イングランドの島津豊久
ブルゴーニュ公国は2つの側面を持つ。
1つは、この国はあくまでもフランス王家の分家であり、フランス貴族としての属領に過ぎないというものである。
もう1つの顔は、ブルゴーニュ公がフランドルを支配するようになってから現れた。
つまり、フランスともイングランドとも異なる、毛織物産業を持つフランドル(今のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の経営者としての顔である。
これが単なる貴族領か独立国家か、ブルゴーニュ公国を曖昧にさせていた。
国内政治でもそれは影響する。
経済中心に考えるフランドル派、フランス王国と共に在るべきと考えるブルゴーニュ派に分かれる。
前者は富裕層、新興商人中心で、後者は古くからの貴族中心であった。
「アラスの和約」で、ブルゴーニュ公国はイングランドとの同盟を破棄し、フランス王国と共に在る事になった。
これによりブルゴーニュ公フィリップは「善良公」とフランスから呼ばれる事になったのだが、公子であるシャルルは気に入らない。
フランス王国とは対等の同盟者であるべきだった。
いまだブルゴーニュ公は、フランドルという富を生み出す地を有しながらも、フランスの一貴族に過ぎない。
この「アラスの和約」を主導したブルゴーニュ貴族のクロワ家は、シャルルの政敵となった。
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ブルゴーニュ公子シャルルと、ブルゴーニュ公娘婿の島津豊久は、顔を見るなり殴り合う。
故に彼等の刀と剣は没収され、樫の木の棒を差して歩かされていた。
だが、ある日島津豊久が体調を崩し、終日寝込んでいたのだが、その日のシャルルは非常に寂しそうにしていたのを、多くの者が目撃している。
(この馬鹿2人の殴り合いは、会話だ)
と周囲は理解した。
このように島津豊久は、ブルゴーニュ公の宮廷で打ち解けていた。
ある日、シャルルが
「あのクロワ家の野郎どもが!」
と豊久の顔面に一撃を喰らわせながら罵る。
「直接言えば良か!」
と豊久がシャルルの肝臓に一撃を入れると
「立場的にそれが出来んから、代わりにお前で我慢している」
とシャルルは豊久の顎をかち上げる。
「じゃったら、おはんの代わりに俺いがやって来る」
とシャルルを逆さまに放り投げ、受け身不能な頭にローキックを入れて気絶させると、豊久は何処かに駆け出した。
夕方、シャルルが目を覚ますと、枕元にクロワ家関係者の首が2つ並んでいた。
「どうやった?」
「剣なんチもんは、無ければ敵から奪えば良か」
「木剣では切れんか?」
「まだまだ俺いは師には及ばん」
彼等の師・東郷重位なら木剣で鉄の長刀を断つ。
「ふん、俺もお前もまだまだ師の域には達していないか」
そして血の滴る首を見てシャルルは嬉しそうに笑い、
「赤ワインが飲みたくなった。
おい、お前も飲まんか」
立っている豊久にシャルルが礼を述べ、豊久も杯を受け取った。
この事件はブルゴーニュ公国を揺るがす。
公爵家とクロワ家の関係は険悪になる為、フィリップはシャルルに謹慎を命じ、豊久には暫く国外に出るよう命じた。
その国外とは、かつてブルゴーニュ公国が同盟を組んでいたイングランドであった。
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イングランドでは、フランスとの戦争に敗れ、カレーを除く大陸の領土を失った事で王家ランカスター家の権威が失われた。
そして、その時の王ヘンリー6世はしばしば精神錯乱を起こしていた。
親戚のヨーク公が宮廷改革を試みたが、ランカスター派のサマセット公がこれに異を唱え、やがてランカスター家とヨーク家との間に戦争が勃発した。
「薔薇戦争」である。
当時はまだこの名前はついていない。
1455年のセント・オールドバーンズの戦いでヨーク家が勝利し、その後は両家とも戦闘を避けていたが、ランカスター家のマーガレット王妃は貴族を調略し、再戦の準備を整えていた。
この不穏な情勢に、ブルゴーニュ公はイングランド内乱の監視役として娘婿の島津豊久を送る。
そして後日、こう嘆く。
「やるんじゃ無かった……」
島津豊久はブルゴーニュ公の手に負える男では無い。
豊久と馬廻三十人、付けられた金羊毛騎士団員五十人がイングランドに到着した時、既に戦端は開かれていた。
9月23日のブロア・ヒースの戦いである。
ブルゴーニュ公の騎士たちは、戦端が開かれたという事実をもって帰国する事を主張した。
監視役とはそういうもので、戦争に巻き込まれる必要は無い。
だが豊久は
「もそっと物見してからの方が良か」
と帰国を了解しなかった。
そして勝者たるヨーク家の軍も、ランカスター朝ヘンリー6世の大軍に遭って後退し、両軍はラドフォード橋で睨み合う。
島津豊久と馬廻衆及びブルゴーニュ公騎士団もそこに移動する。
(なるほど、ブロア・ヒースの戦いは「戦争が始まった」という意味しか持たない。
だがここでの戦いは今後の戦争の行方を左右しそうだ。
流石は「ハンニバルの再来」の子息、見る目が違うな)
盛大な誤解である。
10月12日、カレー方面軍司令官アンドリュー・トラロップがランカスター派に寝返った。
これにより彼我の戦力比はランカスター家3、ヨーク家1となる。
ヨーク公、ラットランド伯、ソールズベリー伯、ウォリック伯、マーチ伯といった指揮官たちが逃げ出すのが見えた。
「これで決まりですね。
この戦争は国王派が勝ち、ヨーク家は敗北。
公に早く報告いたしましょう」
そう言った騎士は、何故か怒り狂う豊久を目撃する。
「敵を前に逃ぐっとは何事ぞ!」
そして彼は、いきなりヨーク家の軍営に乗り込んだ。
「おはんら、指揮官は皆逃げたど!
これからは俺いの指揮で戦え!!」
ヨーク家の兵士は、いきなりやって来た謎の男に戸惑う。
「Hwæ eart þu?(お前誰だよ?)」
そう絡んだ兵士は、首の骨を折られてから
「Gee va Yüñæ!(つべこべ文句言ってんじゃねーよ!)」
と答えられる(中世英語と中世薩摩語の会話)。
(なんか知らんけど、変なのが来た)
と怯えるヨーク家の軍に、豊久は捲し立てる。
要は、橋なんだからそこに立ちはだかれば敵は通れないだろ!と張飛の論理である。
理屈はそうなのだが、大軍を前に守れる筈が無い。
「おはんら! 俺いが橋を守っで、俺いが討ち死にしたらそれを引き継げ!!」
言葉も通じないのに、豊久は命令する。
ヨーク家の軍は何言ってるかは分からなかったが、何をしているかは分かった。
(あいつは狂人だ)
関わらないようにしよう。
だが、戦闘が始まると彼等も変わって来た。
長刀を振り回す謎の男と、その配下のドワーフと思われる三十人は、橋を守って一歩も退かない。
イングランドの長弓兵には鉄砲が応戦する。
橋を突破しようとした騎士は、悉く謎の男に斬り殺される。
次第にヨーク家の残党たちは興奮して来た。
彼等も橋に駆け付け、弓を射たりして支援する。
一人が豊久の元に駆け寄り
「あの男がトラロップです」
と指差す。
言葉が通じていないのに、豊久は拍車をかけると単騎突撃する。
そして
「大将首、獲ったど!!」
の叫びが響き渡る。
国王ランカスター家の軍は、まだ数が多いのに撤退を始める。
ヨーク家のソールズベリー伯、ウォリック伯、マーチ伯は戦場で何が起きたか知らないまま、一目散に大陸のイングランド領カレーに逃れた。
フランスに隣接したその地で彼等は、ヨーク家の軍はいまだ健在で、謎の男が指揮して戦っていると聞く。
アイルランドに逃げたヨーク公も同じ報を聞いた。
アイルランドのヨーク公よりも、カレーのソールズベリー伯の方が
「あの人、もう無茶苦茶です」
とボヤくイングランド帰りのブルゴーニュ金羊毛騎士団員から、詳しい事を教えて貰えた。
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「誰がヨーク家の軍司令官になれって言った!?」
驚き叫ぶブルゴーニュ公フィリップの元に、さらに驚く報が入る。
「ロレーヌのジャンヌ・デ・ザルモアーズ夫人、
『ルーアンの恨みを晴らす時は今だ』と一軍を率いてイングランドに出兵しました」
ルーアンは「オルレアンの乙女」ジャンヌ・ダルクが火刑された場所である。
「戦闘担当」のジャンヌにとって、イングランドは仇以外の何者でもなく、焼き討ち・破壊・虐殺が予想される。
そんなフィリップ善良公に対し
「流石ですわ、旦那様に母様!」
シャルロットがうっとりした顔で言い、
「父上、負けてはおれぬ!
俺も参戦するぞ!」
と謹慎明けのシャルルが申し出た。
フィリップは全力で息子を止めると、急ぎサツマニアのヨシフ王に急を知らせる手紙を送る。
自分の言う事は聞かないだろうという確信があった。
そこに、長らくミラノ公によって足止めされていた「父の家久が死んだから、帰国して葬儀に参加するように」という豊久宛の手紙がフランドルまで到達する。
「なんであと3ヶ月ばかり早く届けなかった?
これがあれば、奴をイングランドに送るなんてしなかったのに!!」
文句を言われたミラノ公フランチェスコ・スフォルツァもぼやく。
「ブルゴーニュに結婚しに行った男が、内戦中のイングランドでヨーク家の司令官になったとか、誰が予想出来るんだ!?」
そして手紙を読んだ島津義久と歳久は声を揃えて
「誰か、あん莫迦を呼び戻せ!
誰が勝手に他国を攻めろチ言うた!?」
と叫んでいた。
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イングランドは酷い事になっていた。
騎士道精神皆無、イングランドはランカスター家もヨーク家も全部ひっくるめて敵で、たまたまヨーク家の味方しているだけのジャンヌ・ダルク。
恐ろしい程の嗅覚で、敵の重要人物を見つけ、首を取る島津豊久。
この2人が指揮するヨーク家の軍は、サマセット伯、ウィルトシャー伯と次々に撃破し、町を焼き払い、首塚を築いていく。
それはかつて、イングランドのエドワード黒太子がフランスで行った騎行戦を倍返しにされたようなものであった。
故にヨーク家もまた民の反感を買っている。
国民の反感を買ってはこの後統治が出来ないと、ヨーク家の主要人物が帰国して軍を掌握しようとしたが、兵たちは言葉も通じない島津豊久に懐いてしまい、蛮族・猛獣化していた。
フランス貴族だった時の名残があるヨーク派の上級指揮官たちは、サツマン人がもたらし、イングランド兵が受け入れてしまった粗食に閉口している。
粗食と言えるのだろうか?
鰻の煮凝り(後に鰻のゼリー寄せに進化する)は兎も角、イルカ、カラス、野犬等何でも食う。
「兵は敵の血肉を喰らう程度で丁度良か!
舌の驕った兵等役に立たん。
そこに在るものをつべこべ言わずに食えば良か」
兵士たちと一つ鍋を囲み、得体の知れない骨付き肉を齧りながらそう言っている豊久を見て、ジャンヌ・ダルクは嫁がせた娘の事を思った。
「シャーリーも大変だね……。
どんな料理を作っても、雑に扱われるんじゃないの?」
と同情している。
実家のジャンヌ・ダルクにイングランドの戦争の事を知らせたのは、この新婚のシャルロットだった。
しかしシャルロットは母の手紙に対し
「旦那様は、私の料理は美味か美味かって、ちゃんと食べてくれますよ。
何度も口に出して褒めてはくれませんが、必ず鍋が空になる迄食べてくれます」
そう幸せに溢れる返事を返した。
ご馳走として作ったブルゴーニュ料理のエスカルゴや牛の内臓煮込み、仔羊の脳やカエルの足といった料理が、日本ではゲテモノ扱いであり、それ故に悪食の新郎の胃袋を自然に掴んでいる事実を彼女は知らない。
イングランド貴族の首を狩りまくり、恨みと貴族の没落を加速させている島津豊久とジャンヌ・ダルク連合軍の前に、一団のジプシーが現れた。
「ん? なんじゃ?
芸バ見る状況じゃ無かど」
そういう豊久に、ジプシーの長は日本語で言った。
「侍従様、御父上中務大輔様が亡くなられもした。
ここは切り上げ、薩摩に帰国なされますよう」
そして父の死を悼み悲しむ豊久は、
「供養じゃ、送り火じゃ」
と通路に在る5村落を「大」「妙」「法」「舟形」「鳥居」の字に焼いてからイングランドを離れた。
残念な食文化を置き土産にして。
おまけ:
アイルランドの問答。
ここに首の無い騎士デュラハンがいて、見た者は死にます。
ここに首を取らない限り決して死なない妖怪トヨヒサがいます。
この両者が戦ったらどんな結果になるでしょうか?
答え:どっちが勝っても、勝った方が我々の敵になるだけです。
おまけの弐:
サツマンの置き土産。
「あの髪型、怖いよなあ!」
「戦化粧とか言って、白塗りにするの、イカスよな」
「裸で暴れるのも良いよな!
血が騒ぐ!!」
(令和世界でも英国は、全裸とか下半身露出系の珍事件多し)
「やはり、焼き討ちは士気が上がるぜ!」
やがてヨーク家寄りの若者の間で
・髪をやたら伸ばすか、逆に真ん中だけ残して剃る
・白塗り口紅、目の周りは黒く塗る
・裸に肩パッド、レザージャケット
・火を吹き、物を破壊しながら歌い踊る(というか濁声で叫ぶ)
といった吟遊詩人が流行り始め、フランス貴族系の上流階級からは大層眉を潜められるようになった。




