中東の戦い
■出水島津家陣容
【島津家】
島津中務少輔豊久(当主)
島津源七郎忠仍
【樺山党】
樺山兵部大輔忠助(妹が島津家久室)
大野七郎忠高(忠助の子で養子に入っている)
【伊集院党】(伊集院忠棟らとは別系統)
伊集院下野守久治
【諏訪党】(上井氏が改姓)
諏訪治部少輔経兼
【その他】
東郷家、大野家、本庄家
【姻戚関係】
ブルゴーニュ公ヴァロア家
※出水家はオスマン帝国を抑え、またクリミア ・ハン国やモスクワ大公国、トレビゾンド帝国やジェノヴァ植民都市が黒海の対岸に在る為、本国に次ぐ戦力を持つ。
米が辛うじて採れる地域に薩摩から農民を移して年貢を取っているが、基本的に統治らしい統治をしてないので、民の忠誠は高い。
出水城駐屯軍がしてる事は、国境警備と領内の治安維持くらい。
薩摩兵だけの兵力は一万二千だが、三交代で四千人は薩摩本国の家族の元で過ごす。
(その他に傭兵が居るのと、たまにジャンヌ衆と呼ばれる兵力が勝手に参加する)
オスマン帝国皇帝メフメト2世は、突如現れた薩摩という国で殺された。
皇子であるバヤズィドは、父を殺した島津家久によって育てられる。
その教育は厳しかった。
家久は文武両道を唱え、次期皇帝としての帝王教育は家庭教師に任せる一方、武術や兵法、肉体の鍛錬は自ら仕込んだ。
病弱な児童だったバヤズィドは、いつしかサツマン人に混ざっても違和感の無い少年に育った。
そして7年の空位を経て、オスマン帝国皇帝バヤズィド2世として即位する。
9歳で初陣してイェニチェリを率いて戦った、軍人皇帝である。
皇帝即位で士気が上がるオスマン帝国だったが、東方戦線は予断を許さない。
白羊朝、黒羊朝、トレビゾンド帝国、クリミア・ハン国が連携して攻勢を掛けて来る。
如何に名将に用兵を叩き込まれたとは言え、11歳の少年が帝国全軍を指揮なんて出来ない。
その為、島津豊久の出水島津家が事実上の指揮を執りに駆けつけた。
豊久・忠仍兄弟に、伯父の樺山忠助、従兄弟の大野忠高(樺山忠助の次男)ら樺山党、諏訪経兼(上井覚兼の嫡男)、本庄主税助等で総勢六千人である。
「さて、どう戦い抜くかの?」
豊久はバヤズィド2世を上座に座らせ、大宰相イスハク・パシャの下の第三位の座から軍議を仕切る。
オスマン首脳陣を立ててこそいるが、軍を仕切るのは島津家であるのがよく分かる。
「如何にも何も、『戦』の言葉有るのみ。
一心不乱に戦う。
豊久義兄上は策など練るのか?」
皇帝の好戦的極まりない発言に、オスマン帝国の官僚は唖然となり、イェニチェリ他薩摩に近い連中は微笑んで肯く。
「策というより、どの敵を先に叩くかが問題でしょう。
イスラムの兵は騎兵が多く、芯となる軍を先に討たねば、広く展開されて包囲されましょう」
ジャンヌ・ダルクがそう話を進める。
「義母様、ないごて此処においでじゃ?
こん戦は十字軍でん、イングランド絡みでん無かど?」
「豊久殿、聞きましたよ。
サツマニアは一夫多妻制だと」
「如何にも」
「私の目が在る限り、娘に悲しい思いはさせません!
豊久殿が愛人を作らぬよう、私が監視します!」
「側室妾を持つは武家の習い。
目くじら立てっとは、女子として器が小さかな」
そう言った島津忠仍は、ジャンヌ・ダルクの回し蹴りを延髄に受け、吹き飛ばされる。
「そん話は出水で聞きもんそ。
そいだけが用なら戦場まで来んでも良かど?」
「豊久殿、貴方は私の砲兵指揮能力は不要と仰いますか?」
「いや、左様な事は言うちょらん。
合力、忝のうごある」
「はんっ!
女子の鉄砲等、何程の事ごあるか」
暴言を吐いた忠仍の顎先をジャンヌの拳が高速で打ち抜き、脳を揺らされた忠仍は膝から崩れ落ちる。
「源七郎、女子も知らんおはんは、口を慎しむが良か」
豊久が弟を嗜め、空気がおかしくなりかけた軍議を元に戻した。
20万の敵は、一元指揮はされてなく、それぞれが個々に動いているが、一方で全軍がサツマン・トルコ連合を包囲するように動いている。
バラバラの行動を調整している奴がいる。
それを先に叩けと言うのがジャンヌ・ダルクの意見である。
「中々の慧眼。
源七郎殿への躾といい、まるで亡き義弟定山(家久)の如き女傑ごわるな」
島津家久の義兄・樺山忠助がそうジャンヌを褒める。
「俺いらぁは御母堂様の言で良かごある」
樺山忠助と大野忠高父子の発言で軍議は纏まる。
後はそれがどの軍か、だ。
「黒羊朝と白羊朝は仲介があって、手を結びました。
だからこの2国は違いましょう。
クリミア・ハン国は遅れて盟に参加しました。
となると、トレビゾンド帝国が調整役かと」
イスハク・パシャからの情報である。
ではトレビゾンド帝国軍はどこか?
「これですね。
最も遠い、この兵力五千程度の部隊。
クリミア・ハン国と白羊朝の間のこれです」
「よし、ではこいから潰しもそ。
騎兵を率いて、敵中深く斬り込むのは誰がやるか?」
「豊久の義兄上、私がやります」
「バヤズィド殿か?
良か心掛けばってん、貴方様は皇帝に即位したばかり。
討ち取られたら元も子もなか。
自重しやい」
「島津家に自重という言葉が有るとは知らなかった。
確かに私は皇帝に即位したばかりだ。
しかも島津家の後ろ盾で。
これから先、この戦のように外国からも内からもナメられてはならぬ。
オスマン帝国の軍隊は、皇帝が必ず陣頭に立つ!
オスマン帝国の皇帝は、兵士の背中に隠れて、安全な宮廷から戦いを指揮したりする事はせぬ!
だから、私が行く。
イェニチェリが付いているから、必ず勝てる」
トルコの廷臣たちが頭を抱える。
(それをやったから、メフメト2世は討ち取られたんだ!)
イェニチェリの隊長たちは拳をポキポキ鳴らしながら高揚している。
「中務少様、俺いが補佐致しもんそ。
皇帝陛下は必ず生きて帰しもす」
樺山忠助が廷臣たちの不安そうな顔を見て、護衛を引き受ける。
「樺山の伯父御がそぎゃん言われっなら、お任せしもす。
バヤズィド殿、手柄立てて帰りやんせな!」
「おう!
それでこそ豊久の義兄上だ!」
「義母殿」
「何でしょう?」
「この場所に砲兵衆を布陣し、白羊朝の軍が来たら蹴散らして下され。
奴等は必ず、深入りしたバヤズィド陛下の退路を塞ごうと出て来っじゃろから」
「分かりました。
では、この場所、クリミア・ハン国軍が同じように背後を衝く時に通る此処は誰が守りますか?」
「其処には俺いが行っで」
「待ちいや、兄上。
総大将が本陣留守にしてどないする?」
「いや、総大将はバヤズィド陛下じゃろ?」
「まあ、そいはそうですが、そのバヤズィド陛下も出撃なさるし、本陣は誰が守っとじゃ?」
「おはんじゃ、源七郎。
諏訪殿も源七郎を守ってくいやせ」
承知する諏訪経兼に対し、忠仍はごねる。
「また俺いは留守番ですか!!」
「不満か?」
「当たり前じゃ!
何時も、何時も、何時も俺いばぁ留守役じゃで!
バヤズィドすら戦に出やるのに、俺いばあ……
ん?
……バヤズィド、何をしや……グハッ」
バヤズィドが忠仍の後ろから投縄打を喰らわすと、前から豊久の首狩打が炸裂し、十字交差を受けた忠仍は烏帽子を宙に飛ばして倒れた。
豊久とバヤズィドが無言で拳と拳を合わせる。
「源七郎も納得した故、各々、抜かり無く」
泡を吹いて倒れている島津忠仍を置いて、バヤズィド2世とイェニチェリ、ジャンヌ・ダルクと砲兵隊、島津豊久と騎馬隊が出陣した。
イスハク・パシャと諏訪経兼は
(この人も可哀想に……)
と首がおかしな曲がり方しながら倒れた忠仍を見て同情した。
一刻後には復活し、また置いて行かれた!と激怒するのであるが。
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トレビゾンド帝国皇帝ダヴィドは、まさかオスマン帝国の若き皇帝が直率する部隊が襲って来るとは想像だにしていなかった。
皇帝直率のオスマン軍の士気は高く、半数の兵力なのにトレビゾンド軍を圧倒する。
トレビゾンド軍は壊滅し、ダヴィドは何処かへ逃げて行った。
全軍の調整役を失ったイスラム連合軍は、足並みが揃わずに各個撃破される事になる。
白羊朝の大規模な騎兵部隊は、騎兵キラーとも言えるジャンヌ・ダルクによって蹴散らされる。
クリミア・ハン国軍は、十字紋を何処かのキリスト教国と見て攻めようと迫るが、サツマニア軍と分かった途端に士気阻喪して逃げ出す。
緒戦はサツマン・オスマン連合の大勝利であり、オスマン帝国国民は歓喜に沸き、志願兵は増大した。
緒戦勝利は、包囲の危機から逃れるものではあったが、逆に中核を失う事で3国とバラバラに戦う羽目になる。
白羊朝軍を叩けば、黒羊朝軍が南から迫る。
黒羊朝軍を叩けば、クリミア・ハン国が北から迫る。
統制が取れていれば取れているで、取れていなければいないで厄介な相手たちであった。
一戦場に白羊朝のウズン・ハサン、黒羊朝のジャハーン・シャーを迎えて、彼等の広域での騎射戦法と戦うのは危険だが、フリーハンドを得た遊牧民族軍と多正面戦をするのも骨が折れる。
救いは、クリミア・ハン国の可汗ハージー1世ギレイは首都クルク・イェルを動いていない事と、若年の皇帝の勇気に士気上がるオスマン軍が各地からの貴族軍参加により十五万の大軍になった事である。
「釣るか」
豊久は判断した。
バヤズィド2世率いるオスマン帝国軍十五万が、そのまま黒海東岸から時計回りにクリミア・ハン国及びトレビゾンド帝国に進軍する。
皇帝及び残存全戦力不在のトレビゾンド帝国はあっという間に占領され、滅亡した。
東ローマ帝国の後裔を名乗るのは、ついにビザンツ帝国だけとなった。
そのままクリミア・ハン国を攻める。
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クリミア・ハン国には更に困った事態が発生。
西方国境からワラキア軍が侵攻して来た。
保護国であるリトアニア大公国に救援を求め、更に白羊朝、黒羊朝にオスマン軍の背後を襲うように要請する。
薩摩・ワラキアによる理想的な挟撃だったが、ヴラド3世は薩摩に何の相談も無く、
「奪い時だ、行くぞ!」
と勝手に略奪の行軍に出ただけであり、更にこれが薩摩有利に働いたなら、薩摩に相応の謝礼を求める算段であった。
農奴を大量に得たが、それはそれとして今年と来年分くらいの食糧は欲しい。
「お前は今迄に食ったパンの数を覚えているか?」
ヴラド3世の問いに、傍の兵士は
「今朝は食べましたが、昨日は薄いスープだけで食べていません。
一昨日もそうで、月に10回ってとこですね」
と答えた。
「ふん、いくら食ったかなど覚えていない!と嘯く程に、このワラキアを豊かにせねばならぬな」
支配者としては相当優秀な部類のヴラド3世は、国民にはそう言った。
そして敵に対しては
「取るに足りぬクリミア・タタールよ、支配してやるぞー!!
我が『知』と『力』の前にひれ伏すが良い!!」
と圧倒的な攻勢をかける。
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そして東方戦線。
白羊朝のスルタン・ウズン・ハサンは危険を察知してアルメニアに兵を退いた。
黒羊朝のスルタン・ジャハーン・シャーは、ウズン・ハサンの動きを知らずにオスマン帝国軍を追撃していた。
彼も黒羊朝最盛期を作り出した英主、準備はしている。
「オスマン軍、前方で陣を敷いて待ち構えています」
「我々の更に後ろから敵軍が近づいています。
旗は飾り気の無い、殴り書きの十字架。
おそらくサツマニア軍」
「やはり、我々を釣り出して、得意の包囲殲滅をするつもりだったか。
その手には乗らん。
全軍密集して後方のサツマニア軍を突破!
ペルシアに戻るぞ」
釣り野伏に引っ掛かる事なく、8万の大軍は引き返した。
「オスマン軍、追撃して来ました」
「火力中心のオスマン軍では我々に追いつけまい。
そのまま進むぞ」
退却して3日目、黒海沿岸を脱しようとした場所で黒羊朝軍は待ち伏せ攻撃を受ける。
「旗は……百合花に2人の天使。
サツマニア軍ではありません!」
「何者だ!?」
この会話が聞こえていたら、おそらく高らかに名乗ったであろう。
「我が名はジャンヌ・ダルク!
異端とされ、火刑に遭った屈辱を晴らさんが為、この世に甦りし者なり。
お前たちには何の恨みも無いが、死んで貰う!」
南東にジャンヌ・ダルクの砲撃。
北西からオスマン軍の追撃。
さらに側面にあたる南西から
「手柄にせよ!」
と島津豊久軍が白刃を光らせながら迫る。
残るは北東。
北東に動いた黒羊朝軍を
「待てぃ!
俺いの久々の戦じゃ!
逃げんで手柄にならんかい!」
と島津忠仍隊が並行追撃を掛ける。
「馬鹿が1人追って来てます。
叩き潰しましょうか?」
部下の問いにジャハーン・シャーは
「それで足止めをするつもりだろう。
捨て石の若造になんか構うな。
このまま全速力で東方に向かう」
島津忠仍は振り切られた。
だが、島津忠仍は馬鹿でも捨て石の若造でも無い。
所定の地点まで追撃すると、兵を止めてジャハーン・シャー軍の後ろ姿を見送った。
そして悪い笑顔で
「計算通り」
と呟いた。
大宰相イスハク・パシャの情報を元に樺山忠助がした計算(島津兄弟とジャンヌ・ダルクは作戦立案も計算もしていない)、島津の追撃を振り切って入り込んだ先は、白羊朝と所属を巡って争っているグルジア・アゼルバイジャンの地であった。
黒羊朝軍は、昨日までの味方、白羊朝軍からの攻撃を受けて大打撃を受ける。
ジャハーン・シャーはペルシアの本領に逃げ込んだが、これで再び白羊朝と黒羊朝の戦争が再開されてしまった。
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豊久ら出水島津家とオスマン帝国は、一年がかりでイスラム連合の脅威を取り除いたが、まだ気は抜けない。
クリミア・ハン国は援軍が見込めず、オスマン帝国の属国となると申し出て和睦した。
しかし、西方国境付近はワラキアに占領されてしまったし、今年の収穫も3分の1をヴラド3世に奪われる。
白羊朝、黒羊朝は争っているが、どさくさ紛れのオスマン帝国侵入は後を絶たない。
そんな中、出水城ではジャンヌ・ダルクが北に「小オルレアン」なる城を築き、「北の方様」と薩摩兵に慕われながら客将格で居座り、
「シャーリー、そして婿殿、早く子を見せて下され」
とほぼ毎日やって来るようになった。
そんな微笑ましく、平穏な日々をある報告が消し飛ばす。
「帝都コンスタンティノープルにて陸奥守久保様急死!
中務少様、源七郎様は至急鹿児島に戻るよう、御館様の命ごわす」
島津の家督相続人が不在となったのである。
おまけ:
「シャルロト」
「旦那様、どうされました?」
「義母上は如何された?
いきなり戦場に船で乗り付ける等、尋常じゃなかど」
「母様は尋常な女性じゃありませんことよ」
「そいは知っちょる。
じゃっどん、ないごとか有りもしたかの?」
「ああ〜、父上の事で家出してるのかも」
「義父上じゃと?
どっち(ブルゴーニュ公/パスクレル侯)の?」
話の流れからしてパスクレル侯なのだが。
どうもフランス人であるパスクレル侯には愛人がいる。
ジャンヌもそれは理解していたが、今回一線を超えたのは、愛人に男子が産まれた事であったからだ。
「母様の子は私たち娘ばかりですから」
「相続可能な男子は我慢ならんチ事じゃな。
分かっど。
そいでワイらにも早よう子をチ言うちょるんじゃな」
「じゃったらご自身も気張って、男子を産めば良かじゃろ。
嫉妬とか見苦しごわんど」
「源七郎、話に混ざるな!
女子も知らんおはんにゃ分からん」
そうこう言っている間に、
「北の方様、お見えごわす」
「婿殿……」
(来よった!!)
仲睦まじいのは結構だが早く子を、男子を、と言って来るとこだが、今日は違った。
「ジャンヌ殿、側女は男の甲斐性じゃで、嫉妬んどらんで領土へ戻ったら良かじゃろ」
空気読めない忠仍に対し、ジャンヌの肉体薩摩弁が炸裂する。
虫の居所が悪かったのか、割と長い。
「旦那様、お茶です」
「うん、おはんも茶を煎れんのが上手くなって重畳」
「ありがとうございます!!
ロレーヌ訛りの肉体言語を眺めつつ、夫婦は猫の喧嘩でも見ているようにまったりと茶を飲む。
「ところで、私には妹が居ますが、源七郎様にどうですか?」
豊久の飲んだお茶の味が一気に消えた。
「忠仍には亡き咄庵殿(上井覚謙)の娘御が許婚として居んで、気にせんで良かど」
決して口には出せない。
二重に親戚になられた日には、益々入り浸って帰ろうとしないだろう。
その晩、床入り前に豊久はラテン語の祐筆を呼び、手紙を書いた。
『義父上、一瞥以来に御座候。
義母上当方に滞在中。
疾う疾う御迎え有らん事を』




