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串刺し公再び

 ハンガリー摂政次男フニャディ・マーチャーシュは夢を見ている。

 夢の奥底の深淵から、何時もあの男が語りかけて来る。

「ねえ、友達になろうよ……、マーチャーシュ君」

 甘い声で囁くように、だが脳裏で何度も反響する声がする。

「うなされるくらい恐れなくても、いいじゃあないか……。

 安心しろ……安心しろよ、フニャディ・マーチャーシュ……」


 目覚めると寝汗でびっしょりだ。

 父親からあの男を幽閉、監視するように命じられてから、毎晩こうだ。

 あの男、悪魔に魂を売ったという噂は本当かもしれない。


 そんな中、父親フニャディ・ヤーノシュ、兄フニャディ・ラースローが揃って戦死したという報告が入って来た。

 敵軍は十字軍の5分の1にも満たない寡兵。

 なのに十字軍は包囲殲滅された。


(シマンシュとは化け物か?)


 それだけならまだしも、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世は戦場を離脱し、帰路から戦死した貴族のフォローと見せかけた婚姻政策を推し進めている。

 事態は動いている。


(化け物に対するには、悪魔を使うしかあるまい)


 フニャディ・マーチャーシュは幽閉中のワラキア公ヴラド3世と会う事にした。




「やあ、きっと来ると思っていたよ」

 鍵が外側から掛けられた部屋の中から声がする。

「シマンシュは恐ろしいと、やっと理解したのかな?」

「黙れ、余計な口を利くな!

 この弟殺しの罪人が!」

 弱みを見せたくない。

 思わず声を荒げる。

 だが、中の者は低い声で笑うだけだ。

「苛立っているじゃあないか、マーチャーシュ君。

 落ち着き給え。

 わざわざこの俺に会わねばならない事情が有るのじゃあ、無いのか?」

 会話のペースはヴラド3世に握られたようだ。

 マーチャーシュは不本意ながら、全てを話し、ヴラド3世にシマンシュと戦って欲しいと言った。

「早く俺を解放し、ワラキア軍の指揮権を回復させねば、君たちは大変だろう。

 メフメト2世から始まり君の父上に至るまで、戦えば必ず敵将の首を取る化け物、包囲戦術の達人『薩摩の雷光(バルカ)』イェヒ・シマンシュ。

 奴は近くに敵が居ないと知ればセルビア攻撃に加わる。

 おそらく何者もイェヒ・シマンシュには敵わないだろう。

 『オルレアンの乙女ラ・ピュセル』だろうとな……」

「どうだ、イェヒ・シマンシュを君のワラキア軍で背後から討ち破って貰えるか?」

 ヴラド3世は笑う。

「君は何を聞いていたのかい?

 『何者も』の『雷光(バルカ)』の再来には敵うまい。

 それは俺も含めての事だよ」

「な……」

「だが、勝てなくても戦いようは有る。

 それで良ければ引き受けよう。

 イェヒ・シマンシュをワラキアに可能な限り足止めしよう。

 ……それ相応の報酬は有るんだろう?」

「何が望みだ?」

「モルダヴィアとトランシルヴァニアを頂こう」

「バ……馬鹿な事を言うな!

 過分な野心を抱くな!

 大体トランシルヴァニアは我がフニャディ家の領土だ!」

 中の暗闇から目だけが見える。

 こちらの心を覗いているようで気味が悪い。


「……どんな者だろうと、人にはそれぞれその個性にあった適材適所がある。

 王には王の、公には公の。

 それが生きるという事だ」

「……何を言っている?」

「君の適所は何処なんだい?

 トランシルヴァニアの領主なのかい?

 違うよ。

 君はハンガリーの王として即位すべき男なんだ。

 ハンガリーとボヘミアが有れば十分だろう?

 トランシルヴァニアまで抱えて、シマンシュや、もしかしたら帰ってくるかもしれないオスマン・トルコの相手を務めるかい?

 君の敵は、適材とは言えない皇帝フリードリヒじゃあないのか?

 戦争しながら皇帝と政争をするのか?」

「…………」

「分かっただろ?

 君は賢い。

 君は神聖ローマの中で権勢を振るうべきなのだ。

 荷物となる、化け物たちに足を引っ張られる東方の領地は捨てても構わない。

 君は皇帝と対抗するべき男なのだよ」


 甘い囁きにマーチャーシュの心は揺れる。

 悩みに悩んでマーチャーシュは条件を出した。

「カトリックに改宗してくれないか?」

「どうしてだい?

 信仰は大事なものなのだよ」

「十字軍戦争中に、勝手に敵を解放する訳にはいかない。

 お前がカトリックに改宗したなら、恩赦という形で釈放、味方として戦って貰える」

「……一日貰えないか?

 考えさせて欲しい」


 マーチャーシュが去った後、ヴラドは心の中で爆笑する。

(勿体つけてみたが、信仰とか改宗とか、便所のネズミのクソにも匹敵する下らん考えをするなあ。

 そんなものが本当に大事なものか!

 このヴラドには、ワラキア公である事こそ大事。

 その為には改宗だとか、過程や……方法なぞ……どうでもよいのだァーッ)


 そして翌日、改宗を承諾し、洗礼を受けるとヴラド3世はワラキアに戻った。




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 ワラキアに戻ったヴラド3世は、速攻でかつて己をフニャディ・ヤーノシュに売り渡した部下を処刑し、串刺しにして城外に晒す。

 次に彼は、ワラキア全土に島津軍と戦うから参集せよと呼びかける。

 策がある、来ない者は後日串刺しにする、と言葉を添えて。

 そうして集まった1万弱の貴族連合にヴラドは策を告げた。


「お前ら、死ねぃ!!」


 何を言われているのか理解出来ない貴族たちに、ヴラドは説明する。

 島津家久の包囲戦法に勝てる者は居ない。

 如何に大軍となろうと、野戦で島津家久に勝てるのはいにしえのハンニバルやスキピオくらいではないのか?と。


「だったら、戦わなければ良いのだ。

 軍として、な。

 お前ら、奴の前に立ちはだかり、死ぬまで抵抗し続けろ。

 決して周囲から援軍等は呼ぶな。

 一ヶ所に集まるな、適度な距離を保て、不要不急の出撃はするな。

 ただ擦り潰され、嬲り殺されながら、シマンシュを足止めするのだ!」


 それは、島津の退却戦「捨てがまり」と似ていた。

 ヴラド3世の狂気は、島津の狂気そのものの退却戦法に辿り着いたのだ。

 島津のそれと違うのは、ヴラド3世はそれを敵の進路に置く事である。

 「捨てがまり」の縦深陣という、攻める側には頭が痛くなる戦法だ。

 こんな死を前提とした戦法に貴族たちが従う筈が無い。

 ヴラド3世も分かっている。

 だから

「お前らの妻子や老いた親は人質に取った。

 お前らが城に来る間に、手の者を遣わした。

 お前らが戦わないとあれば仕方ない。

 明日の家族の食事に毒が混ぜられるかもしれんなあ。

 さて、どうする?」


 拒否は許されないようだ。

 恐る恐るある貴族が質問する。

「せめて……せめてサツマン人と互角に戦える戦法を教えて下さい。

 まともに戦ったら勝てないと、公自身が仰ったじゃないですか!」

 ヴラドはジロリと睨み付け、そして語る。

「俄か作りで良い、城や砦を築け。

 そして、そこを死に場所としろ」


 かくてワラキア貴族は、勝つ為ではなく、抵抗して擦り潰される間時間稼ぎをする為に、島津家久軍の退路に急行させられた。




------------------------------




 島津家久軍の退却はゆっくりしていた。

 鹵獲した大砲や装甲馬車(ターボル)を運搬していた事による。

 また置き捨てられた多くの馬匹や物資も手に入れられた。

 戦術家である家久は、今後の戦争は大砲が物を言うと悟り、折角手に入れた大砲を捨てて帰る気は無かった。

 また、薩摩の馬よりも馬体の大きな馬も、今後役に立つだろう。

 そこにワラキア貴族が立ちはだかる。


「首ぞ!

 首を寄越せ!!」

 と突撃する嫡男豊久勢。

 ワラキア貴族の部隊は、地形に頼り、防御壁を築き、穴に潜りながら、僅かでも死ぬ時間を先に延ばす戦いを繰り広げた。


「全く往生際が悪か!

 死ぬる時はサパッと死ぬるものぞ」

 と最初は文句を言っていた豊久だったが、何度も繰り返されると気付かざるを得ない。


「敵は戦い方を変えやった。

 あいはまるで、島津の捨てがまりやっど」

 家久、忠刻の表情が曇る。

 自分たちのよく知る戦い方だけに、それがどれ程効果的なのかも手に取るように分かる。


(時間が掛かりもそ)


 先日、セルビアを攻めていた伊集院忠棟が、敵の女将軍に敗れ、籠った城が包囲されたという知らせを受けた。

 伊集院勢は、敵の騎士相手には互角以上に戦っていたが、女将軍の砲撃の巧みさに敗れたという。

 なればこそ家久は、大砲や勝手に借りたギリシャ火という火力を捨てて行けない。


(いっそ、豊久に騎馬だけで先行させ、忠刻は大砲を持たせて後ろから来させ、小癪な敵砦は俺いが足軽バ使って踏み潰しもんそか?)

 家久はそうも考えたが、寧ろそれは悪手とも思う。


(手の届く場所、声の届く場所に兵を分けて置くは兵力の分散ではなく、ただの配置じゃ。

 じゃが、お互い伝令バ走らせねばならぬ場所に兵を分けっとは、戦の禁忌じゃ、愚策じゃ。

 幾ら焦れても、そいをやってはならん)


 結果、島津家久は

「このまま全軍、大砲を曳いてセルビアに救援に向かっど。

 敵の妨害に肝が焼けるが、仕方なか。

 伊集院サァは、我等が行く迄守り抜けぬ弱将では無いど。

 きっと守り切ってくれようぞ」

 そう言い、ワラキア貴族の死兵縦深陣を迂回しつつも、避けられぬ場合は地道に突破しながら帰る事とした。

 家久の統率力は、命令違反の離脱者も出さず、時間は掛かったがどうにかワラキア国境を抜けた。


 3千の騎士を出撃態勢に置いていたヴラド3世は、島津軍が分散せずに国境を抜けたと聞き、残念がる。

 彼はせめて敵が切り離す一個部隊でも、追撃して潰すつもりであったのだが。


「あれでイラついて兵を分けたりせぬとは、やはり容易ならん敵だな。

 まあ良かろう。

 敵が去ったのなら、我々は出撃する。

 北に向かい、モルダヴィアとトランシルヴァニアを奪う!」

「公!! そちらは同じキリスト教の国ではありませんか!」

「それが何か?

 俺にとって問題が有るのか?」


 かくして十字軍対島津家久軍のワラキア戦は終了した。

……今度はキリスト教国を、同じキリスト教のヴラド3世が攻め始めた。

 戦いは混迷し、長引く事になる。

一応、フニャディ・ヤーノシュとヴラド3世とアルバニア王スカンデルベグは、メフメト2世と互角に戦ったキリスト教勢力の3本柱ではあるんですが。

フニャディ父子はヴラド3世を幽閉したりと、3人揃って戦った事は無し。

史料読んでて「こいつら協力って言葉を知らないな」と思う事しきりです。

(だから仲良しの島津四兄弟が付け入る余地あり)

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴラドのモルダヴィア攻めかあ。 モルダヴィアのシュテファン君を緒戦でさっさと殺しちゃったのはもったいなかったかもね。 巧みな外交と戦場で負けなしの軍才。 たぶん黄金の精神とか持ってるぞこの子…
[気になる点] ウラド公のDIO化が進むw [一言] ウラド公の最後は、「てめーは俺を怒らせた」(byサツマン)ですかね!
[一言] ヴラド様がますますDIO様化していて大変ベネ 「その為には改宗だとか、過程や……方法なぞ……どうでもよいのだァーッ」 言い切り具合が凄まじい 「それが何か?  俺にとって問題が有るのか…
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