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13人の晩餐会

“ みなが食事をしているとき、イエスは言われた。

「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」

 すると、弟子たちは非常に悲しんで、

「主よ。まさか私のことではないでしょう」

 とかわるがわるイエスに言った。”(マタイ伝)




 その日の晩餐会は、飛び入り参加となったイグナトゥスを含めて13人となった。

 1人増えたくらいで食材や食器に困る事は無いのだが、島津家久は敢えて晩餐会を辞退した。

「俺いは礼儀作法がなってなく、見苦しかから」

 という理由であるが、毒殺を警戒してというのが事実である。


 そこで会議中は一切話に参加出来ず、ムッツリしていた島津忠辰に皆が声をかけ始めた。

 通訳のイグナトゥスは明白に島津家久に会話を報告するであろうから、大した事は言わない。


「イェヒ公は大した方ですね」

「左様ごわすな」

「一体どれだけの戦争経験がお有りでしょう?」

「さて、中務殿の事は中務殿に聞きなされ」

「そうします。

 では貴方は、サッシュー殿はどんな軍歴がお有りでしょう?」

「我が薩州家は天草を攻め、敵から出水を守った」

「イズミール?

 イェヒ公の居城の?」

「元々出水は我が薩州家の領土じゃ。

 中務殿が勝手に同じ名を付けただけで、出水の領主は元々は我等ぞ」


 コジモ・デ・メディチやフランチェスコ・スフォルツァがニヤニヤし始めた。

「失礼ながら、サッシュー殿の方が元々サツマニアの主では無いのですか?

 今のヨシフ殿やイェヒ殿に奪われてしまったとか?」

「いや、島津の家は幾つもの家系が有り、本家は別じゃ。

 伊作の者も薩州家もどちらも分家じゃ。

 伊作の者が上手い事本家の養子に入ったまで。

 そん後は力でねじ伏せられたが、そいは戦国の習い、致し方無か。

 俺いを使って島津家分断図ろう思ったら、そいは無理じゃでな」

「いえいえ、そんな事は考えていません。

 気を悪くしたなら謝りましょう」


 黙って聞いていた本命が声をかける。

「恨みを持たない。

 貴方の精神は気高いものです。

 尊敬致します」

 ローマ教皇が讃える。

 そして

「貴方は欲を捨て、一族の為に身を粉にして働いています。

 貴方の家族も一丸となってそれを支えている。

 気高い奉仕の心です」

「…………」

「サツマニアはジパングより、神の奇跡によって転移して来たと聞いております。

 見知らぬ土地で、無欲に働き続ける。

 私ども神に仕える者も見習うべきものです」

「……やめい!」

「何か不快な事を言ったのでしょうか?」

「俺い達はそがいな気高き者じゃなか!

 何が楽しうて伊作の者に使われておるか……。

 嫁も娘も、見知らぬ地で必死に生きておるわい」

 教皇は黙った。

 それは相手に同情したり絶句してでは無い。

 あえて、相手に吐き出させる為だ。

 口の重いサツマン人は、下手に相槌とかを打たれると、臍を曲げて口を閉ざしてしまう。

 人の心を相手にしている宗教家には、そういった者の癖など、手に取るように分かる。

 教皇は、わざわざ「私がお救いしましょう」等と言わない。

 島津忠辰の手を取り、そんな風習の無い日本人が驚いて固まっていると、頭を下げて涙を流してみせた。


(ああいう頑固な者は、一回で何でもやろうとすると守りを固めてしまう。

 だが、一度心を許せば、後は脆いものよ。

 普段人に心の内を見せない者程、それを理解してくれる者には弱いものだ)

 コジモ・デ・メディチもフランチェスコ・スフォルツァも感心する。


 この日はこんな程度の話で終わり、深入りした話も、陰謀めいた話も一切しなかった。

 イグナトゥスは流石に同じキリスト教の宣教師だけに、危険なものを感じて家久に報告したが、家久は

「いや、薩州どんも薩摩の大引っ越し以降疲れとっじゃ。

 坊主の説教も時には良かったい」

 程度に片付けた。

 家久は生き方が単純明快シンプルで、心に影が無い。

 だから宗教が入り込む余地は無いが、他人が悩んでいる事にも疎い。

 恨みには敏感で、他人が闇堕ちする時は察知する。

 しかし、悩みを抱えた人間が、光に導かれる時は気づかない。

 いや、それで救われていると、認識すらしない。

 家久は何一つ疑う事無く、引き続き島津忠辰にシチリア島代官を任せ、薩摩より家族や領民を呼んで水田を発達させようとした。




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“イエスは答えて言われた。

「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。

 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。

 しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。

 そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」”(マタイ伝)




 島津義久からしたら、薩州家に対する恩賞のつもりだった。

 シチリア島は薩州家に任せよう。

 そこで採れる米が、他国衆も含めた島津家を救うだろう。

 自分たちに反発が有るのも知っているが、一族を裏切る事は無いだろう。

 そう思い、シチリア守護代に格上げし、元の領民や漁民をシチリアに送った。

 家久が肝付家の一党にナポリ南方のカラブレアの統治と、ナポリにおける身の回りを任せたいと頼んで来たので、肝付党の上司であるスパルタの島津義弘に話を通した上でナポリ城代に任じた。

 薩州家、肝付家ともに巨大な管理地を与えられた訳だが、近くに島津家久が駐留しているし、海一つ渡ったスパルタには島津義弘が居る、監視が全くされていない訳ではない。


 イグナトゥスは大司教の称号を得ると、薩摩に戻って来ている。

 彼は島津家の顧問であり、本国から長く離れてはいられない。

 故にイグナトゥスは彼の部下をナポリの司祭として派遣する。

 だが、部下はイグナトゥス程に野心家では無く、それ故に同じキリスト教徒に甘かった。

 ナポリにもシチリアにも、多くのカトリックの司祭が入り込む。

 違法では無い。

 交易の関係上、島津家は信仰は本人の好きに任せている。

 司祭たちは、慣れない土地で頑張る女性に寄り添った。

 男尊女卑で、女性の悩みとかに耳を貸さない男では無く、女たちの悩み、苦しみを取り除いた。

 密通等のいかがわしい行為は決してしない。

 悩みを救われて、より働くようになった女性たちに男衆は

「良かこつばい。

 耶蘇も役に立つもんじゃの」

 と軽く考えている。


 薩州家や肝付家の男衆にキリスト教は寄り付かない。

 見え見えだと効果は無いからだ。

 代わりにメディチ家が近づく。

 商人が手土産持って、商いの免状を貰いに来たり、特産品を取り扱いたいと来るのは日本時代から有った事なので、そこに警戒は全く無い。


 薩摩は堺の商人からは遠い。

 博多の商人からもまだ遠い。

 琉球王国やそれを介した明国と船商いをしていたが、船で乗り付けての商人と、邸宅を構えて一国相手に金融を行う商人では警戒の程度が違う事を実感していない。

 メディチ家は、堺の納屋(今井宗久)や天王寺屋(津田宗及)等も比べ物にならない金融商人である。

 シチリア島が侵食されていくのに、時間はほとんど掛からなかった。


 キリスト教も銀行も、島津家久その人には近づかない。

 彼は「戦闘すれども統治せず」なので、一見政治には弱いように見える。

 しかし、嗅覚と直感が凄まじい上に、果断である。

 危険と見たらすぐに斬る。

 間違っていても反省も後悔もしない。

「刀の前に居たおはんが悪か。

 悪さすんなら、俺いの目ン届かなかとこですっとじゃ」

 程度で片付けるくらい、命は軽い。

 悪意無く接する分には問題無いのだが、害意など有れば直感(結構当たる)で、証拠も無しにいきなり殺すから怖い。

 もっともサツマン人曰く

「中務様は御一門の中では人当たりも良く、穏やかなお人じゃっど」

 だったりする。


 ナポリの城内はそんな訳で、薩摩の軍営そのものな剣呑な空気だが、ナポリを離れたシチリアやレッジョ・カラブレア等は統治者が変わっただけで元のキリスト教社会に戻っていった。




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「まあ、そうなるだろうな」

 報告を受けたミラノ公フランチェスコ・スフォルツァはそう断じた。

 何故彼は、こうまで詳しく島津家内の事を知っているのか?


 実はミラノ公国はジェノヴァ共和国を裏から支配していた。

 イタリアの二大海上商業都市のジェノヴァとヴェネツィアは、百年前から十数年前まで不倶戴天の敵同士だった。

 しかし団結力と、元老院や十人委員会等の自制が利くヴェネツィアに対し、名門と富裕層ブルジョワジー、皇帝派と教皇派が対立して纏まりの無いジェノヴァは、次第に衰退して、各種勢力につけ込まれていく。

 確かに今でもクリミア半島南部に植民都市を持ち、ビザンツ帝国に傭兵や艦隊を出し、ギリシャ南部にその傭兵の故郷を領有し、サルディニア島やコルシカ島を支配する、強力な艦隊を持つ国ではある。

 それでも全盛期、西アフリカからフランドル、エジプトにまで経済圏を持っていた時期に比べれば大分衰退したのだ。

 スフォルツァ家は、そんなジェノヴァのフレゴーゾ家と手を組んでいる。

 ジェノヴァが西欧の強豪国だという島津の認識は間違っていない。

 実際、東欧に未だに強い影響力を持つ商業国家で、イスラム教国からも一目置かれている。

 そんなジェノヴァと交易し、海軍の一部や補給を任せている島津家の内情はフランチェスコ・スフォルツァに筒抜けだったのだ。

 先日の第二次ローディの和においても、各国2人ずつの代表という事だったが、スフォルツァはジェノヴァを傘下に置いている為、代表を4人出していたようなもの。

 さらにメディチ家とは懇意である為、最初から半数を味方にしていた。

 会議がどう転ぼうが、自分の思う通りに出来たのだ。


 更にフランチェスコ・スフォルツァは妻のビアンカ・マリア・ヴィスコンティからの縁で、フランドルに進出したブルゴーニュ公国とも繋がっている。

 ミラノ公国とジェノヴァ共和国の潜在的な敵は、フランス王国と神聖ローマ帝国である。

 フランス王国は、内部にブルゴーニュ公国という別勢力を抱えている。

 フランス王家とブルゴーニュ公家が不仲であれば、フランスはイタリアへ野心の手を伸ばす事が出来ない。

 故にフランチェスコ・スフォルツァは、島津豊久とブルゴーニュ公の婚姻を裏から促した。

 フランスの裏庭にサツマンという爆弾を埋めたようなものだ。


 更に島津家久を神聖同盟の名の元に、対神聖ローマ帝国の戦力として取り込もうとしている。

 対神聖ローマ帝国、それは即ち対皇帝フリードリヒ3世である。

 ソフィア郊外会戦でドイツ諸侯は十数年立ち直れない程の大打撃を受けた。

 その打撃を与えた島津家久の名前。

 フリードリヒ3世はその名前を聞いただけで、ジェノヴァに伸ばしていた工作の手を引いてしまったのだ。

 後はポー川流域で栽培を始めた米。

 この米がミラノの食糧事情を救い、かつ島津家久を味方に取り込む切り札となるかどうか。


 


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“すると、イエスを裏切ろうとしていたユダが答えて言った。

「先生。まさか私のことではないでしょう。」

イエスは彼に、「いや、そうだ」と言われた。”(マタイ伝)




 様々な思惑が取り囲んでいる。

 薩州家島津忠辰は、薩摩から離れた土地を治めている内に、元の自立心が疼いて止まなくなって来た。

 これで完全な独立国なら良い。

 実態は薩摩の遠隔地で、薩州家は守護代として統治を認められただけ。

 統治と言いながら、所詮は代官に過ぎず、採れた米は薩摩全体の為に送らねばならぬ。

 すぐ近くでは宗家の島津家久が目を光らせている。

 此奴には勝てない。

 万の兵力が有っても勝てる気がしない。

 何となく、心が落ち着かなくなっているのを感じていた。


(もう一度、あの耶蘇の親玉に会ってみようかい)

 島津忠辰は、妙に心に引っかかったローマ教皇を思い出していた。


……それは、光に堕ちる最初の一歩であった。

次回、鬱展開。

鬱展開はパパっと終わらせるので、しばらく毎日更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 薩摩の光堕ちというワードスゴイw
[一言] 人物描写、それも血縁関係を辿った会話や謀略劇を ここまで丁寧に描いているのは本当に素晴らしいです。 海千山千の商人たちの手練れた描写がいい味を出しています。 特に互いの価値観を比較し、それ…
[良い点] すごい! ドラマしてる! 勢いだけじゃなかったw
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