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島津の情報力

 薩摩国内城城門に、ジプシーと呼ばれる馬車に乗った流浪の民が現れた。

 元々「エジプトから来た」という意味でジプシーだったが、実際の所はインド系だったりバルカン半島系だったり、様々である。

 日本では河原者が近い。

 故に門番は

「下がれ、下がれ。

 こいは島津ン殿様の城じゃ。

 命が惜しくバ下がれ」

 とぞんさいに扱う。

 だが、その長と思しき者は威圧感の有る日本語で

「赤塚休意斎が戻ったチ、御館様に取り次げい」

 と話す。

 門番は急ぎ、主君に注進した。


 薩摩の密偵「山潜やまくぐり」、その指揮官の一人が赤塚源太左衛門尉真賢、出家して休意斎である。

 薩摩転移直後から、あらゆる軍役を免除されて、ヨーロッパに融け込む事を命じられて来た。

 その為、家臣の中には「赤塚どんは大隅国にいて、我等と一緒には来なかった」と思っている者もいた。

 髪、肌、瞳と色が違い、片や平たい顔、片や3D顔と特徴が違う世界。

 領民に化けて草として融け込む事も、入り組んだ諸侯領を自由に移動する事も困難なこの世界で、山潜赤塚組はジプシーに化けた。

 東洋人が身を隠すには最適である。

 イングランドの豊久に会ったのも、山潜の別の一隊である。

 薩摩にはもう一つ、修験道系の諜報組織があるが、その行方も主君島津義久以外知らない。





「赤塚、よお戻った」

 人知れぬ部屋で、義久は赤塚と会う。

 赤塚は口を開かない。

「左衛門督(歳久)ン事じゃな。

 聞きたか話は左衛門にも関係すっでな。

 聞かせったもんせ」

 義久がそう言う以上、歳久の前で語る事になる。

 忍びは、主君以外は親族でも従わぬものである。


「大事な話じゃ。

 こんヨーロッパの地で稲作しちょる地は在っか?」

「三ヶ所」

「示せ」

「ギリシャ河川域、

 シチリア島、

 そしてアラゴン王国バレンシア地方」

「稲作に適した地は在っか?」

「ミラノ公国ポー川流域、

 フランス王国プロヴァンス地方ローヌ川流域」

「それらを全て奪えば、我等は生き延びられようか?」

「仰る意味が分かりませぬ。

 何か有られたのでしょうか?」

 島津歳久がこれまで起きて来た事を話す。

 単に征服の対象ではなく、切羽詰まって来た事を、長らく各国を先入観無く調べに出ていた忍びの統領に話す。

「左様ごわしたか……」

 赤塚は考えた上で

「作付面積が足りぬ上に、この地は鎮西はおろか、京洛よりも寒く、また夏場の暑気厳しく、雨も降らずで収量は期待出来ませぬ。

 今の薩摩の民の数なら何とかなるやも知れませぬが、将来は危ういかと」

 薩摩人が増える、気候の寒冷化が進む、稲の病気やイナゴが発生する、外国から攻められて田畑が荒らされる、何れが起こっても飢餓に繋がる。

 島津歳久は悔しい表情となる。


「何か他に分かった事は無かか?」

 島津義久の問いに赤塚は地図を拡げ

「カルタゴ、エジプト、ここが穀物がよく穫れもす。

 そしてクリミア・ハン国、モスクワ大公国、こちらも麦の一大産地ごわす」

「じゃが、クリミアを攻めるには、船で行くか、このワラキアを通らねばならぬ」

「ヴラド奴か……」

「彼奴を倒しても、先にはポーランド・リトアニア国が在る。

 兵庫頭(島津義弘)はまともに戦わんかったが、此処も大軍を持つ強国じゃの」

「……本来大軍は少数を圧倒するものごわす。

 少数でも大軍を蹴散らす兵庫様や中務様が異常ごわす」

 忍びの統領は冷徹であった。

「では、このカルタゴやエジプトは如何に?」

「マムルークとかいう回教の大国がおりもす。

 陸伝いならオスマン帝国を通り、シリアやパレスチナを抜ける道になりもすが、お薦めは出来申さん」

「ないごてな?」

「水が殆ど有りもさん。

 有っても死海とか言う、海より辛か湖が在るとかじゃで。

 薩摩兵児は渇いて死にもんど」

「かと言って北もいかん。

 薩摩兵児は寒いと死にもんど」

「やれやれ、こん場所は雪隠詰めな場所じゃの。

 四方行く場所が無か」

「確かな話では有りもさんが……」

「何でん良か、話したもんせ」

「こん大海(大西洋)の彼方に陸地が在るチ話が有りもす」

 島津義久と歳久は顔を見合わせ、

「在るな」

「確か在るチ聞きもした」

 と語る。

「赤塚、おはんが薩摩を離れている間に、俺いどん等は百年以上昔に移動した事が判ったとじゃ」

「お戯れを」

「信じられんのは俺いたちも一緒じゃっどん、

 この大地が丸く、海の彼方に陸地が在るんは宣教師から聞いた。

 俺いどん等は知っておるが、そうか、こん時の南蛮はまだ知らんのか」

「御館様、もしそん地に先んじて薩摩人を送り込めたら……」

「そいは先の事として考えておこう。

 今は数年先に我々が飢饉にならねばそいで良か。

 で赤塚、次に聞きたかこつを言うでな」


 島津義久は、このヨーロッパで不足している物、売れそうな物を聞いた。


「意外な程、塩が足りておりもはん。

 塩は売れば儲けられもす」

「まあ、我が薩摩も三方を海に囲まれておったに、塩田は作って無かったな」

「指宿の方に少々」

「良か、そいを梃入れしもんそ。

 他には?」

「砂糖が売れもす」

「砂糖か……奄美は一緒に来たか?」

「残念ながら……」

 奄美大島が同時に転移しなかったのは痛手であった。

 砂糖という商品を得られない他に、つむぎという繊維産業も無くなったからだ。

「左衛門督(歳久)、そう言えば桜島以外に、一緒にこの地に来た島は他に有っか?」

「我等もゆっさや稲作にかまけて、調べちょりもはん。

 位置がズレたやも知れず、手間は掛かりもそうが、調べさせもんそ」


 島津義久、歳久は赤塚休意斎から様々な物の価格を聞き取り調査した。

 薩摩の紙は、売価が高い為、やや安く買われているように感じた。

 ただ、日本に居た時よりは高額であった為、ヴェネツィアやジェノヴァ商人の利鞘となるのは大目に見ようと決める。

 工芸品も意外に高値で売れる。

 イタリア諸都市やフランドルといった地域の富裕層が、扇子や竹細工に価値を見つけ、高値で扱っている。

 日本刀や甲冑という武器も同様である。

 取り扱い量は少ないが、芸術品として価値が出ている。


「その辺がよう分からん」

「日ノ本にても、堺の数寄者が明国の茶碗や、なんでんなか竹筒を茶器花器ゆうて高値で扱っちょったそうじゃ。

 鎮西だと博多ン衆がそうなり掛けちょった」

「左様。

 富裕層ものもちは解らん物に銭金投げ打ってごわる。

 こいを見てくいやせ」

 小さなカンバスに描かれた男、それは

「又七、あー、侍従(豊久)じゃなかか」

「おおー、よお似せたものよな、又七じゃ又七じゃ」

「婚儀の前にブルゴーニュ公の姫様おひいさんに見せた絵ごわす。

 何枚か描かせたようですが、幾らするか分かりもすか?」

 フランドルの有名画家に描かせたとあり、義久や歳久の予測を二桁上回る金額であった。

 義久、歳久は呆れる。

「あげな莫迦の面に銀二十貫(約2500万円)とか、

 こちらの者は揃いも揃って頭がおかしいんじゃなかか?」

「赤塚殿、こん絵はそんだけ銀を払って買ったとか言わんじゃろな?」

「まさか。

 忍び込んで盗んで来もした」

「ならば良し!」

「うむ、又七の面体が売れるなら、皮でも剥いで売った方がもっと儲けになっぞな」

「彼奴なら顔の皮バ剥いでも、また生えてくっじゃろ」

 芸術家と芸術的価値と、その異常な金額高騰に今一つピンと来ない田舎大名兄弟であった。


 話はズレたが、島津家ではヨーロッパの需要を聞いて、特産品の生産に力を入れる事にした。

 売る程は植えていなかった茶も、富裕層が健康食品(高級青汁的なもの)として買っていく事が判り、作付けを増やす。

 これが需要の変化で大儲け商品と変わる。


「我々はまだ南側を調べたに過ぎません。

 これから北側を回って来もす」

 赤塚はジプシーの姿に戻り、再び薩摩を離れた。




------------------------------




 入れ替わりに錬金術奉行の佐奈田余八が戻る。

 薩摩の国には大小様々な金鉱銀鉱が在った。

 嬉しい事ではあるが、不安要素でもある。

 薩摩に金銀が眠っている、それが知られた時、薩摩は奪いに行く側から狙われる側に変わる。

 敢えて隠しておいて、流通量を制限すべきか?

 島津義久は考えた後

「隠し切れんじゃろ。

 バンバン使って、食い物と武器を買い集めよ。

 薩摩で植えられる草木の種も買って試せ。

 銭金は有る内に必要な物を集めるのじゃ」


 佐奈田余八ことヨハン・フォン・ブランデンブルクは元辺境伯であり、芸術の才能は無いが、見る目は有る。

 彼は錫細工が、今の単なる器でなく、赤塚が調べて来たキリスト教で使う祭具とかにすればもっと儲かるかと聞かれ、肯定した。

 その途端、彼には銭金に糸目は付けないから、芸術的センスのある職人を探して来て働かせるという仕事も追加されてしまった。

 山師としての仕事はまた半年程後に再開し、帰城した後は薩摩の産業としての窯業の振興、肥料の生産、武器の強度的な改良、薩摩の米焼酎の改良とやらねばならない事が多い。

 苗字帯刀が許されたように、銭での扶持も増やされたが、助手への手当てや知り合いの錬金術師のスカウト等でほとんど手元に残らない。

 それでも最近は

「こんな事もあろうかと、と頼りになる佐奈田サァ」

 と薩摩人に慕われるようになり、薄給ブラック役所名ばかり奉行とは言え、それなりに報われるようになった。


 そんな佐奈田余八にまた仕事が追加された。

 今は亡き島津家久が遺言で海軍の整備を訴えていた事から、大型船の建造にも関わる事になる。

 百年のアドバンテージがある島津家は、自分たちでは作れないが、ガレオン船が琉球や呂宋に来ていた事や、織田と毛利・村上水軍との戦いで鉄甲船が使用された事を知っている為、口だけ出して

「作れ」

 と言う。

(よくこんな事を考えつくな!)

 と余八らは驚くが、アイデアは有れど形にするのは遥かに難しい。

 仕事の日々は続く。




 そして薩摩では大野忠高(島津豊久の従兄弟)を舟奉行とし、薩摩と桜島以外に一緒に転移した島を探させた。

 薩摩との位置関係はズレていたが、黒海の中にポツリと浮かぶ黒島、竹島、硫黄島を発見する。

 更に口永良部島までが見つかった。

 屋久島や種子島、甑島、奄美大島は見つからない。

 そこの住人にとって、島津家は決して優しい支配者では無かったのだが、知らない場所に転移した不安からか、数年ぶりに見る島津十字に涙を流して駆け寄り、再会を喜んだ。


 火山だったこの場所からは、火薬製造に使える硫黄が採れる。

 鉱夫として捕虜や犯罪者を流す最適な島も得た。

 そして薩摩の輸出品に硫黄も含まれるようになった。




 このように、貿易で財政立て直しを図ろうと四苦八苦している最中、スパルタより驚くべき報告が届くのであった。

おまけ:

薩摩三島にて

「おら、キリキリ働け!!」

「あの、お代官様、あの異人たちは何ごわそう?」

「おう、この前の合戦で捕らえた降り者で、硫黄を掘らせる鉱夫として働かせるわい。

 おはんらも、あいつらが逃げんように見張っておれ。

 身体を壊す硫黄掘りに、おはんら大事な百姓は使わせられんで。

 おはんらは、気にせず農業をやっておれ」

「年貢は、やはり取るのでしょうな……」

「当たり前じゃ。

 じゃっど、今ん島津家は優しくなったど。

 年貢はな、二公一民で良か!」

「なんチ!

 島津のお殿様、お優しうございもすな。

 硫黄掘りもしなくて良く、年貢もこないに残して良かなっとは。

 もう鹿児島に足バ向けて眠れもはん!

 神社を立てて感謝いたしもす!

 まっこて、あいがとございもす」


八公二民→二公一民=大幅減税

名君島津義久爆誕。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 減税するだけで名君誕生とか、どんだけ苛烈だったんだw
[一言] 二公一民って百姓には収穫の何割が残るんですか?
[良い点] あーなるほど。 火山のある場所だけ転移して来たんですか。 霧島も来てんのかな、すると。 あそこは牧畜出来ますよ、普通に寒冷地で、冬休みが北国仕様で長いんです。 さすがに島津の頃は牧畜やっ…
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