大義名分
東ローマ帝国から送られた手紙の内容に、島津家家中の者は憤慨した。
『余は天上の神からこの世の支配権を委ねられたローマ皇帝である。
ローマはこの地上の全てである。
皇帝は平和の使者であると共に、キリスト教の守護者であり、地上における神の代行者である。
サツマニアはキリスト教に寛大であると知り、安堵した。
もしも不逞なる異端であるならば、神の軍による討伐が為されたであろう。
異教徒であるとは聞いたが、キリスト教を受け容れ、改宗するなら希望はある。
キリスト教の洗礼を受け、ローマの大義を共有し、共に歩もうと思う。
賢明なる返答を期待するや切である』
「チェスト!
あげな弱か軍隊の何が神の軍じゃ!」
「そうじゃ! 弱か軍等は一戦して亡ぼすまでじゃ!」
「チェスト!」
「チェスト!!!」
激昂する一同に、笑い声が響く。
島津家久が笑っていたのだ。
「親父、何が可笑しいのじゃ?」
「そうじゃ、中務殿はないが可笑しゅうて笑うのじゃ?」
島津家久は一同を見て言う。
「こいは、日ノ本における天朝様と一緒じゃ」
天朝、即ち朝廷、天皇、天子。
「俺いは数年前に、京都に行ったこつが有る。
そん時、我が島津の祖に当たる近衛家他、いくつものお公家さぁを見て回った。
お公家さぁには武力が無か。
じゃっであん時は織田右府、今は羽柴某に位を授けちょる。
ほじゃが、天朝様はあいでも日ノ本で一番畏き方じゃ。
それを、こんローマ皇帝やらに当てはめれば、よく分かっと。
権威有って実権無し!」
薩摩家中は頷く。
成る程、宣教師たちも大して敬っている様子も無く、形骸化した権威の象徴と言ったとこだろう。
だが……
島津歳久は一つの可能性に辿り着く。
「中務、そげな権威でん、織田や豊臣は担いでおったな」
「じゃっど」
「担ぐだけの何かが有るゆうこつじゃの」
「左衛門の兄サァは分かっておいでじゃなかか?」
「うむ。
織田右府は最初足利将軍家を担いでおった。
その足利将軍家が言う事バ聞かんようになると、天朝を担いだ。
その権威に逆らうなという事と、秩序バ回復すっちゅう大義名分を得る為じゃの」
「然り」
おおーと言う歓声が沸く。
脳筋な彼等でも、ローマ皇帝とやらを担いで何かの大義名分を得るという事が理解出来た。
では、何をするのか?
「お館様、こん無礼な手紙は利用出来もす。
あえてローマの臣となり、皇帝の命令とやらで領土を切り取りましょうぞ」
「そのような目論見なら、俺いも賛成じゃ」
「おお、兵庫の兄サァ(義弘)も賛成か」
「大義名分を持って領土を拡大出来るなら、これ程都合の良かこつは無か。
逆らう者は逆賊じゃち言うて、根切り出来ようぞ」
「おおっ!!」
場は賛成の声が多い。
異論を挟んだのは新納刑部大輔忠元である。
「じゃとしても、情報が足りもはん。
交渉はすぐに食いつくは下策。
もそっと、この世界の事を調べてからでも遅くは無かとごわす」
「然り。
この地は異人だらけと思っちょったが、我等の方が異人じゃった。
知らん事が多過ぎる故、軽々に誘いには乗れんち思いもす」
伊集院美作守久宣も慎重論を唱える。
吉利下総守忠澄は
「皇帝やらの下につく前に、自力でもう少し領土を拡げた方が良かごわはんか?」
等と言い出す。
黙って聞いていた島津義久は
「儂はこの手紙、無視しようと思う」
そう言う。
「兄サ……お館様、そいは如何に?」
「黙って話バ聞け。
新納の言う通り、慌てて食いついては安く見られる。
ここは肚の探り合いごわす」
「…………」
「時期を見て、皇帝を神輿にする。
今は皇帝は生きが良過ぎる。
もっと焦って、我等の神輿になるを良しとする迄追い詰めにゃならん」
「おお!」
「吉利」
「はっ」
「おはんの言うように、まずは薩摩の力を付けてからが上策。
これより島津の衆は、四方に討って出て、奪いやすい地を奪おうぞ」
「心得たり!」
「じゃっどん、そいじゃ抵抗する者も出るじゃろな」
「そん時は……」
島津歳久が知恵を出す。
「そん時は、ローマ皇帝やらの名を出せば良か。
平安の世とやらでも、武家は摂関や寺社の名を使って、他家の荘園を押領したものぞ」
「流石は知者の左衛門督殿!
それでよろしいか、お館様?」
「そいで良か!」
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薩摩の西には、旧ブルガリア、現在はオスマン帝国の占領地が拡がっていた。
ここに宣戦布告も何も無しで、十字の旗を掲げる軍が攻め寄せる。
旧ブルガリア国民は、キリスト教徒の援軍が来たと勘違いし、蜂起した。
蜂起したブルガリア人と、謎の辮髪ともつかない奇妙な髪形の兵により、スルタン死亡で混乱しているオスマン軍は占領地から駆逐された。
だがブルガリア人を待っていたのは、地獄である。
「おはんら、年貢は八公二民じゃ!」
宣教師の口を通じて、恐ろしい宣告がされる。
オスマン帝国支配下のキリスト教徒は、人頭税として裕福な者は48ディルハム、中流は24ディルハム、下層階級は12ディルハムの金を払わねばならない。
その他に地租として収穫の三割から五割を納税する。
商人は価格の十分の一税がある。
それら全部合わせても、収穫の八割という恐ろしい事を言う者は居なかった。
ブルガリア人たちは反薩摩の蜂起をする。
だが、無残にもそれらは踏み潰されていった。
街道に棚が立てられ、反乱首謀者の首がズラリと晒される。
そして代官が再び現れ、こう言った。
「そげん逆らう元気が有っとなら、年貢は九公一民で良かな!」
そして百姓一揆が起きないのではない、起こす気力が無くなるまで絞り尽くされる圧政が敷かれた。
農民は日本でも起きたように土地を捨てて逃げ、ビザンツ帝国の皇帝に薩摩の圧政を訴える。
「来たのはアッティラとフン族どころではない!
またタタール人がやって来た!」
確かに背が低く、肌の黄色いところはモンゴル人(タタール人)のようだ。
だが彼等はモンゴル人よりも毛むくじゃらで、馬の数はそう多くなく、農地を無視したりはしない。
(一体サツマン人とは何者なんだ?)
コンスタンティノス11世は頭を抱えた。
そしてサツマン人の脅威は、遠く西ヨーロッパにも伝わる。
タタール人が再来した、と。
恐怖をもって受け止められたこの報に、時のローマ教皇ニコラウス5世は十字軍派遣を決めた。
その旨をビザンツ帝国にも通達し、覚悟を決めろと迫る。
ポーランド王にしてリトアニア大公カジミェシュ4世、ハンガリー貴族フニャディ・ヤーノシュ、セルビア公ジュラジ・ブランコヴィチらが、近隣に出現した謎の敵と戦う事を決め、十字軍となる事を誓った。
ニコラウス5世はイングランド王国とフランス王国、神聖ローマ帝国の軍も欲したが、これは難しい。
この1453年、イングランドとフランスの戦争は大詰めを迎えていた。
イングランドの大陸領土はカレー一帯だけに追い込まれている。
そしてイングランドでは、和平派のランカスター家と主戦派のヨーク家という2つの貴族が対立を深めている。
神聖ローマ帝国では、「帝国の大愚図」皇帝・オーストリア大公フリードリヒ3世が、オーストリア公兼ハンガリー王兼ボヘミア王のラディスラウス・ポストゥムスを恐れて幽閉していたが、これに対しオーストリア貴族たちがラディスラウス解放を求めて同盟を結成して皇帝に歯向かう、といったように先の見えない政争の泥沼に突入していた。
ニコラウス5世はこの3国の仲を取り持ったり、君主と貴族の関係を調和しようとして奮闘する。
大国に恩を売り、その軍の力を得て、一気に東欧までカトリックの影響を浸透させるのが目的である。
強敵オスマン帝国が何者かに敗れた今が、その好機であろう。
ビザンツ帝国が十字軍に加担し、サツマン人とやらを滅すなら、それは彼等がカトリックの下になった事になる。
逆にサツマン人に味方するなら、一気に滅ぼしてしまえば良い。
その為の下準備にローマ教皇は勤しんでいる。
だが、必死のローマ教皇の外交を嘲笑うかのように、薩摩には大義名分が何もしてないのに転がり込んで来る。
ビザンツ帝国と同じ東ローマ帝国の一部、モレアス専制公国で内紛勃発。
東西教会合同反対派のディミドリオスが、共同統治者で親ラテン、東西教会合同賛成派のソマスを追い落とすべく、薩摩国に使者を送って来た。
島津家では、次兄の島津義弘をペロポネソス半島に派遣する。
島津家の拡大が始まる。
明日は18時にアップします。
もう一作と重なる日は、1時間ずらした18時にします。
第1章が終われば、隔日17時更新とします。




