ放火や略奪をしないよう求めて来た。

 一連の家久のやり様を見て、話が通じると思ったのもあるだろう。

 会談の席で、東ローマ皇帝にして、本人はキリスト教徒では無いが正教会の地上における守護者となった家久は、アマルフィ公を無償で解放し、賠償金では無く食糧での和解を要求する。

 島津家がナポリを攻めたのは、あくまでも身内の問題であり、ローディの和に基づくイタリア諸国の出兵は余計だった。

 しかし、盟約を守ったのは立派な事なので、金銭を介した勝ち負けを決める事はしたくない。

 薩摩の不安はあくまでも食糧の安定供給だから、貧民を助けるというキリスト教の精神から、食糧を送ってくれたら兵を退くし、捕虜も解放する。


 パウルス2世は安心した。

 だが、皇帝が教皇に対し、通訳のイグナトゥスと三人だけで話が有ると別室に入る。

 暫くして部屋を出て来たパウルス2世は真っ青な顔色であり、皇帝は喜色を浮かべながら

「では猊下、一個貸しましたぞ」

 と言うのを周囲は聞いた。


 ともあれ、ローマ教皇の捨身の説得でサツマン人が退いた、またも教皇による平和が成った!とカトリック社会で教皇パウルス2世の評価は高まった。

 そして、真似をして馬鹿を見た者が出る。




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 フランス国王ルイ11世が、単身島津豊久の陣営にやって来て、停戦を呼び掛けた。

 元々陽動部隊兼「ダルマチアを奪ったら十分」な役割の豊久は、きっかけさえ作れたら兵を引くよう、従弟である皇帝家久から命じられていた。

 だが、ルイ11世という陰謀家は、余計な事を画策する。

 目の前の島津豊久は、フランスの潜在的な敵国ブルゴーニュ公国の娘婿なのだ。

 今回の出兵は、島津の分国を倒すのが目的。

 分国が潜在的な敵国である事、それを伐つは身内を倒すもの。

 つまりフランス王国とブルゴーニュ公国の関係と同じようなものである。

 そういう事で、ルイ11世は島津豊久をブルゴーニュ公国から離反させようと画策する。

 島津豊久は皇帝家久と違う。

 カンに触った豊久は、敵だが国王を全力でブン殴り、気絶させる。


「よし、こん馬鹿を薩摩に連れ帰る。

 こいを以て、今回のゆっさバ打ち止めじゃ」


 ルイ11世は薩摩に拉致されてしまった。

 相手を見て行動しろという、格好の例となった。

おまけ:

ルイ11世、アホみたいな事で豊久に拉致されましたが、この人他でも似たミスしてます。

ブルゴーニュ公と和解しようと単身出掛けて、交渉しながら、ブルゴーニュ派の貴族に調略かけてたのがシャルル突進公にバレてしまい、捕らえられてしばらく帰国出来なくなった事が有ります。

「陰謀家」として有名なんですが、抜けたとこも有る人だそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 地図、ありがたいです!
[良い点] ルイ11世w 続きが気になるw
[一言] トヨが問答無用で首を刈らないとか、随分と丸くなったねぇ…
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