救世主ジャンヌと名将島津家久
彼女は両親を知らなかった。
さる高貴な方だとのみ知らされ、修道女になるべく幼い頃から預けられていた。
彼女は親から「ジャンヌ」いう名を貰ったのみだった。
そんな孤独な彼女の運命は1415年に変わる。
彼女の父親、アランソン公ジャン1世がアジャンクールの戦いでイングランド軍によって戦死させられたというのだ。
その事を双子の兄、ジャン2世が伝えに来た。
彼女は
(そうか、高貴な家庭の双子だから、忌子として修道院に預けられたのか)
と悟る。
それでも、わざわざ探し出し、父の死を知らせてくれた兄に、彼女は終生親愛の情を持ち続ける。
その兄ジャン2世は、アランソン公を継ぐと自分と同名のオルレアン公の娘ジャンヌ・ド・ヴァロアと結婚する。
このまま過ぎれば、修道女ジャンヌがひっそりと世から消えるだけだったろう。
だが、兄のジャン2世もまたイングランドに敗れ、捕虜となる。
兄が囚人となっている間、領国はイングランドに支配される。
妹のジャンヌはこれに怒りを覚えた。
イングランドを打倒すべく、軍事を密かに学ぶ。
アジャンクールで父を殺し、ヴァルヌイユで兄を捕らえたイングランド軍の強みは長弓部隊である。
ならば、もっと射程が長く、威力がある兵器を使えば良い。
妹ジャンヌは急速に砲術に目覚める。
やがて莫大な身代金を払い兄が帰国した。
その時、ジャンヌ・ダルクという少女がフランスの為にイングランドと戦うという事を兄から聞いた。
「俺は牢屋生活で衰弱している上に、まだ身代金の払いが残っていて、戦いに参加出来ない。
ジャンヌ、君が俺の代わりにドンレミ村のジャンヌの元に赴いて、戦って来て欲しい」
こうして男名のジャン・パスクレルを名乗り、ジャンヌ・ダルクの元に駆けつけた彼女は、「ジャンヌ・ダルク」という存在の軍事面を担う事になった。
それは騎士道等は学ばぬまま、修道院で学んだ戦術だったのもあるだろう。
ジャンヌ・ダルクは容赦なく攻城兵器の大砲を歩兵や下馬騎士に撃ち込んだ。
騎士道等は知った事じゃない。
彼女の想像通り、長弓より遠くから撃てる威力のある兵器は、イングランド軍の優勢を過去のものとした。
そして彼女はこの生活が楽しかった。
憎いイングランド軍を倒せるからでは無い。
彼女はジャンヌ・ダルクという少女に惹かれていた。
自分の出生の秘密を知って以降のジャンヌ・パスクレルはキリスト教の修業に身が入らなくなった。
兄が捕らえられた、故郷がイングランドに支配されたと知ってからは尚更である。
だから、一途に神の事を信じ、無邪気に神の声を聞いたなんて言う、この田舎娘に自分には無いものを感じていた。
もう一人、勇敢なだけの旗持ちジャンヌ。
「あたしも軍事なんて知らないからさ、
ただ旗持って兵士の前を掛けるだけだよ」
ジャンヌという名前の3人の娘たち。
短期間ではあったが、その3人の充実した日々を後世風に呼ぶならば、確かに「青春」がそこにあった。
青春の日々は急に終わった。
旗持ちのジャンヌは、パリ攻囲戦で矢を受けて死んだ。
1429年5月に3人のジャンヌが顔を合わせ、9月8日にはもう3人の関係は終わってしまった。
そしてアランソン公ジャン2世は、フランス王シャルル7世によってノルマンディー遠征を命じられる。
アランソン公はジャンヌ・ダルクを連れて行く事を頼んだが、却下された。
兄は双子の妹に、ジャンヌ・ダルクの補佐を一時中断して自分の補佐をするよう頼む。
そしてジャンヌ・パスクレルはジャンヌ・ダルクの傍から離れた。
ジャンヌ・パスクレルはこの事を一生後悔した。
軍事面、政略面での補佐役が居なくなったジャンヌ・ダルクは、田舎の無知で純朴な乙女に戻ってしまった。
フス派に対し非難をし出したり、自分に反対する廷臣を激しく罵ったりする。
軍事的にもムイエ包囲戦、ロワール包囲戦と其れ迄の冴え(ジャンヌ・パスクレルの才だったが)がまるで見られなくなり、コンピエーヌの戦いでついに捕らえられてしまう。
文盲の彼女は、代筆もしていたジャンヌ・パスクレルが居ない為、文面を詳しく理解しないまま不利な宣誓書に署名してしまい、それが彼女の命取りとなった。
「オルレアンの乙女」が異端として火刑に処された事を、アランソン公兄妹はノルマンディーで知る事となる。
ジャンヌ・ダルクが死んで、年が過ぎる毎に軍事面でのジャンヌは、充実していた日々が懐かしく思える。
体格はともかく、顔も髪の色も瞳も違うジャンヌ・パスクレルはジャンヌ・ダルクの代わりにはなれなかった。
旗持ちのジャンヌは瓜二つと言って良かったが、影武者が本体より先に死んでしまった。
更に、戦況はもう「奇跡の乙女」を必要としなかった。
ジャンヌ・ダルクという存在は継承されず、ただ異端として処刑された汚名だけが残っている。
ジャンヌ・パスクレルは何とかしてジャンヌ・ダルクの汚名を晴らそうと、時に名乗り出たりもしたが、フランス王宮からの内なる指示は
『その内彼女の名誉を回復するから、ジャンヌが3人居た事は絶対に秘密にしろ』
であった。
それから20年以上が経つが、フランス王宮は動きを見せない。
そんな中でジャンヌ・パスクレルが手を組んだ相手は、コンピエーヌの戦いでジャンヌ・ダルクを捕らえた宿敵ブルゴーニュ公であった。
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1430年6月、ブルゴーニュ公フィリップに嫁いで来た33歳の新婦、ポルトガル王女イザベルは、ノワイヨンに幽閉されているジャンヌ・ダルクと会った。
いたいけな少女なのに、国の為に戦ったジャンヌにイザベルは感銘を受ける。
そしてジャンヌ・ダルクを見習うかのように、夫の代理で国王軍と戦ったり、ネーデルラントの反乱を鎮めたりした。
夫の政敵オルレアン公を助けて関係回復させたり、フランス王と仲を取り持ってアラスの和を成立させる等の活躍をする。
そんな公妃に、ブルゴーニュ公フィリップは自分のカッコ良い所を見せたくなった。
かねてより彼はオスマン帝国への十字軍派遣を主張していた。
彼は密かに、軍事面でのジャンヌ・ダルクが、自分が狙っているロレーヌ地方に居る事を知った。
ロレーヌ公ジャン2世に対抗する意味でも、地方領主ロベール・デ・ザルモアーズを引き立て、その妻・ジャンヌ・デ・ザルモアーズを妻に会わせてみた。
イザベル公妃は、ジャンヌ・ダルクの秘密を知り、驚いたり、軍事面でのジャンヌに会って感動したりした。
その軍事面でのジャンヌが、イザベルの前でフィリップに頼み事をする。
是非ともサツマニアとやらを倒す十字軍に自分を参加させて欲しい、その功績をもって異端の不名誉から乙女を救い出したい。
フィリップは困ったが、イザベルがジャンヌの訴えに涙を流して同情し、連れて行くようブルゴーニュ公に頼んだ。
そして連れて来た「軍事面のジャンヌ」は、確かに強かった。
ブルゴーニュ公国は騎士の国である。
優れた騎士を大量に抱えている。
その優秀な騎士が、サツマン人の突撃に負けていた。
馬とは元来臆病な動物で、調教によって戦場で使えるようにしている。
だから、訳の分からない叫び声を上げながら、馬蹄に掛かるのも気にせずに突っ込んで来る薩人を、馬は人ではなく妖怪猛獣怪異の類だと思ってしまい、竿立ちになって鞍上の騎士を振り落として逃げようとする。
馬を操れない騎士は、ただの的である。
蛮刀の餌食になる者が相次いだ。
そこで
「英雄ジャンヌ、頼んで良いか?」
とブルゴーニュ公は指揮を委ねてみた。
すると騎士の騎馬突撃から一転、火力重視の戦術に島津軍は苦戦する。
島津軍も火力重視ではあるが、大砲が無く、火薬もそう多くない。
もしも転移せずに九州に残っていたなら、鉄砲の総数はともかく、硝石貿易を独占していた織豊政権軍に撃ち合いで負けたであろう。
さらにジャンヌは砲撃センスが抜群である。
伊集院忠棟も有能な将で、ブルゴーニュ公と互角に戦っていたのだが、ジャンヌの才には圧倒された。
それに伊集院忠棟は、兵の半数以上を島津忠長に割いていた為、ブルゴーニュ公国軍よりも寡兵である。
追い込まれた伊集院忠棟は、冷静に判断し、各方面に救援を求めた。
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軍事のジャンヌ同様、島津家久も戦争で存在感を示している人物である。
島津四兄弟の内、義久、義弘、歳久は正室の子だが、家久は妾腹である。
幼い時、馬追を見ていた家久は兄に
「馬は毛色といい、母馬に似ちょりますな」
と語った。
弟の劣等感を察した長兄・義久は
「人は畜生では無か。
徳を積む修業次第では不肖の父母を上回る事も有っど。
そいを怠れば父母に及ばぬ者になろうぞ」
そう諭した。
家久は以降、昼夜学問に武芸に励んだ。
そして合戦において見事な采配を見せ、世に知られる名将となる。
家久にとって戦争とは、己の存在感を確認するもの
……なんてものではない。
「おはんら、俺いは戦が好きじゃ。
おはんら、俺いは戦が好きじゃ。
おはんら、俺いは戦が大好きじゃ。
釣野伏が好きたい。
穿ち抜き打ちが好きたい。
車撃ちが好きたい。
種子島の撃ち合いが好きたい。
退き口が好きたい。
落武者狩りが好きたい。
捨て奸が好きたい。
廻坂で、大口城で、
木崎原で、耳川で、
沖田畷で、戸次川で、
この地上で行われるありとあらゆる戦が大好きじゃっど!!」
という、戦の為なら目的はどうでも良い、戦争は手段でなく目的である、という立派な薩摩隼人に育っていた。
そして家久は、女将軍ジャンヌを甘く見ていない。
「女子は紅でん差して、部屋に居れば良か」
という豊久を嗜める。
「女子を甘く見るな。
女子も知らぬ青二歳が知ったような事言うな。
おはんのような頭でっかちが、いざ婚儀バしたら嫁女の尻に敷かれっとじゃ」
「お……お、お、お、俺いは女子を知らぬ身じゃ無か!」
「ほお? 何処で知ったのかの?」
「いや、その、あれたい、村の、いや鹿児島の……」
「良か良か、俺いがお豊に嫁御バ見つけちゃるで」
「親父!」
「奥手の事は置いといて、三郎次郎!」
「お、俺いはちゃんと義父上の期待に応えて、嫁を抱いておりもすが」
「いつ迄そげな話しとる!!!!」
島津忠隣が家久の雷に肩を竦める。
「敵から分捕った、大五郎車が有っとな」
「大五郎車??」
「ほれ、銃や砲が出ちょる箱車じゃ」
「親父、大五郎チ名はどっから出て来た?」
「いや、何となく、鉄砲積んだ乳母車は大五郎車チ言わんか?」
「知らん」
「俺いも知りもはん」
「まあ、そげなこつはどうでも良か。
三郎次郎はあん車を使って、ジャンヌとやらと一合戦しいやい」
「心得もした」
「親父!
三郎次郎殿は前も先陣バ賜っちょいもす。
今度は俺いにやらせったもんせ」
「女子を知らん男に任せられん。
俺いはあん女子の戦っぷりを見てみたかじゃ」
「…………」
「叔父上、お任せあれ」
忠隣が胸を張る。
「頼むど。
オルレアンの乙女とやらの腕前拝見たい」
おまけ:
「お豊、おはん京都に行けば女子の方から寄って来るじゃろうよ」
島津豊久は美少年である。
しかし、彼にはそれ自体が鬱屈材料であった。
「親父が俺いを『お豊』呼ばわりするように、俺いは漢として押し出しが足りん!
男が可愛くてどぎゃんする!
村の女子どもにも『若様はもそっと男臭くならんといけんよ』とか言われんで」
「ははあ……そいで鬱屈して女子も知らん、と」
「そがいな事はどうでん良か!」
「良かない! 我が家が残るか廃れるかの大事な事じゃ!」
家久はしばし考える。
戦にばかり出て、息子の事を構ってやれなかった。
「乳母殿に夜伽バ頼んでみっか……」
乳母が初めての相手というのは、古くはよくある事だった。
「嫌じゃ! お熊は本のこつ、熊のごたる。
あげな大女でのうて、もそっと細か女子が良か」
「じゃったら、この戦が終わったら京に行くか?
俺いは部屋住みの頃、京に行って織田家の馬揃えとか見てのお。
おはんのごたる可愛か二歳は京女が放っておかんじゃろ」
「……この戦が終わったら、ちゅうのは討死の前兆じゃで、口にするなチ薩摩の軍法じゃろが……。
それに、ここからどう京に行くんじゃ?
あと俺いは、大き過ぎん女子が好きじゃっどん、戦も出来んナヨナヨした女子は好かん!
留守を守り薙刀でん振るえるくらいで良か!」
「好みが細かか二歳じゃのお……。
相分かった。
この父が探してやっで、もう議バ言うな」
島津豊久に何かの旗印が立ったようです。




