世界を壊し、世界を創る
ローマ副帝島津近久布告。
以下の行為を禁止する。
・消毒用アルコールを薄めて飲む事
・医療行為に使用済み褌を使用する事
・傷口を塞ぐのに馬糞を使用する事
・上水道付近に汚水を捨てる事
島津近久「これで良かか?」
ルクレツィア・ボルジャ「良いです。
地味ですが、医療に役立ちます」
小姓「大変です!」
近久「ない事じゃ?」
小姓「『薄めて飲む』が御法度なら、薄めずに飲めば良か、と言って消毒酒を飲んだ負傷者が倒れもした!」
しばらく後
禁令変更
・消毒用アルコールは薄めて飲んでも、そのまま飲んでも、濃縮して飲んでもならない
とされた。
転生者ルクレツィア・ボルジャは思う。
(正しい未来の知識を使っても、薩摩人の行動が斜め上過ぎてそのままじゃ通じないじゃないの!!)
16世紀が始まった。
この年、島津惟新入道義弘が死亡した。
死の直前、義弘は息子の上皇家久をスパルタに呼び出す。
家久は実父に対し、実に複雑な思いが有ったが、死の床の父親を見捨てる不孝は許されない。
スパルタに着いた家久を、義弘養子の忠比が出迎えた。
「お待ちしちょりもした、義兄上。
どうぞ此方へ」
実際の血筋では島津忠比は、家久の従兄豊久の子である。
養子縁組で見ると、家久は島津四兄弟長兄義久の養子で、忠比は四兄弟次兄義弘の養子となる為、従兄弟の関係である。
義弘を軸に見ると、家久は実の次男で、忠比は養子で六男となる。
島津豊久の系統は態度がデカく偉そうなのだが、公私の使い分けは出来るし、悪気有っての事でなく、何処よりも「島津の為に捨て石になる」という意識が強い為、家久は忠比に兄呼びを許していた。
病床には父が横たわっている。
義弘はやにわに目を開くと、家久を手招きする。
遺言かと耳を近づける家久は、激しい痛みに襲われた。
死の床に居た筈の義弘が起き上がり、右拳打を放つ。
BAKOOOOOM!!!!
家久は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
(これが百歳過ぎて臨終とか言ってた爺いの拳打かよ……)
家久は瓦礫の中から立ち上がる。
「おお、よく右拳打に耐えた。
まだ左拳打が有るでな」
「こん糞親父!
最期まで何の恨みが有ってこげな事する!」
「亀寿が恨みよ、忘れたか?
おはんに一撃入れんと、黄泉で亀寿に会わす顔が無か」
(忘れてなかったのか……)
「食らえ、星々を破壊する左を」
だが、そこで体力が尽きたようで、倒れてしまう。
「どうした、俺いにあと一撃食らわすんじゃなかか?」
「ははは……さっきの右で気が済んでしもうた。
俺いもすっかり弱くなったの」
忠比が言うに、ワラキア継承戦争が終わり、ヨーロッパが休戦に入ると、義弘は急に老け込んでしまった。
「戦が無いのが寂しい、と常々言うちょいもした」
義弘にとって戦争は活力源で、無くなると生きていけない栄養素だった。
(我が親父ながら、迷惑な存在だ……)
「又八郎、俺いは好きなだけ生きた。
もうおはんに後始末は頼まん。
おはんも好きに生きよ」
それから義弘は目を瞑る。
翌日、眠ったまま死亡した。
享年百一歳。
満足な笑顔の死に顔であった。
(好きに生きよ、な……。
あと十年早く聞きたかったよ、親父殿)
家久ももう老齢になっている。
義弘に比べ、度々胃の痛みや、コメカミにキーンと来る頭痛を覚えていて、長生き出来ないと思っていた。
島津義弘が死ぬ少し前、フランドル王シャルル1世突進公が死亡した。
馬鹿は風邪をひかないというが、全世界の感染がひと段落した頃に遅れて発病し、悪化した。
どうも流行期に感染していたのに、気づかなかったようで、悪化してから症状が出たようだ。
「我が養子たちよ……」
駆けつけた彼の養子たちに、突進公は相続を改めて伝えた。
マクシミリアンは既に神聖ローマ皇帝となった。
エドゥアルド(エドワード5世)はフランドルを継ぐ。
リカルド(リチャード)はレオン王国を継ぐ。
「シャルルよ、トヨヒサの子よ」
「はっ」
「お前には新大陸を与える。
好きにやれ。
結果世界を破壊しても、俺は一向に気にしない」
(いや、やめてくれ、我々他の義兄弟が迷惑だ)
「新大陸か、面白そうじゃな」
「お前ならそう言ってくれると思った」
「いや、俺いなら戦を与えてくれただけで満足じゃったがな。
次の暴れられる場所までくれて、本当に感謝しちょる。
義父上の子になれて幸せじゃ」
広大な領土を持った戦馬鹿一代シャルル突進公はブルージュで亡くなり、領土は分割された。
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「師よ……」
久々に剣術稽古をしていた家久が、東郷重位に尋ねる。
「示現流は一ノ太刀を只管信じる。
しかし極意のもう一つは敵を倒すまで只管撃ち続けろチ有る。
やはり一ノ太刀だけではならんのか?」
東郷は、質問を質問で返す。
「御館様は一人とのみ戦われるのか?」
無礼では有ったが、其処に答えが有った。
「つまり、示現流の繋ぎ太刀、二ノ太刀は異なる相手に対するものという事か……」
「剣術や柔術を将自ら使う時点で戦は負けごわす。
然れども、負けなら負けで将は最後まで生き残らねばなりもはん。
目の前の相手に何合も太刀を合わせる暇はごわはん。
一ノ太刀で仕留める。
然れど敵を討ったその刹那が最も危険ごわす。
必殺の一撃を入れた後、体勢を乱さず、直ぐに次なる敵に一撃を入れる。
その為の繋ぎであり、二ノ太刀ごわす」
考えてみれば、東郷重位は一対多の戦いに勝って来た。
戦場でも、乱戦の中で敵の動きを読み、或いは敵を己れの視線や体捌きで動けぬようにし、一対一の状況を作り出して勝ち続けた。
太刀という、射程で弓に劣り、防ぎ難さでは鉄砲に劣り、威力で長巻に劣り、数の暴力では槍に劣り、扱い易さでは投石にすら劣る武器を使いながら、修行して強力な武芸に仕上げたのだ。
そこに真理が隠されていた。
(そうか、我等は常に最強の一撃を入れ続けにゃならん。
一撃で済むチ思うたは俺いの驕りじゃ)
フランスはまたイタリアに手を出そうとしている。
痛い目に遭わされた国王シャルル8世は死に、子が夭折していた為、遠縁のルイ12世が即位した。
ルイ11世は島津豊久に恐怖を刷り込まれ、シャルル8世には家久が恐怖を叩き込んだが、代替わりでまた薩摩の恐怖を直接は知らない者が王位に就いた。
(ウンザリじゃチ思わず、何度でも何度でも過剰破壊の一撃を連発せにゃならんな)
家久は島津の生き残る道を見出した。
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ローマでは宗教改革が進んでいた。
かなりの難航をした。
「清貧は良い事だ、私以外の君たちが実践しなさい」
「聖書に書いてない事は認めない、結構だ。
だが聖書に何が書いてあるか我々が決める。
聖書の翻訳なんて認める訳ないだろ」
こういうカトリック保守層が多数なのだ。
教皇ピウス3世も
「他の全ては良いが、聖書を独自に読ませる事は反対だ」
と、暗に聖書翻訳を拒否している。
それでも「免罪符の発売禁止」「聖職者は儀式時以外は清貧で在る事」「教皇庁の許可した立会人の下での翻訳・出版を許可するが、聖書ではなくあくまでも解説書」「聖書に無い煉獄や聖母崇拝は、過渡期に必要だったものとして否定しない、代わりに教皇庁では聖書に記述されていないものと公式に認める」等を取り纏めた。
得意顔のイグナトゥスだが、家久は
(彼奴の言うプロテスタントとやらは必ず起こる。
彼奴はこの改革で終わったチ思うちょる。
じゃっどん、こいは終わりでなく始まりじゃ。
常に改革し続けねば、宗教なんざ元に戻ろう。
何故なら、布施が無ければ立ち行かぬが宗教、そこに銭金が動く以上、必ず贅沢と腐敗は生まれる。
其処に富が有れば狙う者が生まれ、守る為に兵が必要となる。
日ノ本にて叡山の僧の腐敗に愛想を尽かした念仏も禅も法華も、今では豪壮な伽藍を築いて権門に媚びておるじゃなかか。
人が生きて何事か成す、じゃでこいで終わり等は無か)
そう見て、長続きしない事を予想していた。
モスクワ大公国では、イヴァン大帝の後を継いだイヴァン4世が1490年に死んだ。
その後、1479年生まれのイヴァン大帝の子ヴァシリーと、1483年生まれのイヴァン4世の子ドミトリーとの間で後継者争いが起こり、領主の大半を味方につけたゾイ・パレオロギアが、ドミトリーの母親を異端認定して追い落とし、ヴァシリーをモスクワ大公に就けた。
ゾイ皇太后は、イヴァン4世を冊立した立役者である。
あの時長幼の序を解き、我欲を捨てたと見られているのが功を奏した。
それに比べて、ドミトリーの母親は身分も低く、私利私欲で幼い我が子をモスクワ大公にしようとしているようにしか見えなかった。
(其処の所、貴女には分からないようね、塵芥!)
ゾイは如才ない。
大公の兄弟姉妹は周辺国を継いだり嫁いだりした為、その中から生きている者を共同統治者に、という声を封じた。
「他所に頼る事は無いわぁ。
モスクワ大公国には、優れた領主達が居るじゃなぁい?
貴方達がヴァシリーを支えてくれたら良いのよぉ。
それとも、自信なぁい?」
これにより、ルース貴族たちは一丸となり、周辺国を倒し、国力を回復していった。
更にゾイは、南方に逃げた脱走農民を味方につけ、免税・自治と引き換えに兵役協力を取り付ける。
彼等は「コサック」と呼ばれ、モスクワ大公国復活に大いに寄与した。
ゾイは領主、農民、コサックを纏める為の手法で異端審問を利用した。
政敵であるドミトリーの母親を正教会の異端「ユダヤ派」とレッテルを貼り、ユダヤ派を弾圧する事でルースを団結させる。
家久たちがイスパニアや神聖ローマ帝国から排除した異端審問は、ルースの地で復活してしまった。
だが、今は島津家久の手はルースまで届かない。
何よりも第二次イタリア戦争で、イスパニアからフランスに移ったチェザーレ・ボルジャを叩きのめさねばならない。
ルイ12世とチェザーレ・ボルジャの軍はミラノに侵攻し、ノバラの戦いでミラノ公ルドヴィーゴ・スフォルツァを捕虜としていた。
ナポリ島津家の島津忠隣は、過労の為倒れている。
ナポリ島津家の島津歳久、忠隣義父子はキリスト教の本場で、ローマ教皇領やイスパニアを相手に外交、調略、戦争を繰り返して来た。
家臣や傭兵にカトリック信徒を多く抱え、防諜が凄まじいローマ相手に粘り強く交渉する等、ここの島津家は他の分家と比べ毛色が違う。
かつてのアラゴン地中海帝国を乗っ取ったような広大な領域を支配する国。
その分島津らしさは失われ、戦争において蛮族の爆発力は無い。
そんな国を統治し、イベリア半島とイタリア半島でチェザーレ・ボルジャと戦った忠隣は、家久よりも年長な事もあり、ついに倒れた。
忠隣の子、常久は忠隣よりも先に死亡している。
孫の久慶が後継だが、彼ではチェザーレ・ボルジャ相手に荷が重い。
家久は自ら出陣し、ダルマチア島津家と共にフランス軍をミラノで挟撃する。
火力の家久に方陣の注意を引かれ、本来四方を防御する筈が、家久勢に防御正面を形成してしまう。
すると側面を島津忠偉・忠安兄弟に突き崩され、フランス軍は瓦解した。
島津豊久の突撃とジャンヌ・ダルクの砲撃力を受け継いだダルマチア島津軍は、後方から味方越しに放たれる砲弾と共に突撃して来る命知らずであり、分かっていても防ぎ辛い。
こうしてルイ12世をミラノから追い払った戦いが、島津家久最後の戦争となった。
島津家久はタラントで倒れ、旗艦「春日丸」で鹿児島に運ばれる。
家久は息子、家老、分家当主たちを集めて語る。
「俺いたちは、こんヨーロッパの地において異物じゃ。
異物が生き残るには、抗い続けねばならぬ。
良かか、絶えずチェストし続けよ!
他人の迷惑等知るか、打って殺して走り、打って殺して走り、打って殺して走り続けよ。
退くな、媚びるな、顧みるな!
こいを常に心せよ」
薩摩は戦い続ける事を運命付けられた。
だが、戦い続けねば薩摩はヨーロッパで、キリスト教社会に溶けて消えたであろう。
その後、島津家は中務大輔家久のような名将も、惟新斎義弘のような豪傑も、豊久のような猛将も、皇帝となった家久のような梟雄も輩出しなかったが、後世まで国を維持し、やがてこう言われる。
ーー島津に暗君無し
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そして新大陸に渡った島津の物語。
シャルル・シマンシュ・ヴァロアはヌーベル・ブルゴーニュに渡った。
島津家縁の者が現れた事で、急速にサツマニア・ノヴァとの争いは収まっていく。
薩摩人は、やはり島津を頭に戴くと落ち着くようだ。
この二領は急速に接近し、併合の運びとなる。
そこに意外な報告が届く。
「ミラノで戦いに敗れ、行方不明になったチェザーレ・ボルジャ将軍が現れもした!」
チェザーレ・ボルジャは戦いに敗れた後、ヨーロッパに居場所を失った。
陰湿な島津家久の追い込みが、イスパニアとフランスにかけられる。
思い切りが良いチェザーレ・ボルジャは
「いっそ新大陸で一旗挙げよう」
とフロリダに向けて出港した。
だが、ボルジャ家を助けた者たちは航路を知らず、フロリダでなく、遥か北のサツマニア・ノヴァに漂着してしまった。
「おはん、俺いに仕えぬか?」
シャルル・シマンシュはチェザーレ・ボルジャを誘う。
「俺はシマンシュにより父を殺され、ボルジャ家の栄光を奪われ、こうして居場所すら失った。
そんな俺がお前らシマンシュに仕えると思うのか?」
「勝ち負け、栄枯盛衰は兵家の常じゃろ。
気にすんな。
何より、おはんのようなぼっけもんを殺したくはなか。
この地は優れた者が必要じゃでな」
「一つ聞きたい。
その答え次第だ」
「何じゃ?」
「お前は何教だ?
正教会か? カトリックか? それともあのチェスト主義か?」
「カトリックじゃが、何か?
義父シャルルの子となる時、改宗した」
チェザーレ・ボルジャは、島津忠釈でなくシャルル・シマンシュに仕えると言い、跪いた。
そしてチェザーレ・ボルジャはフロリダに赴き、ローマ教皇に仕える騎士団崩れの移民団を説得する。
そしてついに、恐るべき国が生まれた。
島津家久が崩御した二年後、建国宣言される。
「人は平等じゃ無か。
生まれつき足の速か者、麗しか者、貧乏人、病弱者。
生まれも育ちも才も、人は皆違っちょっ。
俺いたちはどうじゃ?
蛮人じゃ、掃き溜めじゃと差別されちょるの。
じゃっどん俺いたちは競い合い、お互い高め合っちょる。
こんな俺いどん等ぁが、海の向こうの言いなりでいて良か思うか?
俺い等ぁはこん地で好き勝手に生きようぞ!
もう旧大陸でのしがらみは関係無か!
今、こん時、俺いシャルル・シマンシュは新国家成立バ宣言する。
ナバホ、イロコイ、アパッチ、モヒカン等こん地に古くより住まう衆を束ねた超合衆国及び、神聖サツマーニュ連合王国じゃ!
共に栄えようぞ!」
続いて神聖サツマーニュ国王シャルル2世を守る始祖騎士チェザーレ・ボルジャが演説する。
「ローマ教皇は、正統性無き教皇選出で捻じ曲げられた。
我が父、ロドリーゴ・ボルジャが本来教皇となる筈であった。
だが、それを今更言っても無意味である。
今ローマに居るのは偽りの教皇である。
我々はシクストゥス4世を最後のローマ教皇とし、新たにフロリダ教皇を立てて正しき神聖なる国を作ろうぞ!」
世界に二つ目の異分子が発生し、歴史は更に混迷具合を増していくのであった。
おまけ:
これにて本編終了です。
次章は視点がガラっと変わる番外編、この時期から現代に至る流れを書きます。
軽く総括します。
昔からビザンツ帝国を舞台にした小説書きたい思いはありました。
ビザンツ帝国は名君が二代と続かない。
マケドニア朝くらいかな、3人良い皇帝が近い時代に出たのは。
それで「もしビザンツ帝国が名君続きだったら?」というIFを考えました。
対照的に「島津に暗君なし」という言葉が有りまして。
それで「ビザンツ皇帝が島津家だったらどうなる?」に発展してしまいました。
そうしたら、内政期よりも国盗り期の方が面白く、ルネサンス期という日本の戦国時代的な曲者揃いの時代を舞台にしました。
これより後になると中央集権化が進んで、国家システムの勝負になり、転移時人口三十万人強の薩摩一国じゃ勝てなくなります。
てなわけで、以後は「東ローマに暗君なし」の時代をダイジェストで書きます。
宗教改革系の決着もつけます。
その余章は、今日18時にアップします。




