ドラキュラ対鬼島津再び
サツマニア討伐とビザンツ帝国懲戒の為の十字軍は、いよいよ混沌として来た。
原因は神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の離脱である。
彼、というかハプスブルグ家の動向にポーランドのヤギェヴォ家、ハンガリーのフニャディ家、ブランデンブルクのホーエンツォレルン家等は影響を受け、戦争が単純になってしまった。
そして多くの貴族が死んだ中央ヨーロッパで、相続や併合を巡って政争が繰り広げられる。
それをかき回しているのがワラキア公ヴラド3世である。
東欧にも存在する各諸侯の遠隔領土を奪い取っていて、むしろ彼こそが討伐対象となる筈なのだが、不思議とハンガリー王マーチャーシュ1世は
「彼はにくめない男だよ」
とヴラド3世を庇い、動きを黙認している。
むしろその動きが彼を利しているかのように。
現在真面目に戦っているのは、アルバニアのスカンデルベグと、セルビア戦線のブルゴーニュ公だけであった。
あとは教皇が何と言おうと
「自領が脅かされる恐れが出ました」
と返答し、戦場に向かおうとはしない。
ミラノ公フランチェスカ・スフォルツァ等は堂々と
「私は私がやれる最高の成果を出しましたが、まだ足りないのでしょうか?
私の成果は、どの国の軍よりも成功したものですよ」
と言ってのける。
そして奇妙な事が発生した。
中央ヨーロッパ諸侯が、敵の敵は味方とばかり、藁にでも縋る思いで島津家に対してヴラド3世(とその背後のマーチャーシュ1世)打倒の同盟締結を要請して来たのである。
最早、異教徒や異端に神の鉄槌を下す十字軍どころではない。
「こいはどぎゃんしたとか?」
島津義久は首を傾げる。
彼は薩摩半島の付け根の部分(元々は肥後との国境)まで五千の兵を率いて待機している。
救援要請に従って予備戦力を投入している。
どうやら戦争収束の気配が見えたというのに、今度はキリスト教国から救援要請である。
「左衛門督は出水から戻れんか?」
島津左衛門督歳久は、中務大輔家久と侍従豊久が留守にしている小アジアの島津領を警備している。
その歳久からも
「オスマン帝国の東方戦線が危うい。
敵が強勢化しているようだ。
さらに内海(黒海)の向こう側もきな臭くなったから、お館様は薩摩から出ない方が良い」
という書状が来ている。
義久は新納忠元と島津以久に相談してみる。
「戦はそろそろ潮時ごわす。
今、また新たに戦場に首を突っ込むのは、藪を突いて蛇を出す如き所業ごわはんか?」
「左様、我が島津の国力も尽き欠けておりもす。
幸い、皇帝とジェノヴァ商人が食糧を提供しちょりもすが、もう今年の戦は畳んだ方が良か思いもす」
「元々西の耶蘇どもが薩摩を滅さんと仕掛けた戦、そいをおいそれと手バ結べもはん」
「手強か敵の目が北に向いてるのは薩摩にとって良か事ごわす」
両者とも救援要請には応えるなと言う。
理解し、体良く断ろうとした義久の元に急報が入る。
「兵庫頭様(島津義弘)、援軍要請に応えてワラキアに攻め入ってございもす!」
「誰か!! あん莫迦を止めて来い!!!」
思わず大声を出してしまった義久であった。
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島津義弘の論理は単純明快である。
「助けを求められた、だから行く」
である。
なお、嫡男の島津忠恒から
『敵のスカンデルベグとか言う男、手強いので親父様にもお出まし願いたか』
という救いを求める手紙は
「自分で何とかせよ」
と説教込みで断っている……。
「鬼シマンシュか。
あの男とは妙に出くわす運命にあるようだ。
面白い」
ヴラド3世は3千の騎士を率いて出撃する。
島津義弘は手勢八百だけでワラキアに侵攻した。
そしてヴラド3世を無視してワラキアを突っ切ってモルダヴィアに入る。
「俺いが来たからにはもう安心じゃ」
島津義弘は食糧等を振る舞う。
……それはワラキアで略奪して来たものである。
その後すぐに島津軍は違う荘園に向かう。
するとヴラド3世の軍がやって来て
「命を奪われたくなければ、食糧を渡せ」
と島津義弘から貰った食糧を根こそぎ略奪していく。
島津軍とヴラド3世の軍は、衝突せずに略奪しながら追いかけっこをしていた。
「兵庫様、ないごて戦わんのですか?」
「兵糧が無いからのお。
この国の敵領から飯バ分捕って、腹いっぱいになってからが勝負じゃど」
「ワラキア公、何故仕掛けないのですか?」
「相手は僅か800人だ。
負けたらどうするんだ?
名誉が崩れ去る大恥だぞ。
それに我々の食糧は不足している。
シマンシュに下った諸侯領から食糧を調達して我々のものにしないと勝てぬ」
要は両軍とも、義理や名誉から兵を動かしたものの、食糧不足から直接対決を避けて、略奪しながら鬼ごっこしているのだ。
ワラキア、モルダヴィア、トランシルヴァニア一帯はいい迷惑である。
ヴラド3世にしたら、彼が幽閉されている間に十字軍が自領を戦場にし、自領で物資調達をし、荒らしていったものだから
「奪われた分を取り返して何が悪い??」
といった所である。
既にこの地域は、薩摩飢饉と十字軍の略奪と島津・ヴラド3世の軍事行動で、草すら食い尽くされ、木の皮さえ剥がされ食べている状態である。
もうこれ以上、この地域で得られる物資は無い。
両軍はまるで打ち合わせでもしたかのように、モルダヴィアの東にあるクリミア・ハン国に揃って乱入した。
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「こいは良か!
麦がたわわに実っておる!
刈田じゃ!
食える物を根こそぎ持っていっど!」
「皆の者!
ここはイスラム教の国だ。
略奪は神の意思に適うものだ。
持てるだけ奪っていくぞ!」
クリミア・ハン国はモンゴル帝国金帳汗国が分裂して出来た国である。
つまり、ヨーロッパやロシアを席巻した韃靼の軛の一部である。
……モンゴルの末裔が、今や略奪され、放火されている、しかも特に理由も無しで。
クリミア・ハン国は怒り、1万の兵を意味不明の侵略者討伐に繰り出した。
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「兵庫頭様、おかしな手紙が来ておりもんど」
島津義弘に手紙を送ったのは、ワラキア公ヴラド3世であった。
『どうだろう、今回限り手を組んでタタール軍を叩きのめそうじゃないか』
島津義弘の寄騎たちは、身勝手なヴラド3世の要求に憤っていたが、島津義弘は
「承知した、と伝えたもんせ」
と答えた。
「ないごてですか?
俺いたちにはさっぱり意味が分かりもはんど!」
寄騎部将たちは義弘に詰め寄った。
「ヴラドを叩いても米の一粒、麦の一粒も手に入らん。
じゃが、蒙古バ叩けば飯が手に入るじゃろ」
徹頭徹尾、食糧調達優先の島津義弘であった。
「ほお、鬼は承知したか。
面白くなって来たな」
ヴラド3世が笑う。
「ワラキア公!
全く意味が分かりません!
我々はサツマン人と戦うのではないのですか?」
「お前は馬鹿か?
我が領土は十字軍に荒らされ、食糧は無くなった。
だから他家の荘園から食糧を奪っている。
当然の権利だろ。
だが、いくら奪っても足りん。
だから同じ立場のシマンシュと手を組んで、タタールから食糧を奪う。
どこかに不思議が有るのか?」
「不思議だらけです!
シマンシュは敵じゃないんですか?」
「敵だぞ。
だが、それで飯が食えるのか?
共闘出来るなら共闘すれば良いではないか」
かくして、ワラキア軍3千と島津軍八百は合流し、クリミア・ハン国軍と衝突する。
軽騎兵の突撃に対し、島津義弘の鉄砲隊が弾幕を張る。
軽量な薩摩筒と二匁玉は、威力こそ低いが装填が速く、鎧が分厚い重騎兵はともかく、モンゴル式の軽騎兵相手には効果が高かった。
そして、元々イスラム教軍相手に戦っていたワラキアの騎士が突撃し、敵を崩す。
「ワラキア公!
シマンシュの奴等、我々が突撃しているのに、構わず後ろから撃って来てます!」
「だからどうした?」
「止めさせて下さい!
一応我々は味方です。
味方に当たるような銃撃は危険です」
「あれを見ろ」
「……は?
あいつら、味方の歩兵が突撃しているのに、構わず後ろから撃っている。
いや、当たって死んでるのもいるぞ??」
「分かったら、お前らも行け」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題だ!
つべこべ言うなら、お前の後ろから俺が斬りかかってやろうか?」
主君の狂気によって後に退けないワラキア軍と、最初から狂気の薩摩軍によって、3倍のクリミア・ハン国軍は撃破され、大量の物資を遺棄して逃走した。
「鬼シマンシュよ、ご苦労だった。
分け前は我々が9、貴様らが1で良いな?」
「おはん、何を言うちょる?
我々が十に決まっておるじゃろ。
俺いたち、手伝ったのだぞ」
「身の程知らずの強欲は身を滅ぼすぞ」
「俺いたち当然の事を言っておるだけぞ」
「話にならんな。
力づくで言う事を聞いて貰おうか」
「面白い。
飯も手に入ったし、やるか?」
「鬼シマンシュよ、決着つけてやろう」
「そいでなくてはの!
さあ、やりもんそか!」
この対戦は配下たちが必死に止めた為、実現しなかった。
「なあ、サツマン人よ、話が通じない上司を持つとお互い大変だな」
「言葉は分からんが、言うちょる事は分かっど。
おいどんらも時々兵庫様には着いていけのうなってな」
かくして討ち取った首の数の比率で、戦利品を分割する事となった。
「何だと? ほとんど同じ数だと?」
「おかしか! 薩摩者の方が気張って戦っちょったじゃなかか!」
「いずれどちらが強いか、決着つけてやろう」
「あん男、やはりいずれ首にしちゃる」
島津義弘とヴラド3世の意地の張り合いはともかくとして、薩摩軍もワラキア軍も莫大な戦利品を手に入れて自国に戻った。
そしてヴラド3世にはローマ教皇カリストゥス3世から、島津義弘には兄の島津義久から
「勝手に他所の国を攻めるな!」
「勝手に戦線を広げるな!」
「命令に従え!」
というお叱りの手紙が届けられる。
しかし両雄は食糧や物資を味方や救援を求めた者の元に持ち帰り、暫定的だが和議を結んでワラキア、モルダヴィア、トランシルヴァニアに食事と平和をもたらした為、評価を高める事となった。
こうなるともう、十字軍の大義等はどうでも良いものとなる。
それは飢餓の真っ最中であるセルビア戦線にも影響していた。
あ……ありのまま
今起こった事を話すぜ!
『島津義弘とヴラド3世はワラキアで戦い始めた
と思ったらいつのまにかクリミアで仲良く略奪をしていた』
な……何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何を書いてしまったのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……
吸血鬼だとか鬼だとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
混ぜ合わせたら何をしでかすか分からない、混ぜたら危険の意味を味わったぜ……。
いえね、地獄と化したバルカン半島でどう戦わせようかと考えていたら、何故か二人とも食糧が豊富なクリミア、ウクライナの穀倉地帯に攻め込んでいました。
何となく、こいつらならやらかしそうで。
クリミア・ハン国は早い内に登場させたかったので、丁度良かったのですが。




