シチリア出兵計画
ジェノヴァ共和国の議員が鹿児島に呼ばれた。
ヨーロッパの宮殿、城、寺院に比べ、随分と地味な建物に招き入れられた時は
(外交儀礼も知らんのか?)
と思ったものだが、どうも国全体が支配層まで質素なようだ。
室内も調度品等無く、奇妙な髪型の支配層たちが打ちっぱなしの板の床に、小さなクッションだけ敷いて座っている。
客人用に椅子と水を置くテーブルを用意したのは、この連中からしたら最大限に気を使ったものかもしれない。
(※島津家は明人との付き合いが有った為、椅子や卓は持っている)
「使者殿に聞きたか事が有る」
島津歳久が問う。
「先日我々を襲ったクリミア国の船内に米が有った。
貴国はクリミア国の隣に荘園(植民都市の概念を歳久は理解していない)バ持っておっとな。
クリミアは、米が採れるのか?」
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島津家にとって、稲作可能地の獲得は死活問題となっている。
稲作をしろと言ってブルガリアの地に領土を与えた他国衆だが、一年やそこらで上手く行く筈もない。
土地の境目争いは生じていないが、水の利権に関して、現地の麦農家や酪農家(乳製品を無視している薩摩支配地にあって一番幸せな人たち)、畜産家(肉は食べる薩摩支配地にあって、求められる税を払えるから優遇される、二番目に幸せな人たち)と諍いが生じる。
水田は大量に水を使う為、他の一次産業従事者から苦情が出る。
更には九州人同士でも、上流下流で水の利権争いが起きる。
捕虜を農奴として下げ渡したのだが、九州武士の人扱いは薩摩人と大して変わらず過酷なので、労使関係は険悪となる。
この訴訟関連を解決しろと任されたのが、ブルガリア国守護・バルカン探題の島津歳久である。
守護としてブルガリア内の訴訟を扱う他、「訓練すれども統治せず」な島津義弘に代わってギリシャの政治一切を任された三男・島津忠恒の上役たる探題となって彼の負担を減らしている。
講和し、地域での優越を認められたセルビアやアルバニアとの折衝も行っている。
守護だ探題だと肩書を付けられたのは、武士たちが言う事を聞かないからだ。
九州武士は繰り返し言うが、思考回路が薩摩武士と大して変わらない。
土地を得た以上、彼等はそこの王であり、内政干渉を受けない。
特に肥後者は意地っ張りで
「百歩譲って島津の御館様なら良かばってん、左衛門どんの言うこつは聞く必要なかばい。
わいの領国はわいが治めるものったい。
何をどう植えっかまで左衛門どんの指示バ仰ぐ必要なかと!」
こう言い出したら、他が何か言えば言う程意固地になってしまう。
逆に日向者は危機感が薄く
「まあ焦ってもどげんともならんばい。
どげにかせんといかんと急いても、どげにもならんでな」
と、米の不作を気にせず、ギリシャから買って来た蜜柑や檸檬を植え始めた。
「そいは何時になったら実をつけっとじゃ!?」
と言っても、こいつらは何故か柚子とかカボス等柑橘系にこだわる。
その為、時間を見つけては担当地域を巡察して回り、肩書と時に刃を用いて農業指導をしている。
そんな多忙な歳久が鹿児島に戻って来て、ジェノヴァの使者と会談しているのは、
「ギリシャとトルコの年貢は予定通りとなりそうだが、ブルガリアはまだ数年かかりそうだ」
「八公二民が禁じられ、四公六民で年貢を取っている(これでもかなりの重税と言われる)が、これでは足りない」
そういう読みが有り、稲作可能な地を確保したいという思いが有ったからだ。
クリミアに水田は在りや?
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「残念ながら、クリミアや我々の植民地に米は無い」
ジェノヴァの議員は断言する。
議員と言っても船商人が本業である。
クリミア・タタール族は米を食べるが、元々遊牧民族の為か自分たちは農業をしない。
ジェノヴァ人も稲作には詳しくない。
故に黒海北岸に今は水田は無い。
「では、何故彼等の船に米粒が有ったか、心当たりは無いか?」
「その米は我々が売ったものだ」
なる程、ギリシャの一部で米が作られていたように、ヨーロッパにも米は有るようだ。
「その米は何処から手に入れた?」
「シチリア島」
一同は地図を拡げて覗き込む。
地中海の中に島が幾つも在り、その内の一つをジェノヴァ議員が指差す。
「ここがシチリア島だ。
そして……」
指を対岸に動かす。
「このナポリ王国の領土である。
ナポリ王国のあるこちら側では米は採れない。
シチリア島でのみ採れる。
だから貴方達はシチリアを手に入れたいのだろうが、同時に対岸のナポリとも戦わなければならない」
今や稲作は廃れ、細々と栽培されているだけだが、それでもかつての灌漑設備や水田への引水排水の痕が有り、一から水田作りを始めたブルガリアよりも遥かに有望である。
だが、薩摩には問題がある。
行く為の船が無い。
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薩摩は明や琉球、それらを経由して手広く交易をしていた。
後のガレオン船には及ばぬまでも、中型の商船や警備用の関船からなる海賊衆を抱えていた。
しかし、あの謎の転移で発生した津波で、それらのほとんどは失われた。
ボスポラス海峡を渡る程度の小舟は有るが、長距離輸送に耐える船は無い。
転移からこちら、バルカン半島での陸戦ばかりだった事に加え、商業都市コンスタンティノープルは陸路で近く、またジェノヴァやヴェネツィアの商人が直接鹿児島にやって来る為、軍船や大型商船建造は後回しとなっていた。
「漁船なら有っどん、まさか屋島の九郎判官のごたる真似は出来んじゃろ」
するとジェノヴァ議員が
「輸送なら我々が引き受けます。
おそらくヴェネツィア共和国も志は同じでしょう」
と言い出した。
「そう言えば帝都でおはんの身内と話した時、
邪魔じゃてナポリ王国を討って欲しい、
そう言うちょったな。
改めて訳バ聞こう。
こん場所なら、海を渡る俺いたちより、おはんらの方が近くて勝ちやすかじゃろ」
そう歳久が聞く。
ジェノヴァの議員はその事情を説明する。
ナポリ王はイタリア諸都市の人間ではない。
海を隔てたイスパニアにあるアラゴン王国の王が、相続をして兼任している。
アラゴン王はシチリア王も兼ねている。
ジェノヴァ、ヴェネツィアとミラノ公国の連合がナポリ王国を攻めたとして、増援に来るアラゴン軍には勝てない。
彼等は数世紀に渡り、領土回復の名前でイスラム勢力と戦い続けて来た。
傭兵頼りのイタリア諸都市よりずっと強い。
更にナポリ王は、教皇カリストゥス3世とかつて主従であり、親しい。
主力の傭兵を動かすと、ジェノヴァもヴェネツィアも本国を教皇軍に襲われる危険性がある。
更にヴェネツィア南部のフェラーラには、ボルソ・デ・エステらエステ家が、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世とローマ教皇両方の後ろ盾を得たレッジョ侯として、ヴェネツィアと対立している。
イタリアも面倒くさい国際情勢なのだが、戦国時代人の島津氏はあっさりと
「なるほどのお。
俺いたちの力が必要なわけじゃの」
と呑み込んだ。
島津家も肥後国を攻めた時は、名和氏、赤星氏、城氏、隈部氏、阿蘇氏、相良氏、天草五人衆(天草氏・志岐氏・大矢野氏・栖本氏・上津浦氏)という国人勢力が島津に着くか大友に着くか自立するかで二転三転したものだ。
ジェノヴァはかつての勢力圏を、ヴェネツィアは航路を、島津は米が欲しい。
その為にアラゴン王兼ナポリ王兼シチリア王アルフォンソ1世と戦わねばならない。
ナポリやシチリアの兵より、戦い慣れたイスパニアのアラゴン兵の方が余ほど強力である。
そこで島津の陸軍がアラゴン軍と戦い、勝ったらシチリア島を領有する。
その代わり、経済や航路はイタリア両都市が貰う。
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で、誰が攻めるか?
「お館様、
我々にお任せあれ」
自薦したのは島津忠辰である。
手勢は千六百、先日のクリミア・ハン国との戦いでは敵艦隊に効果的な嫌がらせ攻撃をした。
「薩州家だけでは足りなかろう。
左衛門(歳久)、おはんも手伝ってやっちくれんか」
島津忠辰の表情が曇る。
「御館様、某ブルガリア国の侍の監察で手一杯ごわす。
距離的には、兵庫の兄サァ(義弘)とスパルタ衆でどげんごわす?」
スパルタ公島津義弘は、十字軍戦争で立派な活躍をしたスパルタ少年兵を褒め、義勇兵を讃え、戦功の大きい者には占領地の地頭を任せたりした。
スパルタに限らず、ペロポネソス半島の住人は
「そうか! 自分たちもサツマン人になれば、奪られる側から奪る側に変わるのだ!」
と判り、島津の兵営に志願し始めた。
古代ギリシャ時代のように、武器を自弁する。
没落していたギリシャ人たちだが、借金をしてでも武器を揃えた。
隙なく、このギリシャ人たちにメディチ家は、又貸し、迂回出資の形で金をばら撒いている。
島津の中に金という形で入り込もうとしているのだ。
そんな思惑はともかくとして、島津義弘・忠恒の家臣千二百に、肝付家の二千七百、そしてスパルタ衆が三千以上。
これがスパルタ島津家の戦力であった。
七千以上を島津義弘が指揮するなら、まず勝てるだろう。
だがこれも島津忠辰には不満である。
彼は彼の采配で戦がしたい。
宗家を乗っ取った伊作家の下風には立ちたくないのだ。
一頻り揉めていると、襖がガラリと開いた。
「話は聞いた!
ここはこの中務大輔島津家久が指揮しよう!」
「何をどう聞いちょった?
薩州殿(忠辰)は自分が指揮したい言うてるのに、宗家のおはんじゃ意味無かじゃど!」
「と言うか、中務、いつ出水から来やった?
呼んで無かど!
おはんは出水を守るのが役目じゃっど!」
「細かか事バ気にすんでなか。
戦の臭いがしたばってん、来もした。
出水は俺いの名代で息子どもに任せておる……」
「親父、俺いを置いて行くとは酷か!」
「又七(豊久)!
おはんにゃ留守居を命じたじゃなかか!
ないごて命に従わん!」
「いや……中務(家久)殿……、おはんが言うと説得力無いにも程があっど」
「で、又七、出水の守りはどげんした?」
「源七郎(忠仍)にやらせとお」
「源七も戦に来たいチ駄々捏ねんかったか?」
「言うた言うた、自分も戦に行きたかと喚いちょった。
あいも聞き分けが無かで、頭を叩きつけて、眠ったところをそっと抜け出して来た」
「その手が有ったか!」
「無か、無か!
中務(家久)に侍従(豊久)!
息子じゃろ! 弟じゃろ!
もそっと大切に扱わんか!」
「……気になるのだが、源七郎殿、永久の眠りに就かせちゃおらんじゃろな?」
「俺いはそこまで虚気じゃなかど!
話を戻して、何処に攻めっとじゃ?」
「ナポリ王国領シチリア島じゃ!」
「先手は?」
「薩州殿が名乗り出たが、薩州家だけでは兵が足らん。
そこで兵庫(義弘)か左衛門(歳久)に後詰めを頼もうとしたが……」
「薩州殿は己が采配で戦いたいチ事じゃな。
良か、良か。
ナポリとやらは、この家久が攻める。
敵主力は俺いが引き付けておくから、薩州殿はシチリア島とやらを切り取れば良か」
「困った時は、こん豊久、何時でん駆けつけやっで、薩州殿は思う存分働けば良か。
こいで決まりじゃの!」
急転直下、有無を言わさぬ勢いでシチリア遠征が決まった。
おまけ:
「兄上はどうした?」
東郷忠仍は目と鼻と耳から血を垂らしながら、起き上がって部下に問う。
「寝とりもんせ!!
侍従様(豊久)の一撃を喰らいもしたで、体を休めなされ」
家久が流れるような連携攻撃をするのに対し、
豊久は重い一撃の必殺技を使う。
忠仍が
「いつも兄上ばかり戦に行くのはズルか!
俺いも留守居等放っといて戦に行っでな!」
と言った直後、兄は弟の首を取ると、捻りながら体重をかけて床に叩きつけた。
「安普請はいかん。
穴が開いたでは無かか」
心配すべきは穴よりも、その穴に頭を突っ込み、おかしな方向に首が曲がっている弟に対してであろう。
「源七郎は眠ったで、起こさんようにな。
では、俺いは行ってくっで。
そこな穴は直しておくように!」
それから一刻後、忠仍は起き上がって、兄に置き去りにされた事を知る。
「一度こっちも言いたか事は言わせて貰わんとな……」
怒りに燃える忠仍であった。
(あの状態で生きている源七郎様も源七郎様じゃ)
(あり得ない角度に顔が向いておったど)
(医師の見立てでは、頭蓋が割れたから、今日明日が助かるか否かの峠チ言うとった)
(起き上がる時、コキって首鳴らして自分で治しちょった)
(病弱じゃち聞いちょったが、やはり中務様(家久)のお子、侍従様(豊久)の弟御ごわすなあ)




