渡海遠征
ヴェネツィア、ジェノヴァ、ビザンツ、オスマン帝国、地中海海運国家の船はガレー船である。
数十人の漕ぎ手と、百人前後の兵士を載せる。
転移前、南蛮貿易でキャラックやガレオンといった帆船を見ていた薩摩人は、櫂を漕ぐガレー船を随分と小さく、貧弱に感じたが、戦闘用ガレー船の衝角と斬込跳橋は気に入ったようだ。
「こいは良か、鎧着て跳ばんで済む」
「船に斬り込みかける橋とは、こん地の侍もやりおるばい」
「早くこれで斬り込みバしたか!」
だが、島津家久軍、島津忠辰軍がイタリア半島レッジョ・カラブレア、シチリア島のメッシーナに先発隊を上陸させ、橋頭堡を築く時には海戦は起こらなかった。
海戦に近い争いは、後発隊出発後、ギリシャ沖で起こる。
薩州家当主島津忠辰の叔父・三葉忠継、男の島津忠栄の船団の後方から謎の船団が迫って来た。
「海賊か?」
「分からん、マグリブ(北アフリカ)の連中が出るには遠い海域だぞ」
ジェノヴァ船の船員が悩む中、乗客の薩摩兵は刀を抜き、鉄砲に弾込めし、矢を番える。
「敵じゃっど!
船戦じゃ!
早よ致せ!」
とノリノリであり、ジェノヴァ船も心当たりの無い船団に対し、衝角を向け、突撃態勢に入る。
(うん? あの旗印は??)
流石に三葉忠継が正体に気付いたが、その時は
「放て〜!」
「乗り移っど!
九郎判官が如く、ひっ跳べ!」
「大槌!
ヤガラモガラ、敵船バ叩け!」
戦闘が既に始まっていた。
「田分け者!!
旗印バ見んか!
対い鶴喰若松紋、肝付殿の船じゃど!」
「分っちょいもしたが、命令が出もしたで」
「戦、ヤメい! お味方じゃ!!」
もっとも、よく聞いてみると、先に撃って来たのは肝付勢だった。
「肝付サァ、一体何事ごある?」
「何も彼にも有っか!?
一体何処に攻めっと?」
「君命により、シチリア島バ攻めもすが」
「何故兵庫(義弘)様に一声無かったのか!
物申しに行くチ兵庫様に申し上げたら、
ついでに戦に加わって来い言われもした。
じゃっでこうして追いかけて来た!」
「そいならそうで、一言言ってくれたら良かどが。
ないごて種子島撃ち掛けて来やった?」
「おう、抜け駆けした中務様の船と間違えてん事じゃで。
もっさけ無か、人違いじゃった」
……人違いだろうが、同じ島津家に鉄砲撃って来たことには変わらない。
こうしてナポリ王国との開戦前に数十人の死傷者を出しながらも、第二陣も無事目的地に到着する。
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肝付兼寛、禰寝重張の三千三百の兵が加わった島津家久、豊久軍はレッジョ・カラブレアを発し、首都ナポリを目指す。
家久の千二百に、豊久率いるイェニチェリ八百、そしてジェノヴァとヴェネツィアからの参加者千人、これに肝付・禰寝勢を合わせた六千三百がナポリ攻撃軍である。
一方ナポリ王国のアルフォンソ1世もまた6千の兵を出撃させる。
ジェノヴァとヴェネツィアは、アルフォンソ1世を過大評価していた。
アラゴンとカスティーリャの統治を放棄してナポリ王を継承したアルフォンソ1世に対し、本国アラゴンは支援要請を拒否した。
シマンシュ上陸の報を受けた後、ミラノ公国や教皇領に援軍要請の使者を出したが、ミラノ公国は背後に神聖ローマ帝国フリードリヒ3世の野心を感じて援軍を拒絶した。
ローマ教皇カリストゥス3世は、かつてアルフォンソ1世(アラゴン王としてはアルフォンソ5世)に仕えた外交官だった為、両者は緊密な関係と思われていた。
しかし、今ではナポリ王国の領域を巡って対立し始めていて、援軍を出さないと言う。
籠城しても援軍は来ない。
結果、手持ちの兵力と傭兵だけで、「ハンニバルの再来」と呼ばれ始めた島津家久と野戦で戦う事を選んでしまった。
もっとよく調べれば、島津軍は攻城戦に弱いから、救援が無くても籠城すべきという結論に至ったかもしれない。
ただ、砲兵戦術をジャンヌ・ダルクから完璧な模倣した家久と、鹵獲やオスマン帝国からの購入で編制した砲兵隊の前に、これまでの情報は通じなかったかもしれない。
それでも、家久相手に籠城ではなく野戦を挑むのは危険な賭けだった。
籠城は生き残り降伏出来るが、野戦で一旦包囲されてしまうと……。
島津家久の異常な戦術能力は、初期構想の破綻修正能力にある。
戸次川の戦いにおいて、島津軍の一部は長宗我部信親によって敗れたり、十河一存によって退路をこじ開けられたりした。
だがその都度、手持ちの兵力や、敗れた為に再編成していた兵力を適切に投入し、穴を埋める。
例えるなら、深みに足を引っ張られて溺れた者が、ようやく息継ぎの為に水面に達した瞬間、また足を引っ張るようなもので、やられた相手は心が折れる。
地形も上手く活用する為、少人数での包囲でも問題無い。
極めて柔軟なのだ。
無論、家久と言えど無敵ではない。
例えば彼の包囲前に野戦築城をし、背後に回り込めないようにして包囲させなかったり、いくら攻めて来ても火力で応戦するだけで出撃しなければ手の打ち様が無い。
『ドラキュラ』ヴラド3世が言った「戦わねば良い」が正解の一つである。
家久を無視して、ひたすら貧弱な島津の補給部隊を狙う方法もある。
野戦築城も後方攻撃も日本では羽柴秀吉という男が得意とした戦法で、豊臣と名乗りを改めた後は「野戦築城どころか、本物の城を作る」「後方撹乱部隊が敵本隊より大軍」な迄に進化した。
ヨーロッパに於いても、エペイロスのピュロスに始まり古代ローマ帝国に至るまで大規模な野戦築城はお得意のものだったし、同じく古代ローマのファビウスのように「戦わなければ良い」で包囲戦を得意とする将軍対策を実践した将軍もいる。
本家ハンニバルは、イタリア半島においてファビウス将軍が持久戦をし、スキピオ将軍がハンニバルの本拠地カルタゴ・ノヴァを攻略するという戦い方でローマから負けが無いまま追い出された。
しかしナポリ王アルフォンソ1世は、外交や相続介入というやり方でナポリ王位を手に入れた男である。
戦争は当時傭兵隊長だったフランチェスコ・スフォルツァ等にしばしば負けている。
基本的に政略の人で、軍略の人ではない。
「高貴者の義務」から甲冑を着て出撃して来たが、今最高に油が乗っている戦術家に勝てる訳が無い。
ソフィア郊外会戦で会得した火砲と釣野伏の連携戦法。
イェニチェリにも叩き込んだ島津流車撃ちの技法。
薩摩筒より重い銃な為、薩摩兵より上手くはいかないが、そこは島津の鉄砲隊が支援する。
馬上筒と手槍の両方を持ち、ソフィア郊外会戦で捕獲した馬に乗った薩摩騎砲隊。
騎砲隊は調練が一年にも満たず、如何に「思うようにならんのは気張りが足りん」という薩摩式訓練でも限度は有った為、普通の騎乗武士も従う。
薩摩の騎乗身分も馬上筒持参義務が有る為、少なくとも下馬射撃は出来る。
欧州の大地が極めて平坦であると知った家久は、フス派の装甲馬車も有効と知った。
ただ、そのままでは使わず、機動力を重んじる薩摩式に竹束と楯を取り外し可能な形で貼り付け、馬だけでなく人力でも運搬可能にした軽量・小型版を作らせた。
人手なら、クリミア ・ハン国の捕虜がいたため、既に十数両が完成したが、戦力にするなら十倍は欲しいところだ。
家久はこのように訓練途上や編制の最中、更にはヴェネツィアやジェノヴァの言葉も通じない傭兵部隊すら指揮しながら、ナポリ王国騎士の突撃を受け流し、二時間掛けながら両翼包囲を成功させた。
しかも、ナポリ騎士に散々に戦闘させ、丁度疲労で行動限界点に達し、一時後退に出る刹那、島津豊久率いる騎馬隊に後方を遮断させた。
正面に家久直率の鉄砲隊。
右翼は上井覚兼の装甲馬車隊。
左翼は経験を積ませる為に連れて来たバヤズィド皇子のイェニチェリ。
そして退路に島津豊久の騎馬鉄砲隊。
島津家久本陣には大砲も列んでいる。
四方から撃たれる鉛玉。
家久は一部だが、錬金術奉行ヨハン・フォン・ブランデンブルクの提案による、銅で表面を固めた鉄砲弾と火薬量を多くした鉄砲(暴発する寸前のギリギリの量。捕虜で実験済み)を用意した為、二匁の軽量弾の筈が威力が増している。
ナポリ兵たちは戦意喪失し、降伏しようとした。
だが、その為に動きが止まった瞬間
「手柄にせよ」
という命令一下、肝付党や豊久指揮の騎馬隊が突入する。
「アイツらに遅れるな!」
とジェノヴァやヴェネツィアの傭兵も突撃する。
この中には、かつてコンスタンティノープルの戦いに参加したジョバンニ・ジュスティニアーニもいた。
かつての城壁を破壊したオスマン帝国の火力に比し、威力は低いが密度の高い火力。
そして、どう見ても蛮人や狂人を通り越して、野獣化したような首狩り兵士。
(ビザンツ帝国も、ジェノヴァも、こいつらを敵に回さなくて正解だった)
そう思いながら、彼も突撃する。
ジェノヴァ、ヴェネツィア傭兵が突撃していなければ、悉くサツマン人かイェニチェリの手柄にされただろう。
ナポリの傭兵は同じ傭兵に降伏する。
知った顔だっている。
金で雇われる身だ。
今回は敵味方とは言え、以前は同じ陣営で戦っていた事もあった。
「こいつは俺の友達だ!
殺さないでくれ!」
と伝えると、野蛮なサツマン人すらも何となく分かってくれて救われる。
「せめて、アラゴンの、カタルーニャの兵がいれば余は助かったのに……」
本国の政治を顧みず、本国から金を持ち出してナポリ滞在に拘ったせいで、アラゴン王国やカタルーニャ伯領から見捨てられていたのが運の尽きでもあった。
アルフォンソ1世も薩摩兵に討ち取られ首を取られた。
島津家久軍が取った、9人目の大名家当主または嫡男、皇帝、王侯太子といった身分の首である。
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そして島津家久がナポリ王国の主力を殲滅した事で、島津忠辰たち薩州家の千六百は、ガラ空きのシチリア島をあっさりと制圧出来た。
留守居部隊もいたが、ナポリの敗戦が伝わっていたのか、抵抗せずに降伏する。
薩州家は根切り第一主義では無い為、降伏した兵士は許した。
かくしてナポリ王国は陥落したが、戦いはこれから激しくなる。
流石に君主を殺されて怒りに燃えるアラゴン王国が宣戦布告して来た。
見捨てたとは言え
(せいぜい負けて逃げ帰って来るがいいさ)
という意識だったのだ。
異教徒に王が晒し首にされた等、彼等の誇りが許さない。
アラゴン王国、カタルーニャ伯領、バルセロナ伯領の兵士に加え、同盟国たるカスティーリャ王国、ナバラ王国との連合軍がシチリアに押し寄せる。
おまけ:
「余八が自信を持って勧めて来た銅玉、威力があって良かな!」
戦後、家久は騎士の分厚い兜を貫いた新型弾を褒める。
「ただ鉛玉に銅を重ねただけじゃごわはんか?」
そう問う豊久に、家久は
「そうじゃなからしい。
銅だけじゃと重さが足りず、
鉛だけじゃと硬さが足りず、
良か塩梅の弾になっても玉薬を増やさねば貫き力が足らんそうじゃ。
高額になるチ、そう大量にゃ作れんが、ここぞと言う時に使え言うちょった」
「ははあ……俺いにはさっぱり分からん」
「分からん言えば、このヨーロッパにゃ狼男とか出るそうじゃ。
その狼男バ倒すには銀の玉が必要とか余八が寝惚けた事言うちょったで、叱り付けて来た。
狼に限らず犬とは短刀一本で倒し、えのころ飯にするもんたい。
たかが食い物に銀とか使うんは無駄使いじゃ!」
「じゃっど?」
「じゃっど!」
親子の微笑ましい会話であった。




