十字軍戦争終結
軍事担当のジャンヌことジャンヌ・デ・ザルモアーズは新しい敵に対し、恐怖を感じていた。
負けるからではない。
戦えばむしろ勝つ。
だが、ジャンヌの前に現れた新しい敵は、小規模な戦闘を仕掛けて来て、反撃すると短時間試すように戦って後退する。
その戦い方がジャンヌから見れば不気味である。
(私の戦い方、大砲の使い方、砲列の敷き方、砲弾の選び方。戦う度に学ばれている……)
島津家久は砲兵に関しては素人であった。
だが、その戦術眼は大砲が今後の戦争の鍵であると見抜いている。
甥の島津忠隣にジャンヌと戦わせ、その砲兵戦術が確かである事を見ると、彼はジャンヌに学ぶ事にした。
島津家久は、一度見た戦術は完璧に模倣出来る。
流石に自軍の規模を大きく超える軍の戦い方は無理だが、同規模の敵ならば、一度戦えば二度と同じ手は通じない。
ジャンヌが敵を倒そうと作戦を立てる度に、それを学習されてしまう。
「ブルゴーニュ公にお願いが有ります。
どうか教皇猊下にお願いし、あのサツマン軍を圧倒して一撃で粉砕出来る大軍を動かして下さいまし」
模倣される前に、真似出来ない大軍を使って倒そうと言うのだ。
だがブルゴーニュ公フィリップは首を縦に振らない。
「ブルゴーニュの領地からの補給を待っているところだ。
この地では食糧が得られない。
食糧が来るまでは戦えない」
それは島津軍も同様である。
彼等は野犬を捕まえ、解体して、中に麦を詰めて食べたりしている。
飢餓がバルカン半島を覆っている。
……八割は島津のせい、残り二割は十字軍のせいである。
アルバニアのスカンデルベグも、遠征に必要な食糧が国外では得られない事から、島津忠恒との戦いを打ち切って本国に戻り、守備戦に切り替えた。
島津忠恒率いる七千(急行軍で脱落した兵も復帰した)は、弱い敵にはとことん強いが、手強い敵には徹底的に慎重な忠恒の指揮の下、スカンデルベグに戦術的に負け続けはしたが、ほとんど人的にも物資的にも被害は出していない。
忠恒は兵糧不足も把握していて、積極攻勢を掛けず、スカンデルベグのアルバニア軍から付かず離れずの距離で対峙していたのだが、アルバニア軍が自国に撤退した事で自らも兵を退いた。
……最も質の悪い足軽たち、村で悪さをして帰村を望まれていないとか、死罪になるくらいならと従軍を望んだとか、戦う事より弱い者を嬲るのが好きとか、人格に難がある者だけで構成された数集団を、嫌がらせの焼き討ちと略奪の為にアルバニア国内に放っていったが。
島津忠恒、この年十四歳、末恐ろしい薩摩者である。
既に薩摩飢饉は、薩摩軍すら行動不能に追い込んでいる。
しかもこれから春窮と呼ばれる、冬の終わり、種蒔き前、野山に若芽が生える直前の、最も食糧が無い時期を迎える。
ごく一部の、食糧や弾薬を優先的に回して貰える部隊以外は両軍疲弊していた。
家久軍は大勝利を収め、戦利品が莫大であった為元気であるが、兵の中には
「こっちの世界じゃよく分からんが、そろそろ正月ごわはんか?
正月は餅バ食いたかな」
と里心を出している者も現れ始める。
セルビアのブルゴーニュ公国軍も、補給が途中何ヶ国も通過する内に、半分くらいに減っている。
砲兵用の物資より、食糧や薬が多く中抜きされているというのが、深刻さを物語っている。
ジャンヌ・デ・ザルモアーズは修道院育ちな為、農村の状況を知らない。
食糧が補充出来ない冬から春に掛けての時期なのに、耐久型の持久戦ではなく、物資を大量に消費する積極攻勢を訴えていた。
ブルゴーニュ公フィリップも頭が痛かった。
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そんな両軍に突如天の声が降って来る。
カトリックのローマ教皇、正教会の東ローマ皇帝連名で十字軍の中止と現地軍の即時停戦、和平交渉を開始せよという声明が届く。
「大地が疲弊し、民が飢えている。
父なる神は戦火を望んでいないようだ。
神の意志に従い、地上の使徒は民の幸せの為に尽くせ」
このような体裁が整えられた。
島津家はキリスト教じゃないから「地上の使徒」等無関係な話だが、東ローマ皇帝から島津義久に勅命が届き、こちらは世俗的な理由で停戦となる。
「皇帝を動かして良かったですな」
新納忠元が主君に言う。
皇帝からの勅という形にはなっているが、そろそろ限界と見極めた島津義久が使者を出し、ビザンツ皇帝にローマ教皇と話をつけるよう要請した結果なのだった。
島津各軍と十字軍との間で和議が持たれた。
ソフィア郊外会戦で島津家久の大勝利の結果、生き残った皇帝フリードリヒ3世は領国に逃げ帰り、勝った島津西方軍もセルビア方面に転じた為、現地軍同士の停戦会議は行われない。
神聖ローマ帝国とハンガリー王の外交団と島津家の老職衆はコンスタンティノープルで和平交渉をする事となった。
薩摩北方軍は、島津義弘がワラキア公ヴラド3世と、島津忠恒がアルバニア王スカンデルベグと和睦に成功した。
忠恒とスカンデルベグとの講和は礼に適ったものだが、義弘とヴラド3世の協定は物騒である。
要約すると
『いずれ俺がお前を殺すから、それまでの間、別の奴に殺されないよう協力する』
という内容である。
「これは戦書? 和睦の内容? 挑戦状?
一体どれだ?」
講和条約の写しを読んだローマ教皇、東ローマ皇帝、島津義久の全員が悩んだという。
そして拮抗していたセルビアでの交渉。
ここは十字軍の防衛成功が認められ、セルビア王国の独立を島津家が認め、代わりに島津家の宗主権をセルビアが認め、相互不可侵という内容で合意に至った。
島津家はバルカン半島の大半を領地として西方世界にも認めさせたが、北のワラキア、西のセルビア、南西のアルバニアはそれぞれ独立維持となる。
セルビア防衛で、ブルゴーニュ公フィリップ善良公、「乙女」ジャンヌ・ダルクの名声はカトリック世界のみならず、東方正教会世界にも鳴り響いた。
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政治的な話し合いを島津忠長と伊集院忠棟に任せ、島津家久はジャンヌ・ダルクと会っていた。
勝手に着いて来た島津豊久が、ジャンヌと会って早々に
「ないごて女子が戦場に出やるか!」
と無礼をかまし、家久に手甲での肝臓打ちからの往復拳骨を入れられた。
「軍事面のジャンヌ」ことジャンヌ・デ・ザルモアーズは、「ドンレミ村の」ジャンヌと違って、感情剥き出しの空気を読めない女では無い。
そうなのだが、この時ばかりは「女がなんで戦場に出て来る?」という嘲笑に対し感情が溢れ出た。
「お前たちに何が分かる!?
私の愛する『乙女』は異端として地獄に墜とされた。
異端とされる事が、どれだけの意味を持つか、お前たちに分かると言うのか!?
異端はこの世界では生きていけない。
死んでも存在を穢される。
あれだけ国の為に尽くした『乙女』は、見物客から魔女と罵倒され、下卑た兵士に嫌らしい言葉を投げつけられ、司祭に有りもしない罪を責められて焼かれた。
何故焼かれたと思う?
この世に彼女が居たという痕跡を残さない為だ。
こんな酷いことが有って良いのか!
これは神がやった事では無い。
人がやった事だ!
私はそんな、神の名を使えばどんな事でもやらかす人間に、ジャンヌ・ダルクの名を刻み付ける為に此処に来たのだ!
お前ら等と戦っていない!
私の敵はジャンヌをこの世から葬った人の心だ!」
火葬の国の島津豊久にはピンと来ず
「分がらん! いっかな分がらん!」
と言って、また家久から鳩尾拳打を食らって呼吸出来ず悶絶する。
「あ……あの、息子さん大丈夫ですか?
白目剥いて、泡吹いてますが……」
想いを吐き出して心が軽くなったのもあるが、ジャンヌが一瞬で冷めて、ドン引く一発。
「なあに、親子のジャレ合いたい。
心配なかど」
と家久は軽く言う。
「なる程なあ、要は仏敵チ言われたようなもんじゃの」
「は?」
家久もまた、自分が分かるものに置き換えて納得し、他人の解釈等どうでも良い部分がある。
「じゃっどん、親父、
仏敵チ言われた織田の右府は平気で生きていたじゃなかかい?
織田を討ったは神でん仏でんなか。
明智日向守ぞ?」
(さっき泡吹いて倒れてたのに、もう復活してる!!!)
「そうじゃが、皆が皆、前右府殿のようには生きられん。
仏敵チ言われたら、『三界に家無し』じゃ思うようになる者が大半じゃで」
三界つまり欲界(地獄・畜生・餓鬼・修羅・人・天の六道)、色界(欲からは解脱)、無色界(精神世界)という宇宙の全て、過去から未来までの時間で、己の居場所(家)が無くなる恐怖。
確かにキリスト教世界での異端判定と似ているが、一番近いのは「破門」かもしれない。
それでも家久は、友の為に命を張るジャンヌに、戦術面も含めて好意を持った。
「なあ、ジャンヌ様、おはんこん豊久の嫁になってくれないか?」
「え?」
「待ちや! 親父!
ないごて俺いがこげなババ……」
言い終わる前に家久の金的蹴上からの脳天逆さ落としが豊久に炸裂する。
「馬鹿が無礼バ申し、もっさけなか」
「いや、あの、息子さん大丈夫なんですか?」
「なあに、これくらいで音を上げる如き鍛え方はしちょらんで」
(音を上げるどころか、声も出せずに悶え苦しんでるように見えるんですけど……)
「で、返事は如何に?
祝言はなるべく早い方が良か。
親族は俺いが説得しもそう」
「私、夫がいます!!」
「……そいは残念じゃ。
ところで、娘御はおりますか?」
「はい」
「では、そん娘を不肖の倅に娶せてくいやせ」
「はあぁ……」
彼女に決定権は無い。
従軍している夫のロベールの許可を得ねばならない。
そういう事情で、ジャンヌからロベール、ロベールから主のブルゴーニュ公に話が伝わり、
「和睦の条件として、ロベール・デ・ザルモアーズ卿の娘シャルロットをブルゴーニュ公の養女とし、イズミール公イェヒ・シマンシュの太子トヨと結婚、ブルゴーニュ公とシマンシュ家は親族となる」
と決まった。
かくして全ての戦線で和議が整った。
ジャンヌが、娘を一夫多妻制の島津家に嫁がせてしまった事を知り、死ぬ程後悔するのは後日の話である。
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「終わったか……」
フィレンツェではコジモ・デ・メディチが地図を見ながら呟いた。
「不毛な戦争だった。
シマンシュが神聖ローマ帝国の諸侯の大半を殺してしまったから、大変じゃわい。
皇帝は野心を剥き出しにして行動し、ハンガリーやポーランド王がそれに干渉する。
婚姻だ、再軍備だ、いや食糧調達だで金が必要。
それに貸し付ける儂は儲けるチャンスなのだが、それには戦争を終わらせねばならん。
当主がまたぞろ戦死でもされたら、貸し付け分を取りっぱぐれるからな。
まさか、あれ程強い敵とは思わなかった」
コジモは息子のピエロに話しかける。
「ですが、戦争が終わった以上、我々の業務拡大を手伝ってくれた恩人とも言えますな」
そういうピエロに、コジモは
「結果だけを見ればな」
と返す。
シマンシュの行動は、コジモの読みからは大きく外れ、制御不能なものだった。
たまたま上手くいっただけで、下手をすればメディチ家が損をした可能性もある。
「やれやれ、厄介な野獣どもだ。
まあ、奴らが犬なら首輪を着けねばな。
奴らが狼なら、殺さねばな」
「危険とはお考えになりませんか?」
「ふむ、確かに危険だよ。
だが快感は……本当のめくるめく快感は……
常軌を逸するからこそ……辿り着けるっ!」
そう言うとコジモはくぐもった声で笑った。
【ワラキア講和条約】
1.10年後の再戦まで両軍は友好関係を構築する
2.現時点は両軍勝敗未定とし、賠償無し
3.捕虜は如何様に扱おうが両軍非難はしない
4.お互い再戦まで死ぬ事を許さない
5.再戦を待たずに死んだ場合、生者の勝利とする
6.第三者による攻撃を受けた場合、第4条適用で両軍共同して第三者を殲滅する
7.一方の陣営が第三者を攻めた場合、他方の陣営の参戦はしてもしなくても問題無いが、敵対は禁ず
8.10年の停戦期間は暫定のものであり、両者の合意で短縮可能
9.一方の陣営による条約破りがあっても恨みに思わない
10.再戦時、一方の都合で戦争が叶わない場合、主君は腹を切って相手に詫びる事
決着を付ける日まで双方の無事と壮健を神に祈る。
再戦時はお互い納得出来るまで戦える事を願う。
首を洗ってその時に備えておくように。
ワラキア公ドラキュラ・ヴラド
スパルタ公島津兵庫頭義弘 署名




