第一話 旅立ち
第二章の始まりです。
第一話「旅立ち」
故郷に帰って来たエドワードは久しぶりのセデラル街に懐かしさを感じていた。
喫茶店イチゴイチエの扉の前には、ハランの愛犬ルゥが座っている。
そして、エドワードはカウンターの席に座るとゼンが淹れたコーヒーを飲みながら、ため息まじりに言った。
「いよいよ、今日か…。」
「あぁ、寂しくなるな。」
「そうだな…。」
エドワードとゼンの間にしんみりとした空気が流れる。
「…でも!そんなこと言ってられないよな!未来を背負う息子達の旅立ちだ!笑顔で送ってやらないと!」
どうだ?笑えているか?とエドワードは椅子から立ち上がりゼンの顔を見ながら、ぎこちなく笑って見せた。
その表情を見たゼンは苦笑いをすると、ふと窓の外を見る。
「お?噂をすれば…」
ゼンは窓の外からアラナとノアの二人を確認すると言った。
そして、イチゴイチエの扉が勢いよく開くとアラナとノアは店に入って来た。
「あー、腹減ったー!うぉ?良い匂い!」
とアラナは店中に広がるカレーの匂いを鼻から吸い込むと言った。
「おーい、君達!まだ開店前だそ!と言いたいところだが、今回は許してやる!さぁ食え食え!」
とエドワードが自慢げに言うと、ゼンはまたもや苦笑いをしながらカウンターの上にカレーライスを置いた。
「父さんが作ったんじゃないんだろ?なんでそんなに自慢げなんだよ。」
とアラナは素っ気なく言うとカウンターの席に座り、カレーライスを食べ始める。
続いてノアも苦笑いをしながら席に座り、カレーライスを口に運ぶ。
「おいおい、なんだ?その言い方は!」
と横で怒っているエドワードをよそに二人は目を輝かせながら言った。
「美味い!」
「美味しいです!」
「やっぱり、ゼンが作るカレーライスは世界一だな!」
とアラナは左手の人差し指を立てて大袈裟に言った。
「それは言い過ぎだよ…。」
「いいえ!本当にこんな美味しいカレーライスを食べたのは生まれて初めてです!」
とノアも驚いた表情をしながら大袈裟に言う。
「…なら良かった。」
とゼンは微笑みながら言った。
「それはそうと、ハランはどうした?」
エドワードが聞くと、アラナは口の中にご飯をかき込んでいる途中だった。
「…れ…の、よう…みに行く…て!」
「え、なんて?」
口の中にご飯が入った状態で話すアラナの言葉が、聞き取りづらかったエドワードは聞き返した。
「レオンさんの様子を見てから、ここに来ると言ってました。」
すると、隣にいるノアが変わりに代弁した。
「おう、そうか。」
ハランは病室の中に入ると、窓のカーテンが開いていて、そこから眩しいほどの太陽の光がレオンの眠るベッドに射し込む。
それにハランは思わず眉を顰めた。
時々ハランには、レオンがそこでただ眠っているように見えて、そのうち何事もなかったかのように、目覚めるんじゃないかと思ってしまう。
けど、こんなにも眩しい陽射しに照らされているのにもかかわらず、レオンの表情はひとつも変わらない。
それが、ハランにとってレオンはただ眠っているわけじゃない事の意味を改めて感じさせた。
「レオン、必ず…!お前を救いに帰って来るから!
…だから、もう少し…!」
とハランはその次の言葉を飲み込むと力無いレオンの右手を強く握った。
「あー、食った!食った!」
アラナは両腕を上げ、伸びをしながら言った。
「ところでハランの奴、遅くないか?」
そうエドワードが言うとゼンはコップを拭きながら呟いた。
「食事もせず何処に行ったんだ…?」
ふと、ゼンが呟いた言葉が引っかかったアラナとノアは少しの間考えていると、何か解ったのか、突然お互いの顔を見ては頷き合い、二人はその場を立ち上がった。
「おい、どうした?急に。」
突然、同時に立ち上がる二人に驚いたエドワードは言った。
そして、行ってくるとアラナが言うと二人はイチゴイチエを出て行く。
ゼンは、その様子を意味深な笑みを浮かべながら見ていた。
そして二人はイチゴイチエを出ると、そこから近くの小道へと歩く。
小道を抜けると一面の草っ原に出た。
そして、やっぱりな…アラナが呟くとそこには、墓の前に立ち尽くすハランの姿があった。
ヌト・パーカー、その隣にクララ・パーカーと名を刻まれた墓に両手を合わせ目を瞑るハラン。
「父さん、母さん…行ってきます。」
ハランは、そう呟くと隣にアラナとノアも並び同じ様に両手を合わせ目を瞑る。
そして、アラナとノアに気づいたハランは二人を見る。
「遅いから、ここにいるんじゃないかなぁって、な?」
「はい、このままだと日が暮れるので向かいに来ました。」
アラナとノアはそのまま前を向き手を合わせながら言った。
ハランは慌てた様子で辺りを見回し、もうすぐで日が落ちつつあることに今更ながら気づいた。
「わ、悪い!俺…また…!」
「もう良いよ、いつもの事だし!まぁ、予定より出発が遅れたけどな。」
「…本当、ごめん。」
そして近づく足音に気付いたのか、三人は後ろを振り向く。
「…準備、出来たのか?」
「ゼンさん…。」
そこには先まで店にいたゼンとエドワードがいた。
そして医師のドミニクに助手のカレン、そして愛犬のルゥもいた。
「みんな…!」
「レオンのことなら私に任せなさい、あの子は強い子だよ。」
「はい先生、レオンをお願いします!」
「大丈夫、絶対死なせないから!」
と言うとカレンはハランの肩を二回ほど優しく叩いた。
「はい。」
ハランの目からは涙が溢れ出す。
「ハラン、アラナ、ノア王子、必ず生きて帰って来いよ!」
三人は、ほぼ同時に頷くとエドワードは少し涙ぐみながらハラン、アラナ、ノアの頭を順番に優しく撫でた。
そして、泣いているハランの足下にルゥが心配そうに寄り添う。それに、ハランはしゃがみ込みルゥを撫でながら言った。
「ルゥ、大丈夫。悲しくて泣いてるんじゃないんだ、みんなの暖かさに感動しているんだ。」
ハランは流れる涙を荒く拭うと、一呼吸をして立ち上がって言った。
「みんな、ありがとう…行って来ます。」
「さぁ、日が暮れる。急げ!」
とゼンが言う。
そして、三人はセデラル街に暫しの別れを告げて、王様がいるハヌル中心街へと旅たつ。