島津家長兄の実力
十字軍との戦いを終え、兵たちが帰国する。
薩摩者は、自らの略奪品の他に、島津家から恩賞として食糧や宝物を与えられる。
そうして帰宅した彼等がヤる事は一つ。
奥方と夜のチェスト!である。
どうも薩摩隼人は金髪碧眼白人女性が嫌だったようで、略奪と放火はしたが、婦女暴行は意外な迄に少なかった。
……スラブ系の女性は、金髪碧眼だが二十代を過ぎると肥大化するのも、薩摩隼人を萎えさせた一因かもしれない。
需要を異常な迄に的確に把握した連中が、黒髪で瞳も暗い茶色や深い青の、薩摩者が気味悪がらない女性を集めて置屋を開いたりもした。
それでも薩摩者は帰国即、妻女にチェスト突撃と相成った。
若い者は気になる家のおごじょにチェストしようとし、チェスト出来た者もあれば、父親に見つかりチェスト成敗された者も居た。
亭主や馬鹿息子が帰郷早々チェストチェスト出来た家は幸せである。
薩摩兵の中にも、当然討死して戻って来ない者もいる。
島津義久はそういった家の嫡男や部屋住みを呼び、感状を手渡し、家督相続をさせる。
中には男子全てを失った家もある。
そういう家には、娘がいる時は婿養子を探して見合わせる。
婿養子の候補は多いが、血の気が多くチェストチェストな馬鹿は家を潰しかねないので、そこは慎重に斡旋する。
子がいない家には、親族を当たって養子を入れる。
島津家棟梁は戦後にこそ忙しかった。
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かつてユーラシア大陸を席巻した大モンゴル帝国は、幾つもの国に分裂した。
中国と蒙古の地を支配した大元帝国、中央アジアを支配したチャガタイ・ウルス、中東を支配したフレグ・ウルス(イルハン国)、そしてロシア・ウクライナを支配した金帳汗国。
チャガタイ・ウルスは東西に分裂する。
遊牧生活の東チャガタイ・ウルス(モグーリスタン)と商業中心の西チャガタイ・ウルスである。
西チャガタイ・ウルスの貴族ティムールは、モグーリスタン汗国、イルハン国地域、ジョチ・ウルスの一部を併呑したティムール帝国を建てる。
ティムール帝国は、島津家より50年程前にオスマン帝国を一時滅亡させた程に強力であった。
だがティムール帝国もティムール死後は弱体化する。
イラン、アゼルバイジャンに遊牧民連合国家、黒羊朝が反撃を開始する。
黒羊朝のカラ・ユースフ、カラ・イスカンダル父子はティムール帝国と戦うが、カラ・イスカンダルの弟のジャハーン・シャーはティムール帝国に忠実で、兄を倒して王位に就いた。
しかしティムール帝国の皇帝が相次いで死ぬと叛旗を翻し、ティムール帝国を蚕食している。
その隙に、かつて黒羊朝のカラ・イスカンダルに敗れた白羊朝が再起した。
イラン地域はティムール帝国のアブー・サイード、黒羊朝のジャハーン・シャー、白羊朝のウズン・ハサンとで勢力争いをしていた。
そんな中、メフメト2世が戦死してオスマン帝国が弱体化した事を知った黒羊朝、白羊朝は東方国境を脅かし出した。
一方、ロシア・ウクライナ地方のジョチ・ウルスは、没落皇族のトクタミシュがティムールの協力を得て一時統一を果たし、独立を図ったモスクワ大公国を打ち破った。
その後トクタミシュはティムールと決裂し、戦った後、再度手を結ぶ。
そのトクタミシュを、チンギス汗にも協力した部族マングート族のエディゲが襲い、ジョチ・ウルスは戦乱の時代に突入する。
ジョチ・ウルスからはカスピ海周辺のエディゲを盟主とするマングート族の国ノガイ・オルガ、ヴォルガ河流域のカザン・ハン国、そしてリトアニア大公国の支援を受けたクリミア・ハン国が分離する。
かつてのモンゴル帝国の末裔たる誇り、そしてこの地域のイスラム社会はモンゴル系・ティムール系問わず「隙を見せたら喰われる」状況であり、弱みを見せたくない。
攻められたのに報復もしない等、偉大なるチンギス汗の末裔として許される事ではない!
クリミア・ハン国の可汗ハージー1世ギレイは、先年の島津義弘の略奪に対する報復攻撃を命じたのであった。
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クリミア・ハン国の領土の南にはジェノヴァ共和国の植民都市がある。
ジェノヴァは同盟国で、思惑も有って、クリミア・ハン国軍動員を、初動時点で島津家に通報した。
陸軍2万が海軍3千と軍艦に護衛されて、薩摩半島を攻撃する。
しかし、十字軍戦争を終えた薩摩軍は、一国総賢者タイムに突入している。
即戦力は島津義久の下で薩摩を守っていた部隊だけだ。
だが義久は
「そいだけで十分じゃで」
と言うと、最初にイグナトゥスを呼んで何やら命じると、次に島津忠辰一党を呼ぶ。
島津忠辰は、島津歳久の養子に入った忠隣の実兄で、七代前に宗家から分かれた薩州家と呼ばれる一族の惣領である。
やや取り扱いに難が有る為、義久は
「其方は島津の最終兵器だから、本陣で待機して欲しか」
と事実上補欠扱いにしていた。
だが、義弘がスパルタ、歳久がブルガリア、家久がトルコに居て、忠長は宮之城で休養に入った為、薩州家を起用する事にした。
「薩州殿、其方にクリミア・ハン国水軍討伐バ命じる」
「有難き幸せなれど、そいは俺いが総大将チ事で良かじゃろか?」
島津忠辰の扱いが面倒臭いのは、宗家相手でも指揮下に着くのを嫌う事である。
祖先が薩摩守であったから、代々薩摩守を名乗っていて、薩摩国の長は自分という意識もある。
(従六位薩摩守に対し、島津義久は従四位下修理大夫)
「おはんが大将じゃ!
好きに戦って良か!」
島津忠辰は喜色を浮かべる。
一方、その弟の島津忠清は不安そうな表情で祖父(忠清の母親は義久の娘)に尋ねる。
「薩州家(約三万二千石)の兵力は千六百ばかり。
どぎゃんして戦えば良かですか?」
義久は孫に向かい
「先祖の浄光明寺様(島津久経)のように戦えば良か」
と言う。
首を傾げる忠清と対照的に、忠辰は不気味な笑顔を見せていた。
クリミア・ハン国軍は三路に分かれた。
本隊は黒海西岸を反時計回りに進軍する。
別働隊の一つは軍艦に乗り、海路薩摩半島を目指す。
もう一隊は、アナトリア半島の島津領を襲う。
まずアナトリアの別働隊が壊滅した。
満を持して待ち構えていた島津家久は、敵艦隊の艦砲射撃を観察して自分の知識に加えると、敢えて兵を退く。
「シマンシュ何者ぞ!」
意気揚々と進軍した5千のクリミア・ハン国軍は、島津家久の手勢六千とイェニチェリ八千に包囲され、一瞬で壊滅した。
島津家久は、兄の歳久から「余り殺すな」と言われていたので、降伏した者たちはアナトリアの農家に奴隷として下げ渡した。
薩摩半島に早めに到着した別働隊も、とんでもない攻撃を喰らう。
停泊地を求めて沿岸を探している内に夜になった。
流石に陸地から離れて錨を下ろしたのだが、夜半、ヨーロッパやイスラム圏では考えられない小舟に乗った薩摩兵が夜襲を掛けて来た。
槍や弓矢を使い辛い闇夜の船内で、日本刀は猛威を振るった。
焼き討ちを喰らう軍艦。
夜が明けかけると島津忠辰は
「足軽ども、たんまり御馳走バしてやい!」
と叫ぶ。
そして軍艦や輸送船に、病で死んだ牛馬の腐った死体が投げ込まれた。
先祖と違い大分文明人化したクリミア・タタール族は、此処まで酷い攻撃を受けたのは初めてであった。
(彼等の先祖は病死人の死体をヨーロッパの城に投げ込みまくり、そこから黒死病が流行したりした)
「大事な馬になんて扱いを……」
と怒るクリミア・タタール族だが、そんな彼等に本隊敗北の報が入る。
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黒海を反時計回りに進軍したクリミア・ハン国軍本隊は、ヴラド3世のワラキアを無傷に抜けた。
(ヴラド3世にしたら、サツマニアの為に盾になってやる義理は無い)
そしてサツマニアに侵入する。
本隊1万2千は、見慣れぬ土地を進む。
それに対するは島津宗家の二千、新納忠元の七百、島津以久の垂水衆五百だけであった。
(※垂水の地は大隅国なので転移せず、名称として垂水衆と呼んでいる)
寡兵の島津義久であったが、彼には地の利がある。
偽情報でクリミア・ハン国軍を二分させると、自らはその一方を攻める。
騎馬突撃の穿ち抜けで敵を中央突破すると背面展開し、新納勢、垂水衆で包囲殲滅した。
「左衛門督(歳久)様の知略、
兵庫頭(義弘)様の武勇、
中務大輔(家久)様の采配を併せ持つやて?」
島津家中及び同時に転移した他国衆も、これまでの戦で本国を出ていない島津義久の実力に驚いた。
特に島津分家衆や他国衆には、義弘・歳久・家久に比べて義久を甘く見ている所が有ったから、彼等は大いに衝撃を受けた。
「こん薩摩に生まれ育ち、薩摩の山川全てわいが庭のごたる。
島津の長兄を甘く見んなぃ。
弟どもが出来る事は全て出来る!!」
改めて家中は義久を君主として畏れ、仰いだ。
そして義久は心の中で呟く。
(薩摩限定ごわんどな。
薩摩から一歩でも外に出た日にゃ、地理も気象もいっかな分からん)
海軍は嫌がらせを受け続けているが戦力を維持し、本隊も分割した一隊が殲滅させられただけで、7割の兵力を残していたが、クリミア・ハン国軍は本国より撤退命令を受ける。
島津義久がイグナトゥスを通じ、東ローマ皇帝としてコンスタンティノス11世を動かし、同じ正教会のモスクワ大公国にクリミア・ハン国の背後を脅かすよう手紙を出させたのだ。
実際にモスクワ大公国が動くかどうかは分からない。
だが、噂だけで十分であった。
そしてコンスタンティノス11世は、手紙を一通書くだけで、島津義久から荘園を三ヶ所寄進して貰えた。
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帰路のクリミア・ハン国軍を悪夢が襲う。
「どうやらサツマニア遠征は失敗したようだな。
ところで、このワラキアを通過したのだ。
通行税を払っていただこうか!」
攻め込む時は日和見していたヴラド3世が、撤退するクリミア・ハン国軍に襲い掛かる。
しかも、徹底した物資狙いと負傷者狙い。
捕虜の内使えない奴は串刺しにして国中に晒す。
働けそうな捕虜は領民に農奴として渡す。
「薩摩飢饉」で困窮した農家を救済する為、逃げずにヴラド3世の下に留まった農民に空き地等を与えて大農場主化させ、労働力として捕虜や流民は農奴として供与という政治をしている。
領民は、島津家に対してとは別の意味でヴラド3世を恐れている。
島津は何を考えているか分からないが、ヴラド3世は分かりやすく、凡人に出来ない事を平然とやってのける。
そこに痺れる、憧れるっ!で、意外に恐怖されつつも領民からは頼られているヴラド3世であった。
ヴラド3世は、バルカン半島北部で、ワラキアにトランシルヴァニアとモルダヴィアを併合する形で領土を拡げた為、バルカン半島の人間は逃げ場が無い圧迫感に悩む事になる。
東に首狩り妖怪、北には串刺し魔、南には先祖返りしつつあるスパルタ人に挟まれている。
なお同じギリシャ人ながら、アテナイ人はあのノリに慣れず、悩んでいるそうだ。
さて、焼き討ちされたものの、燃え尽きずに漂着したクリミア・ハン国の船は、島津忠辰の戦利品となる。
船内を漁っていた忠辰は、意外な物を発見した。
「こいは、米粒じゃなかか?
一体どこで手に入れよったが?」
この頃、ビザンツ帝国、クリミア ・ハン国、トレビゾンド帝国、ジェノヴァの植民都市は薩摩人以上に厄介な生命体の侵略を受けていた。
「今年も発生しました!」
「駆除せよ!
放置したら港湾が使い物にならなくなる」
「しかし奴等、深く根を張り、表面を叩いたところで意味がありません」
「だが……我々はやれる事をやるしか無いのだ」
駆逐出来ない強敵相手に絶望的な戦いを強いられる。
せめて奴らの弱点は無いだろうか?
「サツマニアに派遣した学者が戻って来ました」
「よし、通せ!
思えば、奴等が我が海に我が者顔でのさばり出したのは、サツマニアが現れてからであった。
サツマニアなら何か知ってるかもしれん」
「陛下……」
「おお、よくあの蛮地から戻った。
それで、サツマン人は何と言っていた」
「それが……
『食えば良かど!』
としか言ってくれませぬ」
「なんと!
サツマン人はあのようなゲテモノを食べるのか?
想像するだけで気持ち悪くなって来た……」
「もしや、サツマン人の強さは、あれを食べるからでは?」
「サツマン人は犬の腹に穀物を詰めて食うような者たちだ!
参考にならん。
仮にアレが強さの秘密だとしても、とても食う気になれん!!」
静かに根を張り、気がつけば到る所で繁殖する日本から来た侵略生物
その名を「ワカメ」と言う……。
※一部以外のヨーロッパ人は「海の雑草」呼ばわりで、公園やコンクリートの隙間から生えてくるタンポポとか電柱で犬の小便を浴びてるヒメジオンとか、そんな扱いなので「食えば良か」は通じないそうです。




