第十四話 不条理の中で…
第十四話「不条理の中で…」
早朝、いつもの散歩に出るハランは愛犬のルゥに首輪を付けていると、背後から何か気配を感じた。
そしてハランは振り返ると、そこにはルナが立っていて何か言いたげな顔でこちらを見ていた。
「…ルナ?」
ハランが名前を呼ぶと、ルナは言った。
「おまえ、今からあいつの所に行くのか?」
あいつ…?あぁ、レオンのことか…ハランはそう思い、うんと頷く。
それっきり黙るルナにハランは恐る恐る聞いてみる。
「…」
「…も、もし良かったら…一緒に行くか?」
するとルナは一瞬驚いた顔をしてから、ゆっくり頷く。
ハランはそれを確認すると、じゃあ行くか…!とぎこちない足取りで歩き始める。そして、ハランとルゥの後をついてくるようにルナも歩き出す。
あれからルナがここに来て一カ月が経とうとしていた。
ルナも回復しつつあるのか、食べきれず残していたご飯も完食するようになり、ゼンは戻ってくるお皿に感動を覚えていた。
ゼンは朝食の準備をする為に冷蔵庫から食材を取り出していると、ものすごい勢いで階段を降りる音が聞こえたかと思えばノアが血相を変えてキッチンに入って来た。
「どうした、ノア?」
「いない…!」
「え?」
「いないんです!ルナさんが!」
ノアは息を切らして言った。
「…ルナが!?」
「はい、部屋の扉が開いてたので少し様子見ようと覗いてみたら…」
ルナの姿は無くなってた、と…ゼンは言った。
はい、とノアは頷き話を続ける。
「…もしかして、またあそこに戻ったのかもしれません!それとも、連れて行かれた…?」
ノアは顎に手をおき考える仕草をする。
「ノア、アラナとシンを起こしてくれ!ハランは今散歩に行ってるはずた!ルナを探しに行くぞ!」
「はい!」
まだ眠っているアラナとシンを叩き起こしたが、アラナはまったくもって起きないのに痺れを切らして、仕方なくノアはシンだけでも起こし状況を説明した。
「…いつからなんだよ?」
シンはまだ眠たそうに目を擦りながら話す。
「僕が朝見た時にはもう…」
「もし、出て行ったのが朝ならまだ近くにいるはず…三人で手分けして探そう!」
「はい…!」
「…けど、家に誰か居た方が良いんじゃね?」
確かに、そうだな…とゼンは考える。
「では、ゼンさんは家で待っていてください!僕とシンさんでルナさんを探しに行きます!」
「え?俺も行くのかよ〜!」
「はい、当たり前です!」
と言ってノアは嫌々なシンの腕を無理矢理引っ張り連れて行く。
「二人ともよろしくな…!」
「はい!」
え〜!とシンはぶつぶつ文句を言いながらもノアと共に裏玄関を出て行った。
病室のベッドの上にいるレオンの姿を見て、ルナは少し困惑しているのか、戸惑っているのか自分の兄ルカと重ねているのか…ハランはルナの表情からじゃ感情が読めなかった。
そして、ハランは床を見つめて泡沫と話し出す。
「…俺さ、こうやってレオンを見ると不安になるんだよな、こんなにみんなに助けて支えて貰っているのに…大丈夫だってレオンは助かるって思ってるのに…やっぱり、レオンの顔を見る度に不安になる、いつもレオンの手を握り締めると……もっと不安になる、このまま起きないんじゃないかって」
ハランは今度はレオンの手を握り締めて顔を見つめながら話を続ける。
「…医師にはさ、もう長くはないって言われてるんだ…」
って、こんなこと言われても困るよな…とハランは眉を下げ苦笑する。
「…お前は、弟を助けたいのか?」
「あぁ、助けたい」
「もし俺が協力しなかったらお前の弟は死ぬかも知れないのか…」
ハランは頷く。
「弟が死ぬということを考えた事はないのか?」
「あぁ、考えたよ…何回も何十回も、レオンは死ぬかも知れないんじゃなくて死ぬんだ…本当は最初から助かる方法なんてなかった…!でも、それでも俺達が受け継いだこの力でレオンが救えるなら、助かる可能性があるなら…!少しでも良い、それに縋りたい…って思ったから…!」
ハランはレオンの手を握り直す。
「俺の我儘を…みんなに迷惑かけてるってのは分かってる…ごめん、でもこれだけは譲れないんだ」
ルナはハランの必死に生きることに縋りつく姿を見て質問した。
「後を追いたいと思った事はあるか…?死んだ人の後を…」
「…あぁ、あるよ…」
ハランの声は今にも泣き出しそうな声を必死に抑えているような震えた声だった。
ノア、シンは近所を探し回って帰って来たところだった。三人は裏玄関前で話し合いをしていた。まだ朝の散歩から帰って来ていないハランにルナがいなくなった事を伝える為に裏玄関の扉を開けようとドアノブに手をかけたその時、ガチャと先にそっと扉が開いた。
「…ただいま」
とハランはまだみんなが眠っているであろうと思い小さな声で言った。そしてハランはみんなを起こさないように慎重に家の扉を開ける。それに続いてルゥも入るが先に気配に気付いたルゥは吠える。
「しっ…!静かにルゥ、みんなまだ寝て…る…んだか…ら?」
とハランは言いかけルゥが見つめてる視線の先に顔を向けると、珍しくゼン、ノア、シンの三人が出迎えてくれてる事にハランは驚いた。
「え…どうしたの?みんな」
「ルナさんが…!いなくなったんです!」
ノアは慌てた様子で言った。
え…?とハランが言うと後ろを振り返る。そして、ハランの後から玄関に入ってきたのはルナだった。
五秒くらい時が止まった気がした。というか止まった、確実に。
「…え!?」
と思わずシンとノアの声が重なる。
「一緒…だった、のか…?」
とゼンは驚いたような安堵したような表情で困惑しているようだった。三人は頭の中で状況の整理をしてる。
「うん…散歩に行こうとしてたらルナが後ろにいたことに気づいたんだ、だから一緒に散歩するか?ってなって…」
とハランが説明した途端、三人は床に崩れ落ちた。
「みんな?!」
「よっっかっった!!」
シンは大きな声で言った。
「安心しました!もしかしたら連れ戻されたか、嫌になって出て行ってしまわれたのかと…!」
「ご、ごめんな!俺が言ってれば心配かけずに済んだのに!」
とハランは慌てて謝罪をする。
「…俺が逃げるとでも思ったのか?」
とルナは眉間に皺をよせた。
はい…とノアは心配そうに言うが、どこも帰る場所なんてない…とルナは少し切なげに言った。
「本当に心配したんだぞ?」
とゼンはルナの頭をぐしゃぐしゃに思い切り撫でるが、それを嫌がるルナはゼンの手を振り払う。
「良かった!」
ゼンは安心していると、ゆっくりと階段を降りる足音が聞こえてきて、アラナはあくびしながら言った。
「ふわあぁ…朝から騒がしいな…ん?」
また、時が止まった気がする。みんなはアラナを見て唖然としていた。
そんな中、誰かのお腹の音が盛大に鳴り響いた。
…腹減った、とアラナは頭を掻きながら言った。
犯人は言うまでもなく目の前のこいつだった。
「そうだな…よし、急いで朝食にしよう!」
とゼンは気を取り直してキッチンへと戻って朝食の準備を再開した。
まだ、開店前のイチゴイチエでハラン、ルナ、ノア、シン、アラナの五人はソファ席に座った。テーブルにはゼンさんが用意してくれた朝食の野菜たっぷりのサンドイッチとツナとほうれん草が入ったオムレツにミネストローネが並んでいる。
「いただきます!」
五人は揃って食べ始めると、ゼンは美味しそうに食べているのを見て微笑んだ。そして、街の集まりがあるからと言うと五人に少しの間だけ留守番を頼んで出て行った。
「僕、ここでこうして五人揃って食べているのに、なんか…今ものすごく感動しています!」
とノアは感極まって涙目にしながら言った。
おいおい大袈裟だな、とアラナは呆れたように笑うとルナの真正面に座っているシンが珍しく黙って食べている。というよりは言いたい事があるけど今言うべきじゃないが今言いたい、と葛藤しているのが分かる。
すると、我慢がきたのかシンは突然ルナに聞く。
「あんたは俺達に協力する気になったのか?」
「…」
沈黙が続く。
「シンさん、今は…」
とノアは言う。
「おい、まただんまりかよ?」
シンは食べるのを止め、ため息を吐く。
「悩むのはいいぜ?だけど、あんまり時間がない事わかってるんだろ?今日、ハランと散歩行ったってことは、会ったんだろハランの弟に?て事は弟がどんな状態なのかも見たんだろ?」
「シン、それは良いんだよ!」
とハランは咄嗟に言った。
「良くねぇよ!どう思ったんだよ?あんたは?」
また少し沈黙が続くと、ルナが冷めた声で言った。
「俺に同情してほしいのか?弟が病気で可哀想だから、協力してほしいって?」
「…てめぇ!人の心は無いのかよ!」
その言葉と態度に頭にきたのかシンはその場から立ち上がるとルナの胸ぐらを掴む。
シンさんやめて下さい!とノアは慌てて間に入り止める。
そして、同じくシンの言葉が頭にきたルナも立ち上がり言う。
「あまったれるな!たとえ大切な人が死を目の前にしたとしても、助けられないのなら死を迎えるだけだ!…どんなに正しく生きていようが!どんなに夢や希望を持っていようが!死が全てを無にする!不条理なこの世界に平等なんて無い…!」
ルナは今まで隠していて我慢していた誰にもぶつけられなかった怒りが溢れ出していた。
ルナ…ハランはそんなルナの姿を見て、本心を聞いたような気がして、また沈黙が流れる。
ハランさん…あの…ノアは何とかしてフォローしようと言葉を選んでいるが、ハランはソファから離れると言った。
「少し、一人にさせてほしい…」
ハラン!とアラナは引き止めようとしたが、先に扉が閉まる音が聞こえ、ハランは外に出て行ってしまった。
「お前らな…!」
アラナは呆れたように言う。
わりぃ、つい頭にきて…とシンは頭を荒くかくとソファに座る。
「…ルナさん!?」
とノアが言うと、ルナは突然走り出してハランの後を追うように外に出た。
外は強い風が吹いていた。風が吹く度に、押されて前に歩く足取りが重くなる、風はハランの今の気持ちを悟っているようだった。
そしてハランは両親の墓の前で、目を瞑り手を合わせる。
すると、背後から足音が聞こえ誰かが来たのがわかった。
「…ハラン」
その声はルナだった。後ろを振り向かなくてもわかったハランは前を向きながら言った。
「…わかったよ、ルナの本当の気持ち…」
「…」
「俺、現実見てなかったんだよなルナが言って今更気づいた…自分の事ばかりで周りの事見てなかった」
そして後ろを振り返り、ルナと見つめ合うかたちになる。
「レオンみたいに病気の人は数多くいる、みんな自分の大切な人を救いたいのは同じなんだ…それなのに俺は…この力を頼ってレオンを助けようとしてる、しかも神の心臓にも頼ろうとしてる…ルナの言う通りだ、現実を受けとめないとな…」
「…なら、諦めるのか?」
とルナは聞くが、ハランは背中を向けた。その間、風は強く吹き続ける。
やっと、話し出したかと思えばハランは涙を堪えながらも言った。
「…あきらめ、られるの、かな…?お、れ…」
この力を持っていても無力な己に悔し涙を浮かべるハラン。
「ちょっと…ひとりにしてくれ、今は…ちゃんと受けとめるから…」
とハランは空を仰いで涙を流すまいと堪えているがのがわかる。
すると、ルナはそんなのハランの言葉を無視して側まで来ては話し出す。
「…正直、お前の弟が羨ましかった、こんなに周りの人に生きて欲しいと思われていることに」
それにお前にも…と言うルナにハランは、え…?と驚きの余り聞き返す。
「神の心臓に手を出し禁忌を犯そうとしてまでもルカに生きて欲しかった…!けど俺にはルカを救う事はできなかった…!お前みたいに必死になって大切な弟の為に自分の命を、人生をかけていたら俺はルカを救えていたのかも知れない…」
とルナは拳を握り締める。
「…まさか、そんなこと言われるとは思わなかったから驚いた…!」
ハランは驚きの余りさっきまで瞳に浮かべていた涙がひっこんだ。そして、ハランはルナの方に向き直して言った。
「…もう、ルナは自由に好きな所を行っていいんだ、もう縛るものはないから…今まで無理なお願いをしてごめん…」
とハランは頭を下げて謝る。戻ろう、みんなが待ってる…そう言ってハランが歩き出した。その時
「まだ、話は終わっていない…」
とルナはハランの腕を掴む。
「…俺はルカを亡くしてから暗闇の中を彷徨っていた、何もかもがどうでも良くなり自分で自分が分からなくなっていってしまった…死んだと同じくらい、このままルカの後を追ったって良いとさえ思った…」
「ルナ…」
「この世界は不条理で残酷だ…!それでも、不条理の中で…運命さえも抗って必死に生きて行くお前達を見て、俺もそう生きたいって生きてみたい…!って思った」
ルナはハランを見て言った。
「……やる」
「え?今なんて…」
ちょうど強風が吹いて聞こえなかったハランは聞き返した。
「協力してやるって言ったんだ!」
今度は強風にも負けないくらいの声でルナは言った。
「ほ、ほん…と…」
「本当か…!?」
とハランが言うより先にシンが突然現れては言った。いつからいたのかは分からないが後ろにはアラナとノアもいて、きっとハランが心配で駆けつけて来たのだろう。
「勘違いするな、お前の弟を助ける為に協力するだけだ、お前達と共に旅をするわけではない!」
とルナは修正した。
「あぁ…!それでも、ありがとう」
ハランの表情は笑顔だったが、瞳が潤んでいて今にも泣き出しそうな気持ちを抑えてるのがわかった。




