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サツマン朝東ローマ帝国対南方サツマン連邦

家久簒奪:1464年末

章冒頭:1465年1月

日本に残っていたなら慶長三年(1599年)相当

挿絵(By みてみん)

 サツマン朝の誕生は、誰も予想出来なかった。

 島津家ですら、一部を除いて、そんな企ては微塵も気付かなかった。

 共犯者である出水イズミール島津家から、豊久と樺山忠助が兵を率いて薩摩半島にやって来た。


「中務少、おはんは知っておったのか?」

 そう詰る義久に、豊久は

「知っちょるような、知らんような。

 俺いは後から聞かされたで、深いとこまでは知らぬ。

 まあ、そがいな事はどうでも良か。

 島津の御家が一つにまとまって生き抜く為には、陸奥守殿(皇帝家久)が帝になり、統制に従っちょらんナポリやシチリアを討つは道理ごわはんか?」

 そう答える。


 豊久は最初から相談を受けていた訳では無いが、皇帝家久にしたら、話せば直ぐに理解してくれるものと信頼していた。

 宮之城島津家も豊久に合流し、薩摩を巡回して民や武士の不安を一掃する。


 日置では、晴蓑入道(歳久)が忠隣を詰っていた。

「こんな不忠不敬、許されるもんじゃ無かど。

 そいを、何故止めんのか、三郎次郎(忠隣)!」

「義父上、あれは帝ではあっても、日ノ本の天子様とは違うもんですぞ」

「知っておるわ!

 じゃっどん、ローマ皇帝という権威を後ろ盾にしていたから、我等余所者が食っていく為に戦をして領地を増やしても、何とか正当化出来た。

 簒奪等したら、我等は逆賊として狙われっじゃろ」

「簒奪しのうても危ういのですよ。

 我等の支配する地に、どれだけの耶蘇とイタリアの銀行からの資金が入り込んでいるか。

 いつぞや御館様が言われた、薩摩は一丸とならんといかん、そいをすっ為に我等は変わらねばならんのです」


 薩摩本国で混乱が起こる中、スパルタでは戦準備が進められていた。

「もしやと思いますが、兄上と戦いなさるとですか?」

 義弘五男の島津久四郎忠清が不安げに尋ねる。

「勝手な事に腹は立つが、ないごて俺いが我が子たる又八(皇帝家久)バ討たにゃならん。

 又八の簒奪で、ワラキアのヴラド奴が条約を短縮して来るじゃろ。

 そいに備えねばならん」




 当主義久の狙いは、一族協和。

 皇帝家久の狙いは、当主独裁。


 義久の島津家生き残り策は、皇帝の権威を背後に、遠交近攻で領地・生存圏を拡大し、遠隔地は一族を派遣し、一族の絆に頼った連合とする。

 周辺国とはローマ皇帝の権威を利用して外交し、戦わずに有利な立場を得る。

 突如未知の地に転移した薩摩の生きる道として、島津歳久が考え、義久が認めた方法。


 しかし、皇帝家久からしたら、これは領地が拡がる、遠隔地に行く程弱くなる統治法である。

 軍事は中央集権とし、遠征軍司令官は皇帝が任命し、その軍は皇帝直属の寄騎を付ける。

 やり方としては織田信長と柴田・羽柴・滝川・明智・丹羽といった方面軍方式と似ている。

 ただ、織田家と違って、軍事の名将が統治の名人では無い上に、軍事も攻勢には強いが守りは弱いとか、防御戦の方が得意とか分かれるので、方面軍として固定出来ないのが島津家の残念なところである。

 島津義弘、豊久といった指揮官は任地に固定せず、攻撃を必要とする国に送り込んだ方が良い。

 島津忠長、以久といった分家当主は、領国経営能力が高いから、後背で生産と後詰めを任せたい。

 攻撃正面とは反対の防御が必要な国には、島津忠隣、島津忠仍を配置すれば、大軍相手でも相当期間耐えられるだろう。


 この構想の為には、宗家独裁に反対の薩州家や伊集院家は潰す。

 薩州家、肝付家、伊集院家にも皇帝家久と意を通じる者もいるから、それらは助ける。

 こうする事で、キリスト教により崩される事も無く、将来強くなるイスパニア諸国と戦える。


 しかし、この方針に当の薩摩人、肥後人、日向人たちが反対なのだ。

 島津家の小領主連合軍は、攻める時は強い。

 頑張れば戦利品や領土を得られるからだ。

 しかし防衛戦になれば、一所懸命が悪い方に出る。

 自領さえ安堵してくれるなら、平気で寝返る。

 島津宗家直属軍が桁違いに強い上に、裏切れば何をされるか分からないから従っている。

 同格の敵が現れたら、どうなるやら。

 まして宗教により、島津宗家が正義の敵とされたならば?

 勢いで周囲を攻め取っていた時、十字軍と戦った時のように結束している時期は良い。

 しかし、攻撃がひと段落し、統治や周囲との協調段階になると、見事に半独立に動かれた。

 どう考えても統制を強める方が良い。


「これをないごて分かってくれんかのお?」

「義父上は分かってくれるかと思ったが、案外頭が固かった」

 皇帝の嘆きに対し、島津忠隣も同意する。

 父親が亡く、若い世代の島津豊久、忠仍兄弟のところはまとまって行動しているが、他は世代間対立が発生している。

 老人世代は、「東ローマ皇帝家久」とやらは認めるが、皇帝は皇帝として東ローマとやらを治めていれば良い、我々は御館様と共に薩摩で生きる、と考える。

 壮年以下は、皇帝の下で一丸となって、地中海沿岸の湿潤で米や麦が採れる地域を征服したい、そこを通商圏として商人から上がりを得たい、武器を強化し敵を血祭りに上げたい。

 差し当たり先代家久の死に絡んでいると疑い続けている薩州家と肝付家を討伐したい「チェスト、ナポリタン!」を行いたい。

 そう考えている。

 だが、壮年以下の層にも弱点がある。

親父おやっどには逆えんでなあ」

 と、家父長に非常に弱いのだ。


 そんなこんなで、義久派が四割、家久派は二割という勢力になっている。

 残り四割は義弘派。

「統制されんのは嫌じゃっどん、外国を攻めるなら俺いたちを呼べ!

 考えてる暇があんなら兵を鍛えよ!

 チェスト、ひっ跳べ! 全てを根切りじゃ」

 という世代を超えたオリジナル薩摩隼人。

 肥後者モッコス日向者ヒューガノイドも義弘派となる。

 皇帝家久にも従う気は無いし、コンスタンティノス11世にも従った覚えは無い、島津の当主が領土を安堵したから支持するし、戦が有ったら共に攻めさせろ!

 という考えで、皇帝家久が一番統制したい相手なのだ。

 困った事に、義弘は皇帝家久の実父な上に、島津最強の将である。

 もしも二千人同士で義弘と豊久が戦ったら、豊久が勝つだろう。

 しかし、義弘が二百、豊久が二千で戦えば義弘が勝つ、という常識が通じない相手だ。

 父殺しは日ノ本の連中も、キリスト教社会の連中もドン引きして離反するから、打てない手だ。

 実力で武装解除させようにも、兵力が少なくなればなる程強くなる武将相手に勝ち切れる者はいない。


 そんな訳で、皇帝家久は自派閥の二割でもって、ナポリ〜シチリア〜チュニジアの南方サツマン連邦と戦う羽目になってしまった。

挿絵(By みてみん)




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 一方、その南方サツマン連邦は戦争は既定路線として、準備を続けている。

 当主を暗殺された伊集院家では、嫡男の忠真を中心に兵を結集させている。

 伊集院忠真は、チュニジアのハフス朝、エジプトのマムルーク朝と同盟を結び、大軍を動員しようとしている。

 ナポリの肝付兼三は伊集院家からの養子であった為、大隅国以来の同盟関係である禰寝重張にナポリを任せて北アフリカに移った。

 島津薩州家は、ローマ教皇パウルス2世の仲介で、イタリア諸国の大半から援軍を得られた。

 パウルス2世はヴェネツィアの出である。

 今回ヴェネツィアは、第二次ローディの和に従い、ナポリ公肝付兼三とシチリア公島津忠辰に味方した。

 ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァも、傘下のジェノヴァ共和国は保険として中立にし、自身はシシリアン島津に与する。

 イタリア諸国には、遠い薩摩本国や、正教会の東ローマ帝国の島津家久より、同じカトリックの島津忠辰の方が頼りになる。

 それに、ヴェネツィアとジェノヴァが味方しなければ、サツマンはイタリアまで来る海軍を持っていない。

 島津と同盟関係にあるのはブルゴーニュ公国だが、ここは基本的フランス王国の邪魔をするのが国是であり、フランス王ルイ11世がミラノ公国を狙っている以上、それを妨害する「敵の敵は味方」な間柄なのだ。

 さらにブルゴーニュ公世子シャルルは

「俺を差し置いてローマ皇帝などと、許さん!」

 そう理不尽な怒りを露わにしている。

 誰も船を貸さなければ島津は戦場に現れず、戦いにはならないだろう、それがミラノ公の読みであった。


「『ハンニバルの再来(レディトゥス・バルカ)』島津家久、彼がいない島津は恐ろしくない。

 オーガ島津はワラキアの吸血鬼と対戦するし、出水イズミール公豊久はトルコの地にある。

 名前だけは引き継いだようだが、皇帝家久には何も出来ないだろう」

 フランチェスコ・スフォルツァはフィレンツェのピエロ・ディ・メディチに手紙を送った中でそう評した。

 ピエロもそう思ってナポリに味方しているが、彼には気がかりがある。

 前年に死んだ父、コジモ・デ・メディチの島津忠恒評である。


「島津の中で、忠恒が一番恐ろしいだろう。

 嵐というのは通り過ぎるまで隠れていれば良い。

 銀行家にとって、戦争とはそんなものだ。

 だが、忠恒は違う。

 政治と経済を理解している忠恒は、何度かやり取りをした事があるが、予想通りに動く理性的な部分と、何を仕出かすか分からない裏の顔を合わせ持っているように思えた。

 だから儂は、奴を借金で縛り、敵には回さんしようにした。

 逆に我々も奴の敵になるべきでは無いと思う。

 いつか奴はとんでもない事を仕出かすだろう」


 そう評したコジモ・デ・メディチが死んだ3ヶ月後、島津忠恒はビザンツ帝国を乗っ取り、サツマン朝皇帝家久二世となった。

 誰もが予測出来なかった。

 ミラノ公はじめ、多くの者はタラントで真面目に政務をしていた忠恒を見て判断している。

 裏の顔、「悪の家久(イェヒ・イル・マーレ)」が「ハンニバルの再来(レディトゥス・バルカ)」とは別の恐ろしさを持っていたなら?




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 ピエロの不安は、ひとまず取り除かれた。

 ミラノ公の予想通り、皇帝家久はローディ神聖同盟軍に対し、和睦を申し入れて来た。

 イタリア諸国はホッとする。

 シマンシュは今まで理屈が通じない相手だった。

 やっと話が通じるシマンシュが現れた。


 外交交渉をし、皇帝家久にナポリ公肝付兼三の実父伊集院忠棟暗殺について謝罪させ、賠償金の支払いと、二度と同じ事をしない誓約をさせる。

 数ヶ月に及ぶ外交交渉が為された。

 賠償金の減額について長々と話し合われ、メディチ家が肩代わりして「見舞金」の名目で肝付兼三に支払う事、その分を東ローマ皇帝名義で借用書を書く事で話が纏った。


 皇帝家久は、タラントから陸路ナポリに渡り、謝罪と誓約を行うと言う。

 フランチェスコ・スフォルツァも、ピエロ・ディ・メディチも「戦争の危機は去った」と安心した。


 その和睦の席上、調略を受けた禰寝重張と島津忠清が、それぞれ肝付兼三と島津忠辰を斬殺、間を置かずに島津忠隣の軍がシチリア島に上陸し、シシリアン島津からの内応者である島津忠栄と合流して全土を制圧した。


 コジモが恐れていた「悪の家久(イェヒ・イル・マーレ)」が牙を剥いたのである。

状況解説:

地図貼りました。

ピンクのとこが南方サツマン連邦です。

赤が島津宗家系の直轄領です。

オレンジはその他、鎮西侍、現地ブルガリア人、ビザンツ貴族領等の混在地です。

今回は赤とピンクの戦いです。

ただし、赤は義久領(薩摩本国)、義弘領(ペロポネソス半島)、豊久領(アナトリア半島沿岸部)、家久領(アテナイ側のギリシャとイタリア半島のタラント)と分かれていて、今回動かせるのはギリシャとタラントの軍だけです。

なお、島津歳久と島津忠長はまとまった領地を持たず、各地に小領地を持っている形です。

何でも出来るタイプは本国に置いておきたいので、分国みたいな領地とすると、日本時代より広いので、領地に行きっぱなしなるのでこうしてます。

新納忠元も同様です。

功績から言って、伊集院家と同じくらいは領地が有りますが、点在しているので。


日置の沖合いは陸封されて塩湖になりました。

多分、領主の島津歳久が塩田を作ると思います。


……プロットしてみて改めて気づきました。

サツマン、一定の緯度から北は興味が無い。

それが分かったら、各国と協調出来んじゃね?

まあ、作者自身が地図描いて初めて気づいた(もっと凹凸になってるかと思ってた)くらいだから、当時のヨーロッパもイスラムも薩摩自身も気付いてないだろうなあ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独裁は基本。権力の集中は基本中の基本。まことに残酷な現し世!
[一言] こうして見ると政治も軍事も出来る軍団長五人も抱えてる織田家は人材が豊富だなぁ……
[気になる点] この旗印?の創立年表示が英文表記な点 やっぱりラテン語で統一した方がカッコいい気するけど、如何せん自分もラテン語知らないんで何とも…(アカン)
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